二百七十話 大魔王とアルクレム公爵領の闇交流
『……フットワークの軽い魔王が、此処まで厄介だとは思わなかった』
アルクレムで行われている壮大な茶番劇を、神々に仕える武力担当の御使いである英霊達は、指をくわえて見ている事しか出来なかった。
英霊達はそれぞれランクにして14前後、それぞれが邪悪な神々でも弱い神なら一対一で戦える強さを持っている。そしてアルクレムを見下ろす神々の領域には十数柱の英霊達が存在していた。彼等が総力を挙げて戦えば、ヴァンダルーも苦戦を免れないだろう。
だが、今は神々や御使い達が地上に存在していた、遥か太古の神代の時代ではない。英霊達が地上でその力を単独のまま発揮するには、莫大なエネルギーを消費する必要があった。
そのため英霊達は地上に降臨しても、戦えるのは数分の間だけ。ヴァンダルーを苦戦させる事は出来ても、それだけで倒す事は勿論、回復困難なダメージを与えられるかも不明だった。
だからこそ、神々の加護を得た英雄達に降臨し、その力を貸し与えるのが、本来正しい英霊が地上に影響を与える時の方法なのだ。
しかし……今、アルクレムにはアルダ勢力の神々から加護を得た英雄候補達は、一人もいなかった。神々がアルクレム公爵領の交易都市の一つ、モークシーに現れたヴァンダルーを警戒して、避難するよう指示を出していたからだ。
『慎重論が裏目に出たか。尤も、彼等がアルクレムに留まっていたとしても、我々が降臨できる器には育っていなかったのだが』
『だとしても、ここまで魔王の好きにはさせなかったはずだ。確かに、奴はアルクレムの人々をゼーゾレギンから救った。それは認めよう。
だが、救った人々を騙し、偽りをもってその信仰を得ようなどと……ゼーゾレギンと何が違うと言うのだ!』
『それよりもボルガドン殿はどうしたのだ? 健在ならば、魔王の暴挙を見過ごす筈がない。やはり、ゼーゾレギン同様に魂を食われてしまったのか……』
『そうとも限らん。ボルガドン殿は健在で、そのまま魔王に与する事にしたのかもしれん』
『な、何だと!? 貴様、ボルガドン殿を愚弄するつもりか!?』
激高する英霊に、槍を肩に担いだ英霊は『落ち着け、そんなつもりはない』と言って宥め、しかし溜め息混じりの口調で言った。
『そんなつもりはないが、我々が知っているボルガドン殿は、御使いを、それも正体を偽っていた邪神の御使いを通してのものだ。俺も含めて、この場に居る全員が本物のボルガドン殿を知らない。
それに、ボルガドン殿にゼーゾレギンに吸収されていた間の記憶があるかは不明だが、もし記憶がなければ『法命神』アルダとヴィダの争いについて何も知らないはず。自身を助けた魔王に恩義を感じ、それに報いようとしても不思議はない。そう思わないか?』
そう語る槍を担いだ英霊に、他の英霊は反論の言葉が思いつかなかった。
『ボルガドン殿は『堕ちた勇者』と交流が深かった、勇者ヒルウィロウを選んだ『大地と匠の母神』ボティン様の従属神。考えも近かったのかもしれん』
『そうかもしれないな。……ならばせめて、我が剣であの人形の正体を衆目に晒してくれる!』
『意味がないから止めておけ。降臨の途中で撃ち落とされるだけだぞ』
『だとしても、このままでいいのか!? 貴様が言うとおりボルガドン殿が魔王に与すれば、ヴィダ派に加われば何が起こるか、分からないではあるまい!』
そう怒鳴る剣を持った英霊の主張も、槍を背負った英霊は理解していた。
ボルガドンがもしヴィダ派に与し、ヴィダ派に加わったとしても、『法命神』アルダを頂点とするアルダ勢力の神々にとって、脅威にはならないし、勢力の運営において大きな穴が空く訳でもない。
ボルガドンになり代わっていたゼーゾレギンは、悪神の封印に専念するため眠りについていると言う理由で、精々御使いで情報を共有していた程度で、勢力の運営に関して特定の役割を果たしていた訳ではない。
それに今のボルガドンは、ゼーゾレギンから解放されたばかりで極限まで力を失い、限りなく精霊……意志を持った自然の魔力に等しい状態だと推測される。そのため、敵に回ったとしても直接的な脅威にはなり得ない。
だが、信仰的には大ダメージである。
『山の神』ボルガドンは、世界全体から見ればメジャーな神ではない。隣国のアミッド帝国では、名前も知らない者の方が多いだろう。
しかし、アルクレム公爵領の都、百万人の大都市であるアルクレムでは、その名を知らぬ者はいない守護神である。
それに『アルクレム五騎士』の中に代々『崩山の騎士』……ボルガドンが周囲の山ごとゼーゾレギンとフォルザジバルを地中に封印した結果、周囲の山々が崩れ荒野となった事に由来する名を冠する騎士がいた事が表すように、政治的な影響力も大きい。
……その正体は擬態人間だったので、今後アルクレム公爵がどうするかは不明だが……その公爵自身がヴァンダルーの茶番劇に乗っているので、考えるだけ無駄だろう。
ボルガドンがヴィダ派に加われば、アルクレムの人々が受ける影響は計り知れない。
それでも、アルクレム公爵領以外のオルバウム選王国でのアルダ勢力の神々に対する信仰は、変わらないだろうが……アルダ勢力の神々はアルクレムでも信仰が強い場所を、そっくりそのままヴィダ派に奪われるのである。
実際の損失と精神的なダメージ、そしてヴィダ派の勢いがより強くなった影響。これを考えると、とても小さな被害とは言えない。
『気持ちは分かる。だが、この場の全員で力を合わせても、せいぜい人形劇に茶々を入れる事しか出来ない。
地上には魔王だけじゃない。グファドガーンに、ヴィダの化身、そして魔王の僕がどれ程いるか分からないし、新たに【転移】で援軍がやってくる可能性も高い。
奴の本拠地はアルクレムではなく、境界山脈の向こうだと言う事を忘れるな!』
降臨する際に撃ち落とされなくても、魔王側の戦力は底なし。これでは魔王の元へ、自ら食後のデザートになりに行くようなものだ。
それを理解したのか、自暴自棄になりかけていた剣を携えた英霊も肩を落として引き下がった。
『しかし、十万年前の英霊達はどうやって魔王軍と戦ったのだろうか? ヴァンダルーとグドゥラニスは別の存在だとしても、それが分かれば今後の参考になりそうだが……』
そう槍を担いだ英霊が呟くと、杖をついた英霊が口を開いた。
『我が主から聞いた事がある。だが、ヒントにはならないでしょう。何故なら、魔王グドゥラニスがこの世界に現れる前の英霊は、強くなかった。他の人間から昇華した御使いと、同じ程度の力しかなかったそうですから』
『それは本当か!? 英霊の資格を強さだけで論じるつもりはないが、それでも限度があるはずだろう!』
生前から人々に英雄として尊敬され、神に自力で至る程ではなくても認められた者が英霊となる。だから当然、英霊は強いのが常識だ。
しかし、それは現代の常識である。
『私もそう主に言い返したのだが、こう言われた。魔王グドゥラニスが邪悪な神々を率いて現れる前は、この世界に魔物はゴブリンの一匹も存在しなかった。当然、魔物の巣窟である魔境も、ダンジョンも無く、神々の庇護と教えを直接受ける人々が殺し合うような事もなかったので、戦争も存在しない。そもそも、ステータスシステムも存在しなかったのだ。今のように強くなれるはずがないだろう、と。
当時の英雄とは、他より抜きんでて狩りが上手い者や脚が速い者だったのだそうだよ。それから昇華した存在である英霊が今ほど強くなくても、道理だろう』
魔王グドゥラニスが現れる前は、この世界は平和だった。武具は鳥獣や魚を狩るためのものであり、ジョブやスキル等のステータスシステムは存在しなかった。
だからこそリクレントがステータスシステムを考案して人々を強化し、勇者達を召喚するまで神々は魔王軍を相手に劣勢を強いられたのだ。
『そうか。つまり、やはり必要という事だな。魔王を倒す為には勇者ベルウッドのような、英雄の中の英雄たる存在が。なら、今はその時ではないという事か』
そう槍を背負った英霊が呟くが、ある英霊が言った。
『今、知らせがあった。その英雄の中の英雄たる素質を持つ男、ハインツが復帰したそうだ』
英霊達がそんな事を話していたとは知らないヴァンダルーは、眼を光らせていた。
「ピントを合わせるのが意外に難しい。本来の用途とは逆ですからね。うん……これでよし。【発光器官】は良好」
両手に抱えた巨大な眼球から放たれた光が、白い壁に当たって映像を映しだす。
「わぁ、ヴァン、すごい! 本物みたい! ねえ、ユリアーナ?」
「はいっ! 音や声まで聞こえてきそうです!」
「こんなの初めて見た! 家族にも見せたい!」
「エイガ、凄い! 凄い、エイガ!」
パウヴィナとユリアーナ、そしてブラガ達ブラックゴブリンが興奮した様子で、映像を見つめる。ヴァンダルーが映し出したのは、昼間に行った盛大なスケールの茶番劇、その様子である。
茶番劇に参加できなかったブラガ達は何も言わなかったが、二人……特にパウヴィナが、「あたしも参加したかったー!」と抗議したため、何か埋め合わせは出来ないかと考えた結果、ヴァンダルーは「せめて映像だけでも見せる」事を思いつき、この【魔王の欠片】を使った上映会となったのである。
【完全記録術】スキルを持つヴァンダルーは、目で見た映像を完全に記録しており、それを【魔王の発光器官】と【眼球】のレンズを組み合わせて映写機の代わりにして、映し出しているのである。
「映写機の術とでも名付けましょうか。色はあっても音がないので、映画としてはかなり古いですけど」
映像だけではなく音もヴァンダルーは覚えているが、それを正確に再現して出力するスピーカー代わりになるものが無い。
「それは私達が説明すればいいのよ。パウヴィナ、ユリアーナさん、ここでまずブラバティーユさんが『アルクレム五騎士』のリーダーとして、名乗りを……なんて言ったのだったかしら?」
そのためダルシアは、映像を見ながら当時の出来事をパウヴィナ達に説明しようとするが、流石に他人の台詞までは覚えていなかったようで、すぐ言葉に詰まってしまう。
「ダルシアさん、本人が此処にいるんだし、説明して貰えば良いじゃない。ねえ?」
「ん? わ、儂が何か?」
それまで呆然と映しだされる映像とヴァンダルーを眺めていたブラバティーユは、プリベルの触腕を肩に置かれて、はっと我に返った。
「パウヴィナとユリアーナに、貴殿があの時何と言ったのか、説明して欲しい。頼めないだろうか?」
ギザニアにそう尋ねられたブラバティーユは、「そ、それは構わんが……」と頷きながらも、暫く迷うようにヴァンダルーと映写機代わりの巨大眼球を見つめていた。
「では、ブラバティーユが叫んで、悪神役のゴーレムに斬撃を飛ばす前に巻き戻しますね。……ここまで映像を再現できるなら、音も自前で用意したいですね」
「「「「早く♪ 早く♪」」」」
しかし、そのヴァンダルーに言われた事と、パウヴィナ達に急かされた事で、自分に拒否権は無いと判断したらしい。
「あの時儂は、『ボルガドンの化身よ、助太刀いたす!』と叫んで、悪神役のゴーレムに【斬空】を放ったのだ。しかし、儂の【斬空】は【魔王の外骨格】とやらのせいで全く効かず、『馬鹿な、儂の武技が!』と悪神が強大な存在であるかのように、偽ったのだ」
「……あの時は、酷い棒読みだったけどね。ヴァンより棒読みだった」
朗々と語るブラバティーユだったが、カチアがぽつりと漏らした通り、当時の彼の演技は酷いものだった。
「全くです。三流役者の見本のようでした。普段は、必要がなくても芝居がかった大声で話すというのに」
「きっと、意識するとダメなのだろう。年甲斐もなく緊張したか、それとも偽物と分かっていてもあの巨体を前にして動揺したか」
「ラルメイア! バルディリア! 貴様等、まるでそちら側のように――」
「おっと、次はセルジオ殿が得意の雷撃を放つも効果を発揮せず、魔術も効果が薄いと言うシーンですぞ」
「はいはい、今度は俺の番ね。『下がってな、爺さん!』と言った俺は槍を掲げて【雷撃】の魔術を唱えて放ったが、悪神の表面を僅かに焦がした程度で、ダメージは無い。
俺は舌打ちをして、『ダメだ。武技だけじゃなく、魔術も弾く。こんな奴、どうしろって言うんだ?』と言ったのさ」
ブラバティーユは、ヴァンダルー達の仲間のような雰囲気で映像を鑑賞している同僚、ラルメイアとバルディリアを怒鳴りつけようとするが、セルジオが説明を始めたため、途中で口を閉じて押し黙るしかなかった。
そんな腹心の部下達の様子を見ながら、アルクレム公爵は呆然とした様子で、ヴァンダルー達を眺めていた。ただ、驚きながら。
別に、ヴァンダルーが映像を映しだしている事は驚愕に値しない。同じ事は魔術や、マジックアイテムでも可能だからだ。
光や風の属性を使った幻術で、術者が記憶している光景を映しだす事は難しくない。大きな劇場では、そうした演出を行う魔術師を従業員として雇っている。
それよりも難易度が高いが、時属性魔術で過去の出来事を映しだす事も可能だ。その場合は、音もある程度だが再生される。
過去の出来事を記録する水晶玉等のマジックアイテムも、昔から作られている。
尤も、魔術でここまで精巧に過去の出来事を映しだせるのは、余程の魔術の達人だけだろうし、再生できる映像の長さも魔力を振り絞っても三十分に届かないだろう。
マジックアイテムでも、記録する映像の時間が長ければ長い程材料費と水晶玉の大きさが跳ね上がるので、十数分が限度だと言われている。
だから、ヴァンダルーが行っている事は十分凄い事なのだが……タッカード・アルクレム公爵やブラバティーユ、セルジオにとって、驚愕に値するのはそれが【魔王の欠片】を使って行われているという事だ。
遥かな太古の時代、伝説の勇者達と、彼等に率いられた英雄達が振るうオリハルコンの武具か、そうでなければ神々が直接振るう武具でなければ対抗できなかった、魔王グドゥラニスの肉体。
その欠片はこの世界の人々にとって、宗教的な禁忌である以上に、危険物質である。
身体に一度寄生されれば、暴走して死ぬまで取り除く事が出来ず、周囲に甚大な被害を及ぼす。
欠片を加工した【魔王の装具】も、壊れれば所有者や周囲の生物に寄生して、復活しようと他の欠片を探し求めながら、周囲を破壊する。
そんな恐ろしい【魔王の欠片】が、映写機代わりに使われているのだ。驚愕するのも当然だろう。タロスヘイムでは【魔王の欠片】の平和利用は日常茶飯事でも、人間社会では初めての事だ。
そもそも、【魔王の欠片】をこんな形で利用すると言う発想自体、人間社会では生まれないだろう。精々、欠片が作り出した物質……ゼーゾレギンが放った【魔王の結晶】の結晶塊等を加工して、武具や錬金術の素材に使うのが限界だろう。
「何と言えばいいのやら……自分の中の常識が壊れていくのを感じる」
そう言いながらも、同時にヴァンダルー達は決して敵に回すまいとタッカード・アルクレムは決意した。
ヴァンダルーがブラガ達、本物の『顔剥ぎ魔』の黒幕である事や、ユリアーナがやはりユリアーナ・アルクレムの生まれ変わりである事、そしてヴィダル魔帝国の存在……ゼーゾレギンや擬態人間の存在よりも恐ろしい真実を、タッカードは打ち明けられたが故の決意だった。
アルダ融和派に転向してからまだ五年と経っていないのに、ヴィダ派への転向。それにグールに人権を与えるべきであろうし、再建するボルガドン神殿にはアルダではなく、ヴィダのレリーフを飾る事になるだろう。
アルクレム公爵家に仕える貴族達の内、幾らかからは反発があるだろう。他の公爵家や、選王領のドルマド軍務卿やテルカタニス宰相の反応は、想像したくもない。
そして当然だがアルダ神殿からは反発されるだろうし、ヴィダ神殿からも反対の声があがる可能性が高い。今のヴィダ神殿の聖職者たちの殆どは、アルダ融和派を歓迎しているのだから。
結果的に貴族達の中には謀反を狙う者が現れるかもしれないし、選王領では「アルクレム公爵は乱心した」と見なされ、暗殺者が送り込まれるかもしれない。
その危険性を考えても、タッカードの考えは変わらなかった。
(貴族の謀反や凄腕の暗殺者ごとき、魔王……大魔王ヴァンダルーを敵に回すリスクと比べれば、大した事ではない!)
ヴァンダルーは、茶番劇に必要だからと全長百メートル以上の巨大ゴーレムを創りあげた。そのゴーレムをアルクレムの街に向かわせるだけで、甚大な被害が出る。
高さ数十メートルの城壁など、薄い板同然だ。魔術的な結界も、圧倒的質量の前には意味をなさないだろう。
そして勿論、アルクレム公爵軍の全てをぶつけたとしても勝てないと言う、圧倒的戦力差がある。巨大ゴーレムを作らなくても……いや、作らない方がヴァンダルーは強いのだ。
(勿論、都を救われた恩もある。彼は報酬も提示されていないのに、我々の街を守ってくれるほど善良な人物だ。我々が助けられた恩に真摯に応えれば、よりこの街に、アルクレム公爵領に好意を抱いてくれるはず。
ただ『顔剥ぎ魔』は止め、今後は彼等からの情報を頼りに騎士団で捜査する事にしてもらわなければならないが)
『顔剥ぎ魔』は、悪神の手下の仕業と言う事にしたので、いつまでも『顔剥ぎ魔』に暗躍されては困る。それに、公爵家の威信に傷がつき、衛兵隊や騎士団の信用も落ちてしまう。
そのため今後はヴァンダルー達からの情報提供を受け入れ、それを捜査に役立てるつもりだ。担当はラルメイアとバルディリアが良いだろう。
……二人はすっかりヴァンダルーに心酔し、バルディリアの場合はダルシアを女神様と呼んで憚らないが、タッカードは特に何か対処するつもりはなかった。
誰に憧れ、尊敬するのかは、個人の自由であるし、二人とも騎士としてアルクレム公爵家に忠誠を誓っている事に変わりはないようだ。
これが敵国であるアミッド帝国の皇帝や有名な騎士、将軍だった場合は一大事だが、これから友好関係を築こうとする相手なら、そう不都合はない。二人には今後、積極的にヴィダル魔帝国とのパイプ役になってもらおう。
(問題は領内の貴族だが、モークシー伯爵は理解してくれるだろう。他の貴族には根回しをするとして……他の公爵や、宰相や軍務卿の事は二の次で構わん!)
「さっきから何か考えているようですが、どうかしましたか?」
「はっ!? い、いえ、何でも!」
そのヴァンダルーに話しかけられたタッカードは、驚いて飛び上がった。しかし、過度のストレスに晒された彼の顔色は悪く、薄くなった髪は更に弱々しくなっている。
他人の胸の内を推測する目は節穴のヴァンダルーでも、彼の言葉を信じる事は出来なかった。
しかし、腹を一方的に割って色々と打ち明けたばかりだ。更に【若化】で若返らせるのは、まだ早計だろう。
だが、タッカードの体調不良を見て見ぬふりをするのも具合が悪く感じる。それに、彼が今倒れてしまうと、事情を知らない公爵家の後継者と改めて話し合わなければならない。
表沙汰に出来ないままでも、この協力関係が長期的に維持できる段階に進むまでは、タッカードにアルクレム公爵でいて貰いたい。
「……これを」
考えた末に、ヴァンダルーは額に生やした触角で、懐に入れておいたクリームの入れ物を取り出した。
「こ、これは、塗り薬ですかな?」
「ええ、Vクリームというヴィダル魔帝国で流通している薬です。肌の調子を整え……頭皮に塗り込むと発毛と育毛に効果があります」
「っ!?」
発毛と育毛に効果がある。そうヴァンダルーが言った瞬間、それまで黒い触角に引いていたタッカードの目はギラギラと輝き、反射的にVクリームを受け取っていた。
こうしてヴィダル魔帝国皇帝ヴァンダルーと、アルクレム公爵家当主タッカードの関係は始まったのだった。
「キュール、本物よりカッコイイ!」
『ブグルルル』
壁には、キュールが擬態した『崩山の騎士』ゴルディが、悪神役のゴーレムの攻撃を受け止め、「今だ! 私ごと殺れ!」と叫び、盛大に散るところが映し出されていた。
茶番劇を行った次の日、ヴァンダルー達はサムの荷台にあるジョブチェンジ部屋に向かっていた。理由は当然、昨日のゼーゾレギンとの戦いでレベルが上限の百まで上昇したので、ジョブチェンジをするためである。
ジョブチェンジは、自分の進路に迷っている場合やジョブチェンジ可能なジョブが無い場合を除けば、できるだけ速く行うべきだとされている。
レベルが百に到達したジョブはもうレベルは上がらないし、ジョブチェンジして他のジョブになっても、ジョブの効果やスキル補正は受け続ける事が出来るからだ。
しかし昨日は茶番劇でヴァンダルーも疲れていたし、その後も色々と忙しかった。それらを熟した後は予想以上に時間が過ぎていて、ジョブチェンジをする間もなく眠ってしまったのである。
「疲れているなら寝ても大丈夫よって言ったのに、パレードが終わるまでずっと起きているんだから」
「擬態人間に邪悪神に、その後の茶番劇でのゴーレムの操作。ヴァン殿でも骨だったはずでござろうに」
「しかもその後も、映写機の術で映像を映し続けて……昨日は働きすぎだったな」
「母さんやミューゼ、皆の晴れ姿を見逃す訳にはいきませんし、映写機は思いついたらやりたくなってしまったのです」
茶番劇……悪神との戦いの後、街へ帰還しアルクレム城へ戻るまでの道は、勝利に熱狂した街の人々が道の両脇を固めた事で、ちょっとしたパレードとなった。
日が傾いていたのに光属性魔術でライトアップされ、人々は『山の神』ボルガドンと共に悪神と戦い、街を守った英雄達を笑顔と歓声で出迎えた。
ダルシアやミューゼ達からは休むよう勧められたが、ヴァンダルーは賞賛を受ける彼女達の姿を見たかったのだ。
実際疲れていたし、茶番劇で百メートル以上の大きさの巨大ゴーレムを創り上げ、操るのは想像していた以上に魔力を消費したので、睡魔との戦いだったが。
『それほどまでに骨を折ってもらったとは、感謝の言葉もない。山々を犠牲にしたのに封印し損ね、それどころか奴に利用されて暗躍を許した我の名誉等、泥にまみれて沈むのが相応と言うのに』
そう、昨日の茶番劇の結果人々の信仰心が煽られたお蔭で、魂のみの状態から幾分マシになったボルガドンが感謝の意を表す。
「気にしないでください。真実を広めない方が、俺達にとっても都合が良かったのです。それに、都であるアルクレムが大混乱に陥ったら、モークシーにも影響は大きいでしょうし」
『アルクレム五騎士』の一人が実は魔物で、邪悪神の僕である擬態人間だった。しかも、その邪悪神が『荒野の聖地』で信仰されているボルガドンの正体だった。
そんな事が明らかになったら、人々はパニックに陥っていただろう。心の支えを失い、隣人が擬態人間なのではないかと疑心暗鬼に陥り、信じる神の正体が邪悪な神ではないかと不安に苛まれるだろう。そして、当然公爵家の権威は失墜する。
そうなっても、ヴァンダルーにとって良い事はない。ダルシアの布教活動の役には立つかもしれないが……人々がヴィダ信仰に傾倒しすぎて、ダルシアがアルクレム公爵領から動けなくなってもやや困る。
茶番劇によって捏造した嘘の方が、ヴァンダルー達には都合が良かったのである。
『だとしても、お礼を申し上げる。我など、ゼーゾレギンと一緒に喰ってしまったほうが、後腐れがなくて……』
「いや、そんな事はありませんよ」
「そうよ、ボルガドンさん。力を失って弱気になるのは分かるけど、自棄にはならないで。これから頑張ってもらわないといけないのだから」
ボルガドンは相当ナイーブな精神状態にあるらしい。ジョブチェンジ部屋の順番を待っている間、ヴァンダルーとダルシアで励ますが、中々立ち直ってくれない。
「ヴァンダルー様さん!? どう言う事ですか!?」
そうこうしていると、ジョブチェンジを終えたらしいミリアムが、部屋の中から出てきて、ヴァンダルーに詰め寄った。
「どうかしました? あと、友達なので俺の事は呼び捨て、若しくはヴァンと呼んでください。ヴァーちゃんでも構いませんが」
「どうかしましたじゃありません! 私のステータスにあなたの加護が表示されているんですけど、どう言う事ですか!? 皇帝なだけじゃなくて神様なんですか!?」
「落ち着いて、ミリアムさん。うちの子が驚かせてごめんなさいね。でも、この子も意識して加護を渡している訳じゃないの。だから、前もって加護を渡す事を言えないのよ」
驚いて半ばパニック状態のミリアムを、宥めるダルシア。そのお蔭か、彼女も落ち着きを取り戻してきた。
「そ、そうなんですか。なら、仕方ないですよね。じゃあ、今度からは……あれ? 別に怒る事じゃないですよね? 私、すごく失礼な事しちゃいました?」
我に返って青ざめるミリアムに、気にする事はないと、皆が頷きかける。
「まあ、昨日の内に説明するべきだったよね」
「驚くのも無理はない。でも加護は本当に加護だから、大丈夫だ。呪いとか、妙な効果は無い」
「だから、落ち着くでござる。では、このまま【御使い降魔】についても説明しておくので、ヴァン殿は先にジョブチェンジを済ませるでござるよ」
ちなみに、このしばらく後アーサー達がヴァンダルーの加護を得ている事に気がついて驚いていたので、プリベル達から説明を受けたミリアムが、彼等に説明する事になったのだった。
「ありがとう。では、早速……」
ミリアムの手から脱出したヴァンダルーは、ジョブチェンジ部屋に入り込んだ。
《選択可能ジョブ 【怨狂士】 【冥王魔術師】 【堕武者】 【蟲忍】 【滅導士】 【ダンジョンマスター】 【混導士】 【虚王魔術師】 【蝕呪士】 【デーモンルーラー】 【創造主】 【ペイルライダー】 【タルタロス】 【荒御魂】 【冥群砲士】 【魔杖創造者】 【魂格闘士】 【神滅者】 【クリフォト】 【冥獣使い】 【整霊師】 【匠:変身装具】 【虚影士】 【バロール】 【アポリオン】 【デモゴルゴン】 【大魔王】 【魂喰士】 【神喰者】 【ネルガル】 【羅刹王】 【シャイターン】 【蚩尤】 【神霊魔術師】(NEW!) 【ウロボロス】(NEW!)》
意識に表示されるジョブチェンジ可能ジョブの一覧を確認したヴァンダルーは、【神霊魔術師】と【ウロボロス】が増えている事に気がついた。
【神霊魔術師】は、そのまま【死霊魔術師】の上位ジョブだろう。だが、【ウロボロス】は……なんだろうか?
「たしか、無限の象徴だった……もしかして、自分で自分の尾を食べている意匠が関係している? 共食いスキルを覚えたから」
使い魔王は自分自身でもあるので、【共食い】を使う場合は、自分で自分を食べていると言えるかもしれない。
「まあ、今回はどのジョブにするかは決めてあります。【大魔王】を選択」
魔王を超える【大魔王】ジョブになれば、【魔王の欠片】をより制御する事が出来るようになり、【魔王の筋肉】でボディビルダーのような肉体美を再現できるのではないだろうか?
そう考えたヴァンダルーは誘惑に負け、【大魔王】ジョブを選んでしまった。
《【大魔王】にジョブチェンジしました!》
《【剛力】、【超速再生】、【猛毒分泌:牙爪舌】、【能力値強化:君臨】、【欠片限界突破】、【迷宮創造】、【深淵】スキルのレベルが上がりました!》
《【魔王】が【大魔王】に、【糸精製】が【魔糸精製】に、【業血】が【統血】に、【欠片限界突破】が【欠片限界超越】に覚醒しました!》
「……色々覚醒してレベルが上がりましたが、流石にいきなりカンストはしませんでしたね。ではスキルの検証は後にして、まずは【筋肉】を」
ヴァンダルーは左腕を上げて、そのまま【魔王の筋肉】を発動させる。脳裏には、彼が理想とする丸太のような腕を思い浮かべる。
すると、何かが軋む鈍い音を立てながら、腕が裂けた。皮膚の下から筋肉繊維が飛び出して腕を包み肥大していく。
「……たしかに太くて長くなりましたが、これはちょっと違うと思う」
異常発達した筋肉によって、伸びて太く肥大した腕を見たヴァンダルーは、その歪さに溜め息を吐いた。
見るからにパワーは在りそうだが、見た目が美しくない。
そう思っていると、再び腕が裂け、筋肉繊維が枝分かれしてそれぞれ纏まり、ヴァンダルーが思い浮かべた理想の腕に変化した。
「……確かに思い浮かべた通りですが、何故触手に成るのでしょうか?」
六本のボディビルダーの腕型の触手に変化した腕を、ヴァンダルーは半眼になって眺めている。
「やはり、異世界の存在である魔王の筋肉は、人間のボディビルダーのような形状にはならないのかもしれませんね。そもそも、グドゥラニスが哺乳類だったのかさえ疑問ですからね」
そうヴァンダルーが諦めたのと同時に、《レベル上限に達しました!》と脳内アナウンスが流れる。
結局、【魔王】と同じように、すぐ百レベルに到達したようだ。
「欠片も【魔王】になった時よりも増えていますからね……次のジョブは……【怨狂士】を選択」
次は、【怨狂士】を選択した。【叫喚】スキルと関係が深そうなジョブなので、昨日はサイレントになってしまった映画に音声も付けられるようになるのではないかと思ったが……特に変化はなかった。
「まあ、ダメだったら【魔王の声帯】とか、そう言った欠片に期待しましょう」
ヴァンダルーはそう言うと、ジョブチェンジ部屋を出た。
今日から悪神が封印されているか、悪神が残した事になっている結晶について魔術師ギルドや各神殿の専門家が調査する予定になっており、ヴァンダルー達はその間にアルクレム公爵と改めて会談し、今後の交渉……秘密裏に国交を結ぶ上での取り決めについての話し合いを行う。
更に数日後に亡きゴルディと彼の一族の葬儀や、今回の論功行賞、新しいボルガドン神殿の建設事業の発表などいくつかの行事が在り、ヴァンダルー達の滞在は十日程伸びる事になったのだった。
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・名前:ヴァンダルー・ザッカート
・種族:ダンピール(母:女神)
・年齢:11歳
・二つ名:【グールエンペラー】 【蝕帝】 【開拓地の守護者】 【ヴィダの御子】 【鱗帝】 【触帝】 【勇者】 【魔王】 【鬼帝】 【試練の攻略者】 【侵犯者】 【黒血帝】 【龍帝】 【屋台王】 【天才テイマー】 【歓楽街の真の支配者】 【変身装具の守護聖人】
・ジョブ:怨狂士
・レベル:0
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士、毒手使い、蟲使い、樹術士、魔導士、大敵、ゾンビメイカー、ゴーレム創成師、屍鬼官、魔王使い、冥導士、迷宮創造者、創導士、冥医、病魔、魔砲士、霊闘士、付与片士、夢導士、魔王、デミウルゴス、鞭舌禍、神敵、死霊魔術師、弦術士、大魔王
・能力値
生命力:575,691 (202,331UP!)
魔力 :8,514,741,172+(7,663,267,054) (合計1,973,394,604UP!)
力 :58,882 (15,531UP!)
敏捷 :52,751 (13,225UP!)
体力 :62,480 (20,433UP!)
知力 :67,493 (11,095UP!)
・パッシブスキル
剛力:6Lv(UP!)
超速再生:3Lv(UP!)
冥王魔術:8Lv(UP!)
状態異常無効
魔術耐性:9Lv
闇視
冥魔創夢道誘引:9Lv
詠唱破棄:9Lv
導き:冥魔創夢道:9Lv
魔力常時回復:2Lv(UP!)
従群超強化:3Lv(UP!)
猛毒分泌:牙爪舌:4Lv(UP!)
敏捷強化:9Lv
身体伸縮(舌):10Lv
無手時攻撃力増強:小(無手時攻撃力強化から覚醒!)
身体強化(髪爪舌牙):10Lv
魔糸精製:1Lv(糸精製から覚醒!)
魔力増大:9Lv
魔力回復速度上昇:9Lv
魔砲発動時攻撃力強化:極大(UP!)
生命力増強:2Lv
能力値強化:君臨:6Lv(UP!)
能力値強化:被信仰:3Lv(UP!)
能力値強化:ヴィダル魔帝国:1Lv(NEW!)
自己再生:共食い:1Lv(NEW!)
能力値増強:共食い:1Lv(NEW!)
魂纏時能力値強化:小(NEW!)
・アクティブスキル
統血:1Lv(業血から覚醒!)
限界超越:8Lv(UP!)
ゴーレム創成:7Lv(UP!)
虚王魔術:6Lv(UP!)
魔術精密制御:2Lv(UP!)
料理:8Lv
錬金術:10Lv
魂格滅闘術:5Lv(UP!)
同時多発動:4Lv(UP!)
手術:8Lv
具現化:4Lv
連携:10Lv
超速思考:6Lv
指揮:10Lv
操糸術:8Lv(UP!)
投擲術:10Lv
叫喚:7Lv
神霊魔術:2Lv(UP!)
魔王砲術:4Lv(UP!)
鎧術:10Lv(UP!)
盾術:10Lv(UP!)
装影群術:7Lv
欠片限界超越:1Lv(欠片限界突破から覚醒!)
整霊:1Lv
鞭術:3Lv
霊体変化:雷
杖術:2Lv(UP!)
高速飛行:1Lv
・ユニークスキル
神喰らい:8Lv(UP!)
異貌多重魂魄(異貌魂魄から覚醒!)
精神侵食:9Lv
迷宮創造:5Lv(UP!)
大魔王(魔王から覚醒!)
深淵:10Lv(UP!)
神敵
魂喰らい:9Lv(UP!)
ヴィダの加護
地球の神の加護
群体思考:7Lv(UP!)
ザンタークの加護
群体操作:7Lv
魂魄体:4Lv
魔王の魔眼
オリジンの神の加護
リクレントの加護
ズルワーンの加護
完全記録術
魂魄限界突破:1Lv
変異誘発
魔王の肉体(【魔王の結晶】、【汗腺】、【筋肉】、【刺胞】が合流!)
亜神
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
○ジョブ解説:弦術士
自らが精製した糸を扱う事に長けたジョブ。裁縫や機織り、特殊な糸を使っての戦闘等、弦楽器の演奏など、様々な補正を得る事が出来る。
糸を精製する事が可能で、死属性の適性を持つ者がジョブチェンジする事が出来る。
○ジョブ解説:大魔王
【魔王】スキルと【魔王の欠片】を所有し、【魔王】ジョブを経た者が就く事が出来るジョブ。
基本的には【魔王】と同じだが、全体的に【魔王】よりも生物の変異や魔物やダンジョンの創造等、魔王らしい事に補正がかかる。
コミックウォーカーとニコニコ静画で拙作のコミカライズが始まりました! もしよろしければ第一話をご覧ください。
また、書籍版第四巻が7月発売予定です。一二三書房公式ホームページの商品情報→発売予定のタイトルで、カバーイラストと試し読み、購入特典が公開されました! 是非ご覧ください!
閑話40は7月14日に投稿する予定です。




