閑話49 雌伏の時の終わり
他者の立ち入りを禁止した世界で、ヴァンダルーは無数の人型の生物と準備を進めていた。
『改良型甦生装置、並びに肉塊はこの空間でも問題なく生存できるようです』
『魔術陣の実験も完了しました。百パーセントの確率で成功です』
『医療施設と住居の準備も万端です』
『発電部隊の準備も整っています』
その【体内世界】は、ヴァンダルーが進めた準備の結果最も異様な世界となっていた。
巨大なドーム状の建造物の中に、『ラムダ』世界ではまず見ない建築様式の建物が並んでいる。天井は青く塗られ、温かな光を放つ球体が宙に浮かんでいる。
「衣類、消耗品、医療品、家具……当座の生活に必要な物は揃いましたね」
『向こうの食料は追加しますか?』
『とりあえずは必要ないでしょう。だいたいの料理は再現できるようになりましたし』
「問題は娯楽ですね。向こうの本は俺がコピーできますが、ゲームはどうしましょうか?」
『しばらく我慢してもらうしかないのでは?』
「誠に遺憾ですが、仕方ありませんか……真理の話ではもう時間が無いようですし」
人型の生物は、使い魔王達だった。全身をすっぽり覆う防護服のような物に、その異形の肉体を押し込めて人間の演技をしている。
そして広場に刻まれた魔術陣の近くには、タロスヘイムの王城の地下にあったヴィダの甦生装置、そして甦生装置で作られた肉塊の詰まったカプセルが安置されていた。
「これで全ての準備を完了した、という事にしましょう。後は、動くだけです」
ヴァンダルーが準備完了を宣言する一週間ほど前。『オリジン』では【アバロン】の六道聖が腹心の部下達と共に、【メタモル】の獅方院真理に施した実験の結果について技術者から報告を受けていた。
「彼女は素晴らしい結果を出してくれましたよ、ミスター六道。彼女は、完全な死属性の適性を手に入れた」
部下の男は興奮を隠せない様子でタブレット端末を操作し、画面に表示される獅方院真理だった者を指して報告を続ける。
「『第八の導き』や今までの実験体のような、不完全な適性ではありません。『アンデッド』と同じ、完全な適性です! 既に、幾つもの死属性魔術の再現に成功しています!」
画面に映し出された獅方院真理だった者は、鼻から上を覆うヘルメット状の機械を付けられ、受信した命令通りに動いていた。
死属性魔術を用いて猛毒を無害な液体に、ただの水を猛毒に変えた。
小口径の銃の殺傷力を強化して、本来なら毛皮と筋肉で弾丸が止まって致命傷を負わせられないはずの熊を撃ち殺した。
逆に自分に向かって撃たれた弾丸は、運動エネルギーを吸収する結界を張って停止させた。
「この通りです。『アンデッド』を所有していた国が作り出していたマジックアイテムも、多少品質は劣りますが再現できています。ですが、それは【メタモル】の魔力量が『アンデッド』よりも圧倒的に少ない事が原因と考えられます。死属性魔術の使い手を量産して魔力量を補い、生産体制が整えば解決すると思われます。
おめでとうございます、ミスター。研究は成功です」
技術者の男は、研究は成功したと本気で考えていた。彼を派遣した組織や、研究に様々な援助を行った政財界の大物達は、たしかに満足するかもしれない。
十年以上前、『アンデッド』の消滅によって生産不能になった様々なマジックアイテムを作り出す事が出来るようになったのだから。
その利益は計り知れない。六道の研究に対して行った援助を十二分に取り返す事が出来るだろう。……『アンデッド』と同じ量が生産できるのならだが。
「そうか、報告ご苦労。下がってくれ」
「は……はいっ。失礼します!」
無感動に六道から退出を促された技術者の男は、一瞬呆然としながらも、彼の視線を受けて慌てて一礼して下がった。
そして部屋に六道と事情を知る者だけが残ると彼等は苦笑いを浮かべ、溜め息を吐いた。
「研究は成功です、か。幾らなんでも人員の質が低いのでは?」
「そう言うな。『第八の導き』の犯行と六道さんの作戦で、死属性の研究者は殆ど残っていないんだ。彼は検査機器を動かし、メンテナンスを行うための作業員だよ」
「そう、守屋の言う通りだ。彼に多くを求めるのは、酷というものだろう。……死属性魔術の使い手の量産は不可能だと知らないのだからね」
転生者である【メタモル】の魔力は、数字にして一万を越えて三万に迫っている。魔力が一万あれば一流と言われるこの世界の人間の中では、破格の数字だ。
しかし『アンデッド』……今は亡き天宮博人の魔力は一億。桁が四つも違う。それを補うためには【メタモル】が三千人以上必要になるが、それは不可能な話だった。
何故なら死属性魔術の使い手は、最大でも百人を超えないのだから。
「死属性魔術の完全な適性を得る条件は、他の属性の適性を持たないまま一度完全に死んだ者。心肺が停止した後蘇生した者ではなく、完全に死んで輪廻転生を果たした者。つまり、我々転生者でなければならない」
それが六道の割り出した死属性魔術の適性を得る方法だ。
『第八の導き』は、半ば死にかけていた状態で『アンデッド』から死属性の魔力を植え付けられた事で、不完全にしか死属性魔術の適性を得られなかった。
これまでの実験体も同じだ。この世界の人間の被験体の心肺を完全に停止させ、後に甦生させてもそれは結局死んだ事にはならない。
しかし、『他の属性の適性を持たない』事と『一度完全に死んで輪廻転生を経験した』という条件を満たす順番は、どちらからでも構わないようだ。輪廻転生を経験した転生者である【メタモル】は、後天的に属性の適性を消して死属性の魔力を扱えるようになった。
十年以上六道が『一度完全に死んで輪廻転生を経験した』という条件に気がつかなかったのは、彼にとってありふれたものであると同時に特殊な条件だったからだ。
六道達転生者は、輪廻転生が存在する事を自らの体験で知っている。この世界のあらゆる人々には前世が在り、死ねば来世に生まれ変わる。
自分達転生者との違いは、前世の記憶や人格を現世でも有しているか否かというだけだ。
『第八の導き』のメンバーや今まで六道が使い捨てて来た被検体も、前世から輪廻転生を経て現世に生まれ変わってきたのだ。
だから、『輪廻転生を経験している』という条件は六道にとって考慮するまでもないものだったのだ。
「まさか、前世の記憶や人格をそのまま維持して輪廻転生を経験している事が条件だったとは……纏めると、死属性魔術は『完全な死の経験者』しか使えない属性ということか」
六道達と同じ転生者であり、生まれつき属性の素質を持っていなかったらしい『アンデッド』なら、諦めずに魔術を使おうとし続けるだけで死属性魔術を扱えるようになっただろう。
「ですが、それでは雨宮冥の場合はどうなるのでしょうか? 無論、彼女が死属性魔術の適性を持っているというのは推測の段階ですが……」
「それは、やはり胎児と言えるかどうか微妙な時期に、『プルートー』に一度殺された後復活させられた事で条件を満たしたのだろう。
輪廻転生の仕組みがどうなっているのか我々はまだ観測出来ていないし、何をもって記憶と人格と定義するのかも分かっていないのだから、そう考えるしかない」
雨宮冥は受精卵のまま死んで一度ロドコルテの輪廻転生システムに戻ったが、復活したので再びシステムから同じ魂が受精卵に戻ったのかもしれない。六道が輪廻転生はシステムによって行われているという事を知れば、そう推測したかもしれない。
記憶と人格については、六道にとってもお手上げだ。そもそも、どの程度なら記憶と人格が残っていると判定されるのか分からないのだから。
六道だって、『地球』で経験した事を全て覚えている訳ではない。物心がつく前の事は忘れているし、親兄弟やクラスメイトとの他愛のない会話を一言一句覚えている筈はない。
それは『メタモル』だって同じだろう。人格についても、前世と完全に同じとは限らない。死んだ時の恐怖と衝撃から、海や船が苦手になった転生者も何人かいた。
当時の目や耳は勿論、脳すらまだ育っていなかった雨宮冥に記憶や人格があったのか科学的には疑問だ。しかし、魂というものが存在している事を六道達は知っている。
魂に思考能力はないのか? 記憶は出来ないのか? それとも自分達転生者が特別なだけで、普通の人々の魂にはそうした能力はないのか? そうした検証はまだできていない。
そのため否定も出来ない。雨宮冥を手に入れ、彼女を調べ尽くした時に答えを知る事が出来るだろう。
そこまで考えた六道は、【メタモル】に関する報告が書かれた書類を放り捨てて言い放った。
「しかし、今明らかなのは【メタモル】は不完全だという事だ。魔力だけではない、彼女は『アンデッド』が使えた魔術の一部しか使えない。
ゴーレムやアンデッドを創り出す事が出来ない。そして、『アンデッド』が暴走し研究所の科学者や警備員を虐殺した魔術も、『第八の導き』を回復させ断片的な死属性の魔力を与えた魔術もだ」
作業員の男が語ったように、【メタモル】は『アンデッド』が使っていた魔術を全て使える訳ではない。術の習熟を考慮しても、『アンデッド』が初期に創っていたゴーレムやアンデッドが創れないのはおかしいのだ。
それをヴァンダルー……雨宮冥の背後に憑いているバンダーが知ったら、当たり前だと呆れるだろう。
六道達は機械と薬剤で【メタモル】を操る事は出来ても、【メタモル】には死者の霊を操る事は出来ないからだ。『アンデッド』だった当時の彼にそれが可能だったのは、死者の霊が自らの意思で彼に従った結果に過ぎない。
研究所での虐殺を行う時に使った魔術も、霊の力を借りるものだった。そのため、死者を魅了する事が出来ない【メタモル】には使えないのだ。
さらに、実は死属性魔術を完全に使いこなすためには六道達がまだ気がついていない条件が、もう一つある。しかし、魂の存在を確認しただけで魂の状態を分析出来ない彼らには知る由もない事だった。
「これでは足りない。私が死属性の魔術を手にしても、私の目標にはほど遠い」
それに気がつく事が出来ない六道はそう言うが、部下の一人は不安そうに顔を顰めた。
(死属性の力を手に入れるとは、やはり六道さん自身が死属性魔術を使えるようになる事を指していたのか。だが、それでは……)
彼は【メタモル】のように死属性魔術を使う事が出来る手駒を作り、それを六道が操作して力を振るうという状態を指して「死属性の力を手に入れる」という事だと考えていた。
無論、死属性魔術の強力さは彼も理解している。だが、六道が他の属性魔術を犠牲にして手に入れる程の価値があるのかと考えると疑問を覚える。
【成長制限無効】のチート能力を持つ六道の魔力は、彼が知る限り【メタモル】の数倍以上。人類の限界を超えている。だが、それでも『アンデッド』の一億にはとてもかなわない。死属性魔術を『アンデッド』と同様に使いこなせるとは限らない。
「やはり、雨宮冥を分析する必要がある。私が唯一無二の存在に……永遠の力を手に入れ、頂点に立つには」
しかし、彼がその疑問を口にする事は出来なかった。六道のその言葉に、強い執念を感じたからだ。そして、守屋達他の腹心達が、そして彼自身も六道の言葉に熱に浮かされたような優越感を覚えているのが分かったからだ。
同じ転生者の仲間を裏切り、直接手を下してはいないものの殺し、そして【メタモル】のように非人道的な人体実験の犠牲にしている。勿論、それ以上に転生者以外のこの世界の人間も殺してきた。
自分の身を守るためではなく、正義のためでもなく、命令に従っただけでもない。自分達の意思で【ブレイバーズ】を裏切り、利用し、殺してきたのだ。
(俺達では無理だが、六道さんなら人間の限界を超え、神にだって至る事が出来る。死属性の力を手に入れ、六道さんは神に、そして俺達は神に仕える新時代の特権階級になる! そのためならこの世界の人間や雨宮をリーダーと仰ぐ連中がどうなろうが、知った事か!)
彼らのブレーキはとっくに壊れていたのだった。
そうなるように六道が仕向けていた……自身にとって都合の良い部下になるようにという事情もあるが、それは彼等にとっては些細な問題だっただろう。
六道がタブレット端末を操作すると、画面は【メタモル】から何かの培養装置に切り替わった。円筒形のカプセルの中で、人型の生物が液体に浸かったまま眠り続けている。
「既に私が死属性魔術の力を手に入れるために必要な『物』は揃っているが、やり直しがきかない以上慎重を期したい。それに、事がなった暁には【ブレイバーズ】は不要どころか邪魔でしかない」
「では……雨宮冥の確保と【ブレイバーズ】の壊滅、そして廃品の処理を同時に行うのですね」
守屋の言葉に六道は頷くと、作戦の始動を宣言した。
そして、自身を監視するのがセンサー類だけになった事に気がついた真理は、小さく笑った。
『フフフ……もう少しだ……』
身体の自由は奪われているので、口元は全く動いていない。だから、魂だけで彼女は笑い続けた。
六道達の会話から約一週間後、バンダーは冥の背後で彼女に魔術を教えていた。
「ん~! うん~!!」
『めー君、それは念じているのではなくて口の中で声を出しているだけですよ』
冥の前には、複数の霊が集まって苦笑いを浮かべていた。
冥が今挑戦しているのは、【念話】だ。音を出さずに意志を霊やアンデッドに伝える、術としてはかなり初歩的なものだ。
「むぅんん?」
『意識して念話するのが、意外と難しいみたいですね。俺も教えられませんし』
口を閉じて頬を膨らませたまま自分を見上げる冥の髪を撫でながら、バンダーは困ったように六本の節足で足踏みをした。
彼が【念話】を編み出したのは、この世界で生きていた頃だ。身体の支配権を科学者達に奪われた状態で、霊と会話するために必要だったのだ。
ただ、編み出したといっても口を動かしたくても動かせない状態でした事だ。術を開発したというよりも、何とかできないかと足掻き続けた結果、気がついたら出来るようになっていたという経緯だ。そのため、具体的に習得法やコツを教える事が出来ない。
「夢の中で話している時と同じ感覚なんじゃないのか?」
そう無属性魔術の練習を中断した博が声をかけて来た。今年九歳になる彼だが、今は学校の春休みの時期で家にいた。
『その通りですが、夢の中の感覚を起きている時に再現するのは……』
『出来たー! バンダー、兄ちゃん、出来た!』
『出来たみたいですね』
難しいと続けようとしたバンダーだったが、冥にはその助言で十分だったようだ。
「うわ、スゲーじゃん!」
「何だ!? 頭の中に声が響いてくる!? わ、私は今夢を見ているのか!?」
しかし、冥は対象を絞らず念話で意志を伝えたようで、部屋の外にいた冥と博の護衛……今ではジョゼフと同様にバンダーの存在を知っている転生者、【エコー】のウルリカ・スカッチオがパニックに陥ってしまったようだ。騒ぎながら、冥たちのいる部屋に駆け込んでくる。
薬が手放せなかった彼女だが去年の秋に夢でバンダーと冥、そしてヴァンダルーに遭遇した事で日常生活は問題なく送れるほど回復するに至った。……少しでも非日常を体験するとパニックに陥ってしまうが。
「あああっ! やっぱりだっ、冥ちゃんがいる。これは夢だっ、夢なら私は大丈夫、狂ってない、狂ってない……」
そして冥の姿を見つけてその場に崩れ落ち、そのままぶつぶつと呟き続ける。
「ウルリカおばさん、大丈夫!?」
「大丈夫? おどろかせてごめんね、ウルおばさん」
そしてウルリカに駆け寄って背を摩り、頭を撫でて心配する子供達。ウルリカは三十代の北欧系の女性で、長身で大柄なのだが……精神は十年以上に渡る過酷な災害現場での救助活動や、テロリストや犯罪組織との戦いによって、かなり傷ついていた。
だからこそ、【ドルイド】のジョゼフのように夢でヴァンダルーと冥に遭遇できたのだが。
それにジョゼフと同様に「まだ完全に立ち直っていないから」という理由で、比較的頻繁に冥と博の護衛のような第一線から離れた任務を割り振られるので何かと都合が良い。
『ウルリカ……しばらく休みますか?』
「大丈夫です、私は回復しましたから……体重は三十キロ落ちてメタボから回復したし、血糖値も血圧も正常……幻覚や幻聴もなくなりましたし、睡眠薬を飲まなくてもこの通り眠れるようになったんです。うふふふふ……」
「おばさん、ここは夢の中じゃなくてうちのリビングだよ」
「っ!? そ、そうなのか!? じゃあ、今のはまさか幻聴っ!?」
「ううん、さっきのは冥の【念話】だよ。驚かせてごめんね」
「そうだったのか……なら問題ない」
それまでの危うさが嘘だったかのように、ウルリカはしっかりした口調で言うと立ち上がった。
『それで、電話の内容はどうでしたか?』
「交代するはずだったジョゼフが、急な任務で来られなくなった。代わりに、【バロール】のジョニー・ヤマオカが来るそうです」
最近、各地で災害や事件が起きており【ブレイバーズ】が駆りだされる事も多くなった。冥の三歳のお披露目の時に六道聖……実際には【メタモル】の獅方院真理だったわけだが、あの時の狂態を「過労のため精神に影響が出たため」として表舞台に立つ時間を大幅に減らしたのだ。
そのしわ寄せで、【ブレイバーズ】全体が忙しくなっている。もっとも、地震などの自然災害はともかく事件の幾つかは六道が協力者に起こさせている自作自演ではないかとバンダー達はみていたが。
『【バロール】……名前は知っていますけど、会うのは初めてですね。六道の仲間でしょうか?』
日系の合衆国人として転生したジョニー・ヤマオカは、【バロール】のコードネームと能力を持ち、主にテロリストや犯罪者の鎮圧や大火災の消火などで活躍している人物だ。
チート能力は「対象のエネルギーを奪う事」と、「奪ったエネルギーを自身の魔力に変換する事」ができる。火薬が爆発する時のエネルギーを奪って銃器をガラクタに変え、熱エネルギーを奪って炎を消す事が出来る。勿論、魔術の魔力もエネルギーの一種なので、奪う事が可能だ。
そしてジョニー本人は一族代々軍人という両親の元に生まれたため、【ブレイバーズ】結成前から格闘技や銃器の訓練を受けており、高い戦闘能力を有する。
一度に奪えるエネルギー量に上限はあるが、能力で及ばない部分を自身の戦闘能力で補う優秀な兵士である。属性魔術を無効化する【メイジマッシャー】のアサギと、戦闘スタイルは似ている。
「不明だ。『地球』での彼はマオと同じフェリーの乗務員だったそうだが、この世界に転生した後は誰とも深くかかわろうとせず、会話をするのは任務に関する事だけだ」
だが、性格はアサギとは正反対で他人と必要以上には関わろうとしない人物のようだ。
「俺も会った事ない。本でもあんまり特集されないし」
「ああ、マスメディアは苦手なようだ。得意な転生者は殆ど居なかったが……ともかく、彼が来る前にセンサーのスイッチは戻しておくから、魔術の練習は無属性魔術だけにするように」
「「はーい」」
雨宮家には現在死属性の魔力も感知可能なセンサーが設置されている。しかしジョゼフやウルリカ等バンダーの存在を知っているメンバーが冥達の護衛をしている間は、センサーのスイッチを切っていた。
その間だけ、冥は死属性魔術の練習が出来るのだ。
その時、インターホンのアラームが響いた。
「では……ん? 来たか。随分早いな」
同時に、バンダーと冥は危険を察知した。
「おばさん、反射!」
「っ!?」
ウルリカは冥の言葉に反射的に従い、能力を発動した。壁を貫通して飛来し、彼女の眉間に風穴を開けようとした銃弾は【エコー】の能力によって反射された。
百八十度向きを変えて戻っていった銃弾に打たれたのか、家の外で何かが倒れる音がした。
「兄ちゃん、こっち!」
「お、おう!」
冥が博をバンダーの足元に呼び寄せ、博が素早く駆け寄る。これでミサイルを撃ち込まれても、二人は安全だ。
「なんなんだ!?」
『敵です。【生命感知】によると、十数人。両隣とどうやら包囲されているようですね。ご近所さんを殺していないのは、霊になって俺達に警告する事や、アンデッド化して敵が増えるのを避けるためでしょう』
「――! ……【エコー】の結果も同様です。ですが、軍用ゴーレムが幾つか配置されています。先ほど私を狙撃したのもゴーレムです。反射した弾丸のせいで、使い物にならなくなっていますが」
ウルリカの【エコー】は、攻撃を反射するだけの能力ではない。反射という現象を起こす能力だ。
音の反射……反響を感知して周囲の状況を探るソナーや、光の反射を起こして鏡のように使い死角を補う事も可能だ。
さすがに光を反射収束させてレーザーを撃つような事は、滅多に出来ないが。
『【生命感知】で気が付けない軍用ゴーレムまで持ち出して来るとは……『バロール』は本気でウルリカと、雨宮邸にいる謎の存在である俺を排除するつもりのようですね』
「その通りだろう。私は【バロール】と相性が悪い……戦えばまず負ける」
あらゆる攻撃を反射できるウルリカの【エコー】だが、彼女はエレシュキガルの『カウンター』と違い受けたダメージを返す事は出来ない。
【バロール】のジョニーが接近戦を挑み、彼女の腕や脚から運動エネルギーを奪いながら攻めれば一方的に負けてしまう。
それ程ジョニーの戦闘技術は高い。
「いったいどうすれば……」
追い詰められ悔しげに奥歯を噛みしめるウルリカに、バンダーは平然と言った。
『とりあえず、応対に出ましょうか』
【バロール】のジョニー・ヤマオカは、この作戦の勝利を確信していた。
「何年も六道の旦那の部下だった事を隠し続けた結果のミッションとしては、大雑把が過ぎる気もするが……」
元軍属の傭兵で編成した腕利きの部下が十七名。軍事魔道技術の結晶である魔術媒体に重火器、自立型軍用ゴーレムが十機。
特に軍用ゴーレムは在日合衆国軍基地に配備されていた最新式だ。動力が魔力で、センサーの一部とOSがマジックアイテムで創られているだけで、外見は完全にロボットだ。
その戦闘力は戦車を上回る。
もっとも、その内一機は【エコー】によって反射された弾丸によって中破しているが。戻ってきた弾丸が銃口から内部に入り、内蔵火器が暴発したのだ。
「だが、【エコー】もやるものだな。まさか不意打ちに気がつくとは……それとも、守屋の報告にあった正体不明の存在によるものか?
まあ、いい。既に我々は動き出した、こそこそと隠れ潜む時は終わったのだ。雨宮冥と、ついでに雨宮博を確保する。俺が【エコー】を始末するまでの間、貴様等は正体不明の怪物をあぶり出し、足を止めろ!」
本来なら警察や軍が殺到してもおかしくない事件を起こしているジョニー達だが、構うつもりはなかった。何故なら既に事は動き出している。
今頃警察や軍は六道の協力者達から得た情報による攪乱や破壊工作によって、麻痺状態にある。そして麻痺していない力を持っている組織は、全て六道が掌握している。
【ブレイバーズ】も世界中に散らして組織力を奪い、雨宮寛人のように厄介な敵は各個撃破する予定だ。
部下達の了解の言葉を聞きながら、ジョニーはゴーレムと共に動き出した。
その途端、雨宮邸の玄関が爆発した。
「っ!? ちっ、打って出て来たか! 【エコー】め、想像していたより思い切りが……あぁ?」
飛んでくる破片からゴーレムを盾にして身を守ったジョニーは、玄関を破壊して現れた存在を見て目を瞠った。
四つの目に耳まで裂けた口を持つ白い顔に、黒い外骨格に覆われ鉤爪が生えた四本の腕。身体は黒い毛皮のコートでも羽織っているように膨らみ、裾から覗くのは六本の蟲を思わせる節足。
『ここまでおおっぴらに攻めて来たのですから、もう俺が姿を隠す意味はないでしょう』
そして異形とは不似合いに甲高く、しかし平坦で落ち着いた口調の声。
ジョニーも傭兵達も『正体不明の何か』がいるとは聞いていたが、バンダーの異形は予想外だった。反射的に恐怖や嫌悪感を覚えるが、しかし彼等は訓練された兵士だった。
狼狽える前に引き金を引き、ゴーレムに攻撃命令を入力する。
放たれた銃弾や魔術弾、グレネード、攻撃魔術にバンダーは晒された。しかし、彼にとってはちょっと激しい雨に打たれているようなもので、小指の爪の先程の傷もつける事は出来ない。
装甲車にも穴を開ける銃弾? 鉄も溶かす高熱? 電撃に風の刃に冷気? そんなか弱い攻撃でヴァンダルーの魂から創られた分身がダメージを負うなら、アルダ勢力の神々はとっくにヴァンダルーの抹殺を遂げていただろう。
『こそこそと隠れ潜む時は終わりました。後は、ただただ思うままに力を振るうのみです、ウルリカ』
「了解!」
バンダーの胴体の内側から声がしたかと思うと、傭兵やゴーレムが射ち続けている銃弾や攻撃魔術が向きを百八十度変えて戻っていった。
重火器が暴発し、傭兵達の悲鳴があがりゴーレムが次々に機能を停止する。
「胴体の中に【エコー】が隠れていたのか! だが俺の【バロール】なら……!?」
恐怖と嫌悪感で思考力が麻痺し、【エコー】の存在を数秒の間忘れたためにジョニーの部下とゴーレムはほぼ全滅した。
だが、自分の戦闘技術とチート能力があれば、あの化け物にも勝つ事が出来るはずだと、ジョニーは自分を叱咤した。
その彼に向かって、バンダーが恐ろしい勢いで直進してくる。ゴーレムの残骸を木の葉のように薙ぎ払って。
「【筋力超上昇】! 【全防御力上昇】!」
咄嗟に魔術を唱え、さらに服の下に着ていた魔術式パワードスーツを起動させたのはさすがだった。後は、バンダーから各種エネルギーを奪って自身の魔力に還元し、自己強化の魔術を唱えながら肉弾戦を行うのがジョニーの必勝パターンだ。
「っ!?」
だが、バンダーの鉤爪は彼が防御のために出した腕を切断した。あまりに速くて痛みを感じられなかったジョニーの顔が、驚愕に固まる。
しかし、意識は必死に【バロール】を発動して運動エネルギーを奪ってバンダーの動きを封じようとする。
だが、不可能だった。
(ダメだ! こいつの動きは速く……強すぎる! 俺の力ではエネルギーを奪いつくせない!)
ジョニーが想定する最大値を、バンダーの身体能力は圧倒的に凌駕していたのだ。
「お、俺は……肉弾戦で戦車に勝った……男だぞ……」
片腕を切断された後、数度の打撃を受けて瀕死の状態になったジョニーの耳元にバンダーは口を近づけて囁いた。
『俺の本体は、体長百メートルの龍や真なる巨人と肉弾戦をして勝ちましたよ』
「……? な、にを……」
『忠告です。これからあなたが行く場所で、誤った選択をしないように。……でも、その前に色々情報を吐いてもらいますけどね』
そう言うと、バンダーの口から蛇のような舌が伸び、ジョニーの耳の穴から奥に侵入していく。
「っ!!!!?」
『大丈夫、痛みは感じないでしょう? 口に出して話す必要もありません。脳神経をジャックして直接記憶を引き抜きますから。
情報料は、魂です。【ラプラスの魔】や【監察官】、【オラクル】を頼ると良いですよ』
毛皮の内側に隠れている冥達に聞こえないようにしながら、バンダーは【バロール】のジョニー・ヤマオカの脳から、情報を収集するのだった。
その様子は、幼児のイマジナリーフレンドにしてはあまりにも禍々しかった。
拙作の書籍版5巻が発売しました! 書店で見かけた際には、手にとっていただけたら幸いです。
次話は四月十一日に投稿する予定です。




