二百七十四話 逃げる魔王一行と間に合わなかった援軍
神は神託を下した。
『遥か彼方より天翔ける船にのり、深淵が死を率いて訪れん。汝、深淵を招くべし。さすればかの者は地を統べ、光を喰らうであろう』
だからこそ彼女は待っていた。様々な毒や強酸が混ざり合わずに隣り合い、毒々しいマーブル模様をなしている海の中で。
毒素や強酸は、彼女の【魔王の欠片】によって完全に防がれている。しかし、瞼を開けるだけで目を痛めそうな明るいピンクの海を見て、待つのは暗い緑色の海にすればよかったと後悔する。
しかし、彼女が持つ【欠片】である【魔王の粘液腺】で出す粘液は、暗い緑の海の強酸よりもピンクの海の精神毒の方が耐えられる時間が長い。
常に【魔王の粘液腺】を発動させ続けていれば、何日でも耐えられるのだが……それでは【魔王侵食度】が瞬く間に上昇してしまうので、彼女の精神の方が耐えられない。
そのため彼女は【魔王の粘液腺】を発動するのは、纏うための粘液を分泌する時だけにし、後は眠らせる事にしていた。【魔王の粘液腺】を停止しても、分泌した粘液は残るからだ。
彼女はこの方法で長年【魔王侵食度】のレベルを低いまま維持している。
(しかし、最近妙な感覚を覚える事が増えた。妙な昂揚感や、何かを焦らされている焦り……これも『深淵』とやらのせいか?)
それらの感覚は、【魔王の粘液腺】を発動させた瞬間や、直後に覚える事が多かった。だとすると、この忌々しい【魔王の粘液腺】の影響だが……。
(そう、忌々しい、だ。忘れてはならぬ。我が一族がこれまで纏まって来られたのは、神への信仰と欠片を守るという使命故。そして、忌々しい『五色の刃』から受けた傷に耐えられたのも、生き残った一族を連れてバーンガイアからここまで逃げ延びられたのも、この欠片の力だ。
だが、これは忌まわしい魔王グドゥラニスの一部。惑わされるな)
そう自分に言い聞かせる彼女だが、この日は妙だった。発動していない欠片が疼き続けているのだ。
これが『深淵』が訪れている証拠なのかもしれないと思う彼女だが、空を仰いでみても、天翔ける船とやらは見えない。
余程高い場所に浮かんでいるのか、雲に隠れているのか。そう考えていると、大気が震えた。
「ん?」
そして、空から何かが落ちて来た。彼女がいる魔境化した海、魔海から離れたまだ魔境化していない普通の海に落ちたようだが……山のような水柱が上がり、彼女のところまで波が押し寄せた。
驚いて再び空を見れば、十柱以上の巨人や龍がはるか上空を飛んでいるのが見え、彼女は慌てて海中に潜った。
(これが深淵が来たという事か! 早く妾の所に来てくれ、深淵よ! だが、間違っても妾の上に巨人や龍を落としてくれるでないぞ!)
その頃上空では、激しい空中戦が繰り広げられていた。
巨人や龍の放つ雷撃やブレス、そして魔術と、クワトロ号から放たれる怪光線や卵弾、武技や魔術の激しい応酬。
戦況は、今のところ互角だった。
(互角、か)
自身も戦いに参加しながら、『岩の巨人』ゴーンは胸中で苦々しくそう呟いた。
十万年以上前の魔王との戦いに加わりながら生き延びた彼は、『法命神』アルダを頂点とする勢力の巨人の中でも古株で、幹部と見なされている。
そのため、魔王の大陸に封印された『大地と匠の母神』ボティンの護衛と、ヴァンダルーの手の者が大陸に近づいた場合の防衛作戦の指揮官を任された。
彼はボティンの従属神ではなかったが、『岩の巨人』の名を主神であり父であるゼーノより与えられており、土属性の大神である彼女とも親交があった。
それに、ボティンの従属神の内三分の一は十万年前、愚かにもヴィダに味方し、偉大なるアルダと勇者ベルウッドと袂を別った。今では、その多くがヴィダ派の神として封印されている。
残りの三分の一はボティンと共に封印されており、アルダ勢力には残った三分の一ほどしか属していない。
この十万年の内に多少は新しい土属性の神が誕生したが、元々の信者の数がアルダやナインロード達と比べると少ない為、在りし日の数まで回復するには至っていない。
そのため、ゴーンが指揮する護衛部隊には土属性の神は数えるほどしか参加しておらず、しかも今この場には居なかった。
代わりに多いのが、彼と同じ真なる巨人、龍、そして獣王達亜神である。
ゴーンは神ではなく亜神を主戦力としてその特性を利用する策を考え、ヴァンダルーの手の者が現れたら迎撃する作戦を立てた。
すなわち、数の暴力で圧殺する!
数十柱の亜神で攻め、ヴァンダルー達を海の藻屑にするのだ。
別にヴァンダルー達を侮っている訳ではない。ゴーンと同じく亜神である邪神派の原種吸血鬼共や、『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカ、『記録の神』キュラトス、そして寄り代に降臨した『雷雲の神』フィトゥン。
これ程の神々を倒した存在を、侮れるはずがない。
そして、彼が集めた亜神達の中には手練れもいるが、それ以上に亜神として最低限の力しか持っていない者もいる。ヴァンダルーがボティンの封印に向けて突撃を敢行した場合、止められるとは限らない。
最も恐ろしい展開は、ヴァンダルーが攻撃と撤退を繰り返すヒット&アウェイ戦法を繰り返し、ゴーン達が各個撃破される事だ。
この魔王の大陸の大きさに対して、ゴーン達は少ない。神の五感と速さがあれば目は届くが、ヴァンダルーから封印されたボティンを守るためには少数のグループに分かれ各地に配置するしかない。
そこを襲われ、少しずつ数を減らされれば、最後は封印されたボティンの傍で防衛戦を行うしかなくなる。そこでアルダの『試練のダンジョン』を破壊したような大魔術を行使されれば、ボティンに危害が及ぶかもしれない。
だからゴーンはヴァンダルーの手の者が現れても立ちはだからず、隠れたまま包囲網を完成させる事を優先した。そしてヴァンダルー達がこちらに気がつく前に、全方位からの集中攻撃を行い、圧倒的な攻勢でヴァンダルーの手の者に対応される前に倒しきる。そんな作戦を立案した。たとえ、ヴァンダルー本人が来ていたとしても、数の力で押しきれる程の戦力を揃えて。
勿論、グファドガーンの存在も忘れてはいない。あの邪神の空間属性魔術を妨害するために、空間属性の神三柱に協力を取り付けた。彼等は全員若い神で、実力はグファドガーンに遠く及ばない。だが邪神がヴァンダルー達を【転移】させようとしたら、彼等の力で数秒から数十秒それを止める事は出来る。
そして、その一分未満の時間で身動きが取れないヴァンダルー達を倒す算段だった。
肉体を持つが故に地上でも全力を振るう事が出来るという、亜神の強みを最大限発揮し、驕った魔王に目に物見せてやるつもりだった。
(だと言うのに! 何だ、この有様は!?)
しかし、現実はそう上手くいかなかった。
ヴァンダルーの手の者らしき不審な船が現れたと、隠れたままゴーン達に報告するはずだった見張りの巨人と龍が、魔王とヴィダに対する憎しみを抑えられず自分達だけで襲い掛かってしまったのだ。
その直後、狼煙代わりに上がった巨大な二つの水柱によってゴーン達は緊急事態に気がつく事が出来たが……すぐ集まる事が出来たのは、予定していた数の三分の一未満。お蔭で、包囲網は穴だらけで、戦力も足りない。
肉体を持つが故に、亜神である巨人や龍は物理的な影響を免れる事が出来ない。ゴーン達から見て大陸の反対側に配置していた戦力が、地上を走り、空を飛んでここまで駆けつけるのに時間がかかっているのだ。
『何を嘆いておる! 戦場では予想外の事が起きるのが当然である事を、忘れる程呆けたか!?』
モジャモジャと癖の強い髪と髭を生やした、『轟雷の巨人』ブラテオがその名に相応しい雷をクワトロ号に向かって降らせながら、ゴーンを叱責する。
だが、その言葉に説得力をゴーンは感じなかった。
『先走った一人は、貴様の息子だろうが!』
ヴァンダルー達に攻撃を仕掛けた巨人、『雷の巨人』ラダテルはブラテオの息子の一人であった。
だがブラテオは動揺せず、クワトロ号へ攻撃を続行しながら『その通りだ!』 と叫び返した。
『我が息子ラダテルは、亡き母の恨みを忌まわしき魔王に思い知らせんと、雄々しく戦ったのだ!
さあ、誇り高きゼーノの血を引く者達よ! マルドゥーク、ガンパプリオの子等よ! 禍々しき魔王の再来に、堕落した女神の子の成れの果てに、今こそ我らの力を示すのだ!』
ブラテオの叫びに、味方が鼓舞され士気が高まる。作戦を台無しにされたゴーンも、彼の統率力は認めていた。妻を魔王に殺された恨みで暴走気味でなければ、ゴーンではなくブラテオが此処の指揮を執っていた事だろう。
『だが、確かに失敗した策に固執している場合ではないか。ヌオオオオーリャアア!』
土属性の魔力で巨大な岩を創りだしたゴーンは、それをクワトロ号に向かって投げつけた。続いて『貝の獣王』や『ヒトデの獣王』が突撃を敢行する。
クワトロ号はこれまでは持ちこたえていたが、巨大な岩や、獣王自身の身を武器にした攻撃に、その運命は風前の灯かと思われた。
しかし、小さな砦ほどもある岩は空中に飛び出して来た女に粉々に砕かれ、獣王達は正体不明の魔術で勢いを奪われて空中で身動きが取れなくなってしまった。
更に、ブラテオの雷も出現した水の膜とぶつかり、なんと防がれてしまった。
『何だと!?』
『奴らがこちらの攻撃に対応し始めたのだ! くっ、援軍は……シリウス達はまだか!?』
驚愕するブラテオに、そう叫んだゴーンは、頼りになるはずの仲間の姿を探し求める。だが、その彼らに向かってヴァンダルー達の反撃が始まった。
結界を張って防ぎ、大砲や怪光線で牽制しながら、ヴァンダルー達は反撃、そして逃走の算段を練っていた。
「あの毒々しい海に行けば、何とかなるの?」
「ええ。あのピンク色の所から、【魔王の欠片】の気配を感じます。今も動いていないので、恐らく俺達に対する合図でしょう」
『罠って可能性は無ぇのか?』
「あの海に飛び込む選択肢にだけ、死の気配を感じませんから、罠ではないでしょう。……偶然【魔王の欠片】を宿した魔物か何かが棲みついているだけ、と言う可能性はありますが」
『そうか。まあ、罠だったら【転移】でさっさと逃げちまえばいいだけの事だしな!』
『じゃあ、とりあえず何人か倒して包囲に穴を空けないとね! ところであの大きな貝と星型は何かな? 美味しい?』
「あれは『貝の獣王』ハリンシェブ、『ヒトデの獣王』レポビリス。……少なくとも、レポビリスは不味いかと」
そう短い作戦会議を終えたヴァンダルー達は、攻勢に出る事にした。
『まず、変身! 【御使い降魔】!』
『【御使い降魔】!』
『そう言えば、何で私は降魔を覚えられないんだっけ?』
「降臨と降魔は、降ろしているのが神の御使いか、俺の魂の欠片かの違いだけで、実質同じスキルだからでしょう。ジーナなら降臨でも、俺の分身を降ろせるでしょう?」
『まあ、それもそうか。じゃあ、変身! 『御使い降臨』!』
変身装具を既に持っているザンディアとジーナが変身し、そうでない者もヴァンダルーの分身や御使いをその身に降ろす。
その時ゴーンが投げた巨大な岩と、ハリンシェブとレポビリスの体当たりがクワトロ号に迫った。
『よっしゃ、ここは俺の――』
『私の出番だぁーっ!』
ボークスを追い越して、変身したジーナがクワトロ号から飛び出す。その背中に慌ててヴァンダルーの飛行補助型使い魔王が張り付いた。
『サンキュー! 【限界超越】! 【魔盾限界超越】! そして【全能力値強化】で……【シールドバッシュ】!』
ジーナの逞しい腕の筋肉が更に膨張し、その腕が振るう盾と飛来する岩が衝突する。そして轟音を響かせ、岩が砕け散った。
そして岩と同時に迫っていたハリンシェブとレポビリスに対しては、グファドガーンが空間を捻じ曲げてやり過ごそうとしたが、その前にヴァンダルーが動いた。
「最近ふと思いついた術ですが……【停撃の結界】」
ヴァンダルーの周囲に、黒い靄のような結界が出現する。だが、これではヴァンダルー自身は守れても、クワトロ号を守る事は出来ない。
「そして結界を手に、球状にして収束し、撃ちだす」
ヴァンダルーの身体全体を覆っていた【停撃の結界】が、両掌の中に集まる。そして球状に丸まった結界を、それぞれこちらに迫ってくるハリンシェブとレポビリスに向かって撃ちだす。
「名づけて【結界弾】。……まあ、結界を撃ち出すだけの、なんて事のない術ですが」
後はそれを繰り返し、【停撃の結界】を【結界弾】にして二柱の獣王に向かって連射する。何せ全長百メートルを超える巨体が自分から真っ直ぐ近づいて来るので、外れようがない。
そして黒い球状の結界だらけになったハリンシェブとレポビリスは、運動エネルギーを全て吸われて空中に制止する。
更に上から降り注いでいた轟雷を、ザンディアとプリベルの魔術で創り上げた水の結界が防いだ。
『陛下君に聞いた雷を通さない純水って言うのと、普通の水を組み合わせて雷撃を誘導して逸らしているけど、結構キツイ!』
「ヴァン君! オルビア姉さんをこっちに回すか、交代してくれない!?」
「では、前者で。それと、再調整した変身装具をどうぞ。今度はヂュガリオンの御使いが宿っています」
「本当っ!? ありがとう、早速試してみるよ!」
水属性のゴーストのオルビアが加勢し、更にプリベルは受け取った変身装具を早速発動させる。
「変身! これは……凄く馴染むよ、ボクの触腕にピッタリ!」
液体金属が繊維状になり、プリベルの上半身と下半身の触腕に絡みつき、変身が完了する。
どうやら、八つの首を持つヂュガリオンの御使いは、八本の触腕とその先端にドラゴンの頭部を持つプリベルと相性が良かったようだ。
「これなら大丈夫、雷撃はボク達に任せて!」
「好調なようで、製作者冥利に尽きますね。では、俺は大技の為に力を溜めるので、ちょっと時間を稼いでください」
『御意!』
ヴァンダルーの言葉に応えて、骨人が全身の骨をバラバラにして、身動きが取れないレポビリスに襲い掛かる。
『右舷怨狂砲の方々! 出番です!』
同時に、同じように身動きが取れないままのハリンシェブに向かって、クワトロ号の右砲門が開く。
『させんぞ!』
『待てっ、突出するな!』
身動きが取れない仲間を助けるために、金色の鎧を纏った真なる巨人や、『大渦龍神』ズヴォルドと似た、しかしより小柄な龍がクワトロ号に向かって行く。
それをゴーンは止めながらも、さらに激しく投石を行う。
『まさかこいつを巨人に使う日がくるとな! 【龍殺し】ぃぃ!』
『【螺旋神槍】!』
だが金色の鎧を纏った真なる巨人は、ジーナに遅れてクワトロ号を飛び出したボークスが放った【剣王術】の武技により、胴を深く切り裂かれた。
龍も、ミハエルの槍に胴を打たれ、鱗と肉が混じった血飛沫を空に散らした。
『ぐおおおっ! 儂の鎧を易々と切り裂くだと!?』
『おのれっ! ……貴様はミハエル! アンデッドとなり、魔王の手先に堕ちたか!』
金色の鎧を纏った真なる巨人と龍は深手を負いながらもその場に止まり、それぞれボークスやミハエルと肉弾戦を繰り広げる。
ゴーンが投擲する大岩はジーナに叩き落とされ続け、ブラテオが放ち続けている轟雷はプリベル達によって防がれている。
『『『■■■■■■!!』』』
そしてハリンシェブに向かって、クワトロ号の右砲門が火を……絶叫を放った。
右砲門とは、【魔王の唇】と【舌】、そして【肺】を組み込んだ、音波砲型使い魔王だった。本体であるヴァンダルーが【怨狂士】ジョブに就いた事で、音や叫びに寄る攻撃に補正がかかり、更に状態異常効果を乗せる事が可能になったため、専用の使い魔王を設置したのだ。
大砲型よりも射程距離は短く、瞬間的な攻撃力も劣る。
『ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?』
だが、ハリンシェブの巨大な巻貝の殻のような、物理的に硬質な物には大砲と砲弾よりも有効だ。奇妙な悲鳴をあげるハリンシェブの殻に細かなひびが走る。
「ギシャアアア!」
『ハッハァ! 殻が無ければこちらのものだ!』
『壺焼きにしてあげます!』
そこにヴァンダルーの影から出現した巨大な黒い百足、ランク12の魔鋼轟雷王百足にランクアップしたピートが突進し、更に光属性のゴーストで元貴種吸血鬼のチプラスが光線を、火属性のゴーストのレビア王女が炎を放つ。
ひび割れた殻にピートの角が突き刺さって猛毒が流し込まれ、光線と炎で焼かれたハリンシェブは再び絶叫をあげる。
『【餓骨嵐刃】! ヂュゥ、どこに急所があるか分からん!』
一方、骨人はレポビリスの身体に己の身体を構成する骨刃と剣を振るい、無数の傷をつけていた。だがレポビリスはヒトデの獣王だ。真なる巨人や龍とは違い、どこが急所なのか分かり辛い。
更にヒトデは生命力が強い生物で、その王であるレポビリスは身体を両断されても再生する事が出来た。
『ギュイイイイイイ!』
だが、全身を切り刻まれて痛くないはずがない。奇怪な咆哮を上げ、身体を回転させたその勢いで骨人を吹き飛ばそうとするが、ヴァンダルーの【結界弾】が残っていて思うようにいかない。
ヴァンダルー達の反撃を受けて深手を負う者が続出するが、まだ倒れた者は一柱もいない。三分の一の数でここまで持ちこたえられるのは、流石はヴァンダルー相手に攻めの防衛戦を仕掛けるだけの事はあると言えるだろう。
そんなゴーン達の健闘を称えるように、勇壮な角笛の音色が響いた。
『シリウス、やっと来てくれたか!』
魔王の大陸の方を振り返れば、そこには『角笛の神』シリウスを先頭に十柱程の神々の姿があった。
亜神と違い肉体を持たない神であるシリウス達は、本来なら神域に限りなく近い空間となっている封印された女神の周囲以外では、地上で活動する事は出来ない。
それを補うため、ゴーン達は魔王の大陸の上空の空間の一部を、出城のように半神域に変化させていた。これでシリウス達神も、地上で戦う事が出来るのだ。
当初の予定では味方が集結し、ヴァンダルー達が半神域化した空間に近づいたところで仕掛けるはずだった。
『やや神域から離れているが、ようやく本来の作戦通りの展開に近づいてきた! まだ遠いがマドローザもこちらに向かっている! このまま勝つぞ! ハリンシェブとレポビリスを助け、兄弟達を援護しろ!』
ゴーンの号令に亜神達が咆哮で応える。彼等はシリウス達の角笛や陣太鼓の音によって身体能力が強化され、傷も癒されている。
このままではヴァンダルー達はじわじわと追い詰められてしまう。
「皆、そのままで」
その時、ヴァンダルーがクワトロ号の船首に降り立ち、左腕を斜め後ろに向ける。
「【界穿滅虚砲】」
アルダのダンジョンすら破壊し、『記録の神』キュラトスを滅ぼした、ヴァンダルーが使う魔術で現在最も高い破壊力を誇る術が発動した。
しかもヴァンダルーは、暗黒の魔力の奔流を放ったまま、左腕を斜め後ろから正面、そして右斜め後ろに向けて振り抜く。
『な、何だと!?』
『ギュイイイイイイイ!!』
『防ごうとするな! 避けろおおおおお!』
『ぐわぁぁぁ! 我が角笛が!?』
戦場を一薙ぎされただけで、ゴーン達は大きな被害を受けた。余波を受けただけでハリンシェブの殻は完全に砕け散り、クワトロ号に接近していた巨人や龍は四肢や尻尾に重傷を負って海に向かって落ちて行った。
直撃を受けたレポビリスは五つの足の内、三つを粉微塵に砕かれてしまった。それでも生きているのは、驚異的な生命力だと賞賛に値したが……。
『今だ! 【餓骨大車輪】!』
全身の骨を車輪型に組み替えて放つ、骨人の【虚骨剣術】の奥義によって、残る二つの足と中心も粉々にされ、その命を終えたのだった。
そしてレポビリスやハリンシェブの貝殻の欠片を、グファドガーンが魔術で回収する。亜空間に身をひそめる空間属性の神々はそれに気がついていたが……彼らはヴァンダルー達が逃走する時に備えていなければならないため、見守る事しか出来ない。
ヴァンダルー達が戦利品を回収するのを妨害して、肝心な時に魔力が足りず逃がしてしまったら元も子もないからだ。
「今です」
『総員、本船に帰還せよ!』
『クワトロ号、目標海面に向かって全速前進!』
だが、そんな空間属性の神々の忍耐は、無駄になりそうだ。【界穿滅虚砲】を限界以上に長く放ち続けたため、反動で肉塊と化した左腕を自ら切断し、【魔王の顎】ですぐに食べたヴァンダルーの言葉に応えて、クワトロ号が猛毒の海に向かって奔り出した。
『ぎぃぃぃぃぃぃ!』
【御使い降魔】を発動させ、黒いオーラを纏いながらクワトロ号が空を奔る。
『馬鹿な! 【転移】以外の方法で逃げるだと!?』
『だから言ったであろう! 戦場では何が起きるか分からんと!』
ゴーンが計算外の事態に驚愕しながら、慌ててクワトロ号を止めようと自ら動く。ブラテオもそれに続いた。
だが、元々距離を取って戦っていたゴーンとブラテオでは、クワトロ号に追いつく事は出来ない。
『ぬおおおお! 儂に任せろ、親父ぃ!』
『GAAAAA!』
卵弾や怪光線を受けて海に没していたはずの『雷の巨人』ラダテルと、『大渦龍神』ズヴォルドが海から再び現れ、クワトロ号の前に立ちはだかろうとする。
『【極氷山】!』
「ぶっつけ本番だけど、【氷竜群推参】!」
「ギシャア!」
だが、ラダテルとズヴォルドにザンディアとプリベルの魔術によって創りだされた氷山と氷の多頭竜が、そして上半身を伸ばしたピートの角が直撃する。
満身創痍だったラダテルとズヴォルドはそれらに耐えきれなかった。特に【竜喰い】スキルを持つピートの攻撃と角から分泌される猛毒を受けてしまったズヴォルドは、断末魔の悲鳴をあげる間もなく身体を二つに裂かれて力尽きた。
『すまん、親……』
そしてラダテルも長く堪える事は出来ず。クワトロ号が放ったバリスタの矢を受けて力尽きた。
『おのれ! よくも倅を!』
激怒したブラテオが猛追するが、クワトロ号はそのままピンク色の海面に突っ込む。
「【消毒】、超連続発動」
その刹那、ヴァンダルーは猛毒の海に【消毒】の死属性魔術を放つ。人間に害がある物質が取り除かれ。ピンク色の海の一部が普通の海水になった。
その海水の中に、何か膜のような物に包まれた人魚の姿がある事に気がついた時には、クワトロ号は海に着水し、そのまま潜航していた。
《【冥王魔術】、【超速再生】、【自己再生:共食い】、【能力値増強:共食い】、【魔術精密制御】、【叫喚】、【魔王砲術】スキルのレベルが上がりました!》
《【錬金術】が【錬神術】スキルに覚醒しました!》
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・名前:ピート
・ランク:12
・種族:魔鋼轟雷王百足
・レベル:60
・パッシブスキル
飢餓耐性:3Lv
自己強化:従属:10Lv
猛毒分泌(神経毒):顎角:2Lv(毒分泌から覚醒!)
風属性耐性:10Lv(UP!)
肉体超強化:外骨格、角:2Lv(肉体強化から覚醒!)
剛力:3Lv(UP!)
自己強化:導き:6Lv(UP!)
高速治癒:6Lv(NEW!)
能力値強化:捕食:5Lv(NEW!)
暗視(NEW!)
・アクティブスキル
忍び足:1Lv
猛突撃:1Lv(突撃から覚醒!)
限界超越:3Lv(UP!)
鎧術:9Lv(UP!)
轟雷:2Lv(UP!)
連携:6Lv(UP!)
高速走行:1Lv(NEW!)
御使い降魔:2Lv(NEW!)
・ユニークスキル
竜喰い:9Lv(UP!)
ザナルパドナの加護
ヴァンダルーの加護
・魔物解説:魔鋼轟雷王百足 ルチリアーノ著
ランク12にまで至り、前百足未到かもしれないランク13まで目前に迫ったピート。百足の獣王なるものが存在するのか、文献には記されていない。しかし、もし存在するとしても、もうすぐ並ぶだろう。
かなりの巨体で、体長は数十メートルに及ぶ。その姿が師匠の影から現れる様子は、私でもつい「師匠の本体が現れた!」と思ってしまう程である。
これはピートの腹部にくっついて、疑似餌のふりをしてギザニアを助けた事があるエピソードのせいだろう。師匠本人にそんなつもりはなかったようだが。
ドラゴンではなく本物の龍を喰らった事で、今後もさらなる成長が期待できる。
ちなみに、彼が高速移動する際は尻尾を咥え輪になって、回転しながら移動する事もあるらしい。
・名前:プリベル
・年齢:19
・二つ名:無し
・ランク:9
・種族:スキュラオリジンハイドルイドプリンセス
・レベル:0
・ジョブ:マジカルシャーマン
・ジョブレベル:0
・ジョブ履歴:巫女見習い、巫女、魔術師、精霊魔術師、水精使い、触腕士、変身装具士
・パッシブスキル
水中適応
闇視
身体強化:下半身:7Lv(UP!)
墨分泌:4Lv(UP!)
怪力:4Lv(UP!)
魔力自動回復:8Lv(UP!)
魔力回復速度上昇:6Lv(UP!)
魔力増大:4Lv(UP!)
高速再生:1Lv(NEW!)
自己強化:導き:4Lv(NEW!)
杖装備時魔術攻撃力強化:中(NEW!)
能力値強化:変身:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
農業:4Lv(UP!)
格闘術:4Lv(UP!)
舞踏:5Lv(UP!)
歌唱:3Lv(UP!)
解体:3Lv(UP!)
無属性魔術:3Lv(UP!)
水竜姫魔術:1Lv(水属性魔術から覚醒!)
土属性魔術:7Lv(UP!)
魔術制御:8Lv(UP!)
詠唱破棄:3Lv(UP!)
精霊魔術:6Lv(UP!)
並列思考:3Lv(UP!)
氷のブレス:7Lv(NEW!)
家事:1Lv(NEW!)
御使い降魔:1Lv(NEW!)
忍び足:3Lv(NEW!)
・ユニークスキル
メレベベイルの加護
ヂュガリオンの加護
ヴァンダルーの加護(NEW!)
・種族紹介:スキュラオリジンハイドルイドプリンセス ルチリアーノ著
上記のステータスは、クワトロ号が海中に逃げ込むのに成功した後、彼女がランクアップしたものである。
ランクは9に、そして水属性魔術が覚醒し、【御使い降魔】スキルも獲得している。順調に成長しているのは喜ばしい事なのだろう、本人にとっても。
二つ名も、今はないが今後幾つか獲得するに違いない。
まあ、将来獲得するだろう二つ名や、種族名やスキル名についてとやかく言うのは止めておこう。もう少し時間がたって、彼女が落ち着くまで。彼女の心と私の身の安全の為に。
……師匠は、何故彼女の下半身に締められて平気なのだろうか?
8月30日に275話を投稿する予定です。
ニコニコ静画とコミックウォーカーで「四度目は嫌な死属性魔術師」のコミック版、三話が掲載されています。よろしければご覧ください。




