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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
429/515

閑話62 元皇帝も将軍も神々も悩みは尽きません

拙作の書籍版、四度目は嫌な死属性魔術師6巻が本日発売です! 書店などで見かけた際には、手に取ってもらえれば幸いです!

 彼は今、試練を課せられている。それも、今まで経験した事のない試練を。

 彼は高貴な身分に生まれ、経済的に困窮した経験は普通の意味ではなく、本物の飢えを覚えた事は一度もない。衣食住という面では、恵まれた人生を歩んできた。


 しかし、彼……前アミッド帝国皇帝マシュクザール・フォン・ベルウッド・アミッドの人生は試練の連続であった。

 皇帝となる前は兄弟との後継者争い。自身の身を守りながら、味方を増やし、功績をあげ実績を積むことで自身が皇帝に相応しい事をアピールし続けた。

 そして皇帝となった後は、国家運営と敵国であるオルバウム選王国との戦争が試練として彼に降りかかった。


 四つの属国を抱えるアミッド帝国は、経済的にも軍事的にも恵まれた国だがそれだけに属国との主従関係を常に維持しなければならなかったし、帝国の国庫も無尽蔵という訳ではない。

 戦争に悪天候、主要都市近郊でのダンジョンの暴走が同時期に起こった時、国庫が空になる勢いで対応しなければならなかった。あれは厳しい試練だった。


 歴史書には記されていないが、マシュクザールが即位してからは反乱を企てる貴族や彼の暗殺を企てる身内に対処する必要があった。

 そして邪神派の吸血鬼組織との暗闘や、『迅雷』のシュナイダー率いる『暴虐の嵐』との駆け引きは、権力闘争や派閥争いとはまた危険の種類が異なった。こちらはミスをすれば、物理的に首が飛びかねない。


 だから、毎日が試練の連続だったと言えるだろう。


 もちろん、生き延びるために毎日必死にならなければならない貧民も常に試練を課されていると言えるし、それに比べれば色々な意味で恵まれている事はマシュクザールも自覚している。

 だが、それはそれ、これはこれだ。皇帝には皇帝の、貧民には貧民の役目と勤めがあり、乗り越えなければならない試練がある。比べてはならない。


 重要なのは、マシュクザールは今まで様々な試練を乗り越えてきたという事だ。最終的には新教皇に即位したエイリークによって帝位を追われたが。

「ふむ……壮観だな」

 その彼をもってしても、乗り越えられるか分からない試練が目の前に並んでいた。


 大量の木材に、同じく大量の石材。一般的な住宅に使われる普通の材料から、貴族でも調達するのが難しい高級建材まで揃っている。

 それにやはり大量の砂に、砂利。様々な大きさの釘や金具、そして様々な道具類。


「これほどの建材と道具があれば、我が帝国の城塞はもちろん城でさえも再現する事が……いや、それを超える規模の物を建造する事ができるだろう。……職人さえいればだが」

 しかし、致命的な問題がある。それらを使うのはマシュクザール、ただ一人である事だ。


 当然だが、彼は大工でもなければ職人でもない。彼の治世では公共事業として様々な土木工事や治水工事、さらには砦や城の建設、都市開発計画が行われたが、彼自身が工事を行ったわけではない。


「これだけの物を用意してもらって恐縮だが……本当に私一人で、私自身を監禁するための施設を建てろと?」

「はい」

 マシュクザールが振り返って自分をここに連れてきた人物……ヴァンダルーに尋ねると、彼は最低限の言葉で答えた。


 アミッド帝国の某所に幽閉されていたマシュクザールは、シュナイダーによって拉致され、そして彼の元で監禁生活を暫く続けた後、ヴァンダルーに引き渡された。

 マシュクザールは、正直に言えばヴァンダルーに引き渡される事を期待していた。殺される事は覚悟しているが、即座にという事はないだろうと考えていたし、たとえそうなったとしても今まで謎に包まれていた彼の勢力圏がどうなっているのか、少しでも見る事ができるかもしれないと好奇心を覚えていたからだ。


 対抗するためにアルダが……神が動くほどの存在が支配する場所とは、どんな所なのかと。


 そして目隠しから解放された彼が見たのは、地平線の向こうまで広がる一面の荒野。そして大量の建材だった。

 自分以外の人どころか、生き物が背後に佇んでいるヴァンダルー以外存在しない。そして、ヴァンダルーが述べたのは、「この建材と道具を使って、あなたが暮らす場所を作ってください。欲しいものがあれば、言ってみてください。場合によっては出します」という、雑な説明だけだった。


「……まさか、自分で自分を監禁するための施設を建てろとは」

 自分が置かれた信じがたい状況に、思わず独り言を述べるマシュクザール。見張りの一人もいないこの状況なら、普通の虜囚なら逃亡を企てるだろう。

 しかし、マシュクザールはそれを考えなかった。


(彼は、私が逃亡を企てる可能性を当然考えているはずだ。なら、ここは私が何をどうしても逃げる事ができない場所という事なのだろう)

 マシュクザールも嗜みとして武術や魔術の心得はある。しかし、今は短剣の一本も持っていない。それに、逃げ出した先で嗜み程度ではどうしようもない強力な魔物と遭遇しないとも限らない。


(そもそも、ここは何処……いや、本当に外なのか?)

 空を見上げれば、薄い靄のような雲の向こうにピンク色の……脈打っている肉の壁のようなものが見える。幻覚でなければ、ここは通常の空間ではないという事だろう。


(だとするとどこかのダンジョンの内部か、何らかのマジックアイテムによって隔離された空間か。私が多少抵抗したところで、脱出不能な場所に違いない)

 マシュクザールもさすがにここがヴァンダルーの【体内世界】の一つだとは思わなかったが、脱出不能である事は正解だった。


(なら、脱出は諦めるか)

 そして、マシュクザールはあっさりと脱出を諦めた。脱出したところでどうにかなるものではないし、帝位に返り咲くのも『法命神』アルダが干渉し続けてくる間は難しい。

 なら、脱出する意味は薄い。


「食事は貰えるのかね?」

「はい。毎日三食、調理したものを出します。俺の国の料理ですが」

「ほう、それは楽しみだ。リクエストは可能かな?」


 食事は提供されると聞いたことで、ますます無理をして脱出する意味が薄くなった。

「……聞きはしましょう。応えるとは限りませんが」

「なるほど。では、まずは当座の寝床を作るとしようか」

 そう言いながら、マシュクザールは並んでいる建材の端に置かれたテントを目ざとく見つけ、それを組み立て始めた。


 マシュクザールには直接治水や土木、建築工事を行う技術と経験はない。しかし、それらの計画を立てる知識はあり、ある程度の魔術も使える。なら、掘っ立て小屋より多少マシ程度の物になるだろうが、生活に耐えられる建物を建てる事も可能だろう。ここには魔物はもちろん熊や狼もいないようだから、防衛に関しては考えなくてよいだろうし。

 そうマシュクザールは楽観的に考えていた。


(興味深い訳でもないけれど、そこまで憎い訳でもなく、どうなってもいいような気がしますが、シュナイダーから預かった以上放置も出来ないし、油断すると危険な気がする。しかも、こうして見ていても仲良くできる気が全くしない。……うーん、微妙な存在ですね)

 それを眺める【体内世界】のヴァンダルーは、マシュクザールに対して何とも言えない感情を向けていた。


 ヴァンダルーがマシュクザールに向ける感情は、基本的にはシュナイダーに拉致されて床に転がされていた彼を見せられた時と何も変わらない。

 だが、こうして動いているところを見ていると感覚としてなんとなくわかる。


 マシュクザールは、ヴァンダルーが導くことができない人物だという事が。

 彼を導くには毒を以て精神を壊し、洗脳しながら精神を再構築させ別人に仕立てるしかないだろう。そんな気がするのだ。


(つまり、ウマが合わない。角を突き合せずにはいられない、というほどではないですが適度な距離を常に取りたい人物、という気がします。

 アレックスに言った言葉で例えると……俺が手を貸したら、マシュクザールは俺の力を借りて利用するけれど、それだけ。そんな感じですね)


 そう思うが、それはそれで構わないともヴァンダルーは思った。元々マシュクザールと仲良くなりたいわけではない。寧ろ、その方がいざという時切り捨てられるし、自分の手で殺す事も躊躇わないだろう。

「あ、そう言えば食器や日用品を揃えるのを忘れていましたね」

 衣類に関してはシュナイダーから身柄と一緒に預かっていたが、日用品については忘れていた事を思い出したヴァンダルーは、早速【ゴーレム創成】スキルで食器を作り始めた。




 罪とは人の性であり、犯罪はどこでも起こる。それはヴィダル魔帝国でも例外ではない。

 防犯カメラの役目を果たすゴーレムの死角を縫うように通り、顔を仮面で隠した者達がタロスヘイムの郊外にある倉庫に集まっていた。


「では、集めたブツを披露してもらおうじゃないか」

『慌てるな。この集会がばれたら、全てがご破算だぞ』

「そうね。まずは……お供え物を捧げ、霊を口止めしましょう」


 仮面で顔を隠した様々な種族の者達が、簡易的な祭壇を組み、その上で香を焚き、菓子や酒を供える。そして彼らは厳かな雰囲気で一礼し、それぞれの神への祈りの言葉や聖典の一節を唱えた。

 こうする事で周囲を漂う霊達に賄賂を贈り、口止めしているのだ。


 結界を張って霊の出入りを完全にシャットアウトする方法もあるが、それはこのタロスヘイムだと逆に目立ってしまうので後ろ暗い事をするには逆効果だ。ゴーレムはともかく、治安を守っているアンデッド達には結界が何となく感じられてしまうので、「中で霊に見せられない事をやってますよ!」と叫んでいるようなものである。

 そのため、今では穏便に黙ってもらうやり方が主流になっている。


「なあ、そろそろいいだろ。早くブツを見せてくれ!」

「私はもう三日前からご無沙汰なの! もう耐えられないわ!」

『分かったよ。これが今取り扱っているブツだ』

 そうして仮面で顔を隠した男がカバンを開いて、中身を見せた。


 そこには袋に詰められた麻薬……ではなく、ガラス瓶に入れられた赤黒い液体に、黒い棒状の物、束にして纏められた毛に、小さな陶器製の瓶が並んでいた。


「おおっ! これはヴァンダルー様の血に骨、毛髪や体毛、それにこの瓶の中身は……!」

「脂肪や眼球まであるわっ! ああ、なんてこと……! こんなものを何処でどうやって手に入れたの!?」

『独自のルートを使ったのさ』


 彼らは麻薬の売人とその客ではなく、ヴァンダルー中毒者にヴァンダルーの一部を売るディーラーだった。

 ヴィダル魔帝国においては周知の事実だが、ヴァンダルーの血や角、脂肪等はブラッドポーションやVクリームの材料に使われている。そして、選ばれた(と一部では考えられている)信心深い者はより高次の存在へ昇華(と一部では評されているが、実際は変異)する事が出来る。


 そのため、一部の者達はブラッドポーションやVクリーム、V石鹸などのヴァンダルーを素材にした商品を過剰に求めるようになった。そして、ついには加工品ではなく原材料を直接求めるようになったのである。

 ヴァンダルー過激派の登場である。なお、彼らの何が過激なのかというと、ヴァンダルーに対して過激なので過激派と呼ばれている。


 彼らは別に過激な抗議活動やテロなどは起こさないが、ヴィダル魔帝国の法で禁止されている加工される前のヴァンダルーの一部を非合法に手に入れるために、こうして裏取引を度々行っている。


『とはいっても、何も特別な事はしていない。魔力が切れた使い魔王から失敬している』

「使い魔王から? しかし、使い魔王が機能を停止する瞬間に居合わせるなんて……」

 ヴィダル魔帝国では様々な分野で活躍している使い魔王……つまり、ヴァンダルーの分身だ。使い魔王は魔力が切れると機能を停止し、動かなくなる。しかし、ヴァンダルーの魔力は莫大であるため、使い魔王の中には年単位で動く個体も少なくない。


 それに、外見からどれくらいで魔力が切れるのか判別する事はできない。動かなくなった使い魔王は、素早く回収して適切な処置をしなければ崩れて塵になってしまうのだ。

 そのため、機能を停止した使い魔王から素材を回収するのは余程の幸運に恵まれなければ難しい。

 それなのに目の前にいるディーラーがこれほどの品揃えを実現できたのは、信じがたい事だ。


『探索者達にコネがあってね。ダンジョンでの戦いで魔力を消費して動かなくなった使い魔王の素材も、こっそり持ち帰ってもらっているのさ。

 それより、要らないのか? なら、他の客を探すだけだが?』


「いらないならどいてっ! あたしが選ぶんだから!」

「ま、待てっ! いらないとは言っていないじゃないか!」

 警戒する者もいたが、中毒者の理性は脆い。少しでも多く手に入れようとする同類に押し出されまいと、手を伸ばす。


 そしてヴァンダルー中毒者が全員素材を手に入れた頃、不意にディーラーが手を上げた。

『全員手を出したな? もういいぞ』

 その言葉を合図に、閉まっていた倉庫の扉を破って黒い鎧とマントを纏った集団がなだれ込んでくる。


『闇夜騎士団だ! 全員大人しく投降しろ!』

「騎士団っ!? 何故こんなところに!? どこから情報が漏れたんだ!?」

「あなた、まさかグルだったのっ!?」


 中毒者の一人に糾弾されたディーラーの男の顔が不気味にずれる。男の背中が割けたかと思うと、中からまるで蛹から蝶が羽化するようにデーモンが真の姿を現した。

『そうとも、文字通り化けの皮を被っていたのさ』

「潜入捜査か……!」

 男は悔しそうに顔を歪めると、手にしていた素材を大人しく手放……さずに、急いで口に運ぶ。


『大人しく投降しろと言っているだろう!?』

「素材を手放せとは言わなかったじゃないか!」

「どうせ取り上げられるなら、最後に一口っ! ああ、堪らないぃぃっ!」

 血を飲む者、体毛の香りを嗅ぐ者、脂を鱗に塗りつける者、眼球を丸のみにする者、そうした中毒者を取り押さえる闇夜騎士団員に、その様子を見てゲラゲラ笑うデーモン。


 中には逃げ出そうとする者もいるが……。

『おっとぉ、ここは通行止めだぜ』

 倉庫の裏口で見張っていた巨人種ゾンビニンジャのズランによって阻まれ、拘束される。


『さあ、キリキリ歩け! 大人しく投降したものは三か月の奉仕活動と反省文の提出をしてもらうぞ!』

『抵抗した者は九か月だ! それと全員カウンセリングを受けてもらう!』

「当然だが、その間ヴァンダルー様は抜きだ!」


「そ、そんなっ! それだけは、それだけは許してくれ!」

「いやぁっ! 何か月もヴァンダルー様抜きだなんて耐えられない!」

 悲鳴をあげる中毒者たちが、闇夜騎士団の吸血鬼やヴァンパイアゾンビに引っ立てられていき、潜入捜査による捕り物は無事成功したのだった。




 報告書に目を通したヴィダル魔帝国の将軍兼宰相であるチェザーレは、自身の執務室でどうしたものかと首を傾げていた。

『ヴァンダルー中毒問題、これはどうすれば解決するのだろうか? どう思う、クルト?』

「……放置してもいいんじゃないか? 軽犯罪扱いだし」

 問われたチェザーレの弟、副将軍のクルトは苦笑いをしながら答えた。


「麻薬中毒のように他の犯罪を誘発するわけでもないし、中毒になった奴らも陛下に関する事以外は割と普通だし……短ければ数か月で治るし。

 ガキの非行みたいなもんで、無理に抑え込まない方が良いかもしれないぞ」


 クルトが言った言葉は、ヴィダル魔帝国民の大多数がヴァンダルー中毒者に向ける感情と同じだった。中毒者は、今のところは他の犯罪に手を染めないし、人間関係でトラブルを頻発させる事もない。まあ、ブラッドポーション等を買い漁るので金は使うが……そもそもヴァンダルーの一部を使った加工品は魔帝国内でも正規の取引では手に入れられないので、経済的に追い詰められるほど金の使いどころがない。


 もし高利で金を貸す闇金と、ディーラーが組んでいれば状況も変わっただろうが……魔帝国では金融業は政府の公的な機関以外は禁止されている。

 なので、無理に取り締まるより今の体制のまま取り締まり続ける方が良いのではないか。そう考える者が多いのだ。


「それでも解決したいなら、格安で陛下の血を販売するか、いっそ全魔帝国民に一体ずつ使い魔王を支給するか?」

『クルトよ、それで解決する見込みが少ない事はお前も分かっているだろう?』

 ヴァンダルー中毒者は、ヴァンダルーの素材を十分摂取できる環境にあれば治る……という訳でもない。

 中毒者はどれだけヴァンダルーの素材を口にしても、満足しないのだ。次から次に求め続ける。まさしく中毒である。


 クルトの言うようにヴァンダルーの血を無制限に、そして潤沢に販売しても、使い魔王を支給しても、中毒者は中毒者のままだというのが、研究機関の出した結論である。


「まあな。それに、中毒者はアンデッドと魔物以外、主に人種、エルフ、ドワーフが多い。ついで、獣人種や巨人種等のランクを持たないヴィダの新種族。ただし、冥系人種や冥獣人種、ドヴェルグ、カオスエルフなどに変異した者は除く。

 ……全魔帝国民をアンデッドにするか、変異させないと解決しないんじゃないか?」


『アンデッドにするのは不可能だな。陛下が許すわけがない』

 ヴァンダルー中毒者達も、ヴィダル魔帝国の支配者であるヴァンダルーの愛する民である事に変わりはない。彼等の話題になると遠くを見つめたり、心の癒しを求めて会議室にマッチョを呼ぼうとしたり、モフモフした毛並みの人か生き物を【体内世界】から出すか、自分がモフモフした生き物っぽく変形する等奇行がより顕著になるが。


「じゃあ、もういっそ変異させるか?」

「残念だが、それは難しいと思われる」

 そう言いながらチェザーレの執務室に入ってきたのは、クオーコ・ラグジュ……元アミッド帝国の男爵で、食道楽で知られた伊達男である。


『……随分と長いランチだったようだね』

「うむ、ちょっと陛下の手料理を試食してね。……有害な成分は全て消されていたが、念のために暫く休んでから仕事に戻るよう言われたのだよ」

『ほう? ああ、そう言えば夕方まで君を借りると陛下から連絡があったな。陛下の指示なら仕方がないか』


「ああ、それでついでにルチリアーノの研究室によって、この研究結果をまとめた報告書を受け取ってきた。目を通してくれ」

 チェザーレはクオーコが手渡した報告書に目を通すと、『むぅ』と短く唸った。それからクルトも同じように目を通したが、彼も思わず唸る事になった。


「変異実験……オルバウムで生け捕りにした犯罪者に十日間以上陛下の血以外何も与えなかったところ、変異せず。逮捕した中毒者に、陛下の素材を使用した食事のみを一か月以上与え続けても同様、か。

 犯罪者の場合はともかく、中毒者は何故変異しないんだ?」


 冥系人種やドヴェルグなどへの変異は、ヴァンダルーの血等の素材を摂取する事がきっかけになるが、まずヴァンダルーに導かれている事が必須条件となる。

 そのため、導かれていない者にどれだけヴァンダルーの血を飲ませても、変異はしない。同じように、ブラッドポーションやVクリームを使わせても同様だ。


 しかし、ヴァンダルー中毒者は全員既にヴァンダルーに導かれているはずだ。それが変異しないというのはおかしい。


「おそらく、精神性に問題があるのだろうとルチリアーノは推測していたよ。つまり、中毒者は物質的な意味で陛下の素材を求めているのであって、崇拝や敬愛ではない事が原因だと考えられている、らしい」

『精神……目に見えない分難しい分野だ。霊ならいくらでも見えるのだが』

「兄上、それはアンデッドだけだ。……専門家がいれば楽なんだが、ヌアザは巨大神像の次は、観光用テーマパークに見せかけた大神殿計画に忙しそうだし、ジーナはボークス達とダンジョン攻略中で、その後は陛下と合流予定」


「そもそも、その二人は心の専門家なのかね?」

「宗教家のはずなんだがなぁ、二人とも」

『陛下も心の専門家とは、何か方向性が異なる気がする……とりあえず、カウンセリングを行う職員の育成に力を入れる事にしよう』


 ヴァンダルー中毒者は、時間が過ぎると急に中毒症状から立ち直る事が多い。そして中毒だった間の事を、黒歴史として記憶の片隅に封じて普通に生活するのだ。


 後日、精神治療院から転職したフーバー医師が就任する事で、ヴァンダルー中毒者の治療は劇的に改善したという。




 その頃、ヴァンダルー中毒者問題に悩んでいるチェザーレと同じように、ある問題について神々は悩んでいた。

『いったいどうすれば良いのじゃ……このままでは我々の存在感が薄れてしまうのでは?』

『そんな事はないはずだ。我々が与えた加護は、狙い通りの効果をあげているではないか』

『だが、かの神に比べると……』

『たしかに埋没している気はするが……それは他と比べての話。隣人の妻は美人に見えると言うぞ?』

『それを言うなら、隣の芝生ではなかったか? 芝生が青く見える事の何が羨ましいのか、我には理解できないが』


 悩みを相談しているのは、アルダ勢力の神々……ではなく、元々は異世界からこの世界に訪れた異形の神々も含めたヴィダ派の神々だった。

 彼らの関心事は、当然ヴァンダルーの事である。


『だが、さすがにこれ以上嫁を短期間に増やすのは難しいだろうと、結論が出たではないか。しばらくは、友人を増やそうと』

『しかし、オルバウム選王国で増えたではないか。それにリオエン、お前達龍は良いじゃないか、ティアマト様のファインプレーで血縁までできて』

『ガレスはユーマが、それに鬼人族の始祖や魔人族の始祖も彼女の留学で世話をしたし、存在感を出している。羨ましい事よ』


 竜人国の守護神の一柱である『晶角龍神』リオエンや、鬼人国の守護神『戦士の神』ガレスは、そう言われて小さく呻く。

『やはり、シルヴァリに神託を出して娘の一人も嫁に出させるべきか?』

『でも、そういうのをヴァンダルーは嫌うのでは? 当人の気持ちの問題だろうし』

 ケンタウロス国の守護神、アルダに封印された『馬の獣王』の子の生き残りであり、暫定的に『馬の獣邪眼王』と名乗っているトレパミトに、ハーピィー国の守護神、『幻空の悪神』マグギャゼレイが反対意見を述べる。


 『馬の獣王』の子と『巨眼の邪神』が融合したトレパミトと、マグギャゼレイは守護している国の王同士が夫婦であるため、近年は特に仲が良い。


『妾は、もうティアマト様に全力で乗っかろうかな。ほら、ティアマト様って下半身がラミアっぽいし。それにフィディルグも蛇っぽいし』

『投げやりになるな、『誘堕の蛇悪神』。貴様が見ているのはティアマト殿の尻尾だ。彼女には脚があるぞ。それにフィディルグに乗っかるとは、情けなくないのか?』


『そうは言うけど、フィディルグやゾゾガンテは明らかに勝ち組でしょう?』

 ラミア国の守護神、十万年前の戦いで『蛇の獣王』を倒して吸収した結果、逆に半ば乗っ取られてしまった悪神、『誘堕の蛇悪神』ボゴアルボゾが、何処か投げやりな様子で口にした言葉に、リオエン達龍は大きく動揺した。


『むぅ、まあ、たしかに。それに魔王の大陸の地下にいたポヴァズやゾーザセイバ達とも、レベリングや大陸の浄化事業で比較的多く会っているようだし……』

『いっそ、タナトを嫁に出そうかしら~。前にヴァンダルーにあった時、彼女の腰つき……というか腹筋と鱗の艶を褒めていたし』


『いや、腹筋はまだしも鱗の艶はそういった意図で褒めた訳ではないと思うぞ。いくらヴァンダルーとはいえ』

『それに、あの女王もなかなかの歳だろう? 娘が二桁以上いるじゃないか』

『でも、ヴァンダルーって年上趣味っぽくない?』


『たしかに、その傾向はあるな』

『単に、ヴァンダルー自身の歳が若いからそう見えるだけでは? それにあのレギオンやパウヴィナは、転生する前の事を考えなければヴァンダルーより年下だぞ』


『そう言えばトリスタンはどうした? 奴の人魚国からは嫁も主だった友人もいないのに、この場にいないのは何故だ?』

『奴はペリア様が復活してから、そっちにかかりきりだ』


『では、新参の『雨雲の女神』バシャスは?』

『彼女はヴァンダルーを見るのに夢中だ。自身が守護する者達から嫁を出すより、自身が嫁になりたいと言い出しかねないぞ』

『……そう言えば、彼女が依り代を創っていると聞いた事が……』

『……いっそ妾も依り代でも作ろうかしら?』

『よせ、ボゴアルボゾ。貴様は男神だろうが』


『神の性別なんて、都合によって変わるものよ。妾も、正確には男神じゃないし。ヴィダ様との逢瀬に必要だったから男神になっただけだし。

 それに、今もヴァンダルーの背後にいるグファドガーンだって、女神じゃないでしょうに』

 なお、逢瀬はしたがボゴアルボゾはラミアの片親ではない。ラミアの片親は『毒鱗の邪神』ジュバディである。

『むう、そう言われると……』


『そう慌てる事はない。ヴァンダルーはこの先、数千年以上存在し続けるはずだ。慌てず行こうではないか』


 こうしてアルダ勢力の神々とは方向性が大きく異なるが、業の深いヴィダ派の神々の話し合いは続くのだった。


次話は10月30日に投稿する予定です。

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