二百九十三話 第一段階開始
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頭を抱えながら、彼は自分にとっての手の定位置は、頭なのではないだろうかと思っていた。最近……彼にとっては本当に最近だが、頭を抱える事が多くなったからだ。
今ではこうして頭を抱える姿勢を取る事が自然体のような気がする。
『……どうしたものか』
現実逃避をしていたロドコルテは、我に返って疑問ではなく自身への確認を込めてそう呟く。
どうにかしたいのは【アバロン】の六道聖と【ブレイバー】の雨宮寛人、そして雨宮寛人の娘とヴァンダルーの分身と、それに惑わされた数人の転生者達だ。
『オリジン』には転生者がまだ何十人もいる。しかし、その中でも六道聖と雨宮寛人は抜きんでた力を持っている。ぜひとも『ラムダ』に転生してヴァンダルーを倒すために協力して欲しい存在だ。
『オリジン』に居る段階ではさほどでもないが、転生する前に多少手を加え、『ラムダ』で何度かジョブチェンジを経験すれば、アルダ達が育てている英雄候補よりも強くなるだろう。
それが『オリジン』でお互いに衝突しようとしている。だが、それ自体は別に構わない。ロドコルテにとって、最も避けたいのは二人がこの後何十年も長生きする事だからだ。
ヴァンダルーへの切り札になり得る二人が何時までも転生しないままでは、結局役無し(ブタ)と同じだ。
しかし、問題は六道聖がヴァンダルーの分身が憑いている雨宮冥に近づこうとする事だ。
『魂を砕かれたらどうするつもりなのだ、奴は?』
分身では魂を砕けない可能性もあるが、それは試してみなければロドコルテにも分からない。だが、それを六道聖と雨宮寛人の魂で試してもらっては困る。
そこで、雨宮冥に近づかないよう六道聖に神託を与えたのだが……驚くほど届かなかった。
『あの様子では、私の神託は漠然としたイメージしか伝わっていないだろう。それでも、雨宮家に近づかなかったのは幸いだったが』
六道聖は、本物の死属性の魔力を持つ雨宮冥を調べれば自分も死属性魔術の力を手に入れる事が出来ると考えているため、彼女の皮膚片や体毛、血液、何でも手に入れようとしている。
前回の雨宮家のホームパーティーも、本来なら自分が出席しようとしていたはずだ。
それを思いとどまったのは、【シャーマン】の守屋幸助が放った人工精霊を破壊した何かが雨宮家に潜んでいる可能性がある事と、ロドコルテの神託によって伝えられた不吉なイメージが意識の片隅に残っていたからだろう。
(正確には、それぐらいは私の神託が役に立ったと思いたいところだが……)
問題は、これからどうなるかだ。
六道聖は影武者……【メタモル】の獅方院真理の身体や服に仕込んだセンサー類で、雨宮冥が死属性の適性を持っている事を知ってしまった。
今は何としても冥を手に入れるため、作戦を練っている。
(確実に失敗するが)
当然だ。雨宮冥は、ヴァンダルーの分身が守っている。彼女を手に入れ、調査と実験をする事を目的とする作戦は成功するはずがないのだ。
(寧ろ、成功してはならないのだ)
もし仮に、六道聖が奇跡を起こしてバンダーを制し、冥の身柄を手に入れてしまった場合……ヴァンダルー本体が『オリジン』にやってくる可能性が極めて高い。
魂だけの状態で宇宙から降臨するのか、世界の壁を破って現れるのか、それとも夢から導いた人間の肉体を乗っ取るのか、方法は不明だ。しかし、『オリジンの神』や『空間と創造の神』ズルワーンを味方に付けている以上、可能なはずだ。
そうなってしまえばどうしようもない。分身だけが暴れるよりも被害は格段に大きくなる。
(あの分身体なら、どれだけ暴れても被害はある程度で治められる。分身体の標的が六道とその配下、協力者なら何とかなるだろう。最悪でも大陸一つ程度で済む)
ロドコルテはヴァンダルーの分身、バンダーの強さを、神としての権限で御使いの亜乱に能力の使用を強制し、計算させていた。
結果、『オリジン』には現段階でバンダーを倒せる存在は転生者達以外に存在しなかった。あの世界で最も優れた魔術師と、科学と魔術を合わせた最新兵器、戦闘機にヘリに戦車にミサイル衛星、そして屈強な兵士を使い潰すつもりで投入しても勝てる見込みがないのだ。
その場合バンダーは雨宮冥と博、ついでにその場にいた他数名を守る事が出来る。実体化した彼は、全身が【魔王の欠片】で作られた存在だ。『オリジン』に存在する全ての金属は、彼にとって飴細工に等しい。
ナパーム弾で窒息させようとしても、熱を奪い燃焼そのものを消す事で冥達を守るだろう。
【ブレイバーズ】達、転生者なら、バンダーに勝つ可能性はある。……もっとも、負ける可能性の方が大きいのだが。
(そもそも、『オリジン』は彼等に経験を積ませるための第一段階。『ラムダ』で簡単に死なないよう、そして世界をより発展させるための経験を積むための時間。そこに何故『ラムダ』に転生したヴァンダルーが分身を送り込めるのだ!)
そもそも段階が違うのだ。『転生者』が普通にやってバンダーに勝てるはずがない。
(しかも、六道聖は自らが創り上げた勢力だけで、雨宮冥を手に入れるつもりだ。雨宮寛人と成美や、自身の組織に取り入れられなかった転生者とも敵対して。……これで成功する可能性があるはずがない)
六道聖が立てる作戦によっては、雨宮寛人を倒し、彼に味方する転生者達も殺す事が出来るだろう。だが、バンダーには絶対勝てないから失敗するのだ。
『むしろ、ここまで来ると六道が雨宮寛人に負けて殺される展開の方が、私にとっては望ましい。あの分身が魂を砕くか喰らう事が可能かもしれないのだから』
雨宮が六道を殺せば、神域にやってきた六道の魂に、色々と情報を開示し、依頼をする事が出来る。
既にロドコルテの目的は、『ラムダ』の発展ではなく、ヴァンダルーの抹殺と自身を認識している彼が治める国の滅亡、国民の全滅となっている。
目的が叶えば『ラムダ』世界をシステムから切り離す事も可能になるので、六道が不老不死になろうがどうでもよくなる。勿論、理想的なのは相打ちになって六道も死に、異常が除去された『ラムダ』の輪廻転生をこれまで通り管理する展開だが。
『最悪なのは六道の作戦が上手く行ってしまい、ヴァンダルーが『オリジン』に現れる事だな。六道とその配下の転生者達、そして協力した政財界の重鎮や犯罪組織の長の魂は確実に、そして雨宮達の魂も喰われかねない。
そして『オリジン』は未曽有の危機を迎えるだろう』
その際、輪廻転生システムが受ける負担はどれ程か、想像するだけで目の前が暗くなる。『ラムダ』ではただでさえ、コンサートや育毛クリームなど、信じられない方法で人間達の魂を導いているというのに。
こうなると、『オリジンの神』がヴァンダルーの味方である事が逆に頼もしい。ヴァンダルーも、自身に味方した神の世界を滅ぼし、消滅させるような事はしないだろうと最低限だが信じる事が出来る。
『じゃあ、六道だけじゃなくて雨宮にも神託を出したらどうだ? 六道よりはマシだと思うけど』
『そうだな。雨宮は私の【オラクル】やアサギの影響で、多少は神仏を尊重していたから。特定の宗教に入れ込む事はなかったが』
ロドコルテが悩んでいると、御使いの亜乱や硬弥が意見を装った誘導を行おうと声をかけた。
亜乱と硬弥、そして泉にとって、雨宮寛人は【ブレイバーズ】の仲間であり、六道は仲間を裏切った男だ。彼等がどちらの味方か、人間を理解できないロドコルテでも察する事は容易だった。
『……良いだろう。私としても、ヴァンダルーの分身の出番は、ない方が望ましい』
六道達に湯水の如く力を注ぎ、それでも極薄のベールより薄い勝利という奇跡を手にさせるか、それとも多少の手助けをして雨宮寛人を勝たせるか。
考えるまでもない事だ。
『だが、雨宮寛人を完勝させる事が出来るかは分からない。それは理解してもらおう』
雨宮寛人を勝たせるのは決まったが、今から六道聖達を弱くする事は難しい。『ラムダ』のカルロスやエディリアにしたように、加護を回収する事は出来る。しかし、それで六道聖達が失うのは力ではなく、成長速度の上昇や限界までの伸び代の追加だけだ。既に成長した分は、そのままだ。
与えたチート能力や幸運は、彼が死んでこの神域に現れた後でなければどうしようもない。特に、転生者の身を守る幸運は六道と雨宮両方が持っているので、打ち消し合ってしまう。
しかも、『オリジン』にはステータスシステムが存在しない。
『ラムダ』なら、生命力……いわゆるHPの概念が存在するため強者は多少油断しても死なない。背中を子供にアイスピックで刺されたり、階段から足を滑らせて転落したりしても、強者なら「ああ、痛かった」で済む。大口径の銃で撃たれても、当たったのが目や口の中でなければ、軽傷で済むだろう。
しかし、『オリジン』ではどんなに鍛え上げられた肉体を持つ強者でも、アイスピックで背中を刺されたり、階段から転落したりすれば死ぬ可能性がある。銃弾が当たれば、軽傷では済まない。
そうした事を考えると、雨宮寛人を程良く勝たせるのは難しい。ロドコルテとしては、雨宮寛人側が六道達を圧倒する展開も望ましくないのだ。
圧倒してしまった場合、六道達を殺さず法で裁こうと雨宮寛人は考えるかもしれない。そして、裁判の結果六道が終身刑にでもなったら……六道が長生きしてしまい、ロドコルテの手元に来るのは何十年も先になってしまう!
勿論、雨宮寛人が死ぬのも遠い未来の話になるだろう。
(だが、これ以上思考を巡らせても仕方がないか。出来れば刺し違えてくれれば最善だが、それで結局雨宮寛人が敗れ、ヴァンダルーが『オリジン』に降臨してしまったら意味はない。
雨宮寛人を勝たせ、ここに来た六道には力を補うための追加の力を今から用意しておこう。副作用で、三度目の奴の人生の寿命が大きく削れる事になるだろうが、構うものか)
ロドコルテはそう方針を決めると、雨宮寛人に与える神託の内容を吟味し始めた。
王侯貴族が社交界の時期に入る頃、オルバウム選王国の各ギルドも揺れていた。
アルクレム公爵領以外のギルドでは、それまで事態を楽観視する者が多かった。公爵の乱心か、ヴィダ信者に対するポーズか、政治的駆け引きによるブラフ。そのように考えていたからだ。
しかし、この頃からアルクレム公爵は乱心した訳ではなく、本気で改革を進めるつもりである事。更にモークシー伯爵を始めとした少なくない貴族が、改革を支持している事が明らかになってくる。
アルクレム公爵領内の冒険者ギルドから、「そちらがグールの討伐依頼を出すのは自由だが、アルクレム公爵領内でグールを狩った事が明らかになった場合、厳罰に処されるので注意されたし」という通達が隣接する公爵領に届くと、現実逃避も出来なくなった。
冒険者ギルドは急いで冒険者達にアルクレム公爵領の周知徹底を行い、更に将来ハーピィーやケンタウロス、そしてグールを冒険者として認めるか否か、協議を重ねることになった。
勿論、アルクレム公爵領の中にあるギルドでも大きな混乱が起きている。
アルクレム公爵が改革を発表した段階では、少なくない貴族が改革に反対し、従わない姿勢を見せた。
だがポッサ侯爵家では、当主であるセオドアが突然「改革を支持し、協力する」と表明したため、ポッサ侯爵に従う貴族達も合わせてそれに倣った。
だがアルクレム公爵領の交易都市、モークシーの冒険者ギルドでは改革は既に終わっていた。
今、人間社会で最も開かれた冒険者ギルドと言えば、このモークシー支部の事だろう。
「ゴブリン狩りは新人の方々に譲るべきでしょうし、他の依頼は薬草の採取に、街道の整備工事……めぼしい依頼が無いですね」
その証拠の一人が、依頼書が張られているボードの前で腕を組んでいる。
一見すれば、ただの若い女性冒険者だ。背は女性としては長身で、身に着けている装備もプレートアーマーに長剣と盾と、ベテランのパーティーならそう珍しくない物だ。唯一目を引くのは、首につけた無骨な首輪ぐらいだろう。
しかし、彼女はベテランではなく、正確には冒険者でもない。
「ユリアーナちゃん、お使いかい?」
「あ、ロックさん。こんにちは。依頼の帰りですか?」
牛の角と尻尾を持つミノタウロスハーフ、ユリアーナ。彼女は書類上人ではなく、冒険者にテイムされた魔物である。
一人ではなく一匹、若しくは一頭と数えられ、冒険者ギルドの建物の中に入る事は出来ないはずだ。
「いや、今日は休みだ。裏の解体場で『ガレス古戦場』のレアな魔物の解体を行うって聞いて、見学していたんだ。ユリアーナちゃんは?」
しかし、彼女に話しかけたC級冒険者パーティー『岩鉄団』のリーダーであるロックは、ギルドの規則に従って彼女を叱り、建物の外に出そうとはしなかった。
それどころか親しげに会話を続けている。そして、他の冒険者やギルドの職員達も、ユリアーナと彼女に対するロックの態度を問題視している様子はない。
この支部ではユリアーナを「一匹」ではなく「一人」と認識している証拠だ。
「私は、依頼のチェックを。二、三日で済ませられそうな依頼で、良いのがあったら取っておいてほしいと」
「期限付きか……そうなると、ユリアーナちゃんとあいつ等の実力じゃ、微妙な依頼しかないか」
ボードにある依頼を見直して、ロックはそう評価した。
「しかし、サイモンやナターニャ、『ハート戦士団』もB級か。すっかり追い越されちまったな」
約十年くすぶっていたサイモンはともかく、ナターニャや『ハート戦士団』のアーサー達はロックよりも後に冒険者になった、彼から見れば後輩達だ。
しかし、D級冒険者だったロックが今年に起きたダンジョンの暴走を経て、C級に昇級したのと比べ、後輩たちはこの前B級に昇級している。
C級も冒険者としては非凡な力を持つ者の証明であり、十分尊敬に値する等級だ。しかし、B級とは比べ物にならない。
もっとも、ロックと彼の仲間達は幾つかの依頼や訓練として行った模擬戦を通じて、サイモン達の今の実力を知っているため、嫉妬はしていないが。寧ろ、あの勢いで成長するだけの才能なら、このままA級まで昇級しそうだなと思っている。
サイモンに関しては、利き腕を失ったせいだろうと考えているため、特に怪しんではいない。その分、ロックは彼やナターニャの義肢を作ったヴァンダルーの技術力に尊敬の念を抱いていた。
「……ヴァンダルーにまだ追い越されていないのが、解せないが」
その彼が未だにE級ですらないF級である事に、ロックは一番納得できないでいた。
F級は見習いや、一般人が副業として働くための等級で、そもそも戦闘が発生するような依頼を受ける事はできない。
ただし、ヴァンダルーはその依頼を受けずに、自主的に町の外の魔境やダンジョンに入り、屋台で売る串焼きの為の食材として魔物を狩っている。
「ご主人様は、未成年でまだ冒険者学校に入っていませんから」
そして、ユリアーナをテイムしている事になっているテイマーでもある。
どう考えてもF級ではないのだが、彼女が言ったようにギルドのルール上仕方なくF級なのである。
「ベラードさんに頼めば、すぐ昇級できそうなものだけどな。領主様だけじゃなく、アルクレム公爵様とも知り合いなんだろ?」
「そうだと思いますが、ご主人様は冒険者学校に興味があるそうですから」
「……中央にあるっていう、特別な冒険者学校か」
通常の冒険者学校は、たいしたものではない。未成年の希望者が、戦闘が発生する依頼を受ける……つまり、最低限ランク2程度の魔物相手に一対一なら勝てる実力を付けさせるための訓練施設だ。
ついでに、文字の読み書きや基礎的な計算、採取依頼の対象になる植物の知識や、魔物を解体する技術等ギルドとしても冒険者に身に付けて欲しい事を教え込む。
そして、若き冒険者にパーティーを組む仲間候補と会わせる事も出来る。そんな施設である。
入学に条件はなく、希望すれば成人でも入学する事が出来る。
だが、オルバウム選王国の首都にある冒険者学校は違う。
入学するのは、生まれた順のせいで家督を継げず、政略結婚にも使えない貴族の三子や四子、そして庶子。有力商人の子弟、冒険者として名を上げた親を持つ子供、そして生まれつきユニークスキルを持つ子供等だ。
両親から期待され資金援助を受けられる者や、才能を持っている者だけが入学する事が出来る冒険者学校なのだ。
基本的なカリキュラムは他の冒険者学校と同じで、単位を取ればすぐ卒業できるのも同様だ。だが、優秀な講師陣を揃えており、卒業生の多くがC級に至り、中にはA級冒険者になる者もいる。
そうして選王領はダンジョンの暴走など、不測の事態に対応できる強力な冒険者を育成し、保持しているのである。
だが、そこにヴァンダルーが入学する予定であると聞いて、ロックが思い浮かべたのは……。
「やっぱり、人材の青田買いか?」
と言う事だった。卒業生の多くがC級冒険者になる冒険者学校でも、既にB級以上の実力を持つヴァンダルーが学ぶことがあるとは思えない。
「多分、そうだと思います」
ユリアーナも同感だった。恐らく、王侯貴族の子弟と繋がりを持ち、そこから侵食するように選王領の為政者達を取り込むつもりなのだろうと。
ロックが予想しているよりも広い範囲で人材を取り込む事になるが、流石にそこまで詳しく説明するつもりはない。ユリアーナは彼を信頼できる人物だと思っているが、彼が信じる神が信頼できるかは別の問題だ。
「そうか……来年からは寂しくなるな。
話は変わるが、名前が六文字で四文字目が『ダ』の神様って知らないか?」
たしかに、話が変わりそうだ。彼が信じる神が、ユリアーナが信じる神と同じになるかもしれない。
「……六文字で、四文字目が『ダ』の神様? 何かのクイズですか?」
「あ、ああ。ちょっと知り合いから出されたクイズでな。答えが分からなくて困っているんだ」
「そうですか……きっとその内分かりますよ」
(突然得た加護と夢の内容を結び付けて良いか、まだ半信半疑なのでしょう)
しかし、何れ彼も理解するだろう。偉大な存在に触れた事を。……同時期に加護を受けた者が彼以外にも複数いて、彼等と相談すればあっさりと答えに辿りつくかもしれないけれど。
そう思いながら、ユリアーナは新しい後輩や弟を見守るような眼差しをロックへ向けた。
「そ、そうか。まあ、そうだよな。ええっと、そう言えば……」
突然慈しみの中に狂信が潜んでいる瞳を向けられたロックは、困惑と危機感を覚えて咄嗟に再度話題の転換を図った。
「そう言えば、二、三日で済ませられる依頼を探しているとさっき言っていたが、近々予定があるのかい?」
ヴァンダルーとダルシアが今モークシーに居ないのは、アルクレム公爵家のパーティーに出席するためである事を、ロックは知っている。ステージで、ダルシアがパーティーに出席するため、暫くステージには立てないと発表していたからだ。
当時は馬鹿な貴族やそのボンボンが二人にちょっかいをかけるのではないかと、心配になったのでよく覚えている。
「はい。帰って来たご主人様達と一緒に、ケンタウロスやハーピィーの自治区を訪ねる予定になっていますから、暫く帰って来られなくなります。
サイモンさんとナターニャ、そして『ハート戦士団』の皆さんも同行する予定です」
これは本当だが、それだけではない、予定では、両自治区を訊ねた後、そのままヴィダル魔帝国や魔大陸、ガルトランドに【転移】し、作戦の準備を整え、実行する手筈となっているのだ。
女神からの神託を果たす為に。
「そうか、ダルシアさんはヴィダの聖人だものな」
しかし、ロックは特に疑うことなく納得し、「頑張ってくれって伝えてくれ」と言って離れていった。
ユリアーナも冒険者ギルドから出て、表で待たせていた仲間と合流した。
「相変わらず人気者ですね」
「「「チュー!」」」
マロルとウルミとスルガのネズミ三姉妹は、体長三メートルの巨体とつぶらな瞳で通行人に愛敬を振りまき、芸をしておひねり……おやつを貰っていた。
「「グルゥ……」」
対して、ファングは疲れたように唸り声をあげている。
ランクアップし、三頭立ての馬車の荷台を上回る巨体と二つの頭を持つオルトロスになった彼だが、ネズミ三姉妹と違って背中の毛皮に触れても安全であるため、子供達の玩具にされていた。
本来は人懐っこいとは言い難い気性の犬なのだが、マロル達にカナコ直伝のマスコットキャラの心得を教え込まれているため、子供を追い払えないのである。
しかも、ランクアップした結果知能も高くなってしまったので、忍耐力を身に付け遠慮や配慮も出来るようになってしまった。お蔭で、自力では抜け出す事が出来ないでいる。
「皆、そろそろ帰らないといけないから、ファングを放してあげてくださいね」
「あ、ユリアーナちゃんだ!」
「またでっかくなってる!」
「育ち盛りですから。それと、女の子に『デカイ』なんて言っちゃいけませんよ」
顔なじみ……ある意味幼馴染の子供達をファングの背中や頭の上から降ろして、彼女は前世からの仲間達が待つ家に帰宅した。
ちなみに、仲間達が全員生前と同じぐらいの背丈に成長したため、家は両隣の家を買いとって増築し、今は小さな屋敷ぐらいのサイズになっている。
冬の澄んだ空を、七隻の船が魔王の大陸に迫っていた。
「では、第一段階を始めましょう」
ヴァンダルーの言葉に、背後に控えるルチリアーノとユリアーナが口を開く。
「……ついにこの時が来たか」
「ええ、ついに時が来たのです」
言葉はだいたい同じだが、込められた感情は真逆だった。
『主よ、【筋術】の実験もするのでしょう? 奴らが持ち堪えられなかったらどうするのですか。途中で退却しますか?』
骨人の質問に、ヴァンダルーは少し考えた。作戦の第一段階は、やや戦力を高めた事以外はこれまでと同じ偽装工作。本命は第二段階で、第一段階でボティンの防衛隊が破れてしまったら予定が変わってしまう。
「その時は、退却しないでそのまま第二段階を発動しましょう。準備自体は出来ている筈ですから。……我が息子以外は」
『今頃は、お昼寝の時間よね』
『一度寝ると、中々起きないからね。子供は寝るのが仕事だから、それで良いのだけれど』
レギオン達が言うように、卵から誕生したヴァンダルーとティアマトの間に生まれた龍は、寝起きが悪かった。既に戦闘に耐えられる肉体を持ち、ランク10以下の魔物をスナック菓子やドリンク感覚で気軽に飲み食いできる強さだが、お昼寝の時間は絶対に起きない。
「母さんとパウヴィナと、あとルヴェズフォルとフィディルグが見ていてくれるから、お留守番でも大丈夫でしょう。ルヴェズフォルの身の安全は、やや不安な気もしますが。
では、全速前進です」
ヴァンダルーは、言葉とは裏腹に恐れも不安も感じさせない様子でクワトロ号を前進させた。
大きな試練……巨大神像完成を祝う式典を終えた彼にとって、ボティン防衛隊との戦いは恐れるに値しないのである。
《【能力値強化:君臨】、【能力値強化:被信仰】、【能力値強化:ヴィダル魔帝国】スキルのレベルが上がりました!》
《【筋術】スキルを獲得しました!》
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・名前:ファング
・ランク:8
・種族:オルトロス
・レベル:78
・パッシブスキル
闇視
怪力:7Lv(UP!)
気配感知:5Lv(UP!)
直感:3Lv(UP!)
自己強化:導き:7Lv(UP!)
身体強化:牙、爪:7Lv(UP!)
精神耐性:4Lv(UP!)
火属性耐性:6Lv(UP!)
能力値強化:番犬:3Lv(UP!)
高速再生:1Lv(NEW!)
病毒耐性:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
忍び足:3Lv
闇のオーラ:6Lv(UP!)
叫喚:4Lv(UP!)
突撃:6Lv(UP!)
連携:7Lv(UP!)
炎のブレス:8Lv(UP!)
限界突破:7Lv(UP!)
舞踏:3Lv(UP!)
御使い降魔:2Lv(UP!)
並列思考:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
ザンタークの加護(NEW!)
○魔物解説:オルトロス ルチリアーノ著
師匠によると、異世界における地獄の番犬の弟らしい。二つの頭部を持ち、アースドラゴンもかみ殺す鋭い牙と、業火の息を吐きながら、その業火に自身は耐える事が出来るとは……異世界の死後の世界のセキュリティはさぞ万全なのだろう。
かと思ったら、英雄に殴り殺されたと伝説にあるそうだ。
ファングの場合は、ランク6のガルムからランク7のヒュージガルムを経て、オルトロスに至った。戦闘が終わってしばらくしたら、突然頭部が二つに裂けて、そのまま頭部と首が二つに再生変形したそうだ。現場に居合わせたサイモンやナターニャ、『ハート戦士団』のアーサー達はさぞ驚いた事だろう。
……意外な事に、ミリアム嬢が記憶に止めていて詳細なレポートを読む事が出来た。流石師匠の真友だ、胆が据わっている。
ランクアップした事で【高速再生】や【病毒耐性】、そして【並列思考】スキルを獲得したファングだが、現時点では人格は増えていないらしい。
地獄の番犬の兄の方である、ケルベロスになったらどうなるのか、是非観察したいので彼の今後の成長が楽しみだ。
ああ、ついでにザンタークの加護も得たらしい。多分、火属性っぽいからだろう。
ヴァンダルーの出番が殆どないですね(汗
11月30日に次話を投稿する予定です。




