閑話54 六道転生
大変遅くなり、申し訳ありません。
六道の本拠地の入り口を守る傭兵や、傭兵に扮した北欧連邦や中華共和国の正規兵も、時が来れば化け物と戦う事になると理解していた。
そう、化け物だ。【ブレイバーズ】と名乗る、化け物ども。特殊能力を持ち、たった数か月訓練を受けただけでベテランの精鋭兵並の実力を手に入れた超人集団だ。
【バロール】は素手で戦車を叩き壊し、【スレイプニール】は旧型機で新型機を操縦するベテランを圧倒し、【メイジマッシャー】の前にはどんな魔術師も木偶の坊になり下がり、【オラクル】は諜報組織の存在意義を否定する勢いで犯罪組織や国の暗部の情報を予言する。
そんなチート集団相手にも戦えるよう備えて来たつもりだった。
火薬と魔力で特殊合金製の弾頭を撃ちだし戦車の装甲も貫く、魔力充填式対戦車ライフル……通称対戦車ライフル。さらに生身の人間に向けるにしては火力過剰な三連大型ガトリング砲に、骨まで瞬間凍結出来る攻撃魔術が込められたフロストボム。
それを扱う兵士達全員が着ているのは、最新鋭パワードスーツだ。身体能力の引き上げや魔力媒体機能は勿論、対物理防御、対魔術防御も装甲車並。毒ガスだろうがウィルスだろうが防ぐ事が出来る。
他にも軍用ゴーレムにマジックアイテム、生物兵器、アンデッド兵器……局地戦なら合衆国軍相手でも圧倒できる戦力が集められている。これなら化け物相手でも勝てるのではないか。所詮奴等も、超がついただけの人なのだから。
そんな事を昨日まで思っていた兵士は、【ケイローン】のデリックが放った攻撃魔術によって対戦車ライフルごと炎に飲み込まれ、意識を手放した。
「俺の魔術ですらここまでの威力か、魔術媒体としてもかなりの性能だな。これをメーカーに持ち込むだけで、一生食っていけるんじゃないか? まあ、その気はないが」
デリックはそう言いながら、自身が破壊した戦車の装甲板を蹴りあげて遮蔽物を作り盾にする。
彼は【ブレイバーズ】の中では、戦える方だ。しかし、その強さは普通の精鋭よりもちょっと強いという程度でしかない。予算をたっぷり使った最新兵器を操る精鋭相手に、一方的な戦いを展開できる程ではなかった。
それを可能にしたのが、彼が身に付けているメタリックなパワードスーツ……変身装具の性能だ。
(身体能力と防御力の上昇、そして魔術の威力増強がやたらと高すぎる気もする。これは防具ではなく、兵器だ。こんな兵器を開発しなければならないバンダーが……天宮博人がいる『あの世』とは、いったいどんな修羅の世界なんだ)
自分達が渡された変身装具の性能に、そう内心戦きながらデリックは呪文を唱えた。
「【雷光】!」
発動した攻撃魔術が、軍用ゴーレムに直撃して火花を上げた。
「持ちこむ気なら、止めておいた方がいい。何でもこの世界には存在しない金属で創られているらしいから」
【ザントマン】の陽堂がそう言いながら、デリックの作った遮蔽物の影に転がり込んでくる。
「ああ、疲れる。休憩、休憩」
「そうか、この世界に存在しない金属か。やはり、死属性魔術が関わっているのか?」
「多分。詳しくは聞いてないけどね。それに、メーカーのその道のプロたちに悪いだろ、これを見せちゃ」
陽堂のその言葉を、デリックはこの世界ではどうせ再現できないのだから見せても意味はないという意味だと思った。
実際は、「ヴァンダルーが実益以外にも、ノリと趣味とカナコのアイドル活動を補助するために作っている装具が、自分達が真面目に研究開発したスーツより高性能である事を教えるのは、気が咎める」という意味だったのだが。変身装具の材料については知らないが、創作秘話は聞いている陽堂だった。
「ところで、ゴーレムは眠らせられないのか!?」
「悪いけど、地面のトラップと監視カメラを眠らせるので手一杯。この装具は能力の魔力消費までは抑えてくれないんだよ」
そうデリックに言い返す陽堂に、なら自分が代わりにと言うように地面から生えた樹木が軍用ゴーレムを絡めとり、装甲の内側に根を伸ばして侵食していく。
その横では、装甲車が巨人に踏まれたかのように潰れ、グレネードランチャーを構えていた敵兵が氷像と化した。
「これであらかた大型兵器は破壊したか?」
雨宮達が何時までも入り口で戦っているのは、六道の本拠地の内部構造が不明である事もあるが、彼の研究の被害者達の救出に向かったバンダーの援護のためだった。
施設が地下にある以上、施設内で激しい戦闘を行えば崩壊の危険が高い。無論、六道も施設を提供した大国も頑丈に造っているだろう。しかし、雨宮が【防御力無視】を使えばどんなに頑丈な建造物でも一気に崩れる可能性がある。
だから戦車や大型の軍用ゴーレムの相手は、地上部分で済ませておきたいのだ。
「私達が内部の構造まで知っていればよかったのだけど……」
「所詮はモルモット。施設の場所は知っていても、研究棟と我々の飼育施設以外は知りようがありませんからね」
ユキジョロウとボコールはそう嘆いてみせながら、適当な兵士を氷像にしたり、ジョゼフが操る植物を増殖させたりしていた。
ユキジョロウは凍死を操り、ボコールは一見すると生命属性魔術師のようだが増殖……腐敗を操る限定的死属性魔術師だ。
人が死ぬと体内の微生物が増殖し、腐敗する。そして死体を糧にして新たな生命が芽吹く。その過程を彼は司っている。暴走した『アンデッド』が、科学者の体内から蟲に食い破らせて殺した魔術。それが彼には出来るのだ。
「そう言う二人は、バンダーと冥について行かなくて良かったの?」
「「その神と聖女様から、貴方方の援護をするようにと言われましたので」」
七森の問いに、そう笑顔で答える二人。
「七森、あなた達を助けて欲しいと。他は、死なれると迷惑だと神が」
「聖女様は分け隔てなく助けよと。そう聖女様が望まれるのなら、我等はそれを果たすまで」
その二人の答えに嘘偽りはない事は、この場の全員が理解していた。二人は成美の【エンジェル】で、精神を【ブレイバーズ】達と接続した状態にあった。
そうしなければ、接続状態にある【ブレイバーズ】達との連携に難が出るという理由もあった。だが、そうでもしなければ背中を預ける事に抵抗を覚えるのも確かだ。
それをボコールとユキジョロウは自ら指摘し、【エンジェル】で精神を接続したいと申し出た。
驚く成美に、「私達のような存在を『普通』の人は狂信者とか狂っていると言うのでしょう? そうした存在に背中を預けるのなら、相応の保険が必要だと思いまして」とユキジョロウは答えた。そしてボコールは「それに、我々も貴方方に背中を預けるのに不安を覚えない訳ではありませんから」と笑顔のまま言い放った。
「……そうか。協力に感謝する。君達が僕の礼を求めない事は知っているが、それでも感謝させてもらうよ」
マントを翻して仲間の元に戻った雨宮はそう二人に言ったが、返って来たのはやはりそっけない態度だった。ユキジョロウ達は冥を聖女様と呼び信仰するが、その両親である雨宮夫妻には無関心なのだ。
「その通りですが、あなたが我々に対して誠意を持って接している事は理解しているつもりです」
無視はしないし、質問されれば答える。しかし、そこに感情は込められていない。とてもドライな大人の対応だ。それは、ボコールが雨宮にそう返答した瞬間でも揺るぎがない。
「どうやら、これで戦車や装甲車は終わりみたい。このまま進む? それとも、真理達が救助を終えるまで待機する?」
成美の【エンジェル】は他者の精神を繋ぎ、魔術と科学双方の通信妨害が無効なリアルタイム通信を可能にするという能力だった。
しかし、透視能力も持っていた【千里眼】の天道等情報を得る事に特化したメンバーを次々に喪ったため、彼女は状況的に【エンジェル】の成長を促された。
そして、結果的に範囲内に存在する人間の精神の位置と数を把握する事が出来るようになったのだ。これにより、彼女は戦車や装甲車に乗った敵を把握する事が可能なのである。
……ちなみに人間以外の精神は【エンジェル】では接続出来ず、存在も感知出来ない。そのせいか、バンダーの精神と繋ぐ事は出来ず、冥の位置は把握出来てもバンダー自身の位置を把握する事は出来ていない。
そのためガブリエルと真理がバンダー達と行動を共にして、状況を知らせていた。
「バンダー達はまだ被害者の救出を終えていないのか。……意外だな、てっきり楽勝で終えると思っていたが」
岩尾の言葉に、思わずうなずく一同。バンダーなら、どんな障害も蹴散らして進みそうな印象が彼等の中にはあった。
しかし、さすがのバンダーもこれまで通りのペースのまま閉鎖空間で保護対象を増やしながら進むのは難しいようだ。
寧ろ、バンダーの侵攻を止めている六道の采配を褒めるべきなのかもしれない。
「しかし、これまで出て来たのは高性能で重武装である事を除けばただの兵士だけだ。それでは僕達を止められない事くらい、六道なら分かりそうなものだが……」
六道は【ブレイバーズ】の中枢にいた男だ。メンバーの戦闘力の高さは、誰よりも知っている。
バンダーの変身装具によって戦力が増したとはいえ、それを差し引いたとしても最新の戦車や軍用ゴーレムでデリックならともかく、雨宮寛人を倒せるとは考えないはずだ。
「まさか時間を稼いでいるのか? なら、先に進むしかないが――」
雨宮が先へ進む事を選択しようとした時、彼の声を遮ってけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「何だ!? まさか自爆装置でも起動したのか!?」
「自分が裏切った組織の元仲間が仮装をしてモンスターと一緒に攻めて来たら、自棄にもなりたくなるだろうが……違うらしいぞ」
狼狽える岩尾に、デリックが血の気の失せた顔で通路の先を指差す。そこから、異様な姿の生物が群れをなして現れた。
『GAAAAAAA!』
『ヴボアァァァ……」
戦車程に巨大化した体毛の無い狼や、片方の前足だけが極端に肥大した熊、目の無い二足歩行するトカゲ、そして身体に機械を埋め込まれたゾンビだ。
「これは……六道が死属性魔術を利用して創りだした生物兵器や、アンデッド兵か!」
雨宮が嫌悪感も露わに叫んだとおり、彼等は六道が死属性魔術を研究する過程で生み出された失敗作、そしてそれを兵器に転用できないか試したものだ。
動物達は『第八の導き』のベルセルクのように、死属性魔術を一種類だけ使う事に特化した兵器を目指して開発された。だが、戦闘力は強化されたが凶暴性が増し過ぎてコントロール不能の化け物にしかならなかった。
ゾンビの方は一部を機械化する事で人間を超えた戦闘力を発揮する不死の兵士として運用する事が可能になったが、やはり制御に問題があり容易く暴走してしまうため失敗作の烙印を押すしかなかった。
だが、使い捨ての戦力として使うために飼育し続けていたのだ。
「あまり良い気分ではないが、やるしかない……のか? それとも、バンダーを待った方がいいのか?」
そう言う岩尾を含めた【ブレイバーズ】は、魔力によって獣が変異して誕生する魔獣や自然発生したアンデッドを倒した事が数え切れない程ある。
だが、十年以上前に討伐した『アンデッド』が自分達と同じ転生者だった事を知り、しかも当人がバンダーとなって存在している今では倒すのに躊躇いを覚える。
しかも、六道の死属性魔術研究の犠牲者という点ではこの場にいるユキジョロウ達と同じなのだ。
バンダーは『向かってくる相手に関しては、気にしないでいい』と言われていたが、それでも戦うべきか二の足を踏んでしまう。
その時、【エンジェル】で繋がっている真理がこちらの状況に気がついてバンダーからの伝言を寄越した。
『向かってくる相手に関しては、気にしないでいいと言ったでしょう。だって』
「え、マジでいいのか?」
『そうみたい』
岩尾達はバンダーが限定的死属性魔術師、つまり実験体を全て救おうとしているように見えたし、全ての実験体はバンダーを信仰しているように見えた。
だが、実際はそうではない。バンダーはヴァンダルーが導く事が出来た者を助けに来ただけで、それ以外の者を助けようとは考えていない。
六道達は知らないが、実験体にされた人間の中でも【腐敗】の男のように導かれないものがいる。彼なら勝てないと分かれば命乞いをして、寝返る事を約束し、知っている情報を全て提供するだろう。そして助かった後で逃げ出すか、殺せないかと隙を突こうとする。
そうした者までバンダーもヴァンダルーも助けようとは思わない。
同じく、攻撃性だけを向けて来る理性のない存在についても助けようがないので考えない。
「まあ、他ならぬ本人がそう言うなら構わないが……あれ? こっちに向かってこない?」
六道が差し向けて来た使い捨ての戦力達は、姿を現したが雨宮達に襲いかからずその場に止まっている。
『GIAAAAA!!』
『ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
そしてお互いに殺し合いをしていた。
その多くは獣対アンデッドの組み合わせで、恐らく六道の命令と雨宮達を無視して争いを始めていた。
「……この場合はどうする? 向かってきてはいないが」
「通り抜ける! こちらに攻撃してくる個体だけ攻撃するんだ!」
六道の計算は、ここでも大幅に狂う事になった。
一方、バンダー達は長い地下通路を進んでいた。本来彼等を足止めするべく配置された戦闘要員は、【殺傷力強化】の男や【憑依】の女のような実験体が裏切る事で崩壊しており、殆ど障害にならない。
『GAAAAAAA!!』
『やはり同じ実験体でもダメですか』
ほぼ唯一の障害となったのは六道が差し向けた獣だったが、これもバンダーはあっさりと屠ってしまう。
「死属性の魔術で変異させられたといっても、多くはただの獣という事でしょうか」
『みたいですね。『第八の導き』には改造された熊のベルセルクがいましたが、彼はイシスに制御された状態で何年も仲間と過ごしたため強い絆が出来ていたのか、俺が魔力を吹き込んだからか……』
そうベルセルクと足元に転がる六目の虎の差を考えるが、すぐにやめる。
『あぁぁぁぁ……め゛い゛い゛……ぐ…………』
『お゛お゛お゛……』
『ぐぅるぉぉぉ……』
「きゃっきゃっ!」
差し向けられた方のアンデッドは、冥の指揮下に入っているからだ。ちなみに、倒れていた【殺傷力強化】の男と【憑依】の女もアンデッド化してその中に入っている。
「トラさん、トラさんも元気になーれ、良い子になーれっ!」
そして倒れ伏した六目の虎も、冥がそう唱えてステッキを振るうと閉じていた瞼を開き、瞳を濁らせたまま立ち上がり唸り声をあげる。
『めー君も立派になって……基本的な死属性魔術の魔力配分では、既に俺を越えたかもしれませんね』
「さすがママ!」
冥のアンデッドを魅了し、作り出す手腕を褒めるバンダーと真理。
六道も意図して冥に愉快なお友達やバンダーの信奉者を配置していた訳では、勿論ない。実験体の場合は【メタモル】達と接触していない者を選び、アンデッドも刺客のつもりで配置した。
しかし、ヴァンダルーと冥が夢という六道が防ぐ事は勿論監視する事すら不可能な方法で接触していた事と、アンデッドを魅了するという特性まで冥が受け継いでいた事に気がつかなかったため、逆効果となった。
死属性魔術を発見した軍事国家も、『アンデッド』が霊を魅了する力を持っている事には気がついていなかった。『第八の導き』のイシスやワルキューレは、自分達が改造して創りだしたアンデッドを操っていただけだった。それらを参考に冥とバンダーを想定していた六道は、自分が創りだしたアンデッドが冥の味方になるとは夢にも思わなかったのだ。
「……魔術が上手くなるのはいい事だけど……喜んでいいのかな? 見かけがスゲー悪役っぽいんだけど」
アンデッドに囲まれている妹の姿に苦笑いを浮かべる博。バンダーについてはすっかり見慣れていた彼だが、他のアンデッドに対しての免疫はまだ強くなかったようだ。
「正直、私もどうかとは思う。衛生的な問題は【殺菌】って魔術で防げるし、【消臭】の術もあるからご近所から悪臭で苦情が来る事も無いらしいが……それに虎は確か、海外から持ち込むのを規制していたはずだ。
後で雨宮達と話し合った方が良いな」
「ウルリカおばさん、俺がしているのはこの人達を連れ帰った時起こりそうなご近所トラブルとか、ペット的な心配じゃないから」
「ん? そうか? ならきっと大丈夫だろう」
ちなみに、【エンジェル】で真理と繋がっている雨宮夫妻は、冥については「とりあえず、六道をどうにかしてから考えよう」という意見で一致させていた。
バンダーの正体についてと同じ扱いである。そしてバンダーもそれで良いと思っていた。
「そう言えば、ガブリエルって女なの? それとも男?」
「どちらでもある。元々は双子だったが、『二人の人間を統合する事で魔力を統合する』事を目指して、双子の兄と妹を一つにしたのが私だからだ」
「そうなの!?」
「そうなの。実験には成功して魔力は二倍になった。私以外の被検体は失敗したようだけれど」
「そうなんだ……みんな大変だったんだなー」
「主観的にはそれ程でもない。お前もこれから大変だぞ」
「うん、そんな気がする」
そして博は少し年上の少年または少女に見えるガブリエルと会話を始めた。緊張感にかけた態度だが、バンダーが凄惨な光景や残酷なものを見せないようにして来たので、無理もない。
そのため、博には今自分達が六道達裏切り者との戦いの最中にいるという自覚も薄いようだった。
それで今までは問題がなかったのだが……。
『これは博の出番かもしれません。保護対象が増え過ぎています』
尚も襲い掛かってくる獣を屠りながら、バンダーがそう言った。
バンダーはこの世界では強力無比な存在だ。しかし、増え続ける保護対象を全て守りながら全ての脅威を叩き潰す事は出来ない。そのため、博の力が必要だと。
「えっ? 俺の出番って何だよ!? 俺が出来るのは【無属性魔術】で少し離れた場所の空き缶を潰すか、普通の属性魔術だけだぞ。攻撃魔術だって、殆ど知らないし」
チート能力はともかく、身体能力と魔術の素質は雨宮夫妻から優れたものを受け継いだ博だが、彼は今年九歳になる少年である。
当然だが、子供同士の喧嘩ならともかく殺し合いでは戦力にならない。
『いえ、別に戦ってもらう訳ではない――』
「今だっ!」
バンダーが何か言おうとした瞬間、魔術で獣の群れに紛れて姿を隠していた男が現れた。
「お前はっ、【コピー】の井口!」
真理がコードネームと名を言って指差した男は、【ブレイバーズ】のメンバーの一人。【コピー】の井口健男だった。
彼は魔術によって獣の群れの中に隠れる事で自身の生命反応を紛らわせ、チャンスを伺っていたのだ。
攻撃ではなく、その『対象が使っている魔術を、素質に関係無くコピーする』チート能力を使う機会を。彼は、能力の有効範囲内に収めた冥に向かって両掌を突き出して叫んだ。
「これで互角だ! 出でよ、俺のモンスター……あぎゃ?」
だが、姿を現した事で井口に気がついた獣達が彼に襲い掛かった。
「ば、馬鹿な!? 何故【コピー】できない!? 俺は死属性魔術でも、コピーする事が出来るのに……何故そのモンスターを創り出す死属性魔術を【コピー】できないんだぁぁぁ!?」
井口と彼を差し向けた六道は、正体不明のモンスターであるバンダーを「冥が何らかの死属性魔術で創造し、使役している存在」だと推測した。
何故そうなるのかと言うと、彼等は『アンデッド』が天宮博人である事を知っていても、彼がこの世界での死後に転生してヴァンダルーとなり、夢を通してこの世界に魂の欠片から創った分身を冥に憑けて送り込んだ事を知らないからだ。
血縁であっても転生者のチート能力は遺伝しない。そうである以上、冥と関係があるらしいバンダーは彼女の【死属性魔術】で創られた存在だと考えるのが、彼等にとっては当然だったのだ。
だから、井口の【コピー】で同じ魔術を使えば一発逆転まではいかなくても、戦況を自分達の側に傾ける事が出来る。そう考えたのだが……。
『そりゃあ、魔術じゃありませんからね』
想定が最初から間違っていたため、不発に終わった。それどころか、無防備な姿を自分達が作った獣の前に晒してしまった事で、自爆してしまった。
バンダーは素早く口から吐き出した粘液で井口を包むと、白濁したジェル状の粘液の中で身動きが取れない彼をそのまま鉤爪で刺殺した。
そして、ついでに魂を砕けないか少し試す。【バロール】の時は冥と博に見せずにトラウマを植え付けて心を圧し折る時間があったが、今は無いからだ。
そして数秒試した結果、ヴァンダルーの分身でしかないバンダーには魂は砕けない事が分かった。
(全く砕ける気がしない……やはり本体でないと無理ですか)
そう諦めて、井口の魂を解放する。これでは六道を滅っするには、本体を呼ぶしかないだろうか。
『話を戻しますが、博には戦ってもらう訳ではなく皆を守るのを手伝ってほしいのです。このまま進めば、まだ実験台にされる前の戦う力のない人達を大勢連れ出さなければならなくなりますから』
「でも、俺にはそんな力……」
『大丈夫です、これを使えば』
そう言ってバンダーが取り出したのは、ステッキや携帯型の変身装具とは全く異なる、一抱えほどもある金属塊だった。
『これは博の為に作った、重装甲型変身装具です。使ってみてください」
「俺専用!? やったーっ!」
ヒーローに憧れている思春期に差し掛かりつつある少年は、迷わずバンダーが出した新型変身装具に手を伸ばした。
不老不死という餌によって六道に協力していた各国の政財界の大物達は、今になって苛立ちと不信感、そして焦りを覚えていた。
本来なら今日、六道は死属性魔術を完成させて新世界の神となり、自分達に不老不死の恵みを分け与えてくれる予定だった。それまでには何のトラブルも起こらず、邪魔も入らない。安全に人類の夢である永遠の生命を手に入れ、新世界の貴族として君臨する事が出来るはずだった。
「人生にトラブルはつきものだとは言え……何か説明があってもいいのではないかな? ミスター六道は何処にいる?」
合衆国大統領にそう問われた【シャーマン】の守屋は内心冷や汗を流していた。
「今、六道は最終調整を行っています。申し訳ありませんが、皆様にはもう少々お待ちいただきますが、何の問題もありません。
この基地を攻撃している者共も、もうじき鎮圧する予定です」
そう説明する守屋だが、彼自身それが嘘である事はよく分かっていた。
始末したかった邪魔者が全員生きていて、始末して戻って来るはずだった仲間は死ぬか消息不明。裏切る筈のない手駒は、裏切って敵側についている。
そして現在、備えは万全だったが実際に攻撃を受ける事はないだろうと考えていたこの基地は、激しい攻撃にあっている。
今は形としては押し止めているが、それは敵がモルモット共の救助を優先しているからである事を守屋は理解していた。幸いな事に、六道がモルモットを人質ではなく敵の動きを封じるための足手まといとして使う事を思いついたため、まだ時間を稼ぐ事は可能だが……それが後数分しか持たないのか、それとも一時間以上稼げるのかは、分からない。
少なくとも、ここを脱出して何処かに潜伏するための時間はないだろう。
彼が司令部を出る時、監視カメラに映っていたのは、博が全長二メートル強の金属質の何かで出来たモンスターに変身して『なんだこれぇ!? これじゃ怪人じゃないか!』と咆哮をあげる姿だった。
どう見てもモンスター二号である。この戦況を覆すのは、六道でも不可能かもしれない。彼の信奉者である守屋ですら、そう考え始めていた。
少なくとも、神域のロドコルテは『今すぐ自害して、魂だけでここに来い!』と叫んでいるだろう。
守屋がそうなのだから、信仰や信頼ではなく利害関係で六道に協力していた大統領達は尚更だ。
彼らは頭の中で、六道に見切りをつけてここから脱出するプランや、自分が協力していた事を隠し通すか、できるだけダメージを抑えられるよう情報を操作するプランを考えているのだろう。
……合衆国大統領や諜報機関の長官は、本国でクーデターが起きているので既に手遅れだが。
『皆様、お待たせしました』
その時、壁に設置された大型モニターに六道の姿が映しだされた。
「ミスター六道!?」
『たった今最終調整が終わったところです。忙しい皆様をお待たせしてしまい、本当に申し訳ない』
「何だとっ!? では、遂に永遠の命が手に入るのか!?」
「早くしてくれっ、地上から【ブレイバーズ】が攻めてきているのだぞ!」
『落ち着いてください。まずは、私が死属性魔術の力を手に入れてから、皆さんにそれを分け与えます』
そう説明する六道の姿を、守屋はモニター越しに不安げに見つめる事しかできなかった。
最終調整云々は、でまかせだ。雨宮冥を確保し、彼女を調査研究してから、六道自身に研究成果を試す筈だった。
しかし、雨宮冥は確保されていない。
「六道さん、まさか……」
モニターに、六道の背後にある培養カプセルが映し出される。そのカプセルを満たす液体には、六道に似た、しかしずっと大柄で逞しい体つきの男が目を閉じたまま浮かんでいる。
『まずは、私が死ななくてはならない。そして、この死属性魔術のために創造し調整した肉体に宿る……転生しなくてはならない!
そのために! 存在を確認した魂が肉体を出た後、別の肉体に宿らせ定着させるためのシステムを構築するために、私は一年以上の時間を費やした! それが正しいのか、そして私の研究が正しいのか……今分かる!』
六道は、そう叫びながら拳銃を取り出し、自分のこめかみに押し付けた。
「六道さん! 早まらないでくれ!」
「ミスター! 何をするつもりだ!?」
咄嗟に守屋が叫び、彼の様子がおかしい事に気がついた大統領達が騒ぎ出す。
『今こそ……私は超人になるのだ!』
しかし、六道は引き金を引いた。乾いた銃声が響き、六道の頭部から血が飛沫、彼が倒れてモニターに映らなくなる。
あまりの出来事に守屋も大統領達も凍りつくが、その沈黙は長くは続かなかった。
培養カプセルに浮かんでいた六道そっくりな男の瞼が開いたからだ。
『……ふっ、フハハハハハハハ! 私は、遂に死を、この世界を支配する力を手に入れたぞ!』
培養カプセルは内側から砕け散り、六道が転生を成功させた姿をモニターは映していた。
申し訳ありませんが、次話の投稿は5月1日ではなく5月2日とさせていただきます。執筆が遅れてしまい、4月27日が終わってしまったので、次話の執筆時間を確保するためなのでご了承頂ければ幸いです。




