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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
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三百三十一話 横たわる皇帝と這いよる皇帝

前回の閑話のお話。


・マシュクザール前皇帝、シュナイダーに拉致される


・ヴァンダルーの体内世界で交流する博とタロスヘイムの子供(?)達。新しい汎用変身装具の完成。

 急を要する要件がある。そうシュナイダーから呼ばれたヴァンダルーは、ヴィダの新種族や信者を匿う隠れ里でとんでもない存在を押し付けられた。

「こいつ拉致してきたから、任せていいよな。ありがとう、助かるぜ、この借りはいつか返すからな」

 そう言うシュナイダーの前には、目隠しに猿轡をされた上に縄で肩から爪先までぐるぐる巻きにされ、ミノムシのようになったハーフエルフが転がっていた。


 そして、シュナイダーの周りには苦笑いを浮かべるドルトンと、頭を下げたままのリサーナにゾルコドリオ、メルディンの姿がある。

「いきなり任される事が決まったようですが、誰なんですか、これ? あなたがこんな扱いをするという事は、悪い意味での大物だとは思いますが」


 シュナイダーは一般には物騒で無類の女好きだが曲がったことはしない、無頼な好漢という風に知られている。そしていざこざを起こして飲食店等に出した損害はきっちり(相手から毟り取って)弁済するし、女性に無理強いをするような事もない。


 そしてヴァンダルーは実際に彼の人柄も知っているので、彼は意味もなくこんなことはしないと分かっている。だからこんなことをする意味があるのだと理解していた。


「誰だと思う?」

「そうですね……前皇帝の親類ですか?」

 皇位から退けさせられたマシュクザールの親類……息子の誰かなら、わざわざ生け捕りにして連れてくるだけの価値と、シュナイダーに簀巻きにされる理由がある。


「惜しい! 正解はマシュクザール本人だ」

「本人でしたか。それは予想外でしたね……事前に連絡をしてくれても良かったのでは?」

 ヴァンダルーも、さすがに本人が転がされているとは思わなかった。


「いやまあ、時には拙速が功を奏する場合があるだろ? そんな状況だったのさ」

 シュナイダーの言葉に、ヴァンダルーは「なるほど」と納得した。マシュクザールが監禁か軟禁されている施設の情報を掴んだシュナイダーは、相手がそれに気がついてマシュクザールを移動するか、いっそ始末する前に拉致する必要性に迫られたのだろう。


 マシュクザールは、ヴァンダルーとシュナイダーの共通の敵だ。しかし、彼をその場で殺さず生死不明のまま拉致する事で、新たな皇帝に代替わりしたばかりの不安定なアミッド帝国を動揺させる事ができる。

 帝位を退いたといっても、それは円満なものではない。アルダ神殿の新教皇エイリークが主導した、信仰的クーデターというべきものだ。


 マシュクザールを慕う貴族や商人はまだいるだろうし、今回の件でマシュクザールが逃亡に成功し、再び帝位に返り咲くため力を蓄えていると考える者も多いだろう。

 そして新皇帝に従う者は、マシュクザール派と呼ぶべき反乱分子を抑えるのに手を割かなければならなくなる。

 それを狙ったのだろう。


「いや、それは嘘だからな」

「そうねぇ。『邪砕十五剣』の動向を探っていたのまでは本当だけど」

「その後、『邪砕十五剣』の連中が守っている施設を見つけて、『何かあるに違いない』って殴り込みをかけたら、こいつを監禁していた屋敷だったの」

「誠に申し訳ございません」


 だが、ドルトンとリサーナ、そしてメルディンとゾルコドリオによってそれはヴァンダルーの買い被りだったことがはっきりしてしまったのだった。


「……『自分で面倒を見切れないなら、拾ったところに返してきなさい』と言いたいところですが、重要人物ですからね。

 この場で殺して死体をライフデッドに加工するとかじゃ、ダメですか?」


「それでも俺は問題ないが、そうするか?」

「ふーむ。……いえ、暫くの間は生かしておきましょう。何かで必要な事があるかもしれませんし。では、監禁用の施設を作るので、暫く世話をしておいてください」


「ヴァンダルー殿、できれば――」

「分かっています、師匠。ジークとは絶対に会えない場所で監禁します」


 そう言うと、ヴァンダルーはマシュクザールを放置して帰る事にした。彼は、マシュクザールに意識があり、自分達の話を聞いている事は理解していた。ただ単に、マシュクザールの心境を考慮する必要を感じなかっただけだ。


 これまでヴァンダルーはマシュクザールと直接相対したことはないが、母であるダルシアが火炙りの刑に処せられた法の下でアミッド帝国とその属国を治めていた当人である。さらに、その後境界山脈内部への遠征をミルグ盾国へ命じ、当時占領下にあったサウロン公爵領へ『邪砕十五剣』に所属する『五頭蛇』、『光速剣』、『王殺し』、『蟲軍』の四人を派遣した。


 ……そのうち『王殺し』は、旧スキュラ自治区で『首狩り魔』として、『蟲軍』はタロスヘイムの養蜂場や、芋虫養殖場で活躍しているが。

 それはともかく、マシュクザールも仇である事に変わりない。ヴァンダルーがハインツ達ほど殺す必要を覚えないのは、彼が「元皇帝」で、しかもシュナイダー達に確保されているからだ。


 権力の無いマシュクザールは、既にヴァンダルーにとっても、彼が大切だと感じる存在達にとっても敵ではない。邪魔になれば、自分自身やシュナイダー達がいつでも軽く踏み潰せる。

 だから、利用価値がある間は生かしておくべきだと思ったに過ぎない。


「どうだ、当人に会った感想は?」

 猿轡と目隠しを外してそう尋ねたシュナイダーに、マシュクザールは溜息を吐いた。

「目隠しに猿轡をされた状態で、会ったと言えるのか?」


「馬鹿言え。あれはせめてもの情けってやつだ。お前が馬鹿な事を言わないようにしてやったんだよ」

 床に転がったままのマシュクザールに、心外だと言わんばかりにシュナイダーが言う。それに対してマシュクザールは、その通りだと内心では納得していた。


 なんとなくだが、あの時マシュクザールがどんな事を言っても……黙ったままだったとしても、ヴァンダルーの苛立ちを煽る結果になった。そんな気がするからだ。




「じゃあ、この辺りの草むしりをしてくれればいいから」

 医院の職員は、冒険者の少年にそう仕事の内容を指示した。彼が勤める医院は、怪我人や普通の病人が治療を受ける医院ではない。


 心に負った傷が原因で、幻覚を見たり記憶を失ったり、別の名前を名乗って別人のような振る舞いをしたり。【精神汚染】スキルのレベルが高くなり、日常の生活にも支障をきたすようになった病人を、閉じ込めておくための施設だ。


 ……名目上は、治療する事を目的としている。職員もその上司も、実際に患者を診断し日々治療しようとしているはずの神官や医者達も、誰かに問われればそう答えるだろう。

 しかし、この医院に一度入院した患者が完治して退院した事は、今までほとんどない。


 入院させる側も、完治を期待していない者が殆どだ。彼らが期待しているのは、狂ってしまった家族や親類を閉じ込めておく監獄としての働きだけだ。


 実際、この医院では貴族から自由にしておくと都合の悪い人間を、病人という事にして閉じ込めるよう依頼され、莫大な賄賂を受け取っているという噂を職員の男も聞いていた。


 さすがにその噂を本気にしてはいないが、そんな噂が流れてもおかしくない程後ろ暗い施設だと彼も思っている。ホールに飾られた神々のレリーフも泣いているだろう。いや、誰にも祈られない神の像には、神の意志は宿らないというから、神々はこの施設と自分達の存在そのものを認識していないかもしれない。俗説だから、本当にそうなのか職員の男は知らないし、それほど興味もないが。


「はい」

 そんなどうでもいい事を考えながらも、職員の男は冒険者の少年に対して仕事の説明を続ける。

「抜いた草はそこに纏めて山にするように。枯れたら燃やすから。ここは街の外れだから時々野良犬が出るが、自分から近づかなければ大丈夫だ」


 公共施設や余裕のある商人や貴族家では、草むしりや落ち葉掃き等の雑用を冒険者ギルドに発注する事がある。勿論、身体能力に優れた冒険者に手早くやらせるためではない。F級等の子供や手足を失った冒険者に対する慈善事業だ。


 ただ、慈善事業なので報酬は高くないし、依頼達成までかかる時間も長く、内容も地味だ。そうした依頼はあまり人気が無く、今回依頼を受けてくれたのもこの少年一人だけだ。……正確には、従魔もいたのだが、患者への影響を考えて連れてくるのは遠慮してもらっている。


(そう言えば、上が妙に騒いでいたな。確かに、ダンピールだし、名誉貴族の子供だから何かあるのかもしれないが。

 ああ、そうだ。たしか、何とかって名前の患者と接触しないように見張れとも言われたな。でも、面倒臭ぇな。名前も思い出せないし)


 職員の男の職業意識は地を這うように低かった。何故、雑用仕事のために雇った冒険者を見張らなければならないのか。その間に自身の仕事を終わらせた方が、自分にとって得じゃないか。


「それと、建物の中から患者に話しかけられても、無視してくれていいからな」

 男はそう言うと、冒険者の少年……ヴァンダルーを見張る事無く、自分の仕事をしに向かった。それで、この少年はもし患者が話しかけてきても無視するだろうと思ったのだ。


 ただ、それは大きな間違いだった。

「はい、分かりました」

 職員の男は少年の方から患者に話しかける場合の事は、何も言っていなかったのだ。




 英雄予備校の実習では、実際に冒険者ギルドで依頼を受けるという課題がある。

 もちろん英雄予備校の生徒でD級冒険者に匹敵する力を持っているといっても、在学中は未成年扱いなので、魔物や賊の討伐依頼は受けられない。

 オルバウムの街から離れる護衛依頼も同様だ。


 そのため、街の周りの通常の草原や林での薬草採集、魔物ではない普通の獣を狙った狩り、等の依頼を選ぶ生徒が多い。

 ヴァンダルーもそうしようと思ったが、彼が冒険者ギルドに入った時にはそうした依頼は既に他の生徒や冒険者が全て受けていた。


 なので、ヴァンダルーは依頼を貼り出すボードに残っていた、「医院の裏庭の草むしり」という仕事を受けたのだった。




「それでね、エリ、この人ったら窓から入ってきたのよ。格子をぐにゃって曲げて。もう驚いちゃったわ」

「へぇ、あの鉄格子を、ぐにゃっと曲げて」

「……奥様、格子は曲がっていないように見えますが?」


 アメリアは、誰かが織ったらしい赤い花の王冠とネックレスをして幸せそうに微笑んでいる。

 エリザベスとマヘリアは、花で飾られた母が指さしている窓に嵌まった鉄格子に視線を向けた。アメリアの認識では彼女を侵入者から守るために、そして実際は患者が病室から出ないために病室の窓には全て鉄格子が嵌められている。

 それは表面に錆は浮かんでいるが、アメリアを閉じ込め続けていた。曲がっている様子は、全くない。


「それがね、私が『そんな事をしたら使用人の人達が困ってしまうわ』と言ったら、またぐにゃって逆に曲げてまっすぐに戻してしまったのよ。

 

 面白いでしょう、うふふふ」


「まあ、そうなの。本当に面白いけど、不作法じゃないかしら、『お父様』?」

「ええ、エリザベス様の言う通りです。ですよね、『旦那様』?」

 楽しそうに笑うアメリアと、据わった瞳である人物を見つめるエリザベスとマヘリア。彼女達の前には、紅茶で満たされた四つのカップが置かれている。


 普段は、そのうち三つしか飲まれない。だが、この日は四つ目のカップに手を伸ばす人物がいた。

「言われて見れば、窓から部屋に入るのは不作法でしたね。これからは注意します」

 そうヴァンダルーは言いながら、カップに口をつけた。中々良い茶葉を使っている、と思う。

何故こうしてアメリアに「あなた」と呼ばれ、エリザベスとマヘリアに無形の圧力をかけられているのか、思い出していた。




 ヴァンダルーは鉤爪を伸ばした両手を振るって、芝刈り機のように雑草を刈っていた。そして、手早く刈り取った草を指定された場所に運んでいく。

 その途中で、窓から外を眺めている女性の姿に気がついた。


 彼女がいる病室は二階で窓は小さく、更に鉄格子が嵌まっていたので彼女の姿をしっかり見ることはできなかったが、患者である事は何となく理解した。

 その瞳があまりにも寂しそうだったからだ。


 そこで、ヴァンダルーは急いで草むしりの仕事を終えると、医院の壁を這い上がった。何故なら、医院の中では患者を驚かせてしまうので、魔術を使わないように言われていたからだ。……魔術さえ使わなければ構わないと解釈されてしまっているが。


「もしもし、どうかしましたか?」

「っ!? あなた!?」

 窓から外を眺めていた、三十過ぎに見える女性はヴァンダルーに声をかけられると、驚いたようにのけぞった。そして叫んだ。


「あなたっ、そんなところにいては危ないわっ! 落ちて怪我をしたらどうするの? 早く部屋に入って!」

「あ、はい」

 言われて見れば確かにそうだと思ったヴァンダルーは、女性の言う通りに部屋……彼女の病室に入る事にした。


 鉄格子を【ゴーレム創成】スキルでゴーレム化して曲げて、開けてもらった窓から肩や腰の関節を外して蛇のように入り込む。


 そして床の上でゴキメキと関節を入れ直し、女性に言われて鉄格子も元の形に戻した。

 そして部屋に入ったヴァンダルーは女性……アメリアに歓待され、そのまま話し込むことになったのだ。


「あなた、今日はどんなお仕事をしていたの?」

「はい、草むしりをしていました」

「草むしり? そんな事あなたがしなくても……」

「誰かがしなければいけませんし、頼まれましたからね」


「あなた……そうね、今は耐え忍ばないと。なのに私ったら……ごめんなさい、あなた」

「いえいえ、そう自分を責めないでください」

 そう話しつつも、ヴァンダルーはアメリアのいう「あなた」の意味が、自分の思っている「あなた」とは異なっている事を察しつつあった。


(そう言えば、心の病を治療する専門施設でしたね。つまり、この人は恐らく夫と俺を混同しているという事に……かなりの重症ですね)

 アメリアの夫がどんな人物なのか、ヴァンダルーは知らない。しかし、自分とは似ても似つかない人物である事は間違いない。


 それなのに違和感を覚えた様子もなく、会話を続けているのだ。重症で間違いない。

「ありがとう、あなた……何故かしら、あなたとこうして話をするのがすごく久しぶりなような気がするの。昨日も、一昨日も、あなたとこの部屋で過ごしたのに」

「それはきっと、俺が窓から入ってくるなんて子供のようなことをしたからでしょう」


 重症のようだから、ヴァンダルーはアメリアに話を合わせる事にした。幻覚か妄想かは知らないが、彼女が信じているものを否定してはいけない。否定すると、怒りや困惑のあまり狂乱して暴れだすか、ショックで気絶してしまうかもしれないからだ。


 正気を失っている霊やゴーストで、その手の事は学んでいる。……どうすれば治るのかは、分からないが。


「そうかしら……ええ、きっとそうね。そう言えば、外ではどんなお花が咲いているの?」

「今の季節は、こんな花が咲いていますよ」

 ヴァンダルーはアメリアに手を差し伸べると、そこから幾本もの芽を芽吹かせた。【装影群術】スキルで生やした植物は、瞬く間に成長し色とりどりの花を咲かして見せた。


「まあっ、素敵な手品! まるで小さなお花畑みたい。思い出すわ。子供の頃、あなたと一緒に花畑で遊んだことを」

 そう言うアメリアだが、彼女が子供の頃に夫……エリザベスの父親である前サウロン公爵と、会っているはずがない。彼女と前サウロン公爵とは、父と子程の歳の差があるのだから。


 エリザベスが薄々察しているように「あなた」を指すのは前サウロン公爵ではなく、アメリアが思い描く理想の夫だったとしても、記憶と妄想の混同が進んでいるのかもしれない。

 しかし、ヴァンダルーはそうした事を知らない。


「ええ、覚えていますよ」

 ヴァンダルーはアメリアに話を合わせながら、花を更に咲かせていく。そして触手を生やし、それで赤い花を選んで摘み、花の首飾りと王冠を編んでいく。


「あなた、なんだか指が増えていない? 何故指が増えたの?」

「それはですね、あなたにプレゼントするための花の王冠と首飾りを作るためですよ」


「まあ、ありがとうっ! じゃあ、私も……あら? このお花、あなたから直接生えているようだけれど、何故お花が生えているの?」

「それはですね、あなたに見せるために生やしたからですよ」


「私のためにっ? ああ、ありがとう、あなた! ……あら? あなたってこんなに小さくて、軽かったかしら?」

 感極まったアメリアに抱きしめられたヴァンダルーは、特に動揺せず答えた。

「最近苦労していましたからね。少し痩せたのかもしれません」


 『五色の刃』に保護されているダンピールの少女であるセレンから心のこもった手紙は届くし、親しいS級冒険者のシュナイダーは事後承諾で前皇帝を拉致してくるし、ヴァンダルーの苦労には終わりが見えない。

 手紙には返事を二通……セレンに対して当たり障りのない内容の手紙を、そして『五色の刃』には呪詛を込め、最後に「次、手紙を送ってきたら返事にミルグ盾国の事を書く」と警告した手紙を書いて出した。


 前皇帝のマシュクザールは、冥達とは別の『体内世界』を一つ封鎖して、丸ごと監禁施設にする予定だ。絶対に逃げ出せず、情報を探る事もできず、外から干渉する事もできない。完全な監獄である。

 とりあえず、シュナイダーにはポージングを頼もうとヴァンダルーは思った。当人は「年寄りの体なんて見て何が楽しいんだ?」とたわけた事を言って拒否しようとするだろうが。


「そうだったのっ! それなのに私は病気で……ああ、ごめんなさい、あなた。あなたにもエリにも、マヘリアにだって苦労をかけっぱなしで!」

「気にしないでください、俺もエリもマヘリアも、あなたの事を想ってする事を苦労だとは感じていませんよ」


 そう答えながら、ヴァンダルーは気がついた。女性がエリザベスに似ている事に。

 そして、完成した花の王冠と首飾りをアメリアにプレゼントしたところで、エリザベスが病室の扉をノックした。




 そうした経緯を、アメリアの病室のすぐ外の廊下に連れ出されたヴァンダルーは説明したのだった。

「なるほど……あんたが母様の病室にいた理由は分かったわ」

「ご理解いただけて幸いです」

 マヘリアに母の相手を任せて、ヴァンダルーから事情を聞きだしたエリザベスは納得した。納得したが、これからどうしたものかと腕を組んで難しい顔をしていた。


「全身の関節を外してあの窓から入るとか、花を出す手品とか、随分器用ね。斥候職でもやってけるんじゃないの?

 でも、それはともかく……ヴァンダルー、お願いだからこのことは黙っていて!」


「分かりました」

「……本当? アルクレム公爵に話したりしないの?」

「しませんしません」

 首を横に振るヴァンダルー。エリザベスに言われなくても、ヴァンダルーはアメリアの事を不用意に言い広めるつもりはなかった。


 エリザベスが見栄のためだけに、母が精神を病んでいる事を秘密にしたいのなら、別の事を提案したかもしれない。

「お母さんのために、秘密にしておきたいのでしょう? なら、俺も協力しましょう」

 精神に変調をきたした者に対する偏見が、世間では根強い。冒険者や傭兵などの間ではそうでもないが、王侯貴族の社会では特にそうだ。


 エリザベスがアメリアの事をパーティーメンバーにも黙っているのは、彼女自身の見栄もある。だが、そうした偏見から母を守りたかったからという理由もあった。


「……アミッド帝国の追手から、大した護衛もついていない私達が逃げられたのは、母様が兵士たちに体を差し出したからじゃないか。そんな馬鹿馬鹿しい噂を流す奴らがいたのよ。

 それを私が知ったのは、母様がここに入院してからだけど」

 だから、ヴァンダルーの言葉にほだされたのか、それまでマヘリア以外には黙っていた心の奥底の秘密を、エリザベスは思わず吐露していた。


「誰が噂を流したのかは、大体分かってるわ。ルデルと、その下の兄のヴィーダル以外、噂を流して得する奴はいないもの。

 未亡人の母様が再婚する可能性を潰しておきたかったんでしょ。妙な貴族にサウロン公爵家の外縁になられては困るから」


 エリザベスはサウロン公爵家に認知された娘だ。その母親と再婚した者は、サウロン公爵家の一員ではないが、一定以上の影響力を持っているとみなされる。それを嫌ったのだろう。

 噂を流した者が狙ったのはありもしない醜聞をでっちあげる事で、それでアメリアが精神を病んで医院に入院するとまでは想定していなかっただろうが……別にそうなっても彼らにとっては好都合なだけだっただろう。


 実際には、リームサンド伯爵もアメリアの入院には関係しているのだが、それはまだエリザベスも知らない事だ。


「だから、母様がああなったのが知られて、また母様が傷つくのが怖いのよ。私の事が分からなくなってしまったら、どうしようって……」

「たしかに、重症のようですからね。いつ頃から入院を?」


「今年で五年になるかしら……その間どんどん悪くなっているの。まるで、ゆっくり坂を落ちているみたいに」

「なるほど。どんな治療をしているのか、調べた方が良いかもしれませんね」

「詳しくは知らないけど、毎日薬を処方されているみたい……って、なんでそんな事を気にするの?」

「もちろん、アメリアさんの治療を手伝うためです」


 心の病の治療には、時間がかかる。中には一度のカウンセリングやちょっとしたことをきっかけにして、快方に向かう場合もあるが、逆に一生かかっても治らない場合もあり得る。

 だから、約五年間快方に向かわなくても、無理はない。そう考えられるのは、精神医学が進んでいる『地球』や『オリジン』の話だ。


 治療法が確立していない『ラムダ』では、本当に効果のある治療をしているのか疑うべきだろう。治療内容について、親族であるエリザベスに説明もしていないようだし。


「手伝うって、いいの? 同じパーティーを組んでいるからって、そこまでしなくていいのよ。大したお礼も出来ないし」

「構いません。ただ、俺がやりたいからやるだけです。エリザベス様が止めろと言っても、やります。ただ、完治するとまでは保証できませんし、あなたの知る元のアメリアさんに戻るかも分かりませんが」


 精神の治療というのは、ヴァンダルーにとっても難しい事だ。全てのトラウマを無くした結果、精神が崩壊して物言わぬ廃人となる可能性もある。

 最近負った心の傷ならまだしも、昔の傷なら尚更だ。


 だから、時間をかける必要がある。【メタモル】のマリの時は、魂の欠片を移植しても年単位の時間がかかった。アメリアも、完治には数年かかるかもしれない。


「ありがとう……。でも、人の母親を名前で呼ぶのはやめて」

「ふぁい」

 感激しつつも、母親の名前にさん付けで呼ぶヴァンダルーの頬を引っ張るエリザベス。


「それに、手伝うって言ってもどうするつもり? ここ、家族以外の面会は普通はできないのよ?」

「それについては考えがあります。とりあえず、明日から一週間ほど学校を休もうかと。その間の特訓については、パウヴィナに頼んでおきます」


「考えって――」

「君っ、困るじゃないか!」

 エリザベスがヴァンダルーから話を聞き出そうとしたその時、廊下の向こうから慌てた様子の職員が駆け寄ってきた。


 後ろ暗い秘密がある施設の職員である彼は、リームサンド伯爵からアメリアにヴァンダルーを近づけないよう指示を受けていた。

 だが、タイミングが合わず医院は冒険者ギルドに既に依頼を出しており、その依頼にヴァンダルーが応えてしまった。見張りを命じた部下はサボっており、慌てて探したら施設の中で、それも近づけるなと命じられた患者の部屋の前で発見したのだ。これが慌てないはずがない。


「君が名誉貴族の子弟だからと言って、特別扱いはしないよ! さっさと出ていきなさい! 素直に出ていくなら、冒険者ギルドに報告はしないでおいてやる!」

「分かりました。エリザベス様、アメリアさんによろしく言っておいてください」

 そして、ヴァンダルーは素直に摘まみだされていった。


「考えって、本当に大丈夫なの?」

 連れていかれるヴァンダルーを茫然と見送ったエリザベスは不安を覚えたが、明日パウヴィナから話を聞けばいいかと思い、母に『お父様』は急な仕事が入って帰られたと伝えた。


 一方、職員はヴァンダルーを摘まみ出した後、冷や汗を拭っていた。

「はぁ……何とかなったか。念のために、今日の薬は控えた方が良いかもしれないな。部屋に何か仕掛けていったかもしれない」

 使い魔を使っての盗聴や盗撮はよくある手段だ。薬を与えるのは、そうした事がないか入念に調べてからにするよう報告しよう。一度や二度、薬を止めたところで影響はないはずだ。


 そう考えて職員は医院の奥に戻って行った。




 翌日、ヴァンダルーの姿はアメリアが入院している医院の、応接間にあった。


「それで、ご子息の入院を希望するとのことですが……」

「はいっ! 最近息子のヴァンダルーが心を病んでいるようなので、是非入院させてほしいんです」

 引き攣った笑みを浮かべている院長に、ダルシアは力強く力説した。


「ねえ、ヴァンダルー?」

「母さん、光る人達と水や炎の人達が、クネクネ踊っているよ。それに体の中から、歌声が聞こえるんだ」

「院長先生、昨日からこの通りなんです」


 暇なので冥に見せるダンスの練習をしているゴースト達と、体内世界でレッスンをしているカナコ達の事を口にするヴァンダルーだが、院長には確かに精神を病んでいるようにしか見えなかった。

「そ、それは重症ですな。アルクレム公爵様からの紹介状もありますし、入院を許可しましょう」

 リームサンド伯爵からの要望は、当然院長も知っている。だが、医院である以上患者を……それも公爵家からの紹介状付きの患者を断るわけにはいかず、受け入れるしかないのだった。


(何を考えているのかは知らんが、あの患者とは別の階の病室に入れて見張りも付ければ大丈夫だろう)


 彼が、それは大きな勘違いだったと気がつくのは暫く先の事である。


次話は8月28日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
露骨過ぎるよお前www
「あなた、なんだか指が増えていない? 何故指が増えたの?」 「それはですね、あなたにプレゼントするための花の王冠と首飾りを作るためですよ」 童話の中で化け物が小さな女の子と仲良くなる為にがんばってる…
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