二百六十一話 神をも予期せぬ魔王の友人
『ヴィダ派への橋渡し、ですか?』
バシャス達三柱の神々の話は、ヴァンダルーにとって意外なものだった。
グファドガーンやフィディルグ等、色々な意味で邪神悪神というイメージから外れた存在や、カレーやコーラを楽しみにするズルワーン等、神々に抱いていたイメージとは合わない大神を直に見て知っているヴァンダルーだが、『法命神』アルダに与する神々に対しては、昔からの印象を崩していなかった。
自らの教義に反するものへの弾圧や迫害は善行であるとする、独善。神の悪いイメージをそのまま体現しているような存在だと、ヴァンダルーはアルダ勢力の神々を認識していた。
それは『記録の神』キュラトスや、『雷雲の神』フィトゥンとの戦いで、悪い方へ変わる事はあっても好転する事は無かった。
だからこそバシャス達の言葉には驚きと困惑を覚えた。
『フィトゥンと違い敵意が無いのは分かりますし、嘘を言っているとも思いません。ですが、『法命神』アルダを裏切ってまで、何故ヴィダ派に転向したいのですか?』
何故なら、彼にはバシャス達が何を考えているのか分からなかったからだ。
彼女達が、何故か自分の導きの影響を受けている事は雰囲気で分かる。分かるが、流石に「導かれたから」で済ませてよい話とは思えない。
そう尋ねても、バシャス達は特に気を悪くした様子は見せなかった。それどころか、ほっと安堵しているように見える。
……最悪の場合、ヴァンダルーに話も聞いてもらえず喰い殺される可能性も考えていた彼女達からすると、安堵するに値する状況だった。
『勿論お答えします。我々がナインロード様やアルダ様といったそれぞれの主神を裏切ってまで、ヴィダ派に転向したい理由。それは……』
ほの暗く、ねっとりとした視線を前髪の隙間からヴァンダルーへ向けながらバシャスは答えた。
『あの町の建物に描かれた絵、それを見ている内に、貴方に惹かれていたからです』
そして、暫しの時が流れた。
『……それだけ? 最近のアルダの考え方にはついて行けないとか、ずっと冷遇されていたとか、実は以前からヴィダ派に近い考え方をしていたとか、先日のフィトゥンが起こした事件で目が覚めたとか、そうした理由ではなく?』
一向に続きを話さないバシャスに、困惑を深くしながらそう重ねて尋ねると、彼女達は『そうです』と頷きながら、一歩前に出てヴァンダルーに迫った。
『はい。私は風属性なので以前はあまりアルダ様に関わりませんでしたし、ナインロード様に見出された身ですが特別親しかった訳ではありません。冷遇は……されていた気もしますが、されていないかも知れません。
そして私がタロスヘイムに描かれた絵を見始めた時から、ヴィダ派に転向しあなたの下に侍る事を考えていました』
『我々はアルダ様の従属神ですが……確かに冷遇され気味だった気もしますが、元々の神としての特性が特性ですから、気にした事はありませんでした』
『ゼルゼリアは闇夜、我は影故。フィトゥンのように華々しい前歴がある訳でもないので、影が薄いのも仕方のない事』
バシャス達三柱の神々は、それぞれが司るものと神としての性質の問題で、アルダ勢力の神々の中では盛んに信仰される立場にはなかった。
『断罪の神』ニルタークや『雷雲の神』フィトゥンを花形と評するなら、バシャス達は日陰者という事になる。
単体で祭られている神殿も殆ど無く、多くの場合はナインロードやアルダを祭る神殿に従属神の一柱として、レリーフや神像が置かれるぐらいである。当然、信者の数も少なめだ。
ただ、迫害されていた訳ではない。ただ、神々には果たすべき役割があり、バシャス達の場合はその役割が表舞台で華々しく活躍するには不向きだったというだけだ。
三柱の神々はそう納得して、己の立場に不満を持った事はなかった。
それに、アルダが創りだした御使いから神に昇華したハムルは勿論だが、元人間のバシャスとゼルゼリアは、アルダ達の説く教えや価値観、善悪の基準に疑問を持った事はなかった。
そうした事を、三柱の神はヴァンダルーが口を挟むタイミングを与えず、一気に話しきった。
見る者が見たら……恐らくズルワーンなら、今のバシャス達は普段から話し慣れていない人間が、突然好きな人に話しかけられて、テンパっている様子に似ていると気がついたかもしれない。
『ただ、疑問が全く無かった訳ではない』
『疑問ですか?』
『それ自体は些細な事かもしれない。我らの浅慮……若しくは、視野が狭いのかもしれぬ。また、此度の意見と直接の関係はない。
それでもお訊ねになるか?』
『話せる事なら聞きたいです。あなた方がどんな神なのか、知るきっかけになるでしょうから』
バシャス達のテンションに若干戸惑っているヴァンダルーだったが、別に不快だとは思っていなかった。アルダ派の神々にも、彼女らのような神がいるのだと知る事が出来て若干嬉しいぐらいで、会話を短く切り上げようとは考えていなかった。
彼も、神々については一通り知っている。ヴィダ派もアルダ勢力も、そして邪神悪神も、名前が残っている神や、フィディルグやゾゾガンテ、グファドガーンが知っている神なら名前だけではなく性質までも。
しかし、バシャス達の事は殆ど知らない。ゼルゼリアとハムルは、名前すら初耳である。十万年前の戦い以後に神に至った若い神であるため、ヴィダ派の神々には殆ど知られず、リクレントとズルワーンは会った事がなかった。
故に、橋渡しを引き受けるのか、拒絶するのか、それを決める前に彼女達を知る必要がある。
『では……既に察しがついているかもしれませんが、近年、アルダ勢力の神々の間では素質のある人間に加護を与え、活躍させるようアルダから指示がありました。あなたを倒す為の英雄を育てる為に』
『それはまあ、確かに察してはいます』
それまでただの衛兵や平凡な冒険者だったのに、突然アルダ勢力の神々の加護を得て、それまでの彼らでは考えられなかった活躍をしている英雄、若しくは英雄候補と呼ばれている若者達の噂はヴァンダルーも聞いている。
それがアルダ達の企み……恐らく自分を倒す為のものである事は、流石に察していた。これまでも神から加護を与えられた信者が、世に出て活躍する事は数え切れない程あったはずだ。
しかし、同じ時期に十人以上も加護を得るのは不自然だ。ヴァンダルーのように、直接神にねだった結果でもなければ、神々が何らかの目的の為に申し合わせて加護を与えていると考えるのが自然だろう。
『その企みに……アルダ達からすると作戦に対して、疑問を覚えたのですか?』
その質問に答えるために口を開いたのは、ハムルではなくゼルゼリアだった。
『はい。だって……信者を兵士や殺し屋として育成せよと命じられたような気がしたので。
加護とは、神が信者に与える恩寵であり、援助。雄々しい戦神や、悪と戦う正義の神、騎士の神、英雄神ならば、信者に加護を与え、戦うのだと導くのは良いでしょう。多くの信者も、神から使命を得た、誉だと喜ぶでしょうから。
でも私達の信者の多くは異なるので……見込みがある者を選び、戦うよう導けと言われても……』
ゼルゼリアの主な信者は娼婦や男娼、吟遊詩人や、人々を癒す薬師、後は寝具を作る職人の内少数で、戦闘と縁のある者はほぼいない。中には殺し屋や暗殺者が教義を曲解して祈りを捧げている場合もあるが、そう言った者に加護を与えて英雄候補に仕立てるのは、抵抗がある。
バシャスやハムルの信者も、ゼルゼリアの信者と同じように戦いを生業にする者は少ない。まったくいない訳ではないが、かなり少数である。その少数の者に、加護を与えたいものがいるかと言うと、それほどの者はいないという事になる。
戦いとは縁のない生活をしている信者の中には、戦闘や魔術の才能が眠っているのに気がついていない者もいる。だが、彼等に加護を与えて「魔王ヴァンダルーと死力を尽くして戦え」と命じるのは、神の試練としても酷だ。
彼女達の教義は、非暴力を殊更尊んではいないし、身を守るために武器を手に取る事を禁止せず、正義の為に立ち上がるのは尊いと教えている。だが、武勇を高く評価するものではないのだから。
『だから最初、私とハムルは英雄候補となる信者を選びませんでした。我々の信者が少ないのは、他の神々も知っていたので、単に素質ある者が見つからなかったのだろうと思ったのか、咎められる事もなかったので』
『単に、忘れられていただけかもしれないが』
そう言うゼルゼリアとハムルだが、彼女達はアーサーの妹であるカリニアと、心の友のボルゾフォイにそれぞれ加護を与えているはずだ。そう思っていると、今度はバシャスが口を開いた。
『……アルダが唱える通り、本当にこの世界全体の危機だとするなら私達の疑問は小さい事。己の教えに拘るあまり、世界全体の存続に寄与する事に背く行為かもしれません。
当時の私はそう考え、辺境の村で猟師をしている青年、アーサーに加護を与え、しかし具体的な指示は与えず見守っていました。アルダが唱える通り、世界の危機なら私がそう導かなくても、アーサーは自らの意志で他の英雄候補達と共に戦うだろうと』
『なるほど。あなた達の疑問は理解しました』
自らの教義がアルダ達の作戦と合致しなかった。そのバシャス達の疑問と出した答えは、ヴァンダルーにとって好感を覚えるものだった。……作戦のターゲットにされている事を含めても。
バシャス達の判断は、軍隊や組織に例えるならただの反抗だ。しかし、彼女達は人ではなく神である。信者に現実ではなく、理想であり人生を生きる上での指針を唱えるべき存在である。
現実的な問題で教えを破ったり、曲げたりするのは、人のする事だ。問題が片付いた後で、信者が許しを求める事も含めて。
勿論それで世界が滅びたら元も子も無いが、その判断も信者がするべきもので、神はその判断を見守るだけで十分だとヴァンダルーは思う。
『それはともかく、疑問と今回の話とは関係ないんでしたっけ?』
『はい。タロスヘイムに描かれた絵を目にして、あなたに膝を折り、侍りたい。つまりヴィダ派に転向したいと思い、それを抑えられなかった結果です』
本当にあまり関係無かった。
『思いを同じくしていたゼルゼリアとハムルを誘い、あなたが向かうと聞いていたアルクレムで接触するようにと、アーサーに頼んだのです』
『そして私はカリニアに、ハムルはボルゾフォイに加護を与えたのです』
『境界山脈には結界が張られているため、我々は内部に入る事が出来ず、直接接触する事が出来なかったので、こうするしか、選択肢がなく……アルダ様やロドコルテなる神に気がつかれる前に、接触しなければならなかったので』
ヴィダ派への転向を決めてからは、素早く動いたようだ。境界山脈ではなく、結界に覆われていない魔大陸にバシャス達が向かうという選択肢もあっただろうが……バシャス達からすると、アーサー達を介してヴァンダルーと接触する方が、まだ安全に思えたのだろう。
アルダ達の作戦に反抗したのに、危険を冒してターゲットに接触させるのは良いのだろうかとヴァンダルーは思ったが、それにはバシャス達なりの考えがあった。
『フィトゥンと同じアルダ勢力の神の、加護を与えられた信者と思われている方が、アーサー達は危険なのではないかと思いました』
『むぅ、確かに』
ヴァンダルー自身には、アルダ勢力の神々が育てている英雄候補達を今の内に始末しよう等と言う考えは無い。
確かに将来的に敵対する可能性が高い相手だが、それはアルダ勢力の神々に祈りを捧げる騎士や兵士、冒険者や傭兵全員に、その可能性がある。モークシーの町で衛兵のケストや、テイマーギルドのバッヘム、サイモンと良い仲になりつつある錬金術師のジェシーも、出会う前はそうだった。
そのため、「敵になりそうな奴は殺せ」を徹底すると、「異教徒は殺せ!」と殺戮を行うのと変わらなくなってしまう。
それに、実はヴァンダルー達は英雄候補達を正確に選別する方法を持っていない。
「神の加護を得た」と喧伝している英雄候補達の割合は、全体から見れば少ない。そうしている者は、最近頭角を現している事以外に特徴が無い。額や手の甲に紋章が浮かび上がるとか、そんな分かり易い印は存在しないのだ。
そのため英雄候補を探し出そうとすると、大量の人員が長い時間をかけて調査しなければならない。もしくは、それらしい者は一人残らず始末するかだが……加護とは関係無く才能を持っていただけの若者まで殺す事になるだろう。
流石にそれはダメだろう。
それに、先程のバシャス達の話を聞くと英雄候補達の多くは、今の時点では神から加護を与えられただけの信者だ。実際にヴァンダルー達と敵対したり、ヴィダの新種族を迫害したり、そうした事を企んだりしていないのなら、彼等を殺す理由が無い。
しかし、バシャス達からするとヴァンダルーのそうした考えは分からないので、信者の安全の為にも接触しておきたいと考えても無理はない。
『それに……失礼ながら、最悪の場合は考えましたが、カリニアやアーサー達がそうなる事はないだろうと確信していました』
『それは、何故ですか? これまでの行動を振り返ってみても、俺は敵にはかなり残酷ですよ。最近は、犯罪者の顔を生きたまま剥ぎ取らせ、死ぬまで人体実験に利用し、死後もゴーレムやアンデッドにして労働力として利用していますよ?』
当局に自首して大人しく絞首刑になるか、犯罪奴隷として鉱山で死ぬまで労働する方がまだマシだろうと思える末路である。犠牲者の霊達のウケは良いが、傍から見れば鬼畜外道の行いだろうという自覚が無い訳ではない。……あまり重視していないだけで。
そんな危険な人物である事を告げても、バシャス達は動揺しなかった。
『アーサー達は、犯罪者ではないので』
『カリニア達には、あなたに敵対的な行動はとらないよう伝え、しっかり伝わっている事も確信していたので』
『何より、あなたは敵には残酷でも、敵と認識した者以外にはそうではない』
バシャス達はタロスヘイムの建物の屋根に描かれた、【精神侵食】スキルの効果が付与された絵によって惹かれたが、何もそれだけでヴィダ派への転向を決めた訳ではない。
ヴァンダルーがアルダを神の頂点とするアルダ教の信者達を無差別に殺し、人々を全てアンデッドにしてしまうような、アルダが語る通り世界にとっての脅威だったら幾ら惹かれても転向する事はなかっただろう。
そうではないと三柱で結論を出したから、様々な準備を行った末にここに彼を招いたのだ。
『なるほど。分かりました。橋渡しと言っても俺に決定権は在りませんが、ヴィダ達にあなた達の事は伝えます』
そこまで言ってくれるのならと、ヴァンダルーはバシャス達を信じる事にした。彼女達がスパイではない確証は無いが、神にはそうした腹芸が得意な存在が少ないように思える。
それに、疑い続けても切りはない。
『結界に入るだけならグファドガーンに頼めばすぐですが、勝手をする訳にはいかないので、暫く待ってもらう事になりますが……その間大丈夫ですか?』
アルダにはヴァンダルーと違い、神々を滅ぼすような力は無い。しかし傷つけて力を奪い、動きを封じる『法の杭』と言う神威がある。
それを刺されやしないかと案じるヴァンダルーに、バシャス達は『恐らく大丈夫でしょう』と答えた。
『ロドコルテにアーサー達四人の記憶が読まれないよう、細工をしているので……アルダも神々が誰に加護を与えたのか、全ては把握していないはずです』
数人なら結界を張らなくても、情報がロドコルテや他の神に渡る事を防ぐ事は出来る。
もっとも、それは監視カメラに布を被せて誤魔化すようなものなので、ロドコルテがラムダの人類を一人一人注意深く監視し続ける、優秀な監視者ならすぐ気がつかれてしまっただろうが……今のところその様子はない。
『怪しまれている可能性はありますが……既に私達は自身の神域を元あった場所から切り離しているので、すぐに追う事は出来ないかと』
『世界の維持管理は切り離した神域で行う事が出来るので、暫くは誤魔化せるかと』
どうやらバシャス達は、自身の神域……仕事場兼住居ごと出て来たらしい。重要な仕事は続けているので、アルダ達が既に怪しんでいたとしても、気がつくまで暫くかかるし、追手が差し向けられても彼女達を見つけるまで時間がかかるだろうという事だった。
『では、最後に聞きたいのですが……あのミリアムさんって、何者なのでしょうか?』
最後にヴァンダルーが気になったのは、アーサー達の仲間のミリアムだった。バシャスがアーサーに、ゼルゼリアがカリニアに、ハムルがボルゾフォイに加護を与えている。なら、四人目のミリアムはどんな理由でアーサー達の仲間になっているのかと、気になったのだ。
アーサー達にとってミリアムは心の友だが、神々にとっては別の意味があるかもしれない。
『ここに居ない神様が加護を与えているとか?』
その質問に対してバシャス達は思わず身体を強張らせ、視線をヴァンダルーから逸らし、やっと口を開いた。
『特に、そう言った事はなく……完全な偶然と、成り行きで。運命と、言い換える事も出来ますが』
『彼女が魔物に襲われ危機に陥った時、偶然アーサーが近くにおり、助けられたのをきっかけに行動を共にするようになったようです』
『村から出た事の無かったアーサー達にとって、外の社会を知る彼女は良い指導者であり、リーダーとなった』
『……なるほど。神々すら予期しなかった運命の悪戯だったと』
アーサー達とミリアムの出会いは、仕掛けも何もない偶然によるものだったようだ。特に才能に恵まれている訳でもない、アーサー達よりも少し先輩と言うだけの新人冒険者でしかない。
(しかし、短い期間でアーサー達から心友と呼ばれる程の信頼を寄せられているのだから、きっと良い人なのでしょう)
しかし、ヴァンダルーは多少の才能の有無よりも、そうした人柄の方が重要だと考えている。なので、アーサー達の心友であるミリアムを高く評価し、彼女に尊敬の念を抱いた。
自分も彼女のような、生きている人間相手に有効なコミュニケーション能力をいつか身に付けたいものだ。
『話は分かりました。では、アーサー達はこの後どうするつもりですか? 何か指示があるなら、俺が伝えますが?』
そう尋ねるヴァンダルーに、バシャスは首を横に振った。
『彼らの自主性に任せようと思います。ですが、彼等は冒険者を続ける事を選ぶでしょう』
閉鎖的な村で、同じ村人達からも距離を置かれていたアーサー達三人にとって、外の世界は危険と驚愕に満ちている。だが自由で、何よりも刺激的に感じているはずだ。
バシャス達が新たな使命を与えなくても、アーサー達は村に帰って元通りの生活をするという選択肢を選びはしないだろう。
『分かりました。では、彼等にはそのように伝えます』
動きを止めた数秒後、ヴァンダルーは「ちょっと待っていてください」と言って、彼の背後から突然現れたエルフの少女と何事か話しだした。
アーサー達に分かったのはそれだけだったが、彼等に与えられた神の使命は無事終わったと彼によって伝えられた。
「あの数秒の間に神と邂逅し、言葉を交わしていたとは……あなたは魔王ではなく聖人か!?」
「神々と直接言葉を交わす等、真の英雄、伝説の勇者のようじゃ」
驚くアーサーとボルゾフォイに、グファドガーンは相変わらず無表情なままだが得意気に胸を逸らした。
「仕える神同様、見所のある人間達よ。偉大なるヴァンダルー・ザッカートを称えよ」
「「はは~」」
素直に称える二人と、カリニアとミリアムにヴァンダルーはバシャス達の意思を伝える。
「あなた達の自主性に任せるそうです。信頼されていますね」
「えっ? 丸投げされただけじゃないんですか?」
「いいえ、自分達が口を出さなくても大丈夫。信じて任せて問題ない。そう信頼しているから、自由にしなさいとバシャス達も任せたのでしょう」
信者を信頼できないのなら、バシャス達はこの機会にあれやこれやと指示を出してヴァンダルーに伝えて貰っていただろう。そうではないのだから、アーサー達は神に信頼されているのだ。
「そうなんですね……神様に信頼されるなんて、やっぱりアーサーさん達は凄いですね」
そう感心するミリアムの肩に、カリニアが手を置く。
「それは違うわ、ミリー。あなたもよ。ここまで私達が来る事が出来たのも、使命を果たす事が出来たのも、あなたと言う心友がいたからだわ。神様も、きっと分かっている筈よ」
「いや、そんな事ないですよ。私には加護も無いし、神様達も私については何も言っていなかったですよね?」
「三柱の神々は、あなたの事を『アーサー達の良き指導者であり、リーダー』だと評価していましたよ」
「ですよね。ほら、私なんて……ええええええ!? 神様が私を、そう言っているんですか!?」
ヴァンダルーがバシャス達、正確にはハムルがミリアムを評していた言葉を伝えると、目を剥いて驚かれた。
神々と直接会って言葉を交わす事に最近慣れきっていたヴァンダルーは、これが普通の反応だったなと思い出しながらミリアムに対して頷いた。
「わ、私が良き指導者で、リーダー……」
伝わる時にハムルが述べた時と若干ニュアンスが異なってしまった気がするが、しっかり伝わったようだ。
「あれ? それってアーサーさん達をこれからもよろしく頼むとか、そんな感じですか?」
しかし、日頃から彼らに振り回されているミリアムは、舞い上がる事はなかった。はっとして、神々もそこまでは頼んでいないのに、そう予感してしまう。
「まあ、ともかくこれからもよろしくお願いします。友人として」
「あ、はい」
そしてミリアム達はこの日、『魔王』の友人になったのだった。
ヴァンダルーがアーサー達と出会っている頃、公爵家に『顔剥ぎ魔』の捜査の為に雇われた【霊媒師】の男が、泡を吹いて倒れるという事件が起きた。
目を覚ました彼が言うには、今アルクレムは恐ろしい程の霊の群れに包まれている状態なのだという。
何処もかしこも霊がいて、じっと見つめている。
「まるで古戦場……いや、あの世そのものだ! この都の人口よりも多くの霊で満ちている! とても『顔剥ぎ魔』の被害者の霊を探すどころではない」
「むう、これも何者かの陰謀なのか!? いや、【霊媒師】でも霊と交信する事は出来ても操る事は出来ないはず……だとすれば、いったい!?」
『轟炎の騎士』ブラバティーユがそう唸るが、アルクレムの都に無数の霊を放ったのは勿論ヴァンダルーである。
そして目的は、一向に偽『顔剥ぎ魔』の被害者の霊が見つからないので、町中に霊を放って怪しい人物が居ないか監視して貰う事にしたのだ。
しかし、それでも偽『顔剥ぎ魔』の手がかりは得られなかった。ヴァンダルーが来た事で、犯行を止めて潜伏しているのか、霊の目を誤魔化す何らかの方法を知っているのか。
「……『顔剥ぎ魔』に関しては、暫くはいい。それよりもヴァンダルー・ザッカートについて何か語っている霊はいるか?
何でも良い。性格、人柄、癖、人間関係……どんな下らない事でも構わん」
一方ブラバティーユは『顔剥ぎ魔』から、ヴァンダルーに関する調査を優先する事にしたようだ。しかし、そう尋ねても【霊媒師】の男からは碌な答えは聞けなかった。
「はあ、それなら……訊ねた途端こちらを無言で睨みつけて来る霊がいたかと思えば、ひたすら『素晴らしい』とか『最高だ』と褒めちぎる霊がいて……結局、要領を得ません」
「……くっ! 死人の口を開かせようとした我々が愚かだったということか!」
「あんたにしては柔軟に頭を使ったと思うけどね……それより、バルディリアとゴルディは何処に行った? ラルメイアが目を覚ましたけど、こっちも何を尋ねても意味が分からなくて困っているんだ」
『遠雷の騎士』のセルジオが訊ねると、ブラバティーユは振り返りもせずに言った。
「知らん。どちらも、重要な要件だそうだ」
「……重要な要件ねぇ。明日会うS級冒険者相当の化け物以上に重要な要件は、そうないと思うけどねぇ」
『アルクレム五騎士』とヴァンダルー。どちらも調査に関しては進展が無いまま、非公式なお茶会を迎えたのだった。
6月4日に261話を投稿する予定です。




