二百六十六話 恐怖の擬態人間VS脅威の魔王軍
タッカード・アルクレムは、瞬間的な決断力や直感に優れた人物ではない。自身が治める公爵領全体をアルダ融和派に転向させる大胆な決断も、一年以上の長い側近達との議論と思考、公爵領内の反抗勢力がどう動くかの想定等を経た結果である。……これでも、大貴族としては腰が軽い方かもしれないが。
少なくとも、吟遊詩人が歌っているようにハインツ達と出会ったその瞬間に、彼等の英雄としての器の大きさに感銘を受けて即断した訳ではない。
ヴァンダルーからの問いかけを受けた時、彼は冷静で論理的な思考が出来る状態ではなかった。
重要な会談が上手く進んでいた最中に発覚した、信頼していた腹心の裏切りとその正体。
知ってしまった、ゴルディの一族に外から加わった者達の残酷な末路。
それに対して、共同戦線を張り、その後の対処も協力すると言うヴァンダルーの言葉に覚えた共感。
彼が見せた部下、バルディリアを救おうとする善意と、自分達がゴルディに対して覚えた怒りに共感しているという認識が、彼に強い仲間意識を抱かせた。
「分かった。我々、アルクレム公爵家は君と同じ側であの化け物と戦い、その後も君と手を結ぼう」
……ゴルディに食いちぎられた左腕を数秒で再生させるなど人間とは思えない様子を見せられているのだが、それはそれだ。
敵に回す化け物は、少ない方が良い。何より、【測量の魔眼】を持つラルメイアが、未だにゴルディではなくヴァンダルーの方を恐れ敬っている。それも大きな判断材料だった。
「分かりました、では、ゴブゴブの試食も含めて会談は今後も続けましょう。
一先ずは――」
ヴァンダルーはアルクレム公爵と話している間にも、ゴルディが増やしていく擬態人間達へと視線を向けた。
「「「はははは! 公爵と手を組んだからと言ってどうした!? 貴様にとっては大した戦力ではないだろうに。まさか、我々がそいつらを殺すのを躊躇うとでも思ったのか!?」」」
そうゴルディと、ゴルディから分裂した新たな擬態人間達が嘲笑う。
ゴルディの父と、ジスティナ以外に何人もの男女や、魔物の姿をした擬態人間の奥にいるゴルディに、ヴァンダルーは右手の平を向け……【魔王の眼球】を発動。
「「「「……はっ!?」」」」
思わず間の抜けた声を漏らす一同を無視して、そのまま【魔王の発光器官】を発動し、怪光線を放った。
「がっ!?」
「ぎゃぁ!」
擬態人間達の壁を貫きながら、ゴルディに迫る怪光線。だが、新たに分裂した擬態人間が彼を横に引っ張り、かろうじて直撃を避けた。
「ば、馬鹿な!? それは【魔王の欠片】のはず。暴走の危険を冒してまで何故使う!?」
右腕に当たる部分を抉られたゴルディが叫び、ヴァンダルーはそれに応えるかのように右手を上げる。
「砲身展開」
しかし、その右手から赤黒い【魔王の血】が噴き出し、筒状の形状で凝固。更に【魔王の卵管】を発動。
「【殺傷力強化】、ファイエル」
魔力を通常の数倍もかけて、強引に発動させた殺傷力を強化する付与魔術をかけた卵を【念動】で加速させ、砲弾代わりに撃ち出す。
「【魔鋼壁】!」
「グオオオオオッ!」
「【氷魔鎧】! 【大地の盾】!」
それに対して、怪光線を逃れた擬態人間達がゴルディを守るために盾となる。しかし、盾を構えた擬態人間は、ネコザメの卵に似たドリル状の卵弾に盾ごと貫かれ、トロールに擬態した擬態人間は卵の中に満ちた【魔王の毒腺】から分泌された猛毒に倒れる。
《【死属性魔術】スキルを獲得しました!》
「あれは、猛毒を包んだ弾を打ち出しているのか。【毒耐性】スキル10レベルでも危険なほどの量と毒性だ。どうする、ゴルディ? このままでは悪戯にスキルを消費するばかりだ……ぞ」
ゴルディの祖父に擬態していた擬態人間は、頭部を半分砕かれて倒れた。咄嗟に唱えた魔術による防御も、【魔王砲術】と【魔王の欠片】の合わせ技を止めるには、命をかけなければならなかったようだ。
「何故暴走しない? 奴が魔王の欠片を制御する為のスキル……奴を魔王たらしめているスキルは、奪ったはずだ。それに、あれは俺が奪った【冥王魔術】と同じ属性の魔術。何故、使える!?」
しかし、ゴルディはヴァンダルーが【魔王の欠片】を躊躇いなく、そして何の影響も受けないまま連続して使っている事に対して動揺が抑えられないでいた。
「【魔王】と【死属性魔術】スキルなら、また再取得しました。心配しなくても、暴走はしませんよ」
ヴァンダルーは、再び【魔王】スキルを取得した事を告げた。勿論、冥土の土産に教えた訳ではなく、ゴルディ達が動揺する事を期待しての発言である。
「何だと!?」
「そんな、我々が奪ったスキルを、自力で取り戻したと言うのか!?」
案の定、擬態人間達は大きな衝撃を受けたようだ。擬態とスキルの強奪は擬態人間達の最大の武器であり、種族的なアイデンティティーでもある。
それが通用しない相手に初めて遭遇した事で、彼等は動きが止まるほどのショックを受けていた。
「あ、あれはいったい!? 何かの魔術、いやマジックアイテムか? いや、たしか【魔王の欠片】と……【魔王の欠片】なのか!? それに【魔王】スキルを取得しただと!?」
「爺っ! 今は協力しろっ、あのダンピールがゴルディ以上の化け物だろうが、聞き流せ! 奴が魔王の化身だろうが構うんじゃねぇ!」
「こちらです、閣下。ここは危険です」
もっとも、動揺の大きさはブラバティーユの方が上だったが。セルジオは眼の前の戦場に意識を集中させる事で、思考を放棄している。公爵も呆然と立ち尽くしていたが、ラルメイアによって他の騎士や密偵達と共に少しでも安全だと思える場所に下がっている。
「相棒! このままでは拙いぞ。我々も無限ではない」
ゴルディの『相棒』の声に焦りが滲む。擬態人間は分裂する事で同族を増やす事ができ、【魔王】スキルを奪った事でゴルディはその能力が格段に増していた。増えるだけなら、無限に続けられると思う程に。
しかし、産みだした分身に分け与えるスキルは有限だ。擬態人間は自ら取得したスキルと、奪ったスキルをストックしておく事も、同じスキルを統合する事も出来る。
だが、分割は出来ない。10レベルの【剣術】スキルを奪っても、それを十個の1レベルの【剣術】スキルにして十人の擬態人間に一つずつ分け与えるような事は、不可能なのだ。
これは擬態人間の限界と言うより、ステータスシステムにはそのようなスキルの運用が想定されていないためだろう。
【魔王】スキルを手に入れようと、ゴルディが現存する擬態人間の中で最も優れた個体であろうと、変わらない。
ストックしてあるスキルが無くなったとしても、ゴルディは通常より優れた擬態人間を創りだす事が出来る。
だが、スキルを持っていない擬態人間は、ただ人間の姿に化ける事が出来るだけの魔物に過ぎない。並の騎士ならともかく、ヴァンダルー達相手には肉壁にすらならないだろう。
「分かっている、相棒。ヴァンダルーよ、これを見ても涼しい顔でいられるか!?」
ゴルディがそう叫ぶと、新たに擬態人間が誕生する。
「ヴァンダルー。私よ、お母さんよ」
優しげな微笑を浮かべる、ダークエルフのダルシアに化けた擬態人間が現れ、ヴァンダルーの動きが一瞬止まる。
「あれはダルシア殿? 馬鹿めっ、ダルシア殿ならバルディリアの治療を行っている最中だ。分かりきった偽者等、儂が――」
「ブラバティーユ殿っ! 危険なので手出し無用でござる!」
ダルシアの偽物に斬りかかろうとするブラバティーユを、ミューゼが慌てて止める。その様子を見たゴルディは、確信した。ゼーゾレギンから伝えられた情報は正しかったのだと。
(理解に苦しむが、こいつは明らかに偽物だと分かっていても自分の母親、そして仲間達の姿形をした存在を攻撃するのを躊躇う! 今の内にもっと――)
「ファイエル」
「がっ!? もっと、作らなければ!」
砲身を窄め、ダルシアの偽者の隙間を縫うように狙撃したヴァンダルーの銃弾に片耳を吹き飛ばされつつも、ゴルディは分身を作り続けようとする。
カチアやナターニャ、サイモン。そしてここには居ないザディリスやバスディア、エレオノーラやマイルズに擬態した擬態人間が出現する。
(この隙に私は【魔王】スキルをゼーゾレギンに……)
偽者たちの影に隠れ、ゴルディが逃げようとする。
「【螺旋轟矢】!」
「【割岩投斧】!」
その時、側面から放たれた矢が、偽ダルシアの首から上を木端微塵に吹き飛ばした。更に、ゴルディの『相棒』に深々と手斧が減り込む。
「ヴァンダルーっ! 本物のお母さんはここよ! 偽者なんて気にしないで!」
ヴァンダルーの前でいったい誰がそんな恐ろしい事をと思えば、バルディリアの治療を終えた本物のダルシアだった。
「意趣返しはさせてもらったぞ」
首元を紅く濡らしたバルディリアは、そう言うともう一振りの手斧を構えた。傷は勿論、毒の影響も残っていないようだ。
「母さん、分かってはいますが……」
「そうね、分かっていても辛い事には変わらないわよね。じゃあ、偽者は皆が相手をするから、ヴァンダルーは敵の大本を叩いて。
さあ、皆っ! 偽者を倒すわよ!」
「「「おおぉーっ!」」」
ダルシアだけではなく、この中では新参のサイモンやナターニャ、ユリアーナも、ヴァンダルーが明らかな偽者でも仲間の姿をした存在を傷つけられる事に、大きなストレスを覚える事を知っている。
だから、ダルシアに鼓舞され、士気は一気に上がった。
「ボク達の偽者がいないのは何でかな?」
プリベルがゴルディの作り出した擬態人間の中に、自分達の偽者がいない事に気がついて訝しげな顔をする。
「恐らくだが、拙者達に人型から逸脱した部位が多いからだと思う。ただ単に、奴らがアラクネやスキュラを捕食した事が無いだけかもしれないが」
「某は後者っぽいでござるな。では、この場に本物がいない偽者は某達が担当するでござるか!」
「そうだね。公爵様達とも、一蓮托生って事になったんだし、思いっきりやろう!」
そう言うと、それぞれ変装用のマジックアイテムを解除し、真の姿を現す。プリベルは触腕の先端に生えたドラゴンの頭部からブレスを吐き、呪文を唱えて援護し、ミューゼが鎌腕の水晶の刃を、ギザニアが巨大な刀を振るう。
それを偽マイルズと偽エレオノーラ、偽バスディアが迎え撃ち、偽ザディリスが後衛から魔術を放つ。
偽バスディアの斧と巨大刀を打ち合わせ、力比べになったギザニアは驚いて目を見張った。
「むっ、この偽者は、本物より……ずっと弱い!?」
八本の脚による瞬発力で巨大刀を押し込むと、偽バスディアはあっさりと体勢を崩して隙を見せた。更にそこを突いて巨大刀を一閃すると、偽バスディアはあっさりと倒れ伏した。
「こっちの偽マイルズ殿は、そこそこ良い動きでござるが……やはり本物より数段劣るでござるな! 【獣化】もしないようでござるし」
「こっちも、似たようなもんだよ!」
「ウォン!」
偽マイルズは偽バスディア程ではないが、それでもミューゼの鎌腕とクナイの攻撃を捌ききれず、一方的に傷ついている。
偽エレオノーラも、本物なら決して負けないだろうファング達に碌な抵抗も出来ずやられている。
「ヂュ~っ!」
ウルミの冷気にやられて偽エレオノーラが氷像と化し、スルガの体当たりがそれをバラバラに砕く。実にあっけない。
「惑わされるな、各々方! 伝説には、擬態人間は人間に寄生して喰い殺し、その者の能力値や記憶を手に入れるとある! 逆に言うなら、本物を喰い殺さないで作られた偽者は、ただそれらしく外見を整えただけだ! 本物のような強さは無い!」
バルディリアが他の擬態人間に手斧を叩きこみながら、そう叫ぶ。
(くっ、余計な事を!)
図星を突かれたゴルディは、内心で舌打ちをした。バルディリアの言っている事はほぼ正しい。ゼーゾレギンが『強奪の悪神』や『山の神』を喰らって力が増した影響で、その創造物である擬態人間も進化した。
その影響でバルディリアが知っている伝説のように、『寄生』の過程を踏まず、すぐに食い殺しても能力値やスキル、そして記憶を奪う事が可能になった。
しかし、結局捕食しなければ見た目と声以外は奪えないのは変わらない。
更に、ゴルディはヴァンダルーの動揺を誘うために創った擬態人間達が、それらしく見えるように、適当なスキルを見繕った。しかし、本物のバスディアが所持しているようなレベルの高いスキルは、貴重なので与えなかった。
そして能力値は、本物のランクやジョブの数に関わらず生まれたての擬態人間を【魔王】スキルで強化して、やや底上げした程度でしかない。
そのため、偽者たちはギザニア達からみると、弱々しい仲間のそっくりさんでしかなかった。
「じゃあ、俺達の偽者が程々に強いのは……俺達がまだまだ弱いからか。こいつは参った」
その分、本物の実力がまだ高くないサイモン達の偽者は、本物にとってそれなりの強敵になっていた。
「でも、こいつ等、義肢まで偽物だぜ!」
しかし、ナターニャが言ったように擬態人間は彼女やサイモンが身に着けている義肢の、性能まではコピーできない。出来るのは見た目だけで……今まで人間や亜人型の魔物から【霊体】や【遠隔操作】スキルを奪った事がないので、【ロケットパンチ】や【飛剣】等の武技も再現できていなかった。
そのため、強敵ではあるが本物のサイモンとナターニャの方が優勢であった。
「私の偽者が凄く弱いのですが!? 後、よく見たら角や尻尾がかなりおざなりです! 納得いきません!」
そしてユリアーナの偽者は、彼女が短弓で放った矢の一撃であっさり倒れた。
ゴルディ達も知らないミノタウロスハーフという新種族の外見に擬態するために、山羊系や羊系の獣人種の特徴を流用して、それらしく済ませた。しかし、それだけで実力までそれらしく済ませようとはしなかったようだ。
「『記録の神』キュラトスの、劣化版でしかないようですね」
外見だけではなく、記録した時点の能力値やスキルまで正確に再現したコピーを作り出したキュラトスと比べられたゴルディは、苦笑いを浮かべた。
「神の創造物でしかない私を神と比べるのは、買いかぶり過ぎだ。だが……本物を【吸収同化】した我々は、本物以上だ! 見るがいい!」
ゴルディが叫び、歴代『崩山の騎士』や、ジスティナのように喰われた犠牲者の姿をした擬態人間達が彼から生み出される。
「いえ、もうそろそろ結構です」
ヴァンダルーはそう言うと、砲身を解いて腕をクイっと引いた。
「っ!?」
その瞬間、ゴルディはヴァンダルーの方に向かって強烈な力で引っ張られた。見ると、何時の間にか彼の身体に透明な細い糸が付いていた。
「あの弾に糸を仕込んでいたのか!?」
「スキルを取り戻せるならその方がいいですからね。とりあえず、お前を喰い殺してみましょう」
【魔王の絹糸腺】から作られた糸と、ヴァンダルーの外見からは考えられない剛力は、ゴルディに抵抗の余地を与えなかった。
咄嗟に手負いの『相棒』や他の擬態人間達が糸を切ろうとするが、魔王の欠片製の糸は生半可な力や刃物では切る事は出来ない。宝剣を持つ『相棒』は傷とバルディリアからの攻撃で動きが取れず、オーガーに擬態した擬態人間は、切ろうとした糸に逆に腕を切られて愕然とした。
「くおおおおお! ならばっ、更にスキルを奪い取ってくれる!」
ゴルディは覚悟を決めたのか、それともただの自棄か、ヴァンダルーに向かって自ら突貫を試みる。魔物から奪った【剛力】スキルを発動させ、剣を構えて駆け出してくる。
「そう言いながら、背中から小型の擬態人間を射出。魔術で姿を消し、ここから遠ざかって行きます。奪われたスキルはその個体が持っているものと推測されますが、どうしますか?」
ゴルディの企みは、亜空間に潜むグファドガーンには通用しなかった。
「【魔王の甲羅】、【鉤爪】……町の外に向かうのなら好都合なので、泳がせておきましょう」
そうと知らないゴルディが、雄叫びをあげながら他の擬態人間と共に突っ込んでくる。それを足に発動させた鉤爪を地面に食い込ませ、腕に発動した甲羅の巨大盾で受け止める。しかし、その衝撃の強さはかなりのものだった。
どうやら射出した小型擬態人間には奪ったスキルを譲渡しただけで、目の前のゴルディが本体なのは変わらないらしい。
「しかし、ゼーゾレギンが本格的に動き出すまで放置しては問題なのでは? アルクレム公爵領の北部が更地と化しますが」
「それはいけませんね」
「何をごちゃごちゃと……」
「では皆、援軍を残していくので後はよろしくお願いします。俺はゼーゾレギンの所に行くので」
「分かったわっ、ここはお母さん達に任せて!」
「何だと!? 貴様は『荒野の聖地』の場所を、本当の聖地の場所を知らないはずだ!」
ヴァンダルーの背後に開く【転移門】。了解するダルシアと、巨大盾に阻まれて動けないゴルディがそれぞれ声を出す。
「行ってきます、母さん。場所は、既に十人以上殺した、擬態人間の霊が今教えてくれましたよ」
そう言い残して【転移門】にヴァンダルーの姿は消えた。それを見送るしかなかったゴルディに、「しまった!」と叫ぶ暇は無かった。
地面に残っていたヴァンダルーの影から、次々に『援軍』が飛び出して、クナイを投擲したからである。
「黒いゴブリンだと!?」
剣でクナイを弾きつつ、ゴルディがもう何度目かも分からない驚愕の叫びをあげる。
「俺達の偽者! 雑な仕事をする偽者!」
「お前達、顔剥ぎの技が雑! 死んだ後剥ぐのは二流!」
自分達の仕事を、それも彼等の基準で雑に真似されたと、ヴァンダルー経由で擬態人間の霊から知らされたブラガ達ニンジャ部隊は、怒っていた。
更に影から巨大な人影が現れ、ヴァンダルーが消えて放置されていた【魔王の甲羅】の大盾を素早く拾い上げると、そのままゴルディに可愛らしい声をあげながら突っ込む!
「やああああ! 【シールドバッシュ】!」
【魔王の甲羅】を叩きつけられた衝撃で、ゴルディと一緒にヴァンダルーに突っ込んだ擬態人間が馬車に跳ねられたように空を舞う。
「初めまして! ヴァンの妹でユリアーナのお姉ちゃんのパウヴィナです!」
元気に後ろの方に居る公爵達に挨拶するパウヴィナ。彼女はユリアーナが心配で、お茶会の日だけという約束でヴァンダルーの影に潜んでいたのだ。
「……まさか『顔剥ぎ魔』の偽者が、代々邪悪な神を封印した聖地を守るあなただったとは!」
そして影から最後に現れたのは、四人組の冒険者パーティーだった。その姿はブラガやパウヴィナに比べると普通だが、その迫力は上回っていた。
「主君を裏切り、同じ騎士を裏切り、己と添い遂げようと嫁入りした女性を裏切り、人々の信頼と尊敬を踏み躙った! 決して許せん! このアーサー、微力ながら助太刀いたします!」
「クヒヒッ、儂ら程度の実力でも、出来る事はあるでなぁ」
「背後は、任せて頂戴」
擬態人間の非道な行いに怒りに震えるアーサーに、自分達の力量では届かない事を自覚して震えつつも、強がって作り笑いを浮かべるボルゾフォイ。そして、せめて後衛で身を守りつつ援護しようとするカリニア。
彼の異様な迫力に、セルジオやサイモン、ナターニャ、そして公爵達がおののく。
「か、彼等はいったい!?」
「ただのE級冒険者パーティーです! 公爵閣下様と騎士の方々! この馬車の中へ入ってください! 中は安全です!」
そしてミリアムは戦慄で思わず足を止めてしまった公爵達を、最後に影から出てきたサムの荷台に誘導するのだった。
ゴルディから生み出された小型擬態人間……遥か以前に大陸北部に国を作り暮らしていたハーピィーを喰らった時に覚えた、卵から孵ったばかりの子供の姿をした個体は、一心不乱に翼を羽ばたいた。
光属性魔術で姿を消し、風属性魔術で音を消し、【高速飛行】スキルで矢より早く空を飛ぶ。
空間属性魔術で【転移】出来ないのなら、こうして物理的に移動するしかない。
アルクレムの街を飛び越え、そのまま『荒野の聖地』へと向かう。
擬態人間である彼らに生まれ故郷、種族のルーツ等に対する感慨は無い。ただ、創造主が眠る場所と言うだけだったが……今は何よりも愛おしく感じる。
(あれは……!)
身体の状態と不釣り合いなスキルを使っているせいで、体力を大きく消費しながら飛ぶ小型擬態人間の目に、見慣れた荒野と神殿が目に入った
武骨な石造りの神殿……『山の神』ボルガドンを奉じているように偽装した、擬態人間の本拠地だ。
その神殿の扉の前に、異様な姿の人物が居た。灰色の目も鼻も無い、のっぺらぼうのような頭部に、性別を判別する特徴が何も無い胴体。ただ、そこには顎の下から股間まで、一本の線が深々と刻まれている。
『よくぞ戻った、我が子よ』
「ゼーゾレギン様!? 既に寄り代に降臨なされていたのですか!?」
『非常事態なのは分かっている。この憑代に帰属し、奴から奪ったスキルを渡すのだ』
そう言うと、ゼーゾレギンの身体に縦に刻まれた線が大きく横に開く。内部は二重三重に生えた牙が列を成し、赤黒い舌が蠢いていた。
彼の身体にただ一つあったのは、口だったのだ。
「ははーっ!」
小型擬態人間は、その口に躊躇わず飛び込んだ。すぐさまゼーゾレギンの口が閉じ、血と羽毛が飛び散る。
『くくく、これが【冥王魔術】、これが【魔王】スキルか。手に入れた、長い雌伏の時を経て、ようやく手に入れたぞ!
……【迷宮の邪神】と乗り込んできたようだが、今一歩遅かったな、先代魔王よ』
【転移門】から現れたヴァンダルーは、ゼーゾレギンに「いいえ」と答えた。
「丁度良いタイミングです。元々お前はどうにかしようと思っていましたし……ここなら俺達が全力を出しても、『荒野の聖地』が『ただの荒野』になるだけで済みますからね」
そう言い終わると同時に、それまで姿を見せないでいたレビア王女達ゴーストとグファドガーン、そして影から更なる援軍達が姿を現した。
すみません、寝坊しました(汗
本日、コミックウォーカーとニコニコ静画で拙作のコミカライズが始まりました! もしよろしければ第一話をご覧ください。
また、書籍版第四巻が7月発売予定です。こちらもよろしくお願いします!
267話は6月28日に投稿する予定です。