閑話57 不完全な理想郷
拙作にまた新しいレビューを頂きました! ありがとうございます!
崩れた壁に埋もれた六道は、立ち上がりながらも愕然としたままだった。
「馬鹿な……この私が、神となったこの私が……雨宮でも娘に憑いている天宮博人でもなく、ただのガキに……!?」
自分を一発の魔術で吹き飛ばして壁にめり込ませた。それがこれまで最大の脅威として認識していた雨宮寛人や、最近になってようやく認識した天宮博人だったのなら、彼は納得しただろう。
『思い知ったか! このハ~ゲ! ハゲ道!』
だが、それをしたのは雨宮博。雨宮寛人の息子だった。
六道が知る限り、雨宮博は特別ではない。彼が調べたところ、転生者のチート能力や幸運は血によって遺伝されない。それ以外に身体的な素質は遺伝するが、それだけだ。ほかの子供より才能豊かになる可能性が高いだけで、同じくらい優秀な子供はこの世界にいくらでもいる。
雨宮博もその例外ではない。たしかに、あと十年あれば、彼はチート能力を除けば【ブレイバーズ】のメンバーに引けを取らない実力を持つ立派な戦士になったかもしれない。六道も警戒する捜査官や、科学者、魔術師になれるかもしれない。
だが、今はただの少年のはずだ。同じ年頃の子供の中では抜きんでていても、『アークアバロン』となった六道にとっては誤差の範囲でしかないはずだ。
「その貴様が、何故……がはっ! ぐぅっ」
六道は吐血すると、博の放った【魔力弾】が直撃した胸部を押さえた。肋骨が折れ、骨が肺に刺さっている。それに気がついた彼は、さらに驚愕した。
(とっさに張った結界がなければ、肋骨だけではなく心臓と肺を叩き潰されていたかもしれない! 神になった私が、何故っ!? ……そうか、わかったぞ)
「六道さん!?」
「心配は無用だよ、守屋。この程度の傷はすぐに治る」
元々生命属性は使えなかった六道だが、今は他の属性の回復魔術も使えない。しかし、『アークアバロン』は最初から回復魔術が使えなくなることを予想して、対策を盛り込んでから培養された肉体だった。
六道の想定よりはやや遅れているが、驚異的な速さで肺と肋骨は再生しつつある。
『父さん、大丈夫? 怪我してない?』
「ああ、大丈夫だ、博。それより、その格好は……僕達のスーツと同じ物か。彼からもらったのか?」
『うん、父さん達みたいなのが良かったんだけど、防御特化だからってバンダーが』
雨宮の方は、見た目だけなら六道よりも悪役らしい格好になった博と会話を交わしていた。そして、安心した。
「そうか、彼が防御特化とまで評したスーツなら、大丈夫だな」
『でも、格好悪くない? バンダーの奴、絶対目が多い方がクールとか、そんな勘違いしてるよ』
「そんな事はないさ、決まってるよ。最近の漫画や映画じゃ、見た目は悪そうだけど心の優しいキャラクターに人気が出るそうじゃないか。それと同じさ」
『父さん、見た目が悪そうにしても限度があるよ』
『親子の会話の途中で恐縮ですが、今のうちに追撃しなくていいのですか?』
博が出てきた壁の穴から、バンダーが現れた。背後には真理もいる。
「パパっ! 兄ちゃんは、ニョロニョロがあればもっと格好良くなると思う!」
そしてバンダーの中には冥もいる。
「君か。博にまでスーツをありがとう。助けに行った被害者と、ウルリカ達は?」
『博に手伝ってもらって、安全地帯を作ってきました。悪の魔術師の研究所はいいですね、使える物資に事欠かない』
六道が放った死の衝撃波のように、死属性魔術に対する本格的な防御が施された部屋はこの施設に存在しない。
そのため、変身装具を着た博に適当な床や壁を剥がしてもらい、バンダーが研究室等から集めた素材まで惜しみなく費やして、【錬神術】で魔術を付与して即席の対死属性魔術シェルターを作り上げた。
『もしもの時のためにウルリカと、彼女を宥めるためにガブリエルを置いてきました。また死の衝撃波を六道が放っても、平気でしょう』
そう答えながら、バンダーは戦況を見回してこう続けた。
『博、ボコールとユキジョロウを助けに行ってくれますか? 彼の変身装具は、あなたの装具ほど丈夫ではありませんから』
『えっ、俺でいいの!?』
『大丈夫です。両親には俺から言っておきますから』
「冥からも言っておく!」
『いや、目の前にいるし』
そんな博を雨宮は苦笑いを浮かべて見送った。博の防御特化の変身装具は耐寒性も優れており、守屋が作り出した冷気の人工精霊ユミールの攻撃を防ぎきり、難なくボコールと交代することができた。
そして、バンダーが博にそれを頼んだのは彼を気遣う故だ。以前とは違う姿とは言え、一度は尊敬していた六道とこのまま相対させ続けるより、しょせん人工の魔力の塊であるユミールの相手をさせた方が彼のストレスは軽くて済むだろう。
「ありがとう」
『それより、国防総省がプルートーの死の魔力で包まれたときに使った、生命属性と光属性の魔力を合わせた魔術は使わないのですか? それなら、六道の死属性魔術にも対応できるはずですけど』
それを察した雨宮の礼を無視して、バンダーは尋ねた。『蒼炎剣』のハインツが使った対死属性魔術と同じ原理の魔術なら、六道の結界も難なく破れるはずだと。
「残念だが、あれは無理だ。あれを使うには二つの属性を一つの魔術に収束し、維持するのに集中しなければならない。そのため、僕はそれ以外の事ができなくなる。
あの時は術者のいない、ただ漂っている暴走した魔力にぶつけるだけで良かったが……」
『六道のように動き回る敵には無理ですか』
「習熟しようにも、使う機会がなかったしね。アンデッド関連の任務は六道が他のメンバーに振っていたし。多分、切り札を持たせるのが嫌だったんじゃない?」
真理の言うように、『第八の導き』が壊滅してからは死属性の魔力は以前に創られたマジックアイテムに付与されたものだけで、雨宮が相手をするような任務はなく、腕を磨く必要性はほとんどなかった。
それに、暴走したプルートーの魔力という例外を除けば、限定的死属性魔術師と戦うのは他の属性魔術や武器だけで充分だったという理由もあり、雨宮はその魔術に集中して技を高める必要がなかったのだ。
「『第八の導き』の残党がいるらしいと聞いてから、多少はトレーニングを積んだから、少しは動きながらでも使えるが、六道相手には難しい。期待を裏切ってすまないが」
『その装具を身に纒っていれば、多少は使えるようになるかもしれませんよ。魔術媒体としての性能には自信があるので』
「そうか、じゃあ試してみよう」
「話は一段落したかな? なら、私に代わってもらいたいな。世界で初めて死属性魔術を習得した魔術師と、この『アークアバロン』を生み出すのに貢献してくれた失敗作と、話がしたいのでね」
雨宮達が話している間に傷を再生させた六道が、そう話しかけてきた。
『俺は話すことは何もありませんが』
「僕も。子供の前で恨み言を言うのもみっともないし」
「そうか、それは残念だ。先達に私の魔術の技を見てほしかったのだが……このようにね!」
六道は、見せつけるようにして再び黒い死の衝撃波を放った。しかし、既にそれが効かないことを知っている雨宮達に動揺はない。
しかし、バンダーは舌打ちの代わりのように節足の一つを床に打ち付けた。
外に展開しているヴァンダルーの魂の負担が増えたからだ。しかも、外ではまた他の基地から来たらしい戦闘機が蠅のように飛び回っていて、負担は増えるばかりだ。
六道の魂を砕くために施設の中に入りたいのだが、それがまたできなくなってしまった。
「どうかな? 外の君に防がれてしまう程度の術だが、なかなかのものだろう? 少なくとも、そこの失敗作や君には使えないようだが」
『……まあ、たしかに使えませんが』
「う~っ」
得意げな六道に、苛立ちが籠った視線をバンダーの代わりに向ける冥。彼の内心の感情は、彼女が代弁しているのでとても分かりやすい。
そして『死の衝撃波』は、六道が言う通りバンダーやヴァンダルーにとっても、『使えない』術だった。
『俺は魔力が大きいために、どうしても制御力がいい加減ですからね。お前のように、配下を対象外にするような器用なことができない。使ったら、自分でも把握しきれない範囲にわたって無差別に攻撃してしまいかねない。だから使えないだけです』
ただ、それは攻撃手段として使えない……有用ではないから使わないだけだった。
ヴァンダルーが『ラムダ』世界で同じことをすれば、百億以上の魔力を込めた死の衝撃波が全方向に向かって放射され、無関係な人々だけではなく彼の仲間すら巻き込まれてしまう可能性が高い。
そうでありながら、死の衝撃波は大雑把な攻撃でしかない。雑魚にとっては逃れようのない広範囲の無差別攻撃だが、ヴァンダルーが警戒するような実力者にとっては大量の魔力を薄く延ばして放つ雑な攻撃でしかない。結界を張るなり、攻撃魔術を放って衝撃波に穴をあけて潜り抜けるなり、何らかの方法で回避してしまうだろう。
たとえば、試練のダンジョンに入る前のハインツ達なら殺せたかもしれないが、今のハインツ達にはとても通じないはずだ。
そんな雑な術を仲間の犠牲前提で使うよりは、他の指向性のある術や【魔王の欠片】を使って戦った方がよほど有用だ。
『まあ、あなたが使う分には間違っていないと思いますよ。少ない魔力で俺の本体を抑えられる、小賢しいが作戦的には正しい選択です』
「……言ってくれるじゃないか」
バンダーの評論に六道はプライドを傷つけられたが、冷静さを保とうと顔を僅かに歪めるだけに留めた。
『いや、自分を棚に上げて真理を失敗作呼ばわりするあなたほどではありません』
だが、次のバンダーの言葉によって六道の自制心に大きな亀裂が入った。
「それは、どういう意味だ? 私が、この『アークアバロン』がそこの失敗作と同じだとでも言いたいのか!?」
以前の彼なら、『アンデッド』との遭遇以後十年以上に渡って野望を隠し、表と裏の顔を使い分けていた頃の自制心があれば、この程度の事で動揺を露にすることはなかっただろう。
だが『アークアバロン』に自力で転生し、それまでとは比べ物にならない力を手に入れた彼は、肉体だけではなく精神にも変調をきたしていたのだった。
今の彼は、以前の自制心を持ち合わせていない。
「子供の操り人形風情が! いいだろうっ、貴様を操る雨宮冥を殺し、この世にしがみつく貴様を消し去り、私こそが唯一の死属性魔術師となる!」
『真理を失敗作呼ばわりするだけでなく、めー君が俺を操っているとは……苛立ちのあまり殺意を覚えますね』
そして、バンダーの自制心も振り切れる寸前であった。
ヴァンダルーの一部であるバンダーは、彼と同じ人格の持ち主である。つまり、身内贔屓で過保護な性格の持ち主だ。
それが取るに足らない有象無象からならともかく、六道のような真理を苦しめ冥を狙う張本人の口から彼女達を侮辱する言葉が出るのは、彼にとって耐えがたい事なのだ。
だが、体から死属性の魔力を漲らせて攻撃魔術を唱える六道とは違い、激高することはなかった。
『では、六道の相手をお願いします』
「……挑発するだけして僕に任せるのか。いや、最初からそのつもりだけど」
『めー君と真理も援護しますから』
「パパ、がんばって!」
バンダーの胸元から顔とステッキを持つ手を出した冥の声援を受けながら、雨宮は再び六道と戦うために前に出た。
「貴様は、私にとってもはや脅威ではない!」
そう叫びながら、六道が青白い炎の矢を放ち、青白い炎の鞭を繰り出す。触れれば体温を奪われ、死んでしまうだろう。
「それは驕りすぎだ!」
雨宮はその青白い炎に対して、水属性魔術の乱射で応じた。熱を含まない冷気の矢や槍に、六道の青白い炎は効かない。しかし、六道は雨宮の攻撃魔術が届く前に、自身を中心に結界を張り巡らせた。
「私は『アンデッド』……天宮博人以上に死属性魔術を使いこなしている! 奴が使った術は、全て使うことができるのだ!」
六道が叫ぶと同時に、【吸魔の結界】が雨宮の攻撃魔術を消し去る。
「くっ、【命輝剣】!」
雨宮は自身の攻撃失敗に舌打ちをしつつ、光属性と生命属性を合わせた刃を作り出した。これが、彼が対『第八の導き』の残党用に最近編み出した魔術だ。
以前は手から照射する事しかできなかったが、手元に留めて近接武器として扱い続けることができるようにしたのだ。
(このスーツのおかげか、今まで使っていた魔術媒体で唱えた時よりもずっと安定している。これならいけるか!?)
雨宮は剣を振るって青白い炎をかき消し、鞭を切断する。
「なるほど! 君も研鑽は怠らなかったようだ! だが、私に魔術で勝てると思うことこそ驕りだ!」
しかし、六道は黒い雷や結晶を作り出し、雨宮に向かって放ち続けた。かわしきれないそれらを【命輝剣】で叩き落とすたびに、雨宮の魔力は削り取られていく。
「その対死属性魔術の効果は絶大だ! だが、私を間合いに収めるまで保つか――」
『めー君、今です』
「起きて!」
「おわっ!?」
勝ち誇る六道の足元の床が、忽然と消えた。ステッキを振った冥によって、霊が床に憑依してゴーレムと化し、形を変えたのだ。
「ぐっ、おおっ!? お、落とし穴だと!?」
穴は六道の下半身がすっぽり入る程の深さだったため、転落して体を打ち付ける事はなかった。しかし、前触れもなく地面が消えたため、彼の体勢は大きく崩れた。
それは雨宮が接近するのに十分な隙になった。
「すごいな、うちの子供たちは」
そう言いながら、素早く剣を六道の頭部に向かって突き出す。
「くっ! いつから貴様の家では化け物に家庭教師をさせるようになったんだ!?」
「さあ、正確なところは僕も知らない!」
とっさに【吸魔の結界】を盾のように張って剣を防ごうとする六道だったが、雨宮の対死属性の剣は結界をやすやすと切り裂いてしまい、目隠しほどにしか使えない。
武術でも六道は雨宮に引けを取らない、『アークアバロン』となったことで身体能力が上がった今では僅かに上回っている。
しかし、下半身が穴にすっぽり入っていて動きが取れない状態では、雨宮の剣をさばき続けることはできない。
致命傷には程遠いが、雨宮の剣が六道の体に幾筋もの傷を刻んだ。
「ぐううううう!」
その傷は博の【魔力弾】によるものよりもずっと浅かったが、六道に鋭い痛みを与え、また傷口から流れる青黒い血は止まる気配がなかった。
死属性魔術を使うのに適した肉体を創ろうとするあまり、彼の肉体は死属性の魔力を含みすぎていた。そのため、【命輝剣】の攻撃に極端に弱くなってしまったのだ。
「六道さん!」
とっさに守屋達が駆けつけようとするが、今度はそれぞれを相手にしているデリックたちがそうはさせまいと押さえにかかる。
「くっ、邪魔なんだよぉ!」
【ナイト】の鍋島は空間属性の鎧で岩尾の銃や魔術による攻撃を歪曲させ、振り切ろうとする。
「それはお互い様だ!」
しかし、空間を捻じ曲げても回避できない重力の槌を岩尾が放ち、動きを止める。
「子供たちが頑張っているのだもの。情けない姿を見せるつもりはないわ!」
【一寸法師】の矢崎が放つ巨大化した銃弾を、成美は危なげなく魔術で作り出した壁で防ぎきる。
「あんたの事は、昔から気に食わなかったの……よ!」
状況を打破しようと、矢崎は土属性魔術で作り出した小さな石の散弾を、成美に当たる寸前に巨大化して意表を突こうとしたが、それも読まれており彼女が再び作り出した魔術の壁で防がれてしまった。
鍋島の【ナイト】は鎧の属性・特性によって弱点があり、それを見抜かれると弱いという弱点があった。そして矢崎の【一寸法師】は、物体しか大きくできない。そのため、どんなに大きくしても同じ物体で防がれてしまう。
もちろん二人はそうした弱点があっても、【ブレイバーズ】のメンバーの中では強い部類に入る。弱点があったとしても、それを補える実力と経験もあった。しかし、対する岩尾や成美もそれは同じだ。
そして鍋島と矢崎には六道の死属性魔術による付与魔術の援護があるが、岩尾と成美にもバンダーから渡された変身装具がある。
そして、変身装具の高性能さから戦況は【ブレイバーズ】の方に傾きつつあった。
「くそっ! 雨宮の家には化け物しかいないのか!?」
唯一フリーに見えるのは【シャーマン】の守屋だが、彼は自身のチート能力で作り出した人工精霊の制御で手いっぱいの状況だ。
イフリートもカロンも、ジョゼフと陽堂の善戦によって身動きが取れない。ユミールに至っては、今は博によって一方的に殴られている。
『このっ! このっ! このぉ!』
腕を振り回すだけの、技など何もない力任せの攻撃。だが、それをしているのは巨大な怪物型の金属製スーツを着ている少年だ。
防御特化のはずなのに、一撃が信じられないほど速く、重い。これで動きに無駄がなければ、ユミールは既に粉々に砕かれていただろう。
しかも、その間にボコールは七森の【アスクレピオス】で治療を受けており、ユキジョロウは既にイフリートの相手をしているジョゼフの援護に向かっている。
このままでは六道の救援に向かうどころか、守屋自身が救援を必要とするのも時間の問題だ。
「手が足りない……!」
守屋の悔しげなうめき声が、六道が抱えさせられた弱点を表していた。
本来なら、六道の策が成った時点で【ブレイバーズ】は分断されて纏まった戦力を失うはずだったのだ。雨宮達を始末するのに失敗したとしても、それぞれの居場所は異なっており、六道達の協力者が牛耳る国際的な航空網を使わなければ、合流もままならない。
だが、大型のバンをぶら下げて飛行するモンスターによって雨宮達は合流しチームを維持することができた。
逆に、六道達は雨宮達を各個撃破するために派遣した【バロール】や【スレイプニール】、【アレス】、【アルテミス】、【倶生神】、そして起死回生の一手だった【コピー】まで返り討ちにされてしまった。
そして使い捨ての戦力として使えるはずだった実験体も、裏切り者が出てしまいこの局面では使えない。アンデッドは、言うまでもないだろう。
各個撃破を狙ったはずが、逆に各個撃破されてしまい、戦力が不足してしまったのだ。
その事を『アークアバロン』に転生することに成功した六道は、全能感に酔ったことで、そして守屋達も生まれ変わった六道への崇拝によって、忘れ去ってしまったのだ。そもそも、自分達はどうしようもないほど追い詰められていたという事実を。
だが、このまま六道も終わりはしない。
「私を舐めるなぁっ!」
死属性魔術で酸性の霧を作り出したのだ。雨宮は刺激臭を警戒して反射的に距離を取り、その間に六道は自身の脳のリミッターを外し、限界以上の身体能力を発揮して落とし穴から跳ねるようにして脱出した。
「無生物を操作する……アンデッド化させる魔術か。それぐらい、使い方の見当はついている!」
『アンデッド』が行っていた、無生物のアンデッド化。それを真理は死属性魔術師の『ブラックマリア』となった後も、使うことはできなかった。
六道はそれを真理自身の技術力の欠如、もしくは失敗作であることが原因だと考えていた。
だから、『アークアバロン』となった今の自分なら、使うことができるはずだと確信していた。
「目覚めよっ! そして私に従え!」
六道の声に応えて、ゴーレムと化した床と天井が雨宮とその後ろでこちらを見ているバンダー達を襲う……ことはなかった。
「な、なにっ!? なぜ動かない!?」
床や天井はゴーレムになることはなく、ピクリとも動かなかった。
「めー、君」
「うん。目覚めて、そして私に従っちゃえ?」
だが、促された冥がステッキを振るった次の瞬間、驚愕のあまり動きを止めた六道の周りの床から無数の手が生えて彼の脚をつかんだ。
「っ!? ぐごあっ!」
そして、天井がハンマーのように六道の頭部を打ち付けた。そのまま続けて叩き潰そうとする天井から、六道は脚をつかみ続ける変形した床の手を強引に砕いて逃げ出す。
「何故だ、あの子供にできて何故私には、完璧な私にはできない!?」
実際に受けたダメージ以上に大きな衝撃を精神に受けた六道が、狼狽のあまり喚き散らす。その彼を冥は不思議そうに見つめた。
「なんでみんながおじさんの言うことを聞いてくれると思うの? みんな、おじさんが大嫌いだって言ってるのに」
冥の周囲には、六道が使い捨ててきた実験体の霊や、つい先ほど殺した協力者の霊、そして捨て石にした警備の兵士達の霊が集まり、笑っていた。
彼女の役に立てることを喜び、彼女の敵である六道の無様な様子を嘲笑っている。だが、六道の目にその笑顔は見えず、声は耳に届かない。
「何故だ! なぜ霊を支配できない!? 今の私は『アンデッド』に匹敵する魔力と、上回る制御力を持っているというのに!」
なぜなら、彼は死者の霊を認識できるだけだからだ。
その霊が何を思い、何を訴えているのか、そもそも誰の霊なのかも分からない。わかるのは、霊の位置と数だけだ。
それは彼の肉体や魔術の腕に問題があるからではない。彼が死者の霊を区別する存在として認識せず、また死者の霊も彼に認識されたいと思っていないだけだ。
ステータスシステムが存在する『ラムダ』風に評するなら、『アークアバロン』となった六道は真理と同様に【死属性魅了】を持っていないのである。
そして、六道はそれに気が付かないまま『アークアバロン』に転生して死属性魔術を使っている。
「何故私には従わない!? まだ不完全だというのか!? この私が、この『アークアバロン』が!?」
だから、今の今まで自分が不完全だとは夢にも思わなかったのだ。
「どうやら、ボロが出てきたようだな!」
動揺を露にして喚き散らす六道に、容赦なく雨宮が剣を振るう。六道はとっさにそれを結界で防ごうとするが、無駄なことだ。
【命輝剣】が結界ごと六道の頬をかすめて耳を削ぐ。
「うぐああああっ!」
とっさに首を逸らして頭を守るだけで精いっぱいだった。以前の六道なら、こんなことにはならなかった。明らかに相性が悪い属性の魔術ではなく、他の属性の魔術を使って回避し、体勢を立て直す。
光と生命以外の全て(オリジンに存在しない時属性を除く)の属性の適性を持つ彼は、巧みに術を使い分けていた。
だが、今は死属性だけしかない。絶大な魔力と他の属性にない特殊性を手に入れた代わりに、他の属性の適性を失ってしまった。そのため以前の彼にあった応用力が、予期せぬ事態に対応する手段が失われてしまったのだ。
「よくも、この私の体に傷を……! くらえっ!」
六道は再び魔術で作り出した毒を煙状にして散布し、雨宮から距離を取ろうとする。
「くっ!」
雨宮は舌打ちしながらも、毒煙を避けるために距離を取るしかない。彼の変身装具を作ったのはヴァンダルーであるため、死属性の魔術はある程度防いでくれる。しかし、魔術で創った毒に対する備えは十分ではなかったのだ。
『ラムダ』なら耐性スキルで対応できるため、装具自体の対毒性を高めるための技術がおざなりになってしまったのだ。
「めー、君」
「はーい、みんな起きてね!」
その隙を補うべく冥が三度床をゴーレムにするが、六道は落ちる前に素早く床を蹴って飛びのく。
「何度も同じ手を……っ!?」
憎々しげに冥と彼女に憑いている化け物を睨んだ瞬間、六道は気が付いた。目の前に迫る雨宮と、冥によって突き付けられた自分の不完全さに気を取られていたが、真理がいつの間にか姿を消していることに。
そして同時に気が付いた。自分のすぐ近くの空間に何者かが、【メタモル】で体表を壁や床と同じ色に変化させた真理が潜んでいることに。
「そこだ!」
死の衝撃波をそのまま手に留め、さらに【殺傷力強化】を付与した拳を、隠れ潜んで隙を狙っていただろう真理に叩きつけようとする。
この拳を受ければ生命力を急激に失い、いかに重要器官を【メタモル】で複製できる真理でも致命傷は免れない。
『ええ、ここです』
しかし、拳を受けたのは真理ではなく、【魔王の墨袋】から出した墨で体の色を変化させたバンダーだった。
「っ!?」
『では、お返しです』
四本の手に生えた鉤爪を、六道の肩と手の甲に突き刺す。同時に、節足のうち一対を使って六道の足の甲を貫いて床に縫い止める。
「――――っ!?」
六道が激痛のあまり声にならない絶叫をあげると同時に、【メタモル】でバンダーに化けていた真理は元の姿に戻った。その腕には冥と、赤黒い宝珠が抱かれている。
「ぷっはぁ! きつかったぁ……呼吸はしにくいし姿勢を保つだけで背筋は痛くなるし……でたらめな構造しすぎよ。ねぇ、ママ?」
「でも、ニョロニョロいっぱいだよ? お目めも多いし」
真理がバンダーに化けて入れ替わったのは、六道が「化け物は冥から離れないだろう」と思い込んでいると予想し、それを利用してバンダーが攻撃を仕掛けるための作戦だった。
そのため冥と彼女に【魔力譲渡】を行うための【魔王の宝珠】を残してバンダーは真理と入れ替わり、数十メートル程離れた六道に忍び寄ったのだ。
これも、六道に霊を魅了する力があれば霊達からの警告によって容易く見抜けた作戦だった。
だが、こうなっては六道に先はないと雨宮は、そしてバンダーも思った。
鋼鉄を飴細工のように引きちぎれるバンダーの手から逃れることは不可能であり、助けに入る部下達ももういない。鍋島は魔力が切れたところをボコールの能力によって癌細胞を急激に増殖されて倒れ、矢崎もイフリートを消したユキジョロウの手によって全身に重度の凍傷を負っている。
そして守屋は全ての人工精霊を倒され、魔力を失い床にへたり込んでいた。
三人とも生きているが、とても動くことはできない。
バンダーもこのまま六道の魂に恐怖を刻み込んでから殺すか、死の衝撃波を打ち消すのに忙しい本体に直接渡して魂を砕けば、戦いは終わりだと思っていた。
だから、油断がなかったかと問われたら、首を横に振るしかない。
「こんなところで、私は終わらない。まだ……まだだぁぁぁぁ!」
六道からそれまでよりも一層激しく死属性の魔力が迸ったかと思うと、彼は両肩から先と膝から下を引きちぎり、バンダーの腕の中から脱出した!
申し訳ありませんが、次話も予定より一日遅れた、5月16日中に投稿させていただきます。




