三百十八話 平穏ではない学校生活
絶大な力を手に入れたはずだった。たった一人世界の頂点に立ち、自分以外の全ての存在に天と地ほどの差をつけたはずだった。
しかし、実際は『アンデッド』とその分身、そして雨宮寛人に倒されてしまった。それだけではなく、転生者ですらないただの子供、雨宮博にすらしてやられた。
十年を超えて練った陰謀に、支払った努力と忍耐、積み上げた研鑽。追い詰められながらも、大願が成就したと思ったらこれだ。
まるで悪夢のような理不尽さだ。何をどうすれば、『アンデッド』の存在を事前に気が付くことができたのか。奴の干渉を未然に防ぐか、もしくは撃退する事ができたのか。
そして『アンデッド』や雨宮冥と違い、自分は何故霊を支配できないのか。
いくら考えても、何度シミュレートしても『正解』と思える答えが出ない。
『ぐあああああああっ!?』
『うああああああああっ!?』
『何故だ、何故なんだぁぁぁぁ!?』
シミュレートの中で、彼は何度も殺されてきた。雨宮寛人が振るう光の刃に切り裂かれ、バンダーの鉤爪と触手に貫かれ、博が放った黒い光線に頭部を砕かれた。
現実ではないので痛みはないが、殺されるたびに耐えがたい屈辱と絶望感に自分自身が蝕まれていくのを感じていた。
(私は何故こんな事をしているのだ。いやだ、考えたくない! だが……考えずにはいられない!)
何故自分は失敗したのか。どうすれは勝てたのか。まるで何かに囚われているかのように、身動きがとれない。しかし、意識だけははっきりしているため考えずにはいられなかった。
(私は死んだのではないのか!? それとも……神となった私は、死ぬことすらできないというのか!?)
『いや、他の神はどうだかしらないけど、お前はしっかり死んだよ』
(っ!?)
見覚えのある顔が現れたと思った瞬間、六道聖の意識は自己の内から目覚めた。
とはいえ、生き返ったわけでもなければ『オリジン』に戻ったわけでもない。
『ここは……まさか、あの時の!?』
周囲を見回した六道聖は、『地球』で死んだ後、『オリジン』に転生する前にいた空間を思い出した。
『ああ、あの時と様子は少し違うが、その通りだ』
『おまっ!? ……町田や島田、それに円藤か。まさか君達が私を迎えに来るとはね。それより、その姿はいったい……?』
亜乱達三人の姿を見て思わず叫びだしそうになった六道だったが、反射的に外面を取り繕っていた。しかし、背中に白い翼を背負った、死んだはずの転生者達に対しての困惑は隠せなかった。
そんな様子の六道に、亜乱達は呆れたように溜め息を吐いた。
『いいよ、そういうのは。お前の本性は知ってるから』
『あと、その姿で外面を取り繕っても違和感が……』
『君の姿もかなりのものだよ』
口々にそう言うと、硬弥は鏡をどこからか取り出してそれを六道に見せた。
『この姿は……!』
鏡に映っていたのは、体毛の生えていない三メートルほどの身長で蒼白の肌をした、しかし均整の取れた彫刻のような肉体美を持つ、人間とは思えない存在だった。
自分が六道聖という人間の姿ではなく、『アークアバロン』の姿である事を自覚した彼は、今の自分の状態を正しく認識した。
『なるほど……私はやはり死んだのか。そして、先に死んでいたお前達はここから現世の様子を見ていたと……その翼はなんだ? あの神の下働きにでもなったのか?』
『……話が早くて助かるけれど、太々しくて不愉快だわ。私も、あなたが生前の事を素直に反省するとは思っていないけど』
『ずっと見ていたのだろう? だったら、今更取り繕っても無駄だ。むしろ、見物料を要求したいぐらいだよ』
自分が『アークアバロン』になった事を思い出したため、六道の精神は冷静さを取り戻していた。だから自分の本性を、自分がそうなるよう誘導した結果殺された、かつての仲間たちに知られていたとしても動揺はしなかった。
『ああ、見ていた。お前が博に吹っ飛ばされたり、バンダーから逃げるために自分の手足を引きちぎったり、雨宮にやられるところを全て』
『っ! やめろっ! 思い出させるな!』
しかし、敗北と死の記憶は六道の精神に深い傷を刻んでいた。以前の彼なら亜乱に軽く挑発されても、涼しい顔をして受け流せただろう。だが、今の彼は端正な顔を屈辱と憤怒、そして恐怖に歪めて激高していた。
『お前たちは何をしにきた!? 私の罪の糾弾か? それとも、裏切り者が地獄に落ちる前に笑いに来たのか!?』
そう怒鳴り散らす六道に、硬弥は亜乱に下がるよう手で合図しながら『いや、そのどれでもない』と話した。
『君の状態を確かめていた。記憶の欠落はないか、意識に問題は生じていないか、精神が崩壊して廃人になってはいないかどうか。
その様子なら、多少のトラウマは負っているだろうが問題はないのだろうね。残念なことに』
『なんだと? 何故そんなことをわざわざ……?』
『最後に、一つ忠告する。これからヴァンダルー……『アンデッド』とまた戦えと言われるかもしれないが、断るべきだ』
『悪運と仲間二人のお陰で消滅せずに済んだのだから、今の自分自身を大切にするべきよ。これ以上、リスクを冒すべきじゃない』
硬弥と泉はそう言うと、亜乱と共に後ろに下がって六道から距離を取った。六道はどういう事か問いただすために彼らに近づこうとしたが、それはできなかった。
『確認は終わったようだな』
そんな言葉と共に、六道が立っている地面が急に動き出したからだ。そして五本の岩がせり上がって……いや、指が六道を囲うように曲がる。
『これは……なるほど、私はあなたの掌の上にいたのか。久しぶりだな、神よ』
六道は、自分が地面だと思い込んでいたのはロドコルテの掌だったと気が付き、彼を挑戦的に睨みつけた。
『これは、神に至ったと宣言をした私に身の程を教えるための演出か? 所詮私はお前の掌の上で踊っていたにすぎないとでも言いたいのだろう』
そう挑戦的に決めつける六道だったが、ただ単に彼の魂がロドコルテの手の中で自己の内側に閉じこもっていただけに過ぎない。ロドコルテはただ気絶から目覚めて掌を開き、守屋の魂を脇にどけて亜乱達に六道を起こして状態を確認するよう命じただけだ。
彼が今まで身動きが取れなかったのも、ロドコルテが彼の魂を握りしめたまま気絶していたせいである。
『……好きに解釈するといいだろう。ただ、君の行いの結果私は大変な迷惑と損害を被り、そのことに怒りを覚えているのは確かだ』
しかし、そんな情けない真実を説明する必要はないと、ロドコルテは六道に対して覚えている悪感情だけを伝えた。
六道が『オリジン』で何もしなければ……死属性の研究などせず、【ブレイバーズ】を裏切らず、幹部の一人として真面目に生きていれば、ヴァンダルーとその勢力は今よりは数段弱かったはずだ。
『第八の導き』は結局レギオンになっていたかもしれないが、村上淳平達は死なずに済み、ヴァンダルーに魂を喰われることはなかったかもしれない。土屋加奈子達も『ラムダ』に転生してヴァンダルーの仲間になる事はなかっただろう。
そして雨宮寛人達とヴァンダルーが再会し、一応の和解を果たすこともなかったはずだ。
ロドコルテはそう考えていた。海藤カナタや村上淳平にヴァンダルー抹殺を命じたのは、自分自身である事を棚に上げて。
『それで、私をどうするつもりだ? 人類を滅ぼそうとした罪で地獄に墜とすか、それともどこかに幽閉でもするのか?』
『いいや、私にとってあの世界の人類は既にどうなろうと構わない存在だ。魂を消滅させるのならともかく、君のようにただ大量に殺そうとしただけなら問題にはならない』
『……どういう事だ?』
彼は『地球』で生きていた時から信心深い性格ではなかったが、転生する際ロドコルテを見ている。そのため神の存在を疑ってはいなかった。
そして、ロドコルテを世間一般で「神」と呼ばれる存在のイメージと結び付けて考えている。
だからこそ自分を罰しようとしているのだと考えたのだがロドコルテの口から出た、人類の滅び……大量虐殺を試みる事に責任を問わないという発言に戸惑った。
『貴様は神ではないのか?』
『私は神だ。ただ、それが人類を守らなければならない理由にはならないだろう。
しかし、このままでは会話が進まない。仕方がないか』
ロドコルテがそう言うと、六道の頭の中に『ラムダ』やヴァンダルーに関する情報が流し込まれてきた。
『っ!?』
未知の感覚に戸惑う六道と、その姿で少し留飲を下げるロドコルテ。
『なるほど……まさか『アークアバロン』に至った事そのものではなく、『アークアバロン』に転生する際に使用したシステムが神にとって問題だったとは』
そして、六道は顎に手を当てながら、自分でも予期せぬロドコルテから不興を買った原因に頭を痛めた。
『しかし、それよりも我々が死んだら別の異世界にさらに転生させるつもりだったとは、どういう事だ!? それを先に知っていれば、私も別の事を……いや、他の転生者も知っている場合は不可能か』
もし『ラムダ』で三度目の人生を生きる事を六道が知っていたら、死属性魔術の研究に拘らなかっただろう。『オリジン』で多くの知識や技術を手に入れたうえで自殺し、他の転生者より先に『ラムダ』に転生して神に至る事を目的に活動したかもしれない。
もっとも、六道が途中で気が付いた通り、他の転生者達もそれを知っていたら同じような行動をとった可能性が高いので、「他の転生者より先に」の部分は不可能だっただろうが。
特に、精神を病んでいた転生者達……見沼瞳やジョゼフ・スミス達は自殺してしまうだろう。
『それは三度目があると事前に知っていたら、二度目の人生を真面目に生きなかった可能性が高いと危惧したからだ。尤も、君や君の配下の転生者には途中から……一年以上前から神託を下していたのだが、全く届かなかったのだが?』
『その神託とやらが届く条件を私は知らないが、届かなかった理由はだいたい察しがつく』
六道は死属性の研究をするため仲間を裏切る過程で、無意識に神を……ロドコルテを恐れていた。ロドコルテがどんな神か真実を知らない彼は、世間一般の人々がイメージする神と彼を同一視していた。だから、人体実験や仲間への裏切りを働いた自分を、神は不快に考えるだろうと思い込んでいた。
そんな理由もあって神へ心を閉ざし、自分自身が神に至る事を目指していたのだ。
『だが、『アンデッド』……ヴァンダルーと戦えというのなら話は早い! 私をもう一度『オリジン』へ戻せ! 今度は奴の存在を前提に策を練り、確実に倒してやる!』
『無駄だ。万が一にも成功しないし、今度は確実に魂を喰われて消滅させられてしまうだろう』
『な、なんだと!?』
きっぱりと自身が勝利する可能性を全否定された六道は、愕然とした。
『君が起こした事件の結果、『オリジンの神』の一部がヴァンダルーの一部となってしまった。君が再び『オリジン』に戻ってどれほど巧妙な策を練り、実行したとしても、それを察知したヴァンダルーに叩き潰されるだろう』
『オリジンの神』の一部がヴァンダルーの一部となったため、彼は神に祈り、恐れる『オリジン』の人々の記憶を見る事ができる。そして、自身に祈る者に『神託』を下し、【加護】を与える事も可能だ。
そして何より、ヴァンダルー本人が再び『オリジン』に降臨する事もあり得るとロドコルテは考えていた。
雨宮冥という自身の魂の欠片から作った分身を憑かせた少女は『ラムダ』に転移したから、ヴァンダルー本人が『オリジン』に行くのは不可能になったのかもしれない。
しかし、『オリジンの神』の一部となった事で以前よりも自由に降臨できるようになっていたとしても、不思議ではない。
どちらが正解なのか試すつもりは、ロドコルテにはなかった。
『だが、それなら何故私に次のチャンスを与えようとする? 私を『ラムダ』とやらに転生させたとしても、勝ち目はないのだろう?』
『オリジン』で勝てなかった六道聖が『ラムダ』でヴァンダルー達に勝てるかどうかといえば、当然そのままでは勝てない。『ラムダ』には雨宮寛人を始めとした【ブレイバーズ】は存在しないが、ヴァンダルーの本体とその仲間たちがいるからだ。
さらに言えば、六道には『オリジン』で持っていた権力もなければ、手足となるべき配下もなく、中華共和国と北欧連邦のような利用できる国家や組織もない。
それどころか、ヴァンダルー達以外にも『ラムダ』には強敵がそこかしこにいる。
もし彼が『ラムダ』に転生して、『オリジン』と同じように大量虐殺を行って力を増大させようとした場合、『オリジン』の何倍もの時間がかかる。
総人口数十億人だった『オリジン』と違い、『ラムダ』の総人口は一億人以下。ヴィダの新種族を加えれば一億は超えるが、それでも『オリジン』と比べれば圧倒的に少ない。
そして時間をかけているうちに、六道を討伐するために英雄達が集まってくる。彼が転生したのがアミッド帝国なら『邪砕十五剣』を始めとした精鋭に、A級やB級の上位の冒険者。更に無差別の大量殺戮は見逃せないとシュナイダー率いる『暴虐の嵐』まで加わる可能性もある。
そしてオルバウム選王国なら勿論ヴァンダルー達に、『真なる』ランドルフ。ハインツ率いる『五色の刃』。そしてどちらでも『法命神』アルダ達が育てている英雄候補達が六道聖を袋叩きにするはずだ。
ヴィダル魔帝国に直接攻撃した場合は、絶望しかない。境界山脈内なら『太陽の巨人』タロスや元『魔人王』ゴドウィンが、魔大陸なら『月の巨人』ディアナや『山妃龍神』ティアマト、そしてバクナワが、ガルトランドなら守護神達、そして数多くの神々に匹敵する強敵が六道を倒しに殺到するだろう。
六道聖は、『アークアバロン』となった事で確かに神に至った。ランクで表すなら、13相当の実力者だ。だが、言い換えればランク13程度でしかない。『五悪龍神』フィディルグと互角……いや、経験や身体能力の差を考えればそれ以下だ。
六道が『オリジン』で放った死の衝撃波でさえ、『ラムダ』のC級冒険者以上なら直撃しても耐える事ができる。生命力豊富なA級冒険者以上の前衛職なら、軽いジャブ程度にしか感じないかもしれない。
『ラムダ』がランク13程度にどうにかできる世界なら、魔王軍残党の邪神悪神や原種吸血鬼達がとっくに世界をどうにかしている。
六道ができるのは、自分が殺される前に一国を滅ぼせるかどうか程度だろう。
ヴァンダルーが六道を倒すのに手間取ったのは、『オリジン』には本体よりも圧倒的に魔力の少ない分身と、肉体を持たない魂の一部しかいなかった事。何より、彼の無差別殺戮を防いでいたからに過ぎない。
それらを説明したうえで、屈辱に顔を歪めている六道にロドコルテは言った。
『更に言えば、私には君を人間として転生させることは不可能だ』
『な、なんだと!?』
『私は人間を含めた生命体の輪廻転生を司る神だ。零落したとはいえ神に至った存在を、その前世の力や記憶、人格を保ったまま転生させるのは無理だ。魂の規格が異なる』
ロドコルテにとって、『オリジン』で転生者が神に至る事態は想定外だった。そのため、六道を『ラムダ』に転生させるのに、大きな問題が発生したのだ。
もし六道を『ラムダ』に転生させようとすれば、転生先の肉体と母体が耐えきれず出産前に死んでしまうだろう。
かといって、アサギやカナコを転生させた時のように、ロドコルテが直接肉体を創ってそれに転生させるのも不可能だ。
何故なら六道を転生させるには人間ではなく、亜神相当の肉体が必要になる。そして、ロドコルテには亜神の肉体を創る事はできないからだ。
無理をすれば六道が転生できる肉体を創る事ができるだろうが、それは酷く歪で脆いものになるだろう。
そこまで無理をしても、『ラムダ』のステータスシステムの恩恵にあずかれるかは分からない。亜乱達が以前言っていたが、異世界から転生してきたその世界で神に至った人物を、『ステータスの神々』がどう判断するか分からないからだ。
ただ、人と同じ肉体で転生できない六道を、『ステータスの神々』が人間とみなす可能性は低いようにロドコルテには思えた。……なら何故ヴァンダルーが未だに人間扱いなのか疑問を覚えるが、質問や抗議を向ける先がないので仕方がない。
『では、どうしろというのだ? 私も亜乱達のようにお前の手先になれと?』
『まあ、その方法もあると、一度は考えた』
六道の配下である守屋達を転生させ、御使いとなった六道に彼らをサポートさせる。これなら神に至った六道の力をそのまま、ステータスシステムの恩恵を受けて成長した守屋達に活用する事ができる。
『しかし、ヴァンダルーを相手にするにはその方法は危険だと判断した』
だが、ヴァンダルーなら【御使い降臨】が成功する前に六道を直接攻撃する可能性がある。六道の魂を地上に留めて置けるマジックアイテムを作る事ができれば別だが、普通の御使いや英霊と元神の六道の魂は異なる可能性があるので、難しいかもしれない。
それに、守屋達が多少成長した程度でヴァンダルーとの戦力差が埋まるとも思えない。
『だが、君が『ラムダ』に転生してヴァンダルーに勝つ方法がないわけではない。苦肉の策ではあるし、危険も伴うが……ヴァンダルーに勝てる可能性は十分ある』
もう新たな転生者を戦力にできない可能性がある以上、六道聖がどれほど使い辛くてもロドコルテとしては使わなくてはならない事情がある。
アルダの切り札、ベルウッドを目覚めさせたハインツではヴァンダルーを倒せても、ヴィダル魔帝国の国民を根絶やしにする可能性は低い。以前のベルウッドなら雑菌を殺菌でもするかのように、身重の女や幼子まで虐殺する事ができたが、今の彼には期待できそうにない。
だから六道聖が必要なのだ。彼なら、ロドコルテの期待に応えてくれるはずだ。勿論、魂を砕かないように呪い……安全装置をかけなければならないが。
『それは本当か? 私が奴に勝てる、奴に勝る可能性があるのか? なら……やってやろうじゃないか』
六道聖にはロドコルテの事情は関係ない。彼は、ただヴァンダルーに負けたまま終わるのが耐えられなかったのだ。『地球』では取るに足らない空気、生きた背景でしかなく、『オリジン』でも真っ先に死んだ敗者だと下に見ていた天宮博人。そんな奴に練りに練った策をいいように引っ掻き回されて敗北したのが許せない。
何より、優れているはずの自分ではなく、奴が特別になっている事が許せない。人間だった時に持っていた忍耐や上辺を取り繕う力は、神となった時に無くしていた。この時、彼の頭にかつての仲間の忠告は残っていなかった。
冒険者学校ではアレックスとエリザベスが完全に決裂したというニュースを掻き消す勢いで、エリザベスがヴァンダルー・ザッカートを取り巻きに加えたという大ニュースが広まっていた。
「さすがエリザベス様!」
「いつの間に誘ったのですか? それとも、彼の方から近づいてきたのですか!?」
エリザベスは自分の周りに集まってくる生徒達に、自分の席に座ったまま得意気に答えた。
「細かい事は想像にお任せするわ。まあ、私なら当然の事よ、とだけ言っておこうかしら」
おお、と生徒達がどよめく。しかし、実はエリザベスは内心でパニック寸前の状態だった。
(なんであいつ私の取り巻きなんてしているの!? あの教室に前からいたのは分かるけど、それでなんで私達の仲間になるのよ!? 何か狙いがあるの!? なんでどうしてなのよ~!?)
そんなエリザベスの内心の動揺を見抜いて心配しているのは、侍女の少女マヘリアだけだった。
一方、別の教室でアレックスは自分の席で冷静さを保とうと必死になっていた。何故なら、パーティーの新メンバーにと狙っているパウヴィナのステータスを見てしまったからだ。
(ほとんど……ほとんど何も見えなかった!)
だが、ステータスの文字や数字にはモザイクがかかっていて、解読不可能な状態だった。
【大鑑定の魔眼】は、ステータスを見たい対象の力量が持ち主の力量と比べて大きく上回っていると、ステータスが読めなくなるという欠点があった。
だからアレックスも、幼い頃は周りの大人や村にやってきた冒険者のステータスを見る事ができなかった。だが、C級冒険者に匹敵すると言われる実力を手に入れた今ではそんなことは滅多に起きなかった。
例外はメオリリスやダンドリップ(ランドルフ)といった一部の教職員や、冒険者ギルドで偶然見かけた上級冒険者のステータスを見た時ぐらいだった。
しかし、それと同じことがパウヴィナのステータスを見ようとした時に起こったのだ。
(なら、彼女はA級冒険者以上の実力者という事に……!? そんな馬鹿な……でも、俺がステータスを見る事ができないってことは、そうとしか考えられない!
それに、あのスキルの数はなんだ!? 読めないから何のスキルなのか、レベルがどの程度なのかは、分からない。だけど、未成年であの数は異常だ! それに、ユニークスキルを複数持っているのが確実なんて……!?)
そこまで考えて、額に滲んだ冷や汗を拭う。自分よりも圧倒的に……それこそ、同じ学校の生徒である事が理解できない程強いパウヴィナを、どうやって仲間に誘えばいいのか分からないからだ。
パウヴィナの実力が予想通りなら、仲間になってくれれば頼もしい事この上ない。だが、ここまで実力差があると、パウヴィナにアレックスの仲間になるメリットがない。
【大鑑定の魔眼】を持っている事を告白すれば別だが、情報が洩れる危険性を考えるとそれは避けたい。
(だが、それよりもまずいのは……彼女の義理の兄のヴァンダルーに、喧嘩を売った事だ! 入学試験の成績を見れば、凄いのはパウヴィナだけでヴァンダルーはただ珍しい種族に生まれただけの奴なのかもしれないが……そんな訳はないよな。パウヴィナが実力を隠しているのだから、彼もパウヴィナほどじゃなくても強いはずだ)
明日にでも謝りに行って、その時にステータスを見てみようか? 学校内なら物騒なことにならないだろうし。そんなことを考えつつも、アレックスは重苦しい溜め息を吐いた。
そしてそのヴァンダルーは、一緒に家に帰るためパウヴィナと待ち合わせをしていた。その間、【体内世界】に意識を向ける。
「みんな、自分のステータスは確認しましたね?」
【体内世界】では、冥や博達『オリジン』から移住した者達に対するステータスシステムの説明が始まっていた。
「ステータスに表示されている数字ですが、絶対ではありません。力が百の力自慢でも、油断していると半分の五十以下の人に負ける事があります。スキルのレベルも同様です。
後、スキルに表示されていないからといって、行為ができない訳ではありません。【剣術】がなくても剣を持って振る事はできるし、【料理】や【家事】が無くても、料理や家事をすることができます。スキルを獲得している人の方が、上手くできるというだけです」
既に一通り説明されていたが、ヴァンダルーが改めて行った説明に頷いたり、メモを取ったりする一同。
「質問のある人はいますか?」
「はいっ!」
元気よく手を上げたのは、【エコー】のウルリカだった。
「私のステータスのジョブが『無し』で、履歴も『無し』と表示されているのだが……これは、もしかして私が今無職だからなのだろうか?」
「そうではないです。まだジョブチェンジした経験が無いというだけですよ。無職とか、自宅警備員とか、そういうのは関係ありません」
ヴァンダルーの答えに、あからさまにほっとした様子を見せるウルリカ。
「はーい、スキルって十レベルが最大なんだよな? じゃあ、俺ってもしかして弱い……?」
「冥も弱いの?」
「博もめー君も、この世界の同じ年頃の子供と比べたらずっと強いですよ。圧倒的です」
自分達のスキルのレベルが低い事を気にする博と冥に、そんなことはないと保証するヴァンダルー。
博は、変身装具が無くても今ヴァンダルーが通っている英雄予備校に通えるぐらい強い。最もレベルの高い【無属性魔術】が評価されにくいスキルなのが気になるが、八歳でしかもジョブにまだ就いていない事を考えればこれからいくらでも伸びるはずだ。
変身装具込みなら、アレックスを楽勝で倒せる。
冥は……そもそも今年四歳になる幼児が、スキルを覚えている事自体、異例である。強い弱いの問題ではない。
『めー君には俺や友達がいっぱいいるでしょう? 博も、あなたが弱かったら六道聖はそれ以下ですよ』
そうバンダーがフォローすると、二人とも「そっかー」と立ち直った。
「じゃあ、外の世界ってどんななの?」
「ドラゴンはいる? 妖精さんや小人さんは!?」
「魔物ってどんなの? 使い魔王より怖い?」
すると子供達がステータスとは関係のない質問を口々に発する。どうやら、好奇心が抑えられないようだ。
「分かりました。では俺の記憶の一部を映し出して説明しましょう」
【体内世界】のヴァンダルーの近くに、巨大な眼球に触手や翼が生えただけという形状の映写機型使い魔王が集まってくる。
そしてヴァンダルーや使い魔王達の眼球が様々な色に輝き、【ゴーレム創成】で作られた白い壁に彼の記憶を映し出した。
「まず、これが俺の通っている学校の映像です」
「うわー、色々な髪の色の子がいる!」
「なあ、あの背の低い子ってドワーフってやつなの?」
「校長先生って女の人なんだ。耳が尖ってる」
映し出された映像に見入りながら、ワイワイと口を開く子供達。ヴァンダルーがその様子を微笑ましく思っていると、体外でパウヴィナがやってきた。
「お帰り、パーティーは組めましたか?」
「うんっ! ラインハルト君と相談して決めたんだよ!」
元気そうに頷くパウヴィナ。ちなみに、ラインハルトとは受験の時に彼女に絡んできた貴族出身のお坊ちゃんである。現在は、パウヴィナの舎弟……パーティーメンバーの一員となっている。
どうやら自分と違い、教室での人間関係は上手くいっているようだと安堵したヴァンダルー。しかし、パウヴィナが「でも……」と沈んだ声で続けた。
「廊下の角から、知らない子がじーってあたしの事を見てたの。何にも言わないで、汗の浮かんだ顔で目を見開いて。なんだか気持ち悪かった」
「……ほほう」
『見ていただけで声もかけてこなかったから、私達も何もしなかったけど……あれは尋常な様子じゃなかったね』
『敵意は感じませんでしたけど、ただ珍しい新入生を見に来ただけという感じでもなかったので気になっているんです。その生徒の容姿は――』
パウヴィナについていたオルビアとレビア王女も、パウヴィナの証言を補強した。そして、彼女が説明した問題の生徒の容姿について、ヴァンダルーは心当たりがあった。
「……もしかしたら、アレックスという先輩かもしれませんね。そういえば、仲間にしたい人の見当はつけていると言っていましたが、もしかしてパウヴィナの事だったのでしょうか?」
だとしたら、義理とはいえ兄である自分にあんな態度をとったのは何故だろう? 何を考えているのか分からない奴だ。気を付けた方が良いかもしれない。
ヴァンダルーはそう思った。
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名前:パウヴィナ・ザッカート
種族:ノーブルオークハーフ
年齢:9歳
二つ名:【次代の魔法少女】 【魔物使い】 【龍姫】
ジョブ:竜使い
レベル:71
ジョブ履歴:見習い戦士 戦士 棍術士 重戦士 獣戦士 守護戦士 冥甲重棍士 見習い魔術師 魔術師 魔棍士、テイマー、魔棍使い、ハイテイマー
・パッシブスキル
闇視
剛力:1Lv(怪力から覚醒!)
精力増強:2Lv(UP!)
物理耐性:7Lv(UP!)
鈍器装備時攻撃力増強:中(鈍器装備攻撃強化から覚醒!)
金属鎧装備時防御力増強:中(金属鎧装備時防御力強化から覚醒!)
盾装備時防御力増強:小(盾装備防御力強化から覚醒!)
精神耐性:5Lv
直感:4Lv(UP!)
自己強化:導き:6Lv(UP!)
魔力増大:3Lv(UP!)
従属強化:5Lv(UP!)
自己強化:変身:3Lv(NEW!)
・アクティブスキル
龍棍術:1Lv(棍術から覚醒!)
投擲術:6Lv(UP!)
鎧術:10Lv(UP!)
盾術:9Lv(UP!)
限界突破:9Lv(UP!)
家事:2Lv(UP!)
格闘術:5Lv(UP!)
解体:3Lv(UP!)
無属性魔術:3Lv(UP!)
魔術制御:4Lv(UP!)
土属性魔術:4Lv(UP!)
魔棍限界突破:5Lv(UP!)
歌唱:3Lv(UP!)
舞踏:3Lv(UP!)
魔闘術:4Lv(UP!)
御使い降魔:2Lv(UP!)
・ユニークスキル
ガレスの加護
ヴァンダルーの加護
ムブブジェンゲの加護
ティアマトの加護
●備考
以上のパウヴィナのステータスを、アレックスは彼女との力量差が大きかったためにほとんど見る事ができなかった。
名前:雨宮冥
種族:人種
年齢:3歳
二つ名:【小プルートー】、【ヴァンダルーの聖女】、【バンダー憑き】
ジョブ:無し
レベル:0
ジョブ履歴:無し
・パッシブスキル
死属性魅了:3Lv
眷属強化:1Lv
魔力増大:2Lv
自己強化:導き:2Lv
・アクティブスキル
死属性魔術:3Lv
無属性魔術:1Lv
魔術制御:1Lv
ゴーレム錬成:1Lv
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
バンダー
名前:雨宮博
種族:人種
年齢:8歳
二つ名:【ヴァンダルーの弟子】
ジョブ:無し
レベル:0
ジョブ履歴:無し
・パッシブスキル
魔力増大:1Lv
自己強化:導き:3Lv
・アクティブスキル
火属性魔術:1Lv
水属性魔術:1Lv
魔術制御:3Lv
無属性魔術:5Lv
限界突破:1Lv
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
ヴァンダルーの欠片
魔力超回復:4Lv
〇二つ名解説:【ヴァンダルーの聖女】
特定の神の信者の中でも特別な立場にある人物が得る二つ名の一つ。この場合は、ヴァンダルーという神を信仰する聖女である事を意味する。
同じ神を信仰する者達から尊敬や好意を得やすくなり、その神が司るものに関係するスキルの獲得や成長が若干しやすくなる。また、加護や神託を得る可能性が高まる。(冥の場合は今更だが)
〇スキル解説:バンダー
文字通りバンダーが憑いている事を現すユニークスキル。尚、ただ憑いているだけでコントロールできる訳ではない。
バンダー(ヴァンダルー)は、バンダー(ヴァンダルー)の意思で冥に寄り添っている。
そのため、万が一このスキルを強奪された場合、バンダーは冥の元に帰るために新しいスキルの所有者を速やかに抹殺するだろう。
尤も、犯人はスキルを強奪した時点で魂にヴァンダルーの一部が刻み込まれる事になるので、その時には正気を失っているかもしれないが。
〇スキル解説:礼儀作法
複数の地方や国の礼儀作法の知識に通じ、それを実践できる事を表すスキル。このスキルを高レベルで持つ者は、その手の文化を研究する学者か、王侯貴族相手に礼儀作法を教える教師である事が多い。
また、このスキルが無いからといって礼儀作法を知らないという事にはならない。
例を挙げると、アルクレム公爵領の貴族社会の礼儀が身についているだけの人はこのスキルを持たないが、アルクレム公爵領とサウロン公爵領とハートナー公爵領の歴史と文化に基づく社交界でのマナーの微妙な違いを理解し、それを使い分けられる人物はこのスキルを持っている可能性が高い。
6月22日には児嶋建洋先生による、拙作のコミカライズ版の2巻が販売されました! よろしければ手に取っていただけると幸いです。
また、28日に先生によるコミカライズ版が投稿されますので、興味のある方はニコニコ静画か、コミックウォーカーでご確認ください。
次話は6月27日に投稿する予定です。




