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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
366/515

二百九十八話 ご飯の時間

12月21日に拙作、四度目は嫌な死属性魔術師のコミック版一巻が発売されます。

書店で見かけた際は、手にとっていただけたら幸いです。

 前日の激闘と評すべき防衛戦を経て、『岩の巨人』ゴーン達は安堵していた。

 あれだけの戦力で攻め寄せたヴァンダルー達を追い返したのだから、次にヴァンダルーが攻め寄せて来るまでには時間があるはずだと、防衛隊の誰もが考えていた。


 その間に、傷を癒し失った戦力を整えなければならない。見破られた、音を利用して全体に指揮を行き渡らせる作戦を改良するか、それに代わる新たな作戦を練らなければならない。

 マドローザは、旺盛な龍の生命力と仲間の回復魔術によって一命を取り留めた。

 魔物は、飛行能力を持つ個体の九割九分を失ったが、また集めればいい。


 消滅した『角笛の神』シリウスと、倒された『青銅の巨人』ルブーグの穴は、簡単には塞がらない。『法命神』アルダに援軍を求めた。しかし、アルダも世界の維持や魔物の間引きに集中している神や亜神を説得して、防衛隊に加わるように要請している段階で、纏まった戦力を援軍として送る事は出来ないという返事がきた。


 それでも何とか送って来たのは、十万年前ボティンとその従属神が創り上げ、魔王軍によって破壊されたオリハルコンゴーレム、そして親や兄弟の仇を取ろうと参加を決めた次代の『ヒトデの獣王』や、『貝の獣王』ハリンシェブの子供達、『海鳥の獣王』ヴァルファズの兄弟達だ。


 だが、戦力が回復したとは言い難い。

 『大地と匠の母神』とその従属神謹製のオリハルコンゴーレムとはいえ、一度破壊され修繕された物だ。その性能は、ヴァンダルー達相手に盾の代わりにしかならなかったペリア防衛隊のゴーレムと大差ない。


 次代の『ヒトデの獣王』はまだ若く、レポビリスより強いということはないし、ハリンシェブの子供達は言うまでもなく、ヴァルファズの兄弟達も似たようなものだ。

 亜神の数は元に戻りつつあるが、全体的な戦力は下がっている。


 後は魔物で補うしかない。集める事自体は簡単だ、魔王の大陸は魔物の宝庫。油断すれば亜神である彼等も無傷では済まない程強力な魔物が幾らでも生息している。

 難しいのは、飼い慣らす事だが……。


 しかし、時間があれば立て直す事が出来る。

 現在、アルダ勢力の神々は三つの最重要防衛地点を抱えている。まずヴァンダルーを倒し、ベルウッドを復活させる事が出来るかもしれないハインツがいる『アルダの試練のダンジョン』。そして封印されたボティンがいる魔王の大陸と、ペリアが眠る海域である。


 その他に、重要度と言うよりもヴァンダルーに狙われる危険性が少ない地点として、アミッド帝国の勢力圏やオルバウム選王国のアルダ勢力の神々の神殿等がある。

 そして、人の手が及んでいない場所に出現してしまった魔境や高難易度ダンジョン。邪悪な神やヴィダ派の神々が封印されている場所等、放置しても短期的になら問題のない場所がある。


 守っている亜神や神がその場を離れても、魔境やダンジョンはすぐには暴走を引き起こさない。強い魔物程繁殖力が弱いので、数十年は問題ないはずだ。

 そうした場所を守っている神を説得して、防衛隊に加える事が出来れば数だけではなく、質も向上させる事が出来る。


 出来るのだが……。

『馬鹿な! 十隻もの空飛ぶ船団が近づいてきているだと!?』

 だからこそ、もたらされた最悪の知らせにゴーンは目を剥いた。


『馬鹿な……あの船は一隻作るのに時間がかかるのではないのか!?』

 それまでヴァンダルーの襲撃は、数日から一カ月以上の間が空いていたため、偽クワトロ号の建造には時間がかかるのだろうとゴーン達は考えていた。

 まさか、木材があれば一隻につき数時間で建造する事が出来るとは、想像もしていなかった。


『幻覚ではないのか!?』

『残念だが、十隻とも実体だ……!』

『……遂に本気で来たと言う事か。前日の……これまでの攻撃は、我々を騙し、油断させるための偽装だったのだ!』


 偽クワトロ号の建造に必要な時間を誤認させるために、これまで故意に間隔を空けて攻撃してきたのだ。

 そう判断したゴーンは、防衛隊の全力を以って十隻の船団を撃退しなければならないと思った。しかし、同時に、それが難しい事も理解していた。


 前日よりも劣った戦力で、前日よりも高い戦力の敵を倒さなければならないのだ。あの十隻の船団の内、何隻が巨大な存在を運ぶための船なのか、自爆船は……【貪血】が入った船は何隻あるのか?

 消耗担当の魔物は減り過ぎて、その役目を果たせそうにない。飛行能力を持たない魔物を魔術で強引に飛行させて数を揃える事は出来るが……はたしてそれで役に立つのか。


(この襲撃を、多くの同胞たちを犠牲にして撃退したとして、その後はどうする?

 ヴァンダルーは本気を出してきた。間を置かず、明日……いや、今夜にでも再び攻めてくる。その時までに増援が間に合うのか?)


 ここまで、戦力とその供給力に差を見せられて、戦う意味があるのだろうか? いっそ、撤退し、ボティンの魂が喰われる事になっても、残るペリアの防衛に集中するべきではないのか?

 そんな負け犬の考えが、ゴーンの脳裏に過る。


『まさか、逃げ出そうと考えているのではないだろうな?』

 それを読んだかのように、ブラテオがゴーンに挑発的な言葉をかけた。

『ブラテオ。だが、ここで戦っても――』

『ここで儂等が逃げれば、奴はボティンを喰らって更に力をつけ、次はペリアが眠る海域に押し寄せるぞ。いや、『アルダの試練のダンジョン』にいる人間を、その奥で眠るベルウッドを狙うかもしれん』


 戦ってもどうにもならない。そう言おうとしたゴーンを先回りするように、ブラテオは逃げてもどうにもならない事を語る。


『そして最後に残るのは勝つ見込みを無くした儂等と、魔王グドゥラニスを超える悍ましき大魔王ヴァンダルーと、その軍勢だ。

 その後は儂等を屠り、この世界を新種族と称する邪悪な神との混血と、アンデッドと魔物が跳梁跋扈する魔界とするのだろうよ。いや、この世界だけで終わるとは限らんぞ。ロドコルテによると、奴はこの世界と異世界を行き来できるそうだからな』


『……何が言いたいのだ、ブラテオ。まさか、どうせ希望は無いのだから突撃しようとでも言うつもりか?』

『馬鹿を言え。儂は、逃げるくらいならアルダが援軍を送って来るのを信じて踏み止まる方が、まだ良いと言いたいのだ。

 無論、奴と戦わずに逃げるなど我慢できんというのもあるが』


 ブラテオの言葉に、ゴーンと周囲にいる亜神達は確かにそうかもしれないと、最後の言葉以外に同意した。

 思い出して見れば、絶望的な戦いというのは十万年前、魔王軍相手に何度も経験している。勝つためではなく、負けないための戦いは初めてではない。


『いいだろう。このまま戦おう。アルダ様に救援を、再度要請しろ! それが来るまで、何度でも奴らの攻撃を耐え抜く!』

 覇気を取り戻したゴーンの号令に、防衛隊の面々が雄々しく『おう!』と叫び応える。


 ただ、幾ら士気を取り戻そうと、意志だけではどうにもならない差があった。


 攻め手は守り手の三倍以上の戦力が無ければ勝てない。人間同士の戦で使われる言葉だ。しかし、この戦いでは当てはまらない。

 何故なら、守り手である亜神達が巨大であるため、要塞や城壁等の防衛施設を利用する事が出来ないためだ。


 このまま無策に空中戦を行うのは、無謀な特攻と変わらない。

『だが、戦場は下げる! この大陸の外周、周辺の海域上空ではなく、疑似神域の一つを陣に見立てて戦う!』

 そのためゴーンは咄嗟に思いついた作戦を実行する事にした。


『む……それなら飛行能力の無い魔物や、浮遊する事しか出来ないオリハルコンゴーレムも戦う事が出来るが、上を押さえられるぞ』

『そうです! 更に、十分に戦う事が出来ない私はともかく、水属性の龍や真なる巨人の力が落ちてしまう!』


 ブラテオと、昨日の傷が治りきっていないマドローザが異を唱えるが、ゴーンは『その心配はない』と言った。

『砦に見立てるのは、あの湖の根元にある疑似神域だ。諸刃の刃だが……利用しなければ、戦いになる前に負ける』




 作戦上仕方がないと、自身を納得させてヴァンダルーの背後から離れたグファドガーンは、無表情に戸惑いを浮かべて周囲を見回した。

 十隻の船団の旗艦である本物のクワトロ号、その船首からは混沌とした魔王の大陸が見える。しかし、彼女達の行く手を阻むはずの亜神達の姿は、一つも見えなかった。


「こちらの接近には気が付いているはずだが……?」

 エルフの美少女を模して創った彼女の憑代の瞳が、困惑に揺れた。何故なら、行く手を遮る防衛隊に出て来てもらわなければ困るからだ。


「作戦の第二段階は、この十隻の船団を囮にしてゴーン達を引きつける。そして、偉大なるヴァンダルーがボティンの封印を解き、そのままゴーン達を背後から急襲し挟み撃ちにする事。

 できるだけゴーン達を、封印されているボティンから離さなければならないのだが……」


『もしかして、昨日の戦いで消耗しすぎて打って出て来られないのでは?』

『怖気づいて、ボティンの近くで縮こまっているのかもしれませんぜ』

『念のために、挨拶代わりに砲撃でもしますか? 慌てて出てくるかもしれない』

 『死海四船長』達が口々に意見を述べる。それを参考に、グファドガーンは自分達が取るべき行動を考えた。


「……このまま進軍する。真下からの不意打ちに注意しろ」

 使い魔王と、ヴァンダルーに相談するまでもない。

『ギィィィィ!』

 クワトロ号が偽クワトロ号を従えて、進軍を再開する。地上は竜巻が吹き荒れる砂漠や、マグマが重力を無視して蠢く火山地帯だが、一千メートルの高度なら安全に進む事が可能だ。


 このままボティンが封印されている地点へ進めば、あと半日程で到着してしまうだろう。その前に、ゴーン達は仕掛けて来るはずだとグファドガーンは考えていた。

『敵襲! 上空から魔物が多数接近!』

 しかし、その予想に反して、襲ってきたのは亜神ではなく魔物だった。


『使い魔王の旦那方が出るまでもねぇ! 野郎共、弓を構えろ!』

 しかも、砲弾型使い魔王ではなくアンデッド船員達が使う弓矢で十分相手が出来る程度の、この大陸ではザコ扱いであるランク5や6の魔物だ。

 それらがクワトロ号と船団の更に上空に浮かぶ雲の中から、次々に現れて襲い掛かって来たのだ。


「あの雲は、魔空か」

 魔物が発生する魔境と化した空域。一見するとただの白い雲だが、実際は魔物の白い巣だったようだ。

『グファドガーンさん、どうしましょうか? それと、ゴドウィンさんが準備運動を始めているのだけど、止めた方がいいかしら?』

 偽クワトロ号の一つに、ヴァンダルーとティアマトの息子……つまり孫と一緒に乗り込んでいるダルシアが、ゴブリン通信機を使って話しかけてくる。


「高度を下げて進みましょう。あと、ゴドウィンは止めておいてください。生きてさえいれば構いません」

 今はワイバーン等のザコしか出て来ていないが、このまま高度を維持して進めばランク13前後の、片手間では倒せない強い魔物が出現するかもしれない。


 そんな強い魔物と戦っている間にゴーン達に襲撃されたら、不利になってしまう。誘き出すために、隙があるように見せかけるのはいいが、本当に隙を作って損害を出すのは良い事ではない。

『儂の扱いが雑ではないか!?』

「……それで、何か問題が?」

 『ザッカートの試練』でも、的確ながら滅茶苦茶な攻略をして進んだ挙句リタイアした魔人王ゴドウィンに対するグファドガーンの評価は、「雑に扱っても壊れない」だった。


 それはともかく、グファドガーンの指示によって高度を数百メートル下げると、魔物の襲撃は嘘のように止んだ。どうやら、魔空の範囲から出たらしい。


「大陸上空には魔空が幾つもあるようだ。今の高度を維持して進み、地上からの攻撃にはより警戒を――現れたか」

 グファドガーンが『死海四船長』に指示を出している途中で、湖の畔の空間が揺らめいた。

 そして次の瞬間には、電撃や岩や氷塊が、更に水や光といった様々なブレスが、酸性の泡が、船団に向かって放たれる。


『砲撃を開始します。ファイエル』

 それに応えて、各船の大砲型使い魔王が砲撃を開始する。揺らめいていた空間の向こうにいる亜神達を撃ち砕かんとするが、岩やブレスと衝突して爆発し、彼等を傷つけるには至らなかった。


 だが、戦果を挙げられなかったのは向こうも同じだ。

『魔物を放せ! 接近戦は奴らに任せ、我々は距離を維持しろ! 奴らを近づけさせるな!』

 『角笛の神』シリウスが滅びた事で、再びゴーンが肉声で指揮を執ろうと声を張りあげる。『陣太鼓の神』ゼパオンが叩く太鼓の音が同時に響いているが、彼はシリウスと同じように音色で指揮を伝える事は出来ないのだろうか?


 そうグファドガーンが訝しく思っていると、湖や周辺の森から無数の魔物が出現した。鏡のような湖の水面からはジャイアントギルマンや、ギガントフライングシャーク、狂った水の精霊王、森からは別々の動物の部位を身体から生やしたキマイラの変種や、無数の眼を持つケイオスバジリスクキング。どれも魔王軍の邪悪な神々の先兵として当時の勇者軍を苦しめた存在ばかりだ。


 共通点は、飛行能力が低いか、全く持たない魔物である事だ。

「なるほど。大陸上空の魔空を利用して、こちらの高度を下げさせたのか」

『では、我々はまんまと敵の罠に嵌められたと!?』

「いいや、そうではない」


 狼狽する『死海四船長』の一人に向かって、グファドガーンが指差した先では、魔物の群れが空間を歪めた偽装が消えつつある疑似神域へと向かっていた。

 その様子は、飼い主の元に駆けつける飼い犬ではなく、姿を現した獲物に襲い掛かる肉食獣のそれだ。


「疑似神域内部から外に向かって攻撃した事で、外部との接続部分が明らかになり、それを魔物に気づかれたのだろう」

『なるほど。しかし、こちらに向かってくる魔物の数も昨日の倍以上ですぞ』


「そこは、ご子息の出番だ。ダルシア様、お願いします」

 グファドガーンが通信機に向かって合図を出すと、船団の内一隻から砲撃が止まり、内部から爆発するように砕け散った。


 そして姿を現したのは、一見すると普通の龍だった。

『…………』

 全体的な姿は、ドラゴンと言うよりも巨大なリザードマンに近いだろう。暗い青色の鱗に、金色の四つの目、四肢と背中に生えた二対の灰色の翼、そして、長い尻尾の先には鉤爪が生えている。


『なんだ、あの龍は? ヴィダ派にあんな龍はいなかったはず』

『この十万年の間に生まれた若造だろう! 向こうにはあのティアマトがいるのだ、若造の十や二十いてもおかしくはあるまい!』


 アンデッドでも邪悪な神でもなく、龍が現れた事に戸惑う『氷の巨人』ムガンに、ブラテオが攻撃の手を緩めずにそう応える。


「さあ、目を覚まして。バクナワちゃん」

 その龍……ヴァンダルーとティアマトの間に生まれた初孫の肩に立っているダルシアは、眠たげな様子の彼に優しく声をかける。


「ほら、ご飯よ」

『ごはん……?』

 まだ眠そうな声は、ダルシアの下から発せられた。


『ごはん……どれ……?』

「あなたの前にいる、動いているのはみんな御飯よ。お腹いっぱいになるまで、好きなだけ食べていいの」

『みんな……ごはん!? 本当!?』

 その瞬間、バクナワの四つの目が大きく見開かれ、魔物達とその向こうにいる亜神達を捉える。


 そして、バクナワの喉元から下腹部までが縦に割れて開いた。

『うわあぁぁい! いただきま~す!』

 そこから出たのは歓声と、食前の挨拶。そして、赤い舌。バクナワの口は、頭部ではなく胴体にあったのだ。


 真の姿を現したバクナワに対して、本能的な恐怖を覚えた魔物達は近づくのを止め、逃げだそうと身を翻す。だが、逃げる事は叶わず、彼の口に向かって吸い込まれていった。

「ギャアアアアアア!」

「グオオオオオオオオ!?」

 バクナワが息を吸い、「ごはん」を吸い込んでいるのだ。魔物も、周囲の木々や土、ブラテオ達が放つ電撃や酸性の泡でさえ、牙で切り刻み、舌で押し潰し、唾液で溶かして飲み込んでいく。


 この旺盛な食欲が、地球の神話において月を飲み込んだとされる「バクナワ」の名を与えられた彼の力だった。

『おいしぃぃぃぃぃ!』

 口の中いっぱいに広がる血と臓物の味が! 骨や木々の砕ける食感が! 濃厚な命の喉越しが! 痺れる電撃の後味が! バクナワを夢中にさせる。


『馬鹿なっ! 儂の電撃を喰らうだと!?』

『狼狽えるな! 胴体ではなく頭部か四肢を狙え! 実体のある魔術は控え、電撃や光にしろ!』

 胴体の巨大な口には攻撃しても無駄だと見切ったゴーンが、動揺するブラテオ達に指示を出す。それに応えて、バクナワの頭部や四肢に攻撃が集中する。


「させるものですか!」

「うむ、もう変身済みじゃからな」

 だが、それもダルシアやザディリスの魔術で弾かれてしまう。さらに、その間も残り九隻の船団からの砲撃は続いており、バクナワの吸引の範囲外に逃れた魔物や、距離があるため、被害を免れているゴーン達が狙い撃ちにされている。


『あーれー』

『あ、ごめんね、パパ。でもおいしいよ』

『それは良かったー』

「ヴァンダルー、気を付けて! バクナワちゃんの前に出ちゃダメよ!」

 ただし幾つかの砲弾型使い魔王が、バクナワの口の中に消えたが。……なお、使い魔王を運んでいた偽クワトロ号はとっくに腹の中だ。


「流石は偉大なるヴァンダルーのご子息。たった一人で戦場を支配しておられる」

『……確かに、向こうは動きが取れないようだが、こっちも動けませんぜ』

『迂闊にバクナワ坊ちゃんの前に出たら、我々も腹の足しにされちまう』


 感動するグファドガーンの背後で、顔を引き攣らせる『死海四船長』達。だが、彼女は特に気にした様子はない。

「それで構わない。我々だけで敵を倒す必要はない」

 むしろ、攻めすぎて相手がボティンの封印されている場所まで撤退してしまう方が困る。


「まだ、封印は解けていないのだから」




 トンネルの先端部で最後の一掘りを終えたヴァンダルーは、現れた黒い壁を調べていた。

「これは、物質化した魔力のようですね。なるほど、この内部にボティンと、彼女が封印される時、近くにいた従属神がいるのでしょう」


 ボティンが魔王グドゥラニスに封印されたのは、魔王軍との戦いの最中。劣勢に陥った勇者軍の殿をボティンと従属神達が務め、離脱する前に現れたグドゥラニスによって封印されてしまった。

 神域に招かれた時、ヴァンダルーはヴィダ達からそう聞かされていた。


 何かの器具や地面に描かれた魔法陣等、そうした道具や仕掛けを用いず魔力だけで大神を封印するとは、魔王の名に恥じない技量である。

「解けそうですか?」

「解く事は出来そうですが……思ったよりも難しいかもしれません」


 不安そうなユリアーナの声に正直に答えながら、ヴァンダルーは封印の解除を始める。彼の魔力に触れた部分がどろりと溶け落ちるように消えていくが、そのペースは速くない。


「器具を壊せば解ける勇者側が施した封印と違って、この魔王が施した封印は全体を壊さなければいけませんから」

 勇者側が【魔王の欠片】や邪悪な神に施す封印は、例えるなら精密機械だ。重要な部分を幾つか解けば、効果を失ってすぐ解除できる。


 だが、この魔王が施した封印はコールタールの塊のようだ。重要な部分なんてものはなく、全体を排除しなければならない。

『【魔王の欠片】で一気に壊すってのは、ダメなのか?』

「封印の中で眠っているボティンまで傷つけてしまうかもしれないから、保留です」


 ボークスの乱暴な意見を、ヴァンダルーは却下しなかった。ある程度封印が解けたら、それもありだと思ったようだ。

「でも、まずは正攻法から試してみましょう」

『これ、正攻法なのでしょうか?』

『一人でダメなときは、皆でするのは正攻法でしょう』


 影から分身を出して、一人ではなく複数で呪いを解いていくヴァンダルー達。

 その甲斐あって、呪いは順調に解けていくが、やはり時間がかかる。

「ここまで時間がかかるとは……やはり、魔王の大陸の魔素が封印に良くない影響を与えているのでしょうか?」

 ボティンと顔見知りであるため、ヴァンダルー達と行動を共にしている原種吸血鬼ゾルコドリオが案じるように尋ねる。


 この魔王の大陸の、空間や重力さえ歪め、亜神並の魔物を発生させる程汚染している魔素なら、魔王の封印が強化される要因になってもおかしくないと思えたのだろう。

 しかし、ヴァンダルーは首を横に振った。


「それはないでしょう。この封印を創り上げた魔王の魔力と、魔王の大陸の魔素は、全く別の性質の物です。影響があったとしても、微々たるものでしょう」

 魔王の大陸を汚染している魔素は、魔王グドゥラニスが倒され、さらにベルウッド達によって魔王の大陸が破壊し尽くされた後、はびこった物だ。


 つまり、魔王の大陸と呼ばれているがこの大陸を汚染している魔素と魔王グドゥラニスは、何の関係もないのだ。

「そうなると、アルダ勢力が行ったらしい、この大陸に世界中の魔素を集める策は、ボティンの封印に悪影響をもたらさなかったのですか。

 ほっといたしました。ボティンが魔素の影響を受けていたらと、少々心配だったので」


『心配ねぇだろ。神が魔素の影響を受けるんだったら、魔素だらけの境界山脈の内側や魔大陸にいるヴィダ派の神々は、とっくにどうにかなっちまっているはずだぜ』

「そうですね。直接邪神や悪神と融合しない限り、大丈夫だと思いますよ」

 ゾッドに、ボークスとヴァンダルーはそう言って保証した。


 この大陸ほどではないが、境界山脈も魔大陸も魔素で汚染されている。そこに十万年以上いたのだから魔素による影響が出るなら、とっくにそうなっているはずだ。特に、傷ついたまま眠っていたヴィダは、封印に包まれていたボティン以上に無防備だったのだから。


「確かに、その通りですな」

「納得して貰えてなによりです。……しかし、もう少し分身を増やした方が良さそうですね。バクナワのご飯が終わるまでには、封印を解きたいですし。

 あ」


 黒い壁の一部が崩れ、白い靄のようなものが露わになる。そこにヴァンダルーの本体が音もなく飲み込まれた。

「ヴァ、ヴァンダルー様!?」

『まあまあ、落ち着いてくだせぇ』

『陛下なら大丈夫ですよ。オルビアさんもついて行きましたから』


 思わず後を追おうとするユリアーナを、姿を現して止めるキンバリーとレビア王女。

「その通りです。分身殿達も、作業を続けていると言う事は大丈夫なのでしょう」

 そしてゾッドの言う通り、ヴァンダルーの分身達は封印の解除を続行していた。彼等は本体と記憶と人格を共有しているため、分身が平気そうにしているということは本体も無事だという事になる。


「……まあ、彼の場合手足の一本ぐらいもげても平気そうにしているでしょうから、過信するのは危険ですが」

 しかし、ゾッドがそんなあり得る事を口にしたため、ヴァンダルーの分身達は慌てて口を開いた。

『今回は本当に大丈夫です』

『俺の本体には、傷一つありません』


『今は、ボティンの前にいます』

12月20日に次話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
ランク13以上のメンツですら前に立ったら飲み込まれるのヤバすぎる
バクナワくん?ちゃん?は将来『貪食龍神』みたいな呼ばれ方しそうやね。 いっぱい食べて健やかに育って欲しいわね。
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