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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
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閑話42 復活のハインツ

 全ての彼は、視覚を焼かれるような激しい輝きを覚えている。

 全身を切り刻まれる苦痛も、閉じ込められる屈辱も、彼等は忘れてはいない。

 最初は、どの彼も気が狂いかねない程の激情に支配された。感情は言うまでもなく、理性は逆転の機会を探り、記憶は役立つ経験は無いかと目まぐるしく過去を振り返り、魔力と気、欲望は滾った。


 だが時間が経つにつれて、どの彼も冷静になった。活動を止め、まるで無機物になったかのように、時を待った。

 分断され、孤立していた彼達だが、不思議な事にどの彼も同じ答えに行きついた。

『奴らは、ベルウッドや他の勇者も、アルダやヴィダも、専門家を気取るロドコルテでさえも、魂を分断するのがせいぜいだ。砕く事は出来ない。それが出来るのは我、魔王グドゥラニスのみだからだ!』


 故にグドゥラニスの魂の欠片達は、機会を待ち続ける。再び一つとなり、ベルウッド達に復讐する機会を。

 その機会を手にする可能性がゼロに近いと分かっていても、執念深く待ち続ける。


 グドゥラニスも、敗北を認めていない訳ではない。

 自らの配下を寝返らせ、奇妙な道具で下等生物共を強くするザッカート達を重要視した。その結果、戦闘しか能のない……つまり魔王にとって分かり易いありふれた敵でしかない戦闘系勇者、ベルウッド達を軽く見た事は言い訳のしようがない。


 守らなければならないはずの保護対象が、絶滅しかねない危険を冒してまで突撃を強行するとは、グドゥラニスも予想しなかった。滅亡か勝利か。そのどちらかを選ばなければならない程奴らを追い詰めていた事に気がつかず、油断してしまったのだ。

 その結果、ファーマウン・ゴルドとナインロード、そしてベルウッドにグドゥラニスは敗れた。


 グドゥラニスは、人間の倫理観が通用しない異世界から来た存在だ。彼が認めるのは、弱肉強食の原則だけだ。

 強い存在は、弱い存在を喰らい、奪い、踏み躙る権利を持つ。グドゥラニスは強いから魔王として君臨し、配下を従え、弱いラムダ世界の神々や人間達から世界を奪おうとした。だがベルウッドより弱かったので敗れた。それだけの事だ。


 そう、敗れた。それは否定しようがない。しかし、復讐の機会があるなら迷わず手を伸ばす。復讐できるのだから、する。それを恥じる理由は無い。グドゥラニスを完全に滅ぼす事が出来ない、ベルウッド達が悪いのだから。


 そうして機会を待ち続けて、長い年月が過ぎたある日。『法命神』アルダの神域や、ロドコルテの神域に封じられているグドゥラニスの魂の欠片達は気がついた。

 何者かが、自分ではない何かが彼の肉体を乗っ取っている事に。


『馬鹿な!? 我を倒した勇者共でさえ、我の肉体を滅ぼしきる事は出来ず、封印するしかなかったと言うのに……それを乗っ取るだと!? 我が欠片が乗っ取るのではなく!?』

 信じ難かったが、グドゥラニスの魂の欠片はこの十万年の間、『ラムダ』で何が起きているのか知らない。だが「ありえない」と自身の感覚を否定する魂の欠片は一つもなかった。


『何者かが、我の肉体を奪い、取り込まれるどころか取り込んでいる……我に成り代わるつもりか!? おのれ……おのれぇ! 許さぬ! 許さぬぞぉ!』

 魂の欠片達は自分に成り代わり魔王となろうとしている存在に対して、強い恐怖と憎悪を覚え、気が狂う程の屈辱に悶えた。


 もしその存在が自分と同じように魂を砕く事が出来るのなら、それは魔王グドゥラニスに真の意味で滅びをもたらす事が出来るという事だ。今の状態では、憎きベルウッドよりも警戒に値する存在である。


 魔王グドゥラニスの魂の欠片達は、ヴァンダルーが【大魔王】ジョブに就いた影響で、彼の存在に気がつき、十万年前のように猛り狂ったが、やがて何事も無かったかのように鎮まった。


 何故なら、魂の欠片の封印は肉体の欠片よりもずっと強固で、ロドコルテとアルダ、それぞれ神が直接管理している。幾らグドゥラニス達が猛ったところで、解けるものではない。

 だから待つ事にした。新参者の魔王を滅ぼすその機会が来るまで。




 自身の神域で、ロドコルテはグドゥラニスの魂の欠片の封印の様子がおかしい事に気がついた。

『魔王の魂の欠片が震えている? ……ヴァンダルーの影響か?』

 離れている魔王の欠片に影響を及ぼす事が出来る存在と言えば、ロドコルテが知っているのはヴァンダルーのみだ。


 しかし、今までは肉体の欠片の封印に影響を及ぼすだけに留まっていた。それも、封印が綻んでいた欠片や、既に寄生した宿主を乗っ取りつつあった欠片の暴走を誘発させる程度で、強固に封じられ適切に管理された欠片には影響を及ぼす事はなかった。


 それなのに魂の欠片にまで何らかの影響を与えているとしたら……魂の治療に魔王の魂の粉を使ったエドガーの事がロドコルテの脳裏を過ぎったが、彼はそれをすぐに否定した。


『ヴァンダルーが、欠片を多く吸収した事が原因か』

 エドガーは『ラムダ』に送り返したばかりで、まだ何もしていないだろうから、魔王の魂の欠片に影響を及ぼすような事は考えられない。


 だがヴァンダルーは、『共食いと強奪の邪悪神』ゼーゾレギンを喰らった事で、新たに【魔王の欠片】を吸収している。彼が魔王に近づいた事で、魂も共振か何かを起こしたのかもしれない。


『まさか、肉体の欠片だけではなく魂までヴァンダルーを本体だと認識し始めるのではないだろうな? だとすると拙い事になるが……いや、それはあるまい』

 肉体の欠片はグドゥラニスの意思も知性も持たないが故に、ヴァンダルーを本体と誤認しているに過ぎない。対して魂の欠片はグドゥラニスその物であるため、本体だと誤認する余地はない。


 ロドコルテはそう結論を出して、欠片から『オリジン』や『ラムダ』に注意を移した。




 その頃、『アルダの試練のダンジョン』の『街』の郊外では、『五色の刃』のメンバーの内三人が戻ってきたエドガーを交えて、模擬戦を行っていた。

「くっ、三人とも、強くなってないか!?」

「当たり前だ! お前とハインツが戻って来ない間、あたし等が怠けていたとでも思うのか!?」

 エドガーの短剣を捌きながら、ジェニファーがそう聞き返す。


「あいつに負けて、色々考えさせられたけど……考えているだけじゃ、体が鈍って頭が働かないんだよ!」

「ストレス解消にもなりました」

 ヴァンダルーの世界を穿つような大魔術、【界穿滅虚砲】によって、このダンジョンの大部分が壊滅的な損傷を受け、本来の管理者である『記録の神』キュラトスも滅ぼされた。


 神代の時代の人間の街を再現したこの『街』も、食料の供給や武具の購入は出来るものの、再現されていた人間達の姿は消えたままだ。

 しかし、ダンジョンでの試練は機能している。既に一度攻略した試練と、本来ならずっと後に挑むはずだった試練だけだが。


 その試練に、ヴァンダルーに魂を傷つけられなかったジェニファーとダイアナ、傷つけられたが軽傷だったデライザの三人は再び挑戦したのだ。

「人数が二人足りない分、きつかったけどね。……よし、ここまでにしよう!」

 ジェニファーが拳を寸止めしたタイミングで、デライザが模擬戦の終了を告げる。エドガーは短剣を鞘に納めると、額に浮かんだ汗を拭った。


「すっかり追い抜かれた。若者の成長力には敵わないねぇ」

「何言ってんだよ、オッサン臭い」

「俺は、もう三十路だからな。でもオッサンは止めろ。おじさんって言いなさい」


 エドガーが袖で再び汗を拭おうとすると、ダイアナが手拭いを彼に差し出した。

「でも、安心しました。エドガーさんに後遺症が残っていないばかりか、戦闘にも支障が出ていないようでしたから。動きも技のキレも、私達の知っているあなたのままです」

 そして、そう言ってほほ笑んだ。


 魂の損傷は、記憶障害や人格の変化、身体の麻痺や幻覚症状等、様々な後遺症を引き起こす。それを彼女達は神々から聞かされていた。ハインツは治療に数か月から一年程かかるが、そうした後遺症は抑えられるとも。

 しかし、魂を深く傷つけられたエドガーは、治療しても冒険者に復帰できるかは分からない。そう言われていた。


 それだけに、エドガーがジェニファーとの模擬戦で以前の彼と同じ動きを見せた事は、彼女達を大きく安心させた。

「戻って来てからもおかしなところはないし、頭の中身もなんともないらしいな。……なんともないよな?」

「う~ん、そう言われると……結婚の約束をしていた年下の幼馴染の顔と名前がどうしても思い出せない!?」

「何っ!? 本当か!?」


 エドガーが頭を抱えて叫ぶと、ジェニファーも慌てた様子で聞き返す。

「あんたにそんな幼馴染はいない。そもそも、私達の故郷はミルグ盾国でしょう」

 しかし、デライザにそう指摘されて嘘がばれてしまった。


「嘘か!?」

「流石に悪趣味ですよ」

 ダイアナにまで注意されたエドガーは、「悪い悪い、ついな」と謝りながら続けてこう言った。


「俺には治療されている間の記憶がないからな。マルティーナの姿をしたキュラトスに介錯されて、意識が途切れた次の瞬間にはこの『街』に戻っていた。あれから三カ月……いや、四か月か? 季節が変わるほど寝ていたなんて、信じられなくてな」


 『眠りの女神』ミルと会話する事が出来るハインツと違い、エドガーはロドコルテに治療されている間意識がなかった。それは、彼の魂がそれ程危険な状態だった事を意味している。

 意味しているが、エドガーにはやはりピンと来ていなかった。肉体の傷ならともかく、魂の傷は生きている間に自覚する事はまずないので、無理もないが。


 生きている状態、つまり魂が肉体に宿っている状態では、魂に障害が残るほど傷つく前に肉体が耐えきれずに死ぬからだ。

 エドガーの魂があれほど傷ついたのは、キュラトスの神威で本物そっくりに再現された偽の肉体に魂が宿った状態で試練に挑むこのダンジョンの仕組みと、ヴァンダルーと言う魂を喰らい、消滅させる事が出来る存在との戦闘の両方が揃った事で起きた、希少な事例と言える。


「じゃあ、どんな神様に治療を受けたのかも知らないのか?」

「ああ。出来れば、心優しい女神様だと良いんだが……やっぱり、ニルタークかもな」

 ジェニファーに、自身が加護を賜った『断罪の神』ニルタークの名を出すエドガー。治療の際に、消滅した英霊ルークの魂の欠片が使われた事は、彼も『街』に戻った直後に受けた神託で聞かされていた。


 しかし、ロドコルテはそれだけでは足りず、魔王グドゥラニスの魂の粉まで使っていたが、それは彼自身も神々も知らなかった。

「まあ、こうして見事に治療してくれたんだ。感謝――」

 感謝しなきゃな。そう言いかけたエドガーが、不意に動きを止めた。そのまま、視線を遠くに向けて立ち尽くす。


「ちょっと、どうしたの?」

 だが、デライザに声をかけられ、はっと我に返った。

「いや、なんでもない。ちょっと、考え事をしていただけだ」

 咄嗟にそう答えたエドガーだったが、本当はそうではなかった。不意に、奇妙な光景が思い浮かんだのだ。


 甲虫とタコを混ぜたような奇怪な生物が逃げていく光景、グニャグニャと歪む太陽に七色の雲が浮かぶ空、悲鳴をあげながら逃げ惑う見覚えのない人間達。

 そして、全身が輝いている青年が自分に向かって刃を振り下ろす光景。


(何だ、あの生き物や空は? 生き物は魔物だとしても、あんな悍ましい魔物を見たら、絶対に覚えているはずだ。空も、この世のものとは思えなかった。

 だが、逃げ惑う人間達の方は、見覚えがある。正確には、人間が身に着けていた衣服にだが)


 キュラトスが消滅する前に『街』に再現されていた、神代の時代の人々。彼等が着ていた服に、何となく似ているのだ。

(神代の時代の人々って事は、ルークの記憶を見たのか? いや、ルークは十万年前には存在しないはずだ。だったら……それに、最後の光景。何でベルウッドに斬られるんだ?)


 『法命神』アルダの神殿で、祭られていた『英雄神』ベルウッドの像。それに青年はそっくりだった。

 それはただの偶然か。そもそも、この記憶に意味はあるのか?


「エドガー、どうした? やっぱり疲れてるんじゃないのか?」

「そうですね。自覚がなくても、身体に疲労が蓄積しているのかもしれません。今日はもう休みましょうか?」

 エドガーが深く考える前に、ジェニファーとダイアナにそう声をかけられて、意識を記憶から彼女達へ向ける。


「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。色々あったからな」

「そうですね。私達もあなたとハインツが居ない間、彼……ヴァンダルーが語った事について考え、話し合いました」

 エドガーは自分の中にある奇妙な記憶を指して言ったのだが、ダイアナは彼の魂を傷つけた相手であるヴァンダルーが語った事についてだと思ったようだ。


「……そうだな。グールについては、『もしかして』とは思っていたが」

 だが、エドガーにとってもヴァンダルーが語った事は、無視できない事だった。

 人の言葉を話し、ジョブにも就く事が出来るグールは、実は魔物ではなく人間、ヴィダの新種族なのではないか。そう考える者は存在していた。エドガーだけではなく、ハインツとデライザもそうだ。


 だが、アルダ融和派の旗頭となったハインツ達でも、それを主張する事は出来なかった。何故なら――。

「何だ!?」

 その時、空に再現された疑似的な太陽の輝きが、突然強くなった。

 あまりの眩しさに目を開けていられず、エドガー達は咄嗟に目を閉じて身構えた。


 この半壊したダンジョンが、遂に限界を迎えたのだろうか?

「……皆、今戻ったよ」

 だが、聞こえて来たのは絶望的な崩壊の音ではなく、聞きなれた仲間の声だった。


「ハインツ!?」

 輝きは唐突に納まり、目を開いたエドガー達の前に『眠りの女神』ミルの治療を受けていた、ハインツが立っていた。


「ハインツ、戻って来たのね!」

「大丈夫なのか!?」

「ああ、大丈夫だ。治療してくれたミルと……庇ってくれたヨシュアのお蔭だよ」

 駆け寄ってくるダイアナとジェニファーに、ハインツはそう答えた。そして、エドガーに顔を向ける。


「エドガーも、元通り回復できたようで良かった。ミルから記憶や身体に障害が残るかもしれないと言われていたから心配していたんだ」

「心配してくれたのは嬉しいが、お前だって似たようなもんじゃないか。それに、一日だけだが俺より長く治療にかかった奴の台詞じゃないぞ」


「お前と違って、私は治療の間も意識があったからな」

 軽口を叩き合って、お互いの無事を確認し合うハインツとエドガー。

「無事に帰って来たのは嬉しいけれど、こうして五人そろったからには決めないといけないわよね。これから、私達『五色の刃』はどうするのかを」

 だが、デライザがそう言うと、笑みを消して真剣な顔つきになって頷いた。


 『五色の刃』のメンバーが勢ぞろいしたが、彼等は岐路に立たされていた。

 ヴァンダルーとの戦いによる敗北。ダンジョンの崩壊による試練の中断。キュラトスやヨシュア、ルークの消滅。何より、アルダが魔王と呼ぶ存在であるヴァンダルーが、境界山脈の内側でヴィダ派を纏め上げていたと言う真実。


 このままパーティーを維持するのか、それとも解散するのか。ヴィダ派との融和を目的とするアルダ融和派であり続けるのか、主張を変えるのか。ヴァンダルーと再び戦うのか、それともどこか遠くへ逃げるのか。

 出来るかは分からないが、どれかを選ばなくてはならない。


「……ミルの治療を受けている間、ずっと考えていた。神々が知り得たヴァンダルーについての情報を聞かせてもらいながら。

 まず、彼は我々が思っているような、そしてアルダ神殿で教えられるような『魔王』とは違う。『法命神』アルダの教えで彼を判断するなら、極悪人。邪悪な存在だという事になるが……」


 禁忌である魔王の欠片を幾つも身体に吸収し、しかも完全に制御している。更に、無数のアンデッドを創りだし、神々の魂を喰らって消滅させる。


「だが、一方で大勢のヴィダの新種族達を……そしてアルダ信者も含めた人間を助けている。私達が此処にいる間にも、街を守りながらアルクレム公爵領に潜んでいた邪悪な神を倒していた。

 正直、今の時点で私達よりも多くの人間を……ヴィダの新種族を含めた全ての人間を助け、守っている」


 それらの働きをアルダ勢力の神々は「グドゥラニスと違い、ヴァンダルーも地上で生きている。世界を守るのも、自分自身が生きていくためだろう」と言って、評価していなかった。

 だが、神々ではないハインツは地上を生きる人間の一人として、ヴァンダルーの行動を評価していた。


「邪悪な神を!? あいつ、更に腕を上げたのか……」

「ああ。『雷雲の神』フィトゥンも消滅させたらしい。信者らしい青年の身体を乗っ取って、地上に降臨していたが……」

「そこまでか。今の俺達じゃ、もう苦戦もしないんじゃないか、あいつ?」


 エドガーの言葉に、「そうかもしれないな」とハインツは返した。それを聞いて、デライザやダイアナの顔が青くなるが、構わずハインツは続けた。

「そして、アルダ融和派としての私達の在り方だ」

「グールの事なら、私達も話し合ってきたけど、結論はまだ出てない」


 デライザの返事に、ハインツは落胆した様子は見せずに頷いた。

「ああ、そうだ。私達はそれで良い。私達は、ヴァンダルーのようには出来ない」

 グールはヴィダの新種族かもしれない。『法命神』アルダを国教とするアミッド帝国ではなく、オルバウム選王国でもそう口に出来なかった。


 何故なら、「グールもヴィダの新種族だ」と主張するだけでは、何の意味もないからだ。

 オルバウム選王国では、確かにヴィダ信仰が認められている。ヴィダの新種族である獣人や、人種の両親から産まれた先祖返りで一族全員ではないが巨人種の公爵もいる。

 だが、ヴィダの新種族を優遇する国ではない。


 その証拠に、吸血鬼や魔人族等、人類に対して危険だと判断されたヴィダの新種族に対しては、冒険者ギルドでは討伐対象として依頼が出されている。スキュラのように、自治区に押し込められている種族もいる。

 ハインツ達が名誉伯爵になったのも、邪神を崇拝していたヴィダの新種族の原種吸血鬼テーネシアを倒した功績によるものだ。


 それにただグールをヴィダの新種族と認めさせただけでは、グールが吸血鬼や魔人族と同じ、危険なヴィダの新種族の仲間入りするだけで、何の意味もない。


 次に、グール達も自分達がヴィダの新種族だと知らない者が大多数を占めている。魔物のように人を襲い、男なら肉を喰らい、女なら同族にしてしまう。

 そんなグール達をハインツは統率する力を持っていない。彼等が「あなた達はヴィダの新種族なので、人間と争うのを止めよう」とグールに話しかけても、グール達がハインツの言葉を信じるかは別問題だ。


 グールの子供だけでも保護しようと考えないでもなかったが、それは傍から見れば魔物をテイムしようとしているのと同じであるため、数多く保護する事は出来ない。

 そして保護したとしても、扱いはやはりテイムした魔物のままだ。大人になっても解放する事は出来ず、連れまわすか、他のテイマーに譲るしかない。


 そうした理由でハインツ達はグールに関して口を閉じていた。先延ばしにしていたのだ、グールだけに全力を注ぐ訳にはいかないのだと、言い訳をして。


 ヴァンダルーの場合はグールを従わせる『導き』と、導いたグール達を安全に保護できる『国』がある事。更に、アルクレム公爵領では貴族に対して功績や恩だけではなく、「敵にまわったら殺される!」と危機感を抱かせられたために、グールの保護や地位向上を素早く行う事が出来たのだ。


 それらは、ハインツには無い。彼の導きは会ったばかりのグール達に大きな影響を与えられる類のものではないし、保護するための場所もない。


「だが、何も出来なかった我々自身を正当化するつもりはない。ヴィダの新種族と人間との融和の旗頭は、ヴァンダルーの方が相応しいし、その能力もあるとすら思っている。

 ただ、私達には彼と同じ事が出来ないのは変わらない」


「じゃあ、ヴァンダルーとは戦わず、このダンジョンを出るのか? でも、お前とエドガー、デライザは奴にとって仇だ。また狙われるんじゃないのか?」

「デライザから、彼の母親が生き返ったらしいと聞いていますが……それでも彼は許すつもりは無いようですし」


 まるでヴァンダルーの事を擁護し、認めるような話をするハインツに、ジェニファーが問いかける。ダイアナも、同意見のようだ。

「まあ、それはそうだろうな。強盗に金を盗まれた後、また金を稼いだとしても、金を盗んだ強盗の罪がチャラになる訳じゃないんだし」


「それに、彼の前でまた母親を殺してしまった。再現された偽者でも、ヴァンダルーには関係ないようだったし……」

 エドガーとデライザも、ダルシアが生き返ったからと言ってヴァンダルーに許されるとは思っていないようだ。

 だから、アルダの意向に逆らってヴァンダルーを狙うのを止めても、ヴァンダルーが自分達を狙うのを止めてくれるとは思えない。


「それは私も分かっている。だが、その前に二人の意思を確認しておきたい。ジェニファー、ダイアナ、君達はヴァンダルーに命を狙われていない。だが、これからも我々と行動を共にするなら――」

「分かりきった事を態々聞くな」

「私もジェニファーと同意見です」

 意志を確認しようとしたハインツの声を遮って、二人が応える。もし二人が抜けるつもりなら、自分達の帰りを待っているセレンの事を頼もうと思っていたのだがと、苦笑いを浮かべた。


「分かった。では、私の意思を言おう。……ヴァンダルーと戦い、彼を倒してでも止める。今の彼は魔王ではないが……数千年後の彼は魔王になりかねない、又は彼が残すものが魔王よりも危険だからだ」


 ハインツは神々が知っていたヴァンダルーに関する情報を手に入れ、彼が境界山脈内部にヴィダの新種族と一部の魔物、そしてアンデッドの国を創り上げた事を知った。

 その国ではヴァンダルーの統治によって、人々はオルバウム選王国よりも、そしてアルダ融和派が目指す融和よりも、自由と平等を謳歌している。


 自分と同じ導士なのに、ここまで違うのかと思わずにはいられなかった。

 しかし、同時にその国の危うさにも気がついた。


 ヴァンダルーの国が纏まっていられるのは、統治者であるヴァンダルーが存在するからだ。他の国々のように、ヴァンダルーの代わりは一切効かない。

 ヴァンダルーが存在するだけでヴィダの新種族達はお互いに協力し合い、魔物は賢く穏やかに、アンデッドはまるで生前の人格がそのまま宿っているかのように理性的に振る舞い、暮らしている。


 だが、ヴァンダルーがいなくなったら? 導士の力は遺伝しないので、血縁者が幾らいても無意味だ。

 それに居なくならなくても、長い間統治し続けた結果、ヴァンダルーが傲慢になり、人々に圧政を敷くようになったら?


 その時こそ、世界の危機だ。


「これを問いかける為に、そして答え次第ではヴァンダルーを止めるために、私は再び彼の前に立つつもりだ。

 勿論、今のままでは問いかけをする間もなく殺されてしまうから、このダンジョンの残りの試練をやり遂げ、力を手に入れてからだが」


「いや、力を手に入れるって……残っている無事な試練は、いきなりラスト十階層前からだぜ。死なないからと言っても、攻略にどれくらいかかるか分かったもんじゃないぞ」

「その間に、ヴァンダルーはさらに強くなるはずよ。それじゃあ、差は一向に縮まらない」


 そう反論するエドガーとデライザに、ハインツは「大丈夫だ」と言って頷いた。

「このダンジョンの最奥には、『英雄神』ベルウッドが眠っている。彼を目覚めさせ、身体に降臨させるスキルを習得するのが、このダンジョンの目的だ。

 かつて、『法命神』アルダをその身に降臨させ、魔王グドゥラニスを倒したベルウッド。彼と同じ力を私達は手に入れなければならない」

十二章の始まりです。改めてよろしくお願いします。


次話は8月14日に投稿する予定です。


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― 新着の感想 ―
よくよく考えると、ハインツもアルダ達の犠牲者なのかもね。 ハインツはダルシアが火あぶりになった時、最期まで決して息子の事は言わなかった事を見て 邪悪と言われるヴィダの新種族にも親子の愛情があるのを思い…
出る度に株を下げて、共通項のあるシュナイダー(帝国出身、信仰に疑問を持つ、冒険者等)との差が顕著になっていくな。 外面はいいのがたち悪い。
そりゃアルダにとっての英雄の中の英雄ならこういう思考になるわな
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