表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十一章 アルクレム公爵領編二
317/515

二百五十七話 慧眼の騎士は安堵した

 商業ギルドに顔を出したヴァンダルーは、ギルドマスターの計らいで様々な厄介事を避け、早急に用件を済ませる事が出来た。

「まさかの大人気でござるな、某達。嬉しくないでござるが」


 様々な厄介事とは、商人達が持ってきた、いわゆる『儲け話』だった。内容はモークシーの商業ギルドのサブギルドマスターだったヨゼフが持ちこんだのと同じ話が三分の一。ヴァンダルーが発明した、変身装具に関する話が三分の一。そして残りはほぼ全てミューゼやマロル、ユリアーナに関する話だったらしい。


 新種の魔物であるマロル達や、実際には違うが新種だと思われているらしいエンプーサ、そしてこの辺りでは珍しいアラクネやスキュラの素材……抜け毛や涎、脱皮した後の殻を売って欲しいと言う穏当な話。それとは逆に、ユリアーナを愛玩用に買いたいと言う穏やかではない話まであったようだ。


 前者の話は、マロル達はともかくミューゼ達にとっては愉快ではない話だ。目をギラギラさせた大勢の男女に、抜け毛や涎、殻を求められるのは生理的に受け付けない話である。

 ギルドマスターが集まった商人達を叱責し、追い払っていなければヴァンダルーの【魔王の魔眼】が猛威を振るっていたはずだ。


「商業ギルドを取り仕切る者として、心からお詫び申し上げる。だが、ここの商人達があのような者ばかりだと誤解しないでほしい。あれらは商人としての経験が浅いか、経験から学ばない馬鹿が、君達を見て思わず軽挙妄動に出ただけで、真面な商人は動いていない。どっしりと構えて、君達の事を観察しているはずだ。

 だから、彼女を買いたいと言った者の話は忘れてくれ。私からも厳重に注意するから、出来るだけ、早急に」


 そう商業ギルドのマスターは、ヴァンダルー達に頼み込んだ。彼は軽挙妄動に出た若手の商人達と違い、公爵家の末の妹だったユリアーナの顔を知っていたのだ。

 それが何故ミノタウロスの変異種の子供になっているのか、彼には理解できなかったが、一介の商人程度が手を出して良い案件ではないと考えたようだ。


「とりあえず、この町での営業許可は取れましたし、テンサイを栽培している農家も教えてもらいましたし、それで良しとしましょう」

 町の中央広場に置かれたベンチに腰かけたヴァンダルーは、ミューゼとプリベルにそう言った。

「実際、普通の商人の人も何人か居ましたし」


 商業ギルドから出たヴァンダルー達に、「若い女性にこんな事を頼むのは抵抗があるのですが」と前置きした後、殻や抜け毛を譲って欲しいと求めて来た者や、ヴァンダルー達ではなく飢狼警備の方を目当てに接触を図って来た商人達もいた。


 そうした商人にはヴァンダルー達も相応に対応している。とは言っても、前者には対応しただけで「機会があれば」と口約束を交わしただけだが。

「脱皮は年一回だし、拙者は自分の抜けた毛を持ち歩いてはいない。彼らには悪いが、涎は流石に抵抗が……」

「仕方ないって。ボク達の髪の毛や殻を調べたら、何が出るか分からないし。あ、これ美味しい」

「懐かしい……前食べた時と変わらず美味しいですね」


 そして商業ギルドを後にしたヴァンダルー達は、中央広場で買い食いをしていた。

 大都会アルクレムの中央広場には、身なりの良い富裕層相手の高級店から、安い値段で食事を提供する庶民向けの店まで様々な飲食店がある。

 その中でもヴァンダルー達は屋台で売られている商品に狙いを絞り、端から回って購入して食べていた。


「あんた達……今夜決闘だってのに、相手の店で商品を買うなんて大胆だねぇ」

 朝、『アルクレム屋台五芒星』の代表者としてヴァンダルーに決闘を申し込んだ、『たっぷりサンドイッチ』のサンディが、呆れと感心が混じった眼差しで見ている。

 ヴァンダルー達の荷物には、彼女の屋台で売られている具沢山のサンドイッチ以外の五芒星の商品も、混じっていた。


「今夜決闘だからですよ。事前に決闘相手の商品と、アルクレムの人達には何が売れるのかリサーチしなければ、勝てませんからね。

 あと、打ち合わせをしたいから、決闘の前に来て欲しいと言ったのは貴女でしょうに」


「そうそう、早めに顔を出してくれて助かるよ。それで、あたしのサンドイッチはどうだい?」

「美味しいです。ソースに工夫が凝らされているのが特に良いです」

 サンディの二つ名にもなっているサンドイッチは、見た目通り具がたっぷり挟まれている。パンは小麦粉で作られた白パンではなく、雑穀で作られた黒パンだ。しかし、そのどっしりとした酸味のあるパンがまた具と合うのだ。


 ヴァンダルーが言った、具に掛けられているソースも絶品だ。人間社会にはマヨネーズやケチャップ等は存在しないので、当然サンドイッチのソースにも使われていない。しかし、香草や果実の皮、細かく刻んだ野菜のミンチが複雑に絡み合い、飽きさせない味になっている。


「ほう、分かっているじゃないか」

「最も良いのは、安い材料が使われているため、売値を抑えても利益が出るところですね。美味しくて安価、そして食べ応えがある。まだ稼げない新人冒険者や、商会や職人の下働きの人達に人気なのも分かります」

「そうそう、分かって……その歳でちょっと分かり過ぎじゃないかい? 御嬢さん達、あんた達の入れ知恵かね?」


 ヴァンダルーの評価と分析に、最初は機嫌が良さそうだったサンディが怪訝そうな顔つきになって、プリベル達に視線を向けた。

「いや、某達は人間の町に来たのは初めてでござるから、買い食い自体初めてでござるよ。ところでサンディ殿、屋台は良いのでござるか?」


 実際には、ミューゼ達には境界山脈内部の国々で買い食いの経験はあるのだが、アルクレムに入った時騎士達に話した設定が破綻しないように嘘をつき、更に話題を逸らそうとする。

「ああ、あたしの屋台じゃ調理はしないんでね。家で作って来たサンドイッチを屋台で売る形だから、売り切れたらそこで商売は終わりだよ。

 普段なら今頃店仕舞いして、夕飯時に売るサンドイッチを仕込んでいる旦那の所に戻ってる頃さ。でも、今日は打ち合わせがあるからね」


 ミューゼの狙い通り話題を逸らされたサンディがそう話していると、彼女の背後から四人の人物が近づいてきた。


「その打ち合わせの前に、自己紹介と詫びを入れないとな。俺は『気紛れスープ』のシング」

「私は、『灼熱飯』のパーパラスです」

「初めまして、『混沌を握る』ミッチェムと申します」

「儂は『甘々甘味スイーツ』のトムじゃ。……このくどい二つ名の事は、深く聞かんでくれよ」


 威勢の良さそうな中年の男に、癖の強い髪と髭のドワーフの男、二十歳前後の女性に、見るからに好々爺っぽい老人。彼等はそれぞれ名乗ると、纏め役らしいトムが改めて口を開いた。

「そこのサンディを加えて、儂等が『アルクレム屋台五芒星』じゃ。この度は、迷惑をかけてすまんかったな」

 そう言ってトムが軽く頭を下げると、サンディ達もそれにならって口々にヴァンダルー達に謝罪した。


「いえ、噂ですし、そうお気になさらず」

「いやいや、噂話を真に受けて煽られたサンディ達と、諌められなかった儂等が悪い。いや、謝罪でなければ礼を言った方が良いかな。無視されたら、サンディ達の立場がなかったじゃろうし」

 トムの言葉に、シングとパーパラスは決まりが悪そうに視線を逸らした。


 どうやら、サンディ達三人が噂話を真に受けて決闘だ、対決だといきりたったが、トムとミッチェムはそれを止めようとしたらしい。

「噂が本当でも気にする事ないって言ったんですよ。そう言う売り文句は、どこでもありますから」

「それが濡れ衣だったのに決闘を受けてくれたんだ。感謝しかねぇよ。まあ、決闘では手は抜かないけどな」


「重ねて言いますが、気にしないでください。ところで打ち合わせの方は?」

「うむ、決闘の方法なのじゃが、売り上げと客の総数で、勝敗を決めようと思う。一位から六位を決め、その順位がどうだったとしても最後は『これからもお互い頑張ろう』と握手して終わる、という形でどうじゃろう?」


 店の看板や商品、営業する場所等を賭けず、最後は和解して終わる。決闘の勝敗としては有耶無耶だが、イベントの締めくくりとしては、丁度良いだろう。

 実際、ヴァンダルーはアルクレムで屋台の営業を続けるつもりはないので、看板や営業場所を勝ち取ったとしても扱いに困るだけだ。


「異論はありませんが、もう一つ。俺が勝ったらこれを屋台に飾ってください」

 しかし、ヴァンダルーはそう条件を付けながら、ギザニアが背負っている荷物から布を取り出した。それには、飢狼警備や、屋台が飾っているヴィダの聖印であるハートマークが描かれていた。


「こりゃあ、良い布だ。良い布だが……お前さん、神殿から派手な事はするなと言われちゃいなかったか?」

 町の噂話に聡いトムがそう尋ねると、ヴァンダルーは首を横に振った。


「言われたのは母さんで、俺ではありません。それにこれは布教活動ではなく、ただの商売ですから」

 詭弁だが、元々アルクレムのヴィダ神殿にヴァンダルー達の行動を縛る権限はない。ただ、要請されただけだ。

 勿論、神殿からの要請を無下にして、アルダ神殿や信者を挑発するような真似をすればヴァンダルー、そしてダルシアの評判は悪くなるだろう。


 だが、これぐらいは平気だろう。町の人々にとってこの決闘騒ぎは、ただのイベントなのだから。

「なるほど。じゃあ、構わんよ。別に傘下に入れとか、そう言う話ではないんじゃろ? だったら、どの屋台が勝ったのか分かり易くて助かるわい」

 それに、トム達にも異論はないようだ。単に旗を屋台に飾るだけで普段の商売から何も変わらないし、期限付きだ。


 彼等が、熱狂的なヴィダ以外の神の信者だったら嫌がったかもしれないが、特にそんな様子もない。


「トム爺さんは夕飯時だとまず負けるだろうからな。今の内に貰っておいたらどうだ?」

「シングっ、本当の事を言うな! 一応勝負の前じゃろうが!」

「本当の事? トム老、拙者は当然ヴァンを応援するが、あなたの店のケーキはとても美味しかった。もっと自分の料理に自信を持つべきだと思うが」


 トムの屋台で買ったケーキをそう評したギザニアに、トムは嬉しそうに顔の皺を深くして笑った。

「アラクネの御嬢さんにも儂のケーキが喜ばれるとは嬉しい限りじゃ。やはり種族が違っても、女子には甘いものじゃな。

 じゃが、夕飯時には儂の店の商品は売れ行きが昼より落ちるのじゃよ」


「あたしのサンドイッチも、若干落ちるよ。代わりにパーパラスの焼き飯や、シングのスープが売れるのさ。夕飯時だから、客層が変わるのさ」

 日が暮れると、この辺りで食事を手軽に済ませようとする客は、若い女性の割合が減り、一仕事終えた労働者や冒険者、衛兵達になる。彼等は夕食のメインに、食い応えがあるパーパラスやシングの屋台で売っている料理を求めるようだ。


 勿論夕食に甘いデザートを付けたがる者もいるが、トム達は『アルクレム屋台五芒星』と呼ばれているが、結局は屋台である。そうした客は、レストランを利用する事が多い。

「既婚者の冒険者や衛兵が、家で帰りを待つ家族への土産に買いに来るから、売れない訳ではないがの。

 だからサンディが決闘を申し込んで来ると言って飛び出した時は、焦ったわい」


「いや、あの時は明日の昼時を指名して決闘を申し込むつもりだったんだよ。条件も、あたし達が有利なようにして。

 そしたらああだったから、調子が崩れてね」

「まあ、何はともあれお互いがんばりましょう。俺達の屋台も来ましたし」


 ヴァンダルーが視線を向けると、ホーフとメーネに引かれた自分の屋台と手を振っているダルシアの姿が雑踏の間に見えた。




 リサーチの結果、ヴァンダルーが決闘に際して作る料理は……結局串焼きであった。

「準備期間が数時間ですからね。料理を大きく変える事は出来ません。そうでなければ、まだこの辺りは冷えるので蒸しパン……肉マンでも作ったのですが」

 この世界では麺類は発展しなかったが、蒸しパンは存在していた。温泉地で暮らしていた売れないパン職人が、燃料代を節約するために熱い水蒸気でパンが出来ないかと思いつき、試したのが由来とされている。


 ただ、蒸しパンは『温泉パン』と呼ばれていて、温泉地のご当地グルメとして扱われており、温泉地以外では馴染みがないようだが。そのため、ヴァンダルー達も人間社会の蒸しパンがどんなものなのか実際に食べた事はなかった。


「だったら、決闘の時間を明日や明後日に変えれば良かったんじゃないのかい、師匠?」

「ナターニャさん、ヴァンダルー様には串焼きで勝つ自信があるのです。技術では明らかにヴァンダルー様が上回っているのですから」


 ユリアーナが言った通りだ。ヴァンダルーの【料理】スキルレベルは8。一流料理店のメインシェフや名門貴族家で料理長をしていてもおかしくないレベルだ。

 対して、サンディやトム達『アルクレム屋台五芒星』の【料理】スキルは、そこまで高くはないだろう。有名屋台の店主で、実際に食べた料理も美味しかったが、流石にヴァンダルー以上と言う事はないはずだ。


「でもユリアーナ、【料理】スキルのレベルだけで勝負が決まるもんじゃないよ。特にヴァン君は、ここだとね」

「はっ、確かにっ!」

 プリベルが言葉の意味を察して、ユリアーナははっとした。人間社会では、ヴァンダルーは将来ヴィダル魔帝国の名物や輸出品にするため等、諸々の理由で幾つもの調味料や食材、調理法を使う事が出来ない事を思い出したのだ。


「でも、まあ程々のところまで行けると思いますよ。五芒星に串焼き屋台はありませんでしたから、個性を出せますし。三位、もしかしたら二位を狙えるかも」

「一位は目指さないのでござるか?」

「目指さないのでござるよ、ミューゼ。新参者が大きな顔をしたら、嫌われますからね」


 五芒星の内何人かに勝ち、何人かに負ける。そしてお互いに「やるじゃないか」と握手を交わし、お互いの健闘を称えあう。

 これが屋台での決闘としては、理想的な決着だろう。


 ヴァンダルーが全員を下して、「『アルクレム屋台五芒星』を倒したぞ!」となるのも、逆に五人全員に負けるのもよくないのだ。


「……新参者って、モークシーじゃかなりの事をしていたと思ったけれど」

「それは、ヨゼフが手を回して妨害工作をしてきたり、ハジメ達が絡んできたりしたせいです。それがなければ、俺は今でも程々の串焼き屋台の店主だったはずです」


 ナターニャに突っ込まれ、ヴァンダルーは責任をヨゼフと『雷雲の神』フィトゥンの寄り代となって襲いかかって来た転生者のハジメ・イヌイに転嫁した。

「それでも、結局孤児院やビルカインの事があるし、ヴァンダルーの事だからサイモンさんの師匠にもなったと思うの。結局、今とあまり変わらなかったかもしれないわね」


 しかし、ダルシアにそう言われて撃沈する。撃沈するが、仕込みの手を止めはしない。

「ところでヴァンダルー、それはサンダードラゴンやマウンテンジャイアントの肉じゃなくて、ただのオークやインペイラーブル、それにマッドボアの肉ね。悪い食材じゃないけれど、それでいいの?」

「え、そうなの?」

 ダルシアがそう指摘すると、気がついていなかったプリベルが驚いた顔でヴァンダルーが作っている串を見る。


 アルクレム周辺にはB級からE級までのダンジョンが存在し、数多くの冒険者が拠点としている。そのため、魔物由来の食材が多く出回っている。

 そのためランク3のオークやインペイラーブルの肉は、珍しくない。『アルクレム屋台五芒星』でも、スイーツ専門のトムの屋台以外では普通に使われている。


 実際、ヴァンダルー達が買い食いしたサンドイッチやスープ、オニギリの具として使われている。

 ランク4のマッドボアも、オークよりも使っている店は少なくなるが、珍しいと言う程ではない。

 ランク8のサンダードラゴンの肉とは、味も希少性も次元が違う。


「はい。良すぎる食材を使って決闘に勝っても、外聞や体裁が悪いですし」

「確かにそうね。料理の腕や工夫じゃなくて、素材だけで強引に勝ったと思われたくないものね。

 あっ、じゃあ私が変身して売り子をするのも止めた方が良いかしら?」

「それは構わないかと。母さんが売り子をしているのは、向こうも知っていたでしょうし」


「が、外聞や体裁を気にするのか? 今更?」

「それに、モークシーの町じゃ、それで一人勝ち状態だったじゃないか」


 ヴァンダルーとダルシアの言葉に、ギザニアとナターニャが驚いて目を見張る。

 屋台より大きな蜘蛛の下半身を持つアラクネの大型種であるギザニアや、プリベルやミューゼが居るヴァンダルーの屋台は、周囲を通る人々からの視線を集めている。大部分はただの好奇心からだが、少数ながら嫌悪感や恐怖心、怒りと言った負の感情が込められた視線もある。


 だと言うのに構わず自分を連れまわしているので、ヴァンダルーは外聞や体裁を気にしていないのだろうとギザニアは思っていた。


 そしてナターニャが指摘したように、モークシーの町でヴァンダルーの屋台が頭角を現した要因の一つは、格安で美味い魔物の串焼きを売った事である。……ヴァンダルー自身、そして売り子をしていたダルシアが珍しい種族である事等、それ以外にも複数の要因があるが。


「それは気にしますよ。ヴィダ信者で、モークシーの『屋台王』、『歓楽街の真の支配者』で、『変身装具の守護聖人』としての外聞と体裁は。俺やギザニア達、ヴィダの新種族や従魔が嫌いな人はどうでもいいので、今更どう思われても構いませんけど。

 モークシーの町ではただの商売でしたが、今回は決闘、勝負です。明確なルールはありませんが、だからと言ってルール無用の競い合いでは気分が悪いですし……そこまでして勝たなければならない訳ではないですし」


 ヴァンダルー達は、今のところアルクレムに拠点を移す訳ではない。公爵との謁見が終わり、偽顔剥ぎ魔やアーサーとの問題が解決すれば、一旦モークシーに戻る予定だ。

 五芒星相手にごり押しで勝ちをもぎ取っても、何が手に入る訳でもない。


「では、やはり程々に手を抜くのですか?」

「いいえ。暗黙のルールと自分が定めた制限を守った上で、本気で勝負します。……思考の一部を偽『顔剥ぎ魔』の被害者本人や、目撃者の霊を探すのに使ってはいますが。……寝る前に死体が発見された場所に行って、地縛霊になっていないか見た方が良いかもしれない」


 あと、この人目につく決闘は、返事を受け取りに来るアーサーにとって目印になるだろうとも、ヴァンダルーは考えていた。


『ところでヴァンダルー様、こちらを監視しているラルメイアの件は、如何しましょう? 何やら探っているようですが』

 朝方、恐らくサンディ達の耳に『噂話』を入れて煽り、決闘騒ぎを起こさせた黒幕である『アルクレム五騎士』の一人、『慧眼の騎士』ラルメイア。彼について報告したチプラスが、広場の一画を指差して指示を求める。


「……とりあえず、引き続き監視するだけに止めて起きましょう。何がしたいのか分かりませんし。

 【鑑定の魔眼】の持ち主で、俺達のステータスを見るのが目的なら、一目見ればそれで十分なはずですし」

『そうですな。では、監視に戻ります』

 チプラスがラルメイアの監視に戻ると、それと入れ替わりにサイモンとカチアが、荷車を引くファングと一緒に戻ってきた。


「師匠ー! 言われた通り熱で溶けるチーズを買えるだけ買ってきましたぜー!」

「ソースにでも使うの? それとも、もしかしてチーズの串焼きとか?」

「カチアのアイディアも面白そうですが、今回はチーズをかけようと思いまして」

 そして、仕込みが進み、遂に決闘が始まった。




 中央広場の一画には屋外で食事やお茶を楽しめるよう、簡素なテーブルやベンチが設置されている。『慧眼の騎士』ラルメイアは、そのベンチの一つに腰かけ、中央広場で自身が指揮した作戦を続行していた。


 チプラス、そして彼から報告を受けたヴァンダルー達も訝しんでいたが、ラルメイアが『アルクレム屋台五芒星』を煽り、決闘騒ぎを起こすよう誘導したその目的は、勿論【測量の魔眼】でヴァンダルー達のスキルや能力値を測量する事だ。


 それなのに、何故料理対決なのか? 実力が見たければ名物屋台の店主ではなく、ゴロツキやチンピラを彼等に差し向ければ良いのではないか。

(私の【測量の魔眼】の力を知らぬ者達は、そう考えるだろう。私の【測量の魔眼】は、対象の外見的な特徴以外は、見ただけでは正確な数値を測る事は出来ない。その能力値やスキルについて、ある程度本気で発揮していなければ、正確な数値は分からない)


 モークシーの町にアルクレム公爵家が放った密偵からの報告や、伝え聞く噂話を基に推測すれば、母親のダークエルフは最低でもB級冒険者相当、ヴァンダルー本人は不明だが、従魔も強力な個体が揃っている筈であり、彼が見かけと現在の冒険者ギルドの等級相応の無力な少年とは思えない。


 弟子の『飛剣』のサイモンや、『鉄猫』のナターニャも、C級冒険者だ。新しい従魔のアラクネやスキュラも、門で申告した通りのランクではないだろう。

 そんな彼らが、そこらのゴロツキやチンピラ相手にある程度以上本気を出して撃退するだろうか? 実力の欠片も見せず、適当に畳んでしまうだろう。


 そもそも、B級冒険者相当の実力者にある程度実力を発揮させる強さの捨て駒なんて、簡単に用意出来る訳がない。アルクレム公爵家に縁のある人物……公爵家に仕える騎士団の腕利きや、ラルメイアと同じ五騎士の誰かや、コネのあるB級以上の冒険者に、腕試しでも申し込ませていいのなら別だが、かなり高い確率でヴァンダルー達の警戒心を煽り、後に控えた非公式な謁見を危険なものにしかねない。


(その点、料理や歌と踊りなら簡単だ。平和的に、『ある程度本気』を出させる事が出来る。勿論、直接戦闘系スキルのレベルを測る事は出来ないが、能力値は正確な数値を測る事が可能だ。

 料理で頭を使い、素早く手を動かせば知力や敏捷が、体力を消費すれば体力が、それに魔導コンロを動かせば魔力が分かる。それに、踊りは武に通じるという言葉もある。……まあ、彼女達が歌って踊るかどうかまでは、分からないが。

 まあいい、後はこの特等席で奴らの力を測量しよう)


 ラルメイアが座っているのは、当然ヴァンダルーの屋台が見えるベンチだ。幸いな事に、この辺りでは珍しいアラクネやスキュラを連れている彼等は、周囲の人々から視線を集めている。彼がヴァンダルー達を熱心に観察しても、数いる見物人の一人としか思われないだろう。


 ……実際には、チプラスが既に見つけており、ヴァンダルー達から逆に観察されていたのだが、ラルメイアは気がつかなかった。


(ともかく、数値を。まずはヴァンダルーから……従魔を連れているのに【調教】スキルが効果を発揮していないのはどう言う事だ? まさか持っていないのか。

 【料理】は……8レベル!? 馬鹿な、年齢は……見た目通り十一だと言うのにか!? 五芒星の一人、トム老でも6レベル。アルクレム公爵家の料理長でも7レベル。何十年と経験を積んでそれだと言うのに、それをたった十一歳の少年が超えただと!?)


 まず本来の目的とは関係のない【料理】スキルで、早速度肝を抜かれたラルメイアは、続けてヴァンダルーの能力を測量する。

(魔力は不明だが……それ以外の能力値は全て万単位!? そんな出鱈目な! 我々五騎士に匹敵するどころか、超えているぞ!?

 奴は本当に十一歳の少年なのか? いや、もしかしたら……奴の父親は、従属種や貴種ではなく……原種吸血鬼の直系なのか!?)


 この時彼にとって幸運だったのは、ヴァンダルーの屋台が魔導コンロではなく火属性のゴーストであるレビア王女の炎で調理をしていた事だ。もしヴァンダルーの魔力量を、大まかにでも測量していたら恐怖のあまり悲鳴をあげていたかもしれない。

 もっとも、魔力以外の能力値を測量しただけでも、彼の精神は度肝を抜かれすぎて穴が空きそうになっていたが。


(予想外だ。本人もそれなりに戦えるタイプのテイマーだろうと予想していたが、まさかA級冒険者……いや、S級冒険者並の能力値とは。

 まさか、他の連中もそうなのか!?)


 ラルメイアは屋台の周りで警備や売り子をしているサイモンやナターニャ、目立つギザニア達に【測量の魔眼】を向ける。身長や体重、年齢等の数値がまず彼の意識に表示され、次いで能力値が表示される。

 もっとも、サイモン達は何かの作業を行っている訳ではないので、あまり正確な数値ではないが。


(やっぱり他の連中もそうだったのか!)

 しかし、数値の不正確さを考えても、ギザニア達の能力値は高かった。実はランク10前後で幾つものジョブにも就いているギザニア達の能力値は、A級冒険者の域に十分到達していた。

 サイモンとナターニャ、そしてユリアーナはそうでもないが……それはヴァンダルーやギザニア達と比べれば低いと言うだけで、三人が弱いという事ではない。それに、二人の場合は義肢がある。


(グールとダークエルフが使った変身装具と言うマジックアイテムといい、『飛剣』と『鉄猫』の義肢といい、尋常ではない。防御力、柔軟性、何よりも込められている魔力が並のマジックアイテムとは桁違いだ! これ程の魔力、いったい何万人の魔術師を導入すれば……いや、高ランクの魔物の魔石を使ったのか? 何だと!?)

 その時、ラルメイアが見ている前で売り子だけではなく、ウェイトレスのように客の元に皿代わりの木の葉に乗せた料理を届けていたカチアに絡み、強引に連れて行こうとした酔っぱらいがそのカチア本人の手で叩きのめされた。


 カチアに袖にされた冒険者か傭兵らしい酔っぱらいが剣を抜き、カチアが護身用に持っていた木の棒でそれを迎え撃ち、撃退したのだ。その様子を【測量の魔眼】で見ていたラルメイアは、更に驚愕する。

(【剣術】がレベル7だと! グールのスキルがこれほど高いとは……噂で聞いた強さは、変身装具や付与魔術の強化によるものではなく、素の状態で我々の想像を超える力を持っていたという事か)


 それまでラルメイアはグールの事を、人語が話せるほど知能が高いが素の状態では精々ランク3、上位種でも近年はランク6以上の個体は発見されていない、大きな脅威には至らない魔物だと認識していた。

 だが、それは大きな間違いだったようだ。


(くっ、この『慧眼の騎士』と謳われたこの私が、能力値を一通り測量しただけで冷や汗をかくとは。だが、【料理】以外のスキルも測量しなければ、公爵閣下に合わせる顔が無い)

 そうしてまず見たのは、客のリクエストに応えて軽く歌と踊りを披露しているダルシアだった。【歌唱】や【舞踏】といった、普通のスキルが彼の精神を落ち着かせる。


(ん? 【自己超強化:ヴァンダルー】、【能力値強化:創造主】、【生命力増大】だと!? 【状態異常耐性】に、【剛力】!? この女、本当にダークエルフなのか!?)

 しかし、普通のダークエルフならあり得ないパッシブスキルの数々に、ラルメイアの背に冷や汗が浮かぶ。


(これは、【自己強化:導き】だと!? つまり、この女は誰かに導かれて……導士に導かれているのか!?)

 ダルシアのそのスキルを測量したラルメイアは、彼女の周囲に導士ジョブを持つ者がいる事に気がついた。

 彼も導士については知っている。ベルウッド達勇者を除いて、歴史上同時期には二人以上存在した事がないとされているジョブだ。


 その影響力は、S級冒険者を超える。

 ダルシアを導いている導士は、いったい何処にいるのか。ラルメイアは、その有力候補に視線を向ける。意識では、そんな事はあり得ないと何度も繰り返しながら。

 しかし、ヴァンダルーのパッシブスキルを測量した結果、【導き】スキルの存在を確認してしまう。


(【導き】に【自己強化:被信仰】!? これがテイマーでありながら【調教】スキルが無かった理由か! こいつは従魔を調教しているのではない、導き、自らを信仰対象にして従えているのだ! それに【深淵】だと!? 何だ、【深淵】とは!?

 と、とにかくこの事を公爵閣下に報告しなければ!)


 ヴァンダルーは導士である。それを知ったラルメイアは、すぐにベンチから立ち上がり身を翻そうとした。しかし、それは出来なかった。

 いつの間にか、自分がヴァンダルーに見つめられている事に気がついたからだ。


「ヒッ!」

 口から引きつったような悲鳴が洩れる。それほどはっきりと、ラルメイアは意識した。ヴァンダルーの虚ろな目に自分が映っている事を。

 そして本能的に悟る。自分がステータスを覗き見ていた事を、ヴァンダルーは気がついているという事に。


(こ、殺される。私は、ここで死ぬ!)

 ヴァンダルーの瞳の奥の深淵から、異形の化け物が這い出てくる光景を幻視したラルメイアは、自分の死を確信した。だがヴァンダルーは、震え上がっている彼を数秒見つめると、特に何もせず視線を逸らした。


 そのまま客の大剣を背負った大男から、注文を取り始める。


(み、見逃されたのか? この私が)

 大した脅威ではないと、始末する価値は無いと放置された。それに気がついたラルメイアは、周囲から不審な眼差しを向けられるのにも構わず、走ってその場を後にした。


 彼の胸を満たしていたのは屈辱ではなく、「まだ生きていられる!」と言う喜びと安堵だけだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




・名前:カチア

・ランク:8

・種族:グールウィザードソードアデプト

・レベル:90

・ジョブ:炎空魔剣士

・ジョブレベル:70

・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、見習い魔術師、魔術師、魔剣士、火属性魔術師、空間属性魔術師、炎空魔術師、光風術剣士

・年齢:27歳(外見19歳)



・パッシブスキル

闇視(暗視から変化!)

痛覚耐性:4Lv(UP!)

怪力:8Lv(UP!)

麻痺毒分泌(爪):4Lv(UP!)

杖装備時魔術攻撃力増強:中(NEW!)

剣装備時攻撃力強化:極大(NEW!)

金属鎧装備時防御力強化:大(NEW!)

魔力増大:4Lv(NEW!)

自己強化:導き:7Lv(NEW!)


・アクティブスキル

剣術:7Lv(UP!)

鎧術:5Lv(UP!)

盾術:6Lv(UP!)

解体:4Lv(UP!)

魔剣限界突破:5LV(NEW!)

限界突破:10Lv(NEW!)

連携:8Lv(NEW!)

無属性魔術:8Lv(NEW!)

火属性魔術:7Lv(NEW!)

空間属性魔術:7Lv(NEW!)

光属性魔術:5Lv(NEW!)

風属性魔術:6Lv(NEW!)

魔術制御:9Lv(NEW!)

詠唱破棄:5Lv(NEW!)

家事:2Lv(NEW!)

歌唱:1Lv(NEW!)

舞踏:1Lv(NEW!)


・ユニークスキル

ヴァンダルーの加護(NEW!)

5月19日に258話を投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
異世界物の多くの主人公は、異世界ライトノベルやゲームに詳しかった人という設定だけど、 ヴァンダルーは前世でも前々世でも異世界ライトノベルを読んでる余裕なんてなかったと思う。 だから冒険者ギルドでステー…
スカウター(肉眼あるいは脳)が爆発しなくてよかったと思いました
ステータスが知られることに無頓着なのずっと気になってるんよなぁ。 いやまぁ多分、知られたくらいでどうこう出来る存在じゃ無い自覚があっての事なんだろうけどね。 それにしたってじゃ無い?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ