二百七十八話 再戦……ではなく観察
ジョブチェンジを終えたヴァンダルー一行は、ユラク町長から町を挙げての歓迎を受けた。
宴が開かれ、ガルトランドの名物である茸や海産物、毛長象や巨大ナマケモノ等他では見ない珍しい魔物を使った料理が振る舞われた。
「このイルカ、鱗があるんだね」
「プリベル、それは魚竜という水棲の恐竜らしいですよ」
「そうなの!?」
驚くプリベルだが、実はヴァンダルーも知らなかったが、魚竜は恐竜ではなく水棲爬虫類である。少なくとも『地球』では。この『ラムダ』での分類は不明である。
「オーム貝のフライに、巨大ナマケモノのタンも絶品じゃぞ」
魚竜の姿焼きや、様々な肉のバーベキューにヴァンダルー達は舌鼓を打った。
そして、ヴァンダルー達も振る舞われるだけではなく、手に入れていた食材を気前よく振る舞った。
「これは初めて食べる味ですね」
「それはヒトデです。俺も初めて料理しましたが、ここの茸のソースのお蔭で上手くできたと思います」
「ヒトデ!? ヒトデを調理したのですか!? それもこんなに……集めるのが大変だったのでは?」
ユラク町長が食べていた料理が、ヒトデだと知って目を丸くした。そして宴には、彼が食べたものと同じヒトデ料理がまだまだ並んでいる。
この料理のために何千、何万匹ものヒトデを使ったのだろうかと想像し、それに必要な労力を考えると気が遠くなるユラクだったが、ヴァンダルーの次の言葉で納得した。
「いえ、『ヒトデの獣王』がバラバラになる前にグファドガーンが集めてくれたので、特に大変ではありませんでした」
ヒトデとは『ヒトデの獣王』レポビリスの事だった。可食部位の少ないヒトデでも、全長百メートル以上の巨体なら、かなりの量になる。
味は同程度の強さの魔物と比べると大分落ちるが、それでも並の食材よりは美味い。
『その節はお世話になりました』
「いいえ、見事な戦働きだった」
レポビリスを倒した骨人と、集めたグファドガーンがそうお互いを労う。その向こうでは、ボークス達と氷雪系巨人種達が杯を交わしていた。
元は同じ巨人種同士、気が合うのだろう。
「この肉は硬いが、噛めば噛むほど豊かな滋味が染みだしてくる」
「いったい、何の肉なのだ?」
『おう、ラダテルって巨人の肉だ』
「ごぶっ!?」
だが、氷雪系巨人種達は真なる巨人を食べる事に、まだ抵抗があったようだ。思わず吹いて、肉を吐き出しそうになる。
『折角のお肉がもったいないよ。このままだと無駄になっちゃうし、他の獲物のように感謝して食べてあげないと』
しかし、そうジーナが言うと、氷雪系巨人種達も「そう言うものか」と考え直したようだ。
「……そうだな。狩りの獲物と同じように、食えるなら食ってやらないとな」
「食って相手の命に感謝を捧げる。それは真なる巨人だろうが、獣王だろうが、変わらない。さすが、地上のヴィダの神官様は言う事が違う」
ガルトランドでは、ポヴァズやゾーザセイバの主神としてヴィダが信仰されている。そのため、ヴィダの御使いを降ろす事が出来るジーナは、特別な存在と見なされていた。
『そうそう、食べないと無駄になっちゃうからね』
だから食の忌避感を抑えてしまう程には、尊敬されているのである。
ちなみに、ズヴォルドの肉は主にピートが食べているので、宴に供されていなかった。
そして宴が済んで次の日、十分に英気を養ったヴァンダルー一行は、ドーラネーザやデディリア、そしてユラク町長を加えた仲間達と共も話し合った。
ガルトランドから遠く離れたヴィダル魔帝国や、アルクレムに居るメンバーもグファドガーンの【転移】によって集まっている。
『方針って言っても、またすぐ殴り込めばいいだけじゃねぇか? 敵の数や構成も、あの龍やヒトデの霊から聞き出したんだろ?』
地上に集まっている『岩の巨人』ゴーン達の戦力は、数も特性も『大渦龍神』ズヴォルドと『ヒトデの獣王』レポビリスの霊から聞き出している。
敵の数はやはり亜神を中心とした約三十柱で、現場指揮官は『岩の巨人』ゴーン。『轟雷の巨人』ブラテオ、そしてヴァンダルー達はまだ直接戦っていないが『大海龍神』マドローザ等が副官格だ。……ブラテオは副官という感じではなかったが。
それらの情報を参考に、地上へ再び殴り込みを仕掛けるのは、実は悪い提案ではない。寧ろ常道である。
『ヂュウ。敵は先の戦いで数が減っています。対して、こちらはダルシア様やゴドウィン殿、レギオン、そしてルチリアーノ達が加わり、戦力は格段に上がりました。
主よ、敵が新たな戦力を補充する前に仕掛けるべきかと』
「私も戦力に入っているのかね!? 出来ればここで暫く、ホムンクルスや新発見されたヴィダの新種族を研究する事に、専念したいのだが」
ルチリアーノが、自分も戦力に含まれていると知って、慌てて声をあげる。ベテランの前衛職が揃っている事が前提だが、彼もA級ダンジョンの攻略に参加できる程の実力を持っているのだが……性格は実力の高低に影響を受けないようだ。
「まあ、ルチリアーノはそのために来てもらったので、研究とガルトランドの魔術師達との技術交流に専念してください」
そう彼が言った途端、両手でバンザイをするルチリアーノ。喜ぶ弟子から視線を外したヴァンダルーは、ボークス達に向き直って語った。
「確かに、これから態勢と戦力を整えて、封印されているボティンの元へ突貫する事も可能です。場所も、ポヴァズ達のお蔭で分かりましたし」
ガルトランドの神々は、マリスジャファー以外は元魔王軍所属でボティンが魔王グドゥラニスに封印された場所を知っていた。しかも、魔王が倒された後大陸から離れたグファドガーン達と違い、十万年の間大陸の地下に潜んでいた。
魔素による重篤な汚染で大陸の形が変化し、空間や重力が歪んでいても、ボティンが封印されている場所は把握し続けている。
『この大陸を見捨てたアルダ達も、封印の様子だけは注意し続けていたからな。迂闊に近づくと我々とガルトランドの存在に気がつかれるかもしれないので、常に気を付けていたのだ。多少の誤差はあるかもしれんが、空を飛ぶ船を持つお前達の機動力なら、問題にはならないだろう』
ガルトランドの神々を代表して、亜神であるゾーザセイバがそう説明した。
そしてヴァンダルーが再び口を開いた。
「挑めば俺達はゴーン達に勝ち、封印されたボティンの元に辿りつくでしょう。
ですが、今度はゴーン達も態勢を整え、前のような不手際は起こさずに俺達を迎え撃つでしょうから、厳しい戦いになる筈です。犠牲が出るかもしれませんし、ボティンが封印されている場所に到達できても、封印を解くのにどれくらいかかるか分かりません」
魔王の大陸に到達したばかりの時に受けた、ゴーン達の待ち伏せ。その時は『雷の巨人』ラダテルと『大渦龍神』ズヴォルドの先走りによって、不完全な状態だった。それゆえ、包囲網が完成する前に撤退する事が出来た。
しかし、総力戦になれば戦いは激化し、一行の中でやや実力的に劣るクワトロ号や『死海四船長』、アンデッド船員に犠牲者が出るかもしれない。
それに、そうしてゴーン達に勝ってもボティンにかけられた封印をすぐ解けるとは限らない。
これまでヴァンダルーは、自分の魂に施された呪い以外の呪いや封印を幾つも解いて来た。その中には、神や勇者が施したものも含まれている。
しかし、魔王グドゥラニスが自ら施した封印に触れるのは初めてだ。ほんの数秒で解けるとは限らない。一時間や二時間、もしかしたら半日以上かかるかもしれない。
……こう説明すると、短い時間のように思うかもしれないが、戦闘の最中に行うには長すぎる時間だ。
勿論すぐに解ける可能性もあるが、それを当てにするのは危険すぎる。
『なら、ゴーン達を全滅させてから封印を解けば良い。それに犠牲がでる可能性って言っても、これまでと同じだぜ。
戦力を集めて、準備万端に整えても殺し合いだ。魔境での狩りだろうがダンジョンの攻略だろうが、死ぬ可能性はある。あるが、それを恐れちゃ飯の種は手に入らねぇ』
『ボークスは、これまでと同じように過度に恐れる必要はないって言いたいみたい。まあ、それには私も同感だし……準備を整えて、クワトロ号だけじゃなく小回りの利くサムも投入して、深淵原種吸血鬼の人達も集めれば犠牲も出ないんじゃないかな?』
『勝負が終わったら、すぐ境界山脈に戻ってもらわないと拙いけど。他の亜神が境界山脈に攻め込んでくるかもしれないし』
ジーナとザンディアがボークスの意見に頷き、出るかもしれない犠牲をゼロにする方策を出す。敵である約三十の亜神は脅威だが、ヴァンダルー達にも二十人以上の原種吸血鬼達がいる。
境界山脈内部の守りが手薄になるのを恐れなければ、魔王の大陸の亜神戦力を圧倒する事も出来るだろう。
「ボークス達もそう言っているし、ゴーン達を倒した後封印を解けば、それでいいんじゃないの?」
プリベルがそう尋ねるが、ヴァンダルーは首を横に振った。
「いいえ、ゴーン達を全滅させても、新たに神や英霊が現れるかもしれません。魔王の大陸にはいくつか疑似的な神域があるようです。前の戦いの時、角笛や陣太鼓を持った神が来ていたのが見えましたから」
亜神達は物理的な肉体を持っている。そのため、【転移】で瞬間移動でもしない限り、他の場所から魔王の大陸にはせ参じるためには海を泳ぐか、空を飛ぶしかない。
だが神は肉体を持たない分、ほんの数分で移動してくる。地上が疑似神域になっていれば、降臨する事も可能だ。
そして地上には、ゴーン達によって幾つもの疑似神域が創られている。ラダテル達は、疑似神域が創られている事自体は知っていたが、その数や正確な位置は知らなかった。
殺された時ヴァンダルーに情報が渡らないよう、敢えて知らされなかったのか、それともただラダテル達にとって必要ではないので、知ろうとしなかったのかは分からないが。
分かっているのは、ボティンが封印されている近くにも必ず疑似神域があるだろうという事だけだ。
「連中は失礼な事に、どうやら俺がボティンの魂を喰うためにやって来たと思い込んでいるようです。それを防ぐためなら、戦力を追加で送り込んでくるでしょう」
疑似神域は作ったゴーンや、シリウス達を倒しても残る。そこに次から次に神や英霊が降臨したら、キリがない。
「では、一気に突貫するのではなく、敵の戦力を削っては退くのを繰り返してはどうかしら?」
敵に援軍がある可能性を考えたエレオノーラは、そう提案した。
「神と言っても……いいえ、神だからこそ一度受けたダメージがすぐに治る事はないはずだし、新しい即戦力を魔王の大陸に集めるには時間がかかるはずよ。対して、私達はヴァン様がいれば幾らでも回復する事が出来る」
戦いで消耗した魔力は、ヴァンダルーが【魔力譲渡】をすれば補う事が出来る。ヴァンダルー自身の魔力は【魔力常時回復】スキルと【魔力回復速度上昇】スキルのお蔭で、常に回復している。倒した亜神やベルモンドの血を飲めば、【統血】スキルの効果で回復はさらに早まる。
怪我をした場合でも、ブラッドポーションに、ダルシアやジーナ、ザンディア等の魔術がある。
その気になれば、一日に二度以上ゴーン達を攻める事も出来るだろう。
「そうして短い間隔でヒット&アウェイを繰り返し、相手が数を減らしたところで突っ込んで全滅させる。そしてヴァン様が封印を解いている間、私達がヴァン様をお守りすればいいのよ」
『なるほど。それに、もしヴァン様を守るのに戦力が足りなければ、そしてボティンに掛けられた封印を解くのに時間がかかりそうなら、ヴァンダルー様に補充用の使い魔王を創ってもらえば良いのね』
アイラがエレオノーラの提案した作戦を内心苦々しく思いながらも補足し、肯定する。ライバルが良さそうな作戦を立案したのは気にくわないが、個人的な感情だけでエレオノーラの脚を引っ張ろうとする姿を、ヴァンダルーに見せたくないからだ。
実際、エレオノーラの提案した作戦はゴーンが最も恐れているものであり、実行すれば一定以上の効果をあげるのは間違いない。
しかし、このままエレオノーラの提案を通す訳にはいかないと、粗を突く。
『しかし、ヒット&アウェイを繰り返すそうだけれど襲撃と撤退の方法を考えているの? 次からもガルトランドに逃げ込む事が出来るとは限らないし、【転移】を使って逃げるなら、敵も何らかの方法でそれを止めようとするはずよ』
『そうね。特に【転移】対策は向こうもしてくるでしょうし。そう考えると、昨日【転移】じゃなくて、ガルトランドに逃げ込めたのは幸いだったかもしれない』
『ドルトンからも忠告されたしね』
アイラに痛いところを突かれたエレオノーラが顔を顰め、さらに、レギオン達はゴーン達が【転移】対策をしていた可能性について言及する。
『グファドガーン! 空間属性の邪神と見込んで尋ねるが、ゴーン達が君の【転移】を邪魔する事は可能なのか!?』
「可能です、ワルキューレ。偉大なるヴァンダルーがレポビリス達の霊から聞き出したところによると、あの戦場では空間属性の神が幾柱か、潜んでいました。彼らなら、私の【転移】を妨害し、発動を遅延させる事ができるでしょう」
「出来るんだ……じゃあ、ますますドーラちゃんに招いてもらって良かったね。いざ、【転移】で逃げるぞって時に邪魔されていたら、隙を突かれていたかもしれないし」
『たしかに。予定していた逃走が止められれば、我々も動揺していたはず』
プリベルとミハエルが口々にそう頷く。
ただヴァンダルー達は知らないが、空間属性を司る大神ズルワーンの従属神で、元人間の従属神は全てヴィダ派についた。アルダ勢力についたとされる神々は、自我を持たない魔力から創られた御使いが昇華した神ばかりだった。それも、何が起きても世界の維持管理を行うようズルワーンから指示を受けた神ばかりだ。
だから、実際はアルダ勢力にズルワーンの従属神がいる訳ではない。
世界の維持管理を行っているズルワーンの従属神の近くに、アルダ勢力がいるだけだ。
だが、ヴィダとアルダの戦いから十万年以上が過ぎており、空間属性に適性のあるアルダ信者の内、大きな功績を遺した者も何人かいた。本来なら、そうした者達は「空間属性魔術も使える、『法命神』アルダの従属神」になるはずだった。
だが、アルダはそうした者を、自分の勢力の一員であると思い込んでいるズルワーンの従属神の元に連れて行き、空間属性の神として認めるよう、要請した。世界の維持管理を行う神の数に不安がある、ズルワーンの従属神を増やすために。
そして、自我を持たないズルワーンの従属神は、『世界の維持管理のために』 という理由で、ズルワーンの代理として要請に従った。
こうして、「元アルダ信者の空間属性の神」が何柱も誕生してしまった。アルダが意図した事ではないが、空間属性の神となった事で彼らの空間属性魔術は人間だった頃の技量に神としての権限が加わり、強力なものになっている。
空間属性に特化した、『迷宮の邪神』グファドガーンにある程度対抗できる程にまで。
ズルワーンとしては想定外の事態で、アルダを『天然って怖い』と評していた。
しかし、誰も神殿まで訪ねてズルワーンに説明を求めようとしないまま、話し合いは進んで行く。……ある意味、かの神は信用されているのかもしれない。
「そうなると、撤退するには普通に逃げるか、魔王の大陸から遠く離れた場所から【転移】しないといけない訳ね」
「それと、直接ガルトランドに【転移】するのは避けた方が良いと思うの。伝説的な空間属性の魔術師は、他人が【転移】した痕跡を辿って、行き先を特定できるって聞いた事があるわ」
「それじゃあ、ますますヒット&アウェイはダメね」
ダルシアの提案に、エレオノーラは苦笑いを浮かべて自身の案を下げようとした。しかし、ヴァンダルーはそれに待ったをかけた。
「いえ、エレオノーラの案は良い案だと思います。それで俺の案なのですが、ゴーン達に俺達の作戦をヒット&アウェイを繰り返し、戦力を削る事だと誤解させ、その間に――」
ヴァンダルーが魔王の大陸に姿を現した二日後……ガルトランドで彼らが作戦会議を行った翌日……再び彼等は魔王の大陸の近くに出現した。
バーンガイア大陸のアルクレム公爵領にヴァンダルーの姿があったが、今度は『角笛の神』シリウスも最初から偽物を疑い、いつでも魔王の大陸の疑似神域に降臨できるよう待機していた。
まだ負傷者が回復しきらず、戦力が回復していないゴーン達も、先走るラダテルや『大渦龍神』ズヴォルドがいなくなった事で、今度はスムーズにクワトロ号を包囲する事に成功した。
『今度こそ倒すのだ! だが、奴の『界穿滅虚砲』だけは何としても回避しろ! 直撃すれば死は勿論、魂の消滅は避けられんぞ!』
『分かりきった事をごちゃごちゃと、喧しいぞ!』
ゴーンの指揮に従いながらも、『轟雷の巨人』ブラテオと『大海龍神』マドローザはそれぞれ息子の仇を討つべく、クワトロ号に接近する。
大砲型使い魔王が連射する卵弾や、音波攻撃型使い魔王の【叫喚】攻撃を掻い潜り、甲板から怪光線を放つヴァンダルーに、轟雷を纏った拳や龍のブレスを叩きつけようとした時、気がついた。
『これは、偽物!?』
クワトロ号の甲板にいるボークスやプリベル、アンデッド船員達は、よく見れば彼等そっくりに成形、彩色されたストーンゴーレム。そしてヴァンダルーだと思ったのは幻で、大人の頭ほどもある無数の【魔王の眼球】が【魔王の宝珠】に幾つも連結された、怪光線を放つ事に特化された使い魔王だった。
『しまった、これは罠だ!』
『全員、身を守りなさい!』
ブラテオとマドローザは咄嗟にそう叫んで身を翻すが、それを見つめる使い魔王の虚ろな瞳は「もう遅い」と嘲笑っているようだった。
そして、次の瞬間クワトロ号は太陽のように輝くと、大爆発を起こした。
『ぎああああああああ!』
『親父殿っ!? ぐあっ!?』
『ぐあああっ! 魔術の盾を何かが突き抜けて来るだと!?』
衝撃に打たれ、炎に焼かれた龍や巨人が海に墜落する。咄嗟に魔術で障壁を作り、炎と爆風を防いだ者もいたが、爆風に混じって飛来した無数の【魔王の角】や【結晶】、【骨】の飛礫が、その障壁を貫き、亜神達に突き刺さった。
『これは自爆……いや、最初から囮に釣られて集まった儂等を殺すための罠か!』
ゴーンは偽クワトロ号から離れており、そして幸運にも彼が作り出したのは魔力ではなく、魔力で創りだした岩の壁だったため、自分と周囲の仲間を【魔王の欠片】の飛礫から守る事が出来た。
しかし、悔しげな唸り声をあげずにはいられない。
一昨日のように、『剣王』ボークスや『癒しの聖女』ジーナ達が船から飛び出さなかった事に対して怪しまず、ヴァンダルー達を倒すか、追い返す事に必死になり過ぎたせいで、まんまと罠にかかってしまった。
前回の戦いで受けた被害と戦力の低下から回復していなかった事で、焦り過ぎたのだ。
……前回の戦いの傷が深い者を連れて来ていなかったのは、不幸中の幸いと言えるが。
『くっ、動ける者の半分は海に落ちた者を助けに行け! 残りは周囲を警戒しろ! 近くに本物が潜んでいるかもしれん!』
そう指示を出しながら、仲間の状態を確認する。海に落ちた者達は重傷だが、死んではいない。飛礫の被害も、偽クワトロ号から距離を取っていた者はさほど重くはない。……飛礫には毒も塗られていたが、強靭な亜神の生命力を直接脅かす程の毒ではないようだ。
自慢の鎧のお蔭で飛礫を防げた『鉄の巨人』ナバンガーは、偽クワトロ号が浮かんでいた辺りを見つめて呻いた。
『ブラテオとマドローザ殿は……やはり助からなかったか』
二柱は爆発の衝撃と無数の飛礫を、近距離で受けたのだ。命を落としていたとしてもおかしくない。
勝手な行動も多く、指示に従わない事も珍しくなかったが、防衛隊にとって大きな戦力だった二柱の喪失は大きかった。
『ぐうぅ、危ないところだった……』
だが、次第に薄くなってきた煙の中から、マドローザを背負ったブラテオが姿を現した。ゴーン達が驚きの声をあげながら駆け寄る。
『ブラテオ! 無事だったのか!?』
『フン、この有様が無事に見えるか? 儂とマドローザも肉体を強化していた事と、咄嗟に発動させた気休め程度の防御魔術……そして貴様が潜ませていた空間属性の神連中のお蔭で、生きてはいるがな』
ゴーンが驚いて振り返ると、そこには彼がグファドガーンの【転移】を妨害するために潜ませておいた空間属性の神、『鏡像の神』ラーパンがいた。
『指示無く動いた事は、申し訳ない。ただ、この状況では動いた方が良いかと』
ラーパンは咄嗟に空間を曲げ、ブラテオ達を守ったのだ。完全にとはいかなかったが、二柱が致命傷ではなく重傷で済んでいるのは、彼の手柄である。
『そうか……いや、お前達の判断に感謝する。良くやってくれた。あの船が偽物だった以上、逃亡もあり得ないのだから、結果的には助かった』
偽物のクワトロ号の船内には、ゴーン達を引きつけるまでの短い時間【飛行】するための使い魔王と、前回見せた大砲型と音波攻撃型使い魔王。それ以外は、火薬の役割を果たす【魔王の脂肪】と、殺傷力を上げる為に金属片の代わりに【魔王の角】等で満たされていた。
対人爆弾ならぬ、対亜神爆弾をヴァンダルー達は送り込んできたのだ。……使い魔王がヴァンダルーの分身である事を考えれば、ある意味自爆でもあるが。
『まさか、これから本物が攻めて来るのでは!?』
『いや、これ程の威力だ。奴としても簡単に作れる代物ではあるまい。それはないのではないか?』
『どちらにしても一旦退くぞ! ブラテオとマドローザ、そして我々の傷を手当てしなければならん』
そして、ゴーン達は魔王の大陸に確保してある安全地帯へ向けて、速やかに、だが魔境の魔物と遭遇しないよう慎重に撤退したのだった。
……それを、小さな胴体と蟲の羽を持つ偵察型使い魔王の複眼を通して見ていたヴァンダルーは、思った。
(やはり空間属性の神がいましたか。【転移】で撤退する際には、気を付けないといけませんね)
○魔物解説:ホムンクルス
【錬金術】によって創られた人工生命体。厳密に言えばゴーレムやライフデッドもそうなのだが、ホムンクルスの場合鉱物や死体等の素材に生命を吹き込むのではなく、生命を人為的に誕生させるため人工生命体と呼ばれる。
培養装置の中から出ると生命を維持する事が出来ず、胎児に似た姿のものはホムンクルス。対して培養器の外に出る事が出来る、人間の大人(十代半ばの少年少女から老人まで)そっくりの姿のホムンクルスはヒューマノイドホムンクルスと呼ばれる。
ただ、並の錬金術師では人間そっくりなヒューマノイドホムンクルスを創る事は出来ない。そのためには高額な素材と、卓越した技術力か、ホムンクルスをこの世に生み出したとされる邪悪な神々との契約や、加護が必要となる。
そして作成の際に必要な資金は、オルバウム選王国の場合素材の調達だけで百万バウム以上かかると言われている。
ただし、人造の人間を創りだす事から、命を弄ぶ行為であるとしてアルダ神殿と、一部のヴィダ神殿はホムンクルスの創造を厳しく非難しており、多くの国で法律によって禁止している。
また魔物と分類されているが、それは便宜上であり、魔境やダンジョンで自然に発生する事はない。そのため冒険者ギルドでホムンクルスの討伐依頼や、素材の採集が依頼される事はない。
……法を犯した錬金術師の討伐や逮捕を依頼される場合はあるが。
ホムンクルスのランクは低く、特殊能力を持っている事も少ない。ホムンクルスは人造の人間であるため、人間に似せて作られているためだ。ただし、経験を積んだヒューマノイドホムンクルスの中には高度な魔術を唱える事が出来る者がいたと文献に記されている。
○以下、ルチリアーノ著
ガルトランドのホムンクルス達は、神がその試行錯誤の末に完成した存在だけに本物の人間に限りなく近い。外見は人種、ドワーフ、エルフの三タイプに分かれており、外見だけではなく能力値もそれらしくなっている。例外は魔術の適性で、どのタイプのホムンクルスも人種と同じように全ての属性の適性を持つ可能性がある。
ヒューマノイドホムンクルスの場合のランクは2で、その後ハイヒューマノイドホムンクルス、エルダーヒューマノイドホムンクルス、とランクアップしていく。しかし、幾らランクアップしても姿は変わらないようだ。
また、ランク4のエルダーヒューマノイドホムンクルス以降はランクアップしないようだ。以降はジョブチェンジを重ねて成長していく事になる。
ガルトランドのホムンクルス達は温厚で理性的であり、また高い知識を有している。地底世界で暮らしているため外の世界の事に疎いが、それは閉鎖的な場所で暮らしていた為で彼らの能力が人間に対して劣っている訳ではない。
彼らを見た後地上のチンピラやゴロツキ、山賊の類を見ると、どちらが本物の人間か分からなくなりそうだ。
9月19日に279話を投稿する予定です。




