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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
417/514

閑話60 暴虐と皇帝、そして同じぐらいの年の少年少女達

 アミッド帝国先代皇帝、マシュクザール・フォン・ベルウッド・アミッドは優れた為政者だった。だが、その彼も当時あの報告を受けた時は驚いたものだ。


「ほう、ドレファス伯爵が冒険者、それもA級冒険者のシュナイダーに殺されたか」

 正確には、報告を受けたその時はまだ驚いていなかった。何故ならシュナイダーに殺されたドレファス伯爵は、素行の悪さで知られ、マシュクザールの脳内にある「切り捨てても惜しくない馬鹿貴族リスト」の上の方に名を連ねているトカゲのしっぽ候補だったからだ。


 だから、シュナイダーの怒りを買って殺されたとしても何の不思議もない。マシュクザールには理解できない愚かな理由で、馬鹿な事をしたのだろう。

 まあ、ドレファス伯爵が死んだことは惜しくないが、それをどう利用するべきかは重要だ。それを考えようとした彼だったが、報告を行った武官が青い顔をしてその場に留まっている事に気がついた。


「どうしました? まだ何かあるのですか?」

 秘書官に尋ねられた武官は、驚くべき発言をした。

「はっ! シュナイダーとその仲間達は大通りでドレファス伯爵を撲殺後、伯爵の騎士や駆けつけた衛兵、冒険者相手に暴れ続けており、死傷者が続出しております!」


「……なんだと?」

 武官の報告を聞いたマシュクザールは、思わず耳を疑った。伯爵を殺した。このこと自体に驚くべきことはない。しかし、彼はシュナイダーがドレファス伯爵を暗殺したのだと思い込んでいたのだ。


 シュナイダーは人目につかない場所か方法で犯行に及び、それを帝国の優秀な衛兵や騎士が捜査して犯人を突き止め、自分の元に報告が上がってきたのだと思い込んでいた。

「まさかとは思うが、シュナイダーは昼間の大通りで、ドレファス伯爵を公衆の面前で撲殺したのか?」

「はっ! その通りです!」

 武官の返答を聞いたマシュクザールは思わず額に手を当て、天を仰ぎ見るように上を向いた。


 A級以上の冒険者は、超人の中の超人。一般人と同じ人の形をしているが、その戦闘力は一騎当千の将兵を赤子の手を捻るように始末できる化け物だ。

 だから、A級以上の冒険者はその気になれば大抵の事ができる。昼間に公衆の面前で貴族を撲殺するなんて、朝飯前だ。


 しかし、そうした事例は驚くほど少ない。何故なら、A級以上の冒険者の狼藉を止める仕組みが社会にはあるからだ。

 まず法律。法律に違反する事で、それまでの生活や人間関係、社会的地位を失うのは、化け物でも社会に生きる人間である以上堪えるはずだ。


 次に、冒険者ギルド。目に余る狼藉や規約違反を犯した組合員が出たら、ギルドがその組合員を討伐する依頼を出す事になっている。いくら化け物でも、同じ化け物の相手は避けたいはずだ。


 そして最後に、これは大国に限るがA級冒険者相当かそれ以上の実力を持つ精鋭部隊の存在がある。

 後は良心だとか、罪を犯した場合に迷惑をかける家族や友人の存在も重要だ。


 だからA級冒険者が無軌道な犯罪を犯すことは少ない。犯す場合は、その高い能力を活用してばれないように罪を犯すのだ。

 しかし、シュナイダー達はそうした仕組みを現在進行形で踏みにじっている。


「……他のA級冒険者に鎮圧を依頼できないのか?」

「ギルドは動いていますが、時間がかかるそうです。今いるA級冒険者は、全てシュナイダーより実力が劣るらしいので」


 等級が同じでも、冒険者の実力には差がある。それが最も顕著なのがA級だ。何故ならA級はS級という例外を除けばギルドのトップであると言える。

 ギリギリA級になれた元B級冒険者と、S級へ昇級するのに相応しい大功績をまだあげていないからA級に留まっている冒険者。仮にそんな二人のA級冒険者がいたとして、「同じA級冒険者」と言えるのか?


 少なくとも実力的には言えない。


「参ったな。このままでは我が帝国の騎士や衛兵が全員殴り倒されてしまう。かといって、我が国の優秀な冒険者を潰し合わせるのは避けたい」

 騎士や衛兵はもちろんだが、帝国が雇用していないため戦争時に戦力として使えるか不明な冒険者の消耗を気にするのは、彼らが魔物に対して有用な戦力だからだ。


 治安を守るために上級冒険者を潰し合わせた結果、魔物が増えすぎて国に甚大な被害が及んだら元も子もない。

「陛下、『邪砕十五剣』を向かわせてはいかがですか?」

 アミッド帝国の最精鋭部隊、『邪砕十五剣』は複数のA級冒険者相当の実力者がクーデターを企んでも鎮圧できるよう、常に一定の人員が待機している。


 彼らならシュナイダーとその仲間達を倒すこともできるだろう。


「それも手だが……何人潰されると思う?」

 マシュクザールが誰ともなく尋ねると、何処からか声がした。

「おそらく、十五人全員が揃っていても五人はやられるでしょう。今の人数だと……決着がつく前にこの城が戦いの余波で崩壊しかねませんな」


 秘書官たちが驚いて声の主……姿を隠している十五剣の指揮官、零剣の姿を探している間に、マシュクザールは決断した。

「いくら貴族とはいえ、トカゲのしっぽどころか機会を見つけてできるだけ早く処分する予定だった男のために、そこまで犠牲を払うのもばかばかしい。

 シュナイダーとその一党に伝えよ。『大人しく投降し、贖罪代わりの依頼を受けよ。さすれば、牢にいる間は余より豪華な食事をとらせる』とな」


「か、畏まりました!」

 文官は一礼すると、彼の命令を遂行するために急いで駆け戻って行った。そして、マシュクザールの言葉を文官から聞いたシュナイダー達は、「そこまで言うなら」と大人しく投降したのだった。


 当時のシュナイダーはクーデターや国家転覆を図るつもりは、まだなかった。単に、ドレファス伯爵がヴィダの新種族の奴隷をつまらない理由で殺したところを見てしまい、激昂して暴れだしただけだった。


 その後、当時はまだ健康にこだわっていなかったシュナイダーは仲間のドルトンやメルディンと共に豪華な食事を堪能し、マシュクザールが伯爵殺しを帳消しにする代わりに出した無理難題を受けて、城を去って行った。

 その無理難題を、シュナイダーなら達成するだろうとマシュクザールは予想していた。ただ、仲間を一人か二人失うか、大きな怪我をして力を落とすだろうと思い込んでいた。


 手痛い教訓を得たシュナイダーは、以前よりも慎重になって今後は馬鹿な真似はしなくなるだろう。そう考えていたというのに、シュナイダーは二人の仲間と共にほぼ無傷で帰ってきた。魔物に堕ちた龍の討伐依頼を、立派に果たして。


 驚くマシュクザールに、シュナイダーは「これでいいのか? なら、前もって馬鹿貴族十人分くらいやってやってもいいぜ」と嘯いて見せた。

 その後、マシュクザールとシュナイダー率いる『暴虐の嵐』との関係は続くが、それは決して良好なものではなかった。


 表面上は、立場の異なる者同士だが心の底では認め合っているように見えたかもしれない。実際、帝都で上演された歌劇では、そのように描写された。為政者とS級冒険者が反目しあっているなどと、公に広めるわけにはいかないので仕方のない事だが。

 マシュクザールとシュナイダーの真の関係は、敵同士。それも単純にその場で殺しあえばいいという類のものではない、お互いにとって複雑で面倒な敵だった。


 当時はまだヴィダ信者である事を隠したまま、帝国内のヴィダの新種族を守るために活動していたシュナイダーにとって、ヴィダの新種族を迫害する政策を続けていたマシュクザールは敵だ。だが、皇帝であるマシュクザールを殺しただけではヴィダの新種族に対する迫害が終わるわけではないと理解していた。


 マシュクザールを殺しても、貴族達の、そして帝国民達の認識が変わらない限り、ヴィダの新種族への迫害は終わらない。ただ皇帝が変わるだけだ。そして、代替わりの際の混乱に乗じてオルバウム選王国に攻め込まれて戦争になれば、帝国内のヴィダの新種族はますます窮地に追い詰められる。


 オルバウム選王国は建国当時からヴィダを信仰する事を認め、ヴィダの新種族に対しても吸血鬼や魔人族等以外は人権を認めている。しかし、選王国はヴィダの新種族のための国ではない。単に人だと認めているだけだ。……スラムで飢えて野垂れ死ぬ貧民と同じ、人間であると。


 そんな選王国が帝国で貧しい立場にあるヴィダの新種族を考慮して戦争をするわけがない。

 戦争で真っ先に犠牲になるのは弱い者だというが、アミッド帝国の場合はヴィダの新種族がそれなのだ。


 だからシュナイダーはマシュクザールを殺せなかった。マシュクザールと茶番劇を演じながら、裏で刃を突きつけあいながら、ヴィダの新種族や自分の関係者を守れる態勢を整え続けた。


 そしてマシュクザールもシュナイダーを殺せない。何故なら、シュナイダーが強すぎるためだ。虎の子の『邪砕十五剣』を差し向ければ殺せるかもしれないが、十五剣の内確実に半分は散る事になる。それではシュナイダーを殺せても意味がない。


 だから、シュナイダー達と暗闘を繰り広げながら時間を稼ぐしかなかった。シュナイダーを殺せる戦力が揃い、殺しても帝国が危うくならない状況が整うまで。

 そして、マシュクザールは戦いに負けたのだ。


 もしマシュクザールが帝位から退くことなく、彼の統治が続いていたとしたら、彼はシュナイダーによって殺されるか、帝位から引きずり降ろされていただろう。

 シュナイダーはパーティーに二人の仲間を加え、戦力を倍増させた。対して、マシュクザールが増やす事ができた戦力は、そこまでではない。


 それだけではなく、シュナイダーはマシュクザールとの暗闘にも粘り強く戦い続け、ヴィダの新種族の多くを守れる態勢を作り上げる事に成功した。

 そして、ヴァンダルーが登場する事によって世界の流れは――。




「ふむ?」

 建物全体に響くような破壊音と、それを上回る聞き覚えのある怒号に、マシュクザールはペンを止めて顔を上げた。


「おうっ! まだ生きてるか、元皇帝!? それとも死んだか!?」

「死んでいたら呼びかけても無意味だと思うが」

 ついで聞こえてきた声にマシュクザールがそう返したと同時に、ドアが外側から吹き飛んだ。ドアの破片と護衛、正確には監視のために配置された騎士が部屋に散乱する。


「この施設は帝国の税金で作られている。血と臓物や肉片で汚すのは、いかがなものかと思うが」

「どうせなら俺が騎士を殺したことについて文句を言ったらどうだ。大事な帝国の騎士なんだろ」

 そう言いながら現れたのは、マシュクザールの予想通りの人物だった。


「『迅雷』のシュナイダー、君も知っての通りだが、私は自分に忠誠を誓っていない騎士の命に価値を感じないものでね。

 それに、もう元皇帝だ。今の帝国は、私にとってはさほど大事ではないよ」


「……はぁ、立場が人格の九割以上を形成している奴から立場を取り上げると、今のお前みたいになるわけか。哀れなほど覇気がない。まるで生ける屍だぜ」

「事実、半分死んだようなものだ。それで、今日は私を殺しに来たのかね? それとも何かに利用するため生け捕りに来たのか?」


「察しが良いな」

 そう言うと、シュナイダーはマシュクザールの胸倉をつかみ上げた。マシュクザールも皇族として、最低限の武術は修めている。しかし、シュナイダーにとってはその程度は誤差の範囲だ。


「要件は後者だ。今の何とかって名前の皇帝を倒す大義名分のために、お前を利用したいから生きたまま連れていく。……まあ、連れて行った先でライフデッドにされたり、頭の中を他人と入れ替えられたりするかもしれないが、そこまでは俺の知ったこっちゃねぇ」


「……やはり裏にはヴァンダルーがいるのか」

「ああ、今回の件は事後承諾だが」

 どうやら、ヴァンダルーはマシュクザールが考えているほどシュナイダーをコントロールできていないようだ。


「この場で君に殺されておいた方が楽な気がするが、仕方あるまい。どうせ、自伝を書く程暇だったのだ。地獄まで連れ出してもらおうか」

「なんで偉そうなんだよ、この状況で。まあ、別にどうでもいいけどな」


 シュナイダーは覇気が無いのに偉そうな態度のままのマシュクザールを拉致して、彼の「静養先」とされている城を後にした。

 このことによって、アミッド帝国はさらに混迷を深める事になるのだった。




 同じころ、ヴァンダルーの体内世界では、一見すると共通点が殆ど無い一団が集まっていた。

「オレ、ブルゴ」

「あたしはジャダルっていうの」

「お初にお目にかかります。ザーザノートと申します」

「俺はマッシュ、よろしくな!」

「……我はエルペルだ」


「よ、よろしく。俺は雨宮博」

 博は先に自己紹介してきた者達を相手に、気圧されていた。ここが異世界である事は分かっているし、人種以外の種族が存在する事も知っている。レギオンやカナコにも、もう会っている。


 しかし、ジャダルというグールの女の子はともかく、忍者装束を纏った黒い肌のゴブリンやワニの頭部をもつ逞しい体つきの人物には気圧されていた。

「どうしました、博? もしかして初対面だから緊張しているのですか?」

 そんな博の様子を見て、【体内世界】のヴァンダルーは首を傾げた。この場をセッティングした責任者として、何かしなくてはならないと感じたのだろう。


「どうしたって……『同じ年頃の子と交流する事で人との付き合い方を学びましょう』って言ってたくせに、明らかに大人じゃないか!」

 しかし、この場をセッティングした時点でどうにもならない問題が発生していたので、どうしようもなかったのだった。


「俺、今年四歳!」

 一年もかからず成人するブラックゴブリンであり、ブラガの子供達の一人であるブルゴは、力強く言った。

「私は今年五歳になります! そして、まだ子供です!」

 ぐぱっと鋭い牙が並んだ口を開いて、ワニの頭部を持つ種族であるアーマーンの第一世代であるザーザノートもそう宣言した。なお、彼の身長は既に人種の成人男性並みである。


「そして、俺は同じ年頃の『子供』と会わせるとは一言も言っていません」

「そうだったっけっ!? じゃあ、なんで態々俺を引っ掛けるようなことを言うんだよっ!?」


「種族が異なると年齢が同じでも体格が異なるという事を学ぶために。そして、同い年の子供と付き合うのも大事ですが、大人と付き合うのも大切だからです。

 将来、以前の俺のようにボッチにならないために必要な事なのです、博」


 ヴァンダルーは博が将来ボッチにならないように、余計な世話を焼いていた。地獄の業火のごとく。


「そんなに必要かなぁ?」

「な、何して遊ぶ、博君?」

「そ、そうだ、おままごとなんてどうでしょうか?」

「ほらっ! 二人とも俺に合わせようとして挙動不審になってるじゃないかっ! それに俺がいくら子供でもおままごとはしないっ!」


「まあ、おままごとはないよな。俺も妹や弟に付き合ってやる時ぐらいだぜ」

「あたしも去年卒業したかな」

「助かったぞ、博とやらっ! 我はもう本当にままごと遊びをさせられるのかと……」

 そしてマッシュとジャダルにもおままごとは否定されてしまった。エルペルに至っては感謝の言葉まで述べている。


「ふぅ……ええっと、三人は普通に子供なんだよな?」

「おう、俺はヴァンダルーのダチなんだぜ! こっちは俺の従魔のナイトウィングだ!」

「あたしは、ザディリスおばあちゃんの孫なの。大人になったらヴァン君の何人目かのお嫁さんになるの」

「……いや、我は原種吸血鬼で、こう見えても大人なのだが」


 モークシーの町の孤児院から、院長達にくっついてやってきた孤児のマッシュ。そしてザディリスの孫でバスディアの娘であるジャダル。二人は子供である。マッシュは博より幾分年上だが、まだ大人ではない。

 だが、エルペルは原種吸血鬼で大人だった。少なくとも、彼は自分自身の事を大人であると認識している。


「「ええっ!? うっそだーっ!」」

 博とマッシュには信じてもらえなかったが。


「うわああんっ! ヴァンダルーっ、こいつらに言ってやってくれっ、我は大人だと!」

「よしよし、落ち着きましょうね。さ、涙を拭いて」

 そしてヴァンダルーに泣きついたために、エルペルが大人である事を知っているジャダルやブルゴもそれを口に出しづらくなってしまった。


「とりあえず遊ぼうぜ。俺、【体内世界】って初めて来たんだ!」

「じゃあ、遊園地に行こう! ガブリエル達も勉強が終わる頃だから、皆誘って行こう!」

「ユウエンチ? なんだそれ? 食べ物か?」

「あたしは聞いたことあるっ!」


 【体内世界】にヴァンダルーが設置した遊園地、ワクニョロヴァンランド(博と冥によって命名)は、今も稼働していた。遊具がほとんど使い魔王、つまりヴァンダルーの分身でできているため、文字通り皇帝が運営している国営遊園地である。


「マッシュ、シスター達の練習は見ていかないのですか?」

「後で、孤児院で皆と一緒に見るからいい!」

「ま、まてっ! 引率はザーザノートやブルゴではなく我だぞぉっ!」


 こうして博は新しい友達と遊園地で楽しい一日を過ごした。

 なお、冥はステージで踊る皆を見て瞳を輝かせていた。

「今日も、すごーいっ」


「ベストラさん、もっと笑顔っ! セリスさんは動きが硬いですよっ、ホリーさんはその調子ですよ!」

 フリフリ、キラキラな衣装を着た孤児院のシスターで深淵従属種吸血鬼となったベストラとセリス、そして院長でダンピールのホリーが踊っていた。


「わ、私達は何をしているのでしょうか!?」

「あのっ、やっぱり踊る必要はないのでは!?」

「二人とも、これも子供達の喜ぶ顔を見るためです。子供達と一緒に輪になって踊るのと同じです。違いますか?」

「「何もかも違いますっ、院長!」」


「文句は踊れるようになってから言いなさい!」

 歳を偽るために薬品で顔の皮膚を傷めるのを止めたホリー院長は、二十代前後に見える素顔を取り戻してセリスとベストラを叱咤していた。


 モークシーの町では、ホリー前院長は体調を崩して静養するために地方の修道院に旅立ち、前院長の親戚のホリー新院長が就任した。そういう事になっている。

 元々あまり人に注目されていなかった孤児院の院長なので、前院長の事は早くも忘れられつつあり、町の人々の一部が「新しく若い院長が就任した」と噂している程度なので、問題はほとんど起きていない。


「新型汎用変身装具に、問題はなさそうですわね」

 そのホリーたちが着ている衣装を作ったメンバーの一人であるタレアは、彼女達の踊りを見て満足そうに頷いた。


 今までの汎用変身装具はメタリックなラバースーツ状にしかならず防具としても、魔術媒体としても性能は(変身装具としては)低かった。新型汎用変身装具はそれを改良し、ある程度装着者のサイズが異なっても着用可能で、それなりの性能を発揮する量産型の変身装具だ。


「いくらヴァン様が高性能でも、オーダーメイドで作れる量には限りがありますわ。でも、この新型汎用装具なら構造は同じだからヴァン様しかできない作業は大幅に削減可能! 大量生産も夢ではありませんわ!」

「しかも色を変え、フリルを追加する事もできる。衣装としても汎用性が高くて助かります」

 高笑いするタレアに、同意するカナコ。


「じゃあ、実践テスト兼レッスンはそろそろ終わりにして、休憩が終わったら実戦テストにしましょうか」

「えぇっ、実戦ですか?」

「もちろんです。それはステージ衣装であると同時に、戦闘用の装備なんですから! 戦ってみないとテストになりません!」


「順序が逆ですわ。戦闘用の装備をあなたがステージ衣装に使っているのを、忘れているようですわね」

「じゃあ、タレアさん、次のステージをお願いしますね。冥ちゃんも喜びますよ」

「ちょっ、待ちなさいっ! 私は踊りに来たわけじゃ――」

 ホリー院長達を連れて立ち去ろうとする。それを慌てて引き留めようとするタレアに、音楽を演奏している使い魔王達が話しかけた。


『まあまあ、タレア自身で装具を試すのも良い経験になると思いますよ』

「はいっ、ヴァン様! 冥ちゃん、何かリクエストはあるかしら?」

「ニョロニョロできる?」

「にょぉっ!?」


 調子に乗って藪を突いた結果、ダンスの難易度が跳ね上がってしまったタレアだったが、くねくね踊る事で冥のリクエストに応える事に成功したのだった。


 なお、ヴァンダルーの本体はセレンからの二通目の手紙にどう返事を書くべきか悩みながら、彼女に手紙を出すよう促した黒幕である『五色の刃』に対する呪詛を書き連ねていた。


次話は8月24日に投稿予定です。


おかげさまで再開いたしましたが、書籍化作業が来ましたら、は24日に投稿した後、またお休みを頂くことになりそうです。ご了承いただければ幸いです。

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