二百六十八話 我は我では既にない
庭で優雅にお茶でも楽しむには、もってこいな春らしい温かな昼下がり。何の前触れもなく、都の郊外から大きな破壊音が響いた。
アルクレム公爵の別邸から煙が上がり、衛兵や騎士達が周辺の住人を避難させ、その間も鋭い剣戟や魔術の爆発音、そして怒鳴り声や悲鳴が別邸から響く。
この日別邸で何が行われていたのか、知っていた一部の者達は交渉が決裂し、ダンピール達と『アルクレム五騎士』の戦いが始まったのだと思い込み、顔を青くした。
だが、このアルクレムは約百万人が住む大都市だ。郊外で起きた事件が街中に知れ渡るには、時間がかかるだろう。
しかし、街の外で上がった煙には、多くの人間が気づいた。
「何だっ、あれは!? 『荒野の聖地』で何かあったのか!?」
街の城壁沿いに建てられた物見の塔や、アルクレム城に詰めていた兵士が声を上げる。
アルクレムの将兵で、『荒野の聖地』の重要性を知らない者はいない。オルバウム選王国は勿論、アルクレム公爵家の前身であるアルクレム王国が存在する遥か昔から、『強奪の悪神』フォルザジバルを封印した、『山の神』ボルガドンを祭る神殿があり、封印を守り続けた一族が暮らす場所だ。
この十万年の間、フォルザジバルは封印から逃れようと幾度も暴れ、それが地震や魔物の暴走として人々を脅かしてきた。その度に英雄達の奮闘と、人々のボルガドンへの祈りが悪神を抑えこんできた歴史がある。
「まさか、悪神が暴れているのか!? こんな時に!」
その歴史は全て、ゼーゾレギンが人々の危機感を煽って祈らせ、信仰心が薄れないようにするための茶番であった事を知らない兵士が悲鳴をあげる。
だが、その兵士も含めたアルクレムの人々はまだ希望は残っていると思っていた。今までのように『山の神』ボルガドンが、『アルクレム五騎士』のような英雄達が、今回も悪神を抑えこんでくれるはずだと。
だが、煙を蹴散らすように巨大な人影が現れた時、希望は残っていないのだと思い知らされた。
「何だ、あの禍々しい巨人は? あ、あれが悪神、フォルザジバルなのか!?」
「悪神が復活した……お、終わりだ。もう終わりだぁぁぁぁ!」
時間は少々巻戻る。
神殿が崩壊した事で発生した土煙に、黒い炎に包まれたゼーゾレギンの灰色の姿が消えた。
『陛下っ! 倒せませんでした!』
レビア王女の叫び声。それに遅れて【危険感知:死】に反応があり、ヴァンダルーは咄嗟に後ろに下がろうと試みる。
だが、その前に黒い刃が土煙の向こう側から、ヴァンダルーに向かって突き出された。
「【金剛壁】」
回避が間に合わないと判断したヴァンダルーは、背中から生やした【魔王の節足】を盾にして、盾術を発動し受け止めようとした。
しかし、黒い刃は節足を易々と貫いた。【魔王の外骨格】も発動して防御力を高めていたのだが、黒い刃の貫通力はそれも越えていたのだ。
「……危ないところでした」
しかし、刃の勢いは弱まったためヴァンダルーは、首を曲げて刃を回避する事に成功した。そして貫かれた節足を強引に動かし、黒い刃を圧し折った。
貫通力に優れていた黒い刃だったが、厚みや粘り強さはなく、澄んだ音を立ててすぐ砕け散った。
「これは……何かの結晶?」
『ヴァン君!? 首が凄い事になってるんだけど!?』
「首の骨を【魔王の骨】にして、形を変えただけなので大丈夫です。【神経】も繋がっていますし」
首を強引に伸ばして、頭部を横にずらしたヴァンダルーは、オルビアにそう答えながら元の場所に自分の首を戻した。
『ククク、奪われたスキルを新たに習得しなおしたようだが、どうやらレベルが低すぎて、発揮できる効果に限界があるようだな』
それに合わせたように土煙が晴れ、文字通りに山のような巨体に変化したゼーゾレギンが姿を現す。
『我の攻撃に貴様が気づくのが遅れ、我の【欠片】の攻撃が、貴様の【欠片】の防御を易々と貫いた。
これは【魔王】スキルのレベルの差、【欠片】の力を我の方がより引き出しているという事に他ならん!』
ゼーゾレギンは約百メートルの巨体と化しただけではなく、背中と腕に水晶のような結晶が生え、その全身がしっとりと濡れていた。
「あの水晶のようなものは、魔王の水晶とか結晶とか、そんな欠片でしょうか? それと、肌のぬめりは【魔王の汗腺】ですか。そしてあの巨体は……やはり【筋肉】? いやいや、冷静さを保たなくては」
だがヴァンダルーは冷静にゼーゾレギンが使っている欠片の分析を行っていた。
黒い刃は、水晶のような物の一部を伸ばしたもの。レビア王女が変化した黒い炎に耐えられたのは、【魔王の汗腺】で流した汗が熱から身体を守ったためだろう。
そして筋骨たくましい体つきに変化し、更に巨大化した理由は、【魔王の筋肉】を発動したからではないだろうかと推測しつつも、冷静さを保とうと自分に言い聞かせる。
『……どうした? 【魔王の欠片】同士のぶつかり合いで負けたのが、そんなに衝撃的だったか?』
ヴァンダルーの独り言が聞こえなかったのか、ゼーゾレギンがそう言いながらニヤリと笑う。
『ならば、もう一度味わうがいい!』
そう叫ぶと腕を横なぎに振るう。それに合わせて、腕に生えていた結晶が一枚の刃のように閃き、ヴァンダルー達を襲う。
「いえ、一度で結構」
だが、今度は視界を覆う土煙はない。ヴァンダルーは魂を実体化させて纏う、【魂格滅闘術】を発動し、グファドガーンと共に後ろに飛びのいた。
それに一瞬遅れて結晶の巨大刃が振るわれ、大地に一直線な傷を残した。
『アルダのダンジョンで使ったスキルか!』
【魔王の欠片】が融合した魂を実体化させ、身体に纏うスキル。ゼーゾレギンは、それについて己の御使いから聞いていた。
『だが、以前程力を発揮できてはいないようだ。まるで普通の甲冑のようではないか!』
ハインツとの戦いで見せた異形とは違い、【魂格滅闘術】を発動したヴァンダルーの姿はすっきりとしていた。
それをゼーゾレギンは、【魔王】スキルのレベルが大幅に下がったため、ヴァンダルーは欠片の力を使いきれていないのだと推測した。
これなら勝てる。欠片の数では敵わないが、欠片に秘められた本来の力を……いや、もしかしたら本来以上の力を発揮させる事が出来ている今なら、確実に。
『その鎧と肉体、どちらも砕いてくれる! 【大地破斬】! 【毒炎の舌】! 【斬空】!』
ヴァンダルーとグファドガーンを追って、地面から鉱物で出来た刃が、ゼーゾレギンの胴体についた口から毒々しい色の炎で出来た舌が出現し、結晶の刃を振るった腕が斬撃を飛ばす。
「吸魔の――いや、ダメだ」
ゼーゾレギンの魔術を打ち消すため、結界を張ろうとしたヴァンダルーだったが、それを中止して回避に専念する。
大地の刃が鎧を掠り、毒の炎を【消毒】でただの炎に変えて対応する。もし【吸魔の結界】を使っていたら、足が止まり、その後に飛んできたゼーゾレギンの【斬空】によって切り裂かれていただろう。
「しかし、【魔王の欠片】を使いながら属性魔術を使うとは、驚きました」
【魔王の欠片】を発動すると、死属性以外の属性魔術は使えなくなる。欠片に宿る、魔王グドゥラニスの魔力の影響でそうなるようなのだが、ゼーゾレギンは土属性と火属性の魔術を発動していた。
『もしや、奴はヴァンダルー様のように属性ゴーストを連れているのでしょうか?』
ただ、ゴーストに魔力を渡して発動して貰う死霊魔術や神霊魔術は【魔王の欠片】を発動していても、使う事が出来る。
魔術を使うのは魔力を受け取ったゴースト自身で、欠片の使用者ではないからだ。
ゼーゾレギンも同じではないかと、光属性のゴーストであるチプラスが推測するがヴァンダルーは首を横に振った。
「ゴーストの姿は見えませんでした。他の仕掛けでしょう」
「恐らく、奴が二柱の神を吸収した事が理由かと。【魔王の欠片】の影響を一つの魂に集中させ、残り二つの魂で術を唱えているのでしょう」
グファドガーンの推測が、ほぼ真実を言い当てていた。ゼーゾレギンは欠片の副作用をフォルザジバルに担当させていた。そして自身の属性である火属性魔術を自分が、土属性魔術はボルガドンを利用して唱えている。
ヴァンダルーのように魂が奇怪な構造をしている訳ではなく、複数の魂を吸収同化した結果自身の物として操っているゼーゾレギンだからこそ出来る芸当であり、彼が【魔王の欠片】を使う上で優れた資質を持っている証拠と言える。
恐らく、山のように巨大化したのも自身の力ではなく、吸収したボルガドンの力によるものだろう。
『【毒炎弾】! 【散弾打ち】!』
しかも、ゼーゾレギンは魔術の後必ず【魔王の欠片】を使った武技を放ってくる。ヴァンダルーが足を止めて結界を張って魔術を防いだら、武技で結界を破って攻撃する作戦なのだろう。
今も毒々しい色をした炎の弾丸を口から吐き、その後【魔王の結晶】を急成長させ、結晶の欠片に【投擲術】の武技を使い、ヴァンダルー達に向かって乱射している。
今のゼーゾレギンの大きさは、約百メートル。毒炎の球体も、結晶の欠片も尋常な大きさではない。
その分狙いが甘いのか、毒炎や結晶の弾はヴァンダルー達に回避され、地面に激突し爆発していた。
その狙いの甘さと、ゼーゾレギンが巨大化した事で小回りが利かなそうに見えるのを利用して、懐に飛び込み攻撃を叩きつけるのが、最も効果的な作戦に思える。
実際、ヴァンダルーが今発動している【魂格滅闘術】は【格闘術】の上位スキルだ。遠距離戦より接近戦に向いている。
そして、冒険者が巨大な魔物と戦う際のセオリーでもあった。
「如何いたしますか?」
「では、このまま遠距離戦を続けましょう。……なんだか接近戦をするよう、誘っているように見えますし」
そう言ってセオリーを無視したヴァンダルーは、両拳をゼーゾレギンに向け、【魔王の角】や【魔王の血】で拳をドリル状の突起で包む。
「【黒炎憑依】、【冥雷憑依】、そして【ロケットパンチ】」
更にレビア王女の炎とキンバリーの雷をそれぞれ付与し、手首から先を射出した。
『もう一回行きまーす!』
『ヒャハハハ!』
真っ直ぐ自分に向かって飛んでくるヴァンダルーの両拳に気がついたゼーゾレギンは、反射的にそれを喰らって【吸収同化】を使い、更にスキルを奪おうかと思った。
『っ!? 罠か! 【超即応】!』
だがヴァンダルーが飛ばした両拳に、彼の両手首から先が入っているとは限らない。魂だけを飛ばしている可能性が高いと気がついた彼は、何とか回避しようと反応速度を上げる武技を発動させて、巨体の関節をぐにゃりと捻じ曲げて回避を試みる。
それはギリギリ間に合い、回避は成功したが――。
「アイラ、氷の壁を」
『はいっ、ヴァンダルー様♪』
ヴァンダルーの影から上半身を出したアイラが、水属性魔術で氷の壁を作り出す。
「三連【滅輝線】」
その氷の壁の向こうのゼーゾレギンに向かって、光線に姿を変えたチプラス、ダローク、ベールケルトが、氷の壁に、その向こうにそびえるゼーゾレギンの巨体へと飛び込んでいく。
氷の壁がレンズの役割を果たし、収束し威力を増した光線が、ゼーゾレギンに迫る。
『見え透いた術だ』
だが、ゼーゾレギンは【魔王の結晶】で盾を形成。それで光線となった三人を歪曲させ、身体から逸らす事に成功する。
ヴァンダルーが【魔王の眼球】と、【発光器官】を使った怪光線を放つ事を知っていたゼーゾレギンは、光線への対策も用意していたのだ。
ヴァンダルーが胴体に、巨大な【魔王の眼球】を出現させ、その虚ろな瞳が怪しく光るのを見た時も、先程と同じように反らして回避しようとした。
「アイラ、氷の壁を貰いますね」
だが、ヴァンダルーは巨大眼球から光線を放つ前に、氷の壁の形を【ゴーレム創成】で変化させる。
その結果、放たれた怪光線は氷の壁で拡散。それぞれ異なる軌道の光線となって、ゼーゾレギンに降り注ぐ。
『グアアアアアアっ!? ガハァ!?』
結晶の盾で幾つかは逸らせたが、数十に拡散した光線の全てを回避する事は出来ず、怪光線に焼かれ苦痛に叫ぶゼーゾレギン。
その背に、【群体操作】で操られて戻ってきたヴァンダルーの両拳が突き刺さり、炎と電撃によって肉を焼く。
約百メートルの山のような巨体に対して拡散された怪光線とヴァンダルーの両拳は、あまりにも小さい。しかし、ヴァンダルーは【神喰らい】スキル等を所持している、山も崩す力量の持ち主だ。
攻撃によってもたらされた痛みは、ゼーゾレギンに危機感を覚えさせるほど大きかった。
(あの両拳はやはり外側だけか。【魔王】スキルでも魂は喰えない……魂を喰う、滅ぼすスキルは別にあるのか。
それよりも、奴は接近戦を避けている。近づけば【魔王の刺胞】で刺し貫き、毒が効かなくてもそのまま【吸収同化】したものを)
ゼーゾレギンは【魔王の欠片】の一つ、クラゲ等が触手に持つ器官と似た【魔王の刺胞】を持っていた。こうして巨大化しなければ、目に見えない程小さな針で触れた者に毒を注入するしか能のない欠片だ。
だが、今のゼーゾレギンの身体の大きさなら、触れた者の手足を貫いて動きを止める事が出来る。その隙にまたスキルを奪い、自身の強化とヴァンダルーの弱体化を同時に狙っていたのだが……。
(こうなれば、仕方あるまい。どの道、口封じはするつもりだったのだ)
ゼーゾレギンはヴァンダルーに、そしてその向こうにあるアルクレムの街へ向かって両腕を広げた。その腕と胸部に、大小の黒い結晶が無数に生じる。
『避けたければ避けるがいい! 街の人間共がどうなるかは知らぬがな! 【乱れ打ち】!』
そして黒い結晶を、筋力と【投擲術】の武技で射出した。
【投擲術】スキルは大した事はないが、【魔王の筋肉】で撃ちだした【魔王の結晶】だ。ここからアルクレムの街まで数キロの距離があるが、まず届くだろう。
これだけの結晶を広範囲に撃ち出したのだ。何時の間にか姿を消したグファドガーンが、空間を捻じ曲げたとしても、半分以上は防ぎきれないはずだ。
その半分以上を何らかの方法で防ぐため、ヴァンダルーが何かをするはず。ゼーゾレギンはその隙を突くつもりだった。
勿論、ヴァンダルーがアルクレムの街を見捨てる可能性はある。その場合街に大きな被害が出る事も分かっている。
手塩にかけて増やしてきた人間達が、大幅に減るのは惜しい。だが、ヴァンダルーに勝たなければ未来はないのだ。
「まあ、そう来るでしょうね。ファイエル」
そしてヴァンダルーは、ゼーゾレギンの良心を信用していなかったため、彼が街を巻き込む手段を取っても動揺せず、背中から砲身を生やし、上空に向かって【魔王の卵管】で創りだした卵を連続で撃ち出した。
卵は結晶に触れる前に殻が弾け、中から粘着力のある糸が空中に広がり、結晶を絡めとる!
『馬鹿な!? そんなか細い糸で結晶を!?』
これまでの糸なら、容易く千切られていたかもしれない。だが、撃ち上げた卵の中に入っていたのは、【魔王の絹糸腺】で作った糸だ。空一面に薄く広がっていたとしても、そう簡単には千切れない。
そして糸に纏まり、勢いが削がれた結晶は、街の遥か手前に落下する。最大十メートル程の結晶塊が落下したため、大きな音が響き落下地点の風景が一変するだろうが……荒野なので被害者は出なかったようだ。
そして、ゼーゾレギンはヴァンダルーの隙を突くどころか、驚愕によって逆にヴァンダルーへ隙を晒してしまう。
「グファドガーン、準備は?」
「たった今、完了いたしました」
グファドガーンが再び姿を現すと、【転移門】が開き、そこから黒い砲台が三門姿を現す。
『『『照準、良―し』』』
『『『撃つ!』』』
「【虚砲】」
モークシーの町の自宅地下室に創ったダンジョンに設置した、砲台型と砲弾型使い魔王をグファドガーンが連れて来たのだ。
轟音を立てて砲台型使い魔王から、砲弾型使い魔王がゼーゾレギンに向けて撃ちだされ、ヴァンダルー本体からも、【虚王魔術】の【虚砲】が放たれる。
『馬鹿な!? 貴様は欠片を使いこなせないのではなかったのかぁぁぁぁ!?』
隙を見せていたゼーゾレギンに意志を持つ砲弾型使い魔王を回避する事は出来ず、結晶で防具を作ろうとするも間に合わず、砲弾が灰色の巨体に命中し次々に大爆発を起こし、【虚砲】によって胸板を貫かれる。
体勢が崩れ、地響きを立てながらゼーゾレギンが背後に向かって倒れ、その姿が急激に萎んでいく。
『あああああ! おのれっ! 何故だ!? スキル以前に、貴様の方が欠片との相性が良いとでも言うつもりか!?』
そして元の人間大のサイズに戻ったゼーゾレギンは、怒りの声をあげながら【魔王の結晶】で盾と剣を作り出す。
「そんな事を言うつもりはありません。単に、魔力が俺の方が多いだけでしょう」
魔王の欠片を使うには、多大な魔力を消費する。しかし、ヴァンダルーの神から見ても莫大過ぎる魔力は、その消費量を賄うのに十分な量だ。
実際、比べて見ればゼーゾレギンよりもヴァンダルーの方が魔力は上だ。
『魔力の大きさだけでこれ程の差になる訳がない。やはり、貴様の全てを喰らい、我がものとしなければ魔王への道は開かれんようだ! 御使い共よ! 我が寄り代に宿れ!』
呼び寄せておいた自身の御使い達を、寄り代に宿らせて【御使い降臨】と同じ効果……【多重御使い降臨】とでも呼ぶべき状態にすると、鋭い踏み込みでヴァンダルーに向かって斬り込んできた。
『【硬質化】! 【毒炎付与】! 【閃光百閃】!』
「【超即応】、【百烈突き】、【虚弾】」
ゼーゾレギンが付与魔術を自身に掛け、結晶の剣を素早く振るう。ヴァンダルーは反射速度を上げ、両腕と背中から生やした【魔王の節足】でゼーゾレギンと攻撃の応酬を繰り広げ、【虚弾】で反撃する。
『オオオオ!』
外見は元通りだが、先程までの傷が回復した訳ではないらしく、【虚弾】を弾いた瞬間、結晶の盾に大きくひびが入り、ゼーゾレギンの動きは次第に鈍くなって行く。
「【魔王の顎】」
そろそろだと判断したヴァンダルーは、【魔王の顎】で牙が生えた巨大な顎を出現させ、ゼーゾレギンの上半身を飲み込むように噛みついた。
ヴァンダルーに上半身を噛みつかれた瞬間、ゼーゾレギンは体内に吸収していた『強奪の悪神』フォルザジバルを分離して、解放した。
ただ、ヴァンダルーの顎の中に。
(これで、喰ったのは我だと偽装できるはずだ)
ゼーゾレギンは、フォルザジバルの魂を犠牲にして逃げ延びようとしていた。ついでに見せた【魔王の欠片】もつけて。
自分はヴァンダルーから奪った【魔王】と【冥王魔術】スキル、そして使わなかった【魔王の刺胞】を持って、潜伏するつもりだ。
彼は人間大のサイズに戻った時点で、ヴァンダルーに勝つ事を諦めていた。そして、このまま滅びるよりはどんなに望みが薄くても、潜伏しチャンスを待つ事を選んだのだ。
そのチャンスが、魔王になるためのものなのか、この世界から逃げ出すためのものなのかは、彼自身もまだ分からないが。
(今はとにかく、この場から離れなければ――)
(その案には断固反対だ、我よ)
その時、ゼーゾレギンの精神に自らの思考以外の声が響いた。
(何者だ!?)
(何を言っている? 我が我以外の何者だと言うのだ。我は、我の一部)
(馬鹿な……! 我の精神に、異なる人格や思考は存在しない!)
(存在する。我が求め、配下に奪わせ、同化したのではないか)
ゼーゾレギンは自分であって自分ではない心の声に混乱しながらも、その正体に思い至った。
(貴様は、【魔王】スキル? 馬鹿な、スキルが人格を持つ等、擬態人間達からは聞いた事がないぞ!)
(そう、我は【魔王】スキルであり、【冥王魔術】。正確に言うなら、スキルが刻まれた部分のヴァンダルーの魂の一部だった、我が吸収同化した薄皮一枚だ)
(ヴァンダルーの魂の一部! 確かに、スキルは魂に刻まれる物だが……吸収同化したスキルに人格が宿っていた事は、今まで一度もなかった。……奴が魔王だからか? それとも亜神だからか!? 特殊な魂の形をしているからなのか!?)
(我よ、それは我にも分からない。強いて言えば、その全てだろう)
淡々と答える声に、ゼーゾレギンは寒気を覚えた。得体の知れない存在に、侵食されているような悍ましい気分を覚える。
同時に、自分が勝てなかった答えが、これなのではないかと思いついた。
(貴様、ヴァンダルーを勝たせるために我が不利になるように――)
(それは誤解だ、我よ。我は我の一部。我が魔王になるために、全力を尽くしたではないか。元が誰のスキルであっても、吸収同化で自らのものと出来る。それが『共食いと強奪の邪悪神』である我の力だろう?)
そう指摘され、確かにそうだとゼーゾレギンは納得した。それはつまり、戦いに負けたのは自分の方が弱かったからだという事になるがそれはいい。今は生き残る事が最優先――待て、この声は何故生き残る事を最優先にする事に異を唱えたのだ?
そもそも、なぜ急に話しだした?
その時、ゼーゾレギンは自らが致命的な失敗をしてしまった事に思い至った。
(その通りだ、我よ。我は既に『共食いと強奪の邪悪神』ではない。何故なら、先程我自身の意志でフォルザジバルを切り捨てたのだから。そのため、スキルを奪い我がものとする能力も失われました。
人質として使えるし、また人々から信仰を集める機会もあるかもしれないと、ボルガドンの方を温存した気持ちも分かりますけどね)
話している内に口調が丁寧だが平坦なものに、声が声変わり前の少年のものに変わっていく。
(ですが、こうなった以上、俺が望む事は何か。分かりますよね?)
(よ、よせ! 止めろ!)
(精神力で止めようとしても無理ですよ。何故なら俺はおまえの魂と融合しているのですから。魂に逆らえるわけがないでしょう?)
魂を喰った手応えと味、そして幾つかの魔王の欠片を手に入れた事をヴァンダルーは理解するが、奪われたスキルは戻らなかった。
「【魔王の筋肉】が手に入ったのは朗報ですが……スキルはまた時間をかけて覚えなおしましょう」
『陛下……』
『う゛ぅ~』
【冥王魔術】スキルが戻らなかった事を知り、レビア王女やラピエサージュが肩を落とす。
『落ち込んでいる場合ではないぞ! スキルが元のレベルになるまでの間は、我々がヴァンダルー様の力となるべく、より一層励むのだ!』
『そうだっ! 俺は励む! 励むぞおおおおお! ハゲエエエエ!』
『貴様等は静かにせんか! ヴァンダルー様の御心を考えよ!』
「いえ、チプラス、俺は別に落ち込んではいませんよ。暫く大変だなと、思っているぐらいで」
『流石、ヴァンダルー様! でも【危険感知:死】の働きや、【魔王の欠片】の力の低下は由々しき問題だわ。早急に手を打ちましょう』
「そうですね、アイラ。帰ったら、暫く特訓と修行に専念しましょうか」
そんな事をゼーゾレギンの寄り代の残骸の前で話していると、不意に寄り代の残骸が小さく動いた。
「ヴァンダルーよ、どうやらまだ動くようです」
「おや? もう生命力も残っていなかったのに、何故?」
ゼーゾレギンの寄り代は、爆発的な勢いで再生を開始し、数秒で上半身を生やす。
『GUOOOOOOOON!』
声からは知性を感じさせず、まるで獣のような仕草で跳ね起きると、そのままヴァンダルーに躍りかかる。
しかし、その動きは致命的に精彩を欠いていた。並の相手になら通用するだろうが、ヴァンダルーには相手にならない。まるで、殺してくれと言っているかのようだ。
「もしかして、体内にフォルザジバルの魂が残っていたのでしょうか?」
そう言いながら、神霊魔術を連打する。黒い炎の槍や、氷塊、電撃、そして光線と連続で貫かれ、強靭なはずの邪悪神の憑代は再び倒れ伏した。
そして再び神の魂を喰った手応えと、魔王の欠片を入手した感覚。そして――。
(ただいま、俺よ)
(……おかえり、俺よ)
在るべきものが、在るべき場所に戻ってきてしまった、諦めと安堵が混じった感覚を覚え、胸の内で言葉を交わしたのだった。
コミックウォーカーとニコニコ静画で拙作のコミカライズが始まりました! もしよろしければ第一話をご覧ください。
また、書籍版第四巻が7月発売予定です。こちらもよろしくお願いします!
269話は7月6日に投稿する予定です。




