三百三十五話 無毒な晩餐会
ルチリアーノは様々な薬品や薬草の名称や、それらの調合する手順を書き記した紙を壁一面に張り出し、解説を始めた。
「いやはや、私としたことが渡された薬の解析に手間取ってしまったよ。この薬の凄いところは、材料を上手く揃えて巧みに調合して狙った効能を発揮しつつも、その強さを抑えているところだ。そのせいで、この薬を飲んだ患者の体はこれを毒ではなく、薬と認識し続ける。
どんなにこの薬を飲み続けても、【毒耐性】スキルを獲得して、薬が効かなくなることはない」
極論だが、薬と毒は同じものである。人体にとって有益な効果を発揮する物を薬、そして不利益な効果を発揮する物を毒と呼んでいるだけだ。
そして、この世界には【毒耐性】スキルはあっても、【薬耐性】スキルはない。さらに、【毒耐性】スキルの持ち主にも、ポーション……つまり体を回復させる薬は効果を発揮する。
以上の事から、この世界では毒の効果を防ぐことはできるが、薬の効果は防ぎにくいという事が分かるだろう。
「もちろん、例外はある。【毒耐性】スキルがあれば酒に酔いにくく……レベルによっては全く酔わなくなる。睡眠薬や下剤も効きづらくなる。ただ、毒程ではない。
この薬はそうした事を理解した者が、高度な技術を用いて調合したものだ」
そう言いながらルチリアーノは、手に持った丸薬をテーブルに並べた皿の内の一枚に乗せる。
「そして、薬であるが故に解毒剤は存在しない。少なくとも、飲めばすぐに弱まっていた脳の機能が回復して、失われた記憶が蘇ったり、以前の人格を取り戻したり、そうした事が可能な薬は存在しないし作れない。
これで正解かな、院長先生?」
ルチリアーノが話しかけたのは、豪華なテーブルクロスがかけられた長テーブルの周りに並ぶ椅子に座らされた、院長だった。
「な、何のつもりだっ!? 誰だ、君は!?」
「我々を解放しろ! こんなことが許されると思っているのか!?」
「助けてくれっ! 嫌だっ、死にたくない!」
いや、院長だけではない。他の医師や神官、そして看護師や清掃係等も兼ねている職員達、ほぼ全員が椅子に拘束されていた。
彼らは仕事中、ふと気が遠くなって気がついたらこの部屋にいた。壁や天井、そしてテーブルは全て白一色で、石や陶器とは異なる素材で作られている。その正体が分かった時、院長達は震えあがった。
「ここはいったい何なんだぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇ!」
この建物と家具は、全て骨でできていたのだ。院長達を椅子に拘束している物も、ベルトではない。白骨の手である。
「難しいとは思うが、落ち着いてくれないかね? せっかく私がまともな研究者っぽい話をしているのだから、最後まで続けさせてほしい。まあ、君達も最期ぐらい自由に話したいだろうから、無理強いはしないが」
「さ、最期だと!? 私達を殺すのか!? ま、待ってくれ、そんな事をすれば選王国の貴族達が黙っていないぞ!」
「貴族達の秘密や弱みを知っている自分達を殺せば、俺達がそれを聞き出したと考えた貴族達が口封じに殺そうとする、そういう事ですか?」
そう尋ねながらワゴンを押して現れたのは、コック帽をかぶった少年……院長達全員が顔を知っている、ヴァンダルー・ザッカートだった。
「貴様は……! そうか、これは全て貴様の差し金か!?」
「そうです。全て俺が指図した事です。ところで、配膳を進めますね」
そう言いながらヴァンダルーはワゴンを押しながら入ってくる。その背後には、同じようにワゴンを押す骸骨たちの姿があった。
「ところで、俺達の質問に答えるつもりはありますか?」
「断るっ! 我々を早く解放しろっ! そうすれば今回の事は我々の胸にしまっておく!」
「おや、それは困ったね、師匠。彼等はライスかパンか、赤か白かも答えるつもりはないそうだよ」
「仕方ありません、両方並べましょう」
「っ!?」
ヴァンダルーと骸骨たちが押してきたワゴンに乗っていたのは、いくつもの料理が乗った皿だった。湯気を立てるスープに、新鮮な旬の野菜を使ったサラダ、魚のパイ、ゴロゴロと大きく食べ甲斐がありそうな肉団子が盛られた皿が院長達の前に並べられていく。
そして生地に何かが練り込まれているようだが柔らかそうなパンと、同じく炊いたのではなく何かと一緒に炒められたライスが置かれ、三つのグラスに赤と白、そして青紫色のワインが注がれる。
「これは……どういうつもりかね?」
最後に注がれたワインの色が気になるが、それ以外は見るからに美味そうな料理だ。高級レストランのフルコースを取り寄せたと言われても、嘘とは思えない。
拉致し拘束しておいて豪華な食事を出す意図が分からず、院長達は困惑した。
「うーん、見ているだけで腹が空いてくるな。師匠、一皿私にもくれないかね? 丁度席が一つ空いているようだし」
「ルチリアーノ、あなたにはアメリアの分の食事を渡しているじゃないですか」
「……いや、ほぼないだろうと分かっていても、一服盛られているかもしれない料理を食べる気にはなれなくてね」
「だったら、限界まで盛ったこの料理は何故食べる気になるのですか?」
「私には【毒耐性】ではなく【状態異常耐性】スキルがあるからね。少しぐらいなら平気だと思ったまでだよ」
しかし、ヴァンダルーとルチリアーノの会話を聞いて院長は凍りついた。
「ああ、メニューの説明がまだでしたね。
前菜は旬の野菜のサラダ、砕いた丸薬とオリーブオイルに香草を加えたドレッシングがけ。スープは固める前の丸薬に根野菜のポタージュを加えたもの。魚料理も同じく、丸薬の材料と白身魚のパイ包み焼き。肉料理は、ミノタウロスとオークの合い挽き肉と、刻んだ玉ねぎと丸薬を混ぜ合わせた肉団子に、ワインをベースにし丸薬の粉末を加えたソースをかけたものです。
飲み物は、丸薬を加えた赤と白、そしてブドウに丸薬を混ぜて発酵させた青を用意してありますので、好みにかかわらず全部どうぞ。
ああ、今までの話の流れで分かると思いますが、丸薬とはあなた達がアメリア・サウロンに盛っていた薬の事です」
そう言ってヴァンダルーが皿に置かれた丸薬を指し示すと、院長達の顔から血の気が一気に引いた。丸薬を調合した院長本人は当然だが、医師や神官、そして末端の職員に至るまで、自分達の職場で出す薬がまともな物でない事は知っていたからだ。
「そ、そんなっ! その言葉が本当なら、この料理を食べたら死んでしまう!」
そして丸薬を調合した院長本人は、『過剰摂取』による死亡の恐怖に震えあがった。調合する過程で効能を弱めたとはいえ、元は脳の機能を低下させる劇物だ。
そんな劇物を一度に大量に摂取したらどうなるのか、考えるまでもない。
「た、頼むっ! 殺さないでくれ! わ、私はリームサンド伯爵に依頼されただけなんだ! 私の立場では、彼に逆らう事は出来なかった!」
「院長先生、嘘はいけません。ペナルティとして、パンに丸薬の粉末入りバターもつけておきますね」
そう言いながら、ヴァンダルーは院長のために皿にパンを乗せ、バターを追加する。
「う、嘘ではないっ!」
『それは嘘です』
「アメリア・サウロンっ!?」
喚く院長の前に、前触れもなくアメリア・サウロンが現れた。瞳に虚無を湛えた彼女は、感情が全く感じられない無表情のまま院長達を断罪していく。
『薬の材料を調達するのに費用がかかると嘘を言って、リームサンド伯爵や他の貴族への寄付金の増額を迫ったでしょう? 自分や部下の家族や親類の就職先の斡旋も受けていますね。
それに女性の患者に対する職員や医師の暴行を放置して調べようともしていない。無実を主張するには、越えてはいけない一線を越えすぎているルルルブグル』
そして、話している途中でアメリア・サウロンに化けていたキュールが姿を現す。その様子は人が突然溶け崩れたようにしか見えず、院長達は悲鳴をあげた。
「待ってくれっ! 私は、我々は社会に貢献してきた! この国になくてはならない存在なんだ!」
だが、自己弁護の方向性を変える程度には頭が働いているようだ。
「君の眼には我々はさぞ邪悪な集団に見えたかもしれない! だが、患者だって罪もない哀れな子羊という訳じゃない! 中には無実の平民を殺したり、税金を横領して遊び回ったり、目に余る行いをしたが法で裁くと家名に傷がつくという理由で、ここに連れてこられた貴族の関係者もいるんだ!」
そう院長が訴えると、ヴァンダルーは手を止めた。それを見た他の医者や神官達も、脈ありと見たのか次々に同じような主張を展開する。
「た、たしかにアメリア・サウロン自身は何の罪も犯していないだろう! だが、サウロン公爵領の安定のためには、そしてこの国全体の平和のためには彼女と彼女の娘は早期に後継者争いから脱落するのが望ましかったんだ!」
「彼女がこの医院を訪れたきっかけには、我々は何も関わっていない! 本当だ!」
「我々がやらなくても、きっとどこかの神殿が同じことをしていたはずだ! 世の中には、誰が悪い訳でもないのに不幸になる人がいる! 彼女達がそうなんだ!」
その訴えに対して、ヴァンダルーは問いを投げかけた。
「聞き忘れていましたが、デザートは食後に持ってきますか? それとも今すぐ並べましょうか?」
ただ、彼らの主張には全く関係ない問いかけだった。
「なっ、なななっ!?」
「師匠、彼らは食後に意識がないかもしれないから、今のうちに見せておいた方が良いんじゃないかね?」
「それもそうですね。ちなみに、デザートは季節の果物と丸薬のゼリーです」
『ブグルルルル』
驚きと困惑、そして無視された怒りで口が回らなくなっている院長に構わず、ヴァンダルーはデザートを準備するように骸骨たちに指示する。足元では、キュールがゼリーのようにプルプル揺れているが、彼らからは見えない。
「ああ、何か勘違いしているようなので言っておきますが……俺は正義感からあなた達にこんなことをしている訳ではありません。お前らが善か悪か、社会に必要かどうかなんて、どうでもいい。
アメリア・サウロンや新しい友人達に、お前達が毒同然の薬を盛って、彼女達をダシにして金をせびったり、彼女達を暴行したり、それを野放しにした事が、気に食わないからやっているのです」
そう言いながら、ヴァンダルーは骸骨が「おぉん」と並べるゼリーに、丸薬を溶かしたシロップをかけていく。
「だから、あなた達が社会に貢献していようが、この国に必要だろうが、知った事ではありません。……世の中には、誰が悪いのでもないのに不幸になる人がいる。それが正しいのだとしたら、今のお前達がそうです」
そう語るヴァンダルーの瞳を見てしまった院長は、声が出せなくなった。紫紺と真紅の濁った瞳が、まるで深淵の入り口のように感じ……瞳の向こうから怪物がこちらを見ているような錯覚を覚えたからだ。
「……我々は、社会への貢献や存在価値を主張するには、道を違えすぎたという事でしょう」
そう言いながら骸骨たちに交じってこの部屋に入ってきたのは、病室に監禁されているはずのフーバー・トーン元医師だった。
自分達とは違い拘束されていない彼に向かって、かつての同僚たちが抗議の声をあげる。
「お前! まさかお前が我々を売ったのか!?」
「よくもっ、お前も俺達と同じ穴の狢の癖に!」
しかし、フーバーは彼らの罵倒に対して穏やかな笑顔を浮かべた。
「たしかに、私もこの精神治療院の一員に違いはない。そんな事は分かっているとも」
そして、そう言いながら唯一誰も座っていない空席に向かうと、なんと自分から椅子に腰かけた。
「だからこそ、私も罰を受けなければならない」
そして、そう言いながらマナーを守ってナプキンを身につける。それを目にした院長達は目を剥いて叫んだ。
「そんな、正気なのか!?」
「ええ、私は正気ですとも。そして今、とても晴れやかな気分なのです。この晩餐を前にして、私は今までの人生の中で最も自由であると確信しています」
そう答えるフーバーに、院長達はもう言葉も出ない様子だった。しかし、ヴァンダルーが一言告げると彼らは再び騒ぎ出した。
「召し上がれ」
クノッヘンの分体は、いやだいやだと泣き叫ぶ者の口に料理をねじ込み、首を左右に振って逃げようとする者の頭を握って締め上げ、口を閉じて開こうとしない者の鼻を塞いで口を開くのを待った。
そしてフーバーは自身の意志で手を動かした。まずは前菜であるサラダからだ。丸薬を混ぜたとは思えない程爽やかな香りと酸味のドレッシングが、シャキシャキとした葉物野菜の歯応えと仄かな甘みによく合い、食欲を増進させる。
そして、酒を飲んだ時に覚える酩酊感に近い感覚を覚えた。これが院長の調合した物と同じ、丸薬の効果だろうか?
「考えてみれば、患者に出したことはあっても自分で飲んだことはなかったな」
そう言いながら、フーバーが次に手を伸ばしたのはスープとパンだ。スープは根菜の滋味と丸薬の苦みが奇跡のような調和を生み出しており、生地に丸薬が練り込んであるパンとよく合う。
「ああ、美味い。美味いなぁ」
そう言いながら白身魚と丸薬が材料のパイ包み焼きに手を伸ばした時には、視界が歪んできた。苦労しながらサクサクのパイをフォークで崩し、白身魚と一緒に食べると全く苦みを感じなかった。ほろほろと口の中で崩れる魚の身と、薬効成分のある薬草や魔物の内臓を乾燥させた物の粉の風味、塩や香草、パイ生地のバター……そしておそらく牛乳で味が調えられて、不快な苦みが旨味へと変えられている。
それとも、もう味覚がおかしくなっているのだろうか? それを確かめるために、スパイシーな香りのする肉料理に手を伸ばす。大きな肉団子に、ガクガクと震える手でナイフを突き刺し、苦労しながら口に運ぶ。
肉団子は驚くほど柔らかく崩れ、フーバーの口の中を肉汁で満たした。やはり、丸薬の苦さは全く感じない。そうか、調理工程で上手く苦みを消しているのか。
「にゃんふぇ……美味ひんひゃ……」
全身から寒気に包まれ、もう腕が上手く動かない。フーバーはまるで犬がするように顔をライスに突っ込み、口の中に入れ……咀嚼する前に彼の意識は途切れた。
静かになった部屋では、惨憺たる光景が広がっていた。
口から料理の汁やソースと一緒に自身の血を垂れ流す者、一目で深刻な状態だと分かる顔つきで痙攣を繰り返す者、白目を剥いたまま何故か小さな鼻歌を歌い続ける者。
『おおーん』
そんな状態の院長達に、クノッヘンの分体は食事をさせ続ける。切り分けた料理を口の中に流し込んで、飲み込ませる。それを前菜からデザートまで、全ての料理が空になるまで続けた。
「そんなところでいいでしょう」
『おおん?』
「ええ、まだ誰も死んでいませんが、それでいいです。彼等は……少なくとも、彼らの肉体は明日からも働いてもらうので」
院長達は全員まだ生きている。そう、ヴァンダルーの魔術によって生命活動が維持されているのだ。
「【死亡遅延】の魔術で命を保ち続けるのと、そのまま死ぬのと、どちらがいいのか分からん光景だね、師匠」
「この場合は、死ぬ方が楽だと思いますよ。こいつらに【死亡遅延】の魔術をかけた目的は、楽にさせない事ですから」
ヴァンダルーの死属性魔術である【死亡遅延】は、文字通り死亡するのを遅延させる魔術だ。魔術をかけられた対象は傷が回復するわけでもなく、毒が消えるわけでもない。ただただ死なないだけだ。
心臓の鼓動が止まっていようが、大量の血を失っていようが、肺の中に酸素が無くなり水で満ちていようが、脳に致命的な損傷があろうが、死ぬまでの時間を引き延ばされて生きている事を強制される。
本来は患者が死ぬのを先送りにし、その間に治療を施すための術だ。しかし、このように苦しみを長引かせることもできる。
「後は洗脳しながら一晩おけば、それでいい。エリザベス様も彼らの事は俺に任せてくれましたし」
「……相変わらず、ミセスアメリアの前でない時は様をつけて呼ぶのだね。彼女、師匠の本来の立場は知っているのかね?」
「まだ話してはいないですね。何か隠しているとは思っているでしょうし、隠している事は正直に言ってありますが」
『……あの言い方はないと思う』
キュールにも苦言を呈された、エリザベスとマヘリアへの言い方とは――
『俺はあなた達に重大な真実を隠しています。何故なら、まだ知らない方が色々な事が上手くいくと俺は考えているからです。知ってしまったら後戻りできませんし。
しかし、知りたくなったら気軽に言ってください。全てを打ち明けますので』
というものだった。
この時点で、ヴァンダルーはエリザベス達が自分から離れるとは思っていない。境界山脈内部にあるヴィダル魔帝国に来ないとか、英雄予備校を卒業したらヴァンダルー以外のメンバーと冒険に出るとか、そうした事はあり得るだろう。だが、ヴァンダルーにとってそれは「離れた」事を意味しない。
彼女達が【ヴァンダルーの加護】を受けていれば、それだけで、何処で何をしていてもヴァンダルーの仲間である。
ヴァンダルーは、昔は自分の他者への態度を「来る者拒まず、去る者追わず」だと思っていたが、今では「去る者には憑いていく」なのかもしれない。
「ところで、フーバー医師はどうですか?」
「見ての通り気絶しているが、それ以外は平気だろう。彼が気絶した時点で、師匠が【消毒】で致死量を超える成分は消したからね」
院長が調合した薬は、継続的に摂取して初めて本来の効果を発揮する。一度だけの摂取では、致死量を超えない限り重篤な障害が残る事はない。
何故フーバーだけ助けたのか? 助けるつもりなら何故院長達と同じく食事を取らせたのか? それは、彼自身が罰を求めたからだった。
フーバーは自分でも言った通り、院長達と同じ穴のムジナだと自分を断じていた。だからヴァンダルー達に同じ罰を求めた。しかし、ヴァンダルーは彼を院長達と同じように処理するつもりはなかった。
そのためフーバーはクノッヘンに拘束させず、院長達と違い自分で自由に料理を食べられるようにした。意識を失った後、もう料理を口にすることがないように。
……もちろん、致死量は超えていないが用法用量を守っていないので、健康に多少の影響は出る。彼は一週間から一か月ほどの間、酩酊状態と重い二日酔いの症状を繰り返す事になるだろう。
「それで、彼はタロスヘイムに送って療養させるのかね?」
「ええ、ここにいるよりは良いでしょう。家族や親類もいないようですし。では、俺は院長達を洗脳するための使い魔王を作ったら、医院に戻ってアメリアに薬湯を飲ませに行くので、各自行動を」
「了解したよ、師匠」
『おおーん』
医院の中庭に作られたクノッヘン製の食堂での作業は、深夜まで続いた。
そしてヴァンダルーが入院して六日目の午前中。英雄予備校に登校していたエリザベスは、不機嫌そうな顔でパウヴィナに尋ねていた。
「それで、なんでまだヴァンダルーもお母様も入院しているのよ。医院の連……あいつらは、もうやったんでしょ?」
彼女とマヘリアは院長達がアメリアに何をしていたのか、それが誰の依頼によるものなのか、ヴァンダルーから説明されている。
その上で、エリザベスは院長達の処理をヴァンダルーに依頼した。より正確に言うなら、丸投げした。何故ならエリザベスに思い付くのはボコボコにすることぐらいだったし、院長達より何年も自分を騙してきたリームサンド伯爵の方がずっと憎い。そして、ヴァンダルーに任せた方が彼らはより残酷な末路を迎えるだろうという確信があったからだ。
……ちなみに、フーバー医師は助ける事も知っている。彼が自分から罰を受けることを望んだ事も。
「まさか、あいつ私に隠れてお母さまとイチャイチャするつもりじゃ……!?」
「それなんだけど、七日間入院するって手紙に書いたから今日と明日はまだ入院するって」
「それでも、別に医院の外に出てもいいじゃない」
「あたしもそう思うけど、ジャハン公爵がお見舞いに来るからダメだって」
「……なんで公爵がお見舞いに行くのよ!? 普通は使いかお見舞いの品と手紙を送るだけでしょ!?」
好んで寄り付く人間はいないはずの施設を、公爵が訪ねる。別に禁止されていないが、噂になる事請け合いの行動だ。入院しているのがよほど親密な相手でなければあり得ない。
「なんでだろうねー? ダルシアママに、お見舞いに行きたいって公爵さんが言ったんだって。それより、今日の放課後の特訓だけど、そろそろランク6でいい?」
「他にも昨日の夜、『大魔王の娘』って二つ名とか、正体不明の加護とかを色々獲得した事とか、護衛にってつけられた私には見えないレギオンって人達の事とか問い詰めたかったんだけど……全部やめるから、ランク6の魔物と戦わせるのは勘弁して。死んじゃうから」
「賢明な判断です、お嬢様」
そしてこの日の昼下がり、ジャハン公爵はヴァンダルーを見舞うために精神治療院へと足を踏み入れた。
次話は一日お休みをいただきまして、9月28日に投稿する予定です。




