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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十一章 アルクレム公爵領編二
323/515

二百六十三話 崩れる千刃と共食いの走狗

皆様の応援のお陰で、四度目は嫌な死属性魔術師の四巻発売と、コミカライズ化が決定しました!


詳しい発売日や特典、コミラカイズ化の続報は、一二三書房公式ホームページやサーガフォレスト公式ツイッター等でされると思いますので、ご期待ください。


 ゴルディが抜いた宝剣……そう呼ばれている割に装飾されているのは鞘だけで、剣本体は柄に埋め込まれた宝石以外特徴がない。

 それは邪神を封印する儀式に用いる為に必要な象徴であると同時に、公爵家に剣を捧げる騎士である事を表していると伝わっている。


 平時においては封印を守る聖職者。だが、一度剣を抜けば、騎士として戦う。

 しかし、今その宝剣が向けられているのは、彼と同じアルクレム公爵家に仕える『五騎士』の一人、バルディリアだ。


 彼女は気絶しているゴルディの相棒を床に転がしたまま、両手に手斧を構えた。彼女本来の得物ではないが、狭い隠し部屋では、これが限界だ。


「……他の騎士、ブラバティーユやセルジオを連れて来てはいないのか。まさか、私を一人で取り押さえる事が出来ると思っているのか?」

 バルディリアの背後に誰もいない事に気がついたゴルディが、眉間に皺を作って訝しげに彼女を睨みつける。


「いや、公爵閣下を避難させるのを優先したのか? ラルメイアがあの様子では、仕方のない判断――」

「いいや、あの二人や公爵様にはまだ報告していない。ただ、私が万が一戻らなければ部下が報告する手はずになっているけれど」

「……何だと?」


 バルディリアの言葉が理解できず、思わず聞き返すゴルディ。そんな彼にバルディリアは油断のない、しかし悲しげな瞳を向けて言った。

「自ら罪を告白して、潔く縛につけ。そうすれば、公爵閣下も寛大な措置を取ってくださる。少なくとも、あなたの妻子の事は、私が面倒を見る。騎士の誇りに誓って」


 バルディリアは同僚のよしみで、ゴルディに情けをかけ、自首する機会を与えたのだ。それを理解した彼は、目を見開き、思わず宝剣の切っ先を下げた。

「なんと……!」

 確かに自首すれば、多少の情状酌量を受けられるだろう。


 本来ならゴルディ本人は公開処刑。家は爵位と財産を剥奪され、妻子は路頭に迷う事になるところだ。しかし、ゴルディが自首をして、彼のこれまでの功績が考慮されれば、彼本人は毒入りのワインを煽ると言う、衆目に死に様を晒されずに済む処刑方法で、そして家は降爵されるだけで済むかもしれない。


「何時から、私を疑っていたのだ? あなたがブラバティーユとは別の方針で捜査していた事は気がついていた。だが、私と相棒は証拠を残さず、アリバイも完璧だったはずだ。その相棒に至っては、存在する痕跡すら無かったはず」

 しかし、ゴルディは宝剣の切っ先を下げたものの、手放そうとはしない。そのまま尋ねてくる彼に、バルディリアは答えた。


「貴殿の言う通り、疑う理由は無かった。行動、金の動き、人間関係、過去の経歴、犠牲者との接点……不審な点を、私は何も見つけられなかった。あなたの相棒に至っては、何処のギルドにも……犯罪組織にすら記録は無かった。正直に言うと、今でも名前すら分からない。

 それなのに暗殺者として結構な腕を持っている。いったい、どこでこんな相棒を見つけたのだか……」

 探し出し、生け捕りにした時の苦労を思い出して、内心溜め息を吐いた。


 アルクレムの町で冒険者は勿論、職人など一般人として働いていた形跡のなかったゴルディの相棒。彼はいったいどこで暗殺者や斥候職としてのスキルを磨き、どこで生活していたのか。

 本人とゴルディから聞き出して、調べなければならないだろう。この事件の背景は、彼女達が想像していたよりも巨大な影が隠れているのかもしれない。


 だが、それもゴルディを自首させる事が出来たらの話だ。バルディリアは彼が抵抗を諦めるよう、促す為に話を続けた。

「衛兵隊同様、私達の捜査も行き詰まった。だから、ブラバティーユのように私も発想を変える事にした。彼は【霊媒師】を雇って被害者の霊を探す斬新な手に出たけれど、私はそれまで理由がないからと疑っていなかった者を疑う事にした」


 発想の転換を行い、主君であるタッカード・アルクレム公爵やその子息、公爵家の家宰、そして同僚が「もし顔剥ぎ魔だったら」と想定して、バルディリアは捜査を行った。

 すると、ゴルディのここ最近の言動に違和感がある事に気がついた。


 不審な点という程、決定的なものではない。だが、ドワーフであるバルディリアは十代の少女のように見えるが、髪に白髪が混じり始めたブラバティーユや、タッカードよりも年上だ。ゴルディの事も、先代『崩山の騎士』が健在だった事から知っている。

 その経験が、おかしいと言っていた。


 そしてゴルディの身辺を念入りに調べた結果、彼の家に伝わる廉価版アイテムボックスが持ちだされており、何者かの影がうろついていた。

「極めつけは、あなたが封印を守っている荒野の聖地に、封印を維持するために必要だという理由で、奴隷商人から犯罪奴隷が数人運ばれた事。

 奴隷商人にその犯罪奴隷達の似顔絵を描かせたけれど……その内一人の似顔絵が、昨日の夜発見された顔の皮と似ていた」


「彼の事は信用できると思っていたが、記憶力が良いだけではなく、口の軽い奴隷商人だったか」

「『五騎士』の権威で無理に口を割らせたから、奴隷商人は責めてやるな。

 ただ、考えてみれば当然だった。犯罪組織だけではなく、衛兵や騎士、更に上位の貴族が隠していた悪行を調べ出す事が出来るのは、密偵組織を指揮する公爵閣下や、私達『アルクレム五騎士』の者達ぐらいだ」


「確かに……ん? 待て、バルディリア。貴様、いったい何を言っている?」

「何度でも言おう、ゴルディよ。同じ騎士としての情けだ、『顔剥ぎ魔』として捕まる前に、『崩山の騎士』として大人しく縛につけ。

 裁けぬ悪を許せないという貴殿の気持ちは、理解できる。しかし、それは騎士として越えてはいけない一線を越えている! 貴殿もまた、裁かれなければならない!」


 バルディリアの糾弾は、至極真っ当なものだ。動機が正義感に根差したものであったとしても、ゴルディは公爵家に剣を捧げて碌を食み、力だけではなく法と権威で民を律する騎士だ。

 騎士である以上、今無理だったとしても、公に裁けるよう戦い続けなくてはならなかった。猟奇的な手段で暗殺し、それを世に知らしめて社会不安を煽るなど、もってのほかだ。


「それに、貴殿の正義は既に破綻している! 顔を剥がれた者の中には、犯罪者ではあっても死刑に当たらない者が何人も含まれていた。それに、昨日に至っては既に裁かれた犯罪奴隷の顔の皮を剥ぎ、晒すとは……貴殿は既に裁きを成す事ではなく、『顔剥ぎ魔』の犯行を続ける事が目的となっている!」


 そして最近の『顔剥ぎ魔』の犯行が破綻している事は、彼女が指摘した通り。これでは『顔剥ぎ魔』は正義の暗殺者ではなく、ただの連続猟奇殺人鬼だ。

「……くっ」

 そう糾弾されたゴルディは、短く呻いて顔を歪め――


「くっはははははははっ!」

 笑い出した。

「な、何がおかしい?」

 予期せぬゴルディの反応に戸惑うバルディリアに、彼は今まで一度も見せた事のない笑顔を向けて言い放った。


「おかしいとも! まさか、真犯人に罪を着せるつもりで犯行を模倣したと言うのに、真犯人の分の罪も私が被るはめになりかけているのだからな!

 いつまで寝ている? 増えろ、相棒!」


 『偽顔剥ぎ魔』だったゴルディの言葉に応えて、気絶しているはずの相棒の背中から生皮が裂けるような音を立てながら、二本の腕が出現する。

「何っ!?」

 バルディリアの一瞬の隙を突いて、二本の腕は彼女に抜き手を放つ。その動きは素早く、手斧で払いのける事は出来なかった。


 しかし、受けたのは爪が頬を掠った程度の傷だ。バルディリアは人外の動きを見せるゴルディの相棒の背骨を踏み折ると、その反動を利用して後退。

 ゴルディの説得を諦め、敷地内に居るはずのブラバティーユとセルジオに事態を知らせる為の警報替わりも兼ねて、武技を放とうとする。


「うっ!?」

 だが、その瞬間全身から力が抜けた。膝から崩れ落ちて、手斧も二振りとも床に音を立てて転がってしまう。

「ふぅ……危うかった。貴様が手斧ではなく、ハルバードを持って来ていたら、腕ごと薙ぎ払われていただろうな」

「ああ、俺達の毒も……」

「体内に入らなければ、意味がないからな」


 バルディリアが倒れた事に、ゴルディは相棒達と共にほっと安堵の息を吐いた。『崩山の騎士』ゴルディとしてではなく、彼本来の力を使えれば倒せない相手ではない。しかし、今他の五騎士や……ヴァンダルーに気がつかれるわけにはいかないのだ。


「毒……馬鹿な、私は【毒耐性】スキルを……」

 背骨を踏み折ったはずのゴルディの相棒の背中から、腕だけではなく新たな頭部や上半身が生えつつある事に……人間がスライムのように分裂して増えようとしている事に驚きつつも、バルディリアは痺れる舌で言葉を紡いだ。


 何とか懐に忍ばせた解毒用のポーションを取ろうとするが、彼女の腕は骨が溶けてしまったかのように頼りなく、言う事を聞いてくれない。


「貴様が【毒耐性】スキルを持っているのは、知っている。だが、我等が授けられた毒……神の毒には、【毒耐性】程度では耐えられなかったようだな」

「神、だと? まさか、お前達は、最近……」

「最近増えている、神の加護を得た英雄候補達と一緒にするな。我々は、十万年以上前からずっと一柱の神に仕えている。我々は――」


「相棒、前の相棒が限界のようだ。このままだと死んでしまうぞ」

「そうだった。貴様に秘密を喋っている場合ではなかったな」

 ゴルディは分裂した相棒に視線を向けると、バルディリアに背骨を折られた方は床に横たわったまま立ち上がれずもがいていた。


「【高速再生】スキルを渡す必要もないだろう。俺に戻れ、相棒」

「分かった。融合する」

 ゴルディが伸ばした手を掴むと、「ぢゅるるるる」と汚らしい音が響いた。その音に比例して、倒れたままの相棒の肉体が萎んでいき、ついには黒装束だけを残して消えてしまった。


 信じられないと驚愕しながらも、毒の効果で喋る事も出来ないバルディリアを、新しく増えた方の相棒が乱暴に掴み、隠し部屋の中に引きずり込む。

「同僚が人間に擬態した化け物だと知ると、君ほどの人物でもショックを受けるのか? 私と貴殿は仕事上の関係のみで、会話も最低限に抑えられていたと思うが……難しいものだな。

 姿形や言葉、ジョブやスキルを真似ても、人間になる事は出来んか」


 ゴルディは、人間ではない。人間に擬態した、邪悪な神によって創造されたミミックスライムに似た生態を持つ種族だった。

 ただのミミックスライムと違い、人間と同じようにジョブに就く事が可能であり、更に人間の身体に寄生して内側から喰らう事で、その人間のステータスを乗っ取り、スキルを奪う事が出来る等、より高い擬態能力を持っている事だった。


 バルディリアがそう説明されていたら、ゴルディの正体と彼の背後にいる神に気がついたかもしれない。


 勇者ベルウッド率いる勇者軍の前に立ちはだかった、『魔王』グドゥラニス率いる魔王軍。その中に、一風変わった魔物を産みだした『共食いの邪神』ゼーゾレギンという神がいた。

 その『共食いの邪神』が産みだした魔物は、擬態する事に、特に人間や動物に姿を変える事に特化した魔物だった。


 魔王や他の邪悪な神々が産みだした魔物の多くが、巨体から発せられる怪力やタフネス、強力な炎や氷のブレス、それに猛毒等の特徴を持つ、単純に強い魔物だった事に対して、ゼーゾレギンが産みだした魔物は、かなり異質な存在だった。


 しかも産みだされた擬態人間と呼ぶべき魔物達は、ある種の植物が地下茎を伸ばし自分のコピーを増やしていくのと同じように、己のコピーを自己生産する事が可能だった。

 擬態人間達は人間達を襲ってその姿形を奪い、勇者軍を大いに混乱させる事に成功した。


 だが、それも戦いの序盤だけだ。勇者軍が劣勢になり、人間の数が減り一つの拠点に集中するようになると、擬態人間達が潜入する社会の隙間はなくなり、更に個々の人間達自身もステータスシステムを使い強くなって行ったため、擬態人間達はすぐに発見され討伐されるようになった。


 それを落ち目と見たのか、ゼーゾレギンが手柄を上げるのを快く思わなかった『強奪の悪神』フォルザジバルが、その力を奪おうと襲いかかった。


 味方同士で争い始めた『共食いの邪神』と『強奪の悪神』を、ファーマウンが側面から斬り捨てて、当時バーンガイア大陸の北部に存在していた山脈に叩き付けた。そこに魔王グドゥラニスによって、魂を砕かれかけていた『山の神』ボルガドンが自らと山々を犠牲にして封印し、後には岩山が崩れて出来た荒野だけが残ったと伝わっている。

 これが、ゴルディ達歴代の『崩山の騎士』達が、このアルクレム公爵領がアルクレム王国だった時よりもずっと前から守っている封印の伝説だ。


(そのゴルディが、伝説の擬態人間の生き残り……いや、擬態だけではなく、我々『五騎士』の一員として戦える程の力を持ちあわせる、より上位の種になっている。ランクアップしたのか?

 いや、それにしても、奴が言う神、神々とはいったい? 『山の神』ボルガドンか?)


 『山の神』ボルガドンは、深い眠りについているとされ、現在では邪神の封印があるゴルディ達の一族が守っている荒野の聖地でのみ、祭られている。

(それがゴルディ達に神託や啓示を下し、操っているのか? だが、何故ボルガドンがこんな事を……そもそも、ボルガドン自身が封印しているのは、悪神フォルザジバルではなかったのか? 邪神が作り出した擬態人間の末裔が何故?)


 毒で動かない身体の代わりに目まぐるしく思考するが、バルディリアの意識は混濁し始めていた。ゴルディはその彼女の髪を掴み上げ、瞳を覗き込みながら「ふむ」と呟く。

「どう言う事だろうな。貴殿が相棒を連れて現れた時は邪魔者としか思えなかったが、今は秘密やこれからの作戦について、話してしまいたくなる」


「人間は自分以外の誰かに、秘密を打ち明けたがる生き物らしいぞ、相棒。長く演じる内に、人間の習性がうつったのではないか?」

「なるほど。確かに……ゴルディになってから三十年以上。先代と交代して姿を変え、人間と同じように成長し、老化しているように見せている内に、人間が移ったか。あり得ない話ではないな」


 ゴルディは、人間の『崩山の騎士』のゴルディを殺して乗っ取った訳ではない。『崩山の騎士』ゴルディは、最初からこの擬態人間が擬態していた姿と名前だったのだ。

 もっと言うなら、十万年前からこの地で邪神の封印を守って来た一族の当主やその周辺の数人は、全て擬態人間である。


 バルディリアも疑問を覚えたが、何故『共食いの邪神』ゼーゾレギンが作り出した擬態人間が、『共食いの邪神』の封印を守っているのか? その疑問は当然だが、真実はとても単純だった。

 『共食いの邪神』ゼーゾレギンは、封印されていないのだ。


 十万年以上昔、ゼーゾレギンは確かに『強奪の悪神』フォルザジバルとの戦闘中に、ファーマウンの一撃によって大きな傷を受け、山脈に叩きつけられた。そこに『山の神』ボルガドンが我が身を犠牲に封印しようと試みたのも、事実だ。

 だが、ゼーゾレギンはボルガドンが封印を試みた瞬間、自分よりも傷が深かった『強奪の悪神』を喰った。

 そして力をある程度取り戻したゼーゾレギンは、ボルガドンの封印を打ち破り、そのままボルガドンも喰らい、吸収し同化したのだ。


 そして『共食いの邪神』ゼーゾレギンは、『強奪の悪神』フォルザジバルや『山の神』ボルガドンから奪った能力で、『共食いと強奪の邪悪神』となり、その力を最大限発揮して死んだふり……自分が封印されているように擬態したのである。

 二柱の神を吸収同化したとはいえ、二柱ともその時には深い傷を受けていた状態で、『共食いと強奪の邪悪神』となっても、力は全力には程遠い。


 そんな状態で地上に出ても、一矢報いる事も出来ず勇者にやられるだけだ。なら、封印されたように擬態するしかない。

 その選択がゼーゾレギンを、そしてゴルディ達擬態人間を今日まで生かす事になった。


 魔王グドゥラニスが倒され、その後ヴィダとアルダが争い、更に十万年あまりの時が過ぎても、ゼーゾレギンは擬態を続けた。

 『封印を守るための使命を帯びた一族』と言う設定の擬態人間を創りだし、封印を守る神と恐ろしい邪神の逸話を人間達に広めた。どちらもゼーゾレギンであるため、人間達の祈りと畏怖、両方が彼の力となり傷を癒した。


 だが、それ以外に邪悪な神らしい事……生贄を捧げさせたり、魔物を扇動して人間を襲わせたり、世界の復興を邪魔するような事は一切しなかった。

 寧ろ、『聖地』を守るために擬態人間達に指示して魔物を狩らせ、時の為政者の元に擬態人間を送り込み、国に貢献させた。


 祈りや畏怖を捧げる家畜である人間が増える程、ゼーゾレギンにとっては都合が良く、逆にアルダ達が擬態に気がつくような事は絶対に避けなければならなかったからだ。

 その邪悪神らしからぬ努力によって、ベルウッドやファーマウン、そして『法命神』アルダ達はゼーゾレギンの擬態を見抜く事はなかった。


 バーンガイア大陸で暗躍する『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカや、魔大陸に巣食う『解放の悪神』ラヴォヴィファード等、活動的な邪神悪神の存在の影にゼーゾレギンの存在は隠れてしまい、本当に封印されているのか綿密な調査を行う、と言う行動はとられなかった。


 実際、アルダ達が神域から探ってみても、ゼーゾレギンが吸収し、擬態している『山の神』の気配しか感じなかっただろうが。

 『輪廻転生の神』ロドコルテなら、ゴルディ達擬態人間の存在に気がつく事も出来たはずだ。だが、ロドコルテがアルダと協力関係を強化したのは最近の事で、更に魔王軍残党ではなくヴァンダルーに関する事だけだったので、今まで知る事はなかった。


 ゼーゾレギンの傷は既に癒え、力は取り戻している。だが、後数百年はこのまま擬態を続けながら情報を集めるつもりだった。

 そして、新たなる魔王としてこの世界を支配するための策を実行するはずだった。策の成就は、今までの実験によって既に約束されたも同然。

 後は、機を待つ……アルダとヴィダが再び矛を交える大戦争が起き、両勢力が疲弊するその時を待つだけだった。


 だが、ヴァンダルーの存在によって急遽予定を早めなければならなくなった。


「それで、バルディリアはどうする? この状態では、ヴァンダルーに対する戦力にはならない。同化して擬態するか?」

 相棒に訊ねられたゴルディは、首を横に振った。


「同化するだけなら容易いが、そっくりに擬態するには時間がかかる。普段とは様子が異なる『バルディリア』を、あの疑り深いブラバティーユに見られたら面倒だ」

 彼等擬態人間は、吸収し同化する事で相手のスキルを奪い取る事ができ、それを同じ擬態人間同士で物品のように交換する事が可能だ。


 この生態によってゴルディ達代々の『崩山の騎士』は高い戦闘能力を維持し、『相棒』も腕利きの暗殺者と同じ水準のスキルを持つ事が出来た。

 バルディリアのスキルを奪い、相棒を彼女そっくりに擬態させる事も出来るが……人格までは短時間で擬態する事は出来ない。人間そっくりでも、人間ではないゴルディ達の弱点である。


「それに、同化吸収した対象の魂がどうなるか、分からん。この隠し部屋は、霊が出入りできないよう結界を張ってあるが……我々が隠し部屋から出た後に吸収同化したバルディリアの霊が身体から出たら、ヴァンダルーに知られる恐れがある」


「考え過ぎだと思うが、今この女を殺さなくてはならない理由がないのは同意する。では、このまま放置しておこう」

 『相棒』が創造主であるゼーゾレギンから与えられた、【神毒分泌】スキルによって作られる毒は、致死毒だが、バルディリアの体内に入ったのは僅かな量だ。彼女の生命力なら、死ぬまで半日はかかるだろう。


 それだけの時間があれば、彼女が死ぬ頃には策は既に終わっている。ヴァンダルーに情報が伝わる事はない。

 意識が混濁して動けないバルディリアを隠し部屋に放置して、ゴルディ達は時が来るのを待った。




 郊外の別邸とはいえ、公爵家の所有する屋敷とあって、庭園は見事に整えられていた。

 キンバリー達が調べた情報通り、死角が多く外部から中の様子を伺う事が難しい作りだが、手入れされた庭木や花々、庭石等が上手く配置されており、後ろ暗い雰囲気を感じさせない。


(事前に情報を得ていなければ、木や池の中、屋敷に潜んでいる人の多さに驚いていたでしょうね)

 ミューゼと違い【気配察知】スキルを持たないヴァンダルーだが、キンバリー達から公爵の配置した密偵や騎士達の場所と人数を聞き、そう思った。


『もしかして、こいつ等やる気なんじゃない?』

 オルビアが思わずそう呟き、ゴースト達が警戒心をあらわにする。姿を見る事は出来ないが、その雰囲気が伝わったのか、ギザニアやサイモンは緊張を露わにした。


「本日は儂の招待に応じてよく来てくれた。非公式の茶会故、礼儀作法は気にせず、楽に過ごしてくれ」

 ガーデンパーティーの準備が整えられた裏庭で、ヴァンダルー達を出迎えたタッカード・アルクレム公爵がそう言ったのは、彼女達の緊張を別の意味に解釈したからだろう。


 尤も、それを言った彼自身の顔にも若干の緊張が浮かんでいたが。表情はやや硬く、呼吸も速い。心なしか顔色は悪く、髪もしなびて見える。

 彼がそこまで緊張している理由は、ヴァンダルーの持つ戦闘能力の高さと――

「初めまして、アルクレム公爵様。私はヴァンダルー・ザッカートと申します。そして彼女が――」

「ユリアーナと申します」


 牛の角が生えた頭で綺麗にお辞儀をするユリアーナの存在自体である。その容姿は、良好な関係ではなかったが腹違いの兄妹だったタッカードには、生前のユリアーナを思い出させた。そして仕草は、彼女がただ人語を話すだけの魔物の一種と判断する事を躊躇わせるだけの、気品と教養を感じさせた。


「君は……やはり!」

 ユリアーナを目にしたタッカードは、確信した。何が彼女の身に起きて今の状態になったのか、その裏にどのような存在の意図が絡んでいるのか、それらは全く分からない。だが想像や推測を飛び越えて、理解したのだ。

 目の前に存在しているのは、ユリアーナ・アルクレム本人であると。


「はい、お初にお目にかかり、従魔の身に余る光栄と存じます」

 だが、複雑な感情を吐露するタッカードとは逆に、ユリアーナは淡々とした、冷気すら感じさせる態度で応じ、彼の確信を否定した。


 それはタッカードにとって、逆に確信を強めるものだったが、同時に肩の重みを軽くする態度でもあった。

 ユリアーナがきっぱりと前世での関わりを否定したため、意図したものではないが彼女達を死地に赴かせた責任を追及されずに済むのだから。


 無論、ここからネチネチと遠回しに攻められる可能性もあるのだが、それはユリアーナも、そして彼女が信仰するヴァンダルーも望まない。

「公爵様は彼女に興味があるようですが、失礼ながら彼女は私の元で育成している従魔になります。何かご用の際は、ギルドを通して依頼を出していただけると助かるのですが」

 偉い人向けの口調で、『下手な手出しはしないでほしい』とヴァンダルーがタッカードに告げる。


「そ、それはその通りであるな。つい、知人の幼い頃に似ている気がしてな」

「そうでしたか。公爵様となれば人脈も豊富でありましょうし、その大勢の中のお一人と彼女が似ているという偶然も、あるのでしょう。

 彼女はまだ幼体で、これから成長を重ね姿も変わるでしょうから、あまりお気になさらない方が良いかと」


 更に『あまり気にしないでほしい』とヴァンダルーが告げると、「う、うむ」と頷いた。

 これで、とりあえずユリアーナの件については解決した。……解決したはずである。

 勿論、ヴァンダルーもこれでタッカード達と信頼関係が築けたとは、思っていない。それはこれからも続くお茶会で交わされる会談で培うのだ。


「おお、そうだ。お茶が冷めてしまいますので、とりあえずどうぞ。口に合えばよいのですが」

 気を取り直し、会談を仕切り直そうとタッカードがお茶と菓子を勧める。非公式ではあるものの、お茶と菓子は出せる最高級の物を用意したのだろう。


 給仕が淹れるお茶は香り高く、バターや砂糖をふんだんに使った焼き菓子、ダンジョン産の珍しい果物が並んでいる。

「ありがとうございます。とても香り高いお茶ですね」

 今度はヴァンダルーから交代して、ダルシアが柔らかい微笑を浮かべてタッカードに対応する。その微笑は極めて自然だが……若干手つきが怪しかった。


 境界山脈内部の国々では外交も熟すダルシアだが、人間社会の上流階級のマナーは完璧とは言えない。モークシー伯爵とのお茶会ではそれなりに取り繕ったが、やはり伯爵と公爵では覚える緊張が違うようだ。


「ヴぁ、ヴァン、カップを取ってくれないか?」

 人間社会初体験のギザニア達は更にマナーに疎く、身体の構造的なハンデもある。

 特に巨大な蜘蛛の下半身を持つギザニアは、背筋を伸ばしたままだと手がテーブルに届かない。

「はい、どうぞ。ミューゼとプリベルは、鎌腕や触腕を使っちゃダメですよ」

「分かっているでござるが……」

「ううん、二本しか腕が使えないのって、ちょっとまどろっこしいよ」


 そしてミューゼは肩から生えた自前の鎌よりも、ずっと小さなナイフでジャムをパンに塗り、プリベルはティーカップを手で持っていると、焼き菓子を一つしか持てない事に少し苛立つ。


「……別の意味で緊張するよ」

「伯爵様の時は、逃げられたんだけどなぁ」

 ナターニャとサイモンは、「自分達は客ではありません、護衛です」と言うポーズを保ったまま、お茶に手を伸ばそうとはしない。紅茶は音を立てて啜らない、と言う程度の最低限のマナーしか知らないので、お茶会に加わりたくないのである。


「従魔の身分だとこういう時楽ね。細かいマナーは気にしなくて良いし」

「ウォン」

 カチアはそう言って焼き菓子を食べ、ファングは使用人が用意した肉の塊を齧る。マロル達は、ヴァンダルーが次から次に渡す焼き菓子を「チューチュー」鳴きながら齧っている。


 その一同の様子を見て、タッカードと給仕をしている使用人達の緊張感が、更に緩んで行く。ヴァンダルー達の態度から、自分達に敵意を持っている可能性は低いと感じたのだろう。

 それなりの緊張は必要だし、これからの会談の結果次第で色々と変わるが、それでもアルクレム公爵領の存亡をかけた戦いが今日勃発するような事はないと思ったのかもしれない。


 心なしか、タッカードの顔色も良くなっているように見える。

「ところで公爵様、別邸に死にかけている人がいるようですが、ご存知ですか? 良ければ治療いたしますが」

 ヴァンダルーが突然そんな事を言い出したので、すぐ青くなったのだが。

6月16日に264話を投稿する予定です。


済みませんが、一部修正しました。


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