三百十七話 ボッチからの流されるような脱却
英雄予備校では、学校内において生徒の立場は平等であると校則に明記されている。
しかし、学校があるのは世俗から離れた陸の孤島ではなく選王国の首都であり、生徒達の三分の一は学校の寮ではなく家から通っている。
そうである以上どんな才能の持ち主でもスラム街出身の生徒が、貴族の生徒に対して対等に振る舞うのは難しい。
もちろん校長であるメオリリスも、そうした事情は分かっている。だが、彼女はただ教師達が生徒の出身に関わらず平等に評価するように、そして生徒間でのトラブルを抑止するために「生徒は平等である」という大義名分を立てているに過ぎない。
貴族である生徒の親から賄賂を受け取り、便宜を図って贔屓する教師。相手が平民出身だからと自分のパーティーに入るよう強制しようとする貴族出身の生徒。
そうした者達を校則という大義名分さえ立てておけば、貴族家ごと処罰する事が元A級冒険者であるメオリリスには可能だからだ。
生徒や教師に対する処罰はともかく、生徒の親に対する処罰は校長の権限から逸脱しているので、彼女が直接処分を下す訳ではないが。
ただ、規則には何事にもグレーゾーン……白とは言い切れないが黒ではない範囲が存在する。
「見ろ、エリザベス様だぞ」
金色の髪を左右で纏めたツインテールの少女が、六人の生徒を引き連れて歩いているのを見た生徒が隣を歩く生徒に囁く。
「今日も腰巾着をぞろぞろと引き連れてお姫様気取りかよ」
「馬鹿、お姫様気取りじゃなくてお姫様なんだよ。前サウロン公爵の末娘だぞ!」
「知ってるよ。でも、認知はされていても庶子だって噂じゃないか」
「それは噂だって言っただろ! 公爵家の継承権を持っている以上、彼女の母親がどんな立場であれサウロン公爵領のお姫様なのは確かだ」
英雄予備校では、貴族出身の生徒が財力やコネクションを活かして他の生徒を自分のパーティーに入れる事を認めている。
財力やコネクションは家の力であって生徒の実力ではない。しかし、家の力を全て排除するやり方も現実的ではないからだ。
冒険者の実力には優れた仲間を見つけ、一緒にパーティーを組むことも含まれる。貧しいが清廉潔白で誇り高い少年少女達があっさり死んで、金持ち貴族の子弟の取り巻きになって優れた装備を貰った世渡り上手が生き残る。そんな事が現実には幾つかあり、その場合冒険者として賢いのは後者である。
勿論、貴族の子弟の取り巻きをしていたら捨て駒にされてあっさり死んで、清廉潔白で誇り高い少年少女達は強い結束で結ばれていたために全員生き残ったなんて事例も、無い訳じゃない。
結局は経済力や人脈はただの判断基準の一つであり、それだけではなく当人の実力や人格を見て仲間としてやっていけるか判断するべきだという事だろう。
エリザベス・サウロンとその腰巾着達がそこまで考えているかは不明だが、数は多い。
「姫様本人を含めて七人か。学校のパーティーでは最多じゃないか? 一人はサウロン公爵家の侍女だからともかく、数だけは大したもんだよな」
「馬鹿、姫様も侍女も含めて、成績は俺達以上だぞ。後の四人も平均並みには……あれ? 一人増えてないか?」
「ん? ……あ、本当だ。確かあれって、春期入学生の中でも話題になった奴だったよな」
「しかし、どうしたのかしら? ダンジョンでの実習は今日じゃないわよね?」
「違うわよ。意中のあの方を誘いに行くのよ、きっと!」
「あんたね、その言い方じゃ逢引に誘うみたいじゃない。アレク君が誤解されたらどうするのよ」
そう囁く女子生徒達を無視して通り過ぎたエリザベス一行は、目当ての男子生徒の姿を見つけると足を止めた。
「アレックス、今日こそ良い返事を聞かせてもらうわよ」
「……あんた達もしつこいなぁ」
取り巻きを引き連れ高飛車な態度をとるエリザベスに、アレックスは溜め息を吐いた。
アレックス。彼はオルバウムから少し離れた農村出身の少年である。顔立ちは整っているが中肉中背で、身体的に優れているようには見えない。
しかし、エリザベスと同じ去年の秋期入学者の中ではトップクラスの成績の有望株である。
道場や魔術師の私塾もない農村出身であるにもかかわらず、教官役も認める【剣術】と【弓術】の使い手で、魔術まで使いこなし、「既にD級冒険者の中でも上位、いやC級冒険者に匹敵する」「十年、いや百年に一人の天才だ」と教師達に評価されている。
そのため、何らかのユニークスキルか神の加護を獲得していると噂されている。武術系スキルか魔術系スキル、もしくはその両方の獲得と成長の難易度を緩和する、伝説の英雄が持っているとされたスキルか、大神の加護を得ているに違いないと。
しかし、噂は一部しか合っていなかった。彼はたしかに、ユニークスキルを持ってはいるが、噂されているようなものではなかったからだ。
「悪いけど、何度来られてもあんた達の仲間になるつもりはない。それに、俺はもうパーティーを組んでいる。他所を当たってくれ」
呆れたような視線をエリザベスに向けるアレックスの眼。それは、対象のステータスを看破する【鑑定の魔眼】の上位スキル、【大鑑定の魔眼】だ。
スキルの詳細……後どれほどの経験を積めばスキルの獲得やレベルアップが可能なのか見る事ができる【大鑑定の魔眼】をアレックスは幼少期から使って、自分自身のスキルレベルを上げてきたのだ。
水面に映る自分の顔を見てステータスの詳細を確認し、効果的な【剣術】や【弓術】の練習方法を独学で工夫してきた。
魔術も、村長の家にあった本を元にして魔力の練り方を体得するまで時間はかかったが、今では属性魔術まで習得している。
そして野生動物のステータスを見て、弱っている個体を見つければ狩ってレベルを上げ、更に獲物として村に持ち帰り実績を積んで、村の大人達を納得させてこの英雄予備校にやってきたのだ。
冒険者の最上位、S級冒険者を目指すために。
だから、彼は仲間も【大鑑定の魔眼】を使って厳選していた。自分以上の剣や魔術の達人になりえる才能やユニークスキルを眠らせていた者を見抜き、彼らの才能を目覚めさせ信頼を得てパーティーを組んでいる。
もちろん、仲間は才能だけではなく信頼できる人格かどうかも考慮している。
同じ村出身の幼馴染や、この学校で知り合った友人、それになけなしの生活費を削って購入した奴隷。三人ともアレックスに見い出される前は、誰も注目していなかった。
しかしアレックスが【大鑑定の魔眼】で眠っていた才能を目覚めさせてからは、彼と同じく将来は冒険者として確実に名を上げるだろうと評価している。
アレックスが購入した奴隷の少女はこの学校の生徒ではないが、奴隷は所有者の持ち物とされるので実習には参加できるので、その際に存在を生徒達に知られている。
そんなアレックスから見れば、エリザベス達は仲間にする基準に遠く及んでいない。既に彼女のステータスは腰巾着の五人の分も含めて何度も確認しているが、将来性まで含めても選考外だった。
(別に才能が無いって訳じゃないけど、この程度じゃなぁ……)
エリザベス本人は、この学校の生徒の中では五本の指に入る実力を持っている。剣も魔術もそれなりで、D級冒険者や騎士としてなら今からでも活躍できるだろう。
しかし、【大鑑定の魔眼】で見てみると、今のレベルから次に上がるまでに必要な時間が極端に長い。既に成長の壁にぶつかっているようだ。
曲げずに努力すればC級にはなれるだろうが、B級以上になれるかは分からない。そしてA級になるのは、まず不可能だろうとアレックスは見ていた。
他の取り巻き達は、それ以下だ。侍女はエリザベスよりも一段以上落ち、ドワーフの女生徒と男子生徒三人はこの学校の生徒の平均と同じかそれ未満だ。
もちろん、ユニークスキルは何も持っていない。アレックスが仲間になっても、目覚めさせられる才能なんて何もない。
だからこそ断ったのだが、自分がアレックスに見切られていると気が付いていないエリザベスは諦めるつもりがないようだ。
「そのことは気にする必要はないわ。あなたの仲間ごと私のパーティーに入ればいいのよ」
「……合計で十人になるぞ。それに、奴隷がメンバーにいるけど構わないのか?」
「あら、十人以上でもいいじゃない。パーティーメンバーに人数制限は設けられていないはずよ。それに、冒険者は出自ではなく実力が全てのはずよ」
そのエリザベスの答えを聞いて、アレックスは初めて彼女の評価にプラス修正を加えた。
彼女が言うようにパーティーメンバーに制限はない。ギルドは最低でも三人以上、できれば五人前後が望ましいとしているが、十人以上のメンバーで活動する冒険者も珍しいがいない訳じゃない。
それに、冒険者に出自は関係ない。だが、この英雄予備校には貴族出身の生徒が多いので奴隷を蔑視する生徒が多い。奴隷は生徒ではないので、差別しても校則違反にはならないのだ。……具体的な危害を加えた場合は、奴隷の所有者である生徒の財産を傷つけた事になるので、ある程度の歯止めはかかっているが。
(だけど、全員が同意見という訳じゃなさそうだな)
エリザベスの後ろ、女子はともかく三人の男子生徒はどこか不満そうな顔つきをしている。まあ、彼らはエリザベスがアレックスにご執心であること自体気に食わないので、奴隷の件はオマケのようなものだが。
「悪いけれど、新メンバーの候補にはもう見当をつけてるんだ」
そう言ってアレックスはエリザベス達の横を通り抜ける……のは無理そうなので、踵を返して他の通路を進もうとする。
アレックスが新メンバーに誘いたい候補とは、この前行われた春期入学試験で目覚ましい成績を見せた大型新人、パウヴィナ・ザッカートだ。まだ直接見たことはなく、ステータスも確認していないが、聞いた噂をどれほど過小評価しても、現時点での実力は自身に匹敵するとアレックスは見ていた。
『堕ちた勇者』ザッカートの名を姓に名乗っている事、そしてアルクレム公爵領のダルシア名誉伯爵の養女である事から、神殿や貴族絡みのトラブルに巻き込まれる危険もある。しかし、その危険を犯しても惜しくない人物かもしれない。
それを確かめるためにも、まず彼女のステータスを確認したい。
エリザベス達が前に立ちはだからなければ、アレックスは春期入学生の教室に向かおうと歩き出していただろう。
「あなたが必要なものを私は提供できるわっ! それでも不服なの!?」
だが、そうエリザベスから声をかけられたため、アレックスは立ち止った。
たしかに、高い実力と優れた仲間を持つアレックスにもまだ必要なものがある。それは経済力だ。どれほど能力値やスキルレベルを高めようと、冒険者の頂点に立つには優れた装備やマジックアイテム、ポーションなどの消耗品が必要だ。
もちろん自力で稼いで手に入れる事も可能だ。S級冒険者を目指すなら、本来そうあるべきだろう。しかし、アレックス達は未成年でしかも学生である。稼ぐ手段は限られていた。それにC級冒険者に匹敵すると言われていても、アレックスは自身の実力をD級上位からC級下位程度だと考えていた。
だから、ランク5以上の強敵と戦った経験の無い自分達が、大金をいきなり稼げるようになるとは思っていない。
学校を卒業してから、経験を積みながら稼ぐというのが妥当だが、今の内に良い装備を揃えられれば卒業後一気に功績を挙げる事ができるかもしれない。
「……あんた達では無理だよ」
だが、アレックスは再び足を動かして、振り返りもせずエリザベス達を拒絶した。なぜなら、彼はエリザベスの身の上を既に知っていたからだ。
エリザベスは前サウロン公爵の末娘でも、母親はアミッド帝国の侵攻が始まる数日前に愛妾として認められた人物だ。騎士家の長女だからその娘は庶子ではないけれど、周りの評価は似たようなものだ。
しかも現サウロン公爵であるルデルと無謀な後継者争いをして惨敗……後ろ盾の貴族にも切られかけていて、冒険者学校にいるのは冒険者として名を上げて、自分の価値を高めなければならないからだ。
おそらく、後ろ盾の貴族から援助を続ける条件として、学校の最優秀賞を取る事を求められたのだろう。その年卒業する生徒の中でも、メオリリス校長が認めるほど優秀な生徒に与えられる賞。
だが、彼女達にはそれを自力で獲得できるほどの力は無い。それを彼女自身が分かっているから、アレックスを勧誘する事に拘っているのだろう。
それまで平凡な生徒だった仲間を、瞬く間に学校でもトップクラスの成績の優良株にした彼を仲間に引き込めば、自分達もそうなれるのではないかと期待して。
(そんな身の上の奴が俺に用意できるものなんて、たかが知れている。それどころか、下手に関わると面倒なことになるだけだ。……同情はするけれど)
自分にエリザベスの情報を売った人物が、エリザベスに力をつけられたら困るある貴族の手のものだったのを思い出して、アレックスは溜め息を吐いた。
背中にかかるエリザベスの腰巾着達の罵声が聞こえなくなった頃に、長身に細身の少年が彼に駆け寄って声をかけてきた。
「おい、アレックス。あれで良かったのか?」
少年の名前はロビン。アレックスより一つ上の生徒で、彼の仲間の一人だ。
元は盾職志望だったが【盾術】の才能が絶望的に無い事と、【天性の才:二槍流】のユニークスキルが眠っている事をアレックスが見抜き、今では斧と盾ではなく二振りの槍を振るう特殊なやり使いとして頭角を現した少年だ。
「いいって。エリザベスの事はロビンも知ってるだろ? それに、これから噂の新入生を見に行く」
「ああ、それは覚えてる。新入生が噂通りの実力と才能だったら仲間に誘う、だろ? だからいいのかって聞いているんだが……」
「エリザベス達六人の誘いを断った事と、新入生のパウヴィナ・ザッカートと何か関係あるのか?」
アレックスが困惑した様子でロビンの顔を見ると、彼は呆れたように溜息を吐いた。
「エリザベス達七人の中に、そのパウヴィナ・ザッカートの兄貴の、ダンピールがいたぞ」
「えっ!? マジか!?」
「マジ。白髪でオッドアイの生徒は、この学校で一人だけだ」
「あいつら……いつの間に仲間を増やしたんだ!?」
どうせいつもの事だろうと、ステータスを確認するどころか取り巻き達に視線を向ける事もしなかったアレックスは、存在感が薄くずっと黙っていたヴァンダルーに全く気が付いていなかった。
「その……どんな様子だった? お前はヴァンダルー・ザッカートに気が付いていたんだろ?」
自分が袖にした集団に、まさかこれからスカウトしようとしている女子生徒の義理とはいえ兄が混じっていたとは思わなかったアレックスは、額を押さえながら尋ねた。
あまり悪印象を持たれていないと良いのだが。そう祈るが、それに応える神はいなかったようだ。
「……ずっと無言で、睨むでもなくお前の事をじっと見てた。瞬きもせず、目を見開いたままじーっと。何故かは分からないが、ゾッとした」
ロビンの答えを聞いたアレックスは、思わず頭を抱えた。
時間はエリザベスがアレックスを勧誘する少し前に巻き戻る。
ヴァンダルーは、校舎の空き教室の隅で昼食をとっていた。
「……所詮、俺に楽しいスクールライフは無理だったという事か」
英雄予備校に入学したヴァンダルーは、流れるようにボッチに陥っていた。
パウヴィナと別のクラスになったヴァンダルーは、彼なりに努力して新しい友人、学校での実習でパーティーを組む相手を探した。
しかし、クラスメイト達はヴァンダルーを明らかに避け、教師も特にフォローしようとしなかったため彼一人が孤立してしまったのだ。
それはまず、中央の貴族達が息のかかった貴族の子弟をヴァンダルーの近くに送り込もうとしている事が関係していた。
ヴァンダルーは入学試験でも成績がトップクラスではなかった生徒達の教室。平均前後から合格ギリギリの成績の生徒が集まる教室に所属している。その教室にも貴族出身の生徒はいるのだが……中央の貴族達の息が直接かかっている生徒は、その教室にいなかったのだ。
そうした者達は、パウヴィナがいるトップクラスの成績の生徒が集められた教室にいる。そのため、クラスメイトの貴族出身の生徒は親から「ヴァンダルー・ザッカートという生徒の周りには、ある方々の意思で動いている者が行く予定なのでお前は近づかない方が良い」と言われて距離をとる者ばかりだった。
そして、ヴァンダルー自身が自分の実力を隠しすぎた事も悪かった。
ヴァンダルーの入学試験の成績なら、一緒に組みたいという生徒が殺到する程ではなくても、十分パーティーを組むことができるはずだった。
しかし、彼が学校初日に行った自己紹介で……
「得意なのは【無属性魔術】と【格闘術】、【投擲術】、それに【杖術】です。それと、テイマーでもあるので従魔も連れています」
と語った事、それが問題だった。ヴァンダルーとしては話せる範囲で自分の得意分野を正直に話しただけだが、生徒達の受け取り方は違った。
【無属性魔術】は、一般的には属性魔術の練習用に習う魔術であり、下に見られている。実際、種類も少なく効果も単純で、大量の魔力と高い制御力が無ければ無属性魔術だけで上に行くのは難しい。
その【無属性魔術】を得意分野にあげるという事は、他の属性魔術はそれ以下の腕前という事だ。それではいくら制御力があっても、魔術師としては期待できない。
そして【格闘術】と【投擲術】は、数年前にハートナー公爵領の開拓村で知り合い、仲間になったカシム達からも聞いていたが、冒険者には不人気なスキルなのだ。
身体能力で人間を超える魔物と戦うのに、リーチも短い生身で戦っていては習熟する前に命がいくつあっても足りない。それに、飛び道具とは言っても弓より射程距離が短く、矢よりも高価で嵩張る事が多い投擲物を使う【投擲術】も、新人冒険者の実力と経済力ではきつい。
それはヴァンダルーも覚えていたので、今回は【杖術】とテイマーとしての腕前もアピールした。
【杖術】のレベルは高くないが、学生としては十分以上に通じる技量に達している。それにテイムした従魔を戦力に加えられるなら、他の生徒にアピールする事ができるだろうと。
しかし、実は【杖術】は冒険者の間の評価は「魔術師の護身術」でしかなかったのだ。
戦士なら普通は槍や棍棒、斧を使う。刃がついておらず、打撃を与えるのに有効な部分もない棒状の武器をメインウェポンに魔物と戦う前衛の戦士はまずいない。
そのため魔術師が敵に間合いを詰められた際、呪文を唱え終わるまでの時間稼ぎをするための護身術という扱いなのだ。
そして、ヴァンダルーの場合、生徒達が彼の従魔として知っているのはオルバウムではやや噂になっている『謎の植物型魔物』アイゼン。そして『呪われた屋敷』でテイムしたというアンデッド。
テイマーとしては素晴らしい功績だろう。しかし、実習とはいえ実践に限りなく近い戦闘を経験する仲間としては、本当に信頼できるのか不安が残る。
それに、従魔はあくまでも主人であるテイマーに従っているだけで、テイマーの仲間に従う訳ではない。
さらに、ダンピールとして優れた身体能力を持つ事も追加してアピールしたが、ヴァンダルーは試験で実力を上手く加減しすぎていた。
そのため、他の生徒達はヴァンダルーを『無属性魔術しか使えない、身体能力は高いが将来的には前衛としても頼りない、残念な生徒』と評価したのだった。
しかも、ザッカートの姓や母親が名誉貴族としても珍しいダークエルフである事から、貴族出身以外の生徒からはトラブルに巻き込まれることを警戒され、「とりあえず様子を見よう」と、遠巻きにされてしまったのである。
そして教師も、その状況を自分から改善しようとはしない。この学校が目的としているのは、思春期の少年少女に学業を教える事ではない。卒業後、冒険者として命がけの戦いを生き抜けるように育てあげる事が目標だ。
程度を超えたイジメや生徒間の争いは止めるが、そうでなければ教師たちから積極的に干渉することはない。
そのため、ヴァンダルーは一人ぼっちで昼食をとる状態になっていた。
『気にすることはありませんぞ、ヴァンダルー様! 我々がいるではありませんか!』
『もとより、下等な人間共には御身の供は過ぎた役目かと』
生前吸血鬼だった光属性のゴースト、チプラスやダロークに慰められたヴァンダルーは、気を取り直して食事を再開した。
「それもそうですね」
『そうですとも! やはりヴァンダルー様の供は人間ではなく、御身の眷属か我々アンデッドが相応しいかと!』
「ダローク、俺が同意したのはチプラスですからね。でも気持ちは受け取っておきます、ありがとう」
『ははっ! ありがたき幸せ!』
そんな会話をしながらも、ヴァンダルーは周りの霊や【体内世界】にいる冥達に意識を向け、学校生活での寂しさは脇にどけようとした。
この冒険者学校はオルバウムに滞在する名目と、後導かれる生徒や教職員がいたら、ついでに勧誘しようと思って入学したのだ。それだけ考えればいいだろう。
実習でのパーティーも、しばらくすれば同じ教室の生徒だけではなく、他の教室や他学年の生徒と組む事が許可されるようになる。それまで待てばいいだけだと。
無意識にだが、同じ教室の生徒達と友人になるための努力を続けようとは考えなかった。
なぜならヴァンダルー自身、そしてダルシアや仲間達も気が付いていなかったが、彼は自分から他人との距離を詰める方法を知らないからだ。
『地球』では友人を一人も作る事ができず、親しい人は誰もいなかった。そして『オリジン』とこの『ラムダ』ではヴァンダルーが何もしなくても霊が、死属性に親しい存在が、導かれた者達が自分達から寄ってきて、仲間になってくれる。
そのため、彼は自分から近づいてこない存在とどう親しくなればいいのか、単純な事しか分からないのだ。
だからこそ、エリザベスは偶然彼を仲間に加える事ができた。
「おや?」
突然教室の扉が開き、中に数人の生徒が入ってきた。
「お嬢様、今日も彼を勧誘しに行くのですか?」
「勿論よ。成功するとは思っている訳じゃないけど、新入生も入ってきたし、この私がアレックスを狙っていると改めて広めておかないと、また奴の仲間が増えて勧誘し辛くなるかもしれないもの」
入ってきたのは、エリザベス・サウロンとその腰巾着の取り巻き達だった。彼らは教室の隅にいたヴァンダルーに気が付く様子もなく、アレックスを勧誘するための作戦会議を始めた。
「しかしエリザベス様の誘いを何度も断るとは、平民の分際で傲慢な奴だ」
「エリザベス様、うちの家と懇意にしている商人がいるのですが、その者に命じて奴の親兄弟を借金漬けにしてしまうのはどうでしょう?」
「なるほど。いくら奴が強情でも、家族を人質に取られたら頷くしかない」
取り巻きの内男子生徒達の発言を後ろで聞いているヴァンダルーは、作戦の中身とその結果が危険なものになりつつあるのを見かねて、声をかけようとエリザベス達に近づいた。
アレックスという生徒の事は知らないが、だからといって無視するには悪辣すぎると思って。
「ダメに決まっているでしょう! 学校にばれれば退学になるのは私達だし、もしそれでアレックスを仲間にできても、彼から恨みを買うだけだわ!
普段から言っているでしょう、手段は選ぶものよ!」
しかし、その前にエリザベス自身が男子達を叱責し、軌道を修正した。
「さすがお嬢様です!」
「マヘリアちゃんの言う通り、校則違反は止めた方が良いと思うけど、このままじゃいつまでも彼を仲間に引き入れるのは無理なんじゃない?」
マヘリアという名前らしい侍女の少女はエリザベスの言葉に感激し称賛するが、ドワーフの少女は彼女の方針に物足りなさを感じているようだ。
エリザベス自身も、今まで何度も勧誘が失敗に終わっている事から、このまま続けても意味はないのではないかと思い始めていた。
「たしかに、ゾーナの言う事も尤もね。でも、アレックスの仲間の二人にも断られているし、残る一人は彼の奴隷だから勧誘しようがないし……」
「じゃあ、色仕掛けなんてどうです?」
「それで落ちそうに見えるの、彼が? あいつの私達を見る目は男子に向ける目と何も変わらないのよ。それに、手段は選ぶって言ったばかりよね?」
半眼になったエリザベスに睨まれ、「すみませーん」とおどけた態度で引き下がってヴァンダルーの斜め前に立つドワーフの少女、ゾーナ。
「でも、このあたりが潮時ね。皆、アレックスの勧誘は今回で最後にするわ」
エリザベスの発言に驚く取り巻き達と、発言と自己の存在をアピールする機会を失い立ち尽くしているヴァンダルー。
「しかしエリザベス様、アレックスの奴は使えます。奴を利用すれば、首席卒業も夢ではありません!」
英雄予備校も通常の冒険者学校と同じく、必要な単位を取ればいつでも卒業する事ができる。しかし、優秀な成績を修めたと校長であるメオリリスが認めた場合は、彼女がオルバウム選王国政府に推薦状を出し、その結果勲章が授与されることになっている。
いつからか、それを手に入れた生徒は『最優秀賞の受賞者』や、『主席卒業』と他の生徒から評されるようになっていた。
それはエリザベスや取り巻き達だけではなく、多くの生徒達が目標とするものだった。……ヴァンダルーはあまり興味を持っていなかったが、利用するって言い方が悪いなと思っていた。
「たしかに、アレックスが持っているはずの、他人の才能を目覚めさせるユニークスキルを使えば、私達の『最優秀賞』は確実になるわ」
ヴァンダルーは続くエリザベスの言葉に、なるほどそういう事かと納得して、教室の隅に戻ろうとした。
「でも、この部屋に集まった私達なら、あいつの力を借りなくても『最優秀賞』は可能なはずよ! そうでしょう!?」
しかし、そのエリザベスの言葉にヴァンダルーの動きが止まった。
彼はエリザベスの言葉に、自分達だけで可能だと思うならなぜアレックスという生徒を何度も勧誘していたのかという矛盾点に疑問を覚えた訳ではない。
(『教室に集まった私達』……つまり、俺も入っている?)
っと、思い違いをしたからである。ちなみに、エリザベスも取り巻き達も、空気よりも希薄な存在感を放つヴァンダルーの姿にまだ気が付いていない。
だが、ヴァンダルーは自分が気づかれていない事に気が付いていない。
『ヴァンダルー様なら最優秀賞も可能とは……この娘、人間にしては見る目があるようだ』
『ハハハハハ! 結束の力ぁ~っ、麗しい友情ぅ! 昔は見るたびに反吐がでたァ!』
『二人とも黙れ! ヴァンダルー様っ、何をお考えかは分かりませんが、たぶん勘違いです!』
ダロークは腕を組んで頷き、ベールケルトは突然歌いだし、チプラスは嫌な予感を覚えて必死にヴァンダルーを止めにかかる。
「勧誘が失敗しても成功しても、一丸となって頑張りましょう!」
そう言ってエリザベスは手を伸ばす。彼女の手の上に、取り巻き達は「はい!」と声を揃えて自分達の手を重ねた。侍女の少女以外は、エリザベスの言葉をあまり信じていないようにも見えるが。
ドワーフの少女は若干の呆れ、男子三人はただただエリザベスに対する媚が瞳に浮かんでいる。
「はい」
そして最後に、死んだ魚のような瞳の少年の手が乗った。
「っ!?」
それまでヴァンダルーの存在に気が付いていなかったエリザベス達が、揃って目を見開いて硬直した。彼女達六人は、ヴァンダルーに(誰だ、お前!?)と驚きの籠った視線を向ける。
だが、エリザベスは驚きながらも、自分達が入る前からこの教室でヴァンダルーが一人で昼食を食べていたのだと、彼の後ろに置かれたままの弁当箱と水筒から推理する。
「た、たたっ、頼もしい仲間も増えたし、今からアレックスの教室に向かうわよ!」
そして、反射的にヴァンダルーの存在に最初から気が付いていたかのように見栄を張る。
自信家のようにふるまっているエリザベスだが、本当は臆病で小心者な一面が彼女にはあった。アレックスの勧誘に失敗しても自分達なら大丈夫だと言い切ったのも、取り巻き達に「このままアレックスの勧誘に失敗し続けたら、失望され見限られるのではないか」と考え、勧誘を止める口実を捻り出した結果だった。
そのため、彼女はとっさに自分を大きく見せようと、失態を隠そうとする悪癖があった。たとえ、それが隠す意味のない失態だったとしても。
「は……はいっ」
取り巻き達はヴァンダルーの存在に驚きながらも、エリザベスが知っているようなので異を唱えられず、動き出した彼女に置いて行かれないよう歩き出す。
そしてエリザベスの取り巻き……仲間になってボッチを脱却したと思い込んで浮かれているヴァンダルーは、彼女達の後をついて行った。
そして現在に至るのだが……エリザベスは内心で少しほっとしていた。
「なんて生意気な平民だ! 我々には無理だなんて……!」
「本来なら不敬罪で牢にぶち込んでやるところだぞ。これだから身の程知らずの田舎者は!」
「やはりあんな下賤な者の手など必要ありませんよ、エリザベス様。あなたの言った通りです」
取り巻きの男子達が口々にそう言うが、彼らの前でアレックスから勧誘を断られて失敗するのはこれで最後だと思うと肩が少し軽くなったように感じた。
「彼の事はもういいわ。せいぜい、これから私達の誘いを断ったことを後悔させてやりましょう」
開放感と男子達を宥めるためにそう口にするエリザベスの後ろで、ゾーナはヴァンダルーに話しかけた。
「ねえ、あんた、何を考えてるの? さっきからずっと黙っているけど」
「いえ、ただ……彼女と同じことを考えています」
ヴァンダルーはアレックスの評判や噂をまだ知らない。だが、彼の態度がひどく気に入らなかった。
自分に視線すら向けず、無理だと言い切るアレックスの態度。正直、こちらの男子生徒達の態度もかなり問題があるが、それを差し引いてもやはり不愉快だった。
その感想に彼のトラウマを刺激する学校という環境や、エリザベスへ覚えた好感も影響している事をヴァンダルーは自覚している。
だから別にアレックス本人には何もしない。彼を直接害するのは勿論、実習の妨害や、家族を人質に取ろうなんてしない。嫌がらせも、陰口を囁く事すらしない。
「だから、少しだけ頑張ろうと思います」
ほんの少しだけ本気を出して、学校生活を過ごすだけだ。
(尤も、俺が少し本気を出そうと出すまいと、あのアレックスという生徒とは入学した時期が違うので、彼やエリザベスさんの最優秀賞争いに直接の影響は与えられないでしょうけれど)
「少しだけなの? 変なや……今気が付いたけど、その目と髪の色……あんたってもしかしてヴァンダルー・ザッカート?」
「はい、申し遅れました。ヴァンダルー・ザッカートと申します」
「本当に本人!? ちょっ、……エリザベス様ー!?」
この日、ダンドリップとメオリリス、そして中央の大貴族達に激震が走った。
―――――――――――――――――――
名前:アレックス
種族:人種
年齢:13
二つ名:なし
ジョブ:魔弓士
レベル:37
ジョブ履歴:見習い狩人、見習い魔術師、戦士、魔剣士
・パッシブスキル
筋力強化:1Lv
毒耐性:1Lv
・アクティブスキル
罠:1Lv
忍び足:2Lv
解体:1Lv
弓術:4Lv
料理:1Lv
剣術:4Lv
魔術制御:2Lv
無属性魔術:2Lv
光属性魔術:1Lv
連携:2Lv
魔闘術:1Lv
・ユニークスキル
大鑑定の魔眼
●スキル解説:【大鑑定の魔眼】
【鑑定の魔眼】の上位ユニークスキル。【鑑定の魔眼】は視認した存在のステータスを看破するが、【大鑑定の魔眼】は看破したステータスに表示されているジョブレベルやスキルレベルが、後どれくらいで上がるのか、より詳細に見る事ができる。
更に、まだステータスに表示されていない、眠ったままの才能まで見抜くことが可能。
例えば、ある冒険者志望の少年を【鑑定の魔眼】で見た場合は、少年が【剣術】スキルを1レベルで持っている事等、少年の能力値や今現在所持しているスキルが分かるだけだ。
しかし、【大鑑定の魔眼】の場合は、少年の【剣術】スキルがどれくらいで1レベルから2レベルに成長するのか詳細に見る事ができる。
毎日行っている鍛錬だけなら、一年。それに合わせて自分と同格の相手と模擬戦を行えばあと半年、更に週に一回程ゴブリンやホーンラビット等を相手に実践を経験すれば一か月かかる。このように分かるのだ。
また、まだ少年が所持していないスキル……各魔術系スキルや、他の武術系スキルを後どれくらいで獲得するかも見る事ができる。
アレックスはこの効果によって自分はどんなスキルに適性があるのか見極め、また効率の良い修行方法を独学で見つける事で自身のスキルをレベルアップさせてきた。
また同じ方法で他人のまた目覚めていないユニークスキルや才能を見抜き、仲間としている。
ただし、欠点としてこのスキルは他の魔眼系スキルと同じく、目を移植する事で他人に奪われる可能性がある。
また、視覚を基準とするスキルであるため、ステータスを見続けるためには対象を視界に収め続けなければならない。
そして、このスキルの所有者の力量が対象に遠く及ばない場合は、対象のステータスの文字の一部、もしくは全ての文字が読めなくなってしまう。
6月13日から始まったサーガフォレスト四周年記念フェアで、拙作のSSも含まれた特典がプレゼントされます! 購入する店舗によって受け取れる特典が異なるので、四度目のフェアの詳しい内容はサーガフォレスト公式ホームページからご確認ください。
また、6月22日には児嶋建洋先生による、拙作のコミカライズ版の2巻が販売されます。よろしければ手に取っていただけると幸いです。
次話は6月23日に投稿する予定です。




