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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第二章 沈んだ太陽の都 タロスヘイム編
33/514

三十二話 自分探しとランクアップ

 休暇三日目のヴァンダルーだったが、一方巨人アンデッド達は今まで無為に過ごしていた時間を取り戻すかのように、忙しく働いていた。


「木こりはきぃーをキル!」

『ぎいいいいいいいいいい!』

 両手持ちの斧を、思い切り大木の幹に叩きつける。すると、大木……木が魔物化した魔物であるエントは絶叫を上げた。


 そのままズガンズガンと、最後の抵抗に枝を振り回すエントに構わず斧を振るい続け、遂に伐採が完了する。

「親方! この木はどうするんで?」

『材木置き場に置けぃ! 暫く御子は休みだ!』

「う゛う゛すぅっ!」


 巨人種アンデッド達は伐採したエントの細かい枝を切り落とすと、それ等も一緒に材木置き場に運んでいく。彼らは生前から『木こり』で、その仕事は骨だけだったりちょっと肉が腐っていたりしても、テキパキと手際が良い。

「早くタロスヘイムからオレ達以外の魔物を駆逐しないとなぁ!」

「ああ、折角御子が来てくれたんだからな!」

『あ゛あ゛ー、早く塩を取りに行きてぇ!』


 彼らは森林の魔境に中心部以外が侵食されてしまったタロスヘイムを、元の廃墟に戻そうとしていた。そうしてくれれば、タロスヘイムの建物を元通り修理するのを神託の御子、ヴァンダルーが手伝うと言ってくれたからだ。

『オレタチの仕事ぶりを見せてやれ!』

 元木こりを先頭に、巨人種達は縄張りを荒らすなと襲い掛かって来る魔物を次々に倒し、木を伐採して行った。


 タロスヘイムはオルバウム選王国のハートナー公爵領と繋がるトンネルが発見されるまで、境界山脈によって外界から隔離されていた都市国家だ。

 人口は王都に五千人と、百人規模の村が三つあった程度で、何と【剣王】ボークスのような腕利き冒険者や、【聖女】ジーナを筆頭にした神殿戦士団以外には、専業の職業軍人や戦闘技能者が存在しなかった。


 警備兵を含めた軍人は全て兼業で、普段は鉱山夫だったり漁師だったりしたらしい。

 それだけ聞くと、如何に生まれつき筋力に優れ頑丈な肉体を持つ巨人種の国とは言え、軍事力は低いように思える。しかし、実態は違っていた。


 タロスヘイムの主な産業は、一部の農業以外は全て魔境やダンジョンに依存していた。

 木こりは魔境やダンジョンでエントやトレント、ハイトレントを伐採して木材を得る。

 漁師は三つ又槍で水棲の魔物を狩る。

 鉱山夫も魔物がうようよいる魔境やダンジョンの鉱脈から金属を採掘するため、邪魔な魔物を自ら闘い排除する。


 そう、タロスヘイムでは人口五千人の大部分が腕利きの戦闘系スキル所有者だったのだ。

 一部例外の筈の農夫ですら、農作物を狙う危険な猛獣を殴り殺せるだけの戦闘能力を持つのだから笑えない。

 その当時の実態を知ったヴァンダルー達は、「ミルグ盾国は、よくこんな国にケンカを売ったな」と思った。

 だって、約五千人の国民の九割以上が自軍の兵士を一撃で殺せる戦闘員。それが堅牢な城塞都市で待っているのだ。


 そんな国を攻略しようものなら、自軍に数倍の犠牲が発生するのは目に見えている。

 適性のある属性が少ないという巨人種の特性上魔術の使い手は少ないだろうが、ミルグ盾国軍にしても騎士や兵士で多くが構成されるため魔術師が多い訳では無い。


 きっと、ミルグ盾国かその背後で命令を出したアミッド帝国は、タロスヘイムの上辺だけを見て詳しい分析をしないまま派兵を決めたのだろう。結果、一応勝ったもののミルグ盾国は国宝の魔槍も含めて歴史的損害を出した訳だ。

 何とも愚かな話だが、そんな過去とは関係無く巨人種アンデッド達によってタロスヘイムからアンデッド以外の魔物は次々に狩られて行くのだった。




 その頃、ヴァンダルーは冒険者ギルドの廃墟で、本を読んでいた。ヴィダ神殿や小さな魔術師ギルドの支部の書庫は火を放たれるか略奪を受けて全滅だったが、ここの書庫は放置されていたお蔭で二百年経った今でも無事な本が幾つもあった。


 多分、戦争の名目が宗教上の事だったので神殿の書庫には火が放たれ、小さくても独自の研究をしていた可能性がある魔術師ギルドの書庫は略奪にあったが、そういった要因が無い冒険者ギルドの書庫は放置されたのだろう。単に、何かする前に撤退しなければならなくなったのかもしれないが。

 そして、その無事な本の中にダンピールに関して書かれた本が残っていたはずだと、巨人種アンデッドの一人に教えてもらったのだ。


 因みに、冒険者ギルドに登録した者が持てる登録証の発行ができるマジックアイテムも残っていたが、動かす事は出来なかった。何でも、ギルドの職員以外動かす事は出来ないらしい。

 ここで登録できれば称号やスキル、そして魔力の事を隠したまま冒険者になれたのだが、人生はそう上手く行かないようだ。


 だが、今は自分の種族に関する事を調べるのが先だ。


「これでやっと俺自身について分かる」

 今までは従属種吸血鬼のヴァレンと、ダークエルフのダルシアの間に生まれたという以外、さっぱりだったから機会があれば知りたかった。

 とりあえず、自分がどれくらい生きるのか、平均寿命ぐらい知っておきたい。これからの人生設計を考えるために。


 万が一人種よりも短かったら大変だからだ。魔術で寿命を延ばし、自分を【若化】する事も出来るが「ダンピールは若さを保ったまま老けずに、三十歳の誕生日を迎えると突然死する」なんて生態だったら困る。流石に無いとは思うが、念のためだ。


「……ちゃんと読めるな」

 古い紙の臭いを嗅ぎながら、文字を追う。するとダンピールとは両親の素質をそのまま受け継ぐ特性がある事が分かった。

 特にもう片親もヴィダの新種族出身だった場合は、それが顕著になるらしい。


「つまり、俺にはそれなりに格闘や弓の才能があるのか。両親と同じように」

 ダルシアの弓術とヴァレンの鉤爪を主体にした格闘術に適性があるかもしれない。精霊魔術は、属性に適性が無いため使えないだろうが。

 それまで存在しなかった死属性に属する精霊がいきなり発生でもしない限り。レムルースはヴァンダルーが魔力で作りだした使い魔なので、精霊では無い。


「ん? もしかして……父さんの太陽に対する耐性も受け継ぐのか? だったら、【吸血】で吸血鬼よりの体質になっても大丈夫なんじゃないか?」

 本には、生まれたてのダンピールは吸血鬼の弱点を一つも持たないが、【吸血】を繰り返す事で親の吸血鬼に近くなり、力を得る代償に親の弱点も得るとある。


 しかし、ヴァンダルーの父親は太陽に対する耐性で一目置かれた男だ。しかも従属種吸血鬼は、吸血鬼の能力の内肉体的な物しか持たないが、代わりに太陽以外の弱点を持たないらしい。

 だからヴァンダルーはノーリスクで吸血鬼の力を得られるという事だ。


「よし、これからは血を沢山飲もう」

 今まで魔物の血抜きをする度に、血を吸いたい誘惑に駆られていたのだ。それを我慢しなくてもよく、しかも力が手に入るとなれば躊躇う理由は無い。

 鉤爪で父さんのように戦えるようになれば、母さんも喜んでくれるだろう。


「それで肝心の寿命は……吸血鬼では無い親の種族次第?」

 そう書かれていた。親によって大きく生態が異なるダンピールの寿命は、吸血鬼では無い親の種族によって異なっていた。


 寿命が百年の人種なら三百年から五百年、二百年のドワーフなら六百年から千年、五百年のエルフなら千五百年から二千五百年が最大らしい。

 どうやら、大体親の種族の寿命の三倍から五倍生きられるらしい。


 因みに、これは生命属性魔術で何体かのダンピールを調べた昔の賢者の推測であるため、本当かどうかは若干怪しい。だが、長生きは出来そうだ。……殺されない限り。


「そういえば、ダークエルフって何年生きるんだっけ?」

 ダルシアに聞こうにも、彼女は今骨の中で眠っている。ダークエルフについて書かれた本は無いかと書庫の中をウロウロしていると、運良く探していた本を見つけた。


 三分の一程カビで読めなかったが、幸いな事に知りたい事は分かった。

『ダークエルフはエルフ族がより強くなるようにと女神ヴィダが願った結果生み出された種族であり、全ての能力でエルフより勝っている。

 勿論寿命も長く、エルフが五百年であるのに対して千年という長い時を生きる』


 ……最低でも三千年、最高で五千年。生き延びれば、晩年は歴史の生き証人になれそうだ。

「西暦以上の時間か……想像できない」

 時間の感覚が人間のままだと辛いかもしれない程度には想像できるが。少なくとも、ロドコルテが約束した四度目の人生はかなり先になりそうだ。


「あの神は何を考えて俺をダンピールに生まれ変わらせたのだろうか? まあ、あいつは俺が絶望して自殺するようにと呪いまでかけて来たし、寿命云々は考えなかったのか」

 実際、死属性魔術を使えなかったらダルシアが殺された時点で彼は詰んでいた。自殺するまでも無く、餓死するしかなかっただろう。


 本にも、殆どのダンピールは寿命を迎える前に死んでしまう事が多いと書いてあった。それを考えれば、ヴァンダルーをダンピールに生まれ変わらせたのも納得できる。


「じゃあ、次は冒険者についての本はあるかな?」

 このタロスヘイムの冒険者ギルド支部は、オルバウム選王国の冒険者ギルドから導入されたという経緯がある。だから選王国の冒険者ギルドとほぼ同じ制度の筈だ。


 ここにあるのは約二百年前の資料だが、ドワーフや巨人種など二百年以上生きる種族も多いのだから、細かいところ以外は同じだろう。……二百年の間に制度の抜本的改定が行われていたら、間が悪かったと思うしかない。

「あった。……大体はミルグ盾国のギルドと同じだな」

 制度や規約は、カチアや殺した冒険者の霊から聞いた情報とあまり変わらなかった。国は違っても同じギルドという事か。


 違うのは二点。ヴィダの新種族の扱いと、冒険者養成学校についてだ。

 オルバウム選王国の冒険者ギルドでは、ヴィダの新種族の内ダークエルフや巨人種等は人間として扱われている。しかし、ヴィダが魔物と関わって産まれた種族、ラミアやスキュラ、アラクネ、魔人や鬼、そして吸血鬼は基本的に魔物として扱われるとある。


 それらの種族が人間の害となる事が多く、また歴史的に人間の国と激しく争ってきた過去があるためだ。

 ただし友好的な一族もあるため、国が指定する友好部族認定を受けた部族の者を傷つけてはならないと定められている。


「……うーん、アミッド帝国と敵対関係にあるからといって、ヴィダの新種族に関しても扱いが正反対って事は無いのか」

 ただタロスヘイムと交易していた事も考えると、女神ヴィダに対する風当たりが強いとは思えない。それに二百年の間に各種族との関係が変わっている可能性もある。


 この辺りはとりあえず人間社会に出てから聞いてみよう。


「次は、冒険者養成学校について……まさか異世界で学校生活をやり直す事になるとは思わなかった」

 アミッド帝国とその属国に在る冒険者ギルドには無いが、オルバウム選王国のギルドには冒険者を養成するための教育機関が存在する。


 それは選王国の方が冒険者の数が多く、更に彼らの活躍が必要な魔境やダンジョンの数が多いからだ。

 勿論冒険者が全て自己責任の職業である事は、選王国でも変わらない。未熟な冒険者が無謀な冒険の果てに死んでも、責任が国やギルドに生じる訳でも無い。


 冒険者になるのは余程腕に自信がある者か、食い詰め者……孤児や若い内に職を失った者、家業や家督を継げない農家や商家の三男四男といった連中なので、言っては悪いが居なくなっても社会に大きな損失とはならない者達だからだ。


 ただ、昔登録したばかりの冒険者の内過半数が一年以内に死亡してしまい、殆どがD級以上になる前に引退してしまうという事が続いたらしい。

 流石にそこまで行くと外聞が悪いし、優秀な冒険者の数が増えないとギルドとしても困る。食い詰めた連中が冒険者稼業に悲観して、ならいっそと犯罪者になられたら国にとっても大問題だ。


 更に魔境やダンジョンに発生する魔物を間引く者がいないと、貴重な魔物の素材や産物が手に入らないどころか魔物の大氾濫が起きてしまうという国家の維持に関わる問題にまで発展しかねない。


 そこで国が補助金を出し冒険者の養成学校を組織した。ここである程度の知識、そして何より戦闘力を培わせて新人冒険者の死亡率を下げようという訳だ。

 この試みは大成功で、新人冒険者の登録一年以内の死亡率は酷い時の五分の一以下に落ち、D級以上に昇格する冒険者の割合も数倍以上高くなった。


 また国も優秀な冒険者を専属の護衛やお抱え魔術師として雇う事が出来、良い事ばかりだったらしい。

 そこまで読んでヴァンダルーは顔を上げた。

「ここで怪しいとか思う俺は、性格が悪いんだろうな」

 一年以内の死亡率が下がったのは分かったが、二年目からはどうなっているのか? D級以上に昇格する冒険者の割合って、結局何倍になったのか?


 そもそも具体的な数字が全く出て来ないのは何故?


「まあ、いいか」

 冒険者になりたいのは理想や純粋な夢があるからでは無い。単純に最も簡単に手に入る身分保証だからで、更に今までしていた事……魔物や山賊を狩るだけで金が稼げるからだ。

 そして何より、冒険者は他の職に就くより功績を上げやすい。


 なので仄かに見え隠れする冒険者ギルドの暗部は無視して、ヴァンダルーは冒険者養成学校の制度に関して書かれている部分に視線を落とした。

 学校は単位制で、一年から三年通う事が出来る。最低限の単位を取得し、学校長の許可があればいつでも卒業する事が可能。


 入学条件は特に無く、入学金と授業料が払えればいい。先払いできない場合は卒業後、冒険者として活動しながら返すという後払い制度もある。

 そしてヴァンダルーにとって最も重要なのは、未成年者に関する記述だ。


『ただし、未成年者は冒険者養成学校を卒業していなければF級以上に昇格する事は出来ない』

 冒険者ギルドでは、冒険者を実力や功績によって八つの等級によって分けている。一番下のG級は、ギルドの登録証を持っているだけの新人で、受けられる依頼は町の中の戦闘が発生しない……日本でいう日雇い仕事しかない。しかも、報酬の相場は日本よりもかなり安い。


 戦闘が発生する可能性がある依頼は、例え野外での薬草収集であってもF級以上でなければ受けられない。

「つまり、上を目指すために金と功績が欲しいなら未成年の俺は冒険者養成学校に入らなければならないという事か」

 現在三歳間近のヴァンダルーは、当然未成年者だ。選王国に行くのはあの王城の地下にあった蘇生装置を手に入れてダルシアを生き返してからと決めているが、それでも十年以上かけるつもりはない。


 そのため冒険者ギルドに登録する頃でも未成年の筈だ。

「学校……今度は楽しい学校生活が送れるだろうか?」

 自信は全く無かった。


 地球での少年時代は、伯父も流石に義務教育は受けさせたし、高校にも「公立以外許さん、落ちたら働け」と受験の時に散々プレッシャーをかけてくれたが、通う事が出来た。

 しかし小学校の頃はそんな家庭環境だから学友を家に誘う事も出来ず、また遊びに行く事も伯父の拳が怖くて出来なかった。そもそも、精神的な要因で挙動不審だったので友達が全く出来なかった。


 その上教師からも受けが悪く、成績は普通だったのだが何故か問題児というイメージが付きまとった。そのまま中学まで状況は変わらず、ある程度伯父に反抗できるようになってきた高校時代ではヴァンダルー自身「明るく楽しい学校生活」を諦めていた。


 そんな自分が学校で友達を作る事が出来るだろうか? アンデッドやグール以外とのコミュニケーション能力には、まだ自信が無いのだが。

「新発見の魔術の使い手として一躍注目を浴びた俺は、学友たちの憧れの存在に……ダメだ、想像できない」

 逆に異端視され距離を置かれる光景しか想像できない。


「……いいんだ、ボッチでも。別に華やかな学校行事がある訳でも無いし、そもそも単位制なんだから居心地が悪ければ最低限の単位を取って、卒業してしまえばいいんだし」

 後はサム達と魔物の討伐やダンジョン攻略で金と功績を稼げばいいじゃないか。友達だってたくさん居る。だってグールキングなのだから。

 寧ろ勝ち組じゃないか。


 そう心の予防線を張って、本を閉じた。ああ、学校行きたくない。


 暗くなった気分を紛らわせるために、骨人達の所に遊びに行こうと思った彼が本を元あった場所に戻すと、偶然ある本が目に入った。

「アンデッドについての考察?」

 ヴァンダルーはその本を手に取り、読書を続行する事にした。




 骨人を含めたヴァンダルー手製のアンデッド達は、戦っていない時はサムの近くで遊び兼訓練をしている。

 仲間同士で模擬戦をしたり、骨猿が投げる石を避けたり、骨鳥が空中でアクロバティックな飛行を披露したりしている。


『ぢゅうぅぅ……』

 そんな中、一体だけランク3のままランクアップできず仲間に置いて行かれている骨人に、ヴァンダルーは声をかけた。

「今日はお前が強くなれるかもしれない方法を見つけたので、試したいと思う」


『ぢゅ……?』

 背中に弓を、腰に剣を下げ、皮鎧に盾を持った骨人は見かけだけなら立派な骸骨戦士だが、実際に骨に宿っているのは鼠の霊だ。

 そのためか骨人は剣術や盾術のスキルのレベルを1のまま、それ以上上げる事が出来なかった。レベルが百に到達してもランク3のままなのも同じ理由かもしれないと、ヴァンダルーは本を読んだ後に思った。


『強力なアンデッドが発生する条件はいくつかある。その中で最も多いのが、死体とそれに宿る霊が同一、若しくは相性が良い事だ』

 このラムダでは、死体がアンデッド化してもその死体に宿っている霊は生前の物ではない事がある。


 別人どころか、人間では無く動物の霊が宿る場合も多い。だが、そうした場合は大抵ランク1か2の弱いアンデッドにしかならないのだそうだ。

 人間の霊が猛獣や魔物の死体に宿ったとしても、猛獣の反射神経や闘争本能がいきなり備わる訳では無いし、そもそも骨格が異なる身体を動かすだけで精一杯だろう。


 そこに人種に無い器官……長い尻尾や翼、第二の頭なんてあったら持て余すだけだ。


 それは人間の死体に動物が宿っても同じ事で、余程頭の良い動物でなければ手を使う事は出来ないだろうし、四足獣だったら二足歩行すら出来ない。道具を使うなんて論外だ。


 人間の脳を獣に、獣の脳を人間に移植するようなものだと想像すれば分りやすいだろうか?


 その点を考えれば骨人に宿った鼠の霊は、規格外に優秀だといえる。鼠一の天才だと言っても、過言では無い。

 元々鼠は前足を器用に使うが、それでも剣や盾、そして弓矢まで使いこなすのだから。明らかに並のゴブリンよりは頭が良い。


 しかし残念ながら限界がある。まあ、霊だから百年単位の時間をかければ超えられるかもしれないが流石にそんなには待てない。

 なので、ヴァンダルーは考えた。「人間の身体にネズミの脳を移植した状態の骨人に、更に人間の霊体を積んでやれば問題は解決するのではないだろうか?」と。


 追加する霊体は長い年月が経ち、魂から剥がれおちた人格も感情も記憶も含まれていない抜け殻を厳選する。幸いな事にここは古戦場でもあるので、その手の霊体は簡単に集まった。

「じゃあこれから霊体を追加するぞ」

『ヂュ……ヂュオ゛オオオォ……』


 霊体の欠片を入れていくと、まるでスポンジが水を吸うように入れた分だけドンドン入って行く。

 骨人も苦しむ様子は無く、それどころか心地よさそうに顎の骨を鳴らし眼窩に灯った青い炎を明滅させているので、ヴァンダルーはどんどん入れていく。


『グルグル?』

『ゲエ゛エエエエ……』

 仲間の様子を興味深そうに骨狼や骨鳥達が見守る中、骨人の身体である人骨に宿る霊体が加速度的に増えて行く。

 そして、それは突然起こった。


「うん!?」

 カチリと、何かが嵌った気がした。まるで箱の中に放り込んでいたパズルのピースが、偶然噛みあって完成したような感覚。


『ヂュウ゛ウウウウウゥ……あ、主……主ぃぃ……』

 身体が光り出すとか、禍々しい気配が放たれるとか、そういった派手な演出は無かったし姿形も骸骨戦士のままだったが、何とそれまで濁った鼠の鳴き声しか出さなかった骨人が、言葉を喋りだした。


「もしかして、ランクアップ?」

 魔物は、ランクアップする事で知能が劇的に上昇する場合がある。単にレベルを上げる過程で経験を積み、学習した結果頭が良くなったのを冒険者が勘違いした例も多いが、中には魔術を使うようになったり、突然言葉を話しだしたりするようになる魔物も居る。


 その多くがアンデッドだ。

 ランクアップした事で魂が不死者の肉体に馴染み、生前の記憶や技術を思い出すからだ。


『ヂュウ゛、主よ』

 はいと返事する代わりに鼠っぽい濁った声で鳴き、骨人は頷いた。

『主の御業によって、私はランク4、スケルトンナイトにランクアップいたしましたヂュウ゛』

 怒鳴ったら迫力があるだろう豊かなバリトンで、流暢に話す骨人。語尾がちょっと残念だが。


 しかし、その口調は何処から来たのだろう? 立ち居振る舞いが妙に洗練されて……もしかして骨人に入れた霊体の欠片に、ミルグ盾国軍の騎士か何かのものが混じっていて、そこからかもしれない。

 妙な怨念や憎悪に引きずられないように、抜け殻のような霊体を厳選したつもりだったが、骨人の霊と結合した拍子に記憶が蘇ってしまった可能性がある。


 しっかり【死属性魅了】の影響下にはあるようだが、ミルグ盾国の騎士として振る舞いだすとボークス達タロスヘイムの巨人種アンデッドとトラブルになるかもしれない。

「じゃあ、前世の記憶を思い出したか?」

 確認してみると、骨人は「ヂュウ゛、覚えております」と頷いた。


『あれは、家族のために食料を持ち帰った時でした。奴は私の不意を突き、襲い掛かって来ました。成す術も無く振り回され、嬲られ、止めも刺さずに放置されたのです。奴は、私の家族を喰らって既に満腹になっており、私を嬲ったのはただの『遊び』に過ぎなかった。

 邪悪なるあの猫めが! ヂュオ゛オ゛オオオオオオオオ!』


「……うん、猫ってそういう事するよね」

 必要も無いのに命を奪うのは人間だけだなんて、それこそファンタジーだという事が経験者の口から分かった。

 それは兎も角、影響を受けたのは口調だけでミルグ盾国の記憶も無いらしいから大丈夫だろう。


 ついでにヴァンダルーは、犬猫どっちも好きで『何時かペットを飼う』事も夢の一つだった。

「でも無意味に猫を殺さないように」

『ヂュウ゛、畏まりました、主』

 聞き分けが良い子で助かった。将来オルバウム選王国で家猫大量殺害事件が起きる未来は、回避されたのだ。このラムダに家猫が居るかまだ知らないのだけど。


 この日はもういい時間になっていたので、骨人達と遊んで過ごした。ヴァンダルーが投げた魔物の骨を骨狼や骨熊が競い合って取に行き、咥えて戻ってきたり、骨鳥の爪に捕まれて空を散歩したり、骨猿に毛づくろいされたりして楽しい時間を彼は過ごした。


『ヂュオ゛オ゛ォォォォォ!』

 狩りから返ってきたリタとサリアは、雄叫びを上げながら全力疾走している骨人を見て首を……傾げたのだろう。物理的にも視覚的にも無いけど。


『坊ちゃん、骨人が走ってるけど……あれは?』

『何かのトレーニング……にはならないわよね』

 骨が全力疾走しても心肺機能は鍛えられない。


「ああ、ちょっと思いつきで作ったら思いのほか気に入ってくれたみたいで」

『……何で?』

「多分、骨人のベースになっている鼠の霊に、ハムスター的な習性があったからかも」

『ハム……スターって、星?』


 ヴァンダルーがふと思いつきで余った材木から【ゴーレム錬成】で作った回し車の中で、骨人は暫くの間嬉しそうに走り続けていた。




・名前:骨人

・ランク:4

・種族:スケルトンナイト

・レベル:1


・パッシブスキル

闇視

怪力:2Lv

能力値強化:忠誠:1Lv(NEW!)

霊体:1Lv(NEW!)


・アクティブスキル

剣術:2Lv(UP!)

盾術:2Lv(UP!)

弓術:2Lv(UP!)

忍び足:1Lv

連携:1Lv

指揮:1Lv(NEW!)




 霊体を追加された事でランクアップした骨人。通常スケルトンナイトは生前騎士だった人間がアンデッド化した魔物だが、骨人の場合は鼠の霊がベースでありながら『特定の人物に忠誠を誓っている』事と追加された霊体に騎士の物が含まれていた事で、この種族にランクアップした。


 外見は変わらないが能力値と知能が上昇し、更に今まで経験は積んでいてもレベルを上げられなかったスキルがレベルアップしている。

 更にジョブ:騎士が習得するパッシブ技能、【能力値強化:忠誠】を習得している。このスキルは忠誠を誓った対象(多くは主君)の命に従っている間、自身の能力値を強化するスキルで、骨人の場合はヴァンダルーが主君となる。


 スケルトンナイトは多くの場合武術系スキルと指揮スキルを高め、配下を率いる事でランク5のスケルトンジェネラルや、6のスケルトンロードにランクアップするが、生前や死後国王や皇帝等の一国を支配する地位を持つ存在に仕えている場合、スケルトンバロン等の貴族の名を持つアンデッドにランクアップする場合もある。

次話は十月十日に投稿予定です

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[一言] ネズミの恨み事、失礼ながら可愛く思う
[良い点] チュウ精神溢れる下僕。イカス!
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