二百六十四話 牙を剥く崩山、迎え撃ったら元魔王
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強奪の悪神「フォルザジバル」
ゼーゾレギンとフォルザジバルを倒した勇者 ベルウッド→ファーマウン
自分が瞼を閉じているのか、開いているのか、それすらも分からない状態で、彼女は転がっていた。
分かるのは頬の傷が熱い事だけ。その傷が、何故ついたのかも、思い出せない。
脳裏に浮かんでくるものが、過去の記憶の断片なのか、それとも自分の妄想の類なのかも判別がつかない。
どれぐらいそんな状態だっただろうか? 彼女は、ふと巨大な存在が近づいている事に気がついた。
(なんだ、あれは?)
曖昧模糊な世界の中で、その巨大な存在だけははっきりと感じ取る事が出来た。
その気配は、長い経験を積んだ彼女でも一言では言い表せない。それでも、最も近い存在を挙げるとしたら、数十年前、彼女がただの騎士だった頃、先代『アルクレム五騎士』の指揮の下討伐し、封印した【魔王の欠片】だろう。
しかし、そう思う一方で、暴走した【魔王の欠片】とは全く違うとも感じていた。
(暴走していた【魔王の欠片】が発していた怒りや焦り……余裕の無さが……感じ取れない?)
寄生した宿主を完全に乗っ取り、暴走した【魔王の欠片】は、グドゥラニスとして復活するために他の【魔王の欠片】を求める。
そこにあるのは飢えに似た渇望と本能的な欲求のみだ。常に同類を求めて鳴き喚き、暴れ狂っている。
それに対して、巨大な存在はとても静かだった。穏やかとすら言える。
(これは……なんなのだ? わたしは……?)
巨大な存在は、禍々しい雰囲気は無く、何処か神聖さすら感じさせる。この存在に助けを求めるべきなのかもしれない。
しかし、何から助けて欲しいのだろうか? この自分自身の状態からか、それとも……ダメだ、思いだせない。
そもそも、どうやって助けを求めればいいのだろうか? 今の自分は立ち上がるどころか、声を出す事も出来ない。手足を動かしても、本当に手足が動いているのか、動いている夢を見ているだけなのかも分からないのに。
『おおおおおおおおお』
そう彼女が迷っていると、巨大な存在が唸るのが聞こえた。視線をせわしなく動かし、細長い腕とも触角ともつかないものを蠢かせている。
(何かを、探しているのか? もしかして……私を?)
それに気がついた時、彼女の胸の深い場所で欲求が生じた。あの巨大な存在に応えたい、見つかりたい。その欲求は力となり、僅かだが頭が回り始めた。
見つかるためには、この隠し部屋から出なくてはならない。だが、今の自分には隠し扉の仕掛けを作動させるのは不可能だ。
では、どうすればいいのか? それを考えた時、彼女は直感的に理解した。懐に忍ばせていた物を使えば良いのだと。
(これを……取り出して使えば……)
普段は数秒で出来る簡単な作業が、今は全身全霊の力を振り搾り続けなければならなかった。
彼女は何とか懐から取り出したそれを首に当てると……何とか上げていた顔を再び床に落した。
自分の首の周りを、かぐわしい赤い花が飾るのが見える。この香りなら、きっと気がついてくれるはずだ。
彼女の期待に応えるように、赤い花は広がって行く。
(花に囲まれて眠るなんて、少女趣味だな……)
そんな事を思いながら、彼女の思考は力尽きたように深い眠りへと落ちて行った。
バルディリアは懐に忍ばせていた解毒用のポーションではなく、ミスリル製のナイフを取り出し、頭の重さで首を切った。
A級冒険者相当の実力を持つ彼女の首は、本来ならその程度なら掠り傷しか負わないが……毒によって衰弱し死に瀕している状態では、余命を大幅に削るのに十分だった。
一方裏庭では、ここで死にかけている人がいると言われて、タッカード・アルクレム公爵が驚いていた。
「な、何だと!? そ、それはどう言う意味かね!?」
ヴァンダルーの言葉を、そのままの意味なのか、遠回しな脅しなのか、真意を測りかねて思わず声を荒げた。その顔は蒼白で、今にも泡を吹いて倒れそうに見え、使用人達も「公爵様、お気を確かに!」と、素早く駆け寄る。
「文字通りの意味です。この子は勘が良くて、近くで人が死に瀕している事に気がつく事があるんです」
だが、ダルシアがそう言うと、何とか持ち直したようだ。
「そ、それはユニークスキルか何かですかな?」
「ええ、そのようなものです!」
ダルシアがきっぱりと言い切ると、公爵や、使用人……の演技をしている騎士や魔術師、庭に隠れている密偵達の気配が一端落ち着く。そこですかさずミューゼが声を張りあげた。
「この別邸に持病のある方や、心臓の弱い方はいないでござるか? いるなら、ヴァン殿やダルシア殿なら治療できるはずでござる!
ヴァン殿は様々な薬に通じており、ダルシア殿は生命属性魔術の達人でござる故!」
そうミューゼ達が注目を集めている間、キンバリーやレビア王女等ゴースト達が改めて別邸を探り、ギザニアやファング達が、何が起きても対応できるように周囲を警戒する。
『ヴァン君、本当に誰か死にかけているの?』
『ええ、【危険感知:死】には引っかかりませんから俺の見える範囲には居ませんが……何となく分かります。微かな匂い、蟲の気配、霊のざわめき。そうしたものから判断しました』
ヴァンダルーも視界の外で死にかけているバルディリアの事を、直接感知した訳ではなかった。しかし、彼の五感は新鮮な血の良い匂いに気がついた。
更に、今現在バルディリアは霊も通れない結界の内側にいるが、ゴルディとその相棒に引きずり込まれる前は結界の外に居たのだ。そのため、霊の中には彼らの犯行を見ている者もいた。……何が起きたのか理解できず、ただ騒いでいるだけだったが。
しかも結界に阻まれる事のない蟲達が、バルディリアが死にかけている事に気がついて近づこうとしている。
それら全てがヴァンダルーの判断材料になり、「誰かが死んだ、若しくは死にそうになっている」と分かったのだ。
『偽顔剥ぎ魔に関係する事かもしれませんし、無視はできません』
『そうだね。公爵さん達が把握してないって事は、尋常じゃないし』
「この別邸には、そのような者はいないはずだが……! 誰か、倒れている者が居ないか確かめるのだ! 何者かが侵入し、狼藉を働いたのかもしれん!」
ヴァンダルーが念話でオルビアと話している間に、公爵はせわしなく使用人達に指示を出している。
この別邸に配置しているのは、使用人に変装している者も含めて戦闘要員であり、不意に持病の発作を起こして動けなくなる者は一人もいないのを、公爵は知っている。
そしてヴァンダルー達は、サイモンやナターニャは勿論、従魔として入って来たユリアーナまで、この都に入って来た者は全員が目の前にいる。小細工は不可能だと、彼の目には見えた。
そのため、この会談を快く思わない勢力……アルダ過激派や政敵の放った刺客が外部から侵入したと思ったのだろう。
流石にヴァンダルー達の目の前で、庭木の影や池に潜んでいる密偵達の安否確認は出来ないが、使用人を演じている騎士の内何人かが建物の中や、表に走ろうとする。
「お逃げください、公爵閣下ぁ!」
その時、別邸の二階の窓が内側から弾かれるように開き、壮年の完全武装した騎士……『轟炎の騎士』ブラバティーユが飛び出して来た。
「ブラバティーユ!? 何故出てきた!?」
驚き目を剥く公爵へ、歳と重武装に似合わない軽やかな着地を決めたブラバティーユが駆け寄り、ヴァンダルー達との間に立ち塞がる。
「先程私が雇い入れた霊媒師が嘔吐し、白目を剥いて倒れました! 恐らく、こやつらが言っているのは、その者の事でしょう」
「そ、そうか。では速く治療をするのだ! 一刻も早く、最優先で!」
「霊媒師という事は……あれ? 予想していたのと違う展開なのですが」
『アルクレム五騎士』を潜ませていた事が明らかになってしまい、色々手遅れだがこれ以上の醜態は防ぎたい公爵。
最初からブラバティーユ達が密かに配置されているだろうことは予想していたが、まさか自分から出て来るとは思わず、戸惑うヴァンダルー。しかも、倒れたのが霊媒師という事で、恐らくヴァンダルーの周囲に漂う数え切れない数の霊のプレッシャーか何かに負けたのだと原因が予想できるので、困惑は更に深くなった。
同じ五騎士の一人である『遠雷の騎士』セルジオは、「何をやっているんだ」と頭を抱えていた。
霊媒師が倒れたなら、自分が治療すればいいじゃないか。応急処置ぐらい出来るだろ、と。
「その必要はありません、霊媒師は既に応急処置をして、部下に任せております」
「だ、だったら何故!?」
「閣下、これは恐らくこのダンピールの仕業です! 私が霊媒師を雇ったのを知り、霊を扇動して彼を気絶させ、閣下の周りから人を遠ざけ何事か企んでいるものと考えられます! なので、今の内にお逃げください!
皆の者っ、私が一秒でも長く時間を稼ぐ! その間に公爵閣下を連れて逃げるのだ!」
「な、何を馬鹿な事を言っているのだ!?」
「……どうしましょうか」
ブラバティーユの主張を信じられず聞き返す公爵と、霊媒師が倒れた原因は確かに自分にあるので、言葉に詰まるヴァンダルー。
「ま、待ってください! 何を根拠に!? 霊を扇動なんて出来る訳ないじゃないですか!」
ユリアーナが、自分の後ろで『そうだそうだ!』と騒ぐゴースト達を無視して、そう訴える。彼女の言う通り、アンデッド化していない正常な霊の姿を見て、声を聴く事が出来るのは【霊媒師】ジョブにある者だけだ。
そして【霊媒師】でも、霊を自由自在に操れると言う訳ではない。【霊媒師】は単に霊とコミュニケーションを取る事が出来るだけのジョブなのだ。
そうである以上、ブラバティーユ達が持っている情報では、ヴァンダルーが霊を扇動する事は不可能だと判断するはずだ。
そう思って訴えたのだが、ブラバティーユは揺るぎもせず答えた。
「先日、霊媒師に貴様の事を調べさせた。ダンピールよ、貴様は随分と霊に好かれているようだな。あらゆる霊がお前を称えていたそうだぞ。
それは貴様のテイマーとしての才能が、霊にまで及んでいる事の証拠! 貴様は霊媒師以上に霊を操る事が出来る稀有なユニークスキルを持っているのだろう!」
疑心暗鬼とこじつけと、不都合な所はユニークスキルで強引に説明しようとする、暴論を展開するブラバティーユ。しかし、最も信じられないのはその暴論が真実に近づいている事である。
「そ、それは……!」
ユリアーナも咄嗟に言い返す事が出来ず、狼狽える。
「いや、それは俺達が公爵様の周囲から人を減らして何事か企むような、動機がないと成立しないのではないでしょうか?
そして、俺に公爵様の周りから人を少なくして得になる事はありませんよ。会談も上手く進んで、打ち解けてきたところなのに」
だが幾ら真実に近づいていても、実際に企んではいないヴァンダルーは、ブラバティーユにそう言い返した。普段なら無表情なまま狼狽えていたかもしれないが。今は非常時である。
既に応急処置を受けた霊媒師の男以外に、死に瀕している人がいる可能性が高いのだから。
それがこの騒動で発見が遅れ、そのまま死んでしまったなんて事になったら寝覚めが悪い。
「そ、それは我々が居ても居なくても関係ないと言う宣言のつもりか!? おのれっ、騎士の名誉にかけて公爵閣下とこの都は――」
「ブラバティーユっ! 下がれっ、とにかく一旦下がるのだ!」
「お待ちください!」
ヴァンダルーの言葉を抗弁ではなく、遠回しな挑発と解釈するブラバティーユ。彼を強引にでも下げようとする公爵とヴァンダルーの前に、今度は『慧眼の騎士』ラルメイアが現れた。
「ラルメイアっ!? お前が何故ここに!?」
「公爵様っ、確認いたしましたところ、この別邸に潜んでいる密偵達、使用人に扮した騎士達は全員死にかけてなどおりません! 死に瀕してはおりません!」
「ラルメイアぁぁぁぁ!?」
瞳孔が開ききった、かなり平静ではない瞳をしたラルメイアがもたらした報告に、公爵は悲鳴をあげた。ブラバティーユが出てきた事だけでも不味いのに、お前まで姿を現した挙句全てをぶちまけてどうするのだと。
「それは確かなのか?」
「確かです。私の『測量の魔眼』で一通り調べたので」
しかし、そのラルメイアは公爵に制止されるどころか、ギザニアの質問に丁寧に……自身のユニークスキルの名称まで明かして答えた。
その代わり、彼の報告は真実だった。彼は【測量の魔眼】で潜んでいる密偵達をざっと眺め、配置されている全員が【忍び足】等のスキルの効果を発揮しているのを確認した。
死にかけている状態でスキルの効果を発揮できるとは思えないので、密偵達は大体健康なはずだ。
次に使用人に扮した騎士や魔術師だが、彼等は潜んでいない。使用人の役割を果たしているので、隠れ忍んでいたら逆に不自然だし、配置されるときも三人組以上のグループになっている。
だと言うのに、未だに重傷を負っている者や体調不良の者が見つからない以上、彼等の中にも死にかけている者はいないと見るべきだ。
「……なので、恐らく私とブラバティーユ殿以外の五騎士の誰かが、死に瀕しているのではないかと」
「「ラルメイアぁぁぁ!!」」
「いや、他の人もいるのだろうなと、もう察していますから」
公爵とブラバティーユが揃って叫び声をあげ、ヴァンダルーが落ち着くようにと声をかける。
ラルメイアにこの別邸の戦力をほぼ全てばらされてしまい、悲鳴をあげる公爵とブラバティーユだったが、まだ隠れているセルジオの動揺はそれ以上だった。
(畜生! あそこまで正気を失っているとは思わなかった! こんな事なら、狂って戻って来た時に多少強引にでも奴を始末しておくべきだった!)
だが『崩山の騎士』にして、擬態人間のゴルディはそれ以上に動揺し、胸の内で口汚く罵っていた。
ブラバティーユがヴァンダルーの前に姿を現したのは彼にとっても想定外だが、彼にとっては好都合だった。まさかヴァンダルーが、霊からの情報以外でバルディリアが死にかけている事に勘づくとは思わなかったが、ブラバティーユなら事態を引っ掻き回して、バルディリアの事を有耶無耶にしてくれるはずだ。
しかし、ラルメイアまで出てきた上に、何故か正気を奪った相手であるヴァンダルー達に対して好意的で、公爵達の叫びも無視して情報を提供しだした。
その結果有耶無耶になるどころか、死にかけているのは五騎士の内、まだ姿を現していない三人の中の誰かだという事になってしまった。
「どうする、相棒。俺を殺して、侵入者を始末した事にするか?」
相棒がそう尋ねる。その言葉が表す通り、擬態人間達には個の概念が薄い。記憶を共有した自身のコピーを作る事で増えていく生態のため、『自分の代わりが常に存在する』と言う認識が本能にまで染みついているためだ。
例外は、彼らの創造主である『共食いと強奪の邪悪神』ゼーゾレギンから作戦の指揮官に任命され、加護と分霊を授けられたゴルディぐらいだ。
「いや、お前を始末して死体を見せても、ヴァンダルーが何でバルディリアを感知しているのか分からなければ意味がない。それに、お前の霊が奴に服従しない保証もない」
「そんな馬鹿な。相棒は、俺の神々への、ゼーゾレギン様への信仰と忠誠を軽んじるのか?」
個の概念が薄い代わりに、擬態人間はゼーゾレギンへの忠誠心が強い。それは三大欲求や生存本能よりも優先され、ゼーゾレギンが「眠るな」と言えば擬態人間は死ぬまで眠らず、「死地へ赴け」と要求すれば当然のように赴く。
だから、擬態人間をどんなに拷問しようと無意味だ。彼等が命乞いをし、寝返る事を約束しても、それこそが擬態であり、罠なのだ。
だが、死んだ後の事は分からない。
「違う、私は我等の主が、ボルガドンの御使いに擬態させた自らの御使いから手に入れた、ヴァンダルーの情報を重んじているだけだ。
奴の周囲には、奴に殺された者達の霊やアンデッドが、嫌々ではなく嬉々として侍っている。邪神派の貴種吸血鬼共の中には、犬として扱われる事に至上の喜びを見出すようになった者までいるらしい。
生前の誇りや忠誠心、そして信仰すら奴の前には欠片も残らないと考えるべきだ」
「……何と恐ろしい。ゼーゾレギン様を差し置いて、次代の魔王と呼ばれ恐れられているのも納得だ。だが、このまま隠れている訳にはいかないはずだ」
プライドが高いはずの貴種吸血鬼が、死後は自ら飼い犬になり尻尾を振るようになるとはと、恐れ戦く相棒。しかし、彼が指摘した通り、このままただ隠れていても、事態は悪化するばかりだ。
ラルメイアのせいで死にかけている者の候補は、五騎士の内残り三人に絞られた。バルディリアはゴルディによって、本来彼女が配置される場所とは異なる聖域の張られた隠し部屋に移動されているが、密偵達はこの屋敷の隠し部屋を全て知っている。
十分とかからずにバルディリアを探し出してしまうだろう。
残る希望は、「死にかけている者がいる」と言うヴァンダルーの言葉自体を公爵達が嘘だと決めつけ否定する事だが――。
「セルジオやバルディリアが死に瀕しているだと? 馬鹿も休み休みに言え! セルジオは若造だが我等『アルクレム五騎士』に名を連ねるだけの腕は持っている。そしてバルディリアは儂以上の古豪、ゴルディは若くして先代と並ぶ武術と魔術の使い手。仲間に裏切られぬ限り、誰にも気がつかれず致命傷を負うとは考えられん!
はっ!? まさか、これはこの屋敷に配置された戦力を丸裸にする為の作戦!? 貴様は、ここまで読んでいたと言うのか!?」
ブラバティーユが微妙に真実に掠っている事以外は、ゴルディの望み通りの主張を展開する。この時ほど彼が頼もしいと思えた事はなかった。
「いえ、『死にかけている人がいませんか?』と言うだけで、ここまで事態が動く事を想定するのは無理があると思います。あと……庭や池に誰かが隠れている事は、最初から予想していましたし」
「ブラバティーユよ、この通り既にばれているのだ。セルジオ達も出て来るがよい。幸い、ヴァンダルー殿達は我々をこの事で責めるつもりはないらしい。会談の仕切り直しと行こう」
しかし、ヴァンダルーはブラバティーユにどれ程無礼な口調で疑いをかけられても、怒り出すどころか淡々としている。
公爵も、自らの騎士の意見を信じるつもりはなさそうだ。それどころか、他の五騎士にも出て来るようにと言い出している。
「どうすればいい? 二つだ、奴の幾つもあるだろうスキルの内、二つだけ奪えればいい。奴のスキルの多さと、身体の小ささ、そして俺の性能なら、片腕の半分も喰えれば、それでいいんだ。それで……。
仕方ない。相棒、結局お前には死んでもらう事になりそうだ」
「分かった」
隠し部屋の中で短いやり取りで作戦を相棒に伝えたゴルディは、早速実行に移した。
重い爆発音と共に、屋敷の壁の一部が内側から砕け散った。
「何っ!?」
咄嗟に公爵を庇うブラバティーユに、舞い上がった土埃の向こうを油断なく睨みつけるヴァンダルー達。
「た、助けてくれっ! バルディリアがやられたっ、敵は向こうに……」
血だらけのバルディリアに肩を貸し、よろめきながらも助けを求めるゴルディが姿を現す。その擬態は、普通なら完璧だった。
血の香りも、ヴァンダルーは勿論ファングの嗅覚でも本物としか思えなかった。
「あれはっ、バルディリアではない!」
だが外見だけでスキルをコピーしていない擬態は、ラルメイアの【測量の魔眼】にあっさりと見抜かれた。
(死の危険を感知できない)
そして、視界内に入ったにもかかわらず【危険感知:死】に反応が無い事から、血だらけなのは見せかけだとヴァンダルーも判断した。
すぐに、それまで敵対的な魔術を使ったと勘違いされないように控えていた、【生命感知】を使用する。
「母さん、そこの壁の向こうです。今にも死にそうなので、すぐ治療を」
そう言って、ヴァンダルーはこの局面で重傷を負って助けを求めるふりをしている二人に、接近する。
(そうだ、我々の背後の別邸には、まだ使用人に扮している騎士がいる。貴様なら、魔術は撃たないと読んでいたぞ!)
内心、そう歓喜しながら、擬態人間達は動いた。意識が無いように見せている偽バルディリアをヴァンダルーに向かって投げ、偽ゴルディは宝剣を構えて疾駆する。
「……シャアアアア!」
投げられた偽バルディリアは、一瞬で牙や鉤爪を生やした、化け物らしい姿に変化するが、その動きは隙だらけだった。
故にヴァンダルーは、偽バルディリアは捨て駒で、本命は油断ならない力量を感じさせる動きで疾駆する偽ゴルディの、宝剣だと判断。左腕の鉤爪を振るって、偽バルディリアを切り捨て、偽ゴルディに備えようとした。
そして左手の鉤爪が偽バルディリアの腕を掻い潜り、胴体に刺さり――そのまま抵抗もなく手首まで減り込んだ。
「っ!?」
驚いたヴァンダルーが咄嗟に左手を引き抜こうとする前に、更に偽バルディリアの内側に左腕が吸い込まれ、骨が断たれる鈍い音が響き、左肘から先が切断される。
「アアアアア! 貰ったぞ、貴様の腕の半分を! ハハハハ!」
そして偽バルディリア……『崩山の騎士』ゴルディが笑い声をあげた。
《【冥王魔術】と【魔王】スキルが奪われました!》
左腕を半ばで失い、脳内に響いたアナウンスの内容に驚いたヴァンダルーは目を見開き――。
「とりあえず、【脳天打ち】」
「はははごべはぁ!?」
自身の影から取り出したギュバルゾーの杖で、歓声をあげながら元の姿に戻りつつあるゴルディを上段から叩き付け、地面に減り込ませる。
更に左腕を再生させながら、作戦が成功した時に浮かべた笑みを浮かべたまま硬直している偽ゴルディ……相棒に向かって杖を構える。
「き、貴様、相棒にスキルを奪われたんじゃないのか!?」
「【魔力弾】」
「うおおおおおっ!?」
直径一メートル程の魔力弾と言うより魔力砲弾を宝剣で何とか弾き飛ばそうと、相棒が吠える。
「ヴァン君っ!? そいつ、スキルがどうとかって言ってたように聞こえたけど! それに左腕大丈夫!?」
「はい、スキルが奪われました。こいつ等は人の身体を食べる事で、スキルを奪う事が出来るようなので、接近戦をする際は気を付けてください。
左腕は、もう元通りです。心配してくれてありがとう」
「スキルを奪うっ!? 一時的に使えなくするんじゃなくて!? 師匠っ、それって滅茶苦茶やばいんじゃ!?」
「あっ、そっか! 取られたのは【料理】や【鞭術】スキルで、魔術や格闘術は無事だったのね! それなら――」
「いえ、かなり重要なスキルを一つ奪われました」
「拙いじゃない! どうするのっ!? 吐かせればいいの!?」
ヴァンダルーはダルシアが、本当に死にかけていた人……恐らくゴルディが化けていた女ドワーフを助けているのを見て確認すると、動揺する仲間達に言った。
「いえ、万が一使われると致命的な事態になりかねないので……スキルを取り戻すよりも、無力化する事を優先しましょう。
他にスキルを奪わせる訳には行きませんし」
「ば、馬鹿な……! 私を殺せば、貴様のスキルは二度と帰って来ないのだぞ!?」
地面に半ば減り込んでいたゴルディは身を起こしながら、只ならぬ量の魔力を漂わせて自分を見下ろすヴァンダルーと、その周囲の無数の霊やゴースト達に戦慄しながらそう聞き返した。
「だろうなとは思いますが、まあ戻らないなら仕方ないでしょう。スキルを惜しんで自分や仲間の命を失う方が、被害が大きいですし。時には、損切りも必要です」
【冥王魔術】は、また【死属性魔術】から覚えなおせば良い。今度は、ジョブ補正もあるのでずっと速く覚えられるだろう。
【魔王】の方は……まあ、無くなってもそれはそれで構わないかもしれない。
皆を殺されたり、これ以上スキルを奪われたりするくらいなら、さっくりと殺してしまおう。
サーガフォレストでは三周年フェア実施中です。拙作も参加しています。詳しくはサーガフォレスト公式ホームページをご覧ください。
皆様の応援のお陰で、四度目は嫌な死属性魔術師の四巻発売と、コミカライズ化が決定しました!
詳しい発売日や特典、コミカライズ化の続報は、一二三書房公式ホームページやサーガフォレスト公式ツイッター等でされると思いますので、ご期待ください。
6月20日に265話を投稿する予定となっております。




