表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
336/515

二百七十一話 ダルシア・ザッカート名誉女伯爵

 モークシーの街の歓楽街の片隅で、エルフの吟遊詩人がギターの練習をしていた。

 楽譜を見ながら弦を弾き、音を奏でる。通しで一曲演奏して、彼は顔を上げた。

「素晴らしい楽譜だ。とても分かり易い」


 エルフの吟遊詩人ルドルフ……に変装しているS級冒険者、『真なる』ランドルフはそうカナコに感想を述べた。

「やっぱり曲でもギターでもなく、楽譜なんですね。素晴らしいのは」

 ルドルフの正体に気がついていないカナコ・ツチヤ……転生者の【ヴィーナス】のカナコは苦笑いを浮かべた。


「いえ、ギターもこの曲も、良くない訳じゃありません。エディリアさんも絶賛していましたが、貴女に教わる事は新鮮な事ばかりで、とても勉強になります」

 ランドルフはヴァンダルーの仲間の一人であるカナコが、吟遊詩人や踊り子を募集している事を知って、ヴァンダルーについての情報収集を行う為に応募した。


 そして特に問題もなく採用され、様々な楽器や技法を教わった。ランドルフは百年以上生きるエルフで、しかも経験豊かな冒険者だ。名称は異なるが、幾つかの弦楽器や笛、太鼓の心得がある。

 しかし、このギターと言う楽器の演奏は面白かった。『弦の神』ヒルシェムの信者で女冒険者のエディリアと言う人物が、本業を忘れるぐらい夢中になっていたが、それも納得できる程だ。


 仕組み自体はシンプルで、他にも似たような楽器は幾らでもある。面白いのは、演奏の技法が工夫されている点だ。

 それはカナコが渡してくれた楽譜も同様だ。

「カナコさん、あなたも知っていると思いますが、普通は楽器の演奏技法は音楽家に教わって身に付けるものです。多くの場合は武術の秘伝や、魔術の秘術程ではありませんが……それは難しい場合が多い。

 楽譜が存在せず、演奏しているところを見聞きして覚えるしかない曲も少なくない」


 『ラムダ』にも様々な音楽が存在し、音楽で日々の糧を得ている者達もいる。だが、王侯貴族が教養や趣味の一環として嗜む以外では、その門戸は閉鎖的だ。

 多くの場合はプロの演奏家や歌手に弟子入りし、学ぶ。後は独学で覚えるか、視て盗むか……中には奴隷の価値を上げるために、歌や演奏を学ばせる奴隷商もいるそうだが。


 ランドルフの場合は、今は存在しない故郷の村で祭祀の一環として歌と太鼓を学んだのが始まりだった。しかし教本や楽譜は存在せず、大人が口頭で説明し、後は練習あるのみだった。

 それに対してギターの技法は、誰かに教える事が前提になっているかのように感じる程だ。


「貴女が教えてくれたギターの演奏技法は、一定で分かり易い。不特定多数の人が学ぶ事が前提になっているかのようだ。

 そしてそれ以上にこの楽譜。どんな曲でもシンプルで分かり易く、同じ書き方をしている。演奏家の中には、曲ごとに異なる暗号としか思えない楽譜を書き残している人もいるのに」


 この世界にも音楽はある。あるが、それを書き残す方法は一定ではなかった。歴史ごと、国ごと、そして楽譜を書いた音楽家ごとに異なっている。

 何故なら、規格を統一する必要がなかったからだ。


 自分やその弟子が理解できれば、音楽家個人に不自由はなかった。それに、『地球』のように大勢の子供に音楽を教える事もなかったためだ。


 だからこそ、ランドルフは心から賞賛していた。もし自分が本当に吟遊詩人のルドルフだったとしても、彼女を賞賛しただろうと考えて。

 ……冒険者のランドルフとしてはあの歌詞、そして振り付けはどうにかならないのかと思わなくもないが。

 もし自分があの歌詞を歌い、振り付けを踊る事になっていたら、変装も演技も、そして目的も忘れて町から逃亡していただろうと思う程、ランドルフには合わないものだった。


 吟遊詩人で楽器の演奏家として雇われているので、歌と踊りはしなくて済んで助かっているが。

「ダークエルフの隠れ里出身だと聞きましたが、その里でこの楽曲を譜に編集したのですか? それとも、もしやあなたが?」

 そうした内心の感情を誤魔化す為にも、ランドルフは口では別の話題をカナコに振った。


 だが、それを受けるカナコは顔が強張るのを抑えるのに苦労していた。

「い、嫌だなぁ。編集も何も、あたし一人が思いついた曲ですから、楽譜が同じなのは当然ですよ。分かり易いって褒めてくれるのは光栄ですけど」

(この人、何であたしが渡した曲を、楽譜を見ただけで別々の人が書いた曲だって気がつくんですか!? プロの吟遊詩人だから!? でも、この人以外の吟遊詩人や踊り子は誰も気がつかなかったのに!)


 カナコは一時的に雇った吟遊詩人や踊り子に、『地球』や『オリジン』で覚えた曲を、全て自分が書いた曲だと嘘をついて教えていた。そうしたのは、色々考えた結果、人間社会で活動するにはそう偽った方がいいと考えたからだ。


 モークシーの町ではヴィダル魔帝国のように自分が転生者である事を公に出来ないし、偽りの出身地であるダークエルフの隠れ里に伝わる曲だと誤魔化すのも、流石に無理がある。

 存在しない隠れ里の『設定』が複雑になり過ぎると、同じ里出身という事になっているダルシア達とカナコが述べる言葉に齟齬が出てしまいかねない。


 だから曲の由来について聞かれた時は、自分が書いたと言った方が良い。勿論、それで納得せずに疑問を覚える者もいたが、カナコがダークエルフという事にしているのが役立った。長命の不老種族であるため、曲が多くても見た目よりも長く生きていて、その時間で曲作りをしたのだろうと勝手に納得してくれるからだ。


 だからランドルフのように、曲が不特定多数の人によって作曲された事を見抜いた人物は初めてだった。

「そうなんですか? すみません、疑っている訳ではないのですが、曲毎に癖のようなものが異なっている気がして、てっきり別人が書いたのかと」


「あたしも長い年月を生きていますからね。最初に作った曲と一番新しい曲を比べたら、別人が作った曲のように思えてもしかたがないですよ」

「たしかに、カナコさんは変わった曲を考えるのが上手いですから、特にそう感じるのかもしれませんね」

 そう言って引き下がるランドルフに、カナコは内心冷や汗を書きながら曲を一通り教え、その日の練習はお開きになった。


 彼女の後姿を眺めながら、ランドルフは「余計な事を言ったかもしれない」と反省した。

(自分で全ての曲を考えた、と言うのは明らかに嘘だが……そもそも俺の目的はヴァンダルーについて調べる事だ。内心の感情を誤魔化す為に、そして多少は出来るところを見せた方が良いかと思って質問したが、警戒心を煽っただけだったかもしれない)


 ランドルフが変装までしてヴァンダルーの仲間の懐まで潜入したのは、彼について調べるためだ。【魔王の欠片】と関わりがあるのか……一部のアルダ信者の間で囁かれている魔王とは、彼なのか。何よりも、この国を滅亡に導くような思想の持主なのか、それを調べなければならない。


 もしヴァンダルーが第二の魔王グドゥラニスだとしたら、オルバウム選王国どころか世界全体の危機だ。生き残るためにも、ヴァンダルーの動向について知らなければならないのだ。


(だが、【魔王の欠片】と関わっているかはともかく、頭の中身が魔王ではないのはもう分かっているが)

 数日モークシーに滞在し、カナコに雇われて彼女以外のヴァンダルーの関係者とも知り合ううちに、ランドルフはヴァンダルーがアルダ信者達の言う魔王……冷酷無比で残虐非道な邪悪の権化のような存在とは、程遠い事が分かって来た。


 ゴブゴブを広めた事や新種の魔物の発見とテイム等の功績とは別に、街の人々から聞くヴァンダルーの日ごろの行いと人柄が、それを確信させた。

(完全な善人、正義の人とは言えないが、情け深いのは本当だろう。全て演技という可能性もあるから、直接見て見ない事には結論は出せないが……正直、演技力があるタイプには思えない)


 それにカナコ達、ヴァンダルーの仲間とされている者達も同様だ。何か隠しているし、所々妙な点があるが、邪悪であるとは思えない。

 多少は後ろ暗い事をしているかもしれないが、許容範囲内だろうとランドルフは考えていた。


 世の中には、敵国の占領支配に逆らい抵抗運動を続けたレジスタンスの功績をなかった事にする公爵や、腹違いの末の妹の安楽死を依頼する公爵が存在するのだ。……それに関わっている自分も、善人からは程遠い。ランドルフは胸中でそう呟いた。


(それに、ヴァンダルーに関わる事以外でも、大きな事件は起きている。いや、悪神が復活した事件には、ヴァンダルーが絡んでいる気はするが……)

 前触れもなく発生し、そしてランドルフが気づく間もなく収束したアルクレムの悪神復活事件。ヴァンダルーがそれに関わっていたという情報は入っていない。


 だが、悪神を退治する際には『アルクレム五騎士』以外に、ヴァンダルーの母親であるダルシアも加わっていたらしい。タイミング的にも、無関係と考えるべきではないだろう。

 『アルクレム五騎士』の実力はランドルフも、ある程度知っているが……復活した悪神を小さな犠牲だけで倒せる程ではなかった。彼が姿を見た事のないラルメイアや、犠牲になったゴルディが余程の強者であれば話は別だが、そうでなければダルシア達の活躍が勝利に大きく貢献したはずだ。


 勿論、悪神を再封印するのは良い事なのだが、ランドルフは事件の経緯が胡散臭く感じられた。

 (やはり、会って直接自分の目で確かめなくては、気が済まな――)

「おい、エルフの兄ちゃん! 一曲頼めるかい?」

「はい、何を歌いましょうか」

 やはりもうしばらく、吟遊詩人のルドルフでい続けよう。ランドルフはそう決めて、飲み客が求めた曲を奏で始めた。




「この前採用したエルフの吟遊詩人でルドルフって言う人なんですけど……滅茶苦茶鋭いです」

 一方、カナコはヴァンダルーの家の地下室にある偽モークシーの町のダンジョンの中で、仲間達にそう話していた。


「楽譜を見て、別人が作った曲だと見抜く……もしかして、ルドルフは『オリジン』を知っているのではないか? それで、カナコが参考にした曲を知っていたから、別人が作った物だと指摘した」


 バスディアにそう問われたカナコは、「いえ、違うと思います」と答えた。

「そうか? 顔や名前に覚えがなくても、転生する時に故意に変えた可能性もあるぞ。ヴァンを暗殺するまでの短い期間だと高をくくって」


 転生者達は、前世と同じ性別や容姿になる事が多い。それは偶然ではなく、ロドコルテが転生者達が精神的な問題を抱えないように工夫した結果だ。……流石に両親共アジア系以外の人種だった場合はその限りではなく、『地球』では日本人だったダグ・アトラスは、黒人に生まれ変わっていたが。


 ロドコルテがそうした配慮を止め、転生者を前世と全く違う容姿にして送り込んできた可能性もあるのではないかと、バスディアは続けて尋ねた。

「それはあるかもしれませんけど……だったら、曲の事を態々訊くのは変だと思うんですよ。自分から怪しまれるだけで、良い事はないはずですし」

 しかし、カナコはルドルフの言動が、ヴァンダルーを暗殺するために潜入してきた転生者のものとは思えなかった。


「怪しいのはそれぐらいですし、動きは素人っぽいです。それに、この世界の事に詳しいですからね。何より、あの演奏の腕は本物です」

「つまり、坊やを暗殺できる程の腕があるようには思えず、この世界に関する知識や楽器の演奏の腕を転生する前に叩きこまれた転生者ではない、と言う事じゃな」

 カナコの言葉を、ザディリスがそう訳して納得する。


 前者はルドルフに変装しているランドルフの演技力の高さと、実力を隠すのが上手かった事を表している。後者は、彼は転生者ではないのだから当然だ。

「じゃが、曲の事はどう説明を付ける? 渡したのは、この世界風に直したものなのじゃろう?」


「ええ、地味に苦労しました」

 カナコは、『オリジン』の曲をそのまま楽譜に書き出した訳ではない。特に、歌詞はこの世界でも意味が通じるように何か所も変更した。


 だから歌詞の言い回しや、比喩表現から別々の文化圏出身者が、異なる時代に造った曲だと気がつく事は不可能に近い。

「案外、カナコの反応を見てそう思っただけかもしれないわね」

 しかし、エレオノーラがそう指摘する。犯罪組織に首領の情婦として潜入していた女吸血鬼の彼女は、厳しいダンスのレッスンの疲れを、赤黒い飲み物で癒していた。


「ヴァン様達が以前いた世界ではどうか知らないけれど、この世界の吟遊詩人って行商人よりも口が上手かったり、他人の心を読むのが上手かったりするのよ。副業で情報屋をしている吟遊詩人も、珍しくないわ。

 それで、話を聞いている内にあなたの表情や声に違和感を覚えて、突いてみただけかもしれない」


「確かに、動揺したのが表に出ていたかもしれませんね。演技には自信がある方ですけど……意識して警戒していませんでしたからね。気を抜きすぎたかもしれません」

 エレオノーラの説明に、カナコは溜息を吐いた。彼女も前世では一時期アイドルとして芸能活動を行い、軍隊で一通りの訓練を受け、テロリスト組織『第八の導き』に潜入していたため、自分の心の内を読ませないようにする事は可能だ。


 しかし、ヴァンダルーの仲間になってからはその手の演技力とは無縁になっていた。心理戦に対する警戒心が落ちていた事を自覚したのだ。


「魔物との戦いでは、心の読み合いなんぞしないから仕方ないじゃろうな。坊やのように表情を殺せれば誤魔化せるじゃろうが」

「こうですか?」

「……儂が悪かった」

 表情を全て削ぎ落したような無表情になって見せたカナコに、ザディリスは思わず謝っていた。


「ヴァン様のようなと評するには、愛らしさと恐ろしさが足りないわね」

「旦那様の首から下は、顔よりも表情が豊かですからね。恐ろしさは分かりませんが」

「ゾンビよりもゾンビらしく見えた」


 エレオノーラがヴァンダルー狂徒らしい感想を述べ、お茶を用意してきたベルモンドが補足し、バスディアも端的な感想を口にした。どうやら、カナコのモノマネの評価は高くないようだ。


「あたしのモノマネはともかく、ルドルフさんについてはどうしましょうか? 腕はいいので、あたしとしてはこのまま曲を……そして歌とダンスも教えて、彼にアイドル文化の伝道師になって欲しいんですけど」

 吟遊詩人は旅から旅の根無し草の生活を送る者が殆どなので、ルドルフがアイドルソングとダンスを習得すれば、彼が旅を続ける限りアイドル文化が広まっていくだろうと、カナコは企んでいるようだ。


 ランドルフが聞いたら、即座に失踪しかねない恐ろしい計画である。だが、その企みに異を唱える者はいなかった。カナコが旅の吟遊詩人や踊り子、そして希望した冒険者を雇い、歌や踊り、曲を教えた目的はこの企みの為だと知っているからだ。


「その方針で良いんじゃないの? さっきはああ言ったけれど、私も別にあの男が諜報機関の工作員だって、本気で怪しんでいる訳じゃないのよ。単に、吟遊詩人の中にはそう言う連中が紛れている事があるって言いたかっただけで」

 エレオノーラも、カナコの企みを止めるつもりはないようだ。実は、彼女とベルモンドも、ルドルフと面識がある。


 彼女達は潜入していた犯罪組織をほぼ潰し、情報網だけを支配したので首領の情婦として振る舞う必要がなくなってからは、ヴァンダルーの仲間として誰に隠すことなく姿を見せ、振る舞っている。

 そしてヴァンダルーがアルクレムへ旅立ってからは……カナコのレッスンを受けていた。


 以前は、ステージデビューは勿論、変身装具を使う事も避けていた二人だったが、ヴァンダルーから手製の装具を受け取り、更にプリベルやギザニアといったメンバーまで練習していては、目を背け続ける事は出来なかったのである。

 このままだと、自分達以外のヴァンダルーと親しい女性陣全員が歌って踊れるようになるかもしれない。そうなってから追いつくのは大変なので、今の内からレッスンに参加する事にしたのだ。


 その葛藤を乗り越え参加したレッスンで、ルドルフとは何度か顔を合わせていたのである。

「それに、諜報機関の吟遊詩人だったら、もっと目立たないよう変装するはずよ。ルドルフのような青い髪のエルフなんて、目立つ姿で近づいて来る事なんて、考え難い」

 そう言うエレオノーラの言葉に、ベルモンドも「私もそう思います」と続いた。


「諜報員は訓練を受けている筈です。ですが、ルドルフ様からはそうした気配は感じられません。多少の心得はあるようですが、自衛のためのものでしょう。

 それに、音楽に情熱を注いでいる姿からは、裏表のない純粋な人物だと見受けられました」

「前言を撤回するわ。ルドルフについては、少し警戒した方が良いかもしれないわね」


「そうじゃな。今思うと、怪しいかもしれん」

「そうですねー。ちょっと警戒しておきましょうか」

「な、何故そうなるのですか?」

 自分が純粋な人物だと評した途端、皆がルドルフについて警戒しだすのを見て、ベルモンドが困惑する。しかし、それも無理はない。


 ヴァンダルーの仲間になる前は、一万年の長い人生の九割以上を、一人で地底湖の畔にある隠れ家の維持管理に費やしていた彼女の人物眼は、節穴である事に定評があるのだ。


「警戒と言ってもルドルフさんはあたし達や、町の人にヴァンについての取材をするか、歌を歌っているかですから、特にする事はないんですけど。

 家に忍び込もうとする様子もないですし」


「吟遊詩人としては、普通の行動よね。マイルズによると、『少し熱心過ぎる気がする』らしいけど。

 それより、ルドルフ以外に見所のある人材はいないの?」

 エレオノーラに言われたカナコは、教えている者達の中から一人の名前を出した。


「この前ギターに興味を持ってくれた、エディリアさんですね。歌と踊りって言うより、ギターパフォーマンスが気に入ったみたいです」

「ああ、あの『弦の神』の聖印を付けていた娘じゃな。『弦の神』はアルダ勢力の神々の一柱じゃが……まあ、信者だからと言って、加護を受けていると決まっている訳ではないしの。別に良いじゃろう」


「そうだな。聞いた事がない名だし、この街に居る大多数のアルダ勢力の神々の信者と同じ、ただの信者なのだろう」

 カナコが名前を出し、ザディリスとバスディアが警戒する程ではないと思ったエディリアは、実は『弦の神』ヒルシェムの加護を与えられた英雄候補の一人なのだが……アルクレムならともかく、モークシーでは彼女はまだ無名の存在だったので、気がつかれる事はなかった。


「そう言えば、ダグとメリッサが居ないようですが?」

「メリッサならマイルズと一緒に、カルロスって人に、ダグに付き纏うのを止めるよう話を付けに行きましたよ。ダグも自分の問題だからって、二人について行きました」

「カルロスと言うと、最近は最前列に必ずいる方ですね。その方が、何故ダグに付き纏っているのですか?」

「パーティーの仲間に加えたいみたいですね。見所があるって」


 『陽炎の神』ルビカンテの加護を受けた英雄候補、カルロス。彼はモークシーの町で、アイドルコンサートの魅力とダグの隠した実力に夢中になっていた。

 勿論、カナコ達に英雄候補である事を気づかれてはいない。


「ルドルフさん達に教えるのが一段落したら、一度アルクレムで講演してみるべきかもしれませんね。もしくは、魔王の大陸で公演する準備に専念するか……いえ、ヴィダル魔帝国内で人材を育てる事も必要ですよね。

 ところで、いつ頃帰ってくる予定なんですか? まさかこの前来た手紙の返事を書くのが嫌だから、帰るのを延期している訳ではないですよね?」


 意識を切り替えて今後の予定を練るカナコに問いかけられた、砲台型使い魔王は、眼球を大きく回した後、答えた。

『今やっている式典が終わった二日後に町を出る事になっていますから、モークシーの町に姿を出せるのは約十日後になりそうですね。

 手紙の返事は……精神的に疲れますが、ちゃんと書きます』




 その頃アルクレムでは、タッカード・アルクレム公爵が復活した悪神フォルザジバルを再封印する為に健闘した、ダルシアや『アルクレム五騎士』、戦いに加わった全ての騎士や兵士、ヴィダの英雄達の活躍を称賛し、払われた犠牲を悼む演説を行っていた。


『この度の戦いで、悪神からこのアルクレムを……そして世界を守るために払われた犠牲は大きい。悪神の封印を長年守り続けてくれた『荒野の聖地』の一族、その当主であり我が腹心である『アルクレム五騎士』の一人、『崩山の騎士』ゴルディ。

 その身を捧げた献身と忠節は、世の模範となるべきものである』


 魔術で声を大きくしている演説を聞いて、真実を知らない騎士や衛兵、ボルガドン信者の人々が涙ぐんだ。

 本当は人間に擬態した魔物で、邪悪な神の僕だったゴルディ達だが、確かにその献身と忠節は本物だった。模範にしてはいけない類のものだが。


『だが、彼等は今も『山の神』ボルガドンの御許で、我々を見守ってくれているはずだ! 我々、残された者に出来る事は、彼等に恥じぬ生き方をする事だけだ!

 私はここに誓おう。必ずこのアルクレム公爵領を守り、『荒野の聖地』の神殿を再建する事を!』

 そう公爵が宣言すると。ヴァンダルーの周囲に漂っているボルガドンがぼそりと呟いた。


『勘弁してくれ。あんな奴らが傍にいたのでは、儂はおちおち世界の維持管理も出来ん』

「演説ですから、本気でゴルディ達があなたの元にいるとは、公爵は思っていませんよ」

 そう囁いている内に、演説は進み、今回の事件の犠牲者を悼む慰霊碑とゴルディの献身と忠節を称えた銅像がお披露目された。


 犠牲者とゴルディの正体を考えると、人類史でも異例の厚遇である。真実が明らかになるまで、アルクレムの新しい観光名所となるだろう。

 ちなみに、公爵が再建すると約束した『荒野の聖地』の神殿は、アルダ勢力の『山の神』ボルガドンの神殿ではなく、ヴィダ派の『山の神』ボルガドンの神殿として再建される事になっている。


 以前は『法命神』アルダやベルウッドの神像や、他のアルダ勢力の神々のレリーフが飾られていたが、新しい神殿では、新しく加わったバシャス達を含めたヴィダ派の神々の神像やレリーフが飾られる予定である。


『では、此度の戦いで功績を挙げた者に恩賞を取らせる』

 そして演説から、恩賞の発表となった。最初は当然、故人であるゴルディで、彼は侯爵位を得る事になった。……一族全員の死亡が確認されているので、実際には誰も侯爵位につかないのだが、こうして英雄に精一杯報いましたと言うポーズをつけ、演出しているのである。


 次に、『アルクレム五騎士』の面々に勲章が授与されていく。髪が白くなったまま戻っていない『慧眼の騎士』ラルメイアの姿を見た人々がざわついたが、それぐらいで問題なく進む。

 そして、ヴァンダルーが待ち望んだ時が来た。


『ダルシア・ザッカートに、アルクレム公爵の名を持って名誉伯爵位を与えるものとする!』

 聴衆が大きくざわめいた。ヴィダの新種族が、特にダークエルフのような長命な種族が名誉貴族になるのは今までなかった事だからだ。


 だがざわめきは否定的なものではなく、多くの人々は頷き、歓声をあげながら拍手をしてダルシアが名誉伯爵になる事を歓迎した。彼女が悪神との戦いで活躍した事を知っているからだ。

 ゴルディが抜けた穴を、ダルシアを名誉貴族にする事でアルクレム公爵領に抱え込んで塞ごうという、公爵の策なのだろう。一部の貴族や商人はそう解釈したが、あからさまに顔に出す者はいなかった。


 渋い顔をしているのはアルダ神殿の関係者と、日和見主義なヴィダ神殿長ぐらいだ。


「謹んで拝命します」

 膝を突いて頭を下げたダルシアの肩に、公爵が震える手で儀礼用の長剣で軽く触れる。これでダルシアは、オルバウム選王国の名誉伯爵となった。


 冷や汗を浮かべた公爵に、ダルシアは再び一礼してからヴァンダルーの横に戻ると、微笑みかけた。

「これでヴァンダルーも貴族の子弟の仲間入りね。でも、母さんが名誉貴族になって本当によかったの? 目標だったんでしょう?」

「はい。今回は、俺ではなく母さんが名誉貴族になる方が、自然ですから」


 今回の事件で、人々に分かる立場で活躍したのはダルシアだ。ヴァンダルーは裏方に回っており、彼女より彼が評価されると真実を知らない大勢から見ると、不自然すぎる。

 そしてダルシアに名誉貴族としての権力があれば、他の貴族やアルダ神殿からの横やりが入り難くなる。この街のヴィダ神殿長のように、自重を求めて来るような事も少なくなるだろう。


 それに、名誉貴族は世襲できないと言っても、名誉貴族の家族も名誉貴族位を受けた者が存命の内は、「貴族の家族」扱いになるので、法律上は貴族として扱われる。

 つまり、ダルシアの息子であるヴァンダルーも貴族の仲間入りと言う訳だ。


 後の問題は、ヴァンダルーが夢だった名誉貴族になる事を、ダルシアに先を越されてしまった事だが……ヴァンダルーは全く気にしていなかった。

「それに、母さんや皆が評価されて誇らしいと思います」

 ヴァンダルーがそう言うと、ダルシアは微笑みを深くした。


 式典は公爵が苦労して背の高いギザニアに勲章を授与し、アーサー達に報奨金を与える旨を述べ、つつがなく終わったのだった。


「そうだ。ヴァンダルー、私のステータスにもザッカートの姓が付いたのよ! これでおんなじね!」

「それは凄い、今夜はお祝いですね」




―――――――――――――――――――――――――




・名前:ダルシア・ザッカート

・種族:カオスエルフソース

・年齢:0

・二つ名:【魔女】 【聖母】 【モンスターのペアレント】 【ヴィダの化身】 【皇太后】 【聖女】 【勝利の聖母】(NEW!)

・ジョブ:魔聖女

・レベル:16

・ジョブ履歴:魔法少女、命帝魔術師、マジカルアイドル、魔杖装者、変化闘士、聖女、魔闘士



・パッシブスキル

闇視

魔術耐性:10Lv

物理耐性:10Lv

状態異常耐性:10Lv

剛力:8Lv(UP!)

超速再生:6Lv(UP!)

生命力増大:10Lv(UP!)

魔力増大:8Lv

魔力自動回復:8Lv(UP!)

魔力回復速度上昇:8Lv

自己超強化:ヴァンダルー:6Lv(UP!)

自己強化:導き:10Lv

能力値強化:創造主:7Lv(UP!)

能力値強化:君臨:5Lv(UP!)

色香:8Lv

弓装備時攻撃力増強:大(UP!)

非金属鎧装備時防御力増強:大(UP!)

眷属強化:2Lv(UP!)

能力値強化:変身:8Lv(UP!)

杖装備時魔術攻撃力強化:大(UP!)


・アクティブスキル

料理:6Lv(UP!)

家事:5Lv

狩弓神術:4Lv(UP!)

竈流短剣術:3Lv(UP!)

千変闘術:3Lv(UP!)

無属性魔術:5Lv

魔術精密制御:3Lv(UP!)

命帝魔術:5Lv(UP!)

水属性魔術:10Lv

風属性魔術:10Lv

精霊魔術:8Lv(UP!)

解体:3Lv(UP!)

霊体:3Lv

限界突破:5Lv

詠唱破棄:6Lv

連携:9Lv(UP!)

女神降臨:3Lv

聖職者:5Lv(UP!)

舞踏:4Lv(UP!)

歌唱:3Lv

魔杖限界突破:4Lv

杖術:6Lv(UP!)

魔闘術:2Lv(NEW!)


・ユニークスキル

ヴィダの化身

生命属性の神々(ヴィダ派)の加護

カオスエルフの祖

ヴァンダルーの加護

神鉄骨格

再生の魔眼:6Lv(UP!)

混沌

8月18日に272話を投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
有史以来10万年もあるのに、科学とは関係無い芸能分野まで中世止まりなのは酷いなこの世界
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ