三百十話 旧スキュラ自治区に、轟炎堕つ
拙作の書籍版5巻が、3月28日に発売予定です! 一二三書房さんの公式ホームページではカバーイラストも公開されていますので、よろしければご覧ください。
新たにサウロン公爵となったルデル・サウロンにとって、自身を脅かす脅威の中で最も大きなものが旧スキュラ自治区に巣食う、強大なアンデッドの群れだった。
アミッド帝国から領土を奪還した。公爵位を巡って争う相手である、生き残っている二人の弟妹。弟は牙を抜いて従えた。もし抜けきっていない牙が残っていたとしても、弟に忠実な者は本国には一人も残っていない。
妾腹の妹は反抗を続けているが、あまりに弱く脅威にはならない。放置して、彼女を利用しようと近づく者がいないか探るための餌にした方が良いと、ルデルも彼の側近達も判断するぐらいだ。
領内の治安や財政、軍務は……問題だらけだ。治安については、『顔剥ぎ魔』に貴族まで殺され、なかなか捕縛できなかったアルクレム公爵領よりはマシだと、ルデルの側近の一人は主張する。しかし、一つの村の住人全てが行方不明になっても犯人を捕まえるどころか、何一つ手がかりを掴めずにいるのを忘れているのかと、ルデルはその側近を思わず叱責した。
財政問題は、言うまでもない。アミッド帝国から領地を奪還する際、そしてその後の復興事業で援助を受けている他の公爵家と、選王領への借金返済だ。
勿論、彼等もサウロン公爵領に潰れられては困るし、借金苦で首が回らず防衛費まで切り詰める事になり、アミッド帝国に再び占領されたら困るどころでは済まないのは分かっている。
だから借金の取り立ては、とても緩やかだ。返済するまでの間、常に相手へ配慮しなければならないのが、政治的には厳しいが。
防衛面で厳しいのも、サウロン公爵領が一度アミッド帝国に占領されたからだ。その際の戦いで、強力な戦力……ジョージ・ベアハルトのように、『アルクレム五騎士』等と渡り合える存在は殆ど殺されてしまった。
勿論、通常の騎士や兵士も大勢が犠牲になっている。占領されてから十年以上、奪還してまだ数年では、元の軍事力を取り戻すのは厳しい。これも、他の公爵領と選王領からの援助と派遣されている軍の力を借りてどうにかしている段階だ。
それらの問題は、対処を間違えばルデルの統治を脅かすが、対処を間違えなければ解決できる問題だ。それに、他の公爵領も程度の差はあれ同じような問題を抱えている。
だから、最も大きな脅威は旧スキュラ自治区問題だ。旧スキュラ自治区に群れるアンデッドは、今までは自治区の外にあふれ出る事はなかった。しかし、通常の魔境やダンジョンならあり得ない事だ。
間引く事が出来ず、魔物が増える一方なら魔境でもダンジョンでもいずれ暴走する。特に、知能の高い魔物ならともかく、生者に対する憎しみしか持たないアンデッドなら、暴走した勢いのまま周囲の人里を襲撃し、同類を増やす事だろう。
逆に、その暴走が起きないという事は、旧スキュラ自治区が通常の魔境ではない……何者かの意志によって統率された、強大なアンデッドの軍勢によって守られているという事になる。
前者なら、今は旧自治区の広さが魔物の増殖を受け止めているだけ。しかし、数年後か数十年後かは不明だが、いつか確実に溢れ出て、人里を襲う。そう、『旧スキュラ自治区の死神』も。
後者なら、何らかのアンデッドを統率……もしくは支配している存在の狙いが不明だ。不明だが、確実にルデル達現サウロン公爵側に対して友好的とは思えない。
だが、ルデルにはその存在に対して、心当たりがあった。
それが、彼がその功績を認めず歴史から抹殺しようとした『解放の姫騎士』率いるレジスタンス。そして姿を消したまま確認できていない、スキュラ達だ。
それとアルクレム公爵領に現れた、歴史上おそらく初めて確認された、ヴィダの御使いを降ろす事が出来るダークエルフのダルシア。彼女の息子で、スキュラをテイムしている事が確認されているダンピールの少年、ヴァンダルー。この親子が、旧スキュラ自治区のアンデッドを操る何者かと関係しているのではないかと、ルデル達は考えた。
『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを奉じる吸血鬼達の三人の長が、アンデッドを操るのは伝説として知られている。それを考えれば、吸血鬼との混血児であるヴァンダルーが関係しているのは自然のように思えた。
そして、ヴァンダルーとその母親であるダルシアを抱え込んでいるように見えるアルクレム公爵は、実際には抱え込んでいるのではなく、彼等と手を組んでいるのではないか。そんな疑いをルデル達サウロン公爵側は持った。
アルクレム公爵がヴァンダルー達に公の立場を与え、表からヴァンダルー達を支援する。そして、ヴァンダルー達は旧スキュラ自治区で力を蓄え、いずれサウロン公爵家を脅かす。
そして、将来的にはサウロン公爵領全体を乗っ取る。まず、アンデッド軍によってサウロン公爵家の武力を砕き、アミッド帝国軍の攻撃を誘発させる。
そのタイミングで、アルクレム公爵領が「このような状態では、オルバウム選王国の守りたるサウロン公爵領を任せる事は出来ない!」とでも声明を発表と同時に軍を派遣。アミッド帝国軍を押し返し、そのままサウロン公爵領を占領するのだ。
そんな事が出来るのか? 内陸にありサウロン公爵軍より脆弱と評されるアルクレム公爵軍の力で?
出来るとルデル達は考えた。アンデッド軍をヴァンダルー達が支配しているのなら、アミッド帝国軍と衝突させて消耗させ弱らせておけばいい。そしてアンデッド軍は退かせ、アルクレム公爵軍が「討伐した」事にすればいい。
ただ、可能は可能だがかなりの暴挙だ。アルクレム公爵軍に占領されたサウロン公爵領の民や、アルクレム公爵が力を持つのを歓迎しない他の公爵家、選王領のテルカタニス宰相やドルマド軍務卿が許すとは思えない。
普通ならサウロン公爵領がそれなりに削られて、アルクレム公爵領の領地が何割か増える程度だろう。
だが、そこで登場するのがダルシア・ザッカート名誉伯爵だ。彼女がアルクレム公爵軍の先頭にいれば、サウロン公爵領の民たちは、「アミッド帝国に一度ならず二度までも占領されるところだった我々を、惰弱なサウロン公爵家に変わって、自分達を救いに来た女神だ」と諸手を上げて歓迎しかねない。
そして他の貴族達に対しては、アルクレム公爵領がサウロン公爵家を吸収するのではなく、新しい家を立てるという名目で納得させる。
公爵家同士の政略結婚を繰り返した結果、オルバウム選王国の十二の公爵家の人間には他の公爵家の血も流れている。
そこでタッカード・アルクレムの次男か三男を、新サウロン公爵として家臣団と共に送り込むのだ。
正妻として選王都にいるルデルの妾腹の妹を使えば、サウロン公爵家は表向き継続する事になる。そして第二夫人としてダルシア・ザッカート名誉伯爵を娶れば、民もついていくだろう。他の公爵家や選王領の宰相達も、表向きは認める可能性が高い。
ダルシアは第二夫人なので、ヴァンダルーは表向き領政に関わる事はない。しかし、実際にサウロン公爵領で力を振るうのはあの母子と、ダークエルフやグールの一族になるだろう。
アルクレム公爵は強力な同盟相手を作る事ができ、次期選王選挙での当選も狙えると考えているのかもしれない。
そんな大陰謀が巡らされているのではないかと恐れたルデルは、ヴァンダルーやアルクレム公爵に関する情報を収集させるとともに、旧スキュラ自治区の調査を進めた。
しかし、一向に情報は集まらなかった。そして、ヴァンダルーがアルクレム公爵領に現れてから九か月以上が過ぎた頃、状況が変わった。
それは敵国の動きが見えたからでも、政敵が巡らせた陰謀のせいでもない。ルデルが治めるサウロン公爵領の民と、事情を知らない神殿関係者や軍や文官の中でも立場の低い者達の訴え……世論のせいだった。
元々、サウロン公爵領はヴィダ信仰が盛んな国柄だ。そんな民に、ヴィダの御使いを降臨させモークシーの町を救い、アルクレムで復活した悪神を封印した(そういう事になっている)、歴史に名が残る偉業を成した大聖人が現れたのだ。騒ぎにならないはずがない。
人々はダルシア・ザッカート名誉伯爵を、聖女、ヴィダの化身、大聖母と口々に称え、普段以上にヴィダ神殿に訪れ、祈りを捧げた。
そしてヴィダ神殿の関係者は、ダルシアにこのサウロン公爵領へ訪問してもらえないかと考え、アルクレム公爵領の神殿へ書状や使者を送ろうとする。
そして地方で領地を治める貴族や、事情を知らない騎士、官僚もダルシアの訪問を求めた。英雄が来るだけで民が喜び、日頃の不満を解消できる。経済も動くし、将兵の士気も高まる事が期待できるので、彼等が知る知識では賛成する理由はあっても、反対する理由は存在しない。
ルデルはこれまで、そうした動きに様々な理由を付けて待ったをかけ続けた。しかし、さすがにそれにも限界がある。しかし、ヴァンダルーに関する情報は一向に集まらず、旧スキュラ自治区に関する調査も全く進まない。当然、彼等とアルクレム公爵が組んでいるという証拠も見つかっていない。
だが、逆にいえばヴァンダルーが現れてから数か月がたっても旧スキュラ自治区には何の動きもなく、彼自身にも怪しい情報はないという事でもある。
決断を迫られたルデルは、アルクレム公爵を通じて前々から進めていた旧スキュラ自治区奪還作戦にダルシアとヴァンダルーの参加を求める事にした。
そして、求めた結果アルクレム公爵によって断られたが、現在四名しかおらず貴重な戦力であるはずの『アルクレム五騎士』から、『轟炎の騎士』ブラバティーユと『千刃の騎士』バルディリアの二名と、その直属の精鋭達を派遣してきた。
その事から、ルデル達は「もしや、アルクレム公爵は旧スキュラ自治区とは何の関係もないのか?」と戸惑った。しかし、もしかしたら裏で繋がっており、この戦いで他の公爵家の力……特にサウロン公爵家の戦力を削ぐつもりではないかと、警戒した。
しかし、情報を流す現場や証拠を押さえられないまま、戦いが始まってしまった。
一方、派遣されたブラバティーユとバルディリア、そして直属の部下達は、ルデル・サウロン公爵がそう疑っている事は察していた。
だから、彼らは討伐軍の極秘情報を探ったり、作戦を誘導したり、そうした怪しい事は一切しなかった。
そもそも、そうしたスパイらしい事を、同盟者であるヴァンダルー側が求めなかったのである。
「……ただただ、今知っている事を教えればそれで十分とは。相手が連中でなければ、儂等を切り捨てるつもりではないかと疑うところだった」
そうブラバティーユが呟くほど、旧スキュラ自治区奪還軍に加わった彼等は何もしていない。
サウロン公爵家や奪還軍に協力している他の公爵家の思惑を探ってもいない。作戦会議では、目立つような発言もしていない。
精々、集まった各公爵家の騎士や冒険者と模擬戦など、一緒に訓練をしたぐらいだ。
そして分かった他の公爵家から派遣されてきた騎士や、参加している冒険者の実力や人柄、戦い方等をヴァンダルーの密偵……『首狩り魔』スレイガーに伝えたのである。
生前はアミッド帝国の『邪砕十五剣』の一人、『王殺し』と呼ばれていた伝説的な暗殺者は、ゾンビとなり呼吸と鼓動が止まった事でその隠密の技をさらに深めていた。
それに気づける者は、奪還軍には一人としていなかったのである。
そして、戦いの……茶番劇の段取りを伝えられ、今に至る。
この茶番劇の目的は、ルデル・サウロンが疑っているものとは、全く違う。それは……「奪還軍を適度に痛めつけ、しばらく手出しして来ないようにする事」だ。決して、全滅させる事ではないし、その軍事力を大きく削ぐ事でもない。
ヴァンダルー達が、今まで旧スキュラ自治区に侵入してきた者達を皆殺しにしてきたのは、それがアミッド帝国軍だったり、傭兵団や貴族の私兵だったり、失われてもオルバウム選王国の防衛力に問題が生じない敵だったからだ。
しかし、今回サウロン公爵家が組織した奪還軍は、ほぼオルバウム選王国の正規軍で構成されている。これを皆殺しにしてしまうと、オルバウム選王国の軍事力は下がり、皇帝が代替わりしたアミッド帝国が動き出してしまうかもしれない。
ヴァンダルーとしては、サウロン公爵領とハートナー公爵領は既に諦めている。諦めてはいるが、アミッド帝国と国境を接しているサウロン公爵領や、その南にあるハートナー公爵領が戦争に負けて占領されてしまうのは避けたい。
それに、アルクレム公爵領との秘密同盟を将来公にした時、他の公爵家から恨まれるのも具合が悪い。他の公爵家全てと良好な関係を構築する必要はないが、半分ぐらいは友好寄りの関係でありたい。
『もういっそ、サウロン公爵領を全部、坊主が占領したらどうだ? アミッド帝国との国境は、境界山脈の山をゴーレムにして動かして、サウロン公爵領を境界山脈の内側に囲い込んで、物理的に遮っちまえばいいだろ』
『……この後も同じような事を繰り返すなら、それも考えましょう』
ボークスと使い魔王がそう会話をしている間に、戦いは始まっていた。
「進めっ! 今日で旧スキュラ自治区のアンデッドを一掃するのだ!」
「恐れるなっ! 今まで進軍した者達が全滅してきたのは、戦力が足りなかっただけだ! 我等奪還軍の前に、アンデッドなど敵ではない!」
勇ましい事を叫び、号令を出して兵を鼓舞する指揮官たち。そうでなければ、奪還軍の士気は極限まで低下していただろう。
『おおぉぉぉん』
『お゛お゛ぉおおおおお!』
『おおおおおおおおおおん!』
彼らの前に立ちはだかったのは、クノッヘンただ一人。ただ、その形状は旧スキュラ自治区の境界線を何重にも守る、スケルトンの大軍勢だ。
その正確な数を、奪還軍の将兵は数える事は出来ない。ただ、自軍の数十倍、もしかしたら数百倍の数がいるのではないかと戦いている。
そして、それは間違いではない。この時のために、クノッヘンは百数十万体の分体を用意していた。
「スケルトンに、ボーンアニマル、あれはファントムバードか? どれもランク3以下だが……あれほどの群れは見た事がない」
「俺はアンデッドばかり出現するダンジョンの暴走を見た事があるが、それでもあれよりは少なかったぞ。幾らザコばかりでも……」
名声や公爵家への仕官、激戦等、様々な目的で奪還軍に参加した冒険者達の声にも緊張が混じる。
「雑魚ばかりだと? 馬鹿め、よく見ろ。あの血のように紅いスケルトンはブラッドビースト、あっちの毒を滴らせているのはロトンビースト。どれも、D級以下じゃ相手できないアンデッドだ」
「それに、後ろの方にいるのはキマイラスケルトンに、オーガスケルトン……それに、リビングアーマーやゾンビも幾つかいる。油断するな!」
そしてブラバティーユとバルディリアが、警戒を促す。一万以上の奪還軍全体に二人の警告が直接届く事はないが、『アルクレム五騎士』である二人の発言には説得力があり、周囲の将兵や冒険者が勝手に伝達してくれる。
それに、アンデッドに詳しい騎士や冒険者も奪還軍には加わっているため、他の場所でも同様の警告が成されている。
なお、ブラッドビーストは【魔王の墨袋】から分泌した紅い塗料を被ったクノッヘンの分体。ロトンビーストは、【ブレス【毒】】を小さく吐き続けているだけのクノッヘンの分体。勿論、キマイラスケルトンやオーガスケルトンもクノッヘンの分体である。
ただ、リビングアーマーやゾンビは……
『お゛あー』
『おおおおーん』
使い魔王である。それぞれ、ただ鎧を【魔王の体毛】を糸のように使って操っている小型使い魔王と、【臭腺】や【墨袋】で腐敗しているように偽装した使い魔王だ。
『ぢゅおぉ、主達、黙っていないとばれますぞ』
ただ、骨人が思わず忠告するぐらい演技力に難があるが。
「ゾンビの数が少ないのは、戦力を集めるため半年以上旧スキュラ自治区に挑む者がいなかったからか」
「……そうでしょうな」
「それに、まだ『旧スキュラ自治区の死神』も姿を見せてはいない」
ヴァンダルー達が実際には絶望的な戦力差があるのを、「戦力差はあるが、絶望的とまでは言えない」程度に偽装しているのは、訳がある。
あまりに絶望的な戦力差を見せつけてしまうと、オルバウム選王国の人間が「旧スキュラ自治区のアンデッドの群れをどうにかしなければ、我が国に未来はない!」とまで思い詰めてしまうかもしれないと考えているからだ。
ルデル・サウロンも考えている通り、アンデッドを含めた普通の魔境やダンジョンの魔物は、数が増え過ぎると暴走して外に溢れ出る。それが旧スキュラ自治区で起こり、サウロン公爵領だけではなく、他の公爵領までアンデッドの群れに飲み込まれるのを恐れた選王国が、総力戦を仕掛ける覚悟を固められると、ヴァンダルー達にとってはかなり迷惑なのだ。
なので、奪還軍には目的である旧スキュラ自治区は取り戻せなかったが、アンデッドにはかなりの痛手を与えた。だから暫くは大丈夫だろうと、暫くの間……出来れば数年間は安心してもらうのがヴァンダルー達の目的である。
戦いが終わった後、また冒険者や傭兵など少数の侵入者が出るかもしれないが、そうした者達にはクノッヘンの分体の群れに相手をしてもらい、適当に追い返す予定である。
だから、いきなり逃げられると困る。
「だが、このまま戦いもせず逃げ帰る事は出来ん。全軍前進! かかれー!」
そんなヴァンダルー達の願いが叶ったのか、奪還軍の指揮官、サウロン公爵領のポルボーク将軍は意を決し開戦の号令を下した。
掛け声を上げながら、対アンデッド戦に備えて用意してきた魔剣や魔槍を構える将兵に、付与魔術を発動させる魔術師。ブラバティーユもその名の由来になった炎の魔剣を、バルディリアは魔斧を持って、騎士達を率いて前線に出た。
『おおおおーん!?』
奪還軍の兵士や騎士が武器を振るうたび、ただのスケルトンなど下級アンデッドの擬装をしているクノッヘンの分体が切断され、バラバラになって飛び散る。
「おお! ちゃんと倒せるぞ!」
「当たり前だ! 相手は雑魚だぞ、いちいち喜ぶな!」
奪還軍の将兵達は、一兵卒であってもランク4を一人で倒せるD級冒険者相当の精鋭によって、構成されている。スケルトンやボーンアニマル程度では、ひとたまりもない。
実際には、クノッヘンが弱い骨で作った分体を砕いているだけなのだが。弱い犯罪者の骨や、ヴィダル魔帝国やモークシーの町の歓楽街で食料として消費された動物や低ランクの魔物の骨が、主な材料だ。
『おおおお』
「ゾンビには火だ! 火で燃やせ!」
ゾンビの擬装をしている使い魔王は、【魔王の脂肪】から作った油を塗っているのでよく燃える。それで燃えたら倒れてじっとする事で、死んだ演技をしたまま待機。
リビングアーマーに偽装している使い魔王は、鎧が適当に傷ついたら内部の小型使い魔王だけ撤退し、金属鎧の残骸だけを残す予定だ。
こうして、「それなりにアンデッドを間引く事が出来た」と奪還軍の将兵に認識させる。
『ぢゅおおおおお!』
だが、舐められてはいけないので、それなりの被害は与える。
「こ、このスケルトン強ぇ! 俺の剣が通用しない!?」
「C級以下じゃ足止めにもならない! B級冒険者以上の奴で囲んで倒すぞ!」
それがクノッヘンの中に混じっていた骨人の役割である。
『ヂュオオオオオオオ!』
雄叫びを上げ、剣を振るい、奪還軍の中でも強い上級冒険者を複数相手にしながらも、一方的に攻め続ける。
(ヂュオォォ、思えば私も、強くなったものだ)
上級冒険者達の剣が、槍が、あまりに遅い。振り降ろされる槌が、あまりに脆い。A級冒険者未満とは、戦いらしい戦いをするのは難しい程、骨人は強くなっていた。
だが、骨人は上級冒険者達を故意に殺しはしない。死んでもおかしくない程の重傷は負わせるが、彼等も歴戦の猛者だ。その身体は見た目より頑丈で生命力も豊富だ。心臓や頭部を貫き、首を切断するような事をしなければ、すぐには死なない。
そして重傷を負えば仲間がフォローし、後ろに下げて回復させる。骨人の周りに居るのは、それが可能な者達だ。
『おおおおおおおん!』
『ヂュオオオオオ!』
そして勿論、死者や重傷者が一人も出ないよう、赤子をあやすように優しくして、それを隠せるほどの演技力はない。クノッヘンは雑魚に擬態している分体以外は、ちょっとしか手加減しない。当たれば盾の上からでも腕の骨を砕くような強力な攻撃を放つ。
骨人も、相手の腹や胸を貫き、四肢を切断するつもりで剣を振るっている。
それで死者や再起不能者が出過ぎないように調整するのが、死んだふりを続けている使い魔王の役割である。
斬り飛ばされた手足を回収できるよう、飛ぶ方向を【念動】で調整し、致命傷を負った者に【死亡遅延】の魔術をかけて治療が間に合うようにしている。
(あ、あいつは別にいいか。あれも、どうでもいい。あっちは……特に見殺す理由はないので死なせなくていいかな)
そして、ブラバティーユやバルディリアの情報から、ヴィダの新種族狩りに熱心な冒険者や騎士、素行の悪い傭兵を選んで見捨てる。
ヴァンダルー達はオルバウム選王国の防衛力を弱めたくないから、余計な恨みを買いたくないから、茶番劇を演じているのであって、死んでも防衛力にさほど影響がなく、恨みを買っても構わないと判断した相手まで助けるつもりはない。
今行われているのは、ヴァンダルー達が圧倒的に強いから彼らの都合で勝手に手加減をしているだけの、殺し合いである。そのため、遠慮なく見殺しにする。
とはいえ、積極的に殺す訳ではない。ヴァンダルー達は何もしないだけだ。運が良ければ、本人に窮地を切り抜ける才覚があれば、生き延びるだろう。
「質もそうだが、これ程の数の差はどうにもできないか……まさかこれ程の数のアンデッドが旧スキュラ自治区に巣食っていたとは!」
骨人だけではなく、クノッヘンの分体に囲まれて袋叩きにあい、必死に後退する将兵が出始めている事を伝令から知らされ、ポルボーク将軍はそう情報不足を嘆いた。
「ですが、ポルボーク将軍、奪還軍の働きにより我々の数倍の数のアンデッドを倒す事に成功しました!」
そこで、アルクレム公爵領から派遣された魔術師……『慧眼の騎士』ラルメイアの部下がそう進言する。
「たしかに……ここはアンデッドの間引きに成功した事と、この情報を戦果にし、戦略的撤退を図るべきではないかと」
そして、それに他の公爵領から派遣された参謀や指揮官なども同調した。
彼等はサウロン公爵の求めに応じた各公爵から派遣されたが、死ぬまで奪還軍に付き合うつもりはない。勝ち目があるなら命をかけて戦うが、勝ち目のない戦いで犬死する気はなかった。
そして、ポルボーク将軍が撤退するか迷う数秒の間に、三人と少々の最後の一人が動き出す。
『ウオオオオオオ! 死にたい奴から、かかってきやがれ!』
境界山脈に轟くような咆哮をあげ、怖いもの知らずの猛者も震え上がらずにはいられない殺気を発しながら、『旧スキュラ自治区の死神』が現れたのだ。
「し、死神だ! 『旧スキュラ自治区の死神』が出たぞ!」
「狼狽えるな! 隊列を維持し、重装騎士が押さえている間に、矢と魔術による遠距離攻撃で対応しろ!」
「ダメです! 奴の黒い鎧は、生半可な魔術では貫けません!」
ランク13以上の亜神、真なる巨人との戦いに勝利したボークスにとって、B級冒険者相当以下の敵は、既に敵ではない。適当に手足を振り回していれば、小石のように吹き飛ぶ脆弱な存在だ。
【魔王の欠片】製の鎧に生半可な矢や攻撃魔術は通じず、運よく鎧の隙間を貫いたとしてもボークスにとっては針の先で、ツンツンと軽く突かれたのと変わらない。痛みどころか、痒いだけだ。
そして走り込むだけで、重装備の騎士達はボールか何かのように弾かれて転がっていく。
「伝令! 『轟炎の騎士』ブラバティーユ殿が討たれました!」
「何だと!?」
奪還軍に追い打ちをかけたのが、『アルクレム五騎士』の一人、A級冒険者相当の実力者であるブラバティーユが、戦死したとの知らせだった。
「あの特に強いスケルトンから、冒険者達が撤退する時間を稼ぐために一人で殿を……最後は胸の中心を貫かれ、壮絶な最期を遂げられました!」
「そんな……『轟炎の騎士』が……!」
ラルメイアの部下の魔術師は、己の演技力を最大限に発揮して悲痛と怒りが混じった表情を浮かべる。
「死神は、今バルディリア殿が変身装具を発動させ、何とか抑えこんでいます!」
「……将軍、どうかご決断を!」
次に駆け込んで来た伝令の報告と、ラルメイアの部下の魔術師の進言に、ポルボーク将軍はようやく決断を下した。
「全軍撤退! 殿は犯罪奴隷の決死部隊と、我がサウロン公爵軍で行う! バルディリア殿の救援に向かえ!」
こうして旧スキュラ自治区奪還軍の戦いは終わった。死者行方不明者は百数十名と、一万人以上の軍が敗退したにしては信じられない程少ない被害だったが、重傷者が数千人。手足を切断され、高価なポーションや難しい回復魔術で繋ぎ合わせなければ再起不能になっていた者達が、何百人といた。
また、死者の中に『轟炎の騎士』ブラバティーユがいた事が、大きな衝撃を持って各公爵家に伝わった。
指揮を執っていたポルボーク将軍を死者を抑え、旧スキュラ自治区の貴重な情報を持ち帰った事で評価する者がいる一方、「戦果は将兵が有能だったからで、ポルボーク将軍の有能さによるものではない」と評する者も少なくなかった。
結果的にこの戦いでサウロン公爵は旧スキュラ自治区の僅かな(その上偽装された)情報を手にし、アンデッドを数万匹間引く事が(意味はないが)出来たという戦果を得た。その代償に、各公爵家への借りがさらに膨らみ、ポルボーク将軍の評価を落とした。
アルクレム公爵家はブラバティーユを失い、バルディリアも両腕を切断され復帰までに長期の療養を余儀なくされたが、その勇猛な戦いは奪還軍に参加していた将兵によって称えられ、「金勘定ばかりが得意な弱兵の集まり」と揶揄されていたアルクレム公爵軍の評価を一新させた。
また、バルディリアが死神との戦いで使っていた変身装具の性能も各公爵領に伝わった。
「……心臓を貫かれるというのは、死ぬほど痛いものだな」
骨人の剣に胸を貫かれていたブラバティーユは、鎧に空いたままの穴に手を当てながら、そう感想を口にした。
『首を刎ねた方が痛みは少ないが、それだと主の魔術でも一時間ぐらいしかもたないので、心臓にした』
「【死亡遅延】の魔術か……下手な治癒魔術より凄まじい。しかし、儂を貫いた後、そのまま掲げるのはいかがなものだろうか? 骨が削れた気がするし、あの時が最も痛かったぞ」
『ぢゅう、お前を殺した事をアピールするためだ。文句を言わないでくれ』
討死にした事になっているブラバティーユは、当然だが、死んではいなかった。足元に転がっていた使い魔王が彼に【死亡遅延】の魔術をかけ、その状態で骨人が剣で心臓を貫いた。
傍から見れば致命傷で、動かなくなったブラバティーユは討ち死にしたとしか思えなかっただろう。だが、実際はこの通りだ。
後は奪還軍が撤退するのを待ってブラッドポーションで治療すれば、元通りだ。
「これで我がアルクレム公爵は、サウロン公爵からの援軍の要請を断る口実が出来た。感謝する。しかし、バルディリアがあのような珍妙な格好をするとは……」
『その珍妙な格好になる装具をデザインした俺が、これからあなたに術を施すのですが?』
「うっ! 失礼した! しかし、バルディリアも『若い子女がするような格好を自分が、それも部下の騎士の前でするのは』と抵抗していたはず!」
『母さんが勧めたら、掌を返したじゃないですか』
そう言いながらブラバティーユに迫る使い魔王。その足元に広がる影から、ヴァンダルー本体が這い出す。
さらに、空中に浮かぶ肉塊……レギオンが出現した。
「さあ、【若化】と整形手術のお時間です」
『これからあなたは、事前の打ち合わせ通りブラバティーユの隠し子の、ブラバティーユジュニアとして生まれ変わるのよ』
表向きは死んだ事になったブラバティーユだが、それではアルクレム公爵領で緊急事態が起こった時主君の国のために動けない。そのため、六十代の壮年から二十歳の青年に若返り、「先代轟炎の騎士の隠し子」としてアルクレム公爵領に戻るつもりなのだ。
この事はタッカード・アルクレム公爵や他の五騎士とその直属の部下、そして彼の家族も知っている。
「しかし、本当に若返る事が出来るのか? まさか儂を騙すつもりで……ア゛ァー!?」
「はいはい、審査の時間が迫っているので手早く済ませますからね」
『あんまり疑うようなら、目や鼻を増やしちゃうわよ?』
こうしてブラバティーユは、ヴァンダルーとレギオンのイシスによって、二十歳の若い肉体を取り戻したのだった。
『生きてるって、思ったより大変なもんだな』
『ヂュウ。我々は死んでいて良かったですな』
『おおーん』
旧スキュラ自治区での戦いとブラバティーユへの施術が終わって暫く経った頃、オルバウム選王国の選王領。首都オルバウムの門では審査が行われていた。
これは初めて街に入るテイマーが、きちんと従魔を躾けているか確かめるためのもので、たとえ他の公爵領では実績のある名高いテイマーだとしても、親が名誉貴族であっても免除する事は出来ない。
「ほ、本当に大丈夫なんだな?」
衛兵が今その審査のため、軽く殴ろうとしているのは一見すると半裸の美女としか思えない魔物だった。
三十代になってすぐか数年か。年増と感じる者もいるだろうが、衛兵としてはむしろ好みの年齢だった。十代の娘にはない艶があり、体つきも豊満。しかし、太っている訳でも垂れ下がっている訳でもない。そして顔つきは、彼が今まで見た事がある女達の中でも、トップクラスの美貌。
見かけたのが娼館だったら、生活費を切り詰めても通ったかもしれない。
『おやりよぉ』
しかし、その肌は白でも黒でもなく緑色で、身体を隠しているのは服ではなく植物の葉。そして、背中から木の枝が生えている。
アイゼンという名の、植物型の魔物らしい。
植物型の魔物といえば、虫型やアンデッドの魔物とは違いテイムは可能だが、難易度は他の魔物より格段に高いはずだ。特に、知能が高い種族の魔物は。
しかし、あのテイマーは「テイムしている」と言い張っている。そして、実際アイゼンは大人しく彼の指示に従っている。
審査を待つ列に並んでいる間も、トラブルは起こしていない。他の商人や旅人を怯えさせることもなかった。……単に、商人や旅人がアイゼンを魔物ではなく、変わった格好をしている人間だと思い込んでいただけだとしても。
それに、名誉貴族の子弟のテイマーでも審査はしなくてはならないが、逆に「テイムが難しいのが常識とされている植物型の魔物だから、審査しない!」と審査を拒否していいとも、法律には記されていない。
そもそも、常識とされている事が絶対正しいとは限らないのだ。アルクレム公爵領では、魔物である事が常識だったグールを、ヴィダの新種族であるとする改革が進んでいるらしいし。
なので、この審査を行う事に衛兵である彼は異論を持ってはいない。
しかし、問題なのは……。
「本当に、大丈夫なんですね!?」
彼の背後で、凄まじい殺気を放っているテイマーの少年である。
「大丈夫です! 私達が抑えている間に、早く!」
「うおおおおっ、持ってくれっ、俺の腕力ぅぅぅっ!」
「わたし達の心配はいりません! それよりも、早く!」
その少年、ヴァンダルーを抑えつけているダルシアとサイモン、ミリアムの必死の叫びに応えるように、衛兵は軽い、本当に軽いジャブをアイゼンに放った。
なお、彼以外の衛兵はヴァンダルーが放つ殺気のせいで、気絶している。自分も気絶したかったと思う彼の拳は、アイゼンに何の痛みを与える事はなく、審査は無事終了した。
・名前:骨人
・ランク:14
・種族:スケルトンブレイドハイカイザー
・レベル:85
・二つ名:【轟炎殺し】(NEW!)
・パッシブスキル
闇視
剛力:5Lv(UP!)
能力値増強:忠誠:5Lv(UP!)
霊体:10Lv
能力値強化:騎乗:8Lv(UP!)
自己強化:創造主:10Lv(UP!)
自己強化:導き:10Lv(UP!)
物理耐性:4Lv(UP!)
殺業回復:5Lv(UP!)
能力値強化:君臨:5Lv(UP!)
身体強化:骨:7Lv(UP!)
・アクティブスキル
虚骨剣術:7Lv(UP!)
盾骨術:1Lv(盾術から覚醒!)
弓術:9Lv(UP!)
忍び足:4Lv(UP!)
連携:10Lv
指揮:7Lv(UP!)
鎧骨術:2Lv(鎧術から覚醒!)
騎乗:7Lv
遠隔操作:10Lv
恐怖のオーラ:8Lv(UP!)
並列思考:7Lv(UP!)
限界突破:10Lv(UP!)
御使い降魔:3Lv(UP!)
魔剣限界突破:3Lv(NEW!)
・ユニークスキル
骨刃
ゼルクスの加護
ヴァンダルーの加護
ロージェフィフィの加護(NEW!)
3月18日に311話を投稿する予定です。




