表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第二章 沈んだ太陽の都 タロスヘイム編
35/514

三十四話 初めての就職、でもダンジョンにはまだ行かない

 ティラノサウルスやトリケラトプスの串焼きに舌鼓を打ち、先日見つかった二百年物のタロスヘイム産古酒をヴァンダルー以外が飲み、ヴァンダルーは代わりに恐竜の血を飲んだり、プレゼントされた恐竜の死体をゾンビにして、動く恐竜展状態にしたりと、三歳の誕生日はケーキが無くても楽しく過ぎて行った。


 ダルシアや元冒険者のカチアに聞いたら、ヴァンダルーがイメージするケーキはまだこのラムダには存在しないらしい。牛乳は在るが生クリームは無く、パンは在るがふわふわのスポンジケーキは存在しない。

 ラムダでケーキとは、小麦粉で作ったパンにバターや砂糖、ジャムや蜂蜜をたっぷりかけた物らしい。


 できれば次の誕生日はホイップクリームをたっぷり使ったケーキを作って、皆も喜ばせたいと思ったヴァンダルーだが、肝心の小麦と牛乳が無かった。

 ダンジョンの宝箱や宝物庫に、小麦の苗や乳牛が入っていたりしないだろうか?


 タロスヘイムでは牛や馬等の家畜は飼育していなかった。肉は魔物を狩ってとるし、労働力としても巨人種は下手な農耕馬や牛よりも力があるからだ。

 唯一飼育していたのはギーガという鳥型の魔物で、鶏代わりにしていたらしい。


 大きさは巨人種の子供ぐらい……つまり、人種の平均身長を若干下回るくらいで、一日一個卵を産むそうだ。ちなみに、嘴も鉤爪も鋭く、更に肉食だ。ランクは2と、そう強い訳じゃないが。

『生きてた頃は毎朝ギーガの生卵をジョッキに入れて飲んだもんだぜ』

 っと、ボークスは笑っていた。ちなみに卵はダチョウの物と同じくらいらしい。


 飼育されていたギーガは二百年前の戦いで全て死ぬか逃げるかしてしまったが、今も魔境やダンジョンで生息しているらしいので、今度捕まえて飼育を再開しよう。

 幸い、餌になる肉は山ほどある。




(あれ? 何を考えてたんだっけ? ……そうだ、ケーキだ。卵はケーキに必要だから、後は――)

「御子、どうなさいました? 先ほどから扉の前をウロウロと」

 冒険者ギルドがあった建物の、ジョブチェンジの儀式に使う部屋の前で現実逃避していたヴァンダルーは、ヌアザに声をかけられ意識を現実に戻されてしまった。


「いえ、ちょっと将来について考えていただけで……」

「そうですか、それは良い事です。しかし、今日はジョブチェンジするのでは?」

「……心の準備が、まだ出来てなくて」


 ジョブチェンジの儀式に必要な物は、無い。

 冒険者ギルドが正しく機能している場合は、部屋の使用料をギルドに支払い、終わった後ギルドの登録証……ギルドカードを受付に提出する必要があるのだが、この廃墟ではそれらを払う必要も、提出する必要も無い。


 ただ部屋に入って、魔法陣の中心に置かれた水晶球に手をかざす。

 そして頭の中に表示されたジョブから、就きたいジョブを選ぶ。

 それで終わりだ。


 就職サイトに登録したり、エントリーしたり、履歴書を書いたり、面接を受ける必要は無い。

 まあ、そういう意味でのジョブチェンジでは無いので当然なのだが。

「……ジョブは魂に刻み込まれると説明されていますが、痛みはありませんよ」

 ヴァンダルーの緊張を勘違いからくるものだと誤解したのか、ヌアザは笑顔を浮かべてそう言う。……多分笑顔なのだろう。乾いた顔の皮膚が引きつったようにしか見えなかったが。


 しかし、表情に関してはヴァンダルーも人の事を言えない。それに扉の前を右往左往していても、時間がただ流れるだけだ。

「……そうですね、では行ってきます」

 っと、ヌアザに扉を開けてもらって部屋に入る。


 部屋は床に魔法陣が描かれ、その中央に台座とそこに安置された丸い水晶球があるだけだった。水晶球は常に淡く輝いていて、神秘的な雰囲気である。

「……さて、俺にジョブは出るかな?」

 ふわりと【飛行】で宙に浮かび、水晶球に手を伸ばす、こうやって飛ばないと、巨人種に合せた高さに在る水晶球に手が届かないのだ。


 そういえば、腕の長いヴィガロや女性でも背の高いバスディアは手を伸ばせば届くとしても、ザディリスはどうやってこの水晶に触れたのだろう? やはり風属性魔術で飛んだのかな。

 そんな益体も無い事を考えながら水晶に触れると、ステータスを開く時と同じように脳裏に文字が表示された。


《選択可能ジョブ 【死属性魔術師】 【ゴーレム錬成士】》


「うわ出た!」

 あっさりジョブチェンジが可能と結果が出て、ヴァンダルーは驚きのあまり魔術を解除してしまい。床に落下した。

 反射的にのけ反ったため、思いっきり後頭部を打ちつける。地味に【危険感知:死】が警報を発して来る。

 幼児の頭蓋骨脆い。


「御子、何か物音が――御子!? 大丈夫ですか!?」

 倒れたまま【高速治癒】スキルと無属性魔術の【治癒力強化】で回復を待っていると、物音に驚いたヌアザが入って来て、密室殺人事件の第一発見者のようなリアクションを取るが、彼が駆け寄って来る前にヴァンダルーは倒れたまま、手で「大丈夫だ、そっとして置いて」と合図を送った。


 頭を打ったので、回復するまで動かされたくなかったのだ。




 様々な窮地を乗り越えて、昨日三歳の誕生を迎え生きると誓ったのに、驚いて後頭部を打ち死亡するという間抜けな最期を遂げずに済んだヴァンダルーは、再び水晶球に触れた。


《選択可能ジョブ 【死属性魔術師】(NEW!) 【ゴーレム錬成士】(NEW!)》


 やはり表示された。

 呪いのせいでジョブチェンジ出来る可能性は少ないと思っていたのに、二つも選択可能なジョブがある。これは普通なら喜ぶべき事だが……。

「何かの罠か?」

 しかし、内心では小躍りしたいのを我慢して、冷静に考えてみる。


 【既存ジョブ不能】の呪いをかけたロドコルテは、ヴァンダルーを絶望させて彼が復讐を諦め、自害する事を望んでいる。なのに、こんなあっさりとジョブチェンジが可能だなんておかしくは無いだろうか?

「そういえば、何でジョブチェンジできるんだ? 経験値自力取得不能の呪いもそうだけど、俺を絶望させたいなら最初からレベルアップ不能とか、ジョブチェンジ不可能の呪いをかければいいのに」


 最初からレベルアップできず、ジョブにも就けないようにすれば抜け穴だって無い。猿はどんなに頑張っても背中から翼を生やして飛ぶことが出来ないように。

 それをしなかったのは、これ等全てロドコルテが仕組んだ巧妙な罠なのではないだろうか? 例えば、この表示されたジョブを選ぶと、最終的に詰むのではないか?


 能力値補正が低く、更に取得すると不利にしかならないパッシブスキルを取得してしまうとか。

 あるか分からないが、【短命】とか【不運】とかそんなスキルだ。この世界では一度習得したスキルを直接封印する事は出来ないので、そんなスキルを習得してしまったら大変だ。


 だが、逆にロドコルテがそんな迂遠な罠を仕掛けるだろうか?

 あの神がこれまでしてきたことは、基本的に大雑把でやった後は転生者に全て丸投げにしただけだ。そもそも、奴はあくまでも輪廻転生の神だ。決して全知全能では無い。


 このラムダでは人間にはレベルがあり、ジョブに就くのが常識だ。逆にいうなら、レベルもジョブも存在しないなら、人間では無いという事になる。

 ロドコルテはヴァンダルーを含む全ての転生者に、オリジンで死んだらこのラムダに生まれ変わるよう仕掛けを施していた。ラムダの人間として生まれ変わる以上、レベルとジョブが存在するという決まりからヴァンダルーだけを例外には出来なかったのだろう。


 だから【経験値自力取得不能】や【既存ジョブ不能】の呪いをかけたのではないか? 神でも条理を無視できないから、呪いの内容が無理矢理になって、それで穴が出来たのか。


 それにロドコルテはこのラムダに存在していない。死者の輪廻転生を司ってはいるが、奴の名前はこの世界の神話に一度も出て来ていない。

 だから奴はもしかしたら、このラムダを離れて眺めているだけで、それほど詳しい訳では無いのかもしれない。


「つまり、ロドコルテが雑で無知だから俺はこうして大きな抜け道を通る事が出来る訳か」

 時々思い出すように疑心と警戒を覚えるが、神だってそんなものだという結論に至るのだった。


 次に、何故これまで誰も就いた事の無いジョブが何か特別な創意工夫をした訳でも、訓練をやり遂げた訳でも無いのに出て来たのか不思議に思うが、少し考えれば不思議でもなんでもない事に気が付いた。

「俺の死属性魔術は、このラムダにこれまで存在しなかった魔術。なら、これまで存在しなかったジョブが出ても不思議じゃないか」


 ジョブシステムは神々が創ったものだが、全てのジョブを神々が作った訳じゃない。何せ、十万年よりもずっと前からある物なのだから。

 例えば、神代の時代には貴族制度は無かったから、【騎士】や【聖騎士】といったジョブは存在しなかった。

 未来に、多分転生者の誰かが黒色火薬と銃というこの世界に無かったものを発明すれば、多分【銃士】や【ガンマン】というジョブが増えるのだろう。


 ……【ゴーレム錬成】もこの世界にとって初めてのスキルらしい事には驚いたけれど。この世界のゴーレムはどうやって作られるのだろうか?

 そうラムダのゴーレムについて詳しくないヴァンダルーは首を捻ったが、後で調べようと思考を切り替える。


「っで、問題はどちらを選ぶかだけど……」

 【死属性魔術師】と【ゴーレム錬成士】。どちらも見習いと頭についていないから、それなりにレベルが上がり難いジョブの筈だ。その分手に入る補正は大きいだろうが、次のジョブチェンジまで早くて数か月、長くて一年以上かかるだろう。


 【死属性魔術師】は、その名の通り死属性魔術に重きを置いたジョブだと推測できる。この属性+魔術師という名称のジョブは他の属性にもある。

 他の属性魔術師の場合は、能力値補正は魔力と知力に大きく、他は小さい。特に力は無きに等しい。スキル補正は名称の属性魔術に大、【魔術制御】等の魔術関連のスキルに中、他の属性魔術のスキルに小といった感じだ。逆に、武術系のスキルは獲得し辛そうだ。


 それと同じだとするなら、やや尖がっているがこれまで使って来た死属性魔術の腕を上げるなら、このジョブだろう。ただ、魔術以外のスキルを上げるには時間がかかるだろう。


 【ゴーレム錬成士】は、類似するジョブの知識が無いから分からない。ただ、多分【ゴーレム錬成】スキルに補正がかかるのだろう。能力値は、どれにかかるのか分からない。多分、知力にはかかると思うのだが。

 ただ【ゴーレム錬成】はこれまでもよく使って来た便利なスキルだ。このスキルを使わなくなる事は十年後も百年後も無いだろう。


「……【死属性魔術師】を選択」

 考えた末、ヴァンダルーは【死属性魔術師】の方を選択した。

 今は王城地下の半壊したドラゴンゴーレムを倒し、蘇生装置を手に入れるという目標がある。だから直接戦闘に役立ちそうな、死属性魔術の上達を優先する事にしたのだ。


 それに【錬金術】もそろそろ手に入れたいし、【ゴーレム錬成】も死属性魔術から派生したスキルなので、もしかしたら【死属性魔術師】のジョブでも補正がかかるかもしれない。


 ジョブを選択すると、脳裏に浮かびあがった文字から【ゴーレム錬成士】が消え、代わりに【死属性魔術師】が大きく表示される。

 そして胸の奥が熱くなったような感覚を覚えた。


「これは……思っていたより凄い」

 そして思わず声に出るほど、体中に力が漲っていた。特に頭の冴えが素晴らしく、脳細胞がバージョンアップしたような感じだ。


《【死属性魔術】、【無属性魔術】、【詠唱破棄】、【魔術制御】、【霊体】スキルのレベルが上がりました!》

《【錬金術】、【魔力自動回復】スキルを獲得しました!》


 しかも脳内アナウンスで一度に大量のスキルのレベルアップと獲得を知る。


 これまで散々使って来たのにレベルが3から上がらなかった【死属性魔術】や、1のままだったスキル、更に修行を始めてもうすぐ二年目だなと思っていた錬金術スキルまで一度に覚えてしまった。

「ジョブのスキル補正、凄い」

 グールの皆が夢中になった訳を、体感で理解したヴァンダルーだった。


 スキルや能力値の確認のために【ステータス】を開くと……




・名前:ヴァンダルー

・種族:ダンピール(ダークエルフ)

・年齢:三歳

・二つ名:【グールキング】

・ジョブ:死属性魔術師

・レベル:0

・ジョブ履歴:無し

・能力値

生命力:50

魔力 :124,906,320

力  :45

敏捷 :22

体力 :49

知力 :112


・パッシブスキル

怪力:1Lv

高速治癒:2Lv

死属性魔術:4Lv(UP!)

状態異常耐性:4Lv

魔術耐性:1Lv

闇視

精神汚染:10Lv

死属性魅了:4Lv(UP!)

詠唱破棄:2Lv(UP!)

眷属強化:5Lv(UP!)

魔力自動回復:1Lv(NEW!)


・アクティブスキル

吸血:3Lv

限界突破:3Lv

ゴーレム錬成:3Lv

無属性魔術:2Lv(UP!)

魔術制御:2Lv(UP!)

霊体:2Lv(UP!)

大工:2Lv(UP!)

土木:1Lv

料理:1Lv(NEW!)

錬金術:1Lv(NEW!)


・呪い

 前世経験値持越し不能

 既存ジョブ不能

 経験値自力取得不能




「おおぉ……思っていたより能力値も上がってるし、ちゃんとスキルも手に入ってる」

 聞いた話では魔術師系のジョブでは生命力や力はあまり上がらないはずなのに、一割程上がっていた。まあ、種族的な物や身体の成長を考慮するとしてもなかなかだ。

 特に知力は三ケタに突入している。頭が冴えるはずだ。


 そして元々一億あったのでインパクトが薄いが、魔力も一千万以上増えていた。凄いな、ジョブチェンジ、ジョブに就いただけで魔力が一千万も増えるよ!

 ……多分上がる能力値の数値は、素の状態の数字×一パーセントの計算で出しているのだろう。魔力の場合、十パーセント上昇だったとか。


 スキルも上がり、今も発動している【飛行】にも手応えがある。今まではフワフワとクラゲのように浮かぶか、魔力に任せて無理に高速で飛ぶかの二択だったが、今ならもっと効率よく飛べる気がする。

 これには【魔術制御】スキルの上昇も関わっているのだろう。


 喜びのあまりスキップでもしたい気分だったが、どうも自分がスキップしている様子は傍から見ると「壊れている」としか思えない物であるらしく、それでまた休養を仰せつかるのは避けたい。

 なので、ヴァンダルーは静かに床に降りると、そのまま静かに部屋を出たのだった。


 さあ、次はレベル上げだ!




 っとはいえ、【経験値自力取得不能】の呪いを受けているヴァンダルーが幾ら魔物を倒しても、レベルは上がらない。

 なので、配下のアンデッドを連れて魔境なりダンジョンなりに行く事になる。ザディリス達と行動を共にするようになってから新しい仲間用のアンデッドを作っていないので、前と同じメンバーでいいかなと思ったが意外な事に同行希望者が殺到した。


『此処の魔境やダンジョンに行くのは初めてだろ? だったらベテランの俺が先導した方が上手く行くぜ、ダンジョンの構造や割の良い経験値の稼ぎ方を、このA級冒険者【剣王】ボークス様が伝授してやるから付いて来い!』

『何言ってんだ旦那、あんたじゃ御子の分まで魔物を切り殺しちまう。御子、魔物狩りなら斥候職のこの俺、ズランに任せときな!』

『いえいえ、やはり必要なのは回復職でしょう。御子はアンデッドを治癒する事は出来ますが、御子自身の怪我を治す魔術は無属性魔術のみ。ここはまだ半人前とはいえ、生命属性魔術が使えるこのヌアザにお任せください』


 『第一印象から決めてました』と言わんばかりに、巨人種アンデッド達が次々に同行を希望する。その数……その場にいた全員だった。


「そういえばヴァンとは一緒に狩りをした事が無かったな。この機会にどうだ? 格闘術も教えられるぞ」

「いや、ここはサリアとリタの師でもある我だろう」

「ねぇ、冒険者の戦い方に興味無い? 私でよければ教えるけど」

「あ、なら俺も」

「じゃあ、あたしも」


 っと、グール達も次々に同行を希望し……


「俺も行きたい!」

「俺も俺も」

「私も行きたいです」

「フゴフゴ」


 更に新種のブラガやゼメド、メメディガにゴーバ達まで手を挙げた。まだライフデッドのお腹の中の胎児まで手を上げているのではないだろうか? そんな妄想まで思い浮かぶほどの大人気だ。

 まだ六月なのに真夏の様な情熱だ。


 これはモテ期か? モテ期なのか?


「でもブラガ達はもう少し後で。ちゃんとおと……スキルを手に入れてからだ」

 迂闊に「大人になってから」と言うと、「キングだってまだ子供じゃん」と返されるのが確実なので、言い直す。実際、既にブラックゴブリンのブラガの方がヴァンダルーよりも体が大きい。


『はーい』

 ブラガ達は意外な程素直に引き下がった。身体の大きさは兎も角、能力値ではまだ彼らよりヴァンダルーの方が高かったし、スキルを獲得しきれていなかったからだ。


 しかし、後はどうやって篩いにかけた物だろう。巨人種アンデッドもグールも、戦闘ではヴァンダルーよりも経験豊かだ。彼のような魔力によるゴリ押ししか出来ない初心者よりも、余程上手く戦える。

 これまではゴリ押しで良かっただろうが、あのドラゴンゴーレムを倒すなら効率の良い戦い方や、仲間との連携を学ぶ必要がある。


 そして誰もがその教師役になり得る。

 勿論戦力としても十分だ。まずはD級ダンジョンの攻略に挑戦するつもりなので、ボークスやヴィガロは過剰戦力だ。多分ヴィガロはダンジョンボスと同格か、上回るだろう。ボークスの実力ならD級ダンジョンに出る魔物はボスも含めて雑魚だろうし。


「よし、リバーシで決めよう」

『盤と駒持って来い』

「いや、ちょっと待ちましょう。この人数でリバーシだと、決まるまで何日もかかるじゃないですか」


 ヴァンダルーが考え込んでいると、今タロスヘイムで流行しているリバーシのトーナメントで決める流れになっていた。こうなったらさっさと【ゴーレム錬成】で即席のクジでも作ろうか。

「坊や!」

 そう思っていると、ばっとザディリスが駈け込んで来た。彼女も同行希望者だろうか。


「ビルデが産気づいた!」

 っと、思ったら急報だった。

「それで容態は?」

 ビルデが妊娠したのは去年の九月。そして今は六月下旬の後半。やや十月十日には足りないが、そう致命的な早産では無さそうな時期だ。


 それに定期的に【霊体化】でエコー診断代わりに体内の胎児の様子を見ていたので、医療ドラマで見るような厄介な疾患は無いはずなので、ヴァンダルーは落ち着いていた。

 落ち着いていたが、グールの少子化問題に取り組んでいて、魔術で妊娠に流産の予防にと色々してきたビルデがいよいよ出産するというのだ。気にならないはずが無い。


「それは問題無いはずじゃ。まあ、初産じゃから長くなるじゃろうが。っと、いう訳で行くぞ」

「……はい?」

 しかし、まさか連れて行かれるとは予想していなかった。ザディリスにひょいっと持ち上げられ、そのまま連れて行かれる。流石見た目は十代半ばでも【怪力】スキルを持つグールの長老だ。


『あっ、まだ決めてねえのに』

「そういう事情なら仕方ないだろう」

 そして見送ってくれる皆。……何が仕方ないのだろうか?


『坊ちゃん、こういう時男が情けない姿を見せますと、尻に敷かれてしまいますので毅然とした態度で臨まれると宜しいかと』

「サム、何故ビルデが俺を尻に敷くんですか?」

 ヴァンダルーとビルデは別に結婚している訳でも、お腹の子がヴァンダルーと血縁がある訳でも無いのだが。


『坊ちゃん、頑張ってください!』

「いや、産むのは俺じゃなくてビルデだから」

 サムもリタも、ヴァンダルーを見送る方向のようだ。サリアも手を振っている。


「あの、俺はどういうポジションで呼ばれているのでしょうか?」

 ビルデの容態に問題が無ければ、産婦人科の専門知識がある訳でも産婆でも無いヴァンダルーの出る幕は無いはずなのだが。しかしザディリスは彼を小脇に抱えたまま答えた。

「うむ、突発的な緊急事態が起きたら坊やの手を借りたい。後ビルデが手を握っていて欲しいそうじゃ」


 ……医者兼夫ポジション?

「分りました」

 グールには結婚という概念が無いし、単に信頼され頼られていると考えよう。それに俺、グールキングだし。

 そう納得する事にした。


 まあ、これも冒険といえば冒険だ。出産は科学が進んだ地球でも命がけなのだし。

 ……経験値は入らないだろうが。

次話は10月14日に投稿予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ