四十一話 焦らず一歩一歩生きましょう
中々レベルが上がらない。ヴァンダルーがそう相談すると、元A級冒険者【剣王】ボークスはコツコツと額を指で叩いて答えた。
『そりゃあ仕方ねぇ。お前がなった【死属性魔術師】ってのは専門ジョブだろうし、行ったのはガランの谷で連れてったのはあいつ等だ。ならレベルだって上がり難いだろうぜ』
それは、きちんと段階ごとに計測された知識ではないが、ジョブに就いてある程度の段階に達した者は誰もが経験則で知っている事だった。
『ジョブ毎にレベルを上げるのに必要な経験値が違うのは分かるよな。見習いジョブが上がり易くて、汎用ジョブが並、専門ジョブが上がり難いもんだ』
見習いジョブは文字通り名前に「見習い」と着くジョブの事だ。これはバスディアやザディリス達が数日で100レベルに達したように、とてもレベルを上げやすい。
汎用ジョブは「戦士」や「魔術師」と言ったスキル補正の幅が広いジョブ。
そして専門ジョブは、剣術スキルに特化した「剣士」や特定の属性魔術に特化した「火属性魔術師」や「水属性魔術師」と言ったジョブだ。
『お前のジョブは新発見のジョブだから詳しい事は俺にも分からねェ。だが死属性魔術に特化したジョブだろうってのは名前から分かる。それにしては、他の【光属性魔術師】や【火属性魔術師】と比べて妙に補正がかかるスキルが多いみたいだけどな』
そういうジョブはレベルを上げるために必要な経験値が多いのだと言う。
『専門ジョブに就くのは、冒険者や一般人でもその道で一流の入り口を目指そうって連中だ。そんなのが新米と同じ速さで強く成れる訳がねぇ』
そういうものらしい。
因みに、同じヴィダの新種族であるグールに魔物と同じランクがあるのに対して、ダンピールのヴァンダルーにランクが存在しないのは、種族のルーツによる。
ヴィダの新種族の内グールの様な女神と魔物の混血の種族、吸血鬼、ラミア、スキュラ、ケンタウロス等の種族には、魔物と同じランクが存在し、更に人間としてジョブに就く事が可能だ。
しかしヴァンダルーは吸血鬼とダークエルフの間に生まれたダンピールであるため、魔物の血は四分の一。そのためより人間よりの体質に生まれつき、ランクが存在しない。
今はアンデッド化したボークス達巨人種も、女神と巨人神ゼーノの眷属の間に生まれたため生前はランクが存在しなかったそうだ。
ボークスに相談して、周りよりもレベルが上がり難くても気にしない様にしようと考え、ドラン水宴洞を進んで行った。
ここに出現する魔物は主に水棲の種族で、五階以下では大きな魚の胴体から生白い手足を生やした魚人のサハギン、タロスヘイムの水路にもいたフライングシャーク、人の胴体を挟んで振り回せる程巨大な鋏を持つビッグキャンサー、巨大タコのキラーオクトパス等が出現した。
サハギンはランク2の、海のゴブリンと評される亜人タイプの魔物で主に槍で武装していたが雑魚だった。
「これ、食べれませんよね?」
『そうだな、三日くらい飲まず食わずで餓死寸前だったら美味く感じるかもな』
どうやら、素材的な意味でもゴブリンと評されているらしい。
フライングシャークはタロスヘイムの水路で何度も戦っているので、皆さほど苦労せず討伐していた。
「【クイックスラッシュ】っ!」
フライングシャークの噛みつきを躱すと同時に、ブラガが短剣術の武技を使ってフライングシャークの首を深々と斬り裂く。
ブラガは生まれつき身が軽く俊敏だったが、訓練で更にそれを向上させていた。ズランの指導により斥候職の技術を学び、力よりも早さを活かす短剣術のスキルを獲得。その身の軽さは既に野生動物の域だ。
しかも新種たちの中では最も弱いランク2のブラックゴブリンに産まれついたため、実戦訓練を積んだガランの谷では最低でも同格以上の相手と戦う事になり、大量の経験値を稼いできた。
その結果彼は生後半年を過ぎたばかりなのにランクアップし、ブラックゴブリンスカウトに成ったのだ。
『我ながら恐ろしい奴を育てたもんだぜ』
「まあ、確かにフライングシャークの首が半ば切断されてますけど」
『いや、違う』
土気色の眉間を顰めつつ、しかし口元はにやけているという器用な表情でズランは続けた。
『魔物の斥候職だ。人間より身体能力に優れ、人間並みのスキルを持った斥候職の魔物だ。魔物の中には恐ろしい特殊能力で気配を消して不意を突いてくる魔獣も多い。だが、奴らは頭が良い訳じゃない。本能だ、本能でやってるだけだ。
だがブラガの奴なら気配を消して冒険者達を尾行して回復役を真っ先に暗殺したり、村や町に忍び込んで女子供を攫う様な事が出来る』
「なるほど。ブラガ達は将来有望な工作員に成れる可能性が高いと」
確かにそれは恐ろしい。ヴァンダルーが苦戦したノーブルオークのブゴガンも、戦闘スキルを高いレベルで修めていた。だからこそヴァンダルーは、肉も骨も切らせなければ勝てなかったのだ。もし彼がただの力自慢だったら、骨は勿論肉だって小指の先ほども切らせずに勝てた。
そんなブゴガンの様な脅威の存在にブラガは成れる。特に、正面から突っ込んでこないで不意を突いて脾腹を刺して来るのが恐ろしい。
いや、最も恐ろしいのはブラガだけでは無い。ブラックゴブリン全体だ。
彼らの中で最も伸びが早いのはブラガだが、ズランによれば今年中には全員ブラックゴブリンスカウトにランクアップするだろうと予想している。つまり、ブラックゴブリン全体が暗殺者や工作員としての才能を持っているのだ。
人間の防衛力を掻い潜って、村や町にこっそり侵入する魔物の集団。外見が外見だから長期間の潜入は不可能でも、見張りを始末し城壁の内側から門を開けて外に待機している仲間を引き入れることくらいは出来る。
「でも最初からそんな恐ろしい存在に成るって解って教えてますよね。あの短剣術だって教えたのはズランだし」
『はっはっはっはっはっ』
「って、言うかズランも魔物ですよね? アンデッドだし」
『はっはっはっはっはっはっはっはっ!』
「本当はちょっと格好を付けながら教え子の自慢がしたかっただけですよね」
『はっはっはっはっ、御子は察しが良いな!』
「俺も誇らしいから気持ちが分かるだけです」
あの小さかったブラガがこんな立派に成ってと、微妙に年長者の気分だった。流石に親とは言わないが。
彼が自力で魔物を討伐できる強者に成り、更にもしまたミルグ盾国の連中が討伐隊を派遣して来た時、頼もしい戦力に成ってくれるのなら嬉しい限りだ。
「何の話だ、キング?」
スパスパと手早くフカヒレを回収し、肉をサムの荷台の箱に入れたブラガが戻ってくる。
「ブラガは忍者みたいだなって言っていたんですよ」
正直に言うのも照れ臭いのでそう答えると、ブラガだけでは無くズランまで首を傾げた。
『ニンジャ?』
「えっ、知りませんか? ブラガは兎も角ズランまで」
ザッカートが異世界の知識や技術を広めようとしていたから、ズランなら知っていると思ったのだが。その後、ヴァンダルーは休憩の度に二人から忍者の話をせがまれるのだった。
因みに、ビッグキャンサーとキラーオクトパスはランク3で、それぞれ大きい蟹とタコというだけの魔物だったためそれ程苦戦しなかった。
ドラン水宴洞では、海産物以外にも金属を採掘する事が出来る。金や銀、ミスリル等の貴金属は採れないが、錫や銅、鉄などが採掘できる。
そのため鉱夫がピッケルを持って魔物を退治しながら壁を掘るのだ。
重い鉱石を大量に背負って外まで持ちだす事は困難を極めるのではないかとヴァンダルーは思ったが、何とダンジョン産の金属は金属塊がそのまま出て来るのだ。純度もそのまま金属製品や武具に加工できる程高い状態で。
それを聞いた時はヴァンダルーも異世界って便利だなと思ったものだ。
タロスヘイムに鍛冶場はあっても鉱石から金属塊を作る製錬場が無かったのは、このためだ。
そんな金属塊を背中に背負った鉱夫達と挨拶を交わしたり、一緒に休憩と食事を取ったりしつつ、ヴァンダルー達はダンジョンの攻略を続けた。
六階からはランク3に混じってランク4の魔物が出るようになった。
体表の色を変えて隠れ潜み不意を突いて襲い掛かるイカの魔物、カメレオンスクイード。
見かけは一メートル半ば程の巨大な伊勢海老やロブスターだが、触覚が鋭利な刃物のようになっているブレードシュリンプ。
一見美しい巨大な花の様だが、麻痺毒を分泌する触手を無数に生やした鮫喰いイソギンチャク。
それらはちょっとだけ厄介だった。
ブラガの【直感】や【気配感知】スキル、ヴァンダルーの【危険感知:死】の術で、隠れている魔物の場所はすぐに分かる。
そして元よりガランの谷程ではないが過剰戦力である。
『ウオオオオオッ! 【クイックゥゥゥゥスラッシュゥゥゥゥ】!』
叩き割るような勢いで、しかし空を斬るような速さでブレードシュリンプを真っ二つにするズラン。その豪快な短剣裁きは、どう見ても狂戦士のそれだった。
「ガアアアアア! 【鞭斧】!」
くねくねと踊る触手を、更に柔軟なヴィガロの腕によって振るわれる斧が叩き斬っていく。そして鮫喰いイソギンチャクの本体もかち割ってしまった。
グールバーサーカーにランクアップしてから、以前より戦闘意欲が増したように見えるのは気のせいだろうが。
『坊ちゃん、お二人を止めなくても宜しいので? 確かお二人は今回監督役として付いて来たはずですが』
ズランと特にヴィガロはランクが高く、今更D級ダンジョンに出る魔物ではボスでもない限り倒しても碌な経験値に成らない。
スキルを磨くという点で見ても、相手が自分より格下であるため準備運動以上の意味は無い。実戦訓練としても相手が弱すぎるのだ。
寧ろ、格下相手なのでやり過ぎると腕や感が鈍りかねない。
なら何故二人が前に出て暴れているのかというと――
「まあ、退屈だって言うし」
戦わずに監督に徹するのに飽きたからだった。
『まあ、確かにお二人を暇にさせておくのも気が引けますな』
「それに、二人が戦っている間休憩も出来ますし」
「それはいいんだけど……本当に食べるの、これ?」
キラーオクトパスの足やブレードシュリンプ、そして捕まえた海の魚や貝類の刺身を前に、カチアは顔を引きつらせていた。
「それは勿論。もしかして、ミルグ盾国ってタコやエビを食べないんですか?」
地球でもタコを食べない文化の国は在った。更に古代文明には宗教上の理由で海産物全体を食べ無いとか、忌避する民族が居たとか、本当かは知らないが聞いた事がある。
ならこのラムダでも同じように、更にエビを食べない文化があるのかもしれない。
「いや、そもそも海が無いからエビは兎も角タコなんて干物でしか見ないし……」
そう思ったが、違うらしい。タコは干物として流通しているという事は普通に食べるそうだ。じゃあ何故躊躇うのだろう? ただの好き嫌いかな?
「じゃあ、魚の方を食べます?」
「そうじゃなくてっ! だって生なのよ!」
「あっ、そっち」
どうやらカチアの拒否反応は魚介類の生食に対して出ているらしい。地球の西洋にはカルパッチョとか生で魚や肉を食べる料理があるし、問題無いかと思ったのだが。
ラムダにはカルパッチョは存在しないのだろうか? それともザッカートが寿司や刺身を広めない様に、ベルウッドが先んじて「魚の生食は危険だ」と言い触らしたのか。
「大丈夫ですよ、ほら」
しかしカチアが嫌がる一方で、ブラガは旨そうに刺身を食べていた。
「ウマイっ! ウマイ!」
エビもイカも貝も魚も、次々持ってきたワサビと魚醤に付けて食べて行く。本当は魚醤よりも醤油の方がいいのだろうけど、胡桃味噌と団栗味噌から作る醤油は微妙なので魚醤しか持って来ていない。
胡桃と団栗が悪いのか、それとも発酵に使っている菌に問題があるのか。何にしても大豆欲しい。
「ウマイぞっ、カチアも食え!」
『確かに、このプリプリとした歯ごたえにワサビのツンとした辛さが合わさると絶品ですよ』
ストレートに喜びを表し勧めるブラガに、食レポをしながら同じく勧めるサム。しかしカチアは首を横に振った。
「そ、そうは言うけど人は生で魚を食べないのよ!」
「カチア、もうグール」
「そうだったっ! でもグールだって生じゃ食べないでしょ!?」
ゴブリンやコボルト等の魔物は、基本調理をしない。肉も何も生のまま豪快に食べる。他の亜人系の魔物でも精々が肉を焼く程度だ。
ただグール達はヴァンダルーが来る前から肉を串に刺して焼いたり、大きな葉に包んで蒸し焼きにしたり、原始的だが調理をしていた。
やはりグールも実際には巨人種と同じヴィダの新種族であると言う事だろう。
「でも大丈夫ですよ。鮮度は抜群ですし、【殺菌】に【殺虫】、【消毒】までしたので害になる物は残って無いから」
菌や寄生虫が居ても残らず死滅しているし、それらが毒素を残しているとしても文字通り毒を消す【消毒】の死属性魔術も使っている。
ここまですれば毒茸だって食べられる。
「そ、そこまで言うなら……ん? 美味しい?」
目を丸くしたカチアはその後、ブラガと同じようにガツガツと刺身を貪ったのだった。そこまで喜ばれると作った甲斐があると、ヴァンダルーも喜んだ。
因みに、魔物を倒し終えて戻ってきた二人の内、ズランは『アンデッドになってから生肉が美味く感じて仕方ねぇ』と嬉々として刺身を食べ、逆にヴィガロは「生っ!? 腹を壊すぞ!」とカチアと同じように一旦拒否した後、安全性を説明されてから食べ始めた。
因みに十階に出現した中ボスはランク4のサハギンバーサーカーと、手下のランク3、サハギンパイレーツだった。素材的には価値が無いため、ヴァンダルーの【格闘術】の練習台になってもらった。
ドラン水宴洞の十一階からは、ランク4の魔物がランク3の魔物を率いて現れるようになる。更に罠が仕掛けられている頻度も高くなる。
落とし穴の底には毒の塗られた棘があり、天井から鍾乳石に混じって槍が仕掛けられており、壁から斧が飛び出してくる事もあった。
「キングっ、ここに罠がある!」
「正解。解除できる?」
「やってみるっ! ……あっ」
ぷしゅーっと毒ガスが噴き出してきたので、ヴァンダルーは【消毒】で毒性を消した。
「すまん、失敗した」
「はい、次は頑張ろう」
『……何で後衛職の御子が罠の場所を真っ先に言い当てるんだ』
罠は仕掛けられている種類によっては魔物よりも厄介だ。しかし、ヴァンダルーは発動すると死に繋がる罠を常に発動している【危険感知:死】の魔術で感知する。そのため、実際に調べるブラガよりも早く罠の存在に気が付く。
その上このドラン水宴洞の罠は毒に関連するものが多く、【消毒】ですぐに対処できる。
『御子が居れば斥候職は必要無いんじゃないか?』
「そう拗ねないで。それにここに来た目的は素材と訓練じゃないですか」
なのでヴァンダルーも罠を見つけても報告も解除もせず、まずブラガに調べてもらっている。
「それに、死に関連しない罠は分りませんから。例えば、落ちにくい油性塗料が噴き出す罠とか」
『それは罠と言うより、悪戯ですな』
多分上から黒板消しが落ちてくる系の罠は分からないだろう。
『でもそれ、気がつかなくても別にいいんじゃないか? 死なないし』
「まあ、そうなんですけど」
特にダンジョンだと罠は殺傷を目的にしているのが半分。残り半分は行動の自由を奪ったり、状態異常を起こさせたりして、魔物が侵入者を殺しやすくするために仕掛けられているので、ほぼ感知できる。
「でもほら、俺が何時もいる訳じゃないですし」
『それもそうか』
そう言いながら進み、野営を挟んで次の日。遂に最下層まで辿り着いた。
二百年前は十四階までしかなかったそうだが、ガランの谷と同じように放置されている間に階層が増えて十八階まで潜らなければならなかった。
お蔭で十五階の大地底湖から目的だった海藻類の他に、鰹まで手に入ったのは嬉しい誤算だった。
タロスヘイムに戻ったら燻製室を作って、鰹節を作ろう。それが難しいなら、干した後燻製にせずそのまま使う戦国時代式にしてもいいかもしれない。
「ところでこのカメ、火を吐いたりします?」
「『しないっ!』」
緊張感の無いヴァンダルーの質問に、ヴィガロとズランは半ば悲鳴混じりの声で答えた。
ヴァンダルー達を待ち受けていたドラン水宴洞のボスは、ランク4のバレットタートル六匹を従えた、ランク5のクラッシャータートルだった。
バレットタートルは一見甲羅の大きさが一メートル程の亀なのだが、手足を引っ込めると風属性の魔力で回転しながら宙を高速で飛び回り、体当たりしてくると言う厄介な魔物だ。
甲羅の硬さは鉄以上で、体当たりを受けると重戦士だって危ない。
そしてクラッシャータートルはバレットタートルの大きさをそのまま五倍程にした魔物で、体当たりの威力は五倍では済まない。歴史上、この巨大な亀の体当たりで城壁を崩された町が幾つかあるらしいのだから、生半可な防御力など無いのも一緒だ。
それぞれランク4、ランク5の内では討伐難易度が高い魔物である。
実際、ブラガやカチアだけでは無くズランとヴィガロまで手こずっているし。
「ぬぅっ! 早い!」
『しかも連携が取れてやがる!』
頭を甲羅の中に引っ込めて回転しながらギュンギュンと高速で飛び回っているのに、亀達の動きは連携が取れていた。ヴィガロがまず数を減らそうと狙いを付けると、途端に他の亀が横から上から突っ込んできて邪魔をする。
かと言って生半可な攻撃では回転する鉄より硬い甲羅に弾かれてしまう。
こういう時には魔術の出番だが、ヴィガロは勿論ズランやカチアも魔術は使えない。
「任せてっ!」
しかしカチアは剣を構えると前に出た。
「カチアっ、無理!」
「無理じゃないっ! 【即応!】」
止めるブラガに構わず、カチアは武技で反応速度を上げ、最低限の動きでバレットタートルの攻撃を避けると甲羅の側面に必殺の突きを放った。
「【突貫】!」
刺突の速度と威力を上げる剣術の武技。ここにグール化した事で冒険者時代よりも格段に上昇した筋力が加われば、バレットタートルの側面を貫ける。
ぱきぃぃぃん。
「えっ!?」
カチアの目算は、彼女の剣と共に砕け散った。
目を見開き、呆然とする彼女に他のバレットタートルが迫る。【即応】のお蔭でそれに気が付くが、【突貫】は威力と速度は高くなるが、使用後の隙が大きい。意識は気がついても、身体が付いてこない。
「やらっ――」
「せないので大丈夫」
もうダメだと思ったカチアの前で、バレットタートルがゴンっと地面に落ちた。
「まあ、魔力を消せばただのでかい亀ですし」
風属性の魔力で空を弾丸のように飛ぶバレットタートルは、魔力を吸収する【吸魔の結界】に包まれると飛行能力を失い、勢いそのままに地面や壁に激突してしまう。
翼でも生えていれば滑空ぐらい出来ただろうが、彼らに在るのはヒレ状の足だけだ。
「俺が手を出すと、手に入る経験値が減るけど仕方ないと言う事で。あ、皆止め宜しく」
「おー」
『ワリィな、御子』
甲羅の隙間に短剣や鉤爪を突き入れて始末して行く。クラッシャータートルは噛みつきで若干の抵抗を見せたが、ヴィガロが斧を一振りすれば手下の後を追うしかない。
「帰ったら新しい剣を貰いましょう。宝物庫によさそうな物があれば、それをそのまま使っても……どうしました?」
折れた剣を握ったまま、ぺたんと座り込んでしまったカチアに声をかけると、何と彼女は涙ぐんでいた。
もしかして、もっと早く助けた方が良かったかな? 様子を見ていた時間長過ぎ?
そう思いつつ狼狽していると、遂に彼女はポロポロと涙を零した。
「ごっ……ごべんなざいぃ……」
何故俺に謝るの?
そう聞きたかったが、ヴァンダルーは泣きだしてしまったカチアをとりあえず慰める事にした。
「私っ、オークに捕まる前からっ、限界を感じててっ……うっ、それで、グールに成ったんだけど、それでもっ……」
「うんうん、つまり焦っていたと」
カチアは早熟だった。冒険者に成ってからメキメキと力を付け、同期と差をつけ先輩に追いつき……壁にぶち当たった。
それは強固な鉄の壁では無く、泥のように柔らかい壁だった。徐々にレベルが上がり難くなって、どんなに訓練や実戦を繰り返しても技術の向上は亀どころかカタツムリの歩みのよう。スキルは何時レベルが上がるのか、予想も出来ない。
気にする必要は無い、私は強さの成長期が過ぎただけだ。これからは一歩一歩強くなればいいだけだ。
そう自分に言い聞かせても、追いついたはずの先輩はもう背中しか見えず、同期の仲間は彼女を抜き去って行った。後輩達には今にも追いつかれそう。
冒険者ギルドに居ると耳に入ってくる、引退した女冒険者の話題が急に現実味を持って感じられた。
もしカチアが十分な財産を貯めていたなら、同じように引退していたかもしれない。しかし彼女はまだD級に上がったばかりで、今までの稼ぎは全て装備と生活費、そして親が残した借金を返す事で使い切っている。
贅沢をした訳でも無いのに、数か月分の生活費しかない。
専属の護衛として雇ってもらえるコネもないし、彼女が活動していたミルグ盾国では事務方なら兎も角前線に出る兵士に女は採用されない。
だから何時実を結ぶともしれない努力をしながら冒険者を続けるしかなかった。
カチアは弱くなったわけではない。しかし周りの冒険者達は彼女を置いて強くなる。割の良い依頼は中々取れず、魔境でも素材が高く売れる魔物は彼女の手に余り、腕の良い冒険者が先に狩っている事が多い。
もういっそ、適当な男でも落して結婚に逃げようか。
そう思っている内にオークに捕まり、彼女は絶望した。このまま死ぬまでノーブルオークの仔を産むだけの生活なんだ。こんな事なら、冒険の途中で死んだ方がマシだった。あの、まだ夢を持てていた時に。
しかしカチアはグール達に助けられ、ヴァンダルーに誘われて人からグール化する事を決める。
グール化したカチアは、自分は生まれ変わったのだと思った。
【怪力】や【痛覚耐性】と言ったスキルを獲得し、能力値も上がった。明らかに人種だった時よりも強くなっている。
これで自分はもっと強くなれる。プライドを、夢を取り戻せる。そう思った。
「でも周りの皆が自分より早く強くなるので、焦りが募ったと」
それで焦って自分なら出来るとあの行動をしたわけだ。
「え゛う゛~……」
泣きべそをかくカチアの事情は概ねこんな感じである。
それを聞いていたヴィガロやズランは、ここでヴァンダルーの説教が始まるのだろうと思っていた。
あの後、ヴィガロ達は宝物庫から財宝やアイテムを回収した。そしてダンジョンを出て今はタロスヘイムに帰る最中だ。
カチアはヴァンダルーが作ったゴーレムの上に、彼と一緒に乗っている。サムの荷台が収穫で一杯だからだ。それをブラガが羨ましそうに見上げていた。
ヴィガロにとって人種の事情は分からないが、伸び悩んでいる事に焦る気持ちは分かる。しかし、それで無謀な行動をするのはダメだ。自分の死は集落の戦力低下に繋がるからだ。
だから気持ちが分かったとしても、叱らなければならない。しっかり叱りつけて、教えて、焦らないようにしなければならない。それが集落の長と言うものだ。
「気持ちはわかります。本当に分ります」
しかしヴァンダルーの言葉は中々続かない。
「ヴァ、ヴァンダルー?」
続きはどうしたと名前を呼ぶが、ヴァンダルーの口から出たのは説教でも叱責でも無かった。
「俺にも、散々覚えがありますから」
何と共感である。しかし、ヴァンダルーにはカチアの持っていた焦りは分り過ぎるほど分かるものだった。
地球ではいくら努力しても成績は平均点をやや超える程度だったし、バイトではいつまでも先輩に叱られたし、友達は出来ないし。やっとの思いで貯めた金で修学旅行に参加してみれば、周りはリア充ばかりで疎外感を景色を見る事で誤魔化さなければならなかった。
自分の位置は変わらないはずなのに、周りがどんどん上に行くから相対的に自分が落ちて行く感覚。
それはとても恐ろしい。誰が悪い訳でも無いのに。……ヴァンダルーの場合悪いのは伯父だろうが。
「今でも焦ります。母さんの仇の内、老人のゴルダンは兎も角ハインツはまだ声からして若かったので、今頃もっと強くなっているだろうし、それに比べて自分はと」
当時のハインツはB級。あれから三年経つ、今頃はA級に成っているかもしれない。こうしている間にも、更に強くなっているに違いない。
更に雨宮寛人達転生者は、今頃オリジンで高いレベルの訓練やら実戦やらを重ね、経験を積んでいる事だろう。彼らにはヴァンダルーが受けた【前世経験値持越し不能】の呪いをかけないだろうから、このラムダに転生した時そっくりそのまま活かされる事になる。
軍人なのかエージェントなのか、転生者達がオリジンでどういう立場なのか正確には分からないからどんな経験を積んでいるのかあやふやな推測しか出来ないが、チート能力なしでも一流のスキルを持っている可能性が高い。
「じゃあ、何でそんなに落ち着いて居られるの?」
「俺の場合は、手段を選ぶつもりが無いので。あいつが幾ら強くなっていても、不老不死にはならないでしょうし」
毒を盛り、病をばら撒き、不意を突き騙してでも、殺す。何ならアンデッドやゴーレムを何千と作って囲み、数の力で圧殺しても構わない。
卑怯卑劣と言われても気にしない。最終的に勝てばいいのだ。
転生者の場合は……まあ、向こうがどうしてもヴァンダルーを殺すと言うのなら同じように対応するしかないだろう。実際、彼らも不老不死では無いのは一緒だ。
だが、できれば百人全員と戦うような展開は避けたい。彼らの事は気に入らない、感情的に許す事は出来ない。しかし最終的に自分が勝てなければ意味が無いのだ。
話し合い、謝罪の一言でも引き出したら適当に距離を置き、転生者達がこの厄介な世界を発展させるために四苦八苦するのを横目に、美食でも楽しみながら皆と安楽に暮らせれば充分復讐だろう。
「じゃあ、私の場合はどうすればいいの?」
落ち着いてきたカチアに、ヴァンダルーは少し考えてから答えた。
「剣は一先ず置いて、魔術の修行もしてみたらどうでしょう? グールの女は魔術に対する適性が高いはずですから」
単なる器用貧乏になるかもしれないが、現在進行形で伸び悩んでいるのだから手数を増やすのは悪い事ではないだろう。
「……うん、やってみるけど、もしダメだったら?」
「ダメだったらですか? その時はまた相談に乗りますよ」
ヴァンダルーはカチアに対して責任があると考えている。何故なら彼女達をグールにならないかと誘ったのは自分だからだ。文字通り人生を変えた訳だ、元に戻れない一方通行である事を知っていて。なら、その後も世話をするのは人として、人でありたいと願うのなら当然だと考えている。
そもそも人が困っていたら力に成りたいと思うのが、人の在り方ではないだろうか。人という字は支え合っている姿だと、誰かも言っていたような気がするし。
「そう、相談乗ってくれるんだ」
「魔術もダメなら魚醤や味噌作り専属になるとか、色々ありますし」
「んー、もう一声」
「じゃあ、サリア達と一緒にメイドさんですか?」
「メイドか……まあ、今はそうよね」
何故「今は」と着くのだろうか? それとも彼女は実はメイドに憧れていた過去があるとか。子供の頃の夢はメイド長なのか。
「うん、やる気出て来たっ。どれくらい出来るか分からないけど、帰ったら早速魔術を頑張ってみるわね!」
それは兎も角、立ち直ったようなので何よりだ。
「バスディアの競争相手が増えたな」
『良いじゃねぇか、英雄ってのはモテるもんだぜ』
「俺もモテたいな、ベルグみたいに」
……何かフラグを立てたのかな?
今は昆布や鰹出汁で味噌汁を作るのが楽しみだから、別にいいか。
・名前:カチア
・ランク:3
・種族:グール
・レベル:24
・ジョブ:戦士
・ジョブレベル:77
・ジョブ履歴:見習い戦士
・年齢:19
・パッシブスキル
暗視
痛覚耐性:1Lv
怪力:1Lv
麻痺毒分泌(爪):1Lv
・アクティブスキル
剣術:3Lv
鎧術:1Lv
盾術:1Lv
解体:1Lv
カチアは人間だった頃からD級冒険者としては中堅の実力を持っていた。ただ剣以外に特出したスキルが無く、潰しが効きにくいという欠点があり、更に壁にぶつかった事で伸び悩んでいた。
グール化した事でパッシブスキルを獲得し、ヴァンダルーの【眷属強化】スキルの影響もあり能力値も上昇したが、人間だった頃の戦い方がそれに追いついておらず、今は力を発揮しきれていない。
次話は10月30日中に投稿する予定です




