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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十一章 アルクレム公爵領編二
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閑話39 魔王の死角で暗躍する者達

投稿が遅れてすみません。また、書いている内にヴァンダルー達の出番が無くなってしまったので、閑話になりました。

 数時間ほど時間を巻き戻し、ヴァンダルー一行が正門でアルクレムに入る審査を受けている頃、あるE級冒険者パーティーが、宿屋の食堂に集まっていた。


「……時が、来た」

 眉が薄く酷薄そうな顔つきをした、筋肉質な肉体の剣士にして、『雨雲の女神』バシャスの加護を持つ男、アーサー。


「お告げが、現実になったのね。兄さん」

 そのアーサーの妹で、波打つ髪を腰まで伸ばし、陰気に俯き鋭い目つきで睨むように視線を投げかけている美女、カリニア。彼女は『闇夜の女神』ゼルゼリアの加護を受けており、その女神官でもある。


「これでやっと、真の目的の為に動けると言うものだ」

 若いが髪が薄く、生まれついての虚弱体質の為痩せた小柄な老人のように見えるドワーフの魔術師、『影の神』ハムルの加護を受けているボルゾフォイが、ギョロギョロと視線を彷徨わせる。


 この三人がいるだけで、時間帯のせいで人が少ないだけの食堂が、後ろ暗い取引に使われる場所のような異様な雰囲気を醸し出している。

 邪神悪神の類ではない、真っ当な風属性一柱と、光属性二柱の神々から選ばれ加護を得た英雄候補達なのだが。


「あ、あの、お告げとか真の目的とか、何ですか? 初耳なんですけど!」

 そして別に何の神の加護も得ていない、アーサー達よりも少し冒険者歴が長いだけの新人冒険者、ミリアムが涙目になって困惑している。


「何か思いつめているなら、私にも相談してください。私自身も忘れそうになりますが、パーティーリーダーなんですから!」

 噂しか知らない者達はパーティーのリーダーはアーサーだと誤解するが、実はミリアムが真のリーダーだった。

 辺鄙な村で暮らしていたアーサー達は、都会の常識だけではなく冒険者の常識に疎かったため、先輩のミリアムに「是非リーダーに」と頼み込んだのである。


 ……アーサー達の行動が突飛なため、リーダーシップを取るどころか引っ張り回される事が多いため、対外的には「変人三人の犠牲者」か、「実は彼女も変人なのでは?」と見られているのだが。

 そんな彼女を、アーサーは目をくわっと見開いて見つめ、そのまま数秒沈黙した。


「アーサーさん、多分凄く言いにくい事を私に告白する為に、意思を固めているところだと思うんですけど……凄く怖いです」

「ミリアムさん……ここまで田舎者の私達の為に苦労を掛けましたが、これ以上は危険だ。あなたには黙っていたが、私達はある神々から加護を賜り、使命を授かっていたのです」


 キョホホホと突然ボルゾフォイが笑いだし、瞳孔の開いた目を一層激しく彷徨わせ、ミリアムに告げた。

「儂らが村を出て都会に、このアルクレムに来たのも、冒険者になったのも、最初から使命達成の為。ミリアムさん、あなたは儂等に利用されていたのじゃよ」

 その禍々しい声に、宿屋に入ろうとした客が身を翻して逃げて行く。しかし、ミリアムは小さく溜め息をついて口を開いた。


「ボルゾフォイさん、無理して変な笑い声を出さないでください。それに、さっきから一度も私と目を合わせませんよね? 視線を逸らすのは、貴方が嘘をつく時の癖ですよ」

「ぬぅっ、見抜かれた!?」

「ミリアムさん、ですがボルゾフォイの言った事は本当の事も混じっています。……我々は、神から加護と使命を授かっているのです」


「あ、はい。それは大体察していました」

 声を潜ませたアーサーの告白に、ミリアムはあっさり頷いた。今まで黙っていた秘密を彼女が察していた事に、アーサー達は驚愕を露わにする。


「いや、だって……数か月前まで猟師や家事手伝い、神官さんから魔術の手ほどきを受けただけの人が、こんなに強いのはおかしいし。それに、三人ともバシャスやゼルゼリア、ハムルの聖印を自作してお守りにしてますし。

 だから、最近増えているらしい神様の加護を手に入れた英雄候補なのかな~って、思っていたんですよ」

 アーサー達を怖がって距離を取る者達では気がつかない事に、ミリアムは気がついていたのだった。


「ミリアム、兄さんがバシャス様の加護を賜った事に気がついていたのね」

 カリニアが思わずといった様子で呟く。

「え、カリニア、貴女とボルゾフォイさんは違うの?」


「今はゼルゼリア様の加護を賜ったけれど……それは貴女とあった後、だいたい一カ月くらい前の事よ。ただ強いだけの家事手伝いで、ごめんなさい」

「儂も、加護を賜ったのは一か月くらい前じゃ。儂は、ドワーフにしては魔術の素質があったらしい」

「そうでしたか。なんて言うか、すみません」


 ミリアムが思っているよりも、カリニアとボルゾフォイは才能豊かな人物だったらしい。

「それはともかく……我々の秘密に気がついていたとは驚きましたが、なら尚更これ以上あなたを付き合わせる訳には行きません。神から賜った使命は、とても危険なものなのです」

「それは、分かってます。噂で聞く英雄候補と呼ばれる人達の活躍は、凄いものばかりですから」


 暴走した【魔王の欠片】の再封印、未発見のダンジョンの攻略、最近では邪神を奉じる貴種吸血鬼の討伐も行われていると言う。更に、神々が英雄に課す試練の一つである、神が管理するダンジョンに挑戦している者もいると言われている。


 ミリアムのような新米冒険者から見れば、英雄候補ではなく既に英雄と呼ばれても遜色ない活躍だ。

 アーサー達がそれ等と同じような事を神々から使命として授かっていたら、自分が付いて行けるかどうか彼女には分からない。


「でも、私にも意地があります。確かに皆さんには振り回されてばかりですが、これでも助けてもらった恩は忘れてません」

 ミリアムがアーサー達奇妙な三人組と行動を共にしているのは、去年の秋、彼女がアーサー達の暮らしていた村に珍しい薬草を採集する依頼の為に訪れたのがきっかけだった。


 主な街道から外れ、冒険者ギルドの出張所も無い辺鄙な村を囲む森で薬草を探していたミリアムは、そこでオーガーに襲われた。

 魔境ではない普通の森で、ランク4のオーガーに襲われ、当時のミリアムは恐怖のあまり腰を抜かし、逃げる事も出来なかった。


 そこに現れたのは武装した新たなオーガー……ではなく、アーサーだった。彼は恐ろしげな咆哮をあげてオーガーを威嚇し、怯んだオーガーに向かって鉈を振り回しながら肉弾戦を挑み、何と勝利してしまった。

 そしてオーガーの返り血で真っ赤に染まったアーサーが笑顔で「大丈夫ですか、お嬢さん」と声をかけ、それを見たミリアムの精神は限界に達し、失神したのだった。


 その後、アーサーの家でカリニアの看病を受け、二人の幼馴染のボルゾフォイから村の周辺の植物の植生を教わり、無事薬草を採取する事が出来た。

 その数日間の交流で、アーサー達が見かけによらず善人である事を知ったミリアムは、彼等から冒険者に転職しようと考えていると相談を受けた時は、今度は自分が力になる番だと張り切った。


 アーサー達をギルドのある町まで案内し、暫くは先輩として冒険者について教えようと決意したのだ。

 ……冒険者になるためには装備を買うお金がいるからと、村から離れた魔境へ魔物を倒しに行ったり、街道の警備隊に山賊ではないかと疑われ、その疑いを晴らす為に何故か山賊退治に協力したり。冒険者になる前から振り回される事になったが、今から思うと良い経験だ。


「確かに、私では力不足かも知れません。ですが、私達友達じゃないですか! 同じパーティーの仲間じゃないですか! 危険だからと私だけ置いて行くのは無しです!」

「ですが、ここからは本当に――」

「もう止めて、兄さん!」


 尚もミリアムを説得しようとするアーサーの言葉を、カリニアの叫び声が遮った。彼女は席から立つと、ミリアムの手を両手で包むようにして握り、涙の浮かんだ瞳で見つめた。

「兄さんだって分かっている筈よ、私達が今ここに居るのは、ミリアムのお蔭だって。

 バシャス様の加護を賜っても、兄さんは村から出ようとしなかった。私も、兄さんの負担になっているのが分かっていたけど、外の世界が怖かった。私達兄弟は、昔から誤解されてきたから……。

 でも、そんな私達を彼女が変えてくれた」


「え、私、そんな大層な事をしたんですか?」

 戸惑い気味に尋ねるミリアムに、カリニアは頷き返した。

「私達三人は、お互い以外に友人と呼べる人がいなかった。ミリアム、そんな私達に、あなたは初めて出来た外の世界の友……心友になってくれた!」


「あ、あの、カリニアさん、今、『しんゆう』って……?」

「確かに……カリニアの言う通りじゃ。同じ村の者からも気味悪がられていた儂等三人を、今では仲間……真の友だと言ってくれる。

 アーサー、そんな彼女の意思を無下にしてはいかんと、儂は思う」


「ボ、ボルゾフォイさん、真の友って、私は言ってないです……!」

 瞬く間に友人から心の友と書いて心友に、そして真の友と書いて真友にと、立場がランクアップしていく事に困惑が隠せない。


「確かに、その通りです。ミリアムさん。私が間違っていました」

 しかし、目から感動の涙を流しながら重々しい口調で自分の手を取るアーサーの顔を見ると、はっきり「違います」という事はとてもできない。


「あなたは共に命がけの冒険をするパーティーの仲間、何よりも強い絆で結ばれた友。我々四人、死ぬ時も生きる時も一緒です!」

 どうやら、アーサー達は、「冒険者パーティーの仲間」に対して純粋な思い込みを抱いているらしい。どんな窮地にあっても仲間を見捨てないとか、心と心が繋がっているとか。

 そのためミリアムに対しても、パーティーの仲間=心の友であり真の友、と言う公式が成り立ってしまったのだろう。


(そんな事ありません、アーサーさん! パーティーの仲間でも仕事以外では仲が悪かったり、人間関係で解散したり、中には仕事中の事故に見せかけて殺しちゃった事件もあるんですよ~!?)

「はい、そうですね」

 そう心の中で絶叫するミリアムだったが、口から出たのは同意の言葉だった。


 自分から秘密を打ち明けてくださいと言いだしたのに、今さら「ちょっと重いです」とはミリアムには言えなかった。

「分かりました、ミリアムさん。打ち明けましょう、神々が我々に与えた使命とは……今日、アルクレムに到着したらしいダンピールの少年、ヴァンダルー……神々に次代の魔王と呼ばれて恐れられている彼と接触し、行動を共にする事です」


 そして、神々の試練もろくなものではなかったとミリアムは後悔するのだった。

 この日の夕方、テイマーギルドにヴァンダルーが向かった事を知ったアーサーが、彼等の帰り道で待ち伏せし、手紙を出しに行こうとした時は、彼女は必死に止めた。


 しかし、ミリアム達のパーティーには専門の斥候職がおらず、元猟師のアーサー以外誰も【忍び足】スキルを持っていなかった事、そして『顔剥ぎ魔』という物騒な犯罪者が暗躍しているのに女性を路地裏に連れて行く事は出来ないと、結局アーサーが一人で手紙を届ける事になった。


 そして無事ヴァンダルーの足元に手紙を転がす事に成功し、視線が合っても笑顔を見せて敵意が無い事をアピール出来たアーサーは、使命達成に大きな前進を果たしたと確信して宿に帰ったのだった。




 その夜、リクレント大神殿はいつも通り静かだった。

 大神殿とは呼ばれているし、実際アルクレムの中では最も大きく、歴史ある神殿ではある。だが、アルクレム公爵領でリクレント信仰が盛んである事実はない。


 数千年以上昔、リクレントを信仰する魔術師が暴走した【魔王の欠片】を封印した事で、その功績に報いる為、そして封印を守り続けるための施設として大きく堅牢な神殿が建立された。

 その後幾度も国が亡びては興っても、人々の信仰がリクレントからアルダやヴィダに移っても、大神殿は残り続けていた。


 建立された当時封印していた欠片は、時の為政者によってアルダ神殿に移設されてしまったが、歴代の神殿長は「重要なのは欠片ではない、その欠片を封印し、それを維持するための知識を後世に伝える事だ」と説き、今もリクレント大神殿はアルクレムで最も大きく、歴史ある神殿としての威容を誇っている。


「大図書館の収益はまずまずか。最近は赤字続きであったからな、一安心だわい」

「魔術師ギルドとの共同研究の成果で、公爵家からの喜捨を頂けたのも大きいですな」

「最近は他の貴族や商人の方からの喜捨が減っていましたからね。英雄に信仰されている神殿の方に人々の信仰と喜捨が集まるのは、仕方のない事ですが」


「最も、その英雄達がどう言う訳か一気にアルクレムから去ったので、その内喜捨や寄進も戻って来るでしょう。

 アルクレムに残っていた英雄達も先日旅立ちましたし。当時は、何故揃って同時期に居なくなるのかと、不思議に思いましたが……」


「神殿長が受けた神託に関係があるのでしょうな。時期的に見れば、恐らく『変身装具の守護聖人』ヴァンダルーと。……見本に一本欲しいものですな」

「あれは特定の個人専用の装具だと、モークシーから報告が来ていただろうに。誰用に作ってもらうつもりなのだ、全く」


 だが、大神殿上層部の聖職者たちは、かなり俗な話題を話し合っていた。

 『時と術の魔神』リクレントの教義は、人としての正しい在り方も説いていない訳ではないが、研究者としての在り方に重点が置かれている。


 理想を見て、夢想を思い描く事、想像する事は重要だ。それが前に進むための原動力になる。

 しかし、足元が現実にある事を忘れてはならない。

 どんなに重要な研究に取り組んでいようとも、知識を蓄えていようとも、それを維持するには先立つ物が必要なのである。


「その点では、先日の彼には助かったと言えば助かったが、どうするかな? あれほどはっきり聞こえた神託に逆らうつもりはないのだが……」

「彼にだけ真実を打ち明けましょう。彼なら、情報を漏らす事もあり得ますまい」

「ですな。では、私は今宵大図書館に籠もって朝まで調べ物がありますので」

「私は慣れぬ酒を飲んで、日が昇るまで自室で眠りこけていた、という事にしましょうか」


「待て、君は酒が飲めない体質だろう。大丈夫か?」

「ええ、ですから酒瓶の中身はワインではなく果汁です。機密扱いで頼みますよ」

「やれやれ……では私は、三日連続で徹夜したので熟睡していた事にするか」

「するか、ではなく事実でしょうに。若くないのだから、徹夜も程々に」


 夜、何があっても気がつかない口実を作った大神殿上層部の者達は解散すると、その口実通り翌朝になるまで何事もなく過ごした。

 そして、翌朝。封印されていた魔王の欠片、『真なる』ランドルフが託した【魔王の卵管】と正体不明の欠片の封印の二つが、偽物にすり替わっている事が判明した。


 神殿上層部は市民に混乱が広がらないように一般に情報を公開するのを止め、領主であるタッカード・アルクレム公爵に何者かに盗み出された事を報告した。

 そして、『真なる』ランドルフにのみ真実が伝わるようにした。


 『時と術の魔神』リクレントからの神託により、深夜に忍びこんでくる何者かが、貴殿が預けた【魔王の欠片】を盗み出すのを放置した。許されたし。


 しかし、リクレント大神殿の上層部もランドルフの現状を掴んでいる訳ではないので、その真実は彼が主に使っているオルバウム選王国の中心、選王領の隠れ家に伝えられた。

 そのため、モークシーの町に潜入しているランドルフ……吟遊詩人のルドルフは、まだその真実を知らないままだった。




 アルクレム公爵領がアルクレム王国だった頃から建つアルクレム城。その会議室では物々しい雰囲気に包まれていた。

「いったいどう言う事なのだ……ランドルフから一方的にユリアーナと、捕まっていた女冒険者を生きたままモークシーの町の冒険者に託したとは聞いたが……それからどんな経緯を経て今のこの状況になったのだ?」

 会議室の円卓で、タッカード・アルクレム公爵は以前バッヘムと会談した時とは別人のように老け込んでいた。


「儂は、ユリアーナを謀殺しようと企んだ訳ではない。村を襲っているのが山賊ではなくミノタウロス……それも【魔王の欠片】を取り込んだミノタウロスキングが率いる群だとは知らなかったのだ」


 そう嘆く公爵に、公爵家の内政を取り仕切っている、宰相のような役割を果たしている家宰が大きく頷いた。

「分かっております、公爵閣下。万が一山賊ではなく魔物の群れである事も考慮した上で、ユリアーナ様率いる騎士の一隊を派遣した事も。

 公爵閣下にユリアーナ様を謀殺する意思は無かったと、この場に居る全員が知っております」


「そうだ。その後、ユリアーナ達が魔物に囚われた事が明らかになった時、ランドルフに救出ではなく介錯を依頼したのも、他意は無かった。囚われて時間が経っている。そのまま生きていくのは、あまりにも惨いと考えたが故だった」


「勿論です、公爵閣下。実の父親である先代様がご存命でも、ユリアーナ様を哀れに思い、同じ判断を下された事でしょう」

 この世界で魔物に汚されたという事実は、女にとって深い傷になる。貴族の子女なら尚更だ。良い縁談など望めず、一生を屋敷の離れで過ごすか、人里から離れた神殿に出家するかしかない。


 その子女の家が余程の権力を持っているなら、魔物に汚された事を隠蔽し、男爵や騎士爵等の下級貴族の家に養子に出す事も出来る。しかし、それは身体と……何よりも心が無事であればだ。

 四肢を半ばで切断されてミノタウロスの仔を産みつけられた挙句、廃人と化していたユリアーナには、とても不可能な措置だ。


「儂が直接依頼した時のランドルフの目。あれを見れば、彼が公爵家の力が……金と権力があれば、ユリアーナが生きてさえいればどうとでも助けられただろうと思っていたのは明らかだ。

 確かに、生かし続ける事は可能だ。胎の中の魔物の仔を堕ろし、高価なポーションを使って四肢を再生させる事が出来る。だが、後は何年かかるか分からない精神の回復を信じて、口の堅い使用人たちに世話をさせ続けるしかない。目が覚めるまで何年でも、死ぬまで……だが、それは助けられたと言えるのか?」


 ランドルフはそれでも、「可能性は残されている」と主張するかもしれない。実際、彼はユリアーナと女冒険者を中途半端に助けている。その結果を見ても、アルクレム公爵からの依頼に、良い印象を持っていなかったのは明らかだ。


「公爵閣下、今は過ぎた事を話し合っている場合ではありません。あのダンピールとユリアーナ殿の生き写しのミノタウロスの仔をどう始末するか、策を練らなければなりません」

 だが、『アルクレム五騎士』の一人、『轟炎の騎士』ブラバティーユは現在に至った経緯と、それが正しかったのかどうかの検証は脇に退ける事を主張した。


「ま、待てっ、ブラバティーユ! 始末とはあまりに性急ではないか。儂は、そんなつもりでお前達を呼び集めたのではないぞ!」

「ですが閣下! 奴らの魂胆は明らかです!」

 主君の制止にも耳を貸さないブラバティーユに対して、他の騎士が小さく笑う。


「轟炎殿、その明らかな魂胆と言うのは、何でしょうか? 密偵達の報告には、それらしい情報は無かったはずですが」

「『遠雷の騎士』セルジオ、若い貴様には分からんようだな。いいだろう、はっきり教えてやろう。

 あのダンピール、様々な点が不自然過ぎる! 恐らく、他の公爵領……いや、もしかしたらアミッド帝国の手の者かもしれん!」


「な、何を根拠に!?」

 思わず聞き返すセルジオに、ブラバティーユはきっぱりと言い切った。

「根拠は無い! だが、考えても見ろ、十を過ぎたばかりの幼子が魔物をテイムし、しかも次から次に新種にランクアップさせたかと思えば、我がアルクレム公爵家の錬金術師でさえ仕組みを推理する事しか出来ない変身装具なるマジックアイテムをいつの間にか発明しており、更にスラムと歓楽街を公然と支配している!

 このどれか一つなら、儂も才能に恵まれた少年だと思うが、三つ揃うと陰謀の臭いしか感じられん!」


「で、では彼らの魂胆とはなんなのだ?」

「無論、我がアルクレム公爵領の権勢に傷をつけ、オルバウム選王国を混乱させる事でしょう!

 ユリアーナ殿が産んだと評しているミノタウロスの仔にユリアーナと名付けたのも、彼女の死をアルクレム公爵家の後継者争いによるものだとでっちあげ、醜聞として吹聴するための企みに相違ありますまい!」


 ブラバティーユの主張する通り、改めて聞くとヴァンダルーの功績はとても一人の、それも少年が成し遂げたものだとは考え難い。

 だからそれに続く彼の推測も、一定の説得力があった。


 セルジオもそれは認めたが、彼は自分を若輩者扱いする年配の騎士に皮肉っぽく聞き返した。

「なるほど。確かに出来過ぎだ。きっとあの少年がダンピールだと言うのも、片方を義眼にし、手の爪も何らかの処置を施して変装しているのでしょうなぁ?

 他にも、新種の魔物や強力なグール、変身装具を用意した、何者かがいるのでしょう。まったく、恐ろしい」


「……貴様、何が言いたい!?」

「ブラバティーユ殿、セルジオ殿はこう言いたいのではないかな? 確かに疑わしいが、陰謀だとすると必要な工作に対してかかるコストが割に合わないと」

 『アルクレム五騎士』の紅一点……なのだが、ドワーフであるため一見すると少女のように見える『千刃の騎士』バルディリアがそうセルジオの主張を纏めて伝えると、ブラバティーユも唸りながら席に座り直した。


「それに、アルクレムを騒がせているのはダンピールの少年とユリアーナ殿モドキではなく、『顔剥ぎ魔』でしょう。今のところ殺されているのが悪人か、善人の皮を被った悪人ばかりで、幾つかの証拠が顔の皮と一緒に残されているので市民が混乱する事態には至っていませんが……このままでは衛兵、そして我々騎士団の威光は失われ、信頼は地に堕ちるでしょう」


「確かに……今や『顔剥ぎ魔』は義賊と民に持て囃され、対して我々には冷たい視線を向ける者も少なくないと聞く。

 具体的な行動に出ていないダンピール共は監視、若しくは調査に留め、我々はその間当初の予定通り『顔剥ぎ魔』に専念するべきか」


 元々『アルクレム五騎士』に招集がかけられたのは、通常の衛兵や騎士では尻尾を掴む事も出来ない凄腕の暗殺者、『顔剥ぎ魔』を捕まえる為だった。

 勿論、ヴァンダルーとユリアーナに対しても公爵は思い悩んでいるが、より問題となっているのは『顔剥ぎ魔』だ。


「分かってくれたか……たしかにダンピールのヴァンダルーと、ユリアーナは無視できない。しかし、未だ彼らが何の目的で動いているのか、ただ単に彼が後の伝説に語られるような英雄になる非凡な少年なのか、分からない。

 その状態で性急に手を出せば、我々の方が非難を浴びる事になるだろう」


 対外的にはユリアーナは死亡し、あの『ユリアーナ』はユリアと言う女性がミノタウロスに襲われた結果産まれた従魔という事になっている。末の妹に似ていると言う理由で始末すれば、テイマーギルドから大きな非難を受けるだろう。

 多くの竜騎士を抱えているため、ワイバーンの育成にテイマーギルドの力を借りている公爵家としては、ギルドとの間に亀裂が入るのは痛い。


 公爵家の権力で事実を闇に葬る事も考えられるが……その場合、ユリアーナの主人であるヴァンダルー、そしてその母親であるダルシアの存在が大きすぎる。


 門を見張らせていた騎士からの報告によると、新たなグールにアラクネやスキュラ、そしてカマキリの特徴を持つ謎の亜人型魔物を連れてきている。ランク3やランク4のただのグールや大型種のアラクネだと言い張っているようだが、本当かは不明だ。


 今後の方針を決める為にも、調査は必要だ。

「そこで、彼らの調査の指揮を『慧眼の騎士』ラルメイアに任せようと思う」


 指名された騎士……と言う割に鎧ではなくローブを着て、小さなナイフを一本携えているだけの男が頷いた。

「畏まりました。私の【測量の魔眼】の力で、かのダンピール達の能力値やスキルのレベルを測量してご覧に入れましょう」

 ラルメイアは正確には騎士ではなく、密偵や技術者の類であった。彼が持つユニークスキル、【測量の魔眼】は、目にした物を測量し、数字で表す事が出来る。


 物の大きさや重さ、働いている力だけではなく、対象が戦っている姿や、スキルを使っている姿を見ればだいたいの能力値やスキルのレベルを測る事が出来る。

 ステータスを一目で看破する【鑑定の魔眼】よりも時間はかかるが、情報収集には有効な魔眼である。


「うむ、頼んだぞ。

 残りの者達には『顔剥ぎ魔』に集中してもらう。それで良いな、『崩山の騎士』ゴルディよ。お前には、封印された悪神の監視任務から離れて貰う事になるが……」

「構いません」


 それまで沈黙を守っていた『崩山の騎士』ゴルディは、気真面目そうな顔で頷いた。

「神代の時代、英雄神ファーマウンが崩した山の下敷きにして封印した悪神フォルザジバルの封印は、そう簡単には揺るがないでしょう。

 私はただ、騎士として剣を捧げた方の意思を尊重します」


「そうか、よろしく頼んだぞ。このアルクレムの平和は、諸君等の肩にかかっているのだ」

 こうして『アルクレム五騎士』は動きだし、公爵のストレスは緩和され、家宰もほっと安堵した。

 しかし、翌日リクレント大神殿からの報告を受けた事で、再び公爵のストレスは激増し、ラルメイア以外の四人が再び集められ、それぞれ『顔剥ぎ魔』と【魔王の欠片】を追う班に分けられるのだった。




 深夜、人気の無い廃屋で縛られた男が命乞いをしていた。

「ま、待ってくれぇっ、た、頼むっ、助けてくれっ! あんた、『顔剥ぎ魔』だろ? 違うんだよ、俺は違うんだよ!」

 涙と鼻水で汚れた男は、片手に液体で満たされた瓶を、もう片方の手にナイフを持っている人物に、必死で訴えた。


「俺は確かに罪を犯したよ、悪人だ! でもあんたが顔を剥すような極悪人じゃない!」

 『顔剥ぎ魔』は、悪人しか狙わない。それも、惨い殺され方をしたとしても世間一般からは同情を寄せられないような極悪人を狙っている。


 犯罪者でも寸借詐欺や、市場の売り物をかっぱらう盗人程度には目もくれず、麻薬の売人の元締めやそれに近い幹部、腕利きの殺し屋や、違法奴隷を扱う闇の奴隷商、それらと取引をし、甘い蜜を吸っている貴族が主な犠牲者達だ。


 しかし、男はそれに当て嵌まらなかった。


「確かに麻薬は売ったけど、俺は下っ端だ! それに人は殺してねぇ! 確かに、俺が用心棒をしていた店は、裏で違法奴隷が取引されていたそうだが、俺は何も知らなかったんだよ!

 もうその店の店主も元締めもあんたが顔を剥いだじゃないか! なのになんで今更俺を……ばぼばっ!?」


 必死に命乞いをする男に、『顔剥ぎ魔』は瓶の中の水をかけた。

「これは聖水だ。神が、お前のような罪人でも迷わず天に召されるようにと、私に指示されたのだ、感謝して……礎となるがいい。お前は罪人だから殺されるのではない、魔王討伐の礎となるのだ。

 それまで、お前は私が捏造した証拠によって人身売買の共犯という事になるが、事が済めば必ず汚名をそそぐ事を約束しよう」


「な、何言ってんだよ!? あんた、訳がわから――」

 縛られた男の声が不自然に途切れ、『顔剥ぎ魔』は更に聖水をかけ、それから彼の顔の皮を剥ぎ始めた。

 翌朝、男の顔の皮が、闇奴隷商から受け取ったとされる金と、それを告発する書状と一緒に発見される事になる。

5月11日に256話を投稿する予定です。

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やれやれ、そっち側の便乗犯とか
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