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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
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三百二十七話 対峙する二人

 この日、オルバウムではちょっとした事件が起きた。


「火事だっ! 下級貴族街で火事だ! 屋敷が燃えてるぞ!」

「消火隊を呼べ! 燃えているのは空き家……『呪われた屋敷』だ! 更地にしても構わないから、消火するんだ!」

 ある下級貴族の屋敷だった『呪われた屋敷』が、突然炎に包まれたのだ。


 近所の屋敷に務める魔術師が魔術で作り出した水や砂をかけ、駆けつけた消火活動を専門に行う衛兵の部隊も尽力したが、『呪われた屋敷』は焼け焦げた木材を幾つか残して焼失してしまった。近所の屋敷に延焼するどころか、庭木を焦がす事もなく。


「おかしい……ここに建っていた屋敷はそれ程大きくなかったが、あんな短時間で崩れるか?」

 そう不審に思う者もいたが、深く調査されることはなかった。

「さあな。炎が中々消えなかったし、怨霊の呪いとか悪霊の祟りとか、そういう何かじゃないか?」


「なんにせよ、不動産屋と大工は大喜びだな。これで更地に新しい屋敷を建てられるんだから。アルダ神殿は、布施を受け取り損ねたって、地団駄を踏むかもしれないが」

「神殿だったら布施は前金代わりに受け取っているだろうぜ。地団駄を踏むのは、無駄な金を使ったお貴族様達さ」


 焼失したとされる『呪われた屋敷』は、何事も無ければ数日後にアルダ神殿の神官達が浄化のために派遣される予定だった。


 他にも、他の『呪われた屋敷』を浄化するために神官たちが踏み込むと、『おおおおおおん』と呻き声をあげるスケルトンの群れに襲われ、激戦の後に何とか浄化した(と、思い込んでいるだけ)という事件や、踏み込んでみたらアンデッドが一匹もおらず、後日ズルワーン神殿の神殿長が「むしゃくしゃしていたので、ストレス解消を兼ねて浄化した。勝手にやってすまなかった」と連絡してきたという事件もあった。


 なお、アルクレム公爵家と縁のある貴族の『呪われた屋敷』は、ダルシア・ザッカート女名誉伯爵に浄化の依頼が行き、アルダ神殿が手出しする前に浄化されてしまったらしい。目撃者によると、彼女が屋敷に入ってしばらくすると、屋敷の内側から激しい閃光が瞬いたそうだから難易度の高い魔術を使用したのだろう。


 こうしてオルバウムから呪われた屋敷は、シルキー・ザッカート・マンションを残して消えたのだった。……一軒、焼失したはずの屋敷がヴァンダルーの【体内世界】に移築されたが、それを知るのは関係者のみである。




 書類にメンバーの名前を書き、事務室に提出する。英雄予備校におけるパーティーへ所属するための手続きは、これだけだ。


 冒険者ギルドでの手続きも同じようなもので、その目的は功績を評価する際や、依頼失敗でのペナルティを課す際に誰と行動を共にしていたのかすぐに判明するのが、便利だからだ。

 もちろん、パーティーを登録せずに他の冒険者と協力し合うのも構わないが、その場合は依頼達成の功績等が正しく評価されない場合もある。


 英雄予備校の場合は、単位取得に関係する。


「これで俺もエリザベス様チームですね」

 書類を提出したヴァンダルーは、そのままエリザベスの背後に戻った。

「ええ、そうよ。改めてよろしく頼むわね……ところで、何でいつも私の後ろについて回るの?」


 学校内では実習の作戦会議や放課後に行う特訓の打ち合わせのために、会うたびにヴァンダルーはエリザベスの背後に立ち、そのまま適度な距離を保ってついて行く。

 エリザベスから見れば子鴨のようだが、ヴァンダルーの存在感の薄さと足音を立てず重心のぶれない安定した歩き方のせいで、離れた所から見ると背後霊に見える。


 尚、パーティーメンバーはリーダーの後ろをついて歩かなければならないというルールは無い。

「それは勿論、腰巾着だからです」

 ならなぜエリザベスの後ろについて歩くのかというと、ヴァンダルーのいわゆる「取り巻き」や「腰巾着」といったポジションに対するイメージが乏しかったからである。


「腰巾着ではなく腹心とか、親衛隊と呼んでほしいな」

「だけどまあ、分かっているじゃないか」

「こうして我々の結束を周りにアピールするのも、重要だからね」

 そして、その乏しいイメージはほぼ正解だったらしい。腰巾着の先輩であるマクト、トーラス、ユーゼフの三人が何度も頷いて、ヴァンダルーの行動を肯定する。


「あ、あんた達ねぇ……人を親鴨みたいに言わないでくれる!? いつも皆を引き連れて歩いている訳じゃないでしょう!?」

 エリザベスはそう言って怒るが、横のマヘリアとゾーナは苦笑いを浮かべて首を横に振る。


「お嬢様……学校では最低でも一日三回は皆さんを引き連れて歩いています」

「アレックス君の勧誘を止めた分、最近は回数は減ったけどね」

「言われて見れば、そんな気も……でも、別に引き連れて見せびらかしている訳じゃないのよ! 単に、打ち合わせとかするのに集まった後、ばらばらに移動するのは効率が悪いから、それだけよ!」


 マヘリアとゾーナに指摘され、はっとなるエリザベスだったがすぐに言い訳を口走った。自分が無意識に周囲に対する見栄を張っていた事に気が付いたが、それを素直に認められる性格なら、そもそも見栄を張らない。


「別に構わないと思いますよ。冒険者という商売は、周囲から舐められたら不利になる職業ですから。実力を過小評価されて依頼料を値切られたり、ギルドからの評価が低くなったりしたら困ります。

 今から周囲にアピールする癖をつけておくのは良い事かと」


 そしてヴァンダルーは見栄を張る事に理解があったりする。人気者が取り巻きを連れて行動するのは、一種の示威行為だと彼は分析している。そうする事でコミュニティ内での権力をアピールしているのだと。

 そのため、エリザベスが自分達を引き連れる事に何の違和感も覚えていなかった。


「うぅ、冷静に理解されると気恥ずかしいというか、自分が子供っぽい事をしているような気がしてくるわね……。

 でもまあ、実際あんたが加わった事が知れ渡ったお陰で、アレックスの勧誘に失敗した事を噂されなくて済んでるし……まあ、いいわ。これからも、しっかり私についてきなさい」


「はい。憑いて……ついて行きます」

 実はエリザベス達にそれぞれゴーストを憑けるべきか否か、ヴァンダルーは悩んでいた。神経質になりすぎかもしれないが、不測の事態というのはあり得るからだ。


 今は、とりあえず彼らの屋敷の前と裏、そして通学に使っている道にこっそり小型の使い魔王を設置して、もしもの時に備えている。……今のところ、成果はエリザベス達とは無関係な軽犯罪者……かっぱらいや置き引き、スリ等の犯行を見つけ、数名を逮捕しただけだが。


「なんで言い直したの? それよりも、早速実習に参加するわよ。マヘリア、ちょうどいい実習はある?」

 ヴァンダルーの言葉を深く考えず、マヘリアに今日の予定を尋ねるエリザベス。

 英雄予備校は他の冒険者学校と同じで……通常の冒険者学校はそれほど細かく単位を管理していないが……単位制である。それも、授業への出席回数は殆ど成績に考慮されず、実習と試験の結果で審査される。


 そのため、自信があるのなら実習を一度も受けず、試験を受けるだけでも構わない。……実習の成績が無いので、余程の高成績を出さなければ、それで単位を貰うのは難しいが。


「はい、今日これから参加できる実習科目は、錬金術と工作、それに実践調理です。錬金術は野外での即席の杖作り、工作は野外での武具の修繕、実践調理は野外での調理実習になります」

「今に始まった事じゃないけど、野外ばっかりね……じゃあ、錬金術にしましょう。皆、錬金術の単位はまだとっていなかったはずだし……」


 こうしてヴァンダルーのエリザベスパーティーで受ける初の実習は、野外で魔術媒体として機能する即席の杖づくり……木の枝に魔術陣を刻んで加工し、魔物からとった魔石を組み合わせる実習に決まった。


「エリザベス様! あたしは実践調理が良いと思うのっ!」

 しかし、突然ゾーナが強く実践調理を勧め出した。

「えっ? そう?」


「そうですよ、エリザベス様! 錬金術は参加人数が多いので材料の取り合いになります! それよりもいつも人が少ない実践調理の方が良いですよ!」

 ゾーナの意見を、パーティーの中でエリザベスの次に魔術に関する授業の成績が良く、錬金術にも興味があるはずのユーゼフが支持する。


「そう、なら実践調理にしましょうか。たしかに、実践調理の単位もみんな持っていないし、ヴァンダルーがいるなら良い結果を出せそうね。

 ヴァンダルーも実践調理でいいわね?」


「構いませんが……今日はうちの料理人を連れてきていないのですが、良いですか?」

「いや、あの料理人は実践じゃなくて、実際に戦った相手を料理する人でしょ」

「実習内容によっては頼りになりますが……」


 巨大な包丁や肉叩きで武装した料理人達は、今日はシルキー・ザッカート・マンションで新入り達と顔合わせをしていた。




「今日の実習の課題は、『人里離れた野外に長期間のフィールドワークに出た学者貴族の護衛依頼中、雇い主が偶には保存食ではなくもっと美味い料理が食べたいと我儘を言い出した時の料理』だ」

 臨時で――ヴァンダルーが本当に普通に実習を受けるか不安がった講師達の意見を受けて、メオリリスが要請した――実践調理の担当になったダンドリップ……ランドルフは死んだ魚のような瞳で、課題を読みあげた。


 場所はオルバウムの外……ではなく、実習ダンジョンの内部にある荒野の階層である。『野外実習』と銘打っているが、さすがに課題にあった土地に移動するのに何日も旅をするのは不可能だ。そのため、こういう時は実習用ダンジョンの一部の階層が使われる事が多い。


「ダンドリップ先生、冒険者は毎日が非常事態という言葉があるのは知っていますが、そんな課題が役立つ事があるんですか?」

 実習を受ける生徒の一人、アレックスが半信半疑といった様子で尋ねる。その質問にダンドリップは力の無い笑みを浮かべて答えた。


「アレックス。お前はそんな馬鹿な貴族はいないと思っているのだろう。だが、現実にはそんな馬鹿な貴族がいる。名前は明かせないが、俺は馬鹿な事を言い出す貴族の依頼人に当たったことが十回以上ある。メオリリス校長も同じくらいあるだろう」


 答えを聞いたアレックスの顔が、「マジか!?」と言うように驚愕に引きつる。他の生徒達も一名を除いて程度の差はあれ驚いている。しかし、事実である。

 「暇だから君が盗賊団の一つを潰すところを見物させてくれないか」と、護衛依頼なのに危険に自ら突っ込めと言う依頼主や、雇った冒険者同士をゲームの駒のように戦わせようとする依頼主等、馬鹿な貴族に雇われた経験がランドルフにはあった。


 中には、依頼失敗のペナルティを受けてもいいから、謀殺してやろうかと本気で検討した事もあったほどだ。

 ちなみに、その馬鹿貴族の家名を言わないのは、馬鹿貴族の子孫に罪はない事と、家名から冒険者ギルドの記録や貴族達の情報を調べられたら、当時依頼を受けた冒険者がダンドリップではなくランドルフだとばれる可能性があるからである。


「それと、勘違いをするなよ。貴族の中に馬鹿がいるのではない。貴族の中にも、馬鹿がいるだけだ。

 平民、貴族、王族、冒険者、どんな集団の中にも賢しい者がいるように、愚かな者もいる。馬鹿な事をして失敗した連中の実例が、図書館に行けばいくらでも読める」


 生徒達の内、平民や商人出身の生徒に、調子に乗らないよう「馬鹿はどこにでもいる」とランドルフは釘を刺した。

 実際、ランドルフの人生経験で馬鹿が一人もいなかった職業や種族はエルフを含めて存在しない。

(尤も、俺自身も賢しいとは言えないが)


「ただ、お前達はそうした愚か者ではないし、将来も愚か者にはならない事を期待させてもらう。では、質問が無ければ課題を開始してもらう。時間は二時間だ」

「はい、質問があります」

「……だいたい予想はつくが、なんだ、ヴァンダルー?」


「はい、今持ってきている食材は使っても良いのですか?」

「……基本的には却下だ。課題にある通り、お前達は人里離れた土地を、長期間の護衛依頼を受けて旅をしている最中だ。保存の利かない食料は食べた後だと思え。

 水、塩や砂糖などの調味料、干し肉、パンはこちらで支給する。調理器具も同様だ」


 常識的なヴァンダルーの質問にも、警戒を崩さないランドルフ。何故なら、本命の質問が控えている事が分かり切っているからだ。


「では、食材に従魔の一部を利用しても構わないですか?」

 何故なら、今日ヴァンダルーが連れている従魔はアイゼンだったからだ。

『保存食より、美味しいよぅ』

「……だろうな」


 誇らしげに、たわわに実っている果実を揺らすアイゼン。ランドルフは彼女の胸ではなく、枝に実っている方の果実を半眼で見つめた。

 普通なら食用にできる種族だったとしても、従魔を食材にするテイマーはいない。しかし、植物型の魔物であるアイゼンは取ってもダメージにならない果実を実らせ、樹液を取る事もできる。


 それはランドルフの目から見ても、食材として最上級の素材だ。どんな我儘貴族もそれだけで満足するだろう。

「許可する。従魔だから、長旅でも問題ないだろうしな」

 ランドルフがそう言った瞬間、複数の生徒達が溜め息を吐いたり、天を仰いだり、それぞれの方法で失望を露にした。


 何故なら、アイゼンの果実と樹液という食材に勝てる見込みがないからである。


 それを知っているエリザベスは勝ち誇っており、他のメンバーも……何故かゾーナは浮かない表情をしていた。


「では、課題を開始する」

 ランドルフの号令に従って、生徒達が動き出した。成績トップは無理だと分かっていても、自暴自棄にならない姿勢には好感が持てる。

 アレックスも、パーティーメンバーと共に食材を探しに離れていった。


「私達はこのままアイゼンさんの果実と樹液を調理すればいいわね」

 そう勝ち誇るエリザベスの後ろで、ゾーナは当てが外れたと内心頭を抱えていた。

(この授業ならヴァンダルーと二人きりになる機会があると思ったのに、動く必要すら無いなんて。失敗した!最初にヴァンダルーが連れている従魔の人を確認すればよかった!)


 ゾーナが実践調理の実習を受ける事を主張したのは、昨日マクト達に宣言した通りヴァンダルーを誘惑するためだった。

 そのためには彼と二人きりになる必要があるが、錬金術や工作の授業ではその可能性は低い。しかし、実践調理なら食材探しや調理のために手分けをするはずだと思ったのだ。


 実習を行うのはダンジョンの中だが、自分達とヴァンダルーの実力なら問題なく魔物を蹴散らせる。だから、もしエリザベスが纏まって行動しようとしても、効率や制限時間を口実に分かれる事を提案するつもりだった。

 しかし、このままではエリザベスやマヘリア……そして何より、アイゼンの見ている前でヴァンダルーを誘惑しなければならなくなる。


(地獄としか言いようがないわ。面の皮は厚い方だと自分でも思うあたしだけど、それは耐えられない。だって……)

 ゾーナは自分の胸を見下ろした。もちろん実習中なので鎧を着ているが、その下には年の割には発育良好な膨らみが詰まっている。


 胸だけではなく、ゾーナは自分のルックスとスタイルに自信があった。顔はやや童顔だが、背の低いドワーフには似合っている。瞳を隠し持った水で潤ませて、上目遣いに見てやれば大抵の男子は引っかかる。

 しかし、チラリと視線を走らせた先にあるアイゼンの双丘は凄まじい。圧倒的に凌駕されている。戦力差は明らかで、戦うのもバカバカしくなる。しかも、ゾーナには無い大人の色気まで放っている。


 もちろん、この実習中に誘惑する事に拘らず、次の授業や昼休み、そして午後の授業や放課後に賭けてもいいだろう。


 しかし、従魔であるアイゼンは実習には必ずついてくる。そして昼休みにはパウヴィナ達も一緒に昼ご飯を食べようとやってくる。そして、よりにもよって今日の放課後は特訓が休みなのだ。……休みでなかったとしても、誘惑できるタイミングがあるとは思えないが。


(やっぱり今しかない!)

「エリザベス様、あたしはもっとチャレンジするべきだと思うなー。他の食材を探すとか、魔物を倒すとかして」

 意を決して異を唱えると、ゾーナの言葉に最も早く反応したのはアイゼンだった。


『あたしの方が美味しいよ、お試しよぅ』

 食材としてのプライドを傷つけられたと思ったのか、枝から千切った果実を手にゾーナの口元に近づけようとする。

「待ってっ! 美味しいのは分かってるのっ! アイゼンさんが美味しいのは分かってるんだけど――」


「なるほど。アイゼンの実と樹液があれば、一位になるのは決まっている。とは言え、二時間もの時間をただ調理で潰すのは勿体ない。少しでも経験を積むために、自分達でも食材を集めるべきだ。

 そういう事ですね?」

 なんと、他ならぬヴァンダルー本人がそうゾーナの言葉の真意を解釈した。


 もちろんヴァンダルーはゾーナをフォローしたつもりはない。本当に彼女がそう考えているのだと思って、口にしただけである。頭の中では「さすが先輩。向上心があるなぁ」としか考えていない。


「そ、そうですよ、エリザベス様! 後輩に頼り切っていると誤解されたくないですし!」

「アレックス達に、更に差をつけてやりましょうよ!」

 マクトとトーラスがすかさずゾーナの後押しに加わる。その様子にマヘリアは何か妙だなと思ったが、それを言葉にする前にエリザベスが口を開いた。


「……それもそうね。じゃあ、手分けして食材を探しましょう。アイゼンさんは一人でいいわよね?」

 後輩に、つまりヴァンダルーに頼り切っていると誤解される。そのマクトの言葉が、見栄っ張りな性格のエリザベスを動かした。


『それが良いだろうねぇ』

 そういう理由なら良しと、納得したアイゼンは元の位置に戻った。高ランクの魔物であるアイゼンは、この階層の……というか、この実習用ダンジョンに出現する全ての魔物よりも圧倒的に格上である。

 エリザベス達もアイゼンの真の実力にまでは気付いていなかったが、このダンジョンで彼女に護衛がいらない事は察していた。


「じゃあ――」

「エリザベス様とマヘリア、私達三人、ゾーナとヴァンダルーで別れると良いかと。前衛と後衛でバランスもいいですし」

「じゃあ、そうしましょうか。行くわよ、マヘリア」

 ユーゼフの提案に、深く考えずエリザベスは同意した。マヘリアはやはり様子がおかしいと思いながらも、危機感を覚える類の予感ではなかったので、先に歩き出したエリザベスについて行くことを優先した。


「じゃあ、俺達はこっちに行きましょう。アイゼン、この鍋に樹液を貯めておいてください」

『あいよぉ~』

「ええ。じゃあ、後はよろしくっ!」


 そうゾーナはアイゼンに……そして後押ししてくれたマクト達に声をかけてヴァンダルーと歩き出した。必ず誘惑して、糸口――情報を手に入れるためのものか、それとも安心して自分達の身を任せられるという根拠を得るためのものかはさておいて――を手に入れてやると、心に決めて。


 ちなみに、ゾーナは二人きりだと思っているが、ヴァンダルーの周囲には無数の霊が、そして強力なゴーストが漂っている。

『うふふふ、今日も陛下は楽しそうね』

 今朝、偽の『呪われた屋敷』を火事を起こして燃やし尽くしたご褒美として、レビア王女がいる事をもしゾーナが知ったら、羞恥心のあまり失神するかもしれない。


 彼女もアイゼンに負けず劣らず豊かだからだ。


「魔物はいませんね。もっとアイゼンから離れないとだめかもしれません」

 そしてゾーナのターゲットであるヴァンダルーは、彼女の事を異性として認識してはいなかった。より正確に述べるなら、恋愛の対象にはしていなかったのだ。


 ヴァンダルーも健全……かどうか意見が分かれるかもしれないが、三度目の思春期を経験している少年である。異性に興味が無いわけではない。

 しかし、彼には既に婚約者が複数……それこそ一国の皇帝でもなければ多すぎるほどいる。しかも、一児の父である。そのため、婚約者以外の異性を恋愛の対象に見る事はないのだ。


 ……ゾーナが筋肉的な意味で肉体美溢れる少女だった場合は、誘蛾灯に誘われる虫のようにフラフラと近づいたかもしれないが。


「ねえ、あたし達、二人きりだね」

 アイゼンから離れるために歩き続けた結果、エリザベス達や他の生徒からも離れた段階でゾーナは動き出した。


「……? そうですね」

 しかし、ゾーナ以外にも無数の霊やレビア王女やダロークとベールケルトが周りにいる事が見えているヴァンダルーの反応は、鈍い。


「ねえ、手を握ってくれないかな?」

「実習中に片手を塞ぐのは危険ですよ」

「あたし、前からヴァンダルー君の事頼りになるって思ってたの、他の男の子とは違うっていうか……」

「ありがとうございます。先輩にそう言われると鼻が高いです」


「……ヴァ、ヴァンダルー君はどんな女の子が好みなの? ドワーフの女の子は嫌い?」

「筋肉のある女の子は好ましいと思います。ドワーフの人は背が低い分筋肉の密度が人種より高いので、素晴らしいと思いますよ」


 ヴァンダルーはそう受け答えしつつも、ゾーナの様子がおかしい事を察していた。いくら彼の目が人物眼的な意味で節穴でも、ゾーナが普段とは異なる様子で、普段は話題にしない話を振り続けていればさすがに気が付く。

(これはもしや、彼女は自分達に対して俺がどんな感情を持っているのか、不安に思っているのでは?)

 ただ、気が付いた後の推測はやはり間違っていたが。


(俺は無表情ですからね……常に『笑顔でいる』と意識すれば、笑顔も浮かべられますが……『笑顔でいる』以外の事が難しくなりますからね)

 自分の感情表現が乏しいせいで、パーティーの関係に問題が生じている。そう思ったヴァンダルーは、ひとまず誤解を解こうとした。


「き、筋肉? じゃあ、あたしの事は――」

「大切な仲間だと思っています。メンバーに加わったばかりの俺を気遣って、話を振ってくれた事は忘れていません」


 突然饒舌に話し出したヴァンダルーにゾーナは驚き、目を瞬かせる。

「斧捌きの鋭さも中々で、このまま鍛えれば冒険者として大成するでしょう。それは勿論、他の皆も同様ですが……そうした戦力としての魅力だけではなく、俺は皆に感謝を覚えており、魅力を感じています。

 例えば、あなたは――」


 しかし、ヴァンダルーはそのまま話し続け、疑問を抱かせる間もなく誤解を解くために言葉を紡ごうとする。誤解は気が付いた段階で、早めに解かなくてはならない。後でもいいとか、今はそんな場合ではないとか、後回しにすると往々にして面倒な事になり、場合によっては悲劇、もしくは喜劇に繋がる。


「適度に皆の緊張を解し、熱くなった時に落ち着かせることができます。エリザベス様と、マクト先輩達の橋渡しを……おや?」

 しかし、その途中でヴァンダルーの視界に、妙なものが現れた。


 それは誰かの【ステータス】である。ヴァンダルー自身のステータスでないのは、内容から明らかだ。もちろん、従えているアンデッドや仲間のものではない。

 名前の欄には、アレックスとあったからだ。


「どうしたの?」

 何故自分の視界に、あのアレックスのステータスらしきものが見えるのか。ゾーナには何も見えていないらしいので、空中に映された幻の類でもない。


 しかし、すぐアレックスのステータスが見える理由が分かった。彼のステータスのユニークスキルの欄に、【大鑑定の魔眼】とあったのに気がついたからだ。


『非常事態! どこからかアレックスが、俺のステータスを見ています! 探してください』

 アレックスのステータスを見る事ができたのは、魔眼の効果を跳ね返す、【深淵】が覚醒したスキルである【根源】の効果によるものだと気がついたヴァンダルーから、普段の穏やかさが消える。


 念話で仲間達に指示を出したことで、彼の周りに漂っていたレビア王女達が、アレックスがどこから見ているのか探すために殺気立って飛び立つ。


「えっ? なにっ? 何なの!?」

 戸惑うゾーナに説明している時間はない。ヴァンダルーは【生命感知】の死属性魔術を発動する。この階層にいる生徒達、そして魔物の生命反応を感知するがアレックスかどうかは判別できない。場所と数から推測するしかない。


『陛下、グファドガーンさんが見つけました! 陛下の右です! 光属性魔術を使って、岩の陰でこっちを見ているみたいです!』

 レビア王女の素早い報告を聞いたヴァンダルーは、「分かりました」というと、伏兵がいた場合一人で残すと危険なため、ゾーナを抱き上げた。


「い、いきなり!? 待ってっ! 誘っといてなんだけど心の準備が――」

「失礼しました。ですが、非常事態です。後で謝るので、今は勘弁してください」

 そう言いながら、念話でレビア王女達を分かれて行動しているエリザベス達の護衛に向かわせる。


 そしてヴァンダルー自身は、ゾーナを両手で抱き上げたままアレックス達に向かって走り出した。

「ひゃぁぁぁぁぁ!?」




 アレックスは普通に食材を探す……と見せかけて、二手に分かれていた。片方は食材探しだが、もう片方はアレックスと共にヴァンダルーのステータスを確認するのが目的だ。


「ご主人様、やっぱり駄目でしたか?」

 兎系獣人種の少女であるトワは、主人であるアレックスに心配そうに声をかけた。彼は、光属性魔術で光を歪曲させて映したヴァンダルーの姿を見たまま黙り込んでいる。


 トワは英雄予備校の生徒ではないが、アレックスの所有物として実習に参加している。今は、彼がヴァンダルーのステータスを確認している間の護衛が、彼女の役目だ。

「……ああ、ダメだった」

 アレックスはトワに、冷や汗が出るのを自覚しながら成果を告げた。


 事前の予想通り、ヴァンダルーのステータスはモザイクだらけで一文字も読み取れなかった。義理の妹のパウヴィナや、従魔のアイゼンや吸血鬼達のように。……料理人を自称しているアンデッドは読み取れたが。

 それはいい。【大鑑定の魔眼】でも、実力が圧倒的に上回る相手のステータスが読めないのは知っている。


 パウヴィナや従魔がそうだったのだから、ヴァンダルーがそうだったとしてもそれは想定内だ。

「もしかしたら、手を出したら、ダメな相手なのかもしれない」

 だが、想定外だったのはそのモザイクの量だ。


 【大鑑定の魔眼】でも、実力がアレックスを圧倒的に上回る相手のステータスは読めない。文字も数字も、すべてモザイクとしか彼の目には映らない。

 だが、モザイクの量から相手が持っているスキルの量は推測する事はできる。


「能力値の桁が……魔力が明らかにおかしい。それにパッシブスキルもアクティブスキルも……そしてユニークスキルの数が尋常じゃない。

 俺は彼がA級冒険者以上の実力だろうと思っていたけど、それでも足りないかも……ぐっ!?」


 止まらない冷や汗と大きくなる恐怖から、口を動かし続けていたアレックスだったが突然全身が何かに圧迫されるのを感じて呻き声をあげた。


(なんだっ!? 見えない何かに、全身が圧迫されて動けない!?)

 唯一自由が利く眼球を動かしてトワを見ると、彼女も同じらしい。懸命に『何か』から脱出しようと力んでいるが、動けないままのようだ。


(偉大なるヴァンダルーに牙を向けながら、我が魔術に抵抗する術も無いとは、何たる身の程知らず。愚鈍にして矮小、そして虚弱)

 アレックスの動きを封じている『何か』は、グファドガーンが魔術で操る空間そのものだった。


 彼女が作り出したものではないが、ここはダンジョンの内部。そして彼女は『迷宮の邪神』。いくら才能があったとしても、今のアレックスとトワに勝ち目があるはずがない。

 このまま圧力を強め、圧殺する事もできる。だが、グファドガーンはそれをしなかった。


 偉大なるヴァンダルーとその友人達を愚弄し、更に楽しんでいる学校生活に水を差し、ステータスを覗き見るような真似をしたアレックスと彼を主人と呼ぶトワは、グファドガーンにとっては害虫以下の存在でしかない。

 偉大なるヴァンダルーのために存在する世界から、消すべきではないか。そう思う。


 しかし、ヴァンダルーがそれを望まない以上、グファドガーンはアレックス達を捕まえるだけで殺しはしない。

 後はヴァンダルーが駆けつける数秒を……【迷宮創造】スキルの事を隠さないでいいなら、一瞬で移動できるのだが……待てばいいだけだ。


(……! 申し訳ありません、邪魔が入ります)


 そうグファドガーンが伝えた次の瞬間、アレックスとトワの前に目を回したゾーナを抱きかかえたヴァンダルーが現れた。


「っ!?」


 そして、アレックスの背後には、グファドガーンの空間属性魔術を力技で破って駆けつけた、険しい顔をした赤毛に無精ひげの生えた男性エルフ……ダンドリップことランドルフが現れた。

「アレックス、今から質問をします」

「できるだけ正直に、そして正確にヴァンダルーの質問に答えてやれ」

 そして動けないアレックス達を挟んで、ヴァンダルーとランドルフは睨み合いながら口を開いた。


「でなければ、俺はお前達を始末するために先生と戦う事になります」

「でなければ、俺はお前達を守るために生徒と戦う羽目になる」


次話は8月2日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
ダンドリップ(ランドルフ)…偽装中だけどこの行動。 性根は真っ当だとよく分かる。 良い大人だ(^^)
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