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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第二章 沈んだ太陽の都 タロスヘイム編
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三十九話 領地も世襲可能な地位も無いけど、名誉名声はある。そんな貴族に私はなりたい

 三十八話の後書きで活動報告について書いていましたが、私のミスで小説ページにリンクしていない状態なのに気がつかないままでした。


 誠にすみませんでした。

「コーヒー牛乳が欲しい」

 湯上がりのヴァンダルーは、ふと地球の銭湯でのお約束を思い出してそう呟いた。

 このラムダにもコーヒーは在るらしいが、あまりメジャーな飲み物ではなく、一部の金持ち専用の飲み物という認識らしい。


 金持ち、つまりセレブ、ブルジョア。

 そう思うと無性に飲みたくなるのだった。何処かにコーヒーの木でも生えていないだろうか?

 自作した扇風機型ゴーレムの風に当たりながら、そういえばタンポポで代用出来たなと思いだした。


「こっちのタンポポでも出来るかな? まあ、見つけたら試してみよう」

 地球では一時期伯父が「コーヒーは贅沢だ!」と言い出して飲めなかったので、中学の図書室に在った『食べられる都会の野草』を読んで、試していたのだ。

 美味しかったら皆に勧めてみよう。


「さて、じゃあそろそろ行くか。回転中止」

 扇風機型ゴーレムに命令して回転を止めると、ヴァンダルーはバスディアの身体を診るために脱衣所から出て行った。


 因みに、後日ヴァンダルーが作ったタンポポコーヒーは微妙に地球の物と植生が異なったためか、あまり美味しくなく、タロスヘイムでは流行しなかった。

 しかし、代わりに余った木材で作った、『プロペラを回転させる』『回転速度を三段階調節できる』『ヘッドを左右に振る』等限られた命令しか実行できない、扇風機型ゴーレムが流行したのだった。




「では診察を開始します」

「ああ、頼む」

 ベッドに横になったバスディアに、白衣の代わりに白い毛皮を羽織ったヴァンダルーは早速【霊体化】で霊体になった腕をずぶりと侵入させる。


 バスディアをこの方法で診断するのは初めてだが、もう何度も他のグールで経験しているので慣れたものだ。

『うん、ランクアップしたからか、身体の状態は健康そのものだ』

 血液の状態、血管、主な内臓の活動、問題無し。寧ろ活発ですらある。


 子宮も問題無し。傷や炎症、疾患は認められない。これは妊娠できないのは偶々か、ストレスのせいかな? そう思ったが、念のために卵巣もチェックしてみる。

『……ん? おかしい、何だ?』

 すると、強い違和感を覚えた。


「ど、どうしたヴァン? 手が止まったようだが……?」

 身体の中を正体不明な異物が這い回る感触に耐えているバスディアが、様子が変わった事に気がついて声を出す。

「んー……もうちょっと調べるから、気持ち悪くなったら言って」

 そう言いながら、ヴァンダルーは彼女の二つある卵巣を重点的に調べる。


 普通、卵巣や精巣には強い生命の気配がする。その気配をヴァンダルーは熱として感知していた。

 健康な卵巣や精巣の場合、霊体が触れると熱湯をかけられたような痛みすら感じるのだが……バスディアの場合は熱くない。


『卵巣が死んでる? いや、そこまでじゃない。でも正常には機能していない』

 さてこれはどういう状態なのか。繰り返すが、傷はないし疾患でもない。ヴァンダルーは地球で得た知識と、オリジンで聞かされた知識を探った。


『そういえば、俺の死属性魔術は産婦人科の分野でも役立ったって、あの研究者が言ってたな』

 常にボソボソと聞き取り難い口調で話す癖に、こっちが話を聞き逃すとヒステリックに怒鳴り散らす嫌な奴だった。いや、あいつ自身の事はどうでもいい。


『確か堕胎、避妊、性病予防……ああ、不妊治療』

 全ての症例ではなかったが、オリジンではヴァンダルーの死属性魔術によって不妊治療が上手く行った場合があった。グール達に作ったマジックアイテムのように、卵子や精子の活動時間を引き延ばしたり、卵子を【若化】させたり、色々だ。


 ただ逆に死属性魔術では対処し難い症例もあった。

『バスディアの場合はそれだ。卵子が成熟しないから、受精できない。この場合の治療には生命属性の魔術を使った方が簡単なんだけれど』

 卵巣の働きが不十分で卵子が成熟しない。だったら生命属性の魔術で卵巣の働きを活発にしてやれば良いのだが、ヴァンダルーに生命属性の適性は無い。


 タロスヘイムには幸いヌアザのように生命属性魔術の使い手も居る。彼に頼むという手段もある。しかし、彼がどれくらい生理学について知っているのかという問題もあった。

 魔術は使い手の知識とイメージに強い影響を受ける。常夏の国しか知らない魔術師と極寒の雪国しか知らない魔術師がそれぞれ魔術で氷を作ったら、極寒の雪国出身の魔術師の方が巧みに氷を作る事が出来る。


 それと同じで、内臓の働きを知らないで漠然と術を使ったのでは効果が低い。

 ヌアザにヴァンダルーが持っている知識を教えるのも手だが、算数なら兎も角生理学となると理解してもらうのに時間がかかるかもしれない。


「じゃあ、とりあえず俺がやってみて、それでダメだったらヌアザに頼むと言う事で」

「ん? ヌアザがどうかしっ……くっ、あっ、うぅぅっ」

 方法は迂遠で、踏まなければならない手順は多い。ざっくり言えば、卵巣から負の要素を吸い取って、ヴァンダルーの生命力を譲渡して卵巣が通常通り働くようにするというものだ。


 生命属性なら制御こそ難しいが一回で済む工程を、死属性で何十もの工程に分けて行う。【詠唱破棄】スキルが無ければ、一時間以上かかるだろう。

『【限界突破】を起動。ああ、脳がもう三つ……せめて後二つ欲しい』

 【限界突破】を使用しても、すぐに熱くなる頭に愚痴が浮かぶがそれも頭の隅に追いやる。


「なんだか、暖かい?」

「俺の【高速治癒】スキルと、【治癒力強化】のせいです」

 生命力を譲渡するのにも、【霊体化】した腕をバスディアの体と同一化させて彼女を自分の一部だと身体に誤解させ、【高速治癒】スキルを起動し、同時に無属性魔術の【治癒力強化】を発動させなければならない。


 そして十分ほど経って、起動していた【高速治癒】スキルが止まった。どうやら、とりあえず治ったらしい。

 卵巣は右も左もヴァンダルーの霊体を焼きそうな程生命力に溢れている。

 完治したのか、それとも一時的なものかは分からないが暫く……一ヶ月は大丈夫だろう。


「とりあえず治療終了です。これで様子を見ましょう」

「終わったのか……あ、ありがとう」

 汗の浮いた顔のバスディアが安堵の溜め息を吐く。ザディリスを【若化】した時もだが、やはり霊体に身体の中を這い回られるのは気分の良い経験ではないようだ。


「とりあえず、一月後にまた診ましょう。それまでに何かあったら相談を」

 こんな事を言っていると、なんだか医者になったような気がする。そう思ったら、ぐーっと腹が鳴いた。どうやら魔力だけではなく、体力も大分使ったらしい。

「私も腹が減ったな。よし、何か作ろう、材料はダンジョンから沢山持ってきたからな」


「お願いします」

 三歳になって数か月、まだダルシアから火を使った調理は許されないヴァンダルーだった。……【料理】スキルは持っているのだが。




 木の蓋を開けて、ヴァンダルーは彼女をそっと持ち上げた。

 【消毒】の術で消毒し、湿らせた布で彼女のきめ細かい肌を傷つけないように注意しながら拭く。【殺菌】では雑菌は消せても、埃を払う事は出来ない。


『坊ちゃん、何をやっているんですか?』

「見ての通り、ザンディアのハンドケアですが」

 何ともいえない微妙な表情をしたサムに、左手首だけのザンディアをケアしながらヴァンダルーは答えた。


「そういえば、サムも随分表情豊かになったなぁ」

 以前のサムは……御者台に座るサムの霊体は、白い人型の靄で、馬も馬型の靄程度でしかなく、表情を見分ける事は不可能だった。


 しかし【霊体】スキルのレベルが上がった今では、肌が蒼白で目が紅く輝いているが、パッと見た限りでは人間にしか見えない。髭の一本一本までリアルに再現されていて、帽子を目深にかぶれば顔色の悪い人で通りそうだ。

 馬も同様で、瞳の赤い輝きさえ目を瞑れば普通の馬に……いや普通と言うには不気味かもしれないけど、とりあえず馬には見える。


『はぁ、ありがとうございます。それよりも、何故そんなに甲斐甲斐しくお世話を? アンデッドなら分かりますが、それはただの手首だと思いますが』

 サムにはアンデッドでもない、ただ【鮮度維持】で腐敗を止めただけの手首を手入れをするのが奇妙に見えるらしい。


「雑な扱いをしたら、彼女に会った時に怒られそうじゃないですか」

 もしザンディアが知性あるアンデッドになっていた場合、自分の手首が粗末な扱いをされていたと知ったら気分を害するだろう。だからヴァンダルーはちゃんと彼女の手首を管理し、ケアしていた。

 それを聞くと、サムはほっと息を吐いた。


『そうでしたか。私はてっきり、坊ちゃんが異性の特定の部位に強い関心を持つタイプの方なのかと……』

「いや、俺は手フェチじゃないので」

 とんでもない誤解だ。そんな趣味嗜好は無いのに。


『そうでしたか。高貴な方には特殊な趣味を嗜む方も多いと聞きましたので、もしかしたらと……』

『父さん、坊ちゃんはどちらかといえば筋肉の方が好きよ』

『問題はどっちも私達には無い事よね。手首は手甲だし』

 どうやら貴族はこの世界でも業が深い存在らしい。


『貴族といえば、確認したい事があるのよ』

 っと、ダルシアがゆらりと現れ会話に加わった。

「母さん、母さんにこの方面の事を相談するのは、流石に抵抗が――」

『そっちじゃなくて、あなたが将来成りたいって考えている貴族についてよ』


 そっちの事か。良かったとヴァンダルーはほっとした。

『バスディアさんと大人になったら子供を作るって言っていたけど、本気なの?』

 ほっとするのは早かった。


「そうなるんじゃないかと」

 何分三歳児の身体なので性欲やら恋愛感情やらはまだ実感できないので歯切れは良くないが、十数年後にはそうなるだろうとヴァンダルーは思っていた。

 バスディアには好意を持っているし、美人だし、そんな相手に求められて悪い気はしない。


 異種族だけどそもそもヴァンダルー自身異種族の混血児なのだ。ちゃんと子供も出来るらしいので、特に拒否する理由は思い当たらなかった。

 元々、暖かい家庭に関して憧れもあった事だし。


『誤解しないでね、母さんもバスディアさんは良い人だと思うのよ。逞しいし、彼女ならヴァンダルーを守ってくれるって信じられるもの』

「……はい」

 微妙に異議を挟みたかったが、幼子の姿のヴァンダルーとグールアマゾネスのバスディアでは、そう思っても仕方がないと納得する。


『でも、貴族になろうとするとそういう事を煩く言ってくる人も多いと思うの。オルバウム選王国はアミッド帝国よりもずっとマシだと思うけど、ダンピールが嫌いな人もいるだろうし……』

 どうやらダルシアが心配しているのは、ヴァンダルーが貴族になる前後の事のようだ。


 確かに考えてみれば、人間社会で魔物扱いのグールとの間に子供が居るとなれば面倒な事になるかもしれない。

 地球でも火の無い所に態々煙を立てに行く輩は居たし、ダンピールが貴族になる事が気に入らない者も存在するだろう。


『あと、相続の問題もあるわね』

 サリアが言うように、子供が居るという事は相続の問題に直結する。貴族とは代々家を継ぐ者なのだから当然だ。

 そしてヴァンダルーの次の代がグールとの混血児になる可能性がある事を、選王国が認めるかは、大いに疑問だった。


 勿論ヴァンダルーが貴族になれたとしても、彼もバスディアも生まれて来た子供を人間社会の貴族にしようとは思わないが、「可能性がある」だけで本人も関係者も望んでいないのに騒ぎ出す輩は出て来る。


 それを真剣に考えて検討した訳ではないが、ヴァンダルーにはちょっと考えがあった。

「それなんですが、ちょっと軌道修正して貴族ではなく名誉貴族になろうと思うんですよ」

『名誉貴族って、確か一代限りの、世襲できない貴族の事よね?』

『ええ、確か功績を上げた貴族や、貴族でも家督を継げない次男以下の内優秀な者に与える称号ですな』


 名誉貴族はダルシアやサムの言う通り、世襲できない貴族位の事だ。基本的に治める領地も無く、生涯年金は出るがほぼ名ばかりの貴族だ。

 しかし、そんな名ばかりの貴族位がヴァンダルーには都合が良い。


『それで良いんですか、坊ちゃん? まあ、普通の人には十分立身出世ですけど』

『受け取れる年金も、普通の人の収入の数年分だって聞くけど……』

 っと、言うように世間一般での名誉貴族の扱いはこんなものだ。貴族になりたくて頑張ったけど、名誉貴族にしかなれなかったという話は、幾らでもあるらしい。


「はい、領地も役職も世襲も無い、年金があるだけで一代限りの貴族位の方がとても都合が良いから」


 まず領地だが、これは当然要らない。何故ならヴァンダルーには領地経営のノウハウが無いからだ。信用できる家臣を探して雇えばいいのだろうが、それは独力では難しそうだ。どう考えても持て余す未来しか見えない。

 領民無しで良いなら、【ゴーレム錬成】で色々出来ると思うのだが。


 次に役職だが、これも身に余る。合計で四十年程生きているヴァンダルーだが、社会人経験は無い。教えて貰えば出来るだろうが、あまり楽しい作業だとは思えない。


 そして世襲だが、これは以前冒険者ギルドでダンピールの寿命を見た瞬間に「あ、無理だ」と思った。推定だが殺されない限り三千年以上生きるのに、世襲する貴族位につけるはずがない。


 なので、目を付けたのが名誉貴族位だ。領地も役職も世襲も最初から無し。でも貴族位ではあるから周囲からは貴族として敬われる。

 なるのも領地と世襲可能な爵位を求めるよりはずっとハードルが低いだろう。


「俺が貴族に成りたかったのは、オリジンから転生してくる奴らが俺を殺す事を躊躇う立場と贅沢が出来る資金力が欲しいからだったので、名声があれば貴族でも名誉貴族でもどっちでも良いんだ」


『資金力の方はどうするんです?』

「それは普通に冒険者として稼げばいいかと。皆、頑張りましょう」

 今日攻略したガランの谷で剥ぎ取って来た素材だけ見ても、冒険者ギルドに売ればかなりの額になる。三歳の段階でそれだけ稼げるのだから、このまま努力を続けて行けば下手な貴族よりも稼げるようになるはずだという目算がヴァンダルーにはあった。


「それに、名誉貴族なら貴族位の返上も簡単でしょうし」

『ええっ!? 返上するの!?』

「はい。俺以外の転生者と話が付いたら、それも視野に入れようかと」

 そしてヴァンダルーにとって貴族位とは目的を達成するための道具でしかない。


 確かに貴族の位は便利だろう。権力や特権を振るうのはさぞ気分が良いだろうし、貴族しか口に出来ない美食や貴族しか入れない高級店、目に出来ない芸術品の数々が存在するに違いない。

 しかし、それらの特典よりも負担の方が大きくなったら? バスディア達グールやサム達アンデッドとの交流を妨げられ、面倒な権力闘争に巻き込まれるとしたら、どうすれば良い?


 簡単だ。役目を終えた道具は返してしまえば良い。

「下手に領地が在って領民が居ると責任があるので返上できませんけど、名誉貴族なら責任も何も無い。返上して百年ぐらい隠居して、ほとぼりが冷めるのを待てば良い」

 ヴァンダルーがそう言うと、サム達は思わず絶句していた。


 この世界では貴族という存在はそれだけ特別であり、同じ人間の筈なのに平民とは別の生き物であるかのように扱われ、貴族の中には実際自分と平民は別の生き物であると言って憚らない者も少なくない。

『確かにその通りだわ。凄いわ、ヴァンダルー。そんなに考えていたなんて、母さん見直しちゃった♪』

 ダルシアはそう言うが、それは彼女が貴族制度と縁遠いダークエルフの集落で育ったからだ。


 サム達のように貴族に仕える使用人だった者には、ヴァンダルーの意見は衝撃的だった。

 彼が地球の近代日本の価値観を持っているからこそ言える台詞だ。人類皆兄弟とまで言うつもりはないが、貴族と平民は別の生き物だと言われても失笑しか出て来ない。


 まだ硬直しているサム達に、ヴァンダルーはその価値観に基づいての発言が不快にさせたかなと不安になった。

『なるほど……流石は坊ちゃん』

 しかし、そんな事は無かったらしい。暫しの硬直の後口を開いたサムの表情は、何故か感動が浮かんでいた。


『貴族の位など坊ちゃんにとっては足掛けに過ぎないと言う事ですな!』

「……え?」

『女神様の神託で予言されるような、非凡な方は野望も非凡なんですね!』

「ちょっ――」

『しかも、我こそが予言の御子なりってボークスさんに宣言したとか! やっぱりこのタロスヘイムを足掛かりに大陸統一とか目指すんですか?』

「それは冗談というか、からかってますよね?」


 なんだか色々と一人歩きしている噂や誇張されている事実があるらしい。そこまで大それたことをするつもりはないんだけどなと、ヴァンダルーは頭を掻いた。

 やっても、精々タロスヘイムの再興ぐらいだと思うのだが。


『大丈夫よ、ヴァンダルーは褒められると伸びるタイプだから。きっと千年後には大陸だって統一出来るわ』

「それはちょっと気が長すぎだと思う」

 流石に千年かけられる程、大陸統一に対して情熱は無いのだが。それに大陸だって易々と統一される訳がないだろうし。


 人生は望んだからといって、その通りになるとは限らない。しかし、目標としては妥当だと思うのだ、名誉貴族は。




 翌日、ボークスがまだ戻って来ないのでジョブについて聞くのは後にして、ヴァンダルーはザディリス達の修行に付き合う事にした。

「今日は坊やが付き合ってくれるからの、特別な修業を行う」

 場所はタロスヘイムの城壁の外。そこにザディリスを初めとしたグールの魔術師達や、ブラックゴブリン、メメディガを含めたアヌビスが集まっていた。


「では、【詠唱破棄】スキル獲得を目指した修業を開始する」

 おーっ! そう歓声が上がる。【詠唱破棄】スキルは、魔術を行使する上で必要な呪文の詠唱をせずに魔術を発動できるようになるスキルだ。


 その効果は絶大の一言に尽きる。

 準備時間も予備動作も無く、魔力と知力の限界こそあるものの魔術を連打でき、更に呪文詠唱から敵に魔術の内容を知られる事も、妨害されて術が不発に終わる事も無くなる。

 呪文詠唱にかかる時間を短縮する【詠唱短縮】スキルよりも習得難易度は格段に高いが、効果も段違いだ。


 ただ習得の方法は単純極まる。呪文を詠唱せずに魔術を使い続ければ良いだけだ。

 尤も、呪文を唱えずに魔術を発動させるのに必要な魔力は最低でも数倍で、術の威力は十分の一以下。熟練の魔術師でもそう何度も出来る事ではない。


 それに挑戦するため、ザディリス達は無言で魔術を発動させる。

 ザディリスの指先に蛍の光のような太陽の光に紛れてしまう程度の光が灯る。他のグールや巨人種アンデッド達の指先やすぐ近くで水滴が滴ったり、小指の先程度の大きさの火が付いて消えたり、微風が吹いたりした。

 それを数回繰り返すと、魔力が切れた者達が続出する。


「坊や、頼む」

「はーい」

 それまで見ているだけだったヴァンダルーが返事をすると同時に、彼の腕が【霊体化】し、管の束のような形に代わる。そして、管がザディリス達に触れるとそのまま【魔力譲渡】で彼の一億を超える魔力が注がれる。


 これがこの修業の胆だ。ザディリス達は魔力が足らないので【詠唱破棄】スキルの修行をしても、目標達成まで時間がかかりすぎる。ヴァンダルーは魔力を増やす修行をしようにも、一億以上ある魔力を使い切るまでに普通だと一日が終わってしまう。


 そこでヴァンダルーがザディリス達に必要な魔力を供給する。するとヴァンダルーも楽に速く魔力を使い切る事が出来るのだった。

「うむっ、修行を続けるぞ!」

 こうしてザディリス達は、一日で十日分の修行が出来る環境で【詠唱破棄】スキル獲得のために励むのだった。


 問題は……。

「意外と暇だなー」

 魔力の供給源が修業をしている実感を得られず、暇そうにしている事だろうか。座禅でも組んで、瞑想すればそれらしく見えるかもしれない。




・名前:バスディア

・ランク:5

・種族:グールアマゾネス

・レベル:0

・ジョブ:戦士

・ジョブレベル:24

・ジョブ履歴:見習い戦士

・年齢:27歳


・パッシブスキル

暗視

怪力:4Lv(UP!)

痛覚耐性:2Lv

麻痺毒分泌(爪):3Lv

魔術耐性:1Lv(NEW!)

直感:1Lv(NEW!)


・アクティブスキル

斧術:4Lv(UP!)

盾術:3Lv(UP!)

弓術:3Lv(UP!)

投擲術:2Lv(UP!)

忍び足:2Lv(UP!)

連携:3Lv(UP!)



・状態異常

不妊→完治




・グールアマゾネス


 魔術の素質があるグールの女性が、魔術ではなく武術を習得し研鑽を磨きグールウォーリアーにランクアップした後もそれを継続すると、この種族にランクアップする事が出来る。

 姿形はあまり変わらないが、全身に刺青のような文様が浮き出る。身体能力が大きく上がり、更に文様の効果で【魔術耐性】スキルを獲得し、更に魔術に関する素質が上昇する。


 かなりの希少種で、まず同じ集落に二体以上のグールアマゾネスは存在しない。群れではリーダーになる事が多く、グールアマゾネスが存在する群れでは女グールの立場が強くなる傾向がある。

 また、真偽は不明だがグールアマゾネスに率いられた女だけの群れが、魔境の奥深くには存在すると言われている。


 グールアマゾネスのランクアップ先は不明であり、今まで確認されていない。しかし今までのように武術だけではなく、魔術も極めた個体が更なる上位種にランクアップするのではないかと推測されている。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここまで読んでてどうしても違和感をおぼえていたけれど、やっぱりと思ったのが、転生者と話し合うというところです。プロローグの時には殺すと言ってたのに対して今では話し合うという形になってい…
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