表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
359/515

閑話45 穏やかな、ある嵐の前の一時

 ヴァンダルーが『ラムダ』で十二歳の誕生日を迎えて数日が経った頃、『オリジン』では……。


 この世界の人間は国によって微妙に時期は異なるが、満三歳になると魔力測定を行い、生まれ持った属性の適性について公共の医療機関で検査し、報告する事が義務付けられている。それは政府高官やセレブ、ギャングやマフィア、そして【ブレイバーズ】を親に持つ子供でも同じだ。

 雨宮冥も、三歳の誕生日の翌週に家族で検査に向かった。この世界の人々にとって三歳の時の検査は、七五三等のお祝い事に相当するためだ。


 検査自体は単純で、結果が出るまでの時間も短くて済む。多くの家庭では検査の後、レストランで食事したり、家でホームパーティーを開いたりして、三歳のバースデーよりも盛大にお祝いを行う。

 この日の為に休みを取った雨宮夫妻も、そうするつもりだった。


「……おかしい。検査結果が出ないのは何故なんだ?」

「機械のトラブルか?」

「そんなはずはありません。機械は正常に動いています」

 しかし、病院の職員達は、雨宮冥から取った検体……口内の粘膜から取った細胞から、遺伝子ではなく魔力を抽出して分析する機械では、検査結果を出せずにいた。


 属性の適性を検査する機械は、現代ではありふれたものだ。適性は基本的に一生変わらないので、人生で一度しか使わないが、田舎や離島の診療所にも設置が義務付けられている。

 操作もレントゲンより簡単で、資格を取る必要もない。個人情報の扱いを数時間の講習を受けて学べば、誰でも使う事が出来る。


 機械のメンテナンスも規則通り行われ、その日も正常に動いていた。だと言うのに、雨宮冥の検査結果だけが「エラー」としか出ない。

「検体が汚染されたのかもしれない。もう一度取らせてもらおう」

「はい……」

 職員達は大いに困惑し、結局不手際で検体が汚染された……他の人の検体が混入し、検査結果が正しく出なかったのだろうと結論付けた。


 つまり、自分達によるヒューマンエラーだと考えたのだ。勿論、納得はできない。しかし、機械が正常である以上、そうとしか考えられなかった。

 この世界の人間は土水火風、そして生命と光、空間の七つの属性の中から最低でも一つ、適性を持っている。そしてその適性は、体内の魔力が安定する満三歳ごろに測定する事が可能になる。


 それが常識なのだから。かつて八つ目の属性が発見されたが、それは彼等にとって黒いカラスの中に一匹だけ存在するかもしれない白いカラスのようなもので、現実に考慮すべき事ではなかった。

 すぐ職員の一人が雨宮夫妻の元に行き、事情を説明してもう一度冥からサンプルを取って来る。


 そして、それをいつも以上に慎重な手つきで機械にセットし、検査を始める。だが、出た結果は、先程と同じ「エラー」だった。

「これは……どう言う事でしょうか? もう一回検体をお願いしますか?」

「いや、何度しても同じだろう。恐らく、我々の手際や機械ではなく、雨宮冥ちゃん本人に問題があるのだろう」


「も、問題ですか!?」

 雨宮夫妻……世界的な有名人であると同時に、ヒーローとしての名声を得ている夫婦の娘の身体に何が起きているのかと、職員の男は驚いて上司に聞き返した。


 しかし、その答えは深刻なものではなかった。

「多分、まだ体内の魔力が不安定なんだ。成長には個人差があるからな。極稀にだが、三歳になっても魔力が安定しなかった事例が、学会に報告されている」


「そうだったんですか。安心しましたよ……じゃあ、検査結果はどうします?」

「ああ、とりあえず半年後に再検査をお願いしよう」

 属性の適性を調べるのは重要だ。将来覚える魔術や、それによって就ける職業が結果次第で変わるからだ。

 消防士になるにしても、火属性魔術の技術と制御を極限まで高め、着火や消火が自在に出来るようになるよりも、ある程度の量の水が出せる程度水属性魔術を修める方が簡単だ。


 しかし、初等教育を受ける前の幼児の段階では一刻を争う程ではない。半年ぐらい他の子供よりも適性が分かるのが遅れても、余程教育熱心な両親でなければ気にしないだろう。

「分かりました。じゃあ、さっ……そ、く?」

 早速説明してきますねと言って、退室しようとした職員の男が不自然に止まった。室内にいる他の職員達も、時が止まったかのように動くのを止めている。


「どうしたんだ?」

 上司の男が困惑して尋ねるが、男達は彼に視線を向ける事すらしない。

「おい、ふざけているの……か……?」

 そして上司の男の視界にも、入ってしまった。職員の男達が凝視する何かの姿が。


 防犯カメラの死角になる部屋の隅に、人のようなものが立っていた。

『こんにちは』

 白い髪に、白い顔をした、毛皮のコートを着た男に見える。いや、平坦だが高い声から考えると、女なのかもしれない。


 しかし、彼等はそれの性別について考えるのをすぐに止めた。何故なら、それの顔には妖しく輝く四つの目があったからだ。

 恐怖のあまり男達は悲鳴をあげて逃げ、警備員を呼ぼうとした。しかし、身体が……目すら動かす事が出来なかった。


『この距離だと効きが悪いですね。目を大きくしないと』

 それ……バンダーは口を、人間の頭ぐらい楽に入りそうなほど大きく開いた。牙がぞろりと並んだ口内が露わになり、その奥から巨大な眼球がせり出してくる。


「っ!?」

 妖しい輝きを放つ眼球を目にした男達の意識が、一瞬で刈り取られる。しかし、身体が倒れることなくそのままの姿勢を維持した。


『あなた達は、今から俺が言う指示に従いなさい。雨宮冥の検体を、光属性だけに適性があった子供の物と入れ替えて、再検査しなさい。その後、本物と偽物の検体は規則通りの手順で破棄しなさい。通常の規則通りの手順で、ですよ。

 それが済んだら、俺の存在も与えた指示も、全て忘れなさい。分かりましたね?』


 自分の言葉に男達が頷くのを見て、バンダーは満足気に頷くと口を閉め、次は警備室に行くために【具現化】スキルを解いた。

 満三歳の時に行う検査で、通常の機器では結果が出せない事を、彼は予想していた。通常の機器では、死属性の魔力を検知できないからだ。


(めー君は、やはり死属性の適性を持っていましたか)

 通常の検査機器で、それも二回検査して結果が出せないという事は、それ以外考えられない。

 彼女が死属性の適性を持っていた場合、どうするのか? それは事前に味方に付けた【ドルイド】のジョゼフ・スミスや、ヴァンダルーが夢で導いていたほか数人と相談して、決めてあった。


 病院の職員を洗脳し、検査結果を「光属性の適性を持っている」と捏造する。光属性なら、初等教育の訓練では指先を光らせ、その光の強弱や色を変える事ぐらいしか習わない。これなら、バンダーが発光器官を使って誤魔化す事が出来る。

 そう、誤魔化す事が出来るだけだ。


 将来、雨宮冥が死属性魔術の適性を持つ事は隠せなくなるだろう。少なくとも、この世界の社会で生きていくならそれは避けられない。この世界では、魔術は日常だからだ。

 バンダーに出来るのは、ばれるまでほんの少しでも時間を稼ぐ事ぐらいだ。


(まあ、これで時間を稼げたかは疑問ですが)

 これから警備室で防犯カメラ映像を改竄、消去するために警備員を洗脳するが、そこまでしても稼げた時間は僅か……数年どころか、数日もないかもしれないとバンダーは思っていた。


 以前雨宮家に入り込んで来たところをバンダーが始末した、幽霊ではない謎の存在。それが死属性の研究を行う【ブレイバーズ】の裏切り者、【アバロン】の六道聖の手の者によって送り込まれたのなら、既に冥は目を付けられている。

 そうである以上、時間の問題であるはずだ。


(これからは、もっと大胆に動く必要がありそうですね)

 幸い、この前本体と一度融合して能力を更新したばかりだ。……自分が子持ちになった事も驚いたが、それどころではない。


(もしもの時は……この世界ではめー君が幸福になれない時は本体を召喚、具現化させて……しかし、その場合雨宮夫妻はどうしますかねー。本体に俺と同じ苦しみを味わわせるのも、いいと思いますが)

 冥の兄の博や、ジョゼフ達をどうするかは決めてある。問題は雨宮夫妻だった。




 病院での検査を終え、娘は光属性の適性を持っているという結果を信じた雨宮夫妻は自宅に戻ると、予定通りホームパーティーを開いた。

「今日は、娘の冥の為に集まってくれてありがとう。今日は仕事を忘れて、楽しんでいってくれ。乾杯!」

 雨宮寛人がそう乾杯の音頭を取った。


 それに応じて、乾杯! っと集まった【ブレイバーズ】の面々やこの世界で友人になった者達がグラスを掲げる。

「雨宮と成美もすっかり夫婦だな。俺も負けちゃいられないな」

「ベイカー、お前、博が三歳になった時の集まりでも同じ事を言っていたぞ」

「う゛! し、仕方ないだろ。あの時付き合っていた恋人には、振られたんだよ!」


 【ヘルメス】のベイカーや【タイタン】の岩尾が、シャンパンを片手に世間話に興じる。

「あの時は浅黄の奴が、下手糞な手品を披露して、案の定失敗していたっけ」

「ああ。あの人、そう言うところがあったからな。……赤城に天道にマオ、円藤。あいつ等も、あの時は笑っていたな」

 そしてこの場に居ない、故人に思いを馳せる。


「あいつ等、今頃どうしているんだろうな? 天国にでもいるのか、それともどこかに生まれ変わっているのか」

『マオについては詳しく知りませんが、他は生まれ変わって元気にしているようですよ。アルクレム公爵家の情報網によるとですが』

 遠い目をする岩尾に、バンダーは聞こえない事が分かっていながらそう答えた。


 アルクレム公爵家の情報網によると、浅黄……アサギ達はビルギット公爵領のお抱え冒険者となって働く傍ら、【魔王の欠片】の封印に関する研究事業を行っているらしい。

 流石はロドコルテから幸運や運命を与えられただけあって、自分の時よりもずっと早く『ラムダ』世界での立場を固めたようだと、彼の本体であるヴァンダルーも感心していた。


 研究内容も、ヴァンダルーは離れた場所で暴走した【魔王の欠片】には対処できないので、結果が出れば助かる。

 しかし、本人と接触し、研究に協力する気にはまったくならないが。


 アサギ達もロドコルテや、ビルギット公爵家からヴァンダルー達に関する情報を得ている筈なのに何もしてこない事から、同様に接触する気はないのだろう。

 【ノア】のマオ・スミスに関しては、流石にバーンガイア大陸の外にはアルクレム公爵家の情報網の手も届かないので、商人からの伝聞でしか分からない。それによると、商売は順調らしい。


 どちらについても、アルクレム公爵家が諜報活動の一環として集めた情報……転生者についてではなく、「ビルギット公爵家と専属契約を交わした新人冒険者」と「バーンガイア大陸外に出た妙な女ドワーフ」について調べた情報を提供してもらっただけだ。なので、改めて調べれば他にも何かあるかもしれない。


「湿っぽい話はこれくらいにしよう。めでたい席で自分達の事を話題にされるのは、あいつ等も嫌がるだろう」

「そうだな……じゃあ、これで最後にしよう。乾杯」

 岩尾とベイカーは手に持ったグラスで乾杯すると、頭を切り替えて冥を祝った。


 ちなみに、カナコ達の名前が【ブレイバーズ】の面々の口から出る事はなかった。彼等にとってカナコ達はムラカミと同じ裏切り者で、事実その通りなので無理もないが。

(分かっていますが、不快なのは変わりませんね)


「バンダー?」

『何でもありませんよ、めー君』

 バンダーが不機嫌なのを敏感に察知した冥が声をかけると、バンダーも意識を切り替えた。


「ん? どうしたんだい、冥ちゃん? バンダーって……?」

「気にしないで。冥にだけ見える友達なのよ」

「冥にだけ見えるって……大丈夫なの、それ?」

 【ブレイバーズ】の一人、【エコー】のウルリカ・スカッチオが訊ねると、成美ではなく岩尾が答えた。


「大丈夫だよ。イマジナリーフレンド、って奴らしい。小さい頃だけ見えたお友達って奴だ」

「本当に大丈夫なの? 事件のトラウマかなにかのせいじゃないの?」

 以前冥と博がベビーシッターとボディガードごと誘拐された事件の影響でないかと、ウルリカが心配する。彼女自身過酷な任務で精神を病んでおり、薬を常用することで精神の安定を保っているので人事とは思えないのだろう。


「ウルリカ、岩尾君の言う通り大丈夫よ。冥がバンダーって友達の事を言い出したのは、事件にあう前からだから」

 しかし、成美はそう説明する。他者と感覚と意識を共有する【エンジェル】の能力を持つ彼女だが、それを冥に使ってバンダーの姿を見ようとはしなかった。

 彼女自身が言った通り、幼い娘が今の内だけ見える友達だと思い込んでいるからだ。


 それを暴き立てる事は、子供に「サンタクロースは存在しない」と言い聞かせるのと同じ事だと考え、夫婦で話し合った結果、このまま見守る事にした。小学校になっても見えると言うようなら、また改めて相談する事になるだろうが。


「バンダー」

「こら、今日はバンダーに構っちゃダメって約束しただろ」

 バンダーに手を伸ばす冥を、兄の博がよっこいしょと抱き上げる。パーティーの間、バンダーは【具現化】する事が出来ないため、彼に冥の事を頼んでいたのだ。


『ありがとう、博。今は聞こえないだろうけど』

「にいちゃ、ありがとーって。にょろにょろは?」

「どういたしまして。あと、にょろにょろは無理」


「ムリ?」

「無理、ゼーッタイムリ」

『博に移植するのは無理かな。俺には実体がないから。ああ、でも影になら出来るかも』

 バンダーはヴァンダルーの魂の欠片を捏ねて作られた分身だ。そのため、実体はない。だが、同じく実体のない人の影になら、自分の一部を移植できるかもしれない。


『今度、試してみますね』

 成功すれば博のパワーアップに繋がる。無属性魔術の習得は順調に進んでいるが、それでも六道聖相手には心許ない。試みる価値はあるだろう。


「ばんだーがね、ためすって」

「何を!? やめろよー、変な事するなよー」

 冥を抱き上げたまま博が、不安そうな顔つきでバンダーの姿を探してくるくるとその場で回ると、大人達も微笑ましいと微笑む。


「やあ、遅れてすまない」

 その微笑ましい空気はそのままに、【アバロン】の六道聖が現れた。後ろには、【シャーマン】の守屋幸助を引き連れている。


「ずいぶん遅かったな。来ないのかと思ったよ」

「すまないな。何処かのリーダーが家族サービスをするための皺寄せがきつくてね」

「言ってくれるな。だが、君ならそれぐらいどうとでもなるだろう、影のリーダー?」


 軽口を叩き合いながら、雨宮と六道が握手を交わす。成美や岩尾、ベイカーも含めた周りも、六道を歓迎する者が大多数だ。

「…………」

 例外は、内心の緊張を表に出さないようにしている【ドルイド】のジョゼフ・スミス等、ヴァンダルーに夢で導かれた数人の者達だ。


「ジョゼフも久しぶりだね、カウンセリングの結果も良好だと聞いているよ」

 それに気がついていないのか、六道聖はジョゼフに話しかけてきた。

「ああ、まだ現場に出るのはきついけれど、植物に関する研究や、農業支援では役に立てそうだ」

 話しかけられた事に内心驚きながら、ジョゼフは表面上友好的にそう返事をする。


「それは何よりだ。実は、君も含めて心に問題を抱えていた【ブレイバーズ】のメンバーの内何名かが、ある時を境に快方に向かっているのだが、何か心当たりはないか?」

「それは……悪いが、思い当たる事はないな」

 実際には、ヴァンダルーに導かれたためだがそれは話せないので、「偶然じゃないか?」と誤魔化しておく。


「そうだな……。以前から治療は続けていたのだし、かかっていた精神科医同士にも繋がりはない。偶然と考えるべきか。

 何はともあれ、良かったよ」


「あ、ああ。ありがとう」

 そう答えながら、ジョゼフは困惑していた。バンダーを疑う訳ではないが、本当に六道が違法な死属性魔術研究を行っているのかと。

 余りに自然な態度で友人として接して来るので、腹に一物抱えているようには思えなかったのだ。


 それはジョゼフとバンダーが仲間に引き込んだ数人の【ブレイバーズ】も同感だった。そして、平静を保つのに必死なのは彼らだけではなかった。

(間違いない……何かが居る! この部屋の中に……私のすぐ近くに!)

 そう、【シャーマン】の守屋幸助だ。自身の魔力を使い、人工的な精霊を創りだす事が出来る彼は、本能的にバンダーの存在を察知したのだ。


(恐ろしい魔力量だ。あの『アンデッド』と同じか、それ以上。しかも、明らかに私……いや、六道さんを警戒している。目的を達成したら、できるだけ早く撤退すべきだ)

 守屋は六道の手足として、今まで人工精霊を用いた情報収集や暗殺を数多くこなしてきた。その経験が、バンダーという見えざる脅威を察知する事を可能にしていた。


 ……察知したからと言って、今の状態で守屋に出来る事は殆ど無いのだが。


 六道はそんな守屋の様子にも気がついていないのか、他の仲間と世間話に興じた後、冥と博に近づいた。

「やあ、博君。私にも今日の可愛らしい主役をだっこさせてくれないか?」

「え、う、うん」

 バンダーに『六道聖が何か話しかけて来ても、彼の言う通りにして欲しい』と頼まれていた博は、急に静かになった冥を六道に渡した。


「やあ、冥ちゃん。大きくなったね」

 自分を抱き上げた六道を、冥は不思議そうに見上げた。彼の背後には、おかしな動きを見せたら、姿が他の【ブレイバーズ】に見られても必ず防ぐと覚悟を決めているバンダーが居る。

 一瞬で六道の頭を噛み千切れるよう口を開け、鉄板を油粘土のように引き裂く四本の腕を開いて六道を抱きしめられるような姿勢を取るバンダーの姿が、冥には不思議そうに見えたようだ。


 更に言えば、六道の影の中には既にバンダーの一部が潜んでいる。おかしな動きをしたり、何かの機械を作動させたり、魔術を唱えれば即座にこの六道を殺す事も、拘束する事も出来る。


 そしてヴァンダルー本体の魂も、もしもの時は即座に空間を引き裂いて世界を侵犯できるよう、待機していた。


(……こいつは、六道じゃない)

 だが、それほど近づいた事でバンダーは彼が六道ではない事に気がついた。彼は……彼女は六道聖に変身している【メタモル】の獅方院真理だった。


「どうしたんだい? いや、当然かな。私はこうして君に会うのは初めて……私?」

「だいじょうぶ? わかったの? だれなのか」

「なっ……なんの事かな? 私は、六道のおじさんだよ。お父さんとお母さんの友達のおじさ……あれ?」

 それまで余裕を感じさせていた六道の顔から、ゾッとする程血の気が失せた、顔中から冷や汗が浮かび、口元の微笑は引き攣り、強張っている。


「わ、私は、六道聖。ろくどう、ひじり? そ、そう、聖だ。ここで、私は……私は? おとう……お母さん?」

「六道君!」

「六道さん!」

 ガクガクと全身を不自然に痙攣させ、今にも泡を吹いて倒れそうな『六道聖』の腕から、成美が冥を受け取ると、守屋が捕まえるように彼女を確保する。


「すまない! 六道さんは少し具合が悪いようだから、これで失礼させてもらう! 皆は、パーティーを楽しんでくれ!」

「お、おい、六道は大丈夫なのか? 回復魔術をかけた方が良いんじゃ……」

「心配しないでくれ、薬がある。だが、効くまで少し時間がかかるから、この場は失礼する」


 六道を気遣う雨宮の言葉を固辞して、彼女が六道聖ではない事を知っている守屋は急いで雨宮家を後にした。この場で【メタモル】が解けて、死んだはずの獅方院真理の姿が露わになったら誤魔化しようがなくなるので、彼も必死だ。


 それを多くの者は戸惑いながらも、『六道聖』を心配そうに見送った。




 雨宮家での出来事をリアルタイムで見ていた本物の六道聖は、大願の成就を確信し、会心の笑みを浮かべていた。

「やはり、雨宮冥は死属性の適性と魔力を持っていたか」

 検査結果は光属性だったが、六道は信じていなかった。何故なら彼女の周囲には、『第八の導き』の影が……実際にはバンダーがあるからだ。


 検査で何かおかしい事が起これば……検査をやり直したり、買収していたはずの職員が言う事を聞かなかったり、防犯カメラの映像が不自然に消えていたりすれば、書類上の検査結果がどうであったとしても、そう言う事だろうと考えていた。


「何としても彼女を手に入れ、調べなければならない」

 『アンデッド』に続いて二人目の、この世界で生まれた死属性の適性を持つ人間だ。彼女を調べれば、必ず死属性の解明に役立つはずだ。


 彼女の身柄を手に入れるには、親である雨宮寛人と成美、そして頻繁に接触しているジョゼフ達数人の【ブレイバーズ】の存在は厄介だ。未だに正体不明の『第八の導きの生き残り』とやらは、厄介どころではないが……多少の犠牲や、私の正体がばれたとしてもしかたがない。

 そう考えながら、六道は手札と取れる手段を改めて数えはじめた。


「このタイミングで【メタモル】が不調をきたしたのは痛いが、まあいい。壊れる前に、人体実験に協力してもらおう。

 死属性の適性を人為的に得るための実験のね」


 何故『アンデッド』、天宮博人と雨宮冥が適性を持ち、『第八の導き』のプルートー達が不完全な適性しか持たなかったのか。

 全員、他の属性に適性がなかったのは同じはず。ならば、何が両者を分けたのか。


 それは、死んだ経験の有無だ。


「『アンデッド』を含めた我々転生者には、当然だが『地球』で死んだ経験がある。だが、プルートー達には殺されたも同然の経験はあるが、実際に死んではいない。脳死状態だったイシス、心停止していたワルキューレ、肉体を殆ど失ったベルセルク、すべて失ったシェイド……いずれも完全に死んではいない。

 だが、恐らく雨宮冥は一度完全に死んでいる。胎児だった頃に」


 母親である雨宮成美すら妊娠に気がつかなかったほど、彼女が小さかった頃。プルートーによって彼女は一度死んだのだ。母体である成美はプルートーに『死』を流し込まれても、死ぬまでに時間があったが、小指の先より小さかっただろう当時の彼女は耐えられなかったのだ。


 しかし、直後にプルートーが『死』を吸い取ったため、冥は母体と一緒に蘇生する事が出来た。胎児という独力では生存できない状態が、それを可能にしたのだ。


 あの場に立ち会った六道聖はそう推測し、確信した。

「死属性魔術の素質を得るには、一度完全に死ななければならない。なるほど、これなら今までどの研究機関も死属性魔術の使い手を作りだせないはずだ」

 研究素体が様々な原因で心停止した後、蘇生した事例はどの研究機関でもあるだろう。しかし、心停止したまま脳死にまで至り、蘇生した例はない。あっても、その後その素体が死属性の魔術を使えるか検査はしていないはずだ。


 一度、完全に死ななければならない。これは、『アンデッド』が転生者である事を知っていて、自身も一度死んだ事がある六道聖だからこそ気が付けた事なのだから。


「後は、脳死状態の脳を蘇生させさえすればいい。殺す前に他の属性の適性を消し、『アンデッド』のように機械を埋め込み、魔力の操作を握れば……ふふ、異世界でフランケンシュタインの怪物を作る事になるとはな」

 今まで霧の中を手探りで進んでいるようだった研究に、成功への筋道が見えたと思い込んだ六道聖は含み笑いを漏らし……堪えられず高笑いをあげた。


「ハハハハハッ! 【メタモル】には、是非結果を出してもらいたいな。成功すれば、私は友人の娘を拉致しなくてすむのだから!」

 彼は知らない。この世界で完全に死んだプルートー達が、異世界で『レギオン』となって転生した後でも限定的にしか死属性魔術を扱えない事を。

次話は11月22日に投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ずっとリクドウと読んでいたけど、ロクドウだったか。どこかで読み方を見落としたかな。
てかもう10年近く意識乗っ取られてるマリマジで可哀想
てめえが死ねば良いのにw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ