表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
407/515

三百二十一話 ヴァンダルーとある教官、そして令嬢の一日

 ヴァンダルーの朝は……というか、彼の一日には朝昼夜の区別がない。

 何故なら彼は一人であると同時に、無数の群れであるからだ。


 異世界『オリジン』の神の一部となったというか、一部がヴァンダルーになったというべきか。それはともかく、ヴァンダルーは『オリジン』の人々を、その巨大で数えきれないほどある眼で見守っている。

 何せ、彼の形態は地上に魂だけで降臨した時の姿……無数の眼や触手が生えた半球状の姿なので、見るのは得意だ。


 一年三百六十五日、二十四時間。休みはない。というか、他にやる事がない。

 とても退屈……という訳ではなかった。


『映画も本もタダで見放題とは、神様も悪くありませんね』

『そうでしょう。それに、見ようと思えば密林の奥や深海まで見られるのよ』

『それは凄い。退屈しないで済みますね』


 ヴァンダルーは『オリジンの神』の一部であるプルートーと一緒に、世界中の人々や自然を鑑賞していた。

 これは盗撮や覗きではない。人々も祈っているではないか、「神よ、どうか見守ってください」と。ヴァンダルーはその言葉通り見守っているだけだ。


 それに、人々の中には非常に見守りやすい者達がいる。ジョゼフや七森、セルゲイ、そして第八の導き信者などがそうだ。そうした人々の事を特に見守っていた。

『それはヴァンダルーの信者や、導かれている人だからね。私も、第八の導き信者の人達の事は他の人達より見やすいのよ』


 どうやら、群体である『オリジンの神』の神格達にも、見えやすい人間とそうでない人間がいるらしい。とは言っても、その差は昔のテレビと最新のテレビ程度で、見えない訳ではないのだが。


『なるほど。ところで『オリジンの神』、今は俺達ですが、俺達は――』

『やめよ! その『俺達』というのをやめよ!』

『こっちに歩み寄るな!』

 突然、ヴァンダルーの言葉を遮って一部の神格達が叫び声をあげた。


 いったい何なのだろうと視線を向けると、叫んだ神格達が慌てて他の神格の陰に隠れようとする。訳が分からないと、傾げる首がないので目を瞬かせるヴァンダルー。

『ヴァンダルーに吸収されるんじゃないかって、怖がっているみたいなのよ。あなたが現れてから、力が半減した神格が何柱かいるから。それに、今も『オリジンの神』の中で貴方が最も力を持っているし』


 『オリジンの神』は、『オリジン』に存在する人々の信仰心や畏怖などで存在を維持している。だから信仰が廃れてしまった神や、畏れられなくなった悪魔や怪異の類は消えてしまう。そして、より信仰されている神や恐れられている悪魔や怪異にその分のリソースが吸収されてしまうのだ。


 彼らはそれを恐れているらしい。……本来なら人々の思い次第なので、ヴァンダルー自身を恐れても意味はない。しかし、ヴァンダルーは『オリジンの神』の一部であると同時にヴァンダルーの一部でもある特異な存在であるため、今までの常識が通用しないかもしれないと警戒しているのだ。


『すまないが、あれらは気にしないでくれ』

『教義的にどうしても折り合えない神格がいくつか存在するのは、仕方のない事なのだ』

『そんな連中と近所付き合いを強制されるのも、我々にとってはどうしようもない事だ』


 プルートー以外の、『オリジンの神』でヴァンダルーに友好的な神格がそう話しかけてくる。彼らも苦労しているようだ。


『分かりました。それはともかく話を戻しますが、人に加護や神託を与えるときの判断基準って何かありませんか? 参考にしたいのですが』

『特にないわね。今までは、ただ内輪揉めになってできなかっただけだから』


 神格によって応援したい人間の基準は異なる。そして、加護や神託を与えようとしても気に入らない他の神格や悪魔が妨害してくるので、ほぼ実行できないという事が常だった。

 そのため、六道聖のような世界存亡の危機でもなければ、文字通り奇跡的な確率でしか『オリジンの神』は奇跡の類を起こせなかったのだ。


『そうですか……力技で押し通していいのなら、そうしましょうか』


 六道聖の起こした事件が終結してから、まだ数日。『オリジン』の国々はまだ混沌とした状態のままだ。唯一の例外は合衆国だが、クーデターを起こしたセルゲイを大統領とは認めない有象無象を押さえつけて、何とか秩序を保っている状態である。


 雨宮寛人達もセルゲイ大統領と協力して世界情勢を安定させようとしているが、まだまだ時間はかかりそうだ。世界は主に六道聖と国家ぐるみで協力していた北欧連邦と中華共和国の二国対、政府の上層部の一部だけが協力していた欧州連合などの国々という構図になりつつある。


 下手をすれば、『オリジン』は二度目の世界大戦を迎える事になるだろう。

 まあ、そんな状態なので【ブレイバーズ】の責任を追及する声は大きくない。追求したい国家や組織もいるだろうが、自分達のトップが六道と手を組んでいた事を指摘されたくないので積極的に訴えられないのだ。


 それに、【ブレイバーズ】を下手に追い詰めたら、セルゲイが神であると主張する存在が再び現れるかもしれない。そんな不安も覚えているようだ。

 そんな状況で世界や自国、家族のために奮闘している人々にヴァンダルーは好感を覚えていた。


『……『オリジンの神』として加護を与えられなかったときは、夢で導いて加護を与えられるといいのですが』




《【オリジンの神の加護】が、【オリジンの神】に変化しました!》




 ヴァンダルーは、不意に響いた脳内アナウンスを無視して夜も活動している。夢の中では様々な人々と遭遇し、時を過ごす。

 ある人の夢では、ヴァンダルーはその人を追いかける巨大な生首であり、またある人の夢では手のひらサイズの無数の小人であり、そして更に他の人の夢ではその人を頭に乗せた奇怪な姿の巨人だった。


 そのどれもがヴァンダルー自身の夢だ。


 そして最近では、頻繁にカナコと一緒にある人物の夢に出ている。とはいっても、彼がしているのはステージの上で演奏する彼女とある人物を見上げる観客や、サポートするスタッフの役割だ。

 しかし、そのある人物はなかなか導かれようとしないようだ。どこかで見たような気がするのだが、髪の色が違うと、ヴァンダルーは不思議に思っている。


 そして夢以外でも、主に時差によるものだが魔王の大陸や魔大陸、そして境界山脈内部でも使い魔王達が活動している。

 様々な工事車両の代わりや、探索者達のサポート、変身装具作り、そして書類仕事をしている。


 しかし、本体は夜から朝にかけて眠っている。

「おはよう、アイゼン」

 そして目覚めた。


『おはようぅ』

 朝日を浴びて光合成していたアイゼンは、ヴァンダルーが目を覚ましたのに気がついて彼を腕や蔓から解放した。


 最近のヴァンダルーは誰かと眠る事が多い。最も多いのはダルシアだが、今日のように庭でアイゼンやピート、納屋でメーネとホーフと眠る事もある。


「おはようございます、旦那様。寝覚めが良いのは結構ですし、自宅(ヴィダル魔帝国の城)から離れて開放的な気分になるのも分かりますが、頻繁に庭で眠るのはどうかと思います」

「じゃあ、ベルモンド、今夜は一緒に寝ましょう。チプラス達も一緒ですけど」


 なお、ヴァンダルーと一緒に眠る順番は、彼の仲間や臣下達の間で男女問わず奪い合いになるぐらい人気になっている。ルチリアーノやサイモン等、奪い合っていないのは少数派である。


「……色々な意味で寝られる気がしないので、辞退いたします。後でアイラが知ったら、怖いので」

 チプラス達がギラギラ輝く姿を想像して、ベルモンドは首を横に振った。それに、この場にいない元五犬衆のアイラが仲間外れにされたと知ったら何をするか分からない。


『ベルモンドは、二人きりがいいらしいよぉ』

「そ、そんな事は言っていません! それより旦那様、朝食をとって朝の身支度を済ませないと、学校に遅刻しますよ」


「学校に遅刻する……『地球』では珍しくないフレーズですが、新鮮に聞こえますね。一度、学校の前にサムで乗り付けたら楽しいでしょうか? クワトロ号で空から行くのは諦めるとして」


 屋敷へと歩き出しながら、そんな事を考える。イメージとしては、学園物の漫画で金持ちの子供がリムジンやヘリで当校するシーンだ。現実ではそうそうないシーンだろうが……。

「冒険者学校では珍しいですが、貴族の子弟が通う学校では馬車での通学も珍しくないそうですよ」

「さすが貴族ですね」

 ラムダでは実際に行われているようだ。


 ちなみに、調理は当番制をとっている。

 『呪われた屋敷』であるシルキー・ザッカート・マンションには、専属の料理人がいるのだが……彼はグレートソード並みに巨大な肉切り包丁で新鮮な食材を豪快に切り刻む刺身料理しかできないので、今は遠慮してもらっている。


 他の『呪われた屋敷』から転職してきた料理人も何人かいるが、棘だらけの棍棒で食材を挽肉やつみれ、ミンチに変える事に特化した料理人や、食材を生きたまま素揚げにすることに特化した料理人等、家庭料理に向かない者ばかりなので現在一から研修中である。


「おはよう、ヴァン! 今日の朝ご飯はダルシアママに手伝ってもらって、あたしが作ったんだよ!」

 今日の朝食はパウヴィナが作った、オーク料理である。塩を振って焼いたオークの肉を乗せたパンに、野菜のポタージュスープ。デザートは蒸して柔らかくしたアイゼンの果実である。


 調理器具にフードプロセッサー型ゴーレム等、『地球』の調理器具の代用品が完備されている事を考慮しても、十分に手間暇がかけられた朝食である。


「ありがとう、パウヴィナ。とても美味しそうですよ」

 【料理】スキルが上位スキルに覚醒しているヴァンダルーだが、誰かに作ってもらった料理は格別旨く感じるものだ。


 「えへへー」と喜ぶパウヴィナ達と朝食をとり、身支度を整えたら学校へ登校だ。

「はい、今日のお弁当よ」

 その前に重箱のような特大の弁当箱を二人にそれぞれ手渡すダルシア。


 英雄予備校には食堂があり、貴族出身の生徒達の舌も満足させる腕を持つ料理人が、やや高めだが平民出身の生徒でも手を出せる料金設定で食事を提供している。

 ……昔は普通の食堂だったのだが、味に満足しなかった貴族出身の生徒達が家から料理人を連れ込むなどトラブルが頻発したため、今の食堂になったそうだ。


 なお、経済的に余裕のない生徒は弁当を持参するか、学校の近くで営業している屋台で昼食をとる事が多い。


 そのため、ダルシアが弁当を作る必要性はないのだが、彼女はせっかくだからと手作り弁当を二人に持たせていた。

「ありがとう、母さん」

「ありがとう、ダルシアママ!」


 それに対して、パウヴィナは勿論だがヴァンダルーが喜び以外を覚えるはずがない。弁当を荷物に入れて、意気揚々と学校へ向かう。


「ヴァン、今日の授業は? あたしは午前中自習で、午後はちょっとだけ座学。この辺りに生えている植物について習うんだって」

「俺も午前中は自習ですね。午後は調理実習の予定です」


 英雄予備校も通常の冒険者学校と同じく単位制だが、新入生は冒険者として最低限の知識や技術を学ばせるために全生徒共通の授業を受ける決まりになっている。

 野生の植物について知っていれば希少な植物を採集する依頼を受けるときに助かるし、薬草について知っていればポーションを使い切った時の生存率が上がる。


 調理実習は……貴族出身の生徒の中には、一人では簡単な食事の支度もできないという者がそれなりの数いるので、それを矯正するためのものだ。


 冒険者を目指しているのに、干し肉をお湯で戻して簡単なスープを作る事もできないままでいるとは奇妙な話だが……なんでも、実家にいるときは「生まれた順番のせいで家督を継ぐ可能性が低いとはいえ、貴族たるものが自ら料理を作るなど、恥だ!」という風潮があるらしい。


 それなら学校の授業で料理をするのは良いのかという話になりそうだが、「かの英雄予備校の方針なら、仕方ない」と殆どの親は判断するそうだ。

 校長のメオリリスはそれを知った時、激高して受験科目に料理を加えようとして周囲に止められたらしい。


「自習が多いね。ヴァンは料理大丈夫? ちゃんと加減できる?」

「材料は普通でしょうから、大丈夫でしょう。多分」

 そう話しながら、二人は通学路を歩いた。……ヴァンダルーはパウヴィナに持たれているので、正確には歩いているのはパウヴィナだけだったが。


 そして午前の授業が終わったら、ヴァンダルーはパウヴィナとダルシアの手作り弁当を食べながら、オルバウムの街から出て行う特訓について話し合っていた。今回はラインハルト達パウヴィナのパーティーメンバーも加わるので、賑やかになるだろう。


「特訓に使うのは、エリザベス様のためにも、やはり食用に適した肉が採れる魔物が良いでしょうか? でも、オークばかりだと戦闘経験が偏ってしまいますからね……」

「そうだよね。亜人型だけじゃなくて、獣型や植物型の魔物とも戦った方が良いよね」


 亜人型の魔物は、体の大きさはともかく構造は人間とほぼ同じだ。そのため、人間と戦う時と同じ感覚で戦えるのである意味ではやりやすい。

 しかし、亜人型とだけ戦っていると人とは異なる動きをする獣型の魔物や、内臓や痛覚がないため痛みに怯まず深い傷を負っても平気で動き続ける植物型の魔物に不意を突かれ、大怪我をする場合がある。


「エリザベス様達の実力ってどうなの?」

「今のエリザベス様達は、動揺しなければランク3はほぼ確実に倒せるぐらいですね。ランク4は難しく、5は……多分、俺が積極的に前に出ないと不慮の事故が発生します」

「うーん、そうなんだぁ」


 パウヴィナはむ~と呻くが、ランク4に苦戦するのは英雄予備校の学生としてはまだ十分な力量だ。アレックスなら、ランク4に苦戦することはないだろうし、ランク5の魔物でも数が少なく、さらにパーティーメンバーと一緒なら倒せるだろうが。


『ならば、ウォーキングジャイアントマッシュが丁度いいかと。形は人型ですが実際には植物型であるため痛覚が鈍く、内臓がないためオークとは違う倒し方をしなければならない魔物です』

『チプラスさん、あの魔物はランク4じゃなかったかしら?』

『その通りです、レビア王女。しかし、数を少なくすれば問題ありますまい。一匹からとれる食材の量は、骨がない分オークの倍ですし』


「なるほど。では、さっそくサイモン達に頼んでみましょう」

 こうして今日の特訓の相手は歩く巨大キノコ人に決定されたのだった。




 ランドルフの朝は早い。普段の彼は日の出よりも僅かに早く起き、身支度を整え、朝日が昇り始める頃には簡素な朝食を取る。

「……はぁ!?」

 しかし、この日は夢見が悪かった。


 汗だくになった彼はベッドから跳ね起き、そのまま枕の下に隠していた短剣を抜いて構えた。そして、自分が夢から目覚めた事を自覚する。


「夢か……」

 額に浮かんだ汗を腕で拭い、ランドルフは短剣を鞘に納める。夢にうなされて起きるなど、久しぶり……とも言えない。ここ最近は、ヴァンダルーが英雄予備校を受験してから、ほぼ毎夜毎夜見ている。


 最初に見た夢は、夜の草原を歩く夢だった。夜空に輝く星を目指していると思っていたら、それは巨大な眼球が光っているだけだと途中で分かり、慌てて身を翻した。

 次に見た夢は、海と見間違えそうなほど大きな川の傍で、対岸で何かと戯れている巨大な化け物を眺め続ける夢だった。


 そして今朝見た夢は、ステージの上でカナコや他のメンバーと共に演奏をしている夢だった。立派なステージに、満員の観客席。らしくはないが、妙な夢ばかりだったからたまにはこんな夢を楽しむのもいいだろう。そう思いながら夢を楽しんでいたランドルフは、気が付いてしまった。


 観客席に並んでいたのは、タコと蟹を混ぜ合わせて人と同じ目をいくつか張り付けた化け物であったことに。化け物達はカナコの演奏に合わせて先端が輝く節足や触手を揺らして踊っていたのだ。

 そして気が付いてしまったランドルフに向かって、異形の観客達がステージを這い上がり、群がってくる。そんな悪夢だった。


「どういう事だ、まったく。いつから俺は甲殻類……いや、あれはアンモナイトの親戚か? ともかく、ああいったものを夢に見るほど苦手だったか?」

 ランドルフにとって最も奇妙なのは、本来なら悪夢としか現しようがない内容の夢なのに、自分がそう思えない事だった。


 こうしている今も、恐怖感はない。寝る事が億劫になると感じる事や、寝床で横になるたびに憂鬱な気分になる事もない。

 ただ、面倒臭さや鬱陶しさに似た感情を覚えるだけだ。


(この感じを覚えたのは、いつ以来だ? たしか……俺が若い頃、パーティーを組めとか、縁起の悪い事をするなとか、いつも口うるさく言ってきた冒険者ギルドの世話焼き爺さん。あいつが死んだとき以来か)

 自分でもあの夢に何故それと同じ感情を覚えるのか、訳が分からないが。


「……きっとヴァンダルー達のせいで疲れているんだろう。汗を軽く流して、朝飯を済ませるか」

 身支度を済ませて教職員寮の部屋から出たランドルフは、浴室で精霊魔術によって作った冷水を浴びて汗を流し、食堂で適当に朝食を済ませた。




 時間は、ヴァンダルーが初めてエリザベス達に特訓を実施した後に遡る。


 倒した後解体したオークの素材と魔石は、各自の取り分にしていいというヴァンダルーとハート戦士団の言葉に甘えて、ゾーナ達は旨い部位や魔石だけにしたのに対し、エリザベスはマヘリアと一緒にそれぞれオーク一頭分の肉全てと魔石を持ち帰っていた。


 これも訓練だとか、使用人達に分けてあげるとか、色々言って。

 オークの肉は一人百キロほどになったが、エリザベスも伊達に英雄予備校の生徒ではない。その程度なら背負って運ぶことができる。


 ヴァンダルーはその様子を見て何か察したのか、それともただの親切か、「手伝いましょうか? 後、マクト先輩達が残した肉もいりますか?」と提案してきた。

 その提案には、正直かなり心惹かれたエリザベスだったが、気にしなくていいと固辞した。何故なら。彼に自分がどこで暮らしている……持ち帰った肉を本当はどうするのか、見せたくなかったからだ。


 オルバウムに戻ったエリザベスとマヘリアは、ヴァンダルー達やゾーナ達と別れ、物陰で変装をした。変装といっても髪型を変え、服を地味なマントを羽織って隠しただけだ。

 そして冒険者ギルドにオークの討伐証明部位と魔石と、肉の九割を持ち込んで買い取ってもらった。冒険者カードはエリザベスとマヘリアの名前が書かれた正規の物なので、手続き上は問題ない。


 そして残りの肉を持って、馴染みの肉屋に向かう。そこで肉の半分を代金代わりに渡し、残り半分を干し肉にしてもらう。

 さらに冒険者ギルドで受け取った金で生活必需品と食材を買い足して、ようやく帰宅する。


 彼女達が住んでいるのは上級貴族街の外れの方にあるリームサンド伯爵家の屋敷……の片隅にある離れである。以前雇っていた犬番が寝泊まりしていた小屋で、広さは十分ある。……侍女のマヘリアだけならともかく、仮にも公爵家の令嬢であるエリザベスが寝泊まりする場所ではないのだが。


 エリザベスがリームサンド伯爵家に身を寄せる事になった当初は、屋敷の中でも良い部屋で母と暮らしていた。しかし、後継者争いで旗色が悪くなると母の病が悪化して専門の施設に入る事になった。

 そして逆転の目もなくなったと判断した伯爵は、ルデルに下るようにエリザベスに迫り、彼女が拒絶すると小屋があてがわれたのだ。


「今夜はヴァンダルーのお陰で早めに帰る事ができて助かったわね。……重かったけど」

「全くです。夜の仕事もしなくて済むので、お嬢様にしっかり休んでもらえます」

 そう口々に言いながら、荷物を下ろし、簡単な夕食の準備を始める二人。食材を豊富に購入できたので、今晩はやや豪勢だ。


 ちなみに、夜の仕事といっても如何わしいものではない。冒険者ギルドで斡旋してもらった、夜間の仕事である。

 飲食店のウェイトレスや、皿洗い、それに魔術を使う仕事である。エリザベスの場合は、生命属性と土属性の魔術で生ゴミの分解を促進させるごみ処理のバイトが比較的稼げる。


 リームサンド伯爵家からの援助は、勿論まだ続いている。一般人が食っていくには、十分すぎる額だ。だが、貴族の令嬢が貴族の令嬢らしく生きていくには、ギリギリ足りない額でしかない。


 エリザベスはリームサンド伯爵の世話になっているサウロン公爵家の令嬢として、伯爵やマクト達の親が開くパーティーに出席しなければならない。


 そのためには、ドレスとアクセサリーが必要だ。幸い、サウロン公爵領から逃げ出すときに前サウロン公爵が母に贈った物が一部残っていたので、それを直して着ているが……維持費だけでも目玉が飛び出るほど高額だ。

 それでも流行遅れは隠せないが、伯爵がまだ後継者争いに負けると思っていなかった頃に贈られたドレスを売ってどうにかしている。


 それに英雄予備校でも貧乏な姿を見せる訳にはいかないし、装備を切り詰める訳にもいかない。メンバーにも気前のいいところを見せなければならない。

 そうして気が付くと伯爵からの援助は消えてしまう。だから、エリザベスは自分の置かれている状況を知ってもついてきてくれるマヘリア以外に見せなくていい部分の出費を切り詰める事にしたのだ。


 本来なら使用人に全て任せるべき家事をマヘリアと分担し、時には貴族ならとても耐えられない粗食を口にしてきた。

 リームサンド伯爵は数日も耐えられないと思っていたようだが、エリザベスは生粋の公爵令嬢ではない。母と今は亡き祖父から身の回りの事は一通りできるよう、教えられていた。……得意だった訳ではないから、やや苦労したが。


「彼が仲間になってくれて、助かりましたね。今日で確信しましたが、彼は私達より数段……いえ、もっと上の実力の持ち主です」

「言われなくても分かるわ。訓練で同級生どころか教官まで圧倒したって噂は半信半疑だったし、オークが七匹も出てきたときは驚いたけれど……小石を投げてオークの眼球を潰すなんて、普通はできないもの」


 そう言いながらも、そんな実力者が何故英雄予備校に通って、自分の仲間になってくれたのかといぶかしく思うエリザベスだが、彼が何を考えているのか彼女には推測する事もできなかった。

(まさか、本当に私が仲間に誘ったと勘違いして、ついて来ただけ? いやいや、そんな訳がないわ。でも、嫌な感じはしなかったし……)


「とりあえず、休みましょう。ボロを出して彼に見限られたら、今度こそ終わりなんだから。……あの伯爵の妾も、ルデルの治世を安定させるための政略結婚の道具も、ごめんだわ」

「ええ、その意気です、お嬢様!」


 妾でも構わないと、自分と母に大した関心も持っていない腹違いの兄達に利用されてもいいと、諦める事ができれば彼女達は楽かもしれない。

 少なくとも、体裁を取り繕うのに必死になる事はなくなるだろう。


 だが、エリザベスにはそれができない。諦めたら、何のために母は辛い目に遭ってきたのか分からない。だからこそ、彼女は見栄を張るのを止めないのだ。




 そして、時は今に戻る。


 エリザベスの朝は早い。まだ暗いうちに目を覚まし、「おはよう」と呟く。

「おはようございます、お嬢様」

「まへりぁ……あなた、いつ眠っているの?」

「お嬢様が眠った後です。そしてお嬢様より早く起きます。さ、顔を洗ってきてください」


 マヘリアが水属性魔術で作っておいた水で顔を洗い、完全に目を覚ましたエリザベスは身支度を整える。

「今度、母さんのお見舞いに行きましょう。彼の特訓が無い日を見繕わなければならないけれど」

「では、私から聞いてみましょう」


 そして彼女達は英雄予備校に登校する。放課後、ヴァンダルーを加えたエリザベス達七人は、三匹のウォーキングジャイアントマッシュと戦わされ、涙目になったが。


 ちなみに、パウヴィナのパーティーメンバーである新入生のラインハルト達の相手は一匹だけだった。そして苦戦しつつも勝った時にはパウヴィナ以外の全員が泣きながら快哉をあげたそうだ。


次話は7月9日に投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
大丈夫、まだSAN値(精神汚染スキル)は減(獲得)ってない
ランドルフさん、もうコズミックホラーじゃねえかw
エリザベスに合流する下りは珍妙だったが(笑)、結果的に最良に。 にしても、エリザベスの努力と奮闘は何回読んでも涙ぐましい。 実に良いキャラだ(*^^*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ