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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十三章 選王領&オリジン編
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三百十五話 異世界の話

 ランドルフは、ヴァンダルー達を指して「まさか奴等もオルバウムには来ないだろう」と思っていた。

「まさか、奴らが軽々しく我等の膝元にやって来るとは想定しなかった」

 彼と同じ事を考えていたのが、選王領の貴族達だった。


 バーンガイア大陸の東部を支配する大国、オルバウム選王国の選王の城にある会議室の一つで、テルカタニス宰相やドルマド軍務卿らが集まって非公式の会議を行っていた。

 議題は、正面からやって来たダルシア・ザッカートとその息子に対する対処である。


「普通はもっと警戒するものではないのか!? それとも、我々など恐れるに足らないとでも思っているのか!?」

「アルクレム公爵の手駒も利用して情報収集を行うとか、我々の手駒へ離反工作を行うとか、もっと他に色々あるだろう!? 正面から堂々とやって来る前に!」

「そうだ! 来るにしても選王の名で書かれた招待状を受け取るとか、そうした拒否できない理由があるから渋々やって来るものではないのか!?」


 貴族達の動揺は大きかった。何故なら彼等は裏の裏の裏を読み合い、誰が敵で誰が味方か刻一刻と変化するような陰謀渦巻く権力闘争に慣れきっており、それが常識と化しているからだ。

 ヴァンダルー達のように、正面から堂々とやって来て居座るような相手は彼等にとって非常識極まる存在なのである。


「そうだ、都にいるアルクレム公爵家の代官や繋がりのある貴族と結託しているのではないか!?」

 選王国の首都であるオルバウムには、各公爵家の屋敷が存在する。選王国全体の政治について決める大会議や選王選挙が開催される時や、社交シーズンに公爵本人や名代が滞在するためだ。

 また、普段は各公爵領の大使館の役割を果たしている。


 そして、都での情報収集や政治工作などを行う拠点であるのは公然の秘密である。

 ヴァンダルー達がアルクレム公爵の屋敷にいる工作員と接触し、協力しているのではないかとその貴族は疑ったのだ。


「それは調査させたが……そうした動きは無かった。一度、ダルシア・ザッカート女名誉伯爵がアルクレム公爵家の屋敷に挨拶に向かった後は、何のやり取りも確認できていない」

 だが、そうした動きを選王領の貴族達は掴む事が出来ていなかった。


 実際はキンバリーやチプラス達ゴーストが手紙を運ぶ方法で情報をやり取りしているのだが、彼等が誇る諜報組織に【霊媒師】は存在しなかった。


「鳥やネズミを使っているのかもしれん。ヴァンダルーは腕利きのテイマーだ、諜報員の中のテイマーに調べさせるべきだ」

「虫も使っているかもしれないな。手に入れたばかりの情報だが、ヴァンダルーとその義理の妹はテイマーギルドに蟲の魔物をテイムしたと報告したらしい」


「蟲の!? 本当か? だとしたら本当かどうか早速調査を――」

「それはこの会議の後にしたまえ! テイマーギルドに潜り込ませている密偵によれば登録したのは、ランク1の、文字通りムシケラに過ぎない。それよりも、問題はあの『呪われた屋敷』だ!」


 登録されたピートとペインは、本当はランク10越えの魔物なのだが……彼等の密偵はオルロックのように鋭い目を持っていなかったようだ。

「どんな陰謀があるのか憶測する前に、我々は自覚しなければならないはずです! 奴は、我々の喉元で……上級貴族街で牙を研いでいる事を!」


 その青年貴族……現在外務卿を務めているジェターボ伯爵の言葉に、それまで議論を交わしていた貴族達は顔を顰めて押し黙った。


 選王国の首都であるオルバウムには、多くの貴族が屋敷を構えている。その中でも上位の貴族の屋敷が集まる地区を上級貴族街と称するが、ヴァンダルー達がテイムしたと称して買い取った前ジャハン公爵の弟の屋敷もそこにある。

 そして当然だがこの会議室に集まっている貴族達の屋敷も、上級貴族街にある。ヴァンダルーが従える、何十匹もの強力なアンデッドが巣食っている屋敷の近くに。


「彼がその気になれば、アンデッドを上級貴族街に放つ事も出来るのです。不確かな陰謀を恐れて軽はずみな行動に出る事は、避けなければなりません。

 追い詰められて自棄を起こせば、奴らは終わりです。ダルシア・ザッカート女名誉伯爵とその息子も、オルバウム全ての騎士や冒険者に勝てるはずはありません。ですが、その時には我々も終わったと同然の被害を受けているはず」


 実際にヴァンダルー達が本気で戦争を仕掛ければ、オルバウムは全ての騎士や冒険者を集めて態勢を整える前に圧倒的な戦力差に蹂躙されて壊滅するだろうが、そこまではジェターボ伯爵が見抜けるはずもない。


「全くですな。正規の手段で都に入り、合法的に屋敷を購入し、合法的に戦力を手に入れる……策を用いていないから正攻法では対抗できない。

 前もって分かっていればそれでも打てる手もあったが……今となっては全てが遅い」

 ドルマド軍務卿も、ジェターボ伯爵の言葉に同意するしかなかった。


「そもそも、名誉伯爵が上級貴族街に屋敷を構えるとは常識知らずも甚だしい。紹介したセノーパ商会に何らかの意図があったのではないか?」

「いや、それを言うのなら呪われた屋敷を何十年も放置した責任を追及するべきではないか? 最初から浄化しておけば、奴らに戦力と拠点を与える事もなかったのだ」


 だが、他の貴族達は現実逃避の次は意味の無い責任追及に話題を変えようとする。しかし、実質的にこの会議を仕切っているテルカタニス宰相が彼らの言葉を遮った。

「そうした雑事は、後にするべきだろう。それよりも、神殿に通じて他の『呪われた屋敷』の浄化を急がせるのだ。あと、アルクレム公爵とジャハン公爵へそれとなく抗議しておけ」


 これ以上ヴァンダルー達の勢力が広まらないように、他の『呪われた屋敷』を浄化するのは今彼等が取れる数少ない手段だ。

 まだヴァンダルー達の所有物ではない屋敷に巣食う、彼の従魔ではないアンデッドを浄化したとしても文句を言われる筋合いはない。彼等はオルバウムの治安を守っているだけだ。


 もし仮にヴァンダルー達が文句を言って来たとしても、粛々と行うよう現場には通達する必要があるだろう。間違っても、「なら、君達がアンデッドをどうにかしてみせろ」と言い返してはならない。

(分かりましたと、オルバウム中の呪われた屋敷とアンデッドを全てテイムされたら事だからな。そうなればいっそ息子の方も名誉貴族に叙して、オルバウムの治安維持に役立てる手もあるが……そこまで簡単にテイム出来るものではないだろうが)


 下手に言い返して言質を取られては面倒だ。そしてテルカタニス宰相の判断は、正解だった。彼が想像しているよりも遥かに簡単に、ヴァンダルーはアンデッドを導いているのだから。


「宰相閣下、抗議とはヴァンダルー・ザッカートがアンデッドを従魔にした事に対してでしょうか?」

 そう尋ねて来た貴族に、テルカタニス宰相は顔を顰めて答えた。

「いいや、ダルシア・ザッカートが上級貴族街に屋敷を構えた事だ。間違ってもアンデッドに……彼女の子供達の従魔に関する事で抗議してはいかん」


 上級貴族街に一代限りの名誉伯爵が屋敷を構えることは、法律では禁じられていない。しかし、慣習では「名誉貴族が屋敷を構える場合は、上級ではないただの貴族街にする事」となっている。

 明文化されていない、破っても罰則の無いただの慣習。しかし、慣習とは社会において無視してはならないルールだ。もし慣習を無視するなら、全てのルールを法律に明記して罰則を設けなくてはならない。そうなると、とても余裕のないギスギスとした社会になってしまうだろう。


 それをダルシア・ザッカートに教える事を怠ったか、無視したアルクレム公爵に抗議するのは当然の事だ。

「しかし、奴がアンデッドを従魔にする事を野放しにして良いのですか?」

「それを判断する権限は、我々には無い。法に何も定められておらず、慣習も何も無いのだから。テイマーギルドが認めたのなら、そういう事だ」


 テルカタニス宰相を含めて、貴族達には従魔に関する事をどうこう言う法的な権限は無い。

「しかし、相手は所詮名誉伯爵の子弟です。我々が強く主張すれば、従うほかないのでは?」

 だが、オルバウム選王国は民主的な法治国家ではない。選王は貴族による選挙で選ばれるが、王侯貴族によって運営される専制君主の国家だ。


 その貴族が主張するように、法律に明記されていなくても、権力者は立場の弱い者に割りを食わせる事が出来る。


「なるほど、たしかにその通りですな。いやー、勇ましい事だ。あなたこそ、正に選王国貴族に相応しい。

 では、あなたが先頭に立ってヴァンダルー・ザッカートとテイマーギルドに『アンデッドを従魔にしてはならない』と命じなさい」

 しかし、ドルマド軍務卿がそう言った途端その貴族は冷や汗をかいて慌て始めた。


「っ!? ぐ、軍務卿殿、何故私が先頭に!?」

「当たり前でしょう。先ほど、私が言った事をお忘れですか?」

 ジェターボ伯爵に質問を返されて、その貴族は呻き声を漏らした。既にヴァンダルーは弱い立場ではない事を、やっと思い出したようだ。


「それに、私はテイマーギルドと事を構えたくないのですよ。あなたは従魔を手駒のように考えているのでしょうが、テイマー達にとって従魔は騎士にとっての愛馬に相当します。

 戦場で『一緒に死んで来い』と命じるならともかく、平時に『愛馬を始末しろ』などと命じたら、終生に渡り恨まれても不思議ではない」


 テイマーの多くは従魔である魔物と強い信頼関係や愛情による絆で、強固に結ばれている。そのため従魔を家族同然に考えるテイマーは多い。

 ドルマド軍務卿はテイマーギルドとは関わりはないが、それを騎士と愛馬の絆から推測する事が出来た。


「現ギルドマスターのオルロックという男ですが、彼は我々の権威に易々とは屈しないでしょう。内心でアンデッドの従魔化をどう考えていても、ギルドとして抗議してくるでしょうな。

 場合によっては、竜騎士隊の運営に支障が出るかもしれないのでその時はあなたに責任を取ってもらう事になるでしょう」


「わ、私は何も始末しろとまでは……」

「アンデッドを従魔にした事に抗議するというのは、『始末しろ』と言うのと同じでしょう。彼が屋敷とアンデッドを野に放ったら、それこそ大惨事ですぞ。

 既に札と聖水で屋敷の敷地内に封じ込める段階ではないのですから」


 その貴族は自分がどれ程危険な発言をしたのか自覚し、顔色が青を通り越して白くなった。だが、ドルマド軍務卿も本当に彼を生贄にしてヴァンダルーへ抗議しようとは考えていない。

「これで、彼の従魔に関する抗議をする事の危険性を理解してもらえたでしょう。我々が心配しなくても、アンデッドに関しては神殿が抗議してくれるはずです」

「向こうが正攻法に徹している間は、我々も正攻法に徹するとしよう。無論、媚びる訳でも暗黙の了解を与える訳でもない。

 状況が変わるまでだ」


 ドルマド軍務卿とテルカタニス宰相の言葉に、ジェターボ伯爵を含めた他の貴族達は頷いた。

 誰もババを引きたくはないのだ。


「冒険者学校の方は、どうします? 英雄予備校に入学するそうですが……」

「好都合ではないか。我々の息がかかっている者を近づけ、情報収集と懐柔を試みるとしよう」

「校長のメオリリスと、今はダンドリップと名乗っている『真なる』ランドルフが我々の干渉を許すでしょうか? もし邪魔されたら……」


「なに、『生徒の自主性』の範囲内なら問題あるまい。英雄予備校では、生徒同士のコネクション作りも推奨されていたはず。それが彼の周りで起きても何の不思議もあるまい」

 テルカタニス宰相達にとっては、ヴァンダルーが英雄予備校に入学する目的よりも学校で得られるだろう彼に関する情報の方が有用だった。




 その頃、ヴァンダルーと同じ転生者である【ウルズ】のケイ・マッケンジーこと、ケイティ・ハートナーは自室で悩んでいた。

「とりあえず、今のところは大丈夫じゃないけれど、大丈夫ね」

 普段なら控えているメイドもいない夜に、自分でも矛盾している言葉を述べて、ケイティは幼女にあるまじき重い溜め息を吐いた。


 ハートナー公爵家は、北のサウロン公爵家が主導する旧スキュラ自治区奪還軍に、自分の将兵を送った。

 これは問題大ありだ。旧スキュラ自治区が既にヴァンダルーの国の領地である事を、ケイティは亜乱達から御使いを通じた情報提供で知っていた。


 慣例では、ヴァンダルーがサウロン公爵家の領地を無断で占有し続けているだけで、領地とは認められない。しかし、慣例とは相手が同じ目線や立場の場合のみ有効なものだ。

 ヴァンダルーとサウロン公爵家……両者の差は圧倒的だ。サウロン公爵家は、寧ろ占有されているのが旧スキュラ自治区だけで済んでいる事を幸運に思うべきなのである。


 そうした真実を知らないサウロン公爵家に、ハートナー公爵家は援軍を送ってしまった。これはヴァンダルーから見れば、明らかな敵対行為だ。

(だけれど、まだ大丈夫。ヴァンダルーの今までの行動から推測すれば、少なくとも、積極的な報復はしてこないはず)

 アンデッドの大軍を率いて反撃に転じるとか、各公爵領に刺客を送って公爵を暗殺したり、疫病を撒き領民を皆殺しにしたり……そうした事はしないはずだ。


 今まで通りの彼なら、とりあえず様子を見るだろう。

(もちろん、問題が無い訳じゃない。ハートナー公爵家の印象は悪くなっている。マイナス一万がマイナス一万百になっても大きな差は無いように見えるけど、挽回するのが難しくなったのは確かね)

 ケイティは考える。今、「とりあえず大丈夫」なだけだと。将来は、全然大丈夫ではない。


(約二百年前にやらかした、亡命してきたタロスヘイム第一王女と護衛の戦士団の謀殺に、難民の強制労働……恐ろしい事をしてくれたものだわ、現世のご先祖様も。しかも、私が転生するほんの少し前まで強制労働を続けているから、『昔の事』なんて言えないし)

 それをヴァンダルーが知った時、よく皆殺しにされなかったものだと現世の父のルーカス・ハートナー公爵と叔父のベルトン・ハートナーの顔を思い浮かべる。


 恐らく、それは当時ハートナー公爵である祖父が亡くなっており、ルーカスとベルトンが後継者争いの最中で正式な当主ではなかったからだろう。……そうであってくれと、祈らずにはいられない。

(そうでないと、ただでさえ危ういお父様の命がヤバイもの)

 ケイティの父は、正式に公爵になった後にヴァンダルーが懇意にしていた開拓村に騎士団を差し向けて村人を皆殺しにするよう命じたのだ。


 幸い、ヴァンダルーによって村人に死者は出なかった。赤狼騎士団は皆殺しにされ、現在でも赤狼騎士団は再編されていないが……それがハートナー公爵領にとって最良の結果だ。

 もし、村人側に死者が出ていたら、ルーカスはとっくに殺されていただろう。


 そうなっていたら、ケイティの心労は軽くなっていたかもしれない。物心つく前に亡くなった親のために思い悩む事にはならなかったろうし、公爵家当主は叔父のベルトンが継ぐ事になっただろうから。

「でも、過去は視る事は出来ても変える事は出来ない」

 正直に言えば、父が開拓村の村人を皆殺しにしようとした事を【ウルズ】で見た時は引いた。


 しかし彼女は『地球』だけではなく『オリジン』で様々な事を経験し、見聞きしてきた。綺麗事だけでは世の中は回らない事も知っている。【ブレイバーズ】だった自分自身も、綺麗だったとは言えない。

 積極的に関与した訳ではないが、【ブレイバーズ】の一員として【ゲイザー】の見沼瞳を精神的に追い詰めた責任がある。それに『第八の導き』がテロリストと化したのも、【ブレイバーズ】に責任がある。……後者は過失なので、性質が異なる気もするが。


 そのため記憶と人格を取り戻す前のように無邪気に父親を尊敬する事は出来なくなったが、それで情が完全に消える事もなかった。

「まあ、もっとやりようはあったと思うけれど……後からはどうでも言えるしね」

 そう言いながらベッドから出たケイティは、【ウルズ】の能力を使った。


 これから一時間の間、彼女以外にはベッドの上で穏やかに眠るケイティの幻が……過去が見えるようにしたのだ。

「必要は発明の母と言うけれど……言ったわよね? ともかく、特訓のお蔭で楽になったわ」

 ケイティのチート能力である【ウルズ】は、元々は過去を見るだけの能力だ。彼女の視界内にある場所で、過去に何が起きたのか視る事が出来る。


 『オリジン』での訓練のお蔭で過去の音も聞く事が出来るようになったが、それだけだ。自分以外に過去を見せる事は出来ないし、映像を録画する事も出来なかった。

 しかし、『ラムダ』に転生してからケイティが人知れず行った訓練によって過去の映像を幻のように映しだす事に成功したのだ。


「この世界のステータスシステムのお蔭ね。お蔭で、普段は加減して動かないといけないけど」

 ケイティはそう言いながら部屋の窓を開け、幼女にあるまじき身のこなしで外に出て城の壁を這い上がる。


「【疲労耐性】のお蔭で、訓練を長時間続けられるのは助かるけど……この世界の幼児の平均的な身体能力ってどのくらいなのかしらね」

 そして城で最も高い塔の屋根まで登ると、そこで再び【ウルズ】を使いながら、【御使い降臨】を発動させる。


 夜空から光の柱が降って来るが、その光景は柱に包まれたケイティ以外には見えない。光の柱を過去の幻で隠したのだ。

 こうして彼女は公爵令嬢として生活し続けながら、不自然に思われる事もなく亜乱達と頻繁に情報を交換していた。


「……奪還軍は敗退。死者は殆どなく、アルクレム公爵領の五騎士の内『轟炎の騎士』が討死。『千刃の騎士』が再起不能になってもおかしくない重傷。

 これはもう間違いないわね。アルクレム公爵家はヴァンダルー達と組んでいる」


 ロドコルテの御使いとなった亜乱達では『視る』事が出来ない人間が、アルクレム公爵領では去年から爆発的に増えていると聞いていた。

 だから推測はしていたが、どうやら実際にはケイティの想像以上に深く組んでいるようだ。便宜を図る関係ではなく、既に共犯者か同盟者といった関係なのだろう。


 そうでなければ、ハートナー公爵や彼の仇であるハインツ達『五色の刃』と関係の深いファゾン公爵が送った援軍より、アルクレム公爵が送った援軍が大きな被害を受けている理由が思い浮かばない。

「被害の大きさは、偽装ね。本当は『轟炎の騎士』は生きていて、『千刃の騎士』が受けた傷も回復させる手段があるに違いない。

 だとすると……送る戦力を絞らせて正解だったわね」


 ルーカス・ハートナーは、当初奪還軍にハートナー公爵領の最精鋭として『ハートナー六槍士』から『ハートナー九錬槍』に再編成を終えた部隊の内半数を派遣する予定だった。

 ニアーキの街で起きたダンジョンの発生と暴走はともかく、奴隷鉱山の消滅や物理的に傾いた城の再建で領民には大きな負担を強いている。その結果として離れた人心と落ち込む国威を取り戻すために、そして対ヴァンダルー用の戦力を充実させる一環として『六槍士』から人員を増やし、さらに練度を高めた切り札。


 その力を、他の公爵が派遣した軍の目に見せようとしたらしい。……もし派遣していたら、『ハートナー九錬槍』は無残な最期を見せていたかもしれないとケイティは思った。


 ルーカスが派遣を思いとどまったのは、ケイティの仕業だった。説得ではない。

 彼女が【ウルズ】で過去の幻を映しだし、境界山脈の山肌にドラゴン等の強力な魔物がいるように見せたのだ。

 ルーカスは慌てて『ハートナー九錬槍』の派遣を中止して、上級冒険者と共に公爵領の防衛に当たらせた。


 何千年も前の過去の映像を映すのは、ケイティでも【御使い降臨】を使用した上で限界ギリギリまで魔力を消費しなければならなかったが、その甲斐はあった。

「これで一応、『私が出来る範囲の事はした』と言う事は出来るわね。後は……お父様や他の貴族達も認める実績を作らないと」


 今のケイティは、まだ「幼い割にしっかりした、そして魔術に明るく優秀な公爵令嬢」でしかない。これでは、政治や軍事に口出ししても誰も耳を傾けない。できるのは、おつきのメイドや護衛の兵士に我儘を聞かせる事ぐらいだ。


 だから、実績がいる。ケイティが口を出しても、大人達が無視できないような実績が。

 それがなければ、父達を説き伏せてアルダ教に傾いているハートナー公爵領をヴィダに寄せる事も、二百年前にタロスヘイムからの亡命者に行った蛮行を公にして謝罪する事も出来やしない。


「少なくとも、一考してくれるぐらいにならないと暗躍し続けるのも限界があるのよね。ああ、早く大人になりたい」

 そう言いながら、悩み多き公爵令嬢はベッドに戻るために塔の屋根から降りるのだった。




 王城でそんな会議が行われている頃、ヴァンダルーは粛々と準備を進めていた。

「頼むっ! 見逃してくれ! 金なら、金ならやるから!」

「嫌だーっ! 顔を剥がされるのは嫌だーっ!」

 ずるずると捕まえた犯罪者、それも普通の衛兵では手を出せない裏社会の権力者を運び、一人一人箱に詰めていく。


「ベルモンド、こっちもよろしくお願いします」

「はい、旦那様。さあ、石になりなさい」

 そして、ベルモンドの【石化の魔眼】で石像にしていく。最後に箱にラベルを張って終了だ。


「尋問後労役、人体実験用、人体実験用、労役……人口が多い分、アルクレムやモークシーよりも極悪人が多いですね」

 箱に詰められている者達は、犯罪者の中でも凶悪な者達だ。しかも、貴族と様々な形で繋がっている。ヴァンダルーは霊からの情報提供と復讐の代行依頼を受けて、そうした者を狩っていた。


「ええ。特に殺し屋と麻薬売買が多いですね。人身売買は逆に少ないようですが……まだ情報を精査できていないだけかもしれませんが」

 霊による情報提供は、断片的なものが少なくない。それに、彼等は最も憎い対象についてだけ述べる事が多い。


 誘拐され奴隷として売り飛ばされ買われた先で殺された霊の場合、自分を殺した買い主については詳細に話しても、攫って売り飛ばした組織については忘れている事がある。

「まあ、ルチリアーノとアイラならこいつ等から情報を絞り取れるでしょう」

 そのため、捕まえた犯罪者達を尋問するのは重要だ。


「この俺に手を出して、ただで済むと思っているのか!? 貴様だけじゃない、貴様の家族も使用人も、貴様と少しでも関わった奴全てに産まれてきた事を後悔させてやる!」

 その時、ヴァンダルーが運んでいた男がそう怒鳴って威嚇した。だが、ヴァンダルーもベルモンドも特に構わず梱包作業に入る。


「ベルモンド、そこの一番小さな箱を」

「はい、旦那様」

「ぎゃああああああ!?」

 手足を丁寧に折り畳んで、小さな箱にねじ込む。


 悪党の、実現性が全くない脅し文句ぐらい聞き流してもかまわないのだが……不快なものは不快なのだ。

「まあ、送った先でもっと酷い目に遭わせますけど。レギオン、輸送をお願いします」

『ええ、ルチリアーノの所ね』

 ベルモンドによって前衛芸術風の石像と化した男も含めて、箱詰めにされた石像がレギオンと共に消える。


 その様子を隠す壁や暗闇は何も無い。何故なら、ここはヴァンダルーの【体内世界】の一つだからだ。

「こうしていると、ここが旦那様の中だという事を忘れそうになりますね」

 青々とした木々が植えられ、まだ芽を出したばかりの農作物が生きている。ベルモンドの言う通り、とても生物の内部とは思えない。


「俺も忘れそうになりますが……上を見ればすぐ思い出せますよ」

 上を向けば、太陽の代わりに設置された照明用マジックアイテムの向こうにはピンク色で脈打っている天井が見える。

 やはりここはヴァンダルーの【体内世界】なのだ。


「もっとも、俺自身もこれが俺の身体の何処にあるのか分かりませんが。イシスに調べてもらった時も、見つかりませんでした」

 外科的な手術を行って検査しても、外から【体内世界】の場所を見つける事は出来なかった。


「おそらく、ここは通常の空間とは異なるのでしょう。旦那様が刺されても殴られても、この【体内世界】には影響は出ないかと。さすがに身体の大部分を損傷するような大怪我の場合は、分かりかねますが」

「いちいち怪我をする度に【体内世界】に影響が出たら、運用に問題が出るので助かりますね」


「ですが、だからといって怪我をしていい訳ではありません。手足を斬り飛ばすぐらいはもう諦めましたが、できるだけご自愛ください」

 ヴァンダルーの戦い方は、高い再生能力に頼って自身の肉体を切り捨てる事が多い。手足ぐらいならすぐに生えてくるし、首を刎ねられても切断面をくっつければ治るので、戦術的には間違っていない。


 しかし、彼は皇帝である。

「無茶や危うい言動があればダルシア様に報告します」

 釘を刺す事まで止めてはいけないのだ。


「それは勘弁してください。ブラッシングしますから」

「旦那様、それは賄賂になりません! それに、今夜はもう眠る時間のはずです。ダルシア様と毎日睡眠をとると約束を――」

「ベルモンド、あなたの前にいる俺はこの【体内世界】の俺です。俺の本体はちゃんと眠っていますよ」

「っ!? し、しまった!」


 ヴァンダルーの中に十ある【体内世界】には、それぞれ一体ヴァンダルーが存在している。使い魔王と違い、本物そっくりの外見と能力を持っており、【魔王の欠片】も発動させる事が可能。しかし、【体内世界】の外に出る事は出来ない。


 だから、本体が休んでいる間も【体内世界】で拉致した悪党の梱包作業や、ベルモンドにブラッシングをしても支障はないのだ。

「では、早速――」

 【魔王の欠片】でブラシを作り出し、ベルモンドのふさふさした尻尾に狙いを定めたヴァンダルーだったが、不意に動きを止めた。


「だ、旦那様?」

「……『オリジン』で、大きな動きがあるようです。立ち入り禁止の世界を使う時が来たのかもしれません」

 その頃、『オリジン』では六道聖が死属性の魔力を手に入れるため、最大にして最後の作戦に出ようとしていた。

拙作の書籍版5巻が発売しました! 書店で見かけた際には、手にとっていただけたら幸いです。


次話は四月七日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
ヴァンダルーの懐柔策はねぇ… 導士でもなきゃ失敗するのが確定してるのよね… 近づいたら逆に誘引されるんだから。それも半端な誘因じゃねぇ。彼の両腕はありえん広さで開かれてるんだわ。
[一言] 貴族の転居、特に首都への転入を政府で管理してないのが悪いよね
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