三百十六話 新生活!
お待たせいたしました。
握り拳を天に向かって突き上げている格好は、何を指しているのか。
三つの異なる世界を知る円藤硬弥は、奇妙に思えた。なぜなら、三つの世界でそれはだいたい同じ意味だからだ。
『世界が異なっていても、人は人という事なのかもしれないな』
姿形や体の構造が似ている以上、精神構造やそれによって形作られる社会や価値観が似るのは、道理なのかもしれない。
『硬弥、それは現実逃避?』
『……まあね』
同僚の泉の言葉に我に返った硬弥は、喝采をあげているような恰好のまま気絶しているロドコルテを眺めた。
『しかし、よく、六道の魂を回収できたもんだな。できるかどうかわからないって言っていたのに。だって、神になったんだろう? 六道の奴』
亜乱がそう言いながら、動かないロドコルテの握り拳に視線を向ける。あの中に六道聖、そして、守屋幸助の魂があるのだ。
ロドコルテは輪廻転生を司る神だが、神の魂は彼の管轄外で今まで扱う事もなかった。『ラムダ』には元々人間だった神が存在する。ロドコルテによると、その神が人間だった頃に魂を扱っていたとの事だ。
しかも、六道聖は神になっただけではなく独自の輪廻転生システムまで構築していた。いや、輪廻転生システムを構築できたから神になったのか。
そのため、本来ならロドコルテは六道の魂に手も足も出せないはずだった。
『六道が死んだことで、彼の輪廻転生システムが機能を停止したからだろう。神というのは一度なってからも、何らかの理由で零落する事があるそうだから、それが六道の場合は輪廻転生システムだった。それが彼の死によって機能を停止したため、六道は神から人に零落した』
神となった存在は、何があろうと永遠に神であり続けられる訳ではない。信仰する存在がいなくなり、神話や伝説が廃れてしまう等、何らかの理由があれば零落してしまう。
六道の場合は、彼を神たらしめていたのは彼自身が作り上げた独自の輪廻転生システムだ。しかし、それは六道にとって『アークアバロン』に生まれ変わるための装置でしかなく、神となる過程で必要な物としか考えていなかった。
故に、六道は『アークアバロン』に転生した後、用済みになった輪廻転生システムに全く注意を払っていなかった。システムを維持するための仕組みや、彼以外にも使えるように調整する事を全く考えていなかったのだ。
そのため、彼自身が死んだ瞬間に、六道の輪廻転生システムは機能を停止したのだ。
物質的な装置としては、まだ『オリジン』に存在し続けているはずだ。しかし、人間だった頃の六道の記憶によると、あの装置は六道を『アークアバロン』に転生させることに特化していて、彼以外があの装置を利用して転生することはほぼ不可能であるらしい。
そのため、『オリジン』に残っている装置を使って誰かが再び神になる事はないだろう。装置を解析して得た情報から、新たな装置を設計する事ができれば別だが……装置の存在を知れば雨宮達がデータごと破壊するだろうから、ひとまずは安心だ。
『じゃあ、あの拳の中にいる六道は、ただの人の魂ってことか』
『人ではあるが、元神の魂だ。魔力の量は変わっていないだろう。死属性も持ったままだと思う。今のところはだが』
『じゃあ、単に分類が神から人に戻っただけなのね。……『ラムダ』に転生するときもこのままだと思う?』
『ラムダ』に転生する時、六道が神か人かどちらなのかによって大きな差が生まれる。神なら、ステータスシステムの範囲外。ジョブに就くことはできず、スキルを獲得することもできない。だが人なら、ジョブに就いてスキルを獲得することができる。
後者なら六道のチート能力である【学習速度上昇】と【成長制限無効】が、『オリジン』以上の力を発揮するはずだ。
『さすがにそれは私の【オラクル】でも分からないな。異世界から転生してきた神だった人物に対して、ステータスを司る神々がどう解釈するか次第だ。
それに、六道があのまま転生できるのかも分からないし』
六道は死属性魔術を習得するだけではなく、独自に輪廻転生システムを作り上げた。ロドコルテにとってはシステムの存続の障害どころか、神としての存在を揺るがしかねない存在だ。
ヴァンダルーがシステムを脅かすバグなら、六道は商売敵になりえる存在なのである。
もっとも、ロドコルテと六道では作りあげた輪廻転生システムの規模と精巧さに、天と地ほどの差があるが。
『だが、転生はさせるつもりだったんじゃないか? 態々魂を回収したんだし』
亜乱が言うように、ロドコルテはヴァンダルーに食われる前に六道と、結果的に守屋の魂を回収した。彼の魂を食らうためにヴァンダルーが伸ばして薄くなった部分をついて、ギリギリ魂を手に入れたのだ。
その直後、鍋島と矢崎の魂が食われた。ロドコルテは二人に与えていた自身の力の一部も食われ、その激痛で気絶してしまったのだ。
『いや、転生させる気はないがヴァンダルーに力を与えないために回収しただけかもしれない。まあ、今更な気もするが』
ヴァンダルーが『オリジン』に魂だけの状態で降臨したことで、ロドコルテはその魂の中にかつての転生者達の魂だったものを感じ取った。そして、その中に自身が与えた力も含まれている事にも気が付いた。
改めて考えてみれば、なにも不思議な事はない。ヴァンダルーは転生者の魂を食らう際、転生者に与えたロドコルテの力も食っているのだ。これまでヴァンダルーが他の転生者のチート能力を使っている姿を確認していないから、そのまま吸収して我が物にしているのではなく、単に強大な魔力の一部となっているだけかもしれないが。
ただ、万が一という事もある。六道のチート能力をヴァンダルーが手に入れれば、彼の常識を無視した成長がより激しくなる可能性が高い。そう恐れたロドコルテは手を打ったのかもしれない。
ただ、今更ヴァンダルーの学習能力が上昇しても大きな変化はないように硬弥には思えた。誤差の範囲とまではいわないが、そうならないよう必死になって防ぐ程の違いはないだろうと。
そして【成長制限無効】は……ヴァンダルーに関しては最初から備わっていたとしか思えない。それを再び手に入れたとしても、何も変わらないだろう。
『もしくは、ただ六道達四人の魂を喰われるのを防ぎたかっただけかもしれない。実際、二人喰われて気絶しているし』
『それもあるかもしれないけど、私はこれが対ヴァンダルー用の戦力として使える転生者を確保できる、最後の機会かもしれないと考えたから必死になったんじゃないかと思う』
『ああ、たしかに』
ヴァンダルーが雨宮達と何を話したのか、御使いである泉達は雨宮達の記憶や五感から知る事ができる。それで、彼らが和解に近い形で協力体制を築いている事が分かった。
ヴァンダルーからすれば、冥と博の幸福を優先しているだけで、雨宮夫妻と分かり合ったつもりは全くないのだろう。しかし、雨宮夫妻の方はヴァンダルーを信用し、ある程度以上は信頼しているはずだ。そうでなければ子供達を預けない。
親友だと信じてきた六道や仲間に裏切られた直後で、世界規模で信用できる国家や組織が他になかったため、相対的にヴァンダルーに対する信用が強くなっただけとも考えられる。それでも、雨宮達が今更ヴァンダルーと敵対することはありえないだろう。意見の対立ぐらいはするだろうが、雨宮達の方から暴力を伴う本格的な敵対関係になるとは考えにくい。
それこそ、転生する前にロドコルテによって人格や記憶を消去され、転生後にアルダ神殿で価値観を刷り込まれでもしない限りありえないだろう。
まあ、そこまでされた場合は雨宮寛人と雨宮成美だった人であって、雨宮寛人と成美本人だとは言い難いが。
それは雨宮夫妻だけではなく、あの場にいた岩尾とデリックも同様だろう。逆に、あの場にいなかったベイカー達他のメンバーなら可能性はあるが……雨宮から何があったのか聞けば、その可能性も低くなるはずだ。
中には雨宮と違って、宗教的な価値観から死属性にかかわる存在を全否定する者もいるかもしれない。だが、いたとしても六道が特に脅威としてみなかった、有象無象の転生者の一人だ。
ロドコルテもあまり期待しないだろう。
『なるほど。ロドコルテにとっての六道の価値が、状況が変わったことで高くなったってことか。後の問題は六道が素直に言う事を聞くかどうかって事だが……ダメだったら記憶と知識を消して、チート能力を持ったただの人間として転生させるって手もあるしな。死属性は、別の属性の適性を与えれば何とかなるし』
『前、変更はできないって言っていなかった?』
『泉、お役所仕事をしている時と尻に火がついている時じゃ、言動は変わると思うよ。それに、こいつなら『人間からの質問に対して嘘の答えを口にしたからと言って、何か問題でもあるのか?』なんて答えそうだし』
ロドコルテならそれもあり得ると、泉と硬弥は頷いた。
『まあ、六道がどうなるかはロドコルテ次第だ。放っておこう、俺達ができることは何もない』
『いや、あると言えばあるぞ。面倒なのが、山ほど』
『……それはもう少し忘れさせていてほしかった』
亜乱が振り向いた先には、【バロール】のジョニー・ヤマオカや、【アレス】の杉浦七夜など、六道側に付いた転生者達の魂がいた。
彼らはそれぞれ膝を抱えて座り込み、頭を抱えてすすり泣いていた。見ているだけで陰気な気分にさせられる光景である。
比較的ましな状態なのは【倶生神】のダーだが、彼も茫然としたまま石像のように動かない。それほど六道の敗北が彼らに与えたショックは大きかったのだ。
彼らは全員が六道に忠誠を誓っていた。その忠誠は、狂信的といえる程強かった。それだけに、六道が念願を叶えて『アークアバロン』に転生したときは、心の傷も忘れて喝采をあげていた。
自分達の献身と死は無駄ではなかった。新たな神が誕生する礎となったのだと、【バロール】のジョニーですら泣きながら歓声をあげて六道を称えた。
だが、その六道が敗れた今では本来は強面の顔をくしゃくしゃにして泣き崩れている。
一応、既に来世に転生させられること等は説明してある。都合よくロドコルテが気絶しているので、ヴァンダルーに敵対するのは勧めないと、『ラムダ』の彼がどれほど強いのか、そしてどれほど強大な勢力を築いているのかも話して聞かせた。
しかし、彼らの頭の中に入っているかは疑わしい。
『とりあえず、彼らもしばらく放置するしかないだろう。正直、気の毒には思うが慰めてやる義理はない』
自身が信じた存在が敗れ去った事に衝撃を受けているようだが、彼らは全員【ブレイバーズ】の裏切り者である。それも、つい最近裏切ったのではない。村上達が『第八の導き』と合流する前から、彼らは六道に忠誠を誓っていたのだ。
硬弥達にとっては、仲間ではなく敵に近い相手だ。死んだ後でも親身に世話をしてやる理由はない。
『まあ、確かに。しかし、それ以外に俺達にできることと言ったら……輪廻転生システムのメンテナンスぐらいか』
亜乱は苦笑いを浮かべながら、数えきれない程のエラーを起こしているロドコルテの輪廻転生システムを見上げた。
『オリジン』にヴァンダルーの魂が降臨したために、彼の姿を見た人々が続々と導かれているのだ。中には、彼こそ新世紀の神であると称えるものまで出る始末だ。
ロドコルテにとって幸いだったのは、魂を具現化させたヴァンダルーが不特定多数の人々に向けて言葉を残すようなことをせず、意思も伝えなかったことだろう。
そのおかげで、その異形を目にしてショックを受ける人々は多くても、導きまで得るのは元々『第八の導き』信者か、よほどヴァンダルーの導きと相性が良かった者程度に治まっている。……それでも数万人規模なのだが。
ちなみに、ただ崇めたり関心を持ったりしているだけの人々はそれよりもずっと多く、数百万人規模になる。彼らはヴァンダルーの魂の異形さに関心や興味を持っているだけなので、導かれてはいない。
だが……もしヴァンダルーが世界中の人々に向けて何かもっともらしい演説をしていたら、彼らも導かれていたかもしれない。
そうなっていればエラーを告げるアラームは今の数倍から数十倍鳴り響く事になり、硬弥達は会話もできない状態になっていただろう。
ロドコルテにとって『オリジン』はついでに捨てても構わない程度の価値となっていたが、ヴァンダルーのせいで捨てる事ができなかった以上、システムと接続したままの状態になっている。それ故の状態である。
『オリジン』の大勢の人々の命を守ったヴァンダルーの行動は、巡り巡ってロドコルテのシステムに大きな負荷をかけることに成功していた。
『結果、ロドコルテじゃなくて俺達の仕事の量が増えるのか』
『仕方ないでしょう。本人は気絶したままなんだから』
そう愚痴をこぼしながら、亜乱達は慣れた手つきでシステムのメンテナンスに取り掛かった。
《【ナイト】、【一寸法師】を獲得しました!》
《【ゴーレム創成】に【一寸法師】が、【魂格滅闘術】に【ナイト】が統合されました!》
『オリジン』での一件を終えたヴァンダルーは、パウヴィナと一緒に冒険者学校の入学式に出席していた。異世界でどれだけ大変なことがあろうと、学校は関係なく始まるのだ。
『諸君、私が求めるのはただ二つ。それは良い成績を取る事でも、成長する事でもない。それは当校に入学し、冒険者を目指す以上当然の事だからだ。諸君は同世代の少年少女の中では優れた素質を持っているのは、紛れもない事実だ。しかし、それだけで冒険者として活躍するには不十分である!』
普通の冒険者学校では入学式は短く簡素だが、英雄予備校ともなると校長先生からの訓辞も含めてしっかりと行われるようだ。
マジックアイテムで声を大きくしたエルフの女性校長が、朗々と語る。
『故に、私が求めるのは『当校の生徒である間、生まれの違いを忘れ、学友と互いに研鑽に励む事』、そして『卒業後も死なない事』だ! 後者は私が言わなくても熱心に行うだろうから、前者を特に守るように』
どうやらこの学校では、毎年貴族の子弟や庶子が入学するため身分の違いによる生徒間の衝突が起きているようだ。冒険者とは血筋の良し悪しではなく実力が問われる職業だが、学校という小世界の中ではそう上手くはいかないらしい。
「ヴァン……先生の話、長くて……ちょっと眠くなってきた」
「パウヴィナ、先生の話はまだ短い方ですよ」
『地球』でヴァンダルーが受けた校長先生の話よりは、メオリリス校長の話はずっと短い。
しかし、こうしたことに慣れていないパウヴィナには限界が近付いているようだ。
「ヴァンは平気なの?」
「『地球』では平気ではありませんでした。しかし、今になって考えると……やはり眠くなりますね」
メオリリスの話が短く、内容のあるものだったとしても「校長の話」は聞いていると眠くなるものらしい。
【状態異常無効】スキルを持つヴァンダルーに睡魔を覚えさせるとは、ある意味では強力な催眠兵器なのかもしれない。
「そういえばヴァン、一人で平気?」
パウヴィナと一緒に受験したヴァンダルーだったが、入学試験の成績の結果二人の教室は分かれてしまった。
この校長の話が終わったら、クラス毎に教室に分かれてまず座学という名の雑談。クラスメイト同士の顔合わせとして武器や魔術、スキルなどの得意分野について発表し、パーティーを組む際の参考にする。次に訓練でこの日は終わりだ。
つまり、授業の合間を除けばパウヴィナがヴァンダルーに会えるのは学校が終わってからになる。
「大丈夫……だと思います。皆がいますから。パウヴィナにもレビア王女とオルビアを付けてありますよ」
『任せてください!』
『ぐ~……っ!? あ、話し終わった?』
レビア王女は頼もし気に胸を張って請け負い、オルビアはゴーストなのに催眠兵器に屈して眠っていたようだが慌てて顔を上げた。
そしてヴァンダルーの周囲にも、ジェーンやキンバリー、チプラス達属性ゴーストに、背後にはグファドガーンもついている。
一人に見えるだけで彼は大勢の仲間に囲まれているので、教室で先生に「好きな人と二人一組になってください」と言われて誰とも組めなかったとしても、耐えられるはずだ。
「それに、いざとなったら体内のみんなと話すのに意識を向けますから」
「その『いざとなったら』って、心の問題だよね?」
「そうとも言います」
ヴァンダルーの【体内世界】の中には、今も冥や博達が入っている。実際、催眠兵器によって催される睡魔に耐えられたのも、彼らと【体内世界】のヴァンダルーや使い魔王が話しているからだ。
立ち入り禁止区域にしていた『オリジン』と同じような環境に整えた【体内世界】は、急ピッチで再改造が進められていた。
なぜなら冥達が全員『ラムダ』でも生きていけるようになる処置を受け入れたからだ。
「父さん達はできるだけ早く元の世界に帰れるようにするって約束してくれたけど、多分一か月や二か月どころか、来年になっても無理だと思うんだ」
と博が言って処置を受けた。ずっとヴァンダルーの中にいるのもなんだしと。
そのため、役目を終えた立ち入り禁止区域は他の【体内世界】と同じ環境に戻されることになったのだ。
そして彼女達の適応力は体だけではなく精神面でも発揮されていた。
『人のふりをしなくていいから、作業ペースが上がりましたね』
『皆が早く慣れてくれてよかった、よかった』
当初、ヴァンダルーは移住した冥と博以外の実験体や被害者達が使い魔王の異形さに怯えることがないよう、使い魔王を偽装させていた。
雑な着ぐるみモドキや布で体を覆って姿を誤魔化し、手足の数を隠し、人間らしい動きを心掛けた。しかし、そうすると当然肝心の作業効率が落ちる。そもそも、本体であるヴァンダルーが演技のできない性格だ。下手な演技をどうにかするために意識が割かれてしまう。
それをしなくてよくなったので、使い魔王達は生き生きと複眼を輝かせ、無数の腕や触手を使って作業していた。
ヴァンダルーはその作業風景を離れた所から、不備が無いか見守っていた。……彼自身の感覚では作業しているのも見守っているのも自分自身なので、主観的にはややこしいが。
「遠くからこちらを眺めるリクレントと、彼女の三つの肩にズルワーンが前足や尻尾を置いて慰めている夢を何度か見ながら作った場所でしたが、必要だった時間は短かったですね」
「なあ、リクレントとズルワーンって誰?」
「この世界の神様です」
立ち入り禁止区域を『オリジン』の世界と同じ環境にするため、ヴァンダルーはまず区域内に『オリジン』には存在しない時間属性の魔力が入り込まないよう徹底的に細工を施した。
それで『時と術の魔神』リクレントが拗ねてしまったらしい。三人の美女、もしくは老人と青年と子供の姿を持つリクレントを慰めるのは、よく行動を共にする『空間と創造の神』ズルワーンでも大変だっただろう。
『ほかにも空気の成分とか、植物、菌などに気を使いました。気温と湿度にも』
『まあ、再現したのは空気だけで、後は雑菌やウィルスを【殺菌】して済ませましたけど』
使い魔王達がそう博に話しながら、通り過ぎていく、彼らも複数の脚や触手を伸ばして刻印された魔術陣を消したり、物資を運びだしたりで大忙しだ。
「そういえば、遊園地も作ってくれたって本当? それもなくしちゃうの?」
「ええ、遊園地も作りましたよ。移転させるだけで、解体はしません。アトラクションの動力は電気ではなく魔力と使い魔王による人力ですが」
冥や博の遊び場の一つとして、ヴァンダルーは玩具だけではなく遊園地も小規模だが作っていた。ただ複雑な機械は作れないので、電気で動くモーターではなく魔力で動くマジックアイテムか、使い魔王達がペダルやレバーを漕いだり回したりして動力を補っている。
「……人力?」
「メリーゴーラウンドなどの乗り物系は、だいたい使い魔王が動かしています。魔力で動かすよりも楽でしたから」
禁止区域内では、念には念を入れて『ラムダ』の霊を宿らせて作ったゴーレムを使っていない。その代わりを使い魔王が担っていた。
木馬や馬車が音楽と共に回るメリーゴーラウンドの下では異形の使い魔王が歯車を回し、音楽を奏でている。お化け屋敷のお化けの人形の中身も、使い魔王である。
「いや、そうじゃなくて……人?」
ただ、博が疑問に思ったのはそこではなく、使い魔王の労働が動力を担っている事を『人力』と評す事に対してだったらしい。
「博、バンダーに慣れているからそう感じるのかもしれませんが、俺は人間です。だから、俺の分身の使い魔王も人間です」
「ええ~、そうかな~?」
ヴァンダルーの暴論に疑問を呈す博。納得してくれない彼に、ヴァンダルーは無表情のままどうしたものかと困った。
(博はめー君と違って、にょろにょろが効きませんからね。お菓子での買収を考えるべきでしょうか?)
「博、何をしている。授業が始まっているぞ」
その時、博を探しにガブリエルがやってきた。
「えっ!? 俺も受けないとダメなの!?」
「ダメなの」
博やガブリエルを含め、ヴァンダルーが保護した六道の被害者の大半の未成年者の為に、臨時で学校が作られていた。教師は冥が作ったアンデッド達で、『オリジン』の国語や数学を中心に習う予定だ。
将来、『オリジン』へ戻ると決めた時不自由しないためだ。死属性の力を与える処置をまだ受けていない被害者なら、過去を隠せば『オリジン』に戻っても普通に暮らすことができるかもしれない。
尤も、大半が『ラムダ』に移住することを決めているので、念のために過ぎないが。
「ちなみに博、『ラムダ』の言葉や魔術、伝説について教える授業も始める予定ですから、ちゃんと受けてくださいね」
「それは面白そうな気がするけど、勉強って考えると微妙な感じがする。それよりさ、魔術の修行をまた見てくれよ!」
「勉強の後でなら見ましょう」
本意ではないが、雨宮夫妻の信用には応えなければならない。それがなくても教育を受けることは博にとって将来の財産になるので、受けさせるつもりだが。
もちろん、ヴァンダルー本人が学校にプレッシャーを覚えている事は棚の上に置いておく。
「約束だぞ! 嘘ついたら崇めてやるからなー!」
「あまりわがままを言うな!」
ヴァンダルーにとっては恐ろしい脅し文句を叫ぶ博の手を、ガブリエルが引いて学校へ連れていく。
ちなみに、教師は『オリジン』で大統領や長官を務めたエリート達のゴーストだ。いい大学を出ているので、生前は国を裏切った売国奴でもそれなりに頑張ってくれるだろう。
ガブリエルと博を見送った後、『体内世界』のヴァンダルーはウルリカや真理の所へ向かった。彼女達には普通の意味での勉強は必要ないが、他の勉強……正確には勧誘が行われているのだ。
「なるほど、最近の『オリジン』はそうなっていたんですか……まさかあの子が電撃デビューしてそのままトップアイドルの地位を確立するとは。
誰がプロデュースしたのか、知ってます?」
「いや、私は知らない。さすがにアイドルの話は、六道の影武者をするのに必要なかったから」
「私も詳しくは……。冥ちゃんと見たアニメの主題歌を歌っているのが、そのアイドルだったから名前を憶えていただけで」
「……二人ともアイドルに関心がないのに、よく名前まで覚えられたわね。私はジャックと会うまで歌手の名前なんてほとんど覚えられなかったのに」
ただ、草原にランチマットを敷いて二人と話しているカナコと瞳は、まだ本格的な勧誘には入っていないようだったが。
「そうですか。実は、彼女はアイドル時代の先輩の娘さん、つまり二世芸能人なんですよね。だからちょっとだけ気になって」
「……カナコって『地球』と【ブレイバーズ】以外では社交性というか、人付き合い上手かったのね。イメージがかなり変わったわ」
「同じく」
真理とウルリカは、再会した【ヴィーナス】の土屋加奈子が以前と印象が異なる事に戸惑っていた。
「まあ、あたし達が死んでから結構経ってますからね。四年……いや、五年でしたっけ?」
「覚えてないのか?」
「はい。永遠の十五歳になったので、歳を数えるのは止めたんです」
「私は数えているわ。ジャックと一つになってから、毎日が記念日だもの」
「……カナコより瞳の方が変わったかもしれないわね。まるで別人だわ」
カナコと瞳は、再会した真理とウルリカに気さくな態度で接した。「雨宮達なら、まあ上辺だけでも一言謝った方が穏便に済むだろうけど、あなた達なら別にいいでしょう」とカナコは言い、真理はそれに「そうしてくれると助かるわ」と応えて受け入れたのだ。
なお、冥は四人とバンダーに見守られて、巨大な肉色の粘土……レギオンを伸ばしてニョロニョロを作成している。
「永遠の十五歳なら、カナコの誕生日ケーキはもう焼かなくていいですか?」
「っ!? 歳を数えるのと誕生日は別だって、前にも言ったじゃないですか!」
ヴァンダルーがそう言って会話に入ると、カナコは慌てて今年もケーキを獲得するために抗議の声をあげる。その様子を見て真理とウルリカは苦笑いを浮かべた。
二人は既にカナコがヴァンダルーの婚約者の一人である事をカナコ本人から聞かされ、腰が抜けるほど驚いた後だった。
(『地球』で助けられたからって探していた成美が『めー君と博の母親』で、『地球』では同じクラスだっただけの加奈子が『カナコ』。何が起こるか分からないのが人生って言うけど、本当に分からないものね)
そう真理が思うほど、ヴァンダルーのカナコと成美の扱いには大きな差がある。カナコは仲間だが、成美は冥と博の親……つまり、それ以外の価値を認められていないのだ。
それを知れば、既に雨宮寛人と結婚してヴァンダルー……天宮博人への思いは既に思い出と変わっている成美としてもいい気はしないかもしれない。もっとも、薄々察しているかもしれないが。
(まあ、私が同情するようなことでもないかもしれないけど)
そう考えて思考を切り替えた真理だが、ヴァンダルーが成美達に脳改造を施すことも視野に入れていたと知ったら、しっかり同情する事だろう。
同情するだけだが。真理にとっても、かつての仲間である成美達より冥の方が大切だからだ。
「まあ、冗談はともかくとして、皆の変身装具も作らないといけませんね。博はしばらくあの防御特化タイプでいいとしても。希望はありますか?」
「あ、それならジョゼフや雨宮みたいなマントが欲しい。それとヘルメットも。……顔や体を隠すときに便利そうだ」
「私は今のままでもいいけど。【メタモル】を使うとき、一緒に変化してくれると助かるけど、できる? 色だけでもいいから」
「後、ステージ映えするようにしないといけませんね」
「「なんでステージ映え!?」」
ヴァンダルーの言葉に、それぞれ希望を述べる二人。だが、ごく自然な口調で口を挟んだカナコに対して驚いて聞き返した。
「ステージ映えは重要ですよ。実際にステージデビューするかは分かりませんが、最初から選択肢を狭める事はありません」
しかし、カナコは真顔でそう答えた。
困惑する二人に、瞳がニィィっと唇を歪めて笑顔を作る。
「二人の方から、色々教えてほしいってヴァンダルーに頼んだのよね。それでヴァンダルーが『知り合いの』カナコと私達を紹介して、その人選に納得したのよね?」
なら諦めなきゃダメじゃない。そう言外に求めてくる瞳に、真理とウルリカは自分達が罠にかけられた事に気が付いた。
「ええっと、まさか私達をアイドルデビューさせようって言うんじゃないわよね?」
「そ、それはないだろう、真理。外見を若くできるお前はともかく、私なんか普通に三十過ぎのおばさんだぞ。それに歌もカラオケで歌う程度だし、踊りなんて全く経験がない。しかも、精神的に不安定だ」
「そうよね。私も、ダンスなんて六道の影武者をするために覚えさせられた社交ダンスの男性パートぐらいしかできないし」
『オリジン』でも『地球』でも、この条件でアイドルとしてデビューさせる芸能事務所は無いだろう。真理が【メタモル】をフル活用すれば別かもしれないが。
「私としてはそのつもりです。二人は期待の新人ですからね! 安心してください、この世界の芸能は『オリジン』より未発達ですから競争は激しくないし、後ろ盾は山脈並みの頼もしさなので何とかなります」
しかし、『ラムダ』の芸能界で最も有力なプロデューサーでもあるアイドルは、二人が望んでもいない太鼓判を押した。
「本気なの!? 瞳!?」
「あ、私はもうデビューしたから。それで、二人も引きずり込んで同類にしようかなって。
ちなみに、プルートー達も同様よ。最近、こうして分裂しても少しの間なら人間の姿に変身できるようになってからは、私達だけのステージもあるのよ」
「うああああっ!? 昔の仲間が私を罠にはめようとしている!? 助けてバンダーっ!」
「俺はヴァンダルーですが、まあ同一人物なので呼び方はどうでもいいとして……実際にアイドルデビューするかはともかく、歌とダンスで自己表現をするのは良い事だと思いますよ」
ウルリカが助けを求めてヴァンダルーに縋りつくが、残念なことにカナコの言う「山脈並みに頼りがいのある後ろ盾」とは彼の事だ。
「ストレスの軽減になりますし、舞踏は武に通じるとも言います。怖がらずにやってみませんか?」
「ああ……分かった……バンダーが言うのなら……やってみよう」
虚ろな眼差しになったウルリカは、そう言って頷いてしまった。バンダーや冥、博に精神を支えられている彼女は、ヴァンダルーに説得されたことで、「やってみてもいいのではないか?」と考えてしまったのだ。
「……まあ、考えてみれば他の人と同じ事をするグループに入れば、打ち解けられるようになるかもしれないし」
真理はウルリカの様子に溜め息を吐いた後、そう自分を納得させて頷いた。
この時点では二人とも本格的にデビューする気はないが、カナコもそれぐらいは分かっているので今後の算段はつけていた。
(まずは仲間内での発表会。次に親しい友人のホームパーティーの余興、そしてタロスヘイムに慣れたらバックダンサー……うん、この流れで行ける!)
アイドルと思うから特別に感じるのだ。感覚をマヒさせて、ステージを生活の一部だと感じさせ意識させない段階までもっていけば、デビューは可能だ。
ソロコンサートだとか、グループのセンターにとか、そうしたことはデビューした後考えればいい。やはり本人の希望や向き不向きがある。
ステージよりも冒険者(探索者)として活動し、功績を挙げる方が向いている人もこれから出てくるはずであるし。
(戦闘訓練の方はザディリスさんに任せてあるので、彼女なら変身装具の装備としての魅力を確実に教えられるはずです)
「じゃあ、二人ともレッスンに参加するという事で。
あ、足が崩れてますよ」
「あら、そろそろ時間だ。じゃあ、私はまたみんなの所に戻るから」
足がどろりと崩れ肉色の粘土のようになっているのに気が付いた瞳は、そう言うと変身を解いた。その途端、彼女は人一人分程度の肉塊に戻ると、レギオンの方へ這って戻って行った。
『ただいま、みんなあああああ伸ばされるぅ~』
『お帰りぃぃぃあなたも細長くなるのよぉぉ』
『ひとぉみぃちやああん……』
そして融合した途端に、冥がニョロニョロと細長くしてしまう。
「バンダーっ、できた! ニョロニョロレギオン、ニョロオン!」
『すごいですね、めー君。皆も、めー君のために柔らかくなってくれてありがとう』
『彼女は小プルートーみたいなものだからね』
『親には異論があるだろうが、あたしらの仲間同然だよ』
レギオンと冥の顔合わせも、穏やかに成功したようだ。
ヴァンダルーの【体内世界】は、体外と違ってにぎやかだった。
〇ジョブ解説:虚王魔術師
【無属性魔術】を上位スキルに覚醒させたか、覚醒させる可能性が高い者が就く事ができるジョブの一つ。『ラムダ』では無属性魔術を他の属性魔術を覚える際の練習代わりや、魔術の汎用性を増すための補助として覚える者が多数を占める。そのため、今まで属性魔術を上位スキルに覚醒させた魔術師は何人も存在するが、【無属性魔術】を上位スキルに覚醒させた者はいなかった。
そのため、【既存ジョブ不能】の呪いを受けているヴァンダルーでも就く事ができた。
当然新発見のジョブだが、魔術師ギルドでは無属性魔術を極めれば【無属性魔術師】の上位ジョブが出現することは予想していた。
しかし、その予想を確かめるために【無属性魔術】の研鑽に人生をかける者はいなかったようだ。
いくら上位スキルに覚醒しても、平均的な一流の魔術師の魔力は一万程度であり、『ラムダ』に存在する魔術媒体(いわゆる杖)の性能では、全魔力を振り絞っても【虚砲】は勿論【虚弾】を撃つことも難しいので、人生の選択として選ばないのは正解である。
〇ジョブ解説:神霊魔術師
神の領域に至ったゴーストと協力関係を結び、魔力を提供する代わりに魔術を行使してもらう【神霊魔術】スキルを主に扱うジョブ。【精霊魔術師】の上位ジョブである【精霊王魔術師】、【高位精霊魔術師】などに相当する。
ランク13以上のゴーストと協力関係を結ぶか、支配することができる者が今まで存在しなかったため、ヴァンダルーがジョブに就く事が出来た。
当然新発見のジョブであり、冒険者ギルドや魔術師ギルドはジョブの出現条件どころか、ランク13以上のゴーストが実在する事すら確認していない。
〇ジョブ解説:ダンジョンマスター
ダンジョンを作成し、支配している者が就くことができるジョブ。当然だが、通常の『ラムダ』の人間も、ヴィダの新種族も就くことはできない。(一部のヴィダの新種族はダンジョンに集落を築いているが、それはダンジョンを利用して住んでいるだけで、支配している訳ではない)
このジョブに就けるのは、未来永劫ヴァンダルーだけだろう。グファドガーンがヂュリザーナピペ(リサーナ)のように、完全に人間(もしくはヴィダの新種族)に転生した場合は別だが。
6月7日に13章キャラクター紹介を投稿し、次章のプロットを練った後に6月15日に14章開始の予定です。




