閑話51 飛来する転生者
軍用輸送機での空の旅は、それなりに快適になるはずだった。
「嫌な予感がする。具体的には、この顔ぶれで同じ飛行機に乗るのが不吉過ぎる」
だが、【ドルイド】のジョゼフ・スミスは同じ飛行機に乗り込む【ブレイバーズ】の面々を見てそう呟いた。
「ジョゼフ、復帰して初めて顔を合わせたってのに随分な物言いだな。ベビーシッターに転職したらどうだ?」
苛立ちを隠そうとせずにジョゼフに言い返したのは、デリック・サンダー。【ケイローン】のコードネームを持つ、『地球』ではヴァンダルーがいたクラスとは別のクラスの担任教師だった転生者だ。
【クロノス】の村上と同じ修学旅行で引率をしていた教師だった男だが、彼は村上とは逆に先生と呼ばれる事に頓着しなかった。逆に元生徒を生徒として扱う事もしなかった。しかし、『地球』と同様の熱意を持って他の転生者に接してきた人物だ。
頼られれば面倒を見るし、距離をとろうとする相手にはその距離で接しながらお節介を焼く事がある。バンダーに言わせると、『距離感を掴めるアサギ』という人物だ。
今もジョゼフに対して憎まれ口を叩いているが、それは【ブレイバーズ】になってから軍人や警察、救助隊などの教官役を務める事が多くなったせいだ。本音は、向かない任務で精神を病んでいたジョゼフを心配しているのである。
……それにしても口が悪いが。
「いや、あんたはいいんだ、デリック。私が言ったのは、他の二人だよ」
「何? お前等、最近よくつるんでいる筈じゃなかったのか?」
ジョゼフとデリックが視線を向けたのは、残りの二人。【アスクレピオス】の七森美里と、【ザントマン】の陽堂正輝だった。
「お互い様だよ、ジョゼフ。私もこの顔ぶれは不吉だと思っていた」
「ああ、全くだよ」
二人とも『地球』ではヴァンダルー、天宮博人とは別のクラスの生徒だった人物だ。そしてジョゼフ同様に夢でヴァンダルーに遭遇している。
七森はジョゼフ程ではないがストレスを抱えて、【ブレイバーズ】を引退する事を考えていた。陽堂は順調に任務をこなしていたが……プライベートでは自殺願望に苛まれていた。
そこを夢で出会ったヴァンダルーから魂の欠片を貰い、導かれてからジョゼフ達の仲間になり冥と博の護衛をかって出るようになった者達だ。
「この人選が、おかしい」
そして、この三人の共通点はそれだけだ。チート能力やそれまでこなした任務の傾向、そして個人が持つ技術や知識までばらばらなのだ。
ジョゼフの【ドルイド】は植物を操る能力だ。七森美里の【アスクレピオス】は、回復魔術の効果を倍増させる能力。そして陽堂正輝の【ザントマン】は生物を眠らせる、活動不能にする能力である。
【アスクレピオス】は七森本人の魔術の腕もあって、致命傷でも助かる可能性が一パーセントでもあるなら治癒する事が出来る。さすがに障害を負う事もなく元通りにとは、ならないが。
陽堂の【ザントマン】は約百メートル範囲内で対象との間に障害物がなければ、対象が人間でも植物でも動物でも、さらに言えば肉眼では見えない菌やウィルスでも、活動不能にする事が出来る。
ジョゼフも七森も陽堂も、戦闘向きとは言い難い能力だ。駆り出される事もあるが、そんな事は滅多にない。
そしてデリックの【ケイローン】は、彼が教える人物を対象にしたチート能力だ。【対象の学習能力向上】と【対象の成長促進】の二つの能力である。
彼が家庭教師をすれば、生徒にやる気があれば有名大学にまず合格して首席で卒業する事も夢ではない。スポーツ選手を育てれば、世界で戦える選手を量産する事が出来る。
【ブレイバーズ】が結成される前は自身の能力が及ぼす影響とその結果を考え、ジムでダイエットの成功者を増やすだけに留めていたほどだ。……【ブレイバーズ】のメンバーが、数か月の軍事訓練で高い技量を身に付ける事が出来たのも、彼が途中から教官の一人だったからだ。
今では【ブレイバーズ】という組織に守られているため、各国で優秀な軍人や警察、レスキュー隊員、魔術師を育てている。
つまり、デリックはその厳つい外見に関わらず能力的には非戦闘向きなのだ。別に戦えない訳ではないが……戦力的には優れた兵士一人分でしかない。
七森以上に前線に出す意義の薄い人物なのである。
「まあ、言いたい事も分かる。俺も危険性のある任務に就くのは久しぶりだからな。だが、今回はたまたま他のメンバーが任務で空いていないから集められただけだろう。
それに、この任務は重要だがあくまでも護送だ。そう硬くなるな」
そう言ってジョゼフの肩を叩いて、デリックは飛行機に乗り込んでいった。
彼の言い分には、たしかに一理も二理もある。しかし……
(六道が敵だと知っているとな……)
(だが、今の段階では任務を放棄するのは拙いか)
ジョゼフ達はアイコンタクトを交わすと、デリックに続いて飛行機に搭乗した。
そして、輸送機が離陸して合衆国の領空から出て数分後、操縦席が騒がしくなる。
「何かあったのか?」
「レーダーに友軍機の反応が! 当機がロックされました! ミサイルが来ます!」
「ああ、合衆国の戦闘機がこっちに向けてミサイルを撃ったと。それは予想以上に厳しい事態だ」
輸送機が離陸してから何が起きても対応できるように……それこそ機内に爆発物が仕掛けられていたり、パイロットが六道の手先で勝手に脱出して輸送機が操縦不能になったり、デリックが襲い掛かってきたり、そうした危険に備えていた陽堂は顔を顰めた。
「どうした、何があった!?」
「一分後にこの輸送機にミサイルが当たる」
「それは厳しいな」
「何だと!? デコイは出せないのか!? 脱出用のパラシュートは!?」
「パラシュートは壊されていると見ていいな。デコイの方も信用できない」
「脱出できたとしても、身動きが取れない空中で銃弾の餌食にされるわね」
「……銃弾は嫌いだなぁ。それならミサイルの方が好きだ」
狼狽えるパイロット二名と焦るデリック。そして、落ち着いて言葉を交わすジョゼフと七森、そして陽堂。
魔術が存在する『オリジン』世界でも、近代軍事兵器の殺傷力は恐ろしい。生身で様々な魔術を行使する敵を倒す性能を求められる分、『地球』の軍事兵器よりも優れているかもしれない。
そんな軍事兵器の一つであるミサイルで武装が全くない輸送機で移動中に狙われたとしても、戦闘経験豊かな【ブレイバーズ】なら生き延びる事が出来るだろう。
「くっ、なら脱出するしかない! 自由落下して海面が近づいたら魔術で減速か滑空し、敵の戦闘機から逃れるぞ!」
しかし、この場にいるのは戦闘経験豊かとはいえない【ブレイバーズ】が三名と、優れた教官だが実戦ではそれ程でもないデリックだ。ミサイルから輸送機を守る事は出来ない。
無論、普通なら何も出来ず輸送機と運命を共にするしかないので、生き延びる目があるだけでもたいしたものだが。
「パイロットは俺がどうにかするから、お前等ベビーシッターは自分の面倒だけ見ていろ! でしゃばるんじゃないぞ!」
デリックはそう言うと、パイロット二名をパラシュート無しで脱出させるために行動を開始しようとした。それが自分とパイロット、そして精神的に不安定な筈のジョゼフ達が生き残る可能性が最も大きい策だと確信していたからだ。
「それよりもしっかりシートベルトを締めて、衝撃に備えてくれ」
だがジョゼフ達は動こうとせず、それどころかデリックの肩を掴んで引き留めた。
「貴様!? 何を言って――」
「いや、デリック、あんたはパイロットを励ましてくれ。気休めだが、【ケイローン】の効果があるかもしれない」
「ミサイル、来ます!」
怒鳴り返そうとしたデリックの言葉を遮って、パイロットが絶望的な報告を叫ぶ。デリックは思わず目を固く閉じ、瞼の裏にこの任務が終わった後プロポーズするはずだった恋人の顔を思い浮かべた。
そして機内に響く鈍い衝突音と、立っていると思わずよろけるような衝撃が走った。
「ミ、ミサイルが不発だった……?」
パイロットの戸惑うような声にはっとしたデリックが目を開くと、自分達は生きており輸送機も飛行を続けていた。
「不発だったんじゃない、不発にしたんだ。俺の【ザントマン】で、火薬とか化学燃料とか、そうしたものを『眠らせて』ね」
そう陽堂が言う頃、輸送機の外では彼の能力で不発弾にされたミサイルが海に落ちて行くところだった。
「何だと!? お前の能力は無生物には効かないんじゃなかったのか!?」
「ベビーシッターをする前まではね。だが、射程距離はそのままだからミサイルは助かる。自分から向かってきてくれるからな。まあ、爆発は止められても慣性の法則のせいで衝突は止められない」
「それで、壊れた輸送機を【アスクレピオス】で効果を倍増させた魔術で修復したの。ちなみに、私の能力もベビーシッターをするようになってから変化したわ」
そう話す陽堂と七森を、デリックは目を丸くして見つめた。
彼等転生者に与えられた能力には、成長の余地がある。与えられた能力や、本人の努力によって成長できるかは変わるが……だが無生物には効果がなかった能力を無生物にも効果が及ぶようにするのは、生半可なことではない。
そこまで大きく能力を成長させた【ブレイバーズ】のメンバーを、デリックは知らなかった。
実際、陽堂と七森も自分達にそんな事が可能だとは以前は考えていなかった。実際、不可能だっただろう。だが、彼等は夢でヴァンダルーに出会ったのだ。
馬車のアンデッドが空を走れるように導く事が出来るヴァンダルーに遭遇し、魂の欠片を授けられたのだ。これぐらいの成長や変化は、十分にあり得る事である。
「だが、ミサイルをやり過ごしただけだ。戦闘機のエンジンは、距離があり過ぎて俺の【ザントマン】じゃ手が出ない。相手が諦めてくれるならいいが……」
「友軍……敵機、接近してきます! 奴等、機関銃を使うつもりだ!」
「ああ、参ったな。銃弾は苦手なのに」
「何ぃーっ!? ミサイルはどうにか出来ただろ!? なんで銃弾はダメなんだ!?」
そう怒鳴るデリックに、陽堂は顔を顰めて答えた。
「『眠らせる』ものが銃弾にはないからだよ。銃口から出た時には火薬はもう爆発した後で、こっちに向かってくるのはただの金属塊だ。眠らせるも何もない。
俺の【ザントマン】は【バロール】と違ってエネルギーを奪うんじゃなくて、発生しないようにするだけだから」
ミサイルを爆発しないようにする事は出来るが、既に爆発した火薬の勢いで飛んでくる銃弾はどうにもならない。それが【ザントマン】の弱点である。
「なら、輸送機の装甲を修理し続ければ――」
「期待してもらって悪いけど、さすがに一分間に何百発も撃たれちゃ魔力が足りない」
七森は土属性魔術で飛行機の外壁の形を変えてミサイルが衝突した際の損傷を修理する事を、治癒だと無理矢理誤魔化して【アスクレピオス】の効果を発動させている。
やっている事は自己催眠に近く、余計な手間がかかる分精神力と何よりも魔力の消耗が激しい。
「くっ、なら何とか脱出するしかない。着地できるギリギリの高さでパラシュート開けば、逃げられるかもしれん」
「いや、私がどうにかしよう。相手が距離を詰めてくれたのなら、どうにかなる。ただ、脱出の準備はしておいてくれ」
ジョゼフはそう言うと、機内に持ち込んできたバンダーと冥から貰ったお守り袋を開き、【ドルイド】の力を発動させた。
ジョゼフ達は知らなかったが、戦闘機のパイロットは転生者だった。
六道に与した【ブレイバーズ】の裏切り者の一人で、【スレイプニール】の西鏡義彦。彼の能力は自身が操縦する乗り物や生物の性能や能力を向上させ、そしてそれを引き出す事が出来るというものだった。
自転車に乗れば、競技用自転車に乗るプロ選手にも負けない。競走馬に乗れば、まず間違いなく一位を取る事が出来る。
そんな彼が最新の戦闘機を操縦するという事は、それは空では彼に敵う者は存在しない事を意味する。
だというのに、ミサイルは不発だった。しかし、西鏡はそれに驚きはしても動揺はしなかった。
「整備不良や偶然はない。【ザントマン】……奴め、能力を隠していたな」
彼は当然だが、輸送機に搭乗しているジョゼフ達の能力を知っていた。だから、ミサイルが不発だったのは陽堂の【ザントマン】だと見当をつける。
無生物には効かなかったはずだとか、そうした情報は特に気にしない。再びミサイルを撃って検証してもいいが、彼は自分の直感を信じるタイプだった。
「いいだろう、なら機銃で沈めてやる」
【ザントマン】が無生物にも有効になったとしても、機銃から放たれる弾丸なら能力の対象外のはずだ。そう推測した彼は輸送機との距離を詰めた。勿論、【ザントマン】の射程距離に入らないよう、距離を測って。
西鏡には余裕があった。そもそも彼が出張っているのは、転生者達の身を守る幸運対策のためだ。この世界の人間に止めを任せたら、ジョゼフ達が幸運にも生き延びてしまうかもしれない。それを防ぐためだけに、彼はここにいるのだ。
ただ飛んで、ミサイルの発射ボタンを一度押すだけのつまらない仕事。そう思っていた彼はターゲットの思わぬ抵抗に、苛立ちではなく高揚感を覚えていた。
「だが、それもこれで終わりだ。【ドルイド】と組んだのが運のつきだ。死ね、【ザントマン】と【アスクレピオス】。ついでに【ケイローン】!」
そして輸送機に向かって機銃を放つ。だが無数の弾丸は輸送機を貫かず、止まってしまった。
「何だ!? まさか【ザントマン】は弾にも効くのか!? それとも【アスクレピオス】も隠し玉を……な、何だあれは!?」
戦闘機の操縦席から見える輸送機の表面から、草のようなものが生えて来た。それが機銃から吐き出される無数の弾丸を受け止め、弾いているのだ。
「あれは植物なのか!? そんな馬鹿な、いくら【ドルイド】でもこの高さを飛ぶ輸送機の背に植物を生やす事なんて……!」
機体の異常を知らせるアラームが、西鏡の驚愕の叫びを遮った。
瞬く間に機体のコントロールが失われ、エンジンの出力も低下していく。そして、操縦席から見える機体に草のようなものが生えはじめた。
「これは草じゃない、苔……いや、カビだ! 【ドルイド】の野郎、俺の機体にカビの胞子をかけやがったなぁ!」
ジョゼフが輸送機に生やしたのは特殊なカビを【ドルイド】の能力で強化したものだった。
何故カビがこの高度で増殖する事が出来るのか、そもそも機銃に耐えられたのか、それは西鏡には分からない。考える暇もない。
「ダメだっ、空港まで持たない。脱出するしかない!」
任務の達成を諦めた彼は、脱出装置を作動させた。操縦席が機体から射出され、パラシュートが開……かない。
「っ!?」
操縦席が射出された瞬間から、カビが生え始めたためだ。それは恐ろしい速さで金属やパラシュートを栄養にして成長していく。
西鏡はシートベルトを外し、魔術を唱えて自力で空を飛んで助かろうとした。『オリジン』では、戦闘機のパイロットの適性を評価する際、魔術で空を飛ぶか浮遊する事が出来るか否かは大きな判断材料とされている。彼も、火属性魔術でロケットのように空を飛ぶ事が出来た。
風属性魔術よりも難易度は高いが、それでも生還できるはずだった。
「ぐああああああ!?」
生きたままカビの養分にされるような事がなければ。
「あああああああぁぁぁ……!」
西鏡はジョゼフ達に存在を気がつかれる事もなく、カビの養分になりながら海に落ちていった。
輸送機のパイロットが、レーダーから戦闘機の反応が途絶えた事を歓声と共に報告する。それを聞いたジョゼフは、ほっと安堵しながら【ドルイド】の発動を止めた。
「何をしたんだ? お前の植物を操る能力はこの高度では無力だと思っていたが……それとも、何かの魔術を使ったのか?」
戸惑うデリックに、ジョゼフはお守り袋を見せた。
「この中に、知り合いが魔術で作った特殊なカビの胞子を入れて持ち歩いていたんだ。成層圏でも育ち、鋼鉄以上に硬くなって鉛のように放射線も防ぎ、最新の対魔術加工をされたシールドのように魔術にも耐えられるようになる。
それを輸送機の空調から外に出し、【ドルイド】で増殖させた」
バンダーから死属性魔術を習っている冥が作った物だ。原料はただの黒カビである。
「それで機関銃の弾丸を防いだのか。でも、そんなカビをばら撒いてよかったのか? 戦闘機が落ちたのも、そのカビが移ったからだろう?」
「あと、それならミサイルの時から使ってくれてもよかったと思うけど?」
カビの事を知らなかった陽堂と七森も、デリックに続いて問いかける。だが、ジョゼフも考えもなく使った訳ではない。
「このカビは自然界では生存する事が出来ない、か弱いカビなんだ。私の【ドルイド】がなければ一分と耐えられずに死滅する。だから、外に出たカビは今頃胞子も残さず消えているはずだ。
それに、このカビは放射線や魔術には耐えられてもただのミサイルの熱には耐えられない。それに戦闘機がある程度近づいてくれないと、胞子も届かなかった。
何よりも……そろそろ脱出した方がいいな」
ジョゼフの説明が終わると同時に、歓声をあげていたはずのパイロット達が今度は悲鳴をあげた。機体の異常を知らせるアラームの大合唱が始まったからだ。
「お、おい、まさかカビのせいか!?」
「そうだ。機関銃から守るためにこの飛行機にカビを植えたから、養分を吸われた機体が脆くなって飛行に耐えられなくなったんだ。……やっぱりこうなるよなぁ」
「落ち着いている場合か!? 脱出するぞ! 七森、パラシュートを【アスクレピオス】で修理しろ! 覚悟はいいな!? 降下訓練を思い出せ!」
戦闘機から遅れる事五分ほど、輸送機は空中分解しながら海に落ちていった。しかし、恐ろしいカビは死滅していたので、パイロットと乗員達は無事に脱出を果たしたのだった。
アフリカのある国の都市で発生した震災の被害者を、仲間と共に救助していた【エンジェル】の雨宮成美は危機に見舞われていた。突然、武装勢力が襲って来たからだ。
【ブレイバーズ】だけではなく、地元政府の軍や各国から派遣された救隊が活動しているのに、何故と思ったが武装勢力は鎮圧されず攻勢は激しくなっていった。
何故なら彼等は、武装勢力に偽装した六道の手下だったからだ。最新の装備を身に付け高度な魔術を行使し、さらに地元政府の軍や救助隊の装備や配置について知り尽くしている。
その上地元政府の高官も六道の協力者だったため、援軍の到着も遅れていた。
そんな中を成美達は救助した怪我人や救助隊、軍の負傷者を守りながら防戦に徹していた。
ここにいたのは他者と思考を繋げる【エンジェル】や、物質を創造する【ヘルメス】のベイカーのように能力が戦闘には向かない者ばかりが十人程だったが、それでも持ち堪える事が出来た。
しかし、保護すべき人々を大勢抱えた状態では攻勢に出る事が出来ず、援軍が到着しなければ動くに動けない。このまま劣勢が続き、地元政府の軍と各国から派遣された救助隊が疲弊したタイミングを見計らって、六道が送り込んだ転生者と限定的死属性魔術使いが成美達を始末するはずだった。
そんな時、空飛ぶ車が現れた。
「あれは、何?」
「【スレイプニール】が妙な乗り物に乗って来たのか!?」
地上から見ると、それは黒塗りのバンに見えた。頑丈そうだが、それだけで翼やロケットエンジンなどはついてはいない。しかし、黒い何かが天井についていた。
「ジ、ジーザス……!」
六本の節足に生やした吸盤で車をくっつけ、翼で空を飛ぶバンダーの姿を見たベイカーは、思わず神に祈っていた。何故なら、援軍ではなく武装勢力より恐ろしい悪魔的な何かが現れたとしか思えなかったからだ。
武装勢力に扮している六道の手下達も同じ事を思ったらしい。雨宮邸襲撃から一時間ほど過ぎているが、成美達が外部と連絡が取れないようにするために、彼ら自身も外部と情報のやり取りが出来ない状態になっていたのが仇となった。
知っていたら一目散に逃げるか、即座に武器を投げ捨てて降伏しただろう。しかし、知らない彼等は銃口をバンダーと彼が運んでいる車に向けて引き金を引いた。
「うわわわわわ!? 本当に大丈夫!?」
銃弾がぶつかりけたたましい音が響く車内で、博がウルリカに縋りついていた。
『大丈夫ですよ。この車は元々防弾仕様ですし……今は俺の血と外骨格でコーティングしてあります。ガラスも、実は俺の眼球の水晶体を薄く伸ばした物に入れ替えてありますから、対戦車ライフルでも傷一つつきません』
「たいせんしゃライフル?」
『一番大きな音を立てて車にぶつかっている弾を撃っているてっぽうの事ですよ、めー君』
バンダーに改造された車の車内では、三人がバンダーの触手製シートベルトを締めて乗っている。
「車じゃなくて、おばさんがだよ! さっきから気絶してるぞ!」
どうやら博はウルリカに縋りついているのではなく、彼女を呼び戻そうとしていたらしい。
『……それは失念していました。ウルリカ、すみませんが起きてください』
「っ!? わ、私はいったい!?」
『すみませんが、【エコー】をお願いします。こちらを攻撃しているのが、武装勢力だけの内に』
「りょ、了解! 【エコー】!」
その瞬間、車に集中していた銃撃が百八十度向きを変えて射手に跳ね返る。
それで六道の手下達は沈黙した。勿論、六道の手下は震災で都市機能が麻痺している街を半ば包囲しているため、この場に居ない手下達がまだまだいる。しかし――。
「敵の援軍だ!」
「……そろそろ潮時だな。撤退するぞ!」
元々傭兵達が命じられていたのは、【ブレイバーズ】の相手ではない。ましてや、化け物退治では断じてない。彼等は組織だって撤退を開始した。
そうなると、タイミングを見計らって成美達を始末するはずだった六道側の転生者や限定的死属性魔術使いは、表に出るわけにはいかない。地元政府の軍と各国から派遣された救助隊、そして化け物まで同時に敵に回して勝ち目があるはずがないからだ。
彼らも傭兵達に紛れて撤退していった。
地元政府の軍は、バンダーに対して困惑しながらも銃口を向けて警戒を続けていた。それを止めたのは、成美達だった。
「あの車には仲間の【エコー】のウルリカが乗っています! あの車は味方です!」
「そ、そうなのか? じゃあ、あの車の上にいるのもあんた達の仲間の特殊能力なのか?」
「おそらくそうです。私がウルリカと交信して確認します。それまで攻撃しないでください」
軍の司令官はそう訴える成美に従い、部下に攻撃を控えるよう命じた。各国に反感や不信感を持つ者もいる【ブレイバーズ】だが、救助活動中だった事と共通の敵と戦った直後だったことが幸いした。
救助活動で目覚ましい成果をあげた成美達への感謝と、共闘した事で生まれた仲間意識が、バンダーの異形さに勝ったのである。
そして【エンジェル】でウルリカと交信し、大まかな事情を理解した成美が説明したためにバンダーは「【ブレイバーズ】の能力」としてとりあえず受け入れられたのだった。
『複雑な気分ですね』
博と冥が、無事再会できた母親に駆け寄って行くのを眺めながら、バンダーは呟いた。
「まあ、親子だ。仕方ない事だと――」
『俺が【ブレイバーズ】の能力の一部扱いとは……』
「そっちなのか」
『ええ。ウルリカやジョゼフ、陽堂や七森の力の一部という事ならいいのですが……ウルリカ、とりあえず『マイマスター』とか呼んでいいですか?』
「止めてください。荷が重すぎて圧死します」
バンダーは冥や博が両親を愛する事に、何の疑問も持ってはいない。それはとても健全な事だからだ。彼の目的が冥と博の幸福である以上、家庭が円満であるのは歓迎すべき事なのだから。
「あの、あなたがバンダーなの? 冥の友達で……ウルリカやジョゼフ君を助けてくれた……人?」
そう話していると、成美が冥と博を伴って近づいて話しかけてきた。
『はい。めー君と博のお母さん。俺はバンダーです。めー君の守護霊のようなものだと思っていただければ幸いです』
成美と会話する事に対して自分が何も感じない事に、若干驚きながらもバンダーは事務的な挨拶を交わした。
『ところで、今後の事ですがどうします? 俺としてはこのまま安全な場所で負傷者の治療をしながら、事が解決するまで待機するのが良いと思いますが』
バンダーは自分の正体について成美に明かすつもりは、全く無かった。めー君の母親が自分で気がつく分にはどうでもいいが、そうでないのに態々打ち明ける意味が見いだせないからだ。
「いいえ、六道君が……六道が私達を裏切って危険な事をしようとしているのなら、止めるのが私達の責任です。あなたの正体はよく分からないけれど……冥達を守ってくれたことは本当だから信じます。子供達をよろしくお願いします」
そして成美も、バンダーの正体には気がつかなかった。当然だろう。彼女が知っているかつてのクラスメイト、天宮博人とバンダーは外見に何の共通点もないのだ。
声と口調すら異なっている。もしこれで気が付けるなら、『アンデッド』が天宮博人だと気がついていたはずだ。
『なるほど。……まあ、そうなると思っていました。分かりました、めー君と博とウルリカは責任を持って俺が守りましょう。
では、真理ちゃんのところに行きましょうか、めー君』
「え、ウルリカも守ってくれるんですか? それは嬉しいですが、真理ちゃんって、それにどこへ行くつもりですか? それに冥も!?」
「うんっ! 真理ちゃん達の所に行くの、ガブちゃんとボー君、ユッキーもいるの!」
「母さん、コイツ普段は良い奴だけど人の言う事を全然聞いてくれないから、気を付けた方が良いよ」
『ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、博、痛いところを突きますね』
そう会話しながらも、冥と博は再び車に乗ろうとする。ウルリカも「ああ、また!」と言いながらも車に乗り込んだ。
「お、おいっ! 勝手な事をするな! そんな事が許されるとでも思うのか!?」
思わずベイカーが叫ぶが、バンダーは他人でしかない彼の言葉では止らない。
『許されなかったからと言って、何かありますか?』
逆に聞き返されたベイカーは、咄嗟に言い返す事が出来ず立ち止まった。
銃弾の雨を浴びても傷一つつかない化け物相手に、どうすればいいのか思いつかなかったからだ。隠れるのを止めた化け物に、恐れるものは何もない。
「待ってください! 私も行きます!」
だが、成美が車に乗り込んで来た時は思わず『えぇ?』と声を出していた。
「ママも真理ちゃん達のところについて来てくれるの!? わ~いっ!」
しかも、冥は当然歓迎するので断りようがない。
『仕方ない。まあ、めー君のお父さん達もいるでしょうから、事情の説明や説得をよろしくお願いします』
「説明は分かりますけど……説得は?」
『それについては、車内で話しましょう。各国の軍人や救助隊に聞かれたくない、デリケートな話になるので』
「バンダー、それも良いけど腹減った」
『ああ、そう言えばそろそろご飯の時間ですね。じゃあ、スーパーにでも寄って行きましょうか』
「スーパーに寄る!? 本気ですか!?」
『ええ、支払いならご心配なく。暗証番号を聞き出してある【バロール】のカードが……アフリカのスーパーでも使えますかね? ダメだったら欧州や中東のスーパーまで待ってくださいね』
バンダーはそう言いながら、乗客が一人増えた車を掴んで再び空に飛びあがった。
拙作の書籍版5巻が発売しました! 書店で見かけた際には、手にとっていただけたら幸いです。
次話は四月十九日に投稿する予定です。




