三十八話 ダンジョンボスが物足りない
ガランの谷の地下七階。
ここには巨人種達が人口を五千人以上に増やし、都市国家を築くまでに繁栄した理由がある。
「岩塩だ! 岩塩を掘れ!」
『邪魔する魔物はいねぇな!?』
「索敵良ーしっ!」
そう、この階層の岸壁からは良質な岩塩が取れるのだ。
塩は重要な物資であり、必需品である。タロスヘイムではその塩の供給を、このダンジョンに頼っていた。
幾つもの魔境が存在する山脈に挟まれたこの土地では、オルバウム選王国に繋がるトンネルが見つかるまでは他国との交易が存在せず、海に行くにもやはり前人未到の魔境を幾つも越えなければならない。
そのため塩を手に入れられるのはこのガランの谷の地下七階だけだった。
もしこのダンジョンを巨人種達が見つけられなかったら、タロスヘイムは存在せずこの地の巨人種達も数百人程度のままだっただろう。
勿論ここもダンジョンの内部である以上、魔物が出現する。しかもこの地下七階からはランク3だけでは無く、4の魔物が出るようになるため、危険度が地下六階までよりも高い。
岩のような表皮を持つ大猿、ロックモンキー。
魔術を使うコボルトメイジや、武技を使いこなすコボルトジェネラル。
巨人種よりも大きい、ヒュージストーンゴーレム。
どれもこれも中堅以上の冒険者でなければ相手に出来ない魔物だ。
そんな危険な場所で岩塩を取るために巨人種達が取った手段、それは労働者が中堅冒険者並の戦闘能力を身に着ける事だった。
『採掘の邪魔はさせネェ!』
ピッケルを武器に、鎧を身に着けた労働者達が雄々しく魔物と戦う様子は見事であり、後に交易を通じてやって来た選王国の冒険者達に「彼らに俺達の護衛は要らない」とまでいわせたほどだった。
それはアンデッド化した今も変わっていない。
『うおおおお! 味噌! 味噌の素ぉぉぉおぉ!』
『俺はギョショーだ!』
『邪魔する魔物は味噌焼きにして食ってやる!』
いや、寧ろ凶暴性は昔以上か。
アンデッドは物を食べない。それは間違いである。
確かに下位のスケルトンやゴースト等は食欲を覚えないし、味も感じない。しかしゾンビやある程度上位のアンデッドは、食欲を覚えるし味も分かる。
勿論生命活動を停止しているアンデッドに食事の必要は無い。年単位で食を断っても、問題無く動き続ける。
しかし元生物という枠から完全に逃れる事は出来ない。どうしても原始的な欲求が残るのだ。
三大欲求の内、睡眠欲は消える。アンデッドは疲労を感じないので、睡眠欲を覚え無いからだ。寝ようと思えば近い状態にはなれるが、肉体的な物では無く精神的な疲労の回復や、満足感のために行われる。
性欲は微妙に残る。肉体が死んでいるため、子孫を残したいという欲求は無いが、生者の生気を吸うためや、性交に強い執着を残して死んだ場合等に手段として行為を行う事がある。
そして完全に残るのが食欲である。
それが魂に残った欲求としてアンデッドを突き動かし、ゾンビは生者の肉を喰らい、血を啜り、そしてそこに含まれる魔力を吸収して経験値とするのである。
スケルトンや霊体系のアンデッドも、高位アンデッドにランクアップすると【霊体】スキルで仮の肉体を作り、犠牲者の血肉を食し、若しくはもっと直接的に生命力そのものを喰うようになる。
タロスヘイムの巨人種アンデッドも例外では無く、思い思いに食事を取って来た。大体は町に入って来た魔物の血肉であり、時折その辺に生えている草や木の皮、石の欠片だった時もあった。
しかしヴァンダルー達が来てからは串焼きや葉っぱに包んで焼いた蒸し焼きに、胡桃やバジルのソースをかけた物など、味のある食べ物を食べるようになった。
そして最近彼らに衝撃を与えたのが、ヴァンダルーが作った「魚醤」、「胡桃味噌」、「団栗味噌」だった。
それらは勇者ザッカートが再現しようとして失敗した調味料で、今までラムダには存在しない物だった。それらは彼らの舌にカルチャーショックを与え、味わった者を次々に魅了したのだ。
『味噌味噌味噌ミィィィソオオォォォォォ!』
『ギョショオオオオオオオオオオ!』
『頭がイテェ! 幻が見えるっ! 味噌だっ、味噌をくれえ゛ェェェ!』
……ただの中毒かもしれない。
「ヴァン、もしかしてあの調味料には常習性があるのか?」
「無い……はず、なんですけど、ね?」
目を血走らせ狂乱しながら岩塩を採掘する巨人種アンデッド達の姿に、引きながらヴァンダルーは答えたが、無表情でも分かるほど自信が無さそうな答えだった。
「地球と同じ製法で作ったと思うけど、オリジンでも死属性魔術で作った発酵食品に常習性があるなんて話は聞いた事が無かったし……いや、俺が知らなかっただけかな?
若しくは使った胡桃やドングリに俺の知らない成分が含まれていて、それが変な作用を起こした可能性も……」
『父さんも美味しいって喜んでいましたし、単純にとても美味しいだけじゃないですか?』
サリアが最近【霊体】スキルのレベルが上がり、味が分かるようになったサムが味噌を口にした時の感想から推測して言う。
『ズルイよねー、父さんばっかり』
そう不満を口にするリタ達は、実際には口も何も無いリビングアーマー。まだ食べる事も味わう事も出来ないのだ。
「そうかな? まあ、あの頭が痛いと言っていたバリッジは、前から頻繁に幻覚を見るらしいし、そうかも」
「ヴァン、あまり安心できないぞ。バリッジは大丈夫なのか?」
「さぁ? 生前から酒精が切れると手が震え出すらしいので、多分どうにもならないかと」
『酒は飲んでも飲まれるなですな』
「ああ、酒は飲み過ぎないように気を付けよう」
そういいながら、岩塩の採掘に精を出す巨人種アンデッドの横を通り過ぎ、その日はそのまま地下七階で野営する事になった。
ヴァンダルーにとってダンジョン攻略らしい攻略は、地下八階から始まった。
この階層からは訓練する者や、石や岩塩を採掘する巨人種アンデッド達が居ないので、通常通りの頻度で魔物と遭遇するからだ。
そして基本的に階層がシンプルな構造をしているガランの谷では、全員が盗賊のような斥候職でパーティーを構成するか、幻術でも使わない限りまず魔物から隠れてやり過ごすという事が出来ない。
『坊ちゃん! 岩のような猿だと思ったらただのストーンゴーレムです!』
「硬いな、あれも【ゴーレム錬成】でどうにかならないか?」
「いや、俺は自分が創ったゴーレム以外は操れないので、骨猿達に薙ぎ倒してもらいましょう」
『オ゛オオオオオ!』
この階層からランク3の魔物が一度に複数現れるようになる。単に数が多いだけで、連携も何も無いゴーレムから、逆に見事な連携を見せるコボルトナイトとコボルトアーチャーの群れまで差があるが、地下七階までよりもずっと難易度が上がったのは確かだ。
『ウ゛ボオ゛!』
たった今骨猿が殴り倒したストーンゴーレムにしても、普通の冒険者が相手をしたら、それなりに手こずる。D級冒険者なら武技を使えばいいじゃないかと思うかもしれないが、武技は使用するのに魔力を使う。
前衛職の冒険者の多くは、そう潤沢に魔力を持っている訳ではないのだ。
その点、ヴァンダルー達はこのガランの谷を攻略するには、過剰気味の戦力で挑戦している。ヴァンダルー以外の全員がランク4以上。しかも、いざとなったらヴァンダルーが莫大な魔力でゴリ押しして押し通る。
実際、苦戦しようがないともいえる。
「ふぅ……約二年ぶりの経験値が入る感触が心地良い」
まあ、経験値稼ぎのためにいちいち命を懸けていたら、幾つ命があっても足らないので、これぐらいが丁度良い。
『ヂュ、主よ、レベルは如何程に?』
「ん……まだ十にも届かないですね」
ただ、肝心の手に入る経験値の量もそれなりでしかない。
現在【死属性魔術師】のジョブに就いているヴァンダルーだが、このジョブは妙にレベルが上がり難いようで、まだ十にも届かない。
「バスディアはどうですか?」
「私はこのダンジョンに潜る前に【見習い戦士】から【戦士】にジョブチェンジしたが、今14だな」
「うーん、タロスヘイムに戻ったら、ボークス達に聞いてみましょう」
ジョブ毎にレベルを上げるのに必要な経験値は違うのか、ボークスなら多分知っているだろう。彼は【剣王】と称えられ、A級冒険者にまでなった男だ。
今はアンデッド化した事でジョブを失っているが、生前は見習いから始まって複数のジョブを極めているに違いない。
二百年前の話だし、記憶が欠損している可能性もあるが。
「能力値も少しずつですけど上がっているし、焦らず行きましょう」
『どれくらいあがったんですか?』
「能力値はそれぞれ1から10ぐらいです。魔力は2%くらいですね」
『そうですか、先は長いですね』
「……魔力に限って言えばもう二百万上がったのか? 相変わらず凄いな」
その後も出て来る魔物を、自分で止めを刺さないよう手加減しながら、皆と戦うヴァンダルー。【経験値自力取得不能】の呪いが、本当に面倒だ。
因みにこの呪い、仲間や配下が獲得した経験値の一割程度なら獲得できるのだが、その条件も大体分かって来た。
基本的にヴァンダルーの視界内で、仲間か配下が経験値を得る事が条件らしい。ただ骨鳥の視覚を借りている状態で、離れた場所に居る骨人が魔物を倒してもヴァンダルーに経験値は入らなかった。
どうやら自分の肉眼でなければ条件を満たした事に成らないらしい。ラムダには双眼鏡や望遠鏡は無いそうだが、それで見た時もやはり肉眼ではないと判断されるのだろうか? 視力矯正用の眼鏡をかけた場合はどうなのか。
遠視の眼鏡というマジックアイテムがあるらしいので、手に入れたら試してみよう。
結果如何では、目がヴァンダルーの生命線になる可能性が出て来るので、検証は必須である。
……流石に双眼鏡や望遠鏡を作る方法は知らないので、こっちは試せないが。
「あ、でもガラスでゴーレムを作ればレンズぐらい出来るかな? 倍率が低い物なら、もしかしたら……」
「ヴァン! 戦っている最中に考え事は危ないぞっ!」
「大丈夫です、今終わります」
「ウガゲェ!?」
時折【格闘術】スキルを上昇させるために自分でも止めを刺してみたりしながら、とうとう地下十階に到達。ここがガランの谷の最下層だった場所だ。
「グオオオオオオオオ!」
牙を剥き出しにして咆哮を上げるのは、巨人種よりも大きなロックゴリラ。ガツンガツンと拳で厚い胸板を叩き、ドラミングをして威嚇している。
ランクは4だが、その中でも上位に位置する魔物だ。特殊な能力は無いが、見た目通り硬く、見た目通り怪力で、しかも見た目以上に頭が良くて土属性の魔術を幾つか使える。
しかし――
「やっぱりD級ダンジョンの大ボスにしては弱い?」
「そのようだな。多分、中ボスなのだろう」
ヴァンダルーとバスディアが自分を侮辱している事を理解したのか、ロックゴリラが短く吠えると見た目よりも素早い四足走行で二人に迫る。
『ウ゛オ゛オ゛オ゛!』
そうはさせんと、骨猿が間に立ちはだかった。そのまま骨の猿と岩の猿は、ガッチリと組みあった。
『ウ゛ボオ゛!』
ミシミシと骨猿の骨が軋む。純粋な腕力なら互角だが、骨と僅かな霊体だけの骨猿よりも、肉と外殻を纏ったロックゴリラの方が力勝負では有利なのだ。
「グフッ」
勝利を確信してロックゴリラが妙に人間染みた嘲笑を浮かべる。
『ボオ゛オ゛ォォォォォォォ!』
その嘲笑に正面から、骨猿の毒のブレスが浴びせられた。
「ウ゛ギィ!?」
岩の外殻に覆われていない目や鼻に毒を叩きつけられ、堪らずロックゴリラは骨猿から離れて顔を抑える。
『ガアアアアアア!』
『グルオオオオオオ!』
『てやあああああ!』
その後は、一方的な展開だった。確かにロックゴリラはランク4でも上位の魔物だ。しかし、逆にいえばランク5に及ばない程度の力しか持っていない。
なのに相手はランク4の魔物が八体。バスディアは手を出さなかったが、それでも戦いでは無くリンチというしかない。
ロックゴリラも最初から突っ込んで来ずに距離を取り、土属性魔術をメインにして戦えば善戦ぐらいは可能だっただろう。だが、ダンジョンのせいか凶暴性が増していて好戦的に成らざるをえなかった。
倒した後は毒を消す【消毒】をかけて魔石を取り、癖が強いが香草と一緒に煮ると良いスープになる肉を取り、内臓を【殺菌】【殺虫】して、今日の昼食の材料にする。
後外殻は防具の触媒にすると土属性魔術に対する防御力が増すので、やはり持って行く。
それらの回収した素材は、【鮮度維持】をかけた後フレッシュゴーレムにして自力で移動させる。こうする事で危険なダンジョンでヴァンダルー達は身軽さを維持していた。
素材の塊であるフレッシュゴーレムを魔物が食べないよう護衛する手間が増えるが、元々人数が多いのであまり問題にならない。
「じゃあ、下に行きましょうか」
ガランの谷は、元々は地下十階までのD級でも浅いダンジョンだった。しかし二百年放置していたせいか、階層が三階分増えていた。
すると発生するのが、中ボスである。
階層が十一以上のダンジョンには、ボス以外にも中ボスが発生する。大体十階層毎に現れ、通常の魔物よりも強いがボス程では無いという正に中ボスといった性質を持つ。
例えば、全部で二十七階層のダンジョンには十階層と二十階層に中ボスが出現し、二十七階層にボスが出現する。
未攻略のダンジョンを攻略中の冒険者パーティーが「これがこのダンジョンのボスに違いない」と強敵と戦って倒しても、見つかるのは宝物庫では無く下への階段で、あの強敵は中ボスだったのだという事はよく在る話である。
「ボークス達から聞いたが、中ボスを倒した後は難易度が一段上がるらしい。皆、気を付けて行くぞ」
『おーっ!』
気合を入れ直して、ヴァンダルー達は地下十一階に下りて行ったのだった。
地下十一階層以降ではランク4の魔物がランク3の魔物を引きつれて現われるようになった。
コボルトメイジに率いられたコボルトナイトの群れや、ロックゴリラに従うロックモンキー等、どれも仲間同士で連携して戦う事が出来る魔物だ。
更に地下十三階では、ランク4の魔物が一度に複数現れるようになった。流石にここまで来るとヴァンダルー達も若干手こずった。
一定距離を維持してこちらに炎のブレスを吐くヘルハウンドの群れが出た時は、多少経験値と素材が無駄になるのを覚悟してヴァンダルーが【魔力弾】を数発撃って、何頭か肉塊にして対処した。
ロックゴーレムが複数出た時は、皆で武技を惜しみなく使った後ヴァンダルーの【魔力譲渡】を受けて魔力を回復させた。
更に地下十一層から時折罠が仕掛けられていて、引っかかると岩が落ちてくる事があったがこれは遠慮無くヴァンダルーが魔力で潰した。どうせ経験値にはならないからだ。
ただダンジョンらしく現れるようになった宝箱からは、それなりの収穫が得られた。
「タロスヘイムに近いダンジョンなのに、宝箱から出て来る武器は人種サイズなのか」
鋼鉄製の剣は、柄を見ると明らかに人種サイズのブロードソードで、巨人種用のショートソードでは無いのが分かる。
ここは十万年前から巨人種しか人が居なかった土地に在るダンジョンなのだが、何故人種用の武器が宝箱に入っているのだろうか? そう不思議がっていると、既に何回かダンジョンに潜っていたバスディアが教えてくれた。
「私もここまで深く潜ったのは初めてだが、こういう事は珍しくないと聞いたぞ」
ダンジョンに出現する宝箱の中身は、開ける者やその仲間によって変わる事が冒険者達の経験則で明らかになっている。
当然冒険者達が何を欲しがっているのかをダンジョンが理解して、それを用意してくれている訳ではない。単に出て来るアイテムのサイズや仕様が変わるだけの事が殆どだ。
例えば巨人種だけのパーティーだったら、巨人種用の武器防具が出て来る。逆に、人種の胸ほどしか背が無いドワーフだけのパーティーなら、ドワーフに合せたサイズの武具が出て来る。
ドワーフだけのパーティーが開けた宝箱から巨人種用の鎧が出てきたり、その逆であったりはまず無い。
これはダンジョンを作り上げた邪神悪神が、冒険者の欲を刺激しやすいように調整しているのだという説と、人間達がダンジョンを修練場として扱えるようにした魔神リクレントが、人間のやる気を削がないようにしているのだという説がある。
「……確かに、見当違いでニーズが無い宝物ばかり出されたら、誰も欲をかかないし、やる気を無くしますよね。
まあ、都合が良いのでどっちの説でもいいですけど」
多くの冒険者が学者の間で行われる論争に抱くのと同じ感想を覚えたヴァンダルーは、鋼鉄の剣をフレッシュゴーレムに持たせるのだった。
そして到達した地下十三階のボス部屋で現れたのは、何とオークジェネラルと四匹のオークナイトだった。
「てっきり、岩っぽい魔物が出て来ると思ったのに」
『どうします、坊ちゃん?』
「どうしますって……倒さない訳には行かないでしょう」
今年の冬に散々倒したオークだけに、落胆が隠せない一同。そんな事情を知らないため、オークジェネラルはダンジョンボスのプライドを傷つけられたと怒り狂うが、結果はあっさりとヴァンダルー達の勝ちだった。
「まあ、ランクは5だから経験値は美味しいし、肉も美味いし、今度はラードを取ってやろうと思っていたので丁度良いんですけど」
「だが、ヘルハウンドの群れの方が苦戦したな」
「そうですね」
微妙に低いテンションのまま、宝物庫から若干のお宝を収穫する。最近は巨人種アンデッドやグール達がパーティーを組んで何度も攻略していたので、大したものは無かった。
尚、二百年以上前に冒険者ギルドによってダンジョン限定だが空間転移が可能なアイテムがタロスヘイムの各ダンジョンに設置されている。
そのアイテムによって、宝物庫から地上に一瞬で転移する事が可能となっている。
ダンジョンによっては各階層から地上に転移できるようになっていたり、地上からも行った事のある階層に転移できたりするらしい。
便利な世の中になったものだ。
《バスディアがランク5、【グールアマゾネス】にランクアップしました!》
「ダンジョンの攻略はどうじゃった、坊や?」
タロスヘイムに戻って、王城の風呂に入っているとザディリスが入って来た。
「順調だ、母さん。今のヴァンならコボルトナイト相手に魔術を使わずに勝つ事が出来るぞ」
っと、一緒に入っていたバスディアが代わりに応える。
何故混浴なのかというと、ヴィガロ経由でヴァンダルーが脳天まで湯に浸かっていた事がばれたからだ。
ヴァンダルーを一人で風呂に入らせると、危険だ! という認識が共有され、必ず誰かが一緒に風呂に入る事になったのだった。
普段はヴィガロやボークスが多いのだが、今回は二人とも他のダンジョンの攻略を行っている。
二人ともヴァンダルーが前世と更にその前の記憶を持つ、年齢を合計すると四十になる男である事は知っているのだが、グールの文化では羞恥心を感じるポイントが異なるのか、羞恥を覚えている様子は無かった。
『まあ、見た目三歳だし、実際肉体的に三歳児なので、何も感じないんだよな』
長身のスタイル抜群の美女と美少女、二人との混浴だ。地球に生きていた頃のヴァンダルーだったら、目を血走らせてガン見するか、興奮に耐えきれず鼻血を出していたか、逆に見る事も出来ず視線を下げて縮こまっていたかもしれない。
バスディアはダンジョンから出た後、突然グールアマゾネスにランクアップした。彼女の集落では今まで誰もなった事の無い種族だったが、アマゾネスとは彼女に相応しい種族だとヴァンダルーは思った。
実際、上昇した能力値も戦士向きらしく、多分魔物レベルが100に到達したのと、複数の武術系スキルのレベルが上昇した事で条件を満し、ランクアップしたのだろう。
姿形は今までとあまり変わらなかったが、バスディアの身体には刺青に似た、見るからに魔術的な要素がありそうな赤い文様が浮き出ていた。
それがまたタトゥーのようでカッコイイ。勇ましさも増したが、バスディアの豊かな曲線を強調しているように見えた。
ザディリスも少女のような見た目ながら艶がある……のだろう。三歳児の目では言い切る自信は無いが。
それでもとても可愛らしく、綺麗なのは分かる。
しかしやはり精神は肉体の影響を大きく受けるのか、今は「あ、裸だ」と言うぐらいにしか思わなかった。胸の高鳴りや興奮は全く無い。
物心つく前の年齢だし、初恋等の話も二~三年先の事だろうから、今はこんなものか。
もしかしたら、十年後ぐらいに「あの時もっと見ておけばよかった」と後悔するのだろうか?
「ほぉ、それは中々じゃな」
「ああ、まだスキルは1レベルだがそれはジョブにスキル補正が無いからだろう。
魔術の方も、前よりも威力が上がっているように見えた」
「そういえばお前もランクアップしたようじゃな。見るからに魔術と関係がありそうな文様が浮き出ておるが、やっと術を学ぶつもりになったか?」
「グールアマゾネスというそうだ。この文様のお蔭か、魔術耐性が手に入ったよ。それ以外にも何か効果があるのかは分からないが、魔術か……子供が出来たら考えよう」
「あ、そういえば、マジックアイテムはどうですか? あれを付けていれば妊娠する確率が上がるはずですけど」
しれっと子作りの話題に入る三歳児。少子化問題はマジックアイテムがグール達に行き渡った事で解決に向かうだろうが、まだ油断できないのも事実だ。……上手く行きすぎて子供が増えすぎると、地球と違って保育所が無い分苦労するだろうし。
そう思って聞いたのだが、バスディアの顔は優れない。
「それが上手くは行っていない。マジックアイテムは私も相手も着けているのだが……」
どうやら、普通に効果を上げていないらしい。
あのマジックアイテムは卵子と精子の活動時間を人種並にするだけなので、素の状態のグールの妊娠確率を人種並にしてくれるが、確実に妊娠できる訳でも無い。
そう考えれば、まだ妊娠していなくても不思議では無い。人種で健康上問題の無い夫婦でも、すぐ子供が出来る訳では無いのだし。
「じゃあ、念のために【霊体】で診てみましょうか」
しかし、何か問題が起きている可能性もある。余裕がある時に調べておくべきだろう。
「ありがとう、頼む」
「良いですよ、どうせダンジョンから帰ったら一週間は町で過ごす約束ですし、今日は後でリバーシを作る約束もありますし」
「うむ、儂らとの約束は忘れていないようじゃな。二重の意味で良し」
ヴァンダルーの再ブラック化阻止の為のルールは決められているのだった。
活動報告で申しましたが、総PV数が十万を超え、総合評価が千点を超えて二千点に到達いたしました。
今年中どころか来年度中に到達できるかどうかと思っていたところに、皆様のお陰で到達できました。
拙作に目を留めていただき、本当にありがとうございます。
次話は10月23日中に投稿する予定です。