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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第二章 沈んだ太陽の都 タロスヘイム編
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三十一話 強制ホワイト。休むって何だっけ?

 浸かっているだけで疲れが解れ消えて行く、温もりにヴァンダルーは包まれていた。

 瞼を閉じ、手足を伸ばして全力で安らぐ。

 こうして入浴していると既に二十年以上昔の事だが、自分もやはりかつては日本人だったのだなと思えた。


『手足を伸ばして湯船に浸かるなんて、何十年ぶりだったっけ? 地球で子供だった時以来か』

 そんなどうでもいい事を自問自答しつつ、ヴァンダルーは王城の地下に不完全な蘇生装置があると知った後の事を思い出した。


 まず、ボークスに新しい腕を用意した。謁見の間に砕けて転がっていたボークス自身の骨の欠片を【ゴーレム錬成】で集め、形を整えた。その後、ボークスの肩に添えてから再生するイメージで魔力を流す。

 すると、何とボークスの肩から肉が伸びるように広がり腕が治ったのだ!


『うおおっ、気持ち悪りぃ!』

 あんまりな反応だったが。

 どうやら、死属性魔術で治せるのは骨人達の身体を構成する骨だけではなく、肉や皮膚も治せるらしい。これを【治屍】と名付けよう。


 ただボークスの顔の右半分は治らなかった。やはり魔術にはイメージが大事で、ボークスの顔は半分髑髏の状態が印象深かったため治らなかったのかもしれない。

『どういう理屈か分からねェが、気にすんな。右目は目玉が無いくせに見える、腕があれば戦うのに支障は無ぇぜ。

 それに、こっちの方が色男に見えるだろ?』

「確かに」

『ウルセェ! 俺はこっちのガキに言ったんだ!』


 即座にヌアザに同意され少し怒っていたが、ボークスはとても喜んでいた。右腕が戻ってきて前のように戦う事が出来る様になったのが嬉しいのだろう。


 ヴァンダルーはボークスのように『口が悪くても良い人』が本当に存在すると分かって、若干の衝撃を覚えた。

 今まで『口も人も悪い人』しかいなかったからだ。これでオルバウム選王国に入った後口の悪い人に出会っても、多少の耐性が付いているかもしれない。……敵だと思い込んで反射的に攻撃しない程度に。


 それからタロスヘイムに残っているマジックアイテムや物資の確認を改めて行った。

 ボークスの腕を治しても地下の半ば壊れかけたドラゴンゴーレムを倒せる気が全くしなかった、それどころか殺される気しかしなかったので、本格的に戦力の増強を行う必要があったからだ。


 本当に大切なものは第一王女達が避難する際持ち出していて、それ以外の残っていた物も目ぼしい物はほぼ全てミルグ盾国に持ち去られ、国宝だった伝説級や上級マジックアイテムも残っていなかった。

「残っているのは五級ポーションや何処でも手に入るような、下級マジックアイテムばかり。まあ、残っていても大体腐っているか錆びているかですか」

『まあ、二百年経ってるからな』


 後は巨人種アンデッド達が身に着けている物だが、それを差し出させる気にはならない。


『仕方ネェ、ダンジョンで取って来るか。死んでから誰も入ってネェだろ? なら、D級ダンジョンでも中級マジックアイテムが転がってるはずだ。

 そういやぁ、冒険者ギルドの方はどうなってる?』

 冒険者ギルドには非常時に備えて、ポーションが多めに保管されている。中には一時的に能力値を上昇させる効果のあるポーションもあるはずだが、ヌアザは首を横に振った。


「冒険者ギルドは当時、このタロスヘイムに残って運命を共にしてくれた外国人冒険者達と敵との戦いがありましたからね。

 ポーションは使い切られ、マジックアイテムも奪われていますよ。無事なのは、ジョブチェンジの部屋ぐらいですか」


「えっ? 今な――」

『チッ、余所モンが無理しやがって……酒をもっと奢ってやればよかったぜ』

「今からでも何人かには奢れますよ。彼らもアンデッドになっていますから」

『そうだったな! 二百年間王城に引きこもっていたから忘れてたぜ! あ、でも酒場が無ぇじゃねえか』


「はっはっは、それもそうでしたね」

「あの、ギルドのジョブチェンジの部屋が使えるというのは、本当ですか?」


 各種ギルドの支部に設置されているジョブチェンジの部屋は、人間社会なら必ずある設備だ。アミッド帝国だろうが、オルバウム選王国だろうが、タロスヘイムだろうとそれは変わらない。

 なのでミルグ盾国軍も態々壊すような手間をかけず、放置したらしい。実際、アンデッド化したボークスやヌアザ達は既に人ではなく魔物だ。ジョブチェンジできないので、無用の長物だった。


「それ、俺やグールの皆が使えますよね」

 しかし、今まで人間社会に入ってジョブチェンジの部屋を使用できなかったヴァンダルーや、グール達には朗報だ。


 正確には、グール達には確実な朗報。彼らは社会的には魔物として扱われているが、実際はヴィダの新種族だ。だからジョブに就く事が出来る。その証拠に、元人間のタレアやカチア達は人間だった頃のジョブを持ったままグール化している。


 ヴィガロもザディリスも今までジョブに就かずスキルを磨いてきたのだ。そのグール達がジョブに就き、能力値補正やスキル補正の恩恵を受けられるようになったら、きっとかなりの戦力増強になる。


 ヴァンダルーの場合は、ロドコルテの【既存ジョブ不能の呪い】を受けているため部屋を利用できてもジョブチェンジできない可能性の方が高いのだが。

 しかし、やるだけやってみたいと前から思っていた。可能性は零ではないのだし。

 だから早速この朗報を伝えようと、弾む足取りで皆の所に戻ったヴァンダルーだったが、そこで彼を待っていたのは衝撃の通告だった。


「坊や、誕生日まで休養を命じる」

 遠回しに休めと言っても聞かないと思ったザディリスが皆と相談して、ヴァンダルーに休養を取るように通告したのである。


「いや、でも蘇生装置が、ジョブチェンジが」

「その前に倒れたら元も子もあるまい! 坊や、もうお主の耐久力は限りなく限界に近い!」

『そうです坊ちゃん! 末期症状です!』

『お願いだから休んでヴァンダルーっ! 休んでくれないと母さん輪廻の輪に帰らせてもらいますからね!』


 聞く耳を持ってくれなかった。

 彼女達がどうやってヴァンダルーを休ませるかと頭を悩ませていたところ、ふと窓から外を見ると、いつも通りの虚ろな貌で今まで見た事が無い不気味な走り方をしながら近付いてくる彼が見え、『ヤバイ! 今すぐ休ませないと!』と思ったらしい。


 どうやら、ヴァンダルーにはスキップの才能が無いらしい。

 しかし、死んだ魚のような瞳をしているのは何時もの事なのだから、そこまで慌てなくてもと思う。そう抗弁しても、強制的に休養を取らされる流れは変えられなかった。

 お願いだから休んでと泣き付かれて、反論する事が出来なかったのだ。


 まあジョブチェンジの部屋は逃げないし、ジョブチェンジしたからといってあのドラゴンゴーレムをすぐに倒せるようになるとは思えないので、誕生日までの十日間英気を養うのもいいかもしれない。


 それに、何もせず休む事を強制されている訳でもない。勘が鈍らないよう、錬金術の修行は一日一時間までだけどしているし、他にも色々と休むためにやっている。

 例えば、この公衆浴場を修理するとか。


 タロスヘイムには公衆浴場があった。ザッカートのお蔭か、タロスヘイムの巨人種達はとても風呂好きで、町には五つの公衆浴場があり、王城にも大きな風呂があった。

 流石に檜風呂ではなく、古代ローマのテルマエのような石造りの浴場でサウナも和式ではなく洋式だったが。


 暴虐を行ったミルグ盾国軍も神殿でも防衛施設でもない公衆浴場を破壊する暇は無かったらしく、あまり荒らされていなかった。一応火種を作るマジックアイテムや多少の金品があったが、それよりももっと価値のある物で荷物が一杯だったのだろう。


 ただ、二百年放置されていたのでヴァンダルーが見た時は、王城の浴場も含めて全て惨憺たる有様だった。

 町の五つの浴場の内、外側に在った三つは魔境に呑まれ生えた木々などで崩れていて、中心部の一つは攻撃魔術の流れ弾でも当たったのか瓦礫の山と化していた。

 無事だった一つは、中で茸が大繁殖していた。しかもただの茸ではなく、手足の生えたウォーキングマッシュや毒性のある胞子を出すポイズンマッシュという魔物だった。


 そんなに強い魔物ではないので、何匹か倒して焼いたら、とても美味しかった。ウォーキングマッシュは歯応えがあって、エリンギっぽい。ポイズンマッシュは椎茸かな?


 結果、王城の浴場を修理する事にした。まあ、ここも雨漏りで浴槽が池と化していて、中にスケルトンが何人か浸かって「いい湯だな~」とかやっていたが。アンデッドに成っても湯に浸かりたがるとは、巨人種もかなりの風呂好きのようだ。


 【ゴーレム錬成】で雨漏りや、壁やタイルの罅割れを直し、掃除を行う。すると流石は頑丈な巨人種の王城。それだけで二百年の時を経て浴場は再び利用可能となった。

 今まで水浴びしかした事の無かったグール達もお湯に浸かる入浴文化を気に入り、今では王城の浴場で疲れを取ろうと毎日列を作っている。


『休みが終わったら他の浴場も直さないと、王城の浴場がいくら大きくてもパンクするな。

 オリジンではシャワーだけだったから、気持ち良いな……ん?』

 誰かの野太い悲鳴が聞こえたかと思うと同時に、ヴァンダルーの頭を誰かがワシっと掴み、そのままザバンと水中から引っ張り上げられた。


「ヴァンダルーっ! 溺れたのか!?」

「いえ、ただ頭まで湯に浸かって温まっていただけですよ」

 オルバウム選王国から移住してきた他種族も使用する公衆浴場なら兎も角、巨人種専用の王城の浴場の浴槽は、深かった。

 女性でも二メートル半ばの巨人種が使う浴槽なので、もうすぐ三歳になるヴァンダルーだと立っていても脳天まで湯に沈んでしまうのだ。


 まあ、修理した時に浴槽に段を作って頭を出せる浅い部分が出来るようにしたので、不注意か故意でなければ溺れないはずだ。ヴァンダルーの場合は、故意である。

「脳天まで湯に浸かって、百数えようかと思いまして」

「死ぬぞ!?」

「いやいや、五分までなら大丈夫」


 【状態異常耐性】スキルのお蔭で、窒息するまで五分以上時間がある。死属性魔術を使えば、窒息してからも死ぬまでもっと時間を稼げる。

「それでも止めろ、見ていて怖い。我の心臓が止まったらどうする?」

「はーい」


 潜水式入浴法禁止令、発令。




 入浴を終えたヴァンダルーは、深く悩んでいた。

『さて、これからどうやって休もう』

 誕生日までまだ何日もある。その間、どうやって休むかについて。


 一日中寝ているのも不健康だし、一日中食べているのは論外だ。虚空を見つめてじっと思索に興じる……趣味は無い。

 今までどうやって時間を潰していたかを思い出すと、大体何かしていたら何時の間にか時間が過ぎていただけだった気がする。


 無属性魔術や錬金術の修行をしたり、胡桃と香草でソースを作ったり、ドングリ粉を作ったり、骨猿達を磨いたり。密林魔境に居る間は、そうしていれば時間が過ぎていた。

 しかし今は休養中なので、そうした作業をするのは止められている。


 じゃあ、娯楽に興じて時間を潰そうかとも思うが、考えてみると娯楽があまり無い事に気が付いた。

 今、ヴァンダルーの手元には地球に在ったようなゲーム機やパソコン、テレビ、携帯電話が無い。次に、この世界でも在るだろう玩具やボードゲームも無い。……いや、考えてみたら地球に居た時から手元には無かった物がかなり在るが。


 弱肉強食の魔境で暮らしていたグールの集落での暮らしは、そういった娯楽が発展する余地は無かった。魔境に入ってくる冒険者の死体から物品を剥ぎ取るにしても、危険な魔境に玩具やボードゲームを持ってくる物好きはいなかった。

 ……本なら何冊かあったが、魔術書か魔物の生態と解体方法を記した実用書ぐらいで、それらは既に何度も読んでいる。


 魔境に辿り着く前に山賊から奪った本の内幾つかはまだあるが、それらもやはり実用書で何度も目を通している。

『そういえば、この世界の人は普段どんな娯楽を楽しんでいるんだ?』

 興味を覚えて元冒険者のカチアや、死ぬ前の事をよく覚えているヌアザに話を聞きに行くと快く教えてくれた。


「ボードゲームや読書以外の娯楽? うーん、お酒とか、劇場で芝居を見るとか大道芸人の芸とか? 上流階級だったら演奏会とか……あ、吟遊詩人の歌を聞くとかかしら。

 後はやっぱり買い物ね」


 カチアが教えてくれたのはミルグ盾国の庶民の一般的な娯楽や、上流階級の代表的な娯楽だった。しかし今のタロスヘイムでは野外劇場は魔物の巣と化し、大道芸人は自分の骨を拾うのに忙しく、楽器演奏者や吟遊詩人はそもそも居ない。


「カチアさんが挙げた物以外だと、歌を歌ったりコイントスで出るのが裏か表かを賭けるようなギャンブルでしょうか? 後、神殿で神に祈るとか」

 ヌアザが最後に言ったのは、娯楽ではないと思う。


 因みに、ヴァンダルーは酒とギャンブルは成人するまで待つつもりだ。自分が見た目に反して熱くなりやすい性格であり、ギャンブルには向いていないとヴァンダルーは自己分析していたし、今の身体で酒を飲んでも【状態異常耐性】スキルの修行にしかならないからだ。


「えーと、じゃあ……」

「じゃあ、今日はあたし達と遊んでよ」

「え?」

「いいからいいからっ」


 その後、この日はカチア達元冒険者組に冒険者ギルドについて教わったり、逆にヴァンダルーが彼女達にジャンケンを教えたりして過ごした。

 その後はビルデ達やライフデッドの様子を見て、錬金術の修行をして、一日を終えるのだった。


 尚、この時ヴァンダルーがカチア達に教えたジャンケンは彼女達から瞬く間にタロスヘイムに、そして将来的にはこのバーンガイア大陸全土に広がるのだった。




 次の日、ヴァンダルーは娯楽を求めてブラックゴブリンやアヌビス、オーカス達を訪ねていた。

 昨日寝る前に「そうだ、暇だったら子供同士遊べばいいじゃないか」と思い付いたのである。

 成長の速い彼らは既にヴァンダルーよりも体が大きいが、今現在コミュニティ内に存在する数少ない未成年者だ。


 きっと追いかけっこやかくれんぼ等で遊んでいて、自分も仲間に入れてくれるに違いない。

 地球ではその頃は伯父のせいで挙動不審になっていたため、友達が居なかった。これは寂しい少年時代を忘れるいい機会に違いない。


 ……断られたら心が折れそうだが。

 カチア達と話すのは楽しかったが、子供同士遊ぶというのはまた別なのだ。


『いいか、短剣はこう使うんだ!』

「的をよく狙え! よし、放て!」

「これが、棍術の武技【脳天打ち】だ。決まればどんな石頭でも中身ごと潰せるが、隙がデカいから気を付けろ!」


 っと、思ったら皆真面目に訓練に勤しんでいた。

 彼らはいずれ魔境で自分と集落の仲間の食い扶持を狩らなければならないので、子供の頃から訓練を受け強くならなくてはならない。

 厳しいように見えるが、他の魔物の生態と文化を考えれば彼らはとても恵まれている。


 ゴブリンやコボルト等の魔物は、子供に殆ど教育を施さない。精々群れを維持するためにボスには逆らわない等の最低限のルールを教えるくらいだ。

 基本的に「技や知識は見て覚えるか、自分で手に入れろ。武具と道具は自分で作るか奪え」という教育方針なのだ。


 ゴブリンやコボルトは繁殖力が高く、短期間で沢山の子供が産まれる。だから三分の二ぐらい死んでも、三分の一が成体になれば十分収支が合うのだ。

 だから自分で食料を獲得し、武器を作る知恵や手に入れる運がある個体だけが生き残れば十分なのだ。

 態々劣った個体に手間暇かけて教育するために、労力を費やそうとは考えない。


 オークの場合は、多くの個体が道具をやっと使える程度の知能しかないという事情もあるが。

 オーク達に武具を行き渡らせたブゴガンのような発想は、ノーブルオークを含む上位種だからこそ出来るものだ。


 それがここでは練習用の武具を与えられて、体力作りや武術の基礎をグールや巨人種アンデッドから習う事が出来る。魔術の才能が有れば、魔術だって習う事が出来る。

 更に大人になれば、タレア達の作る質の良い魔物素材性の武具が支給されるのだ。普通の魔物と比べれば、破格の境遇である。


「さざんが、く。さんし、じゅうに」

「しご、にじゅう。しろく、にじゅうし」

 オーカス達は、九九の練習をしていた。意外に思うかもしれないが、グールの様な魔物として暮らしている種族でも、算数が全員出来た。少なくとも、足し算引き算、掛け算に割り算といった基礎的な物は完璧だった。


 何故なら生命力や魔力の計算に必要だからだ。自分の生命力で後どれくらいダメージに耐えられるか、この魔力で後何回魔術を唱えられるか、武技を使えるか。そういった計算が出来ないと、生き残れないからだ。

 なので当然のようにオーカスにも教えていた。


 因みに、九九はヴァンダルーがグールに広めたものだ。彼はグールが知らないだけで、人間社会では皆習うだろうと思っていたのだが、カチア達から少なくともこの大陸の人間は九九を知らないと聞かされて驚いた。

 どうやらザッカート達勇者達は、召喚された時に異世界の知識を全て広めた訳ではないらしい。まあ、当時は魔王との激しい戦争をしていたので、子供に構っている余裕が無かったのだろう。


 地球の知識や文化がラムダに広がり定着する事を過激なまでに反対した勇者ベルウッドも、まさかジャンケンや九九を知っている者を始末して回るほど見境が無かった訳じゃないだろうし。


「ん? 暇にでもなったのか、坊や?」

 ノート代わりの粘土板で文字を教えていたザディリスが、授業が終わったのかヴァンダルーに気が付いて近付いてくる。


「言っておくが、手伝いは要らぬぞ。このクレイゴーレムだけで十分じゃ」

 ザディリスが指したクレイゴーレムとは、彼女や生徒達が使っている粘土板の事だ。

 ラムダでは紙は高級品で、羊の皮を利用した洋皮紙も魔境で原始生活をしていたグールや、アンデッド集団と化していたタロスヘイムでは気楽に手に入れる事は勿論、作り出す事も出来ない。


 適当な植物から繊維を取って作れないかとヴァンダルーも試したが……流石に【ゴーレム錬成】で紙を作るのは無理があると分かっただけだった。スキルレベルが上がったら、また試すだろうけど。


 そこで地面を掘って手に入れた粘土をクレイゴーレムにして、ノート代わりにしたのだ。木の棒をペン代わりにして粘土板に文字を刻んで、それが一杯になったらゴーレムに一言命令して自分を捏ねてもらい、また平らな板に戻ってもらうのだ。


 将来的に、この技術を利用して陶器が作れないかと思ったが……自分で使うためなら兎も角、売り物に出来る程の品質の陶器を作るには粘土の質にも拘らないといけないし、焼成するための窯を組み立てなければならない事に気が付いて今は手を付けていない。


 タロスヘイムでも陶器を作っていたそうだが、職人はアンデッド化後魔物に破壊されてしまった親方と、未熟なまま第一王女と一緒に選王国側に逃げた息子しか居なかったそうだし。


「いえ、そうではなくて子供同士遊ぼうかと思ったんですよ」

「子供同士、か」

「ええ、子供同士」


「なら、もう少し待たねばならんぞ。そうじゃ、儂とボードゲームでもして遊ぶか?」

「ボードゲーム?」

「うむ、王城の遊戯室の隅で埃を被っておってな」


 このラムダのボードゲームは、上流階級や知識人の娯楽だとされている。駒の数も多くルールも難解で、とても庶民が楽しめるものではない。

「まあ、盤が重すぎて動かせなかったそうじゃが。何でも駒の数が五十種類で、プレイヤーはそこから十一個選んで始めるそうじゃ」

 タロスヘイムのボードゲームも例外ではなかった。


「ルール、もう覚えたんですか?」

「いや、儂もそこまで暇ではなくての」

 どうやら、遊びながら覚えて行くつもりらしい。取説も盤や駒と一緒に見つかったのだろうか?

「じゃあ、もっと簡単なボードゲームをしましょうか」


 ヴァンダルーは、現在廃墟と化しているタロスヘイムの何処にでも転がっている瓦礫をゴーレムにすると、錬成を始めた。

「ほほぅ」

 遊ぶために魔術を使うのは、ザディリス的には「休養」の内らしく、彼女は興味深そうにヴァンダルーが作る物を見つめる。


 まず石で正方形のマス目を刻んだゲーム版を作り、そして白い石から薄い円状の駒を作る。そして黒い石からも同じものを同じ数だけ作り、最後に白い駒と黒い駒を張り合わせて、完成。

「これはリバーシというゲームです」

 そう、石で作ったリバーシだった。


「駒が一種類しか無いようじゃが?」

「ええ、だからすぐ遊び方を覚えられます」

 リバーシなら駒は一種類で、ルールも将棋やチェスよりもずっと簡単だ。【ゴーレム錬成】で作るのも、ずっと容易い。


 何より、ヴァンダルーはリバーシが得意だった。伯父家族が家族旅行している間家に残っていた彼は、従兄弟が持っていたリバーシをこっそり遊んで時間を潰したのだ。ネットでもやったし。

 将棋とチェスは駒の動かし方を知っているくらいで、やった事は……研究所で受けた知能テストで何回かやったか。勿論楽しくなかった。


「こうやって自分の駒で挟んだ駒をひっくり返して、色を変えていくゲームです。勝敗は、自分の色の駒の数が多い方が勝ちです」

「なるほど、これは中々……」

 カチンカチリと石の駒で、二十年以上ぶりにリバーシを楽しむヴァンダルーとザディリス。石の駒は地球で市販されている物よりも重いが、二人とも地味に力があるので気にならない。


 一戦目は当然ヴァンダルーの勝利だったが……。

「やはり角を先に取った方が有利じゃな」

 しかし、ザディリスは一度の勝負でヴァンダルーが何年も気が付かなかったリバーシの定石に気が付いた。

 その後、二戦目からは互角の勝負になった。


「一人遊びでは負け無しだったのに」

「…………」

「あの、そんな可哀想な子を見る目で見ないで、同情するなら角を取らないで」

「それとこれとは話が別じゃ。勝負とは非情なのじゃ、坊や」


 そのまま夢中で勝負を重ねていると――

「キング、おれもやりたい!」

『面白そうな事やってるじゃねぇか。俺も混ぜろ』

「まあ、ボードゲームっ。優雅ですわね、私にも教えて頂けませんか、ヴァン様?」


 何時の間にやら授業や訓練を終えたブラックゴブリン達が集まり、それどころか教師役のグールや巨人種アンデッドも興味深そうに覗きこみ、何時の間にかボークスやタレアまで集まっていた。


 結局この日、ヴァンダルーは二十近いリバーシの盤と駒のセットを作ったのだった。




「っと、言う訳で今日も楽しい一日だったんですけど……俺、休んだんでしょうか?」

『楽しかったのならいいのよ』

 リバーシの量産で微妙に働いた気がしなくもないヴァンダルーだったが、ダルシアは気にしていないのか微笑んでいる。


 実際、魔力を十万使ったとしてもそれはヴァンダルーにとって全体の一%にも満たない。休憩を取るまでも無く回復する程度の消耗でしかないのだ。

『それに、リバーシって楽しいのね。あ、そこに母さんの駒を置いてね』

「はーい。じゃあ俺はここで」

 カチンカチリと石の駒が耳に心地良い音を立てる。


『ミルグ盾国にはこんなシンプルで面白いボードゲームは無かった。ああ、サリア、また父さんが狙っていた角を取るのかい』

『父さん、勝負は非情なのよ』

『姉さんと父さんが、骨も肉も無いのに骨肉の争いをしてる!?』


「はっはっは、ボークス殿。また私の勝ちですね」

『うおおおおっ! 何故だ、何故勝てねぇ!』

『そりゃあ……ボークスの旦那が角を取らないからだよな?』

「男が……みみっちい事なんてできるかって言って、端に駒を置こうとしないから」


『ウルセェゾ! 黙れエ!』

「興奮すると勝てませんよ、ボークス殿」


 ヴァンダルーとダルシアが眠った後も、タロスヘイムにはカチカチカチリと石の駒と盤が立てる音と、リバーシに興じるアンデッドの声が聞こえていた。

 もしタロスヘイムでカチカチという音を聞いたら、それはスケルトンの骨がぶつかり合う音では無く、近くでリバーシに興じるアンデッドが居るからかもしれない。




・名前:ボークス

・ランク:9

・種族:ゾンビヒーロー

・レベル:5

・二つ名:【剣王】


・パッシブスキル

闇視

怪力:7Lv

物理耐性:5Lv

剣装備時攻撃力強化:大

非金属鎧装備時防御力強化:中

直感:3Lv

精神汚染:5Lv


・アクティブスキル

剣王術:1Lv

格闘術:7Lv

弓術:7Lv

鎧術:7Lv

限界突破:5Lv

解体:5Lv

指揮:2Lv

連携:4Lv

教師:1Lv


・状態異常

片腕(解除済み)


 A級冒険者、【剣王】ボークスがアンデッド化した存在である。当人の死体に当人の魂が宿っているためランクもスキルも高いが、アンデッド化後戦う事も無く謁見の間を守っていたためレベルが低く、更に生前よりも弱体化している。


 この世界のアンデッドは、無条件に生前より強くなる訳ではない。寧ろ、弱くなる場合の方が多い。

 その上ボークスは利き腕を失い、剣も刀身が半ばで砕けて使い物にならず、更に鎧もボロボロという惨憺たる有様。【剣王術】や【剣装備時攻撃力強化:大】、【非金属鎧装備時防御力強化:中】といったスキル効果が発揮できない状態だった。


 そのため、ランク9でありながら実際の戦闘能力はランク7、ノーブルオークのブゴガンにも負ける可能性がある状態だった。一撃必殺の戦い方を得意としていたため、ボークスはヴァンダルーの結界を突破する事が可能であり、彼にとってはボークスの方が脅威だったのだが。


 しかし現在はヴァンダルーによって利き腕を治され、ブゴガンの魔剣を与えられている為、ランク通りの戦闘能力を取り戻している。

 アンデッド化して変化した感覚に慣れれば、強力なスキルを所持しているためランクを超える実力を発揮するだろう。


 ゾンビヒーローは、生前二つ名を手に入れた存在が死ぬその瞬間まで二つ名に恥じない人物だった時に生まれる魔物だと言われている。ランクは様々で、現在確認されている個体で最低は4、最大は10。

 基本的に既に他のアンデッドと化した個体がこの種族にランクアップする事はない。


 法命神アルダの神殿では、このゾンビヒーローを倒す事こそが英霊に対する最大の供養であると教えている。また、名誉や名声を得られる事から発見されれば数多くの冒険者がその討伐を狙う事になる。


 ゾンビヒーローはその出自故称号持ちの高価な装備品や所持品を持っている事が多く、また魔力によって骨等が高価な錬金術の素材になる事も多く、名誉だけではなく実入りも期待できるアンデッドである。




・スキル解説 剣王術


 剣術の上位スキルの一つ。剣術が10レベルに到達し、更に経験を積んだ時変化する可能性がある。

 剣術スキルから変化した上位スキルには、剣聖術、剣帝術、剣神術、魔刃術等が現在までに確認されている。ただこれらの上位スキルの特性や威力等がどれ程違うのか、より優れた上位スキルが何なのかは保有者が少なく正確に検証できていない。


 アミッド帝国では伝説の勇者ベルウッドの【聖剣神術】が最高位であると言われているが、それは政治と宗教上の問題でしかない。――ベルウッドの上位スキルが本当に【聖剣神術】という名称だったのかも、実際は定かではない。


 剣術以外の他のスキル、槍術や斧術、格闘術等にも上位スキルが存在し、こうした上位スキルの保有者は最低でもA級以上の実力者である。

次話を明日投稿予定です

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