三百十二話 呪われた屋敷に初めてのお客さんを招こう
「【英雄神降臨】!」
ハインツが凄まじい気迫を込めて叫ぶと、彼の全身から強い光が放たれる。本来ならスキル発動時の副作用でしかないのだが、【英雄神降臨】のそれは魔物の視覚を潰す武器として使える。
それだけ、【英雄神降臨】の効果は凄まじかった。
(見えるっ、グドゥラニスの動きが見えるぞ!)
それまでは何度も死んで、我が身で相手の戦闘パターンを覚えるしか戦う事が出来なかった。動きを見切ったのではなく、グドゥラニスがどんな動きをするのか事前に分かっていたから戦えていた。
この魔王グドゥラニスがダンジョンによって再現された、自我も思考能力も持たない偽者でなければ瞬く間に殺されていただろう。
そんな偽グドゥラニスとハインツの力関係は、彼が【英雄神降臨】を使った途端に変わる。
身体に英雄神ベルウッドが降臨する事で、ハインツの身体能力は数倍から数十倍に引き上げられる。
『GUAAAAAA!』
グドゥラニスが繰り出す触手の鞭が、放つ骨の槍が、ハインツの目にはっきりと映る。
ハインツは蒼い炎を纏った剣で触手を切断し、骨の槍を回避し、間合いを詰めて偽グドゥラニスに斬りかかる。
『GIOOOOO!』
偽グドゥラニスが怒りの咆哮を響かせ、傷口から高い腐食性と毒性を併せ持つ血が噴き出す。
「くっ!」
ハインツは短く呻くと、飛び散る偽グドゥラニスの血がかからないように離れた。だが、距離を取りながら攻撃魔術と武技を放ち、牽制する事を忘れない。
そうした攻防を何回も繰り返した。徐々に偽グドゥラニスの身体に傷が増えていくのを確認しながら、ハインツは以前よりも偽グドゥラニスに脅威を感じなくなっている自分に気がついた。
動きがまるで見えなかった以前の自分ならともかく、【英雄神降臨】を使った今の自分にとって偽グドゥラニスは強いが単調な動きを繰り返すだけの敵に過ぎない。
『気を緩めてしまったね?』
そう思ったハインツの頭の中にベルウッドの声が響き、偽グドゥラニスに向かって突きだした魔剣が澄んだ音を立てて砕け散った。
「なっ……ごふっ!? がはぁ!」
さらに、驚愕するハインツの身体の内側から絶望的な音が幾重にも響き、顔中の穴から血が溢れ、思わず床に突いた腕は飴細工のように折れ曲がる。
頭では速く偽グドゥラニスから距離を取らなければならないと分かってはいるが、身体がいうことを聞いてくれない。
『GAAAAAA!』
偽グドゥラニスの咆哮が響き、次の瞬間ハインツの意識は途切れた。
目覚めた時、ハインツは包帯と湿布で覆われていた。
「ハインツ、やはり一人で偽者とはいえグドゥラニスを倒すのは、無理があるのでは?」
そして、心配そうなダイアナの声によって夢ではなく現実だと自覚する。
「……いや、それくらい出来なければベルウッドの力を使いこなす事は出来ないよ」
『英雄神』ベルウッドを身体に降ろす【英雄神降臨】は、基礎のスキルである【御使い降臨】やその上位スキルである【英霊降臨】と【分霊降臨】の効果を大きく越えていた。
魔力と身体能力は大きく向上し、素の状態でも超人の領域にあるハインツを神々の領域にまで押し上げてくれる。しかし、その分心身にかかる負担は深刻だった。
ヴァンダルー達が推測した通り筋肉は断裂し、骨が折れ、心肺機能は大きく低下してしまう。それも、短時間【英雄神降臨】を発動させただけで。
これでは、とても戦闘には耐えられない。
ハインツの目的はヴァンダルーを倒す事ではなく、まずは彼と話し合う事だ。今後のヴァンダルーが支配する国の方針について、ハインツが覚えている危険性を改めて伝えることにある。
しかし、これまでの自分がヴァンダルーにした事を考えれば戦闘になるのは避けられないだろう。そのため、話し合いをするには彼との戦いに勝つか、戦いながら話し合うかしかない。
そのために力を求めたのだが……今の状況では、そのどちらも無理だ。
「気を張っていれば……【限界超越】を使っている状態で一分か。少しでも気を緩めると、【英雄神降臨】を維持できなくなる。
これでは、話にすらならないな」
「挨拶の言葉の代わりに吐血するのでは、生還の望みすらありませんよ。あなたが自爆したからといって、情けをかけてくれる相手とは思えません」
「そのとおりだな」
ダイアナの言葉に頷くハインツの声には疲労が滲んでいたが、その顔は不自然なほど若々しかった。
ミルグ盾国でダルシアを捕まえてゴルダン高司祭に引き渡した時、ハインツは十代後半。あれから十二年以上過ぎた今では、三十代のはずだ。実際、アルダの試練のダンジョンに入る前までは生きて来た年月相応に老けていた。
しかし、今の彼は明らかに若返っていた。
「アルダの恩寵によって若返ったからといって、無理はしないでください」
ハインツは外見だけではなく、『法命神』アルダの力によって肉体の年齢そのものが若返っていた。ハインツだけではなく、この場にいないエドガーやジェニファーも同様だ。
十万年以上前、アルダは魔王グドゥラニスを倒した三人の勇者達を「世界の復興のためには欠かせない人物であるため」として、若さを維持する事にした。
だから約百年後のヴィダとの戦いにベルウッド達は勇者のまま参加する事ができた。その後、ファーマウンは冒険者ギルドを、ナインロードがテイマーギルドを創設する事ができたのもそのお蔭だ。
アルダは今回、それと同じ事をハインツ達に施したのである。寿命が人種よりも長いドワーフのデライザや、エルフのダイアナにはあまり意味はなかったが。
しかし、肉体が若返ったといっても今のところは大きな効果は出ていない。
「せめて、幻の肉体に傷を受けると本物の肉体にまで傷を受ける仕様を元に戻せればよかったのですが。いくら効果があっても、このままでは寿命を延ばされた意味がなくなっても知りませんよ」
このアルダの試練のダンジョンでは、本物とまったく同じ幻の肉体を使って試練に挑む事が出来る。そのお蔭でハインツ達は、何百何千回と試練に敗れたが本物の肉体は無傷だった。
しかし、今ハインツはその仕様を変え、幻の肉体が負った傷を本物の肉体も受けるように変えている。
そうしなければ、ベルウッドが降臨した際受ける負荷に肉体がいつまでも慣れないためだ。
だがダイアナが心配するように毎日致命傷を負っていては、ハインツの肉体がベルウッドに慣れる前に死んでしまうだろう。
「いや、だが少しずつ慣れてはいる。耐性スキルも覚え始めたから、これからは……すまない。注意する」
あれやこれや言い訳を口にしてから、前も同じ事を言っていた事を思い出したハインツは、そう頭を下げるしかなかった。
「いいえ、強くならない限り私達に先がないのは分かっています。私の方こそ、すみませんでした」
ハインツは既にアルダ勢力の神々の人間代表として神と、ヴァンダルー達に認知されている。それに、『二度』もダルシアを殺してしまった。
もしハインツが何もかも捨てて逃げ出しても、ヴァンダルーは彼をその手で滅ぼすまで追い続けるだろう。だからこそハインツが生きるには、強くなってヴァンダルーを倒すか彼と和解しなければならないのだ。
「巻き込んですまないな、君とジェニファーは私達から離れれば彼も見逃す……」
「それは言わない約束です。それともジェニファーに止めを刺されたいのですか?」
「悪かった。ところで、そのジェニファーやエドガーの姿が見えないが?」
「二人はデライザと試練に挑戦しています。私も、あなたの治療が終わったら合流する予定です。後は、セレンと――」
「ハインツお兄ちゃん!」
「彼女と一緒に過ごして、身体を休めてください」
ダイアナの言葉の途中で部屋に彼女達が保護しているダンピールの少女、セレンが飛び込んできた。
以前、このダンジョンにはハインツ達以外誰も入れなかった。しかし、ハインツがベルウッドを目覚めさせた直後に地上の扉が開き、誰でも入れるようになったのだ。
そのため地下一階の街にセレンが自由に出入りできるようになったのだ。
他の挑戦者が試練に挑戦する事も出来るが……幻の肉体はハインツ達にしか用意されていないので、その難易度はある意味でS級ダンジョン以上だ。
そのため、使い魔でハインツ達が戦っている様子を見てお手本にする者はいても、自分も参加する者はまだ一人もいない。
「またボロボロね。新しい治癒魔術を覚えたの、唱えていい?」
「電撃を流して治癒力を活性化させる治癒魔術でなければ、頼もうかな」
ダンピールであるセレンに近づく人物は多いが、その多くがハインツ達とコネクションを作る事を目的とする者達だ。セレンは子供特有の敏感さでそうした下心のある者達を避け、ハインツ達の友人等下心を持たない者にだけ心を開いている。
つまり、冒険者にありがちな事だが腕の良い変人が多い。
「じゃあ、植物の種を植えるのが良い? 身体に溜まった悪い物を、根で吸い取ってくれるのよ」
「ダイアナ、セレンに妙な魔術を教え込む変質者がいるようなんだ。どうにかできないだろうか?」
「ハインツ、私達が何年もダンジョンに籠っていたせいです。あなたの友人を排除するよりも、セレンに常識的な魔術を教える事を優先しましょう」
「あ、それとハインツお兄ちゃん。お手紙が届いてるって、神殿の人が話してたよ。ビルギット公爵領の、アサギ・ミナミって人からだって」
「ミナミ?」
聞き覚えのない名前に、ハインツは首を傾げた。最近までダンジョンに籠っていた彼は、ビルギット公爵領に雇われている【メイジマッシャー】のアサギ・ミナミ達についてまだ知らなかった。
そして、この後慌てた様子のアルダ神殿の神官が駆け込んで来た。彼によってハインツは、ヴァンダルーがオルバウムに現れた事を知ったのだった。
その頃、ヴァンダルーは購入した屋敷、新ザッカート邸の庭で血の雨を降らせていた。
『ああああああぁ……満たされるぅぅぅ』
『お゛ぉうぅ、乾きが、乾きが癒えていくぅ!』
如雨露から降り注ぐヴァンダルーの血液を根から吸収し、庭の半ば魔物と化していた植物と霊達が歓声をあげた。
「こんなもので良いですか?」
『いいと思うよぉ。そうだろう、お前達ぃ』
ヴァンダルーの質問に対して、アイゼンが頷き霊達に同意を求める。それに霊達は言葉ではなく、変異してみせる事で答えた。
死体を埋めに来た殺人犯の男は、死体が残っていたのかゾンビ化して地面から這い出てきた。
その殺人犯に埋められた死体の女は、近くの木と融合して動き出した。
他にもイモータルエントやポイズンマッシュになったり、庭に棲みついていた蟲が巻き込まれて魔物化したり……呪われた屋敷の庭は、本物の魔境同然と化してしまった。
『ウ゛オォォ……血ぃ、血が欲しいぃ』
「吸血鬼のような牙があり、肉ではなく血に執着するゾンビ……ブラッドサッカーですね」
『ワタシハァ?』
「木のまま血を吸っているので、吸血樹でしょうか? でも、それより強そうなので新種かな? よし、ジュボッコと名付けましょう」
ブラッドサッカー……ランク4のアンデッドで、通常のゾンビよりも俊敏で知能がやや高い。生者の血に執着する事から、吸血鬼がゾンビ化したアンデッドだと唱える学者もいる。
ジュボッコ。ランク4の吸血樹よりも強い新種にヴァンダルーが名づけた魔物で、根と蔦を触手のようにして操り生者の血を搾り取ろうとする魔物。吸血樹も植物型の魔物の中では凶暴な種だが、知能があるためそれ以上に危険な魔物。
昨日まで枝を揺らしたり、ヒソヒソとざわめいたり、そうした怖いだけで実害の無い霊達が、如雨露で血を撒いただけで危険な魔物に変異したのだ。
この光景をセノーパ商会の従業員が見ていたら、失禁していたかもしれない。
「じゃあ、俺は屋敷の中の人の様子を見に行きますから――」
しかし、ヴァンダルーにとっては新居に引っ越した初日に済ませる作業の一部である。そして、まだ屋敷の中での作業が残っている。そのためさっさと戻ろうとしたが、彼は足を止めて周囲に視線を彷徨わせた。
『うぉぉぉぉぉ!』
『あ゛あああああああ!』
『ぎぃぃぃぃぃ!』
庭のそこかしこで、霊達が魔物化している。埋まっていた死体が這いだし、植物は動きだし、寄り代が見つからなかった霊はそのままゴーストやホーントと化している。
そして虫やカラス、ネズミや猫、蝙蝠の魔物化まで始まっている。
「……庭全体に魔物化が広がっているようですが、いったい何故? 血はまだ如雨露一つ分しか撒いていないのに」
『血の魔力が増えたからかねぇ?』
『多分、あいつ等は元々少しのきっかけで魔物化する状態だったんじゃない? それでヴァン君が来た事で、次々に魔物化してるんだよ』
『封印された事で、内部の魔素が拡散せずに溜まり続けた結果なんでしょうね。それでも陛下のような大きなきっかけがなければ、魔物化するまで後数十年から百年は大丈夫だったと思いますけど』
オルビアとレビア王女がヴァンダルーの疑問に、そう推測で答える。
「……もうしばらく、お隣さんから見えないようにしてください」
『『『御意!』』』
『音も任せてくだせえぇ!』
光を屈折させて幻をつくり周囲から真実を覆い隠しているチプラス達と、呻き声や金切り声を消しているキンバリーによって、大貴族の屋敷が集まる貴族街の秩序とヴァンダルー達のご近所付き合いは維持されているのだった。
「……こうなったら両隣と後ろの屋敷も購入するべきでしょうか?」
『どこも人が住んでいるから、無理じゃないかな?』
「ですよね……後で母さんと一緒に挨拶に向かいましょう」
両隣と裏、そして向かいの屋敷の持ち主は大貴族だったため、ヴァンダルーとダルシアが挨拶に向かった時当主は当然のように留守だった。しかし、応対に出てきた使用人は例外なく緊張のあまり震えていた。
屋敷の中では、数十年以上されていなかった掃除が急ピッチで行われていた。
『数十年ぶりの掃除らしいですけど、意外と綺麗ですね』
『幽霊屋敷の不思議ですよね。無人で掃除もされていないのに、何故かある程度綺麗に維持されているのがお約束です』
ヴァンダルー達が乗って来た馬車……サムの荷台に隠れてオルバウムに入ったリタとサリアが、そう言いながら調度品の埃を払う。
「そう言えば、たしかに不思議ですね。掃除や補修を誰もしていないのに、カビ等が原因で崩壊した幽霊屋敷の話は聞いた事がありません」
二人よりも【家事】のレベルが高いベルモンドは、雑談に興じながらも手際よく年代物の壺を磨いている。
「それは多分、錆びて朽ちるリビングアーマーや、腐敗して塵になるゾンビやスケルトンが居ないのと同じじゃないかしら?」
誰が描いたのか不明な不気味な絵画の埃を払いながら、ダルシアがそう推測する。
「つまり、アンデッドが持つ魔力や場を汚染する魔素によって、状態が維持されているという事でしょうか? それと屋根裏部屋の掃除が終わりました」
「隠し部屋の掃除も終わりましたぜ。師匠がテイムした巨大蜘蛛の巣はそのままですが」
アーサーとサイモンがそう言いながら姿を現す。まだヴァンダルーにテイムされていない魔物がいるかもしれないから、という理由で武装したままの二人が「掃除」と言うと魔物を退治してきたように聞こえるが、そんな事はなかった。
「ううっ、ちくしょう……!」
ちなみに、屋敷に来た時ヴァンダルーと一緒に強制的に招待されたナターニャは、まだ精神的に立ち直っていなかった。
招待された後、呪われた屋敷の設備を二人に紹介したのだが……ヴァンダルーにとっては楽しい体験ツアーだったが、ナターニャにとっては乗り物に乗せられて強制的にお化け屋敷を巡回させられたのに等しかった。
皿やカップの舞い踊り、ペタペタという足音や紅い手形だけのタップダンス、飽きないよう絵柄が変化して常に楽しませようとするステンドグラス、気さくに笑いかけてくれる絵画……。
「滅茶苦茶怖かった……! リビングアーマーとかゾンビとかスケルトンとか、ただの人骨は平気だったけど!」
『突然大きな音がしたり、気配もなく誰かが現れたりしたら怖いのが普通ですよ』
『女とか男とか、冒険者とか、そういう事は関係ありません』
『俺だってビックリします』
「ヴァンって、ビックリすると硬直したり目を見開いたりするよね。あたし、知ってる」
そんなナターニャの四方を、使い魔王とパウヴィナが囲んで慰めている。
「ナターニャさんは、尻尾がぶわってなるよね! あたしの尻尾は短いから、ナターニャさんやラピエサージュの尻尾って凄いなって思うよ!」
「うぅ、それは言うなよぉ」
「パウヴィナ様、尻尾の事は……」
ノーブルオークハーフであり、豚の耳と尻尾を持つパウヴィナはそう力説する。しかし、獣人種にとって怯えた状態を尻尾で表すのは恥ずかしい事のようだ。ナターニャは使い魔王に顔をうずめ、同情したベルモンドが尻尾に触れないよう訴える。
「ただいま。庭の霊の魔物化が終わりましたよ」
そこにヴァンダルーが戻ってきた。
「では、このままナターニャが苦手な怖いものを、怖くないアンデッドに変えますからね」
「師匠! 頼む! 早くしてくれよ!」
「……何度聞いても矛盾を感じますね。私も冒険者だから、その感覚は分からなくもないですけど」
ミリアムが言うように、アンデッドは怖くなくても幽霊は怖いという冒険者はナターニャ以外にも少なくない。
何故なら、アンデッドは魔物の一種だからだ。魔物だから戦う事が可能で、自分より弱いものは倒せる。強くても逃げる事は出来る。ゾンビやスケルトンのような物理的に存在しているタイプも、ゴーストやホーントのような実体の無いタイプでもだ。
勿論、戦うどころか逃げる事も出来ない程強力なアンデッドも存在するが、それはアンデッド以外の種族の魔物でも同じだ。自分の力が及ばない強大な魔物を恐れる事を、臆病とは呼ばない。
しかし、居るのか居ないのか分からない幽霊が起こす不気味な現象は、戦闘でどうにかなるものではない。……呪われた屋敷や古城を破壊するとか、亡国の地下墓地を崩落させて埋めるとか、そうした極端な方法を取らない限り。
そのため、「殴れるアンデッドは平気だけど、殴れない幽霊は怖い」という冒険者は意外と多いのだ。
「では早速……」
ヴァンダルーの全身から魔力が放射され、それを浴びた屋敷が悲鳴のような軋みを響かせる。
そして既にアンデッド化していたリビングアーマーやゾンビ、ゴースト等がランクアップし、ただの人骨もスケルトン等に変化する。
タップダンスが上手い足跡や手形の主は姿無きアンデッド、インヴィジブルストーカーに。
陽気で気さくな絵画達は、呪われた絵画に。
石像や銅像はリビングスタチューに。
さらに何体ものゴーストが発生した。
そして、最後にヴァンダルーの前に白いドレスを着た三十代半ばの美女が姿を現した。
『ご主人様、そしてご主人様のご家族様、私を購入して下さり、ありがとうございます。これより、皆様の住居としてお仕えいたします』
そう言って気品を感じさせる礼をした美女は、どうやらこの屋敷全体の分身のようなものらしい。
『わぁ、父さんやクワトロ号と同じタイプのアンデッドみたいですね』
『いきなり人間そっくりな分身を作るとは、やりますね』
サムと同じタイプのアンデッドである彼女に感心するサリアとリタ。
「サムさんと同じ……じゃあ、そのうちこの屋敷も空を飛ぶようになるのかしら?」
『!?』
「母さん、生まれたての子にその予想はハードルが高いです。将来の話はおいておきましょう」
『っ!?』
ダルシアとヴァンダルーの言葉から、空を飛ぶことを期待されているのかと美女が驚いて目を丸くする。しかし、「冗談だよ」と言う言葉を誰も言ってくれないので、本気だと思ったらしい。
『……頑張ります』
「焦らず、ゆっくりランクアップしていきましょう。大丈夫、あなたもきっと飛べます」
『ちなみに、その姿はあなたの生前のものですか?』
『そうですが、正確には違います。私はこの屋敷で殺された人間……あの男に殺された犠牲者の霊の集合体です。この姿は犠牲者の中で最も年上だった、あの男の前妻のものです。
変えようと思えば、このように変えられます』
美女がそう言うと、彼女の姿は次々に変化した。娼婦やメイド、町娘やスラムの浮浪児まで。種族はやはり殆どが人種で、それ以外に獣人種やドワーフ、巨人種等オルバウムでは珍しくない種族の者が何名か。
「なるほど。では様々な姿になれる分身を活かして、来客時には使用人のふりをしてもらいましょう。普段は……家事は出来ますか?」
『はい。屋敷に関する事でしたら、何でも。料理は保証しかねますが』
「分かりました。それで、名前はありますか?」
『いいえ。私は『呪われた屋敷』と自らを認識しています。今は、ザッカート邸と呼称されるべきかと。ステータスにも名前はザッカート邸と表示されています。種族名は、ありません』
どうやら、彼女はサムのように人格が強いタイプではなく、宿っている屋敷としての意識の方が強いようだ。
「わかりました。しかし呼び名が無いと不便でしょうし、新種らしいので種族名はつけましょう。あなたの種族はシルキーです」
『地球』で幽霊屋敷の化身、幽霊、もしくは妖精とされる存在の名前をつけるヴァンダルー。女性で、最初に現した姿が白いドレスを着ている事も、シルキーを連想させたので合っていると思ったのだ。
彼女も異論は無いのか、再び一礼する。
『……たった今、ハイシルキーにランクアップしました』
どうやら、名付けられた事とヴァンダルー達が正式な住人になった事で彼女に経験値が入ったらしい。
「まあ、でも呼び名はシルキーのままで。何なら、シルキー・ザッカート・マンションとか、そんな風に名乗ってください」
『わかりました』
こうしてシルキー・ザッカート・マンションの名付けは終わった。後の予定は……
「じゃあ、俺はこれからテイマーギルドの人達に『呪われた屋敷』をテイムしましたと報告して、『天才テイマー』の知名度と、母さんの名誉貴族とアルクレム公爵家の権威を盾にごり押して来ますね。多分、確認のために職員の人が来るでしょうから、よろしくお願いします」
「分かったわ。じゃあ、私達はギルドの人をお出迎えする準備ね」
「ダルシア様、私はその間旦那様の使い魔王と一緒に掃除の続きをしておきます」
とんでもない事を言うヴァンダルーに、驚いた様子もなく段取りを決めるダルシアとベルモンド。他のメンバーからも、異論は出なかった。
何故なら、これは最初から決まっていた流れを少し変更しただけだったからだ。
まず、植物型の魔物でありながら知能が高くて人間に近いように見えるアイゼンを、堂々と正規の手段でオルバウムに入れる。これには、成功した。
その次に、吸血鬼のベルモンドやエレオノーラを「テイムした」と言い張って町に正規の手段で入れる。吸血鬼は危険なヴィダの新種族、一般人にとってはアンデッドに近い認識を持たれている。しかし人間同様に知能が高く、会話などのコミュニケーションも可能で、人間社会に潜入する事が出来る社会性を持っている事が知られている。
だから、「テイムした」とヴァンダルーが強く主張すれば、「テイム出来たのかもしれない」と衛兵やテイマーギルドに思わせる事も可能だろう。
そして次に、イリス達魔人族やオニワカ達鬼人を同様に「テイムした」と言い張って連れてくる。
そしてここからが第二段階。通常はテイムする事が出来ないとされる蟲型の魔物、ピートやペイン、そしてクインを「テイムした」と言い張って街に連れ込む。吸血鬼や魔人族等をテイムしたヴァンダルーなら、可能なのかもしれないと思わせ、疑問に思う者がいてもごり押して突き進む。
最終段階の、アンデッドを「テイムした」と言い張ってギルドに認めさせ、「アンデッドでもテイムできる」という前例を作るという目標を達成するために。
モークシーやアルクレムで分かった事だが、口で「グールも人間と変わらない、ヴィダの新種族の一種だ」と訴えるよりも、実際にグールと交流させた方が人々から理解を得る事が出来る。
なら吸血鬼や魔人族、蟲や植物やアンデッドにも、同じ事が言えるのではないか。ヴァンダルー達はそう考えたのである。
この作戦を行えば、アルダ神殿や親アルダ派のヴィダ神殿やその信者だけではなく、他の神殿や貴族から警戒される事は分かっている。しかし、作戦を行わなくても警戒されているし、制御されていない末端の信者からだが既に攻撃を受けている。
アルクレム公爵家が味方に付いている以上、やってもやらなくてもリスクが大きく変わらない作戦なら、やるべきだろう。
そのアルクレム公爵が唯一反対していたが、ヴァンダルーが説得すると了解してくれた。
「では、テイマーギルドに行ってきます」
そして、作戦を変更して吸血鬼より先に呪われた屋敷をテイムした報告しに行くヴァンダルー。
今、テイマーギルドオルバウム本部に、創設以来最大の試練が降りかかろうとしていた。
・名前:シルキー・ザッカート・マンション
・ランク:6
・種族:ハイシルキー
・レベル:0
・パッシブスキル
特殊知覚
怪力:10Lv
精神汚染:5Lv
腐食耐性:5Lv
色香:5Lv
能力値強化:被居住:1Lv
能力値強化:創造主:1Lv
自己強化:導き:1Lv
・アクティブスキル
霊体:5Lv
実体化:6Lv
分身:1Lv
家事:5Lv
礼儀作法:3Lv
料理:1Lv
服飾:2Lv
枕事:5Lv
鍵開け:1Lv
スリ:1Lv
鞭術:6Lv
指揮:3Lv
連携:7Lv
並列思考:1Lv
恐怖のオーラ:10Lv
・ユニークスキル
ヴ■■■■■の加護
○魔物解説:シルキー ルチリアーノ著
師匠によってアンデッド化した呪われた屋敷。馬車や船などの前例があるので、驚きはしない。家屋であるためあまり戦闘には向いていないし、分身を創りだして行動できるのも屋敷の敷地内だけである事など、今後の成長が期待される。
……どうやってレベリングするつもりなのかは、私は知らないが。
屋敷らしく誰かが居住していると能力値が強化されるスキルや、彼女の元になった犠牲者たちが持っていたスキルを幾つか所有している。
また戦闘の際は、相手が敷地内にいれば他のアンデッドとの連携や蔓での攻撃、体内に仕掛けられた罠を利用するなどして相手が格上でなければそれなりに戦えるだろう。
ただ、やはり敷地外から遠距離攻撃を受けた場合は、【恐怖のオーラ】スキルで威嚇するぐらいしか出来る事はない。……10レベルなので常人なら発狂しかねないし、心臓の弱い人なら運が悪ければ死んでしまうだろうけれど。
なお、屋敷の中には三つのレリーフをはめ込まないと扉が開かない隠し部屋や、置いてある石像を所定の位置に置き直さないと開かない金庫等、「呪われた屋敷」にありがちな「不便ではないのか?」と首を傾げるような仕掛けが幾つもあり、師匠達はそれをそのまま使っている。
彼らの場合、レリーフや石像が言う事を聞いて動いてくれるから不便さは感じないためだろう。そうでない者が『呪われた屋敷』に住む場合は、大幅改装をお勧めする。
勿論、事前に屋敷と屋敷をシェアする者達から了解を取ってから行うように。
拙作の書籍版5巻が、3月28日に発売予定です! 一二三書房さんの公式ホームページではカバーイラストも公開されていますので、よろしければご覧ください。
また二日後の3月24日にはコミックウォーカーとニコニコ静画で拙作のコミカライズ板が更新されるので、よろしくお願いします。
次話は3月26日に投稿する予定です。




