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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
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閑話47 平和なアルクレム公爵領

 北に鉱山資源豊富な『鉄の国』マルムーク、西に帝国の胃袋たる『穀国』ヨンド、南に交易の要である『海国』カラハッド、そして東に防衛の要である『盾の国』ミルグ盾国。

 四つの属国に支えられ、磐石の治世を敷いていたアミッド帝国。これを打倒し、大陸統一を図るのは誰もが不可能だと考えていた。


 威勢のいい事を言って予算を確保しなければならない選王国の軍人や、軍の要職に就いている貴族だって、本音では無理だと思っていた。

 そう思っていないのは、何も知らない者か、真正の馬鹿ぐらいだ。


 だが、状況が変わった。

 秘密部隊にして、その一人一人が一軍に匹敵する力の持ち主である『邪砕十五剣』は欠け、S級冒険者パーティー『暴虐の嵐』は、その力を帝国に向かって振るっている。


 そして若き……いや、幼いと評しても過言ではない少年がアルダ大神殿の教皇となり、帝位には名君と称えられていたマシュクザールではなく、それまで、一般には名前も知られていない、凡庸な男がついている。


「状況……いえ、情勢は、そして時代は大きく変わろうとしているのです。アルクレム公爵閣下、なにとぞご決断を」

 時に熱弁を振るい、時に冷静にリスクとリターンを説明したサウロン公爵家に仕える外交官に返事を求められたタッカード・アルクレム公爵は、「ふーむ」と小さく呻いた。


 艶のあるフサフサな髪に、たるみの無い張りのある肌。最近十歳は若返ったと評判の彼だが、ルデル・サウロン公爵が外交官を通じて発案した作戦には、良い顔をする訳にはいかなかった。


「サウロン公爵殿からの提案は、よく分かった。その内容も、リスクも、リターンも、全てだ。しかし、我が領にも事情がある事は理解できるだろう」

 タッカードの目配せに、アルクレム公爵領側の外交官が、サウロン公爵領側の外交官に口頭で説明する。


 彼が語っているのは、今年アルクレム公爵領を襲った二つの大事件の内、公爵にとって身近な方……悪神フォルザジバル復活事件による、経済的損失と、復興事業の進捗状況だった。

 実際に復活したのは『強奪の悪神』フォルザジバルではなく、『共食いの邪神』ゼーゾレギンだったが、それを知っているのはごく一部の者達だけだ。


 そして、被害も実際は擬態人間の巣だった『荒野の聖地』が崩壊した事だけだったので、実際には『被害』には当たらない。

 そんな事を口実にしてでも、彼等はサウロン公爵からの提案を断りたかった。


「アルクレム公爵閣下が置かれている状況は、こちらも承知しております。ですが、来たるべきアミッド帝国との戦争を前にして、あれを放置する訳にはいかない事はご理解していただきたい」

 それは、アミッド帝国を協力して攻撃する同盟を組み、連合軍を組織しようという誘いではない。


「あの、本当の意味で魔境と化した旧スキュラ自治区を放置するのは、危険すぎる! ですが、サウロン公爵領だけの力ではどうにもならない! 恥を忍んで、協力を願いたいのです!」

 そう、標的はアミッド帝国軍でもミルグ盾国の砦でもなく、旧スキュラ自治区なのである。


「ルデル殿が危惧している事は、儂も理解している」

 公爵であるルデルから見ると、旧スキュラ自治区は謎のアンデッドの群れに奪われた領地だ。

 アンデッド達は旧自治区から出てこないが、侵入を試みる者は皆殺しにされ、アンデッドの仲間入り。今まで生きて帰って来た者はいない。


 使い魔を用いた偵察も、ことごとく失敗に終わった。どうやら、見ただけで精神を苛むモノリスや地上絵が設置されているらしく、魔術師達は例外無く正気を失った。

 しかも、回復して正気を取り戻したと思ったら、『神の元へ行く』と書置きを残して姿を消した者までいる始末だ。


 その上、旧スキュラ自治区の近くに点在していた村が、次々に集団失踪を遂げており、自治区に入らなければ安全とは言えない状況になっている。

 このままでは、将来アミッド帝国に攻め込む時、不意にアンデッドが溢れ出して自軍に襲い掛かって来る危険性を常に抱えなくてはならない。


 それどころか、旧スキュラ自治区から魔境が広がり続け、いずれサウロン公爵領の他の貴族の領地にまで及ぶかもしれない。

 その前に、他の公爵に大きな借りを作ってでも、どうにかしなければならない。


(それは儂も分かる。理解できる。儂がサウロン公爵だったとしても、同じ事を考えるだろう。だが……あそこは既にヴィダル魔帝国の領地だから、手を出す訳にはいかんのだ!)

 しかし、タッカード・アルクレムは旧スキュラ自治区の真実を知っていた。


 あそこに出現する強力なアンデッドの群れは、彼と秘密裏に同盟を結んでいるヴィダル魔帝国の軍勢であり、その内側では魔帝国の飛び地として、運営されている事を。


 旧自治区の外側を守っているアンデッド達は、無差別に生者を襲い殺す化け物ではなく、統率された軍だ。ヴァンダルーの命令がなければ、自治区から出てサウロン公爵領の町や軍を襲う事はない。

 それに、近くの村が集団失踪しているのは、単に村の住民が集団で旧スキュラ自治区に移住しているだけだ。彼等は帝国民として、サウロン公爵領の領民だった頃よりも快適に暮らしている。


(そもそも、武力でどうにかしようとするのが間違いだ。あれをどうにかできる武力が我が国にあるなら、ミルグ盾国の城塞なんて軽く突破している)

 アンデッド軍の数は、最大で万単位。そのランクは低くても5だと聞いている。中には、ランク10を超える者もいるという。


 敵に回す場合は、まだ一人減ったままの『アルクレム五騎士』や、五騎士に匹敵する各公爵領の秘密部隊を全て投入しなければ、戦いにすらならないだろう。

 そして、それでも勝つ事は出来ない。戦いになるだけだ。


(そもそも、そうなったら儂はヴァンダルー殿に包み隠さず全ての情報を伝えるのだが。

 もっとも、だからと言って、この話に乗る訳にはいかん。ヴァンダルー殿にも受けないようにと頼まれているし)

 今年の春から、ヴァンダルーは中央の冒険者学校に通う事になっている。なので、面倒な事に関わっている時間は無いのだ。


 アミッド帝国軍に対する壁であるサウロン公爵領に、被害を与え過ぎないように軍を撃退するのはヴァンダルーにとって面倒な事でしかない。しかも、一応サウロン公爵領はヴィダ信者の多い領であり、軍人もヴィダ信者が多いのだ。


 そして、タッカードとしても被害を自軍に及ぼしたくはない。

(……将兵を無駄死にさせる訳にはいかん)

 平民の中には、貴族は徴兵した民や兵士を使い捨てる事に、何も感じないと思っている者が一定数いる。


 しかし、まともな政治力を持つ貴族なら、そんな事はない。たしかに、「死んで来い」と命令する事はある。生還が望めない死地へ、「行け」と命じて、将兵を送った経験は、タッカードにもある。

 だが、それは相応の理由あっての事だ。


 専業の騎士や兵士は育てるのに金がかかるし、領内の治安維持と安全保障に欠かせない。

 徴兵した兵も、平時は農夫であり、職人であり、商人であり、料理人であり、薬師であり……貴重な労働力である。


 そんな大切な将兵を、しなくていい戦争の為に失うのは、堪え難い。


「儂も理解している。しかしだ。我がアルクレム公爵領は、復活した悪神を再び封印するために、『崩山の騎士』ゴルディと、『荒野の聖地』を守っていた彼の一族を失ってしまった。

 今は、再び封印した悪神が復活しないようボルガドン神殿の再建を急ぎ、他の邪悪な神を奉じる者達が動き出さぬよう睨みを利かせるのが重要だと考えている」


 実際には、消滅しているので悪神と邪神が復活する事は未来永劫あり得ない。邪悪な神を奉じる者達が動き出す様子も、無いようだ。……ヴァンダルーの拠点となっているアルクレム公爵領から、脱出した形跡なら幾つかあったが。

 そのため、本当ならアルクレム公爵が急がなければならない事業や、軍を動かせない程の懸案事項は存在しない。


 ……ファゾン公爵領では『五色の刃』のハインツ達がダンジョンから出て来たとか、まだ出て来ていないとか騒がれているが、それこそ軍でどうこうできる問題ではない。

 タッカード・アルクレム自身の政治力を活用し、情報を収集しなければならない問題だ。


「そのため、残念ながら協力する事は難しい。無論、資金的、物資的な協力は惜しまないつもりだが」

 領が隣り合っているために、完全に拒絶するのも難しい。ここは必要経費と諦めて、資金と物資の援助でタッカードは誤魔化すつもりだった。


 サウロン公爵家からの要請に対して、アルクレム公爵家は軍ではなく金と物で誤魔化す事は歴史上何度もあった事だ。向こうも、それで引き下がるだろう。


「お待ち下さい、ならば人材を紹介するという形で援助して頂きたい」

 だが、外交官は引き下がらなかった。

「……その人材とは? 我が公爵領の将兵ではないようだが」


「……まず、『真なる』ランドルフ殿を」

 サウロン公爵領側の外交官が最初にあげたのは、オルバウム選王国で百年以上活動しているS級冒険者の名前だった。


 確かに、軍でもどうにかできない正体不明の敵と戦うのなら、超人の中の超人であるS級冒険者の協力が欲しくなるのは当然だ。数年前にS級へ昇級した『五色の刃』もいるが、彼等はまだダンジョンから姿を現していない。そのため、頼れるのはランドルフのみだ。


 彼は国家間の戦争に協力しない事で知られているが、旧スキュラ自治区は国ではない(と思われている)ので、コネクションさえあれば依頼を受けてもらえるだろう。

 しかし――。


「確かにアルクレム公爵はランドルフ殿とコンタクトを取る事が出来ますが、それはサウロン公爵も同じでは? それが無理でも、ドルマド軍務卿を通じて連絡を取るという方法もあると思いますが」

 そうアルクレム公爵領側の外交官が訊ねると、苦い口調で答えた。


「実は……ルデル様は先代を通じてランドルフ殿を紹介された訳ではないので、関係が強くないのです。また、ドルマド軍務卿を頼るのも、領政の独立を保つためには問題があるかと」

 その答えから、タッカード達はルデル・サウロンが置かれている状況を、見抜いた。


(なるほど。ランドルフに対して、何かやらかしたのか。しかも、ドルマド軍務卿から距離を置かれつつあると)

 ルデル・サウロンは、正確にはランドルフに対して「やらかした」と評す程の事はしていない。ただ、忠告を無視しただけだ。その程度なら、元々貴族に期待していないランドルフは溜め息をつくだけで依頼を受けただろう。

 しかし、ルデルが依頼しようとした時、ランドルフは吟遊詩人のルドルフとしてモークシーの町に潜入していたため、連絡がつかなかった。


 それを「彼の機嫌を損ねたから」連絡がつかなかったとルデル側は誤解したのだ。


 そして、オルバウム選王国の選王に仕えるドルマド軍務卿から距離を置かれつつあるのは、事実だった。これはルデルが旧スキュラ自治区を取り戻すのに手こずっているためで、彼から統治者としての能力を疑われているからだ。


「……そう言う事なら、連絡してみよう。応えてくれるかは、ランドルフ殿次第だが」

 タッカードはそう答えたが、実際にランドルフと連絡するつもりはない。彼がもし依頼に応じて、旧スキュラ自治区攻略軍に加わってしまったら、アンデッド軍にも被害が出るからだ。


(ヴィダル魔帝国との友好関係にひびを入れる訳には、絶対にいかんのだ!)

 巨大神像の完成と皇帝の第一子誕生を祝うための式典に出席したタッカード・アルクレムと、腹心の部下達は、ヴィダル魔帝国の姿を目にした。


 オルバウム選王国とヴィダル魔帝国の軍事力の差は、想像を絶していた。

 ブラバティーユやバルディリア等、『アルクレム五騎士』なら、戦う事は出来るだろう。だが、それは個人としてでしかない。軍と軍がぶつかり合った場合、オルバウム選王国軍は五騎士のような強力な個が残るだけで、後は瞬く間に屍と化すだろう。


 上位の冒険者や、神に加護を与えられた英雄達が参戦すればもっと戦力は集まるだろうが、為政者たるタッカードはそんな不確定要素に頼る訳にはいかない。実際、英雄達はモークシーやアルクレムに危機が訪れた時、駆けつけるどころか、事前に逃げ去っていたのだ。

 ヴァンダルーから逃げるためだったとしても、そんな者達を信頼する事は出来ない。


 そして、問題は軍事力の差だけではない。純粋な国力の差が大きい事が最大の問題だ。

(たしかに、人口では、我がアルクレム公爵領の方が上だ。だが、あれほどの像を、殆ど民の力だけで建立する国力が、我が国にあるか!? 考えるまでもなく、無い!)

 他にも、優れた武具の生産力に、全帝国民に安定供給される食料……知れば知るほど自国との差を思い知らされる。


 人口についても、ヴィダル魔帝国はタロスヘイム以外にも『暴虐の嵐』が帰還したのが初めての生還例とされる魔大陸、そして他にも飛び地の領地が存在するらしいので、合計すればアルクレム公爵領を超えるかもしれない。

 そもそも、魔帝国の人口の定義とは何なのか。城壁を守っているシャドウスナイパーや、他のアンデッドやゴーレムはどうなのか。


 もっとも、そんな細かい事を考えなくても数十年後には人口でも選王国を上回りそうだ。

(今は行き来も限られている。しかし、将来何らかの方法で……山脈をどうにかして旧スキュラ自治区に街道を通したり、何らかの力で安全な航路を造ったり、民の自由な行き来が可能になれば、選王国から魔帝国へ移住する者が大幅に増える!)


 冒険者はもちろん、新しい素材や商品を求める錬金術師や商人が我先にと向かうだろう。吸血鬼や魔物、アンデッドが国民として扱われている国へ行く事に、忌避感を覚える者もいると予想できるが……当てにならない。

 ヴィダル魔帝国には、オルバウム選王国から移住した者達が既に大勢いるのだから。


(実際、儂もアンデッドに対する忌避感を覚えていない自分に気がつき、愕然としたくらいだからな)

 そんな事をタッカードが考えている間に、外交官同士での話がまとまりランドルフへの口利きは行われない事になったようだ。


「ランドルフ殿よりも、『五色の刃』を頼ってはどうかね? 噂ではダンジョンから出たと聞いているが」

 そして、自分が……アルダ融和派のハインツに近づき好感を得ようとして、獣人の就職に関する差別制度を撤廃した自分が触れないのも不自然なので、仕方なくタッカードはハインツ達の名前を出した。


 当然、本音ではこの提案を蹴って欲しいと思っている。ハインツの参戦は、ランドルフが参戦した場合以上の混乱と被害を巻き起こす事は想像に難くないからだ。

「……彼らを推薦するとは、最近ヴィダ原理主義に乗り換えたと噂の公爵殿らしくありませんな」

 しかし、サウロン公爵領側の外交官から見て、今のタッカードとハインツを旗頭に掲げるアルダ融和派との関係は、良好ではなかったようだ。


 実際、グールをヴィダの新種族と認める改革を行って以来、アルダ融和派との関係は冷えている。表面上は何もないが、だからこそアルダ融和派が公爵側に抱いている不信感や警戒感が伝わって来るというものだ。

 だが、それがサウロン公爵側にも伝わっていた事で、今回は事なきを得られそうだ。

 これで一安心とタッカードが胸を撫で下ろしかけた。


「それよりも、ヴィダ信仰が盛んな我がサウロン公爵領としては、『ヴィダの化身』とも称えられているダルシア・ザッカート女名誉伯爵殿と、そのご子息の『変身装具の守護聖人』ヴァンダルー殿を紹介して頂きたいのですが」

 だが、特大の爆弾発言が炸裂してしまった。


「ヴィダの御使いを降臨させる事が出来、悪神封印の英雄、ザッカート女名誉伯爵殿が訪ねてくだされば民も不安から解放されるでしょう。更に、優れた技術を持ち、優秀な従魔を複数従えているご子息なら旧スキュラ自治区で何が起きているのか、探り当てる事が出来るかもしれません。スキュラも一匹、従えているようですし」


 しかも、爆弾は一発では終わらなかった。

 サウロン公爵側の外交官の真意が、彼の背後にいるルデル・サウロンの真意はタッカード達にとって不明だ。何かに勘づいているのかもしれないし、勘づいていないのかもしれない。


 しかし、この外交官の物言いがヴァンダルーの耳に入れば、機嫌を損ねるのは確かであり、それを許している時点でルデル・サウロンが彼の正体と真実に気がついていないのは明らかだ。


「それと、『魔法少女』のカナコ・ツチヤとその仲間達、そして最近名を上げている『飛剣』と『鉄猫』の両名に冒険者ギルドを通じて指名依頼を入れようと思うのですが、構いませんか?」

 冒険者はギルドに所属しているため、カナコ達を雇うのにタッカード達アルクレム公爵領の為政者と官僚に断りを入れなければならないという法はない。


 しかし、他の公爵領を拠点にしている優秀な冒険者を無断で、それも複数雇う場合は誤解を生むため、余程の緊急事態でなければ事前に根回しをするのが暗黙の了解となっている。

 タッカード達は、その暗黙の了解がある事を先人達に感謝した。お蔭で、止める事が出来る。


「申し訳ないが、ダルシア殿のご子息が春には中央の冒険者学校に入学する予定なのです。彼女もそれに付いて、中央に行く予定でして、確認はしていませんが、親子と関係の深い『魔法少女』殿、それにご子息の弟子である『飛剣』と『鉄猫』、さらに友人の『ハート戦士団』もそれに倣うのではないかと。

 いや、名誉貴族とはいえ領内の貴族の統制も取れず、お恥ずかしい限りですな」


「は、いえ、それはどういう……?」

 まさか、全て断られるとは思っていなかったらしいサウロン公爵家側の外交官が、戸惑った様子で聞き返して来る。それを、自分側の外交官と協力して煙に巻こうとするタッカードに、ブラバティーユがこっそり耳打ちした。


 何か気がついたのかとタッカードが思ってみれば――。

「お館様、これはもしやルデル・サウロンが仕組んだ我々とザッカート殿達との間に溝を入れるための、離間工作なのでは? いや、我が領の戦力を削り、その間に良からぬ事を企んでいる可能性もありますぞ!」

 ――陰謀論だった。


「……代わりと言っては何ですが、我が騎士から腕利きを派遣しましょう」

「お館様!?」

 サウロン公爵領の旧スキュラ自治区奪還作戦を、事前に止めるのは難しそうだ。ならば、内部に手の者を送り込んで、情報をヴィダル魔帝国側と共有しながら作戦をいい具合に失敗させるのが望ましい。


 疑り深すぎる腹心に、若干苛立ちを覚えたからという短気な理由では決してない。

(ああ、公爵ではなく、いっそ伯爵だったなら楽ができただろうに)




 疲れ気味なタッカード・アルクレム公爵に、「代わって欲しい」と思われているとは知らないアイザック・モークシー伯爵。彼が治める交易都市モークシーは、今日も平和だった。


「きゅーっ」

「ぎゅぎゅーっ」

 透明感のある白い身体に円らな瞳、そして長い脚が人気のタマとギョクが、今や『ヴィダストリート』と呼ばれるようになった歓楽街の裏路地で、ヴァンダルーの代わりに屋台で料理をしていた。


「……遂に従魔が営業し始めたぞ、この屋台」

 この町を拠点にして活動している冒険者パーティー、『岩鉄団』のリーダー、ロックは屋台を眺めながら乾いた笑いを浮かべた。


「従魔に料理を仕込むテイマーとしての腕に感心すればいいのか、従魔に屋台を任せる経営方針に驚けばいいのか、分からん」

「あれは良いのかい? 衛兵さんよ。屋台の後ろにメイドさんが座ってるけど、あの人テイマーでもなんでもないんだろ?」


 ロックの仲間に話を振られた、そろそろ新人の二文字が取れつつある衛兵のケストは、苦笑いを浮かべて答えた。

「構わないそうですよ。テイマーの監督はテイマーギルドの管轄ですし……歓楽街の事は、大ごとにならない限り、飢狼警備に任せるっていう、暗黙の了解がありますから」


「それって、結局ヴァンダルー次第って事か。飢狼警備のボスはあいつだし、『歓楽街の真の支配者』だし。……魔境で初めて会った時は、こんな大物になるとは思わ……いや、本当はあの頃から大物だったのか?」

「細かい事はどうでもいいさ。とりあえず、焼きイカ串でいいな?」


 日によって串に刺す食材が変わるこの屋台だが、今日は『ガレス古戦場』に出現する、イカの魔物をメインに扱っているようだ。

 ちなみに、『後ろに座っているメイドさん』はリタやサリアではなく、生前は原種吸血鬼ビルカインの配下の一人だったヴァンパイアゾンビメイドのマギサである。


 初めて屋台を……高ランクの従魔達を見た人が怯えないよう、「テイマーが様子を見ているから大丈夫だ」と勘違いさせるために配置されているのだ。

 ……実際にはテイマーではないどころか、人間ですらないのだが、そこまではロックも気がつかなかった。……真実を知っているのは、モークシー伯爵だけである。


「……色々な意味でいいのか? あいつ等がイカを料理して」

「まあ、足が多いけどタコじゃなければ共食いにはならないから、いいんじゃないか?」

「え、あいつ等イカじゃないのか?」


 正確には、クラーケンである。それも、フローティングリトルクラーケン。フワフワと空中を浮遊する事が出来る、胴体だけで人間と同じ長さのある小型のクラーケンだ。

 イカやタコの仲間ではあるが、別の種である。なので、共食いではない。……例えるとしたら、ライオンが虎を食べたとしても共食いとは言わない、という感じだ。


 ちなみに、タマとギョクの親でヴァンダルーによってアンデッド化されて復活したリトルクラーケンゾンビは、屋台の裏でイカを捌き、串に刺してタレをかけている。

 マギサは偽テイマーと、会計を担当。


「チュー」

「イカ串を六本くれ。こっちの衛兵さんの分も頼む」

「えっ? いや、俺は……」

「いいっていいって、もう仕事は終わったんだろ? だったらこれは賄賂にはならないから気にすんな」


「チュッ!」

 そしてマロル、ウルミ、スルガのネズミ三姉妹はウェイトレスである。体長三メートルの身体を後ろ足で支え、前足で器用に注文をとる姿は、顔を見なければ熊のようだ。


 性質の悪い酔っぱらいも、この屋台に絡もうとはしない。一年前と比べて、モークシーの歓楽街の治安は劇的に良くなっていた。




 その治安向上に貢献している人物はその頃、書類の山と格闘していた。

「ふぅ、社員の管理も楽じゃないわね。本店と支店じゃなくて、町ごとに事務所を出して、書類を相互でやり取りする方法にしない?」


『人間社会にゴブリン通信機やゴーレムファックス、グファドガーン、ジェーンはいませんから、書類を運ぶ手間が激増するだけですよ』

「そこはボス達に頑張ってもらって。どんな書類も記録出来るんでしょ?」

『……ボスをファックス代わりにするのは感心しませんよ』


 『飢狼』のマイケルことマイルズに、触手で筆記用具を操り、書類仕事を手伝っている使い魔王達。彼らが見ている書類には、アルダ神殿関係者や信者の動きが記されていた。


「過激な思想を持っていたアルダ信者数名が、今度はアルクレムの広場で聖歌を歌って抗議活動をしたみたいね。見向きもされなかったみたいだけど」

『聖歌って、あのヴィダの新種族排斥を推奨する歌でしょう? アルクレムの広場で歌って支持が得られると本気で思っていたのでしょうか?』


 アルクレム公爵領は、ヴァンダルーが来る前の時点でさえ、アルダ融和派の支持者が多かった公爵領だ。今更、過激派が支持されるはずがないのだが……。

「モークシーでやるよりは、マシだと思ったんじゃない?」

『パフォーマンスでカナコに勝負を挑む程、無謀ではなかったという事ですか』


 そう言いつつも、この信者達はカナコ達のコンサートを意識して音楽で抗議活動を行ったため、活動自体は平和だった。

 問題は、他の過激思想を持った信者達である。


「テイマーギルドへの放火未遂、うちの警備員への暴行未遂、あたしやカナコ達への襲撃、ボスの家への侵入……個人で勝手に動く連中って、組織に責任を追及できない分、厄介よね……」

 アルクレム公爵が発表した改革が進むにつれ、過激な信者達の動きが激しくなっている。


『まあ、その分雑に扱っても文句が出ないのでいいですが』

 そうした過激な信者達は、マイルズやカナコへの襲撃やヴァンダルーによって幽霊屋敷と化している家に侵入する等、無謀な行動をした結果、街から姿を消す。

 そして洗脳されたり、偽者とすり替わっていたり、頭の中身だけすり替えられたりした後、何事もなく町を出て行ってから、改めてどうにかなるのだ。


 彼等がどうなっているのかは、彼等が犯そうとした犯罪によるのだが……今まで姿を消した者達の目的は、アルクレム公爵領の方では犯罪奴隷に落とされるか、処刑されるのが相当のものばかりだった。


『法の神の信者が率先して法律を破るのは、何故なのでしょうね?』

「あいつ等は、自分が正しいと思う法律だけ守っていればいいんでしょうよ。それより、融和派の動きが不気味なぐらい何も掴めないんだけど。ボスとダルシア様、カナコに手紙を送って来るぐらいで」

『……公的で穏健な動きしか見せない敵は、面倒極まりないですね』


「ところで、ボスの本体って、今、何をしているの?」

『魔王の大陸で空間の捻じ曲がったダンジョンを攻略中です。通路を歩いていると、右に向かって落下して、気がつくと天井に叩きつけられている事がある。そんなダンジョンです。

 ……今からでも来ます?』


「パス。気分転換になるような、もっとシンプルなダンジョンを攻略している時に、呼んで頂戴」

次話は2月14日に投稿する予定です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「……遂に従魔が営業し始めたぞ、この屋台」この一文の凄さ。発想と着眼点が凄過ぎる。ウィットに富んでいながら絶妙なボケとつっこみも最高です。
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