四十話 人間社会は景気が良いですが、そんな事より海草が欲しい
本作のタグに、「いずれ復讐」と言うタグを増やさせていただきました。
後、主人公の年齢について活動報告でお詫び申し上げております。
活動報告に上げた後改めてこの作品の荒筋を考えたのですが、最低でも五章まで主人公が少年なので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
バルチェス子爵領は、降って湧いた好景気に賑わっていた。
町から三日行った所に在った密林魔境の開拓事業が順調に進んでいるからだ。
既に強い魔物はほぼ狩り尽くされ、偶に出ても太い木の枝を棍棒代わりに振り回すオークが一匹か二匹程度で、雇われた冒険者達が大して苦戦もせずに討伐してしまう。
兵士達が木を伐採し、魔術師達の土属性魔術で大地が平坦に成り、岩が砕かれ運びやすい大きさに成って行く。
まだ開拓が始まって半年も経たないのに、密林の大きさは元の四分の一も残っていなかった。
このまま雪が降るまで開拓は進められ、豊かな土壌は耕され、井戸や溜池や用水路が掘られ、そして幾つもの農村を建てるための準備が終わる。
春と共に移住希望者が集まり、家が建てられ、畑に種が撒かれる。魔境の土なら一年目からある程度の収穫が見込めるため、開拓民への援助も少なくて済む。
そして税の免除期間が終わる頃には十分な税がバルチェス子爵の懐に入り、そして十年もしないで開拓費用を取り返すどころか、黒字に成るはずだ。
開拓地を治めるための代官も、子爵の三男が就任する予定だ。
勿論得をするのは子爵とその家臣だけでは無い。これから作られる農村に移り住む移住者は、職にあぶれた貧民街の住人や、産まれた順番のせいで畑を親から継げない農家の次男三男四男、怪我や年齢などで引退を余儀なくされたが様々な理由でまだ働かなければならない冒険者等だ。
彼らはこの開拓事業のお蔭で自分の家と畑を持ち、結婚して一家を構える事が出来るのだ。
そして農村が出来るという事は村を守るための守備隊を組織する必要があり、軍の予算とポストが増える。法命神アルダの神殿も作るので、神殿関係者のポストも増える。
それまで他の領からの交易に頼っていた農作物が町に供給されるようになれば、人々は今までよりも安い価格で新鮮な農作物を手に入れる事が出来る。
更に開拓地に一番近い町から暫くの間生活必需品などの物資が村々に供給されるため、懐も潤う。
こうしてあらゆる人々がこの好景気の恩恵に預かるのだ。
バルチェス子爵領以外の人々でさえ、貧民問題の緩和策として移住者を募集しているので助かっている。
例外は冒険者達とパルパペック軍務卿位だろう。しかし、それにしても利益が少なかっただけで不利益を被った訳ではない。
冒険者達は密林魔境という稼ぎ場所を失ったが、元々バルチェス子爵領の町にはもっと近くに、大きな魔境が存在している。ダンジョンも無く、町から徒歩で三日も離れたやや小さい魔境が一つ無くなってもそう困る訳ではない。
トーマス・パルパペック軍務卿は財務卿にやり込められ、開拓事業に何らかの不正や裏取引が存在するかもしれないという疑惑を払拭するため、軍務卿の職を自ら辞す事に成った。
ただ、幾ら経緯の問題で盾国政府も大っぴらに賞賛できないとはいえ、国に利益を齎した事は事実だ。それに彼の失敗は前代未聞の事態が起きたためであり、更にそれで犠牲が出た訳でも無い。
だから開拓事業が落ち着くか、そうで無くとも十年もせずに復職するだろうと見られていた。
元々軍務卿の職はパルパペック伯爵家が占有している訳では無く、三つの伯爵家が数年から十数年の期間で代わる代わる務めていた。一つの家で占有すると、その家の当主や跡取り息子が暗殺されるといきなり軍の最高責任者が不在に成るからだ。
他にも軍務卿を代々務める家があれば、そんな時にもノウハウを蓄積した家臣に支えられた軍務卿を用意できる。
冷淡かもしれないが、隣国と建国当時から戦争を繰り返しているのだ。甘い事を言っていられない。
その三伯爵家の中でもパルパペック伯爵家は代々優秀な軍務卿を輩出しており、特に当代のトーマスは国の守護神としての名を欲しいままにしている。
それに、実際には新しい農村を守る守備隊にはパルパペック伯爵家に仕える家臣の係累が何人も入隊する予定だ。彼にも利益は供与されている。
だからこの開拓事業で損をした者は存在せず、誰も彼もが得をしている。
表向きには。
「まだ山脈を越えるためのルートの割り出しは終わらないの?」
この町では上等な部類に入る宿屋の一室で、椅子に腰かけた赤毛の貴種吸血鬼、エレオノーラの見下すような……いや、明らかに見下している視線を向けられて、セルクレントは苦虫を噛み潰したような顔をした。
その顔や身体から、ビルカインから受けた仕置きによって付けられた惨い傷は痕跡も残さず完治している。しかし彼にはあの拷問による痛みよりも、今目前の女が紡ぐ言葉によって齎される怒りの方が我慢ならないらしい。
「貴様はっ、自分がどれ程難しい要求をしているか分かっているのかっ」
しかし、セルクレントは最大限の忍耐を持って激高する事を自制した。ここはそれなりに高級ではあるがただの宿で、吸血鬼が所有する城や館では無い。隣の部屋や廊下にまで響く大声を出す訳にはいかないのだ。
「あら、人間達もほんの二百年前に見つけたじゃないの」
「二百年前とは違うのだっ、そもそも何故魔物を出来るだけ避けて山脈を越えなければならないっ、それこそ我々は人間とは違うのだぞ!」
セルクレントとエレオノーラは共に貴種吸血鬼だ。その戦闘能力は下級の竜種を上回り、火竜や氷竜に並ぶとも劣らない。
更に竜種には無い様々な特殊能力を持ち、人間と同じ姿形を持つ事で器用に立ち回る事が出来る。
勿論弱点は在る。太陽、銀、光属性の攻撃魔術、アルダ神とその信徒共が創りだした対吸血鬼用マジックアイテム。だが山脈を越えるのに注意しなければならないのは、太陽の光ぐらいだ。光属性魔法を使う魔物もいるが、大抵は閃光による目潰しや幻影による目晦まし、一定空間から光を取り除いて暗闇を作っての奇襲ぐらいで吸血鬼にとっては脅威ではない。
態々魔物に襲われないルートを探さなくても、山脈を越える途中で従属種が数人欠けるだろうが、最悪でもその程度で済むだろう。
しかし、エレオノーラは呆れたようなため息をついた。
「セルクレント……あんた度し難い愚か者だわ」
「何だとっ!?」
「小声で怒鳴れるなんて器用ね。でも、それより頭を使ってくれないと困るわ」
ビルカイン達の前で見せていた淑女らしい態度では無く、素の態度でエレオノーラはセルクレントに対する。
お前には取り繕う価値は無いと示すためだ。
「あなた、自分が報告した情報も忘れた? ターゲットのダンピールは霊媒師なのよね? だったら私達が殺した魔物の霊から情報を引き出せるのではないの?」
「そ、それは……可能だろうが、通常では難しいはずだ。貴様の調査結果でも、大した事は出来ないとあったではないかっ」
霊媒師のジョブを持つ者は少ない。戦闘には全く向かず、何かのアイテムや商品を生産できる訳でも無い。出来るのは死者の霊と交信し、占いをする事とちょっとした除霊程度だ。
そのため霊媒師自身の数も知名度も地を這う様な水準だった。だからエレオノーラが霊媒師ジョブに付いて冒険者ギルドや霊媒師本人から彼女固有のあるスキルを使って情報を聞きだし、その間セルクレントが境界山脈を越える道を調べる予定だったのだ。
「それに魔物の霊がダンピールの元に自分から向かって行くと思うのか?」
霊媒師ジョブが出来るのは「霊の視認と会話」、「死者の霊を召喚する降霊術」、「残留思念の読み取り」等だ。
死人に口なしの原則が当てはまらないのは大したものだが、全ての霊が霊媒師に好意的な訳ではないし、アンデッドをテイム出来る訳でも無い。
警戒すれば大した脅威にはならないとセルクレントは考えたようだが、エレオノーラの意見は違った。
「大した事が出来たらどうするの? 私が調べたのは普通の霊媒師の情報よ。そのダンピールは今まで前例が無い事ばかりしてきたのよね? だったら普通の霊媒師じゃないかも知れないとは思わないの?」
そう言われるとセルクレントは唸るしかなくなる。
例えば、広範囲に発生した霊の内、一定の条件に当てはまる霊だけを選別して召喚する事が可能ならどうか。
もしダンピールが自分に害意を持っている存在に殺された魔物の霊等をそれで召喚出来れば、境界山脈は堅牢な城壁であると同時に忠実な衛兵になる。
流石にそんな事は不可能だろうとエレオノーラも思うが、今まで何度もその『流石にそんな事』をあのダンピールは起こし、結果目の前の男は崖っ縁に立たされている。
甘く見て事を進めれば、今度は自分が崖っ縁に立たされる。
「だからルートの割り出しをしっかりなさい。こんな事を言われないと分からないなんて……分からないなら分からなくても従う素直さぐらいは持ったら?」
はっきり無能と言われるよりも酷く詰められ、セルクレントがギリギリと牙を噛み合せる。
だがこの程度のやり取りは【悦命の邪神】を奉じる吸血鬼達の間では、極普通の事だ。
彼らの対人関係は、基本的に上か下かしかない。口では同等、仲間、同胞、兄弟と言うが、実際には自分から見て格上か格下かで判断し、思考する。
原種と貴種、貴種と従属種といった種族で上下関係がはっきり分かる場合は単純だ。しかし、原種同士貴種同士の場合は、途端に生臭くなる。
そして相手が格上なら従いつつも、相手を引きずり降ろし自分が上に立つ機会を伺う。
相手が格下なら、常に自分の方が上位者であると主張して従わせ、足の下で妙な事を考えない様に踏み続ける。
そしてまだ上下関係が決まっていないなら、どちらが上か様々な形で争う。
そして天才ではあっても吸血鬼に成って僅か数年のエレオノーラと、それなりの年月を生きてきたセルクレントでは、力量ではエレオノーラがやや勝っているが大きな差では無い。
しかしセルクレントは失態をビルカインに咎められコミュニティの幹部ほぼ全員の前で無残な姿を晒し、「親」であるグーバモンからの弁護も支援も無く、失敗したら死に直結する命令を受けている。そのため、立場は圧倒的に下であった。
下である以上、エレオノーラはセルクレントを足蹴にしなければならない。そうで無ければ、自分はこの落ち目の男よりも上では無い、つまり下だと認める事になるからだ。
「……分かった。従属種共に急がせる」
「時間がかかるようなら、グーバモン老に助言を頼みなさいな。二百年前の事にはあの方も一枚噛んでいたのでしょう? 何か知っているかも」
「……考慮する」
そう言い捨てて部屋から去って行く後ろ姿がドアに遮られてから、エレオノーラは呟いた。
「悪いわね。でも、私まで道連れにされたくは無いのよ」
飢える事は無くなり、身体を汚される事も無く、竜種とすら戦える力を得た。しかし、エレオノーラの瞳には怯えの色があった。
何か失敗すれば、次は自分がセルクレントの立場になる事が解っていたからだ。
【詠唱破棄】スキル獲得のための修行も最終日の七日目。
「おおっ! 遂に【詠唱破棄】スキルを獲得しましたぞ、これも御子の温かな施しの賜物!」
ヌアザが骨と皮になっているはずなのに太い腕を、歓声と共に振り上げた。
「むぅ、先を越されたか」
「はっはっは、一応私もレッサーとはいえリッチですからね」
「それをいうなら儂もグールメイジなのじゃがな。しかも魔術師ジョブじゃ」
得意げなヌアザと羨ましげなザディリス。彼女はまだスキルのコツが掴めていなかった。
一応、魔物にも種族ごとにスキル補正が存在する。ただそれは人間がジョブに就いて得られるスキル補正程顕著な物では無く、精々向き不向き程度の物だ。
オークが力自慢で、コボルトが敏捷、そんな程度だ。
だからザディリスよりもヌアザの方が先に【詠唱破棄】スキルを習得できたのは、彼女よりヌアザの方が【詠唱破棄】に適性があったとか、素養が大きかったというだけの話だ。
因みに、この世界では才能の有無でレベルが上がり易かったり、すぐランクアップ出来たり、スキルを平均より早く獲得し、成長させる事が出来る事は事実だ。しかし、努力が否定される訳ではない。
人間でも魔物でも、鍛錬と研鑽を積み重ねる努力をすればレベルは上がるし、条件を満たせばランクアップも出来る。スキルだって獲得できる。
ただし、何時か、その内、きっと。そんな話だが。
剣の天才が一年で、特に苦労もせず剣術スキルを5レベルにしたとしても、凡人は血の滲むような努力を何年も、何十年も続けなければ同じレベルに成れないかも知れない。
頭が悪く身体的にも優れていないゴブリンが、ゴブリンキングに成るには寿命ギリギリまで努力が必要だが、成れる。
超人的な才能を持つ冒険者は研鑽と経験を積んだ果てに、竜種を倒し高難易度のダンジョンを完全攻略し、A級冒険者の称号を得る。
才能に乏しい冒険者は、同じ期間研鑽と経験を積んでもD級止まりかもしれない。しかし超人の十倍、百倍の研鑽と経験を積めば、努力と執念の果てにA級に辿りつくかもしれない。
そして大抵の場合、努力が報われる前に中断される。
一流を頑固に目指してそれ以外の人生を全て犠牲に出来る者は少ないし、諦めて他の分野に転向する場合も多いだろう。
特に冒険者と魔物は、努力が実を結ぶ前に死ぬか、重傷を負ってリタイヤする事が多い。立場は違っても弱肉強食なのは同じなのだ。
(地球に居た時は好きだったんですけどねー、努力で天才に勝つタイプの主人公)
のんびりドングリ粉を作りながら皆に魔力を供給していたヴァンダルーは、そんな自分も周りから見ると凡人では無く才人なのだろうなと思った。
魔力が多いとは、それだけで十分な才人だからだ。
地球では凡人だったし、オリジンでは報われた事が無いので中々自覚できないのだが。
「じゃあ、後は【詠唱破棄】で魔術を使っていればスキルのレベルは上がって行くと思うので、通常の訓練に戻ってください」
「むっ、そうなるとやや名残惜しい……」
「ふふふ、さっさとダンジョンなり魔境なりに行くとよいぞ」
残念そうにするヌアザに、意地悪く笑うザディリス。どうやらヴァンダルーの魔力は【死属性魅了】の影響下にある者には、とても心地良く感じるらしい。
「いや、今日で一週間の休みが終わったので早速明日からダンジョンに潜ろうと思うんですけど」
「何じゃと!?」
驚くザディリス、そして「ククク」と意地悪く笑うヌアザ。さっきまでと逆転している。
「ぼ、坊や、もう少し休んだ方がよいのではないかの!?」
「俺、休みでは無く経験値が欲しいです。それに欲しい素材もあるので」
次にヴァンダルーが攻略する予定なのは、ドラン水宴洞。ガランの谷と同じD級ダンジョンだが、こちらの方が階層も深く、出現する魔物の討伐難易度も罠の危険度と頻度も上とされるダンジョンだ。
そして、このタロスヘイムに海産物を齎すダンジョンでもある。
ドラン水宴洞は大小さまざまな小島が浮かぶ地底湖や、横に地下河川が流れる洞窟といった形状の階層が多いのだが、その地底湖や地下河川を流れる水は海水で水の中には海の魚介類が生息している。
ヴァンダルーは地球で生きていた時から特別海産物が好きではなかったが、今どうしても欲しい素材があった。
それは昆布やワカメ、若しくはその代用として使える海藻であった。
(胡桃やドングリで味噌を作ってから、味噌汁に挑戦してみたけれど何故か美味しくできない。それは、出汁が無いからだ!)
地球で学生をしていた時は自炊して味噌汁を作った事のあるヴァンダルーだが、その時は出汁を取った事が無かった。それで同じようにラムダで味噌汁に挑戦してみたら、何故か地球で作った時より明らかに不味い。
具の問題か、それとも胡桃やドングリで作った味噌は汁物には向かないのか。悩み考えていると、はっと気が付いた。
地球で使っていた味噌は、出汁入り味噌だったのだと!
最初から味噌に出汁が含まれている味噌だったのだ。それに対してヴァンダルーが使ったのは、手製の出汁無し味噌。そのまま使って美味しい味噌汁が出来るはずが無い。
美味しい味噌汁を作るには、出汁から取らなければならないと思い至ったのだった。
出汁と言えば鰹節、煮干し、昆布。これらをドラン水宴洞で手に入れなければならない。特に、昆布だ。
何故なら、このバーンガイア大陸には海藻を食べる文化が存在しない可能性がある。アミッド帝国側には無かった。
ダルシアやサム達は海藻を食べるなんて聞いた事が無いと言っていたから、少なくとも流通はしてない。
地球でも海藻を食べる文化があるのは日本を含めても限られた地域や民族だけだったので、こちらの世界ならより少ないはずだ。
オルバウム選王国に行っても手に入る可能性が少ないなら、早い内に手に入れ試すべし。
鰹節は燻すのに準備がいるから、ますます昆布が欲しい。後ワカメと……海苔! 海苔は必要だ、寿司やラーメン、蕎麦、ソーメン、お握りを作るために。
後、天草も欲しい。寒天が作れる。
「ザディリス、俺には昆布が必要なんです。美味しい味噌汁を作るために」
「いや、儂は今のままでも十分旨いと思うのじゃが」
「私もそう思いますが、御子は上昇志向が強いのですね」
「上昇志向と言うか、坊やも結構な食道楽じゃからな」
どうやらヴァンダルーの食に関する情熱は、あまり伝わらないらしい。
しかしこれも出汁の効いた味噌汁を飲めば、皆の意見も変わるだろう。実際、初めて味噌を作る前の反応もそんな物だったし。
(あ、具の事考えるの、忘れてた)
翌日、ヴァンダルーはドラン水宴洞に入った。
今回のメンバーはサム、ブラガ、ズラン、カチア、そしてヴィガロだ。
サムは輸送力と新装備を試す為、ブラックゴブリンのブラガはこの前ランクアップしたので力を試す為、巨人種アンデッドの中でも珍しい元斥候職ズランはそのブラガの監督。カチアは前衛戦力としてだ。
そしてDランクダンジョンには明らかに過剰戦力であるヴィガロは、万が一のための保険である。
そして入った一階では……。
「魚だっ、魚を取れぇええええっ!」
『魚醤っ、魚醤お゛おおおおおっ!』
巨人種アンデッド達が網で小魚を取りまくっていた。
「何処かで見た光景だ」
『仕方ねぇよ、御子。魚醤の為だからよ』
「作るの、俺なんですけど」
元々タロスヘイムの猟師達は小魚を無視していた。体長五十センチ以下の魚は巨人種にとってあまりに小さく、食べる所も少なくて食いでも無く、売値も安い。そんな物を態々獲るくらいなら、二メートル越えの大物を狙った方が稼げる。
そんな考えだったそうだ。
その大型魚至上主義を覆したのが、ヴァンダルーが作った魚醤である。その味に味噌同様魅了される巨人種アンデッド達が続出し、生前は農家だったのにアンデッド化してから漁師に転向する者まで現れたという。
因みに塩はガランの谷から出る岩塩に頼っている。
このドラン水宴洞の水は海水なので、海塩も作れなくも無い。しかし採掘した後は持って帰れば良い岩塩と違って、海塩は作るのに手間がかかる。
そのまま乾かせば不純物が抜けないし、幾らなんでもダンジョン内に塩田は作れない。そもそもここに太陽の光が届かない。
では海水を外に持ちだせばいいかというと、それは当然難しい。水袋数個分なら兎も角、纏まった量の海水を運ぶためには樽のような容器が必要で、そんな容器を背負うなりしている状態で魔物に襲われれば一溜りも無く、更に容器が破損して海水が流れれば苦労も水の泡。
なのでタロスヘイムでは滅多にここの海水で塩は作られない。以前は第二王女ザンディアが空間魔術で海水を運び出し、塩を作った事もあるらしいが。
「そんな訳で攻略の前に海水を回収します」
『はぁ……』
岩塩があるのに何故態々? そんな顔をする一同の前で、ヴァンダルーはひょいひょいとサムの荷台に載せて来た樽を転がす。
「起きろ、入れ」
道の横を流れる清んだ海水をアクアゴーレムにして、樽の中に入らせる。形を維持するのが難しい液体製のゴーレムでも、横に置いた樽の中に移動する事は可能だった。
後は運ぶだけだが……。
「起きろ」
ボゴン! 通路の壁が動きだし、海水の入った樽を取り込みながらロックゴーレムに成る。
「じゃあ、タロスヘイムに向かってください」
そしてノシノシと歩いて行った。つくづく【ゴーレム錬成】は便利なスキルだ。
「ヴァンダルー、海水をどうするんだ?」
「岩塩と海塩だと味が違うんですよ」
「そうなのか?」
俺には分からんと首を傾げるヴィガロに、ヴァンダルーは「比べれば分かりますよ」と言った。
何故態々ダンジョンを流れる海水から塩を作ろうとするのかというと、味の違いだけでは無く、塩は重要な調味料なのでドランの谷だけでは無く、複数の入手方法があった方が良いと思ったからだ。
何せ味噌や魚醤の中毒者が巨人種アンデッドに出ている。材料である塩の安定供給は重要だ。
しかし……そろそろ大豆と甘い調味料が、せめてどちらかだけでも欲しい所なのだが。
「サトウキビとか、何処かに生えていませんかね」
まあ、このダンジョンでは望むべくもないが。
・名前:ブラガ
・ランク:3
・種族:ブラックゴブリンスカウト
・レベル:7
・パッシブスキル
闇視
状態異常耐性:2Lv
敏捷強化:3Lv
直感:1Lv
気配感知:2Lv
・アクティブスキル
短剣術:2Lv
投擲術:1Lv
忍び足:2Lv
罠:1Lv
解体:1Lv
開錠:1Lv
次話は10月27日中に投稿する予定です