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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十一章 アルクレム公爵領編二
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二百五十五話 都で暗躍する者たち

 飢狼警備が、前身である犯罪組織だった頃からの伝手で借りておいた倉庫兼住宅は、アルクレムの商業区と住宅街の境目にあった。

 一階が馬車数台を止められ、更に荷物を置く事が出来る倉庫スペースで、敷地内に厩舎もある。そして住居スペースは二階にあり、一部屋ずつの広さはやや狭いが数は多い。


 元々は商会を運営する商人向けの物件として建てられたそうだ。しかし、大商人にとっては住居施設が安っぽく、かといって中小の商人には建物が大きすぎて賃料が高すぎる、微妙な物件として扱われていたらしい。

 そのため、すぐに借りる事が出来た。


「じゃあ、荷物は置いておきますので。お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした」

 ビビ達は倉庫部分に荷物を運び入れると、二階の住居に向かう事なく撤収を始めた。


「でも、いいんですか? あたし達が宿で、皆さんが此処で。普通、逆じゃないでしょうか?」

 マイルズと同じ色の口紅を使っているビビが、そう不思議そうに尋ねる。この建物が殊更みすぼらしい訳ではない。しかし二階の部屋はさほど広くなく、それに家具だって揃えられていない。

 中程度の宿で部屋を取った方が、余程快適に過ごせるだろう。


 ただ、使用人や従業員の宿舎としては上等な部類なので、ビビは普通逆ではないかと思ったようだ。

「いいのよ、ビビさん。私達、二階は使わないから」

 しかし、ダルシアはそう答えた。土間の馬車置き場と、硬い板張り倉庫しかない一階で寝泊まりするつもりなのかと、ビビ達は驚いたが、すぐに彼女の存在に気がついた。


「拙者達がいては、この町の宿屋は相手をしてくれそうにない。それに……あの階段は、拙者には狭すぎる」

 ギザニアがそう言って、巨大な蜘蛛の下半身を見る。その大きさは馬車よりも明らかに大きく、この貸家の階段では確実に詰まってしまうだろう。


「まあ、ギザニア殿だけではなく某達も嫌がられるでござろうからな」

「ボク達ヴィダの新種族でも、人には無い部位があるからね。ボクだと床がヌルヌルになりそうだし……そもそも、この町の宿の部屋は、ボク達にとっては快適じゃなさそうだから」

 エンプーサのミューゼが鋭い刃のついた鎌腕を、プリベルが下半身の触腕を挙げて見せながら、そう言う。


 確かに、人間が快適に寛げるように作られたこの町の宿屋は、最高級の宿でも彼女達は快適だとは感じないだろう。

「それに、あたしやミューゼは部屋に入れてもらえないだろうし。グールと謎の人型カマキリは、ヴィダの新種族だと思われてないし」

「はっ!? それもそうでござった!」


「なので、このまま一階でみんな楽しく過ごそうかと、寝る時は馬車の荷台で良いですし、何カ月もこの町に滞在する訳ではないですからね」

 なるほどと、ビビは納得した。【直感】スキルを持つ彼女だが、別に未来や過去が見える訳ではない。危険にいち早く気がつき、複数の選択肢がある時、どれが一番良いか分かる場合があるというだけのものだ。


「そう言う事なら分かりました! あたし達はここで失礼します!」

「今日明日はまだ町にいますんで、何かあったら言づけてくだせぇ!」

 だからビビ以下、唇の手入れを欠かさない飢狼警備所属の警備員達は、撤収する事にした。


 ヴァンダルー達の言動から、スキュラやアラクネ達でも快適に過ごせて、利用可能な宿泊施設がある町が存在する事が窺えるが、今は追及しない方が良い。

 尋ねたら教えてくれそうだが、知ったら後に引き返す事は出来なくなる。そんな予感が【直感】的にしたからだ。

 もっと後で、心の準備が出来た頃に改めて尋ねるか、ヴァンダルーやマイルズが打ち明けても良いと判断するのを待つべきだ。


 そう判断してビビ達は宿屋へ去っていった。


「じゃあ、荷物を置いたらテイマーギルドに行きましょう。母さんは、ヴィダ神殿ですか?」

 そんなビビ達の胸の内を知らないままヴァンダルーが訊ねると、ダルシアは「ええ、でもその前に」とヴァンダルーを引き止めた。


「あの騎士さんを魔眼で睨もうとしたのは何故なのか、考えてからにしなさい。テイマーギルドで同じ事が起こるとは考えにくいけど、バッヘムさんも来ているんでしょう? 迷惑をかけたら悪いもの」

 モークシー支部のギルドマスターであるバッヘムも、アルクレムのギルド本部に呼ばれていた。彼はヴァンダルー達よりも後で、ヒュージワイバーン……正門での戦いの後ランクアップしてグレートワイバーンになった従魔の背に乗って空を旅してアルクレムに向かい、既に到着している筈だった。


 そのバッヘムの前でトラブルを起こすと、彼の顔に泥を塗る事になってしまうとダルシアは思ったのだ。勿論、不幸な犠牲者が出ないようにとも思っている。


「それはそうだけどダルシアさん、ヴァン本人も分からないって言っていたし、考えてもすぐに答えは出ないんじゃないかな?」

「母さん、プリベル、それなのですが自問自答した結果、だいたい分かりました」


「分かったのっ!? いつの間に!?」

「プリベルの触腕から解放され後、ミューゼとカチアと手を繋ぎながら歩いている間に」

 【群体思考】スキルを使い、思考力の半分以上を割いてヴァンダルーは自己分析を行った。自分自身の自我、そして『ザッカートの試練』で融合した虚像の自分、そして 【魔王の影】を取り込んだ事で出来た影の自分。それ等で議論を行った。


 まさか、『地球』で例えると連行される宇宙人のような体勢でそんな事をしているとは思わなかったので、驚くプリベル達にヴァンダルーは自分達が出した推測を口にした。


「今まで魔境やダンジョンでのレベリングや、決闘、そして殺し合いでファングを含めて、仲間が傷つく事はいくらでもあった。しかも、受けた傷は明らかに今回よりも重いのに、その時は抑えきれない程の激情には駆られなかった。

 それを考えた結果。ファングが攻撃を受けた状況が問題だったのではないかと推測しました」


「状況、と言うと?」

「ファングが自力で回避や反撃が出来ない、攻撃を受けるしかない状況だと思います」

 普通の戦闘では、まず起きない状況をヴァンダルーは述べた。毒で体が麻痺しているか、魔術などで拘束されていればあり得るが、それも毒や魔術を攻撃と解釈するなら、それを避けるか防げば回避できるので、結局当てはまらない。


『ふむ……理不尽な状況で一方的に暴力を受けざるをえなくなる状況だと、ついカッとしてしまうという事ですかな?』

「はい、多分。恐らく、『地球』や『オリジン』でのトラウマを引きずっているのかもしれません」

 当時のヴァンダルーは、自分では避ける事も防ぐ事も出来ない暴力を受けていた。それを思い出して頭に血が上るのかもしれない。


「それって結構不味いんじゃないですかね? ナターニャはまだしも、ギザニアさん達が絡まれたら……」

 サイモンがサムの纏めに頷いたヴァンダルーに、深刻そうな顔をしてそう言う。


 アルクレムは、統治者である公爵が率先してヴィダの新種族にも友好的なアルダ融和派を推している。そのため、ここの領民達は、ハートナー公爵領の領民よりもヴィダの新種族には友好的な傾向がある。

 しかし、見た目が人種から大きく異なるギザニアやプリベル、そしてそもそもヴィダの新種族と認識されていないグールのカチアは、いわれのない差別を受け、実際に手を出される可能性もある。


 それをサイモンは心配したようだが、ヴァンダルーは首を傾げて答えた。

「その時は、あの騎士と違って何も問題はないのでやってしまえば良いでしょう」

「ええっ!?」


「そうね……仕事だから仕方なくって訳じゃないし。自分の意志でそう言う事をする人は、別に可哀そうでも何でもないもの」

 ヴァンダルーの言葉にダルシアまでどうしてと驚いたサイモンだったが、はっと我に返った。


「……そう言えば、皆従魔扱いで町に入ったんでしたね。確かに、陰口程度ならともかく、実際に手を出すような馬鹿は殺されても文句は言えないか」

 従魔はテイマーにとっての武具、生きていくために必要な存在だ。それに手を出す、危害を加え、攫おうとする行為は、冒険者や騎士から武具を奪う行為に等しい。


 『地球』ではともかく、この『ラムダ』では強盗を殺しても罪には問われないので、ギザニア達を攻撃してきた者をヴァンダルーが惨殺しても、問題にはならないのだ。

 そしてダルシアやユリアーナ達が気にしているのは、あの四角い顔つきの騎士のように職務上の理由で、悪意や害意無く攻撃した者達が、惨い目にあう事だ。無謀な差別主義者が暴走した末路を、気にしている訳ではない。


「勿論、程度がある事は俺も分かっています。子供がマロル達の毛を引き抜こうとしたり、酔っぱらいがプリベル達に絡んだりする程度なら、今までも似たような事がありましたが、我を失う事はありませんでした。

 相手が貴族など身分のある相手で、した事が悪質なら……ばれないようにやります。幸い、【完全記録術】のお蔭で、顔も声も絶対忘れないので」


 ヴァンダルーがそう言い終えたのと同時に、倉庫の中に複数の小柄な人影が現れた。

「キング、その『ばれないようにやる』の、俺達の仕事か?」

 黒い肌に尖った耳や鼻、釣り上がった目つき。そして黒装束に背中にはニンジャ刀。ブラックゴブリンのブラガ達だ。彼等ニンジャ部隊は、暫く前から交代制でアルクレムに暗躍していた。


「『顔剥ぎ魔』お疲れ様、ブラガ。新しい仕事の話は気にしないでください」

「そうか。そろそろリストにある奴等、殆ど送ったから最近暇だった」

「アイラ、もう追加のリスト送って来ない。帰って良い?」


 ブラガ達は『ハイエナ』のゴゾロフ等、モークシーを根城にしていた犯罪組織と取引していた者や、逆に競争相手だった犯罪組織の者を、始末して回っていたのだ。

 犯罪者を罰するだけなら、証拠を衛兵の詰め所に置いて来ればいい。だが、その衛兵を纏める隊長の一部や、騎士、そして一部の貴族が犯罪組織と繋がっており……実は犯罪組織の幹部だった者までいた。


 この状況では証拠を届けても大きな動きは期待できない。下っ端がトカゲの尻尾のように切り捨てられるか、全て握り潰されてしまう。


 後、ヴァンダルー達が掴んでいる証拠の中には、アルクレム公爵領政府が信じるか疑わしい証拠も含まれている。霊やアンデッド、何者かに精神的、物理的に脳を弄られた犯罪組織のメンバーの証言などだ。

 容疑者の騎士や貴族が「狂った死人や、何者かに拷問された犯罪者の戯言を信じるのですか!? これは私を陥れようとする何者かの罠だ!」と主張したら、多分アルクレム公爵は容疑者の言葉の方を取るだろうと、ヴァンダルーは考えた。


 だから、実力行使だ。勿論、時間をかけて調査し、動かぬ証拠を掴み、それを汚職に手を染めない清廉な騎士や貴族に渡せば正規の手段で犯罪者を罰する事も不可能ではないだろう。

 しかし、ヴァンダルーはそこまでしてアルクレム公爵領の警察機関の面目を保ってやる理由を思いつかなかった。


「苦戦したりはしませんでしたか?」

「忍び込んで、アイラに教わった通り顔の皮を剥いで、後は連れて行くだけ。纏めてタロスヘイムに送る。苦戦しなかった」

「ルチリアーノ、大喜び」

「賞金かけられたけど、誰も私達の事、複数犯だと気がつかない」


 殺した相手の顔の皮を剥ぎ、それだけを残して死体すら持ち去る謎の殺し屋。何故そんな手口を選んだのかと言うと、アイラが生きている標的の顔を鮮やかに剥ぐのを見て、真似を始めたためだ。

 お蔭でアルクレムは恐怖のどん底に……と言うところまではいかなかった。『顔剥ぎ魔』が殺すのは犯罪者か、評判の悪い貴族や騎士だけなので、真っ当に暮らしている一般人には関係ない。それどころか、一般人からは何故か義賊として扱われているようだ。


「流石でござるな~。某もブラガ殿達のようなニンジャになりたいものでござる」

 勇者ヒルウィロウが残した、エンターテイメント的なニンジャやサムライの知識が伝わっている境界山脈内部では、ニンジャとは戦闘要員である。そのため、ミューゼはブラガ達ブラックゴブリンに尊敬のまなざしを向けている。


「そんなに凄くない。不意を突かない戦いなら、ミューゼの方が強い。流石、身体が武器のクノイチ」

「いやいや、そんな事ないでござるよ」

 そうお互いを称えあう二人。ちなみに「身体が武器」と言うのは、文字通りの意味である。『ラムダ』のクノイチは肉体派なのだ。


「そう言えば、さっきは殆どと言っていましたが、まだ残っているターゲットが居るのですか?」

 ヴァンダルーが訊ねると、ブラックゴブリン達は顔を見合わせた後、悔しそうな顔をして答えた。


「何人か殺し損ねた。でも、生き残っている奴はいない」

「俺達の真似、している奴がいる。そいつが、リストに載っている悪人と、載って無い悪人を殺してる」

 ブラガ達が『顔剥ぎ魔』として名前が知られるようになった頃、彼らと同じ手口で殺されたらしいリストに無い女の顔の皮が見つかった。


 勿論、ブラガ達の誰かが独自に見つけた悪人を、勝手に始末した訳ではない。そもそも、殺された女が麻薬の売人の元締めだった事も、彼等は知らなかったのだ。

 その後も、同じようにブラガ達の知らない『顔剥ぎ魔』が暗躍し、リストに載っていた悪人も何人か先を越されてしまったらしい。


 それを何故今までヴァンダルー達に報告しなかったのかと言うと――。

「でも、報告するような事か迷った。別に悪い事、してない」

「うん、真似されただけ。先を越されたの、悔しい。でも、手伝ってくれただけかもしれない」

 そういった理由からである。


「そうですね。模倣犯が悪人以外を標的にしたら一大事ですが、悪人しか狙っていないようですし……」

 ヴァンダルーはブラガ達が言った理由に理解を示し、模倣犯に対してどう対応するか首を傾げた。

 彼等にとって、殺人は無条件に罪にはならない。自衛の為には勿論だが、そうでなくても山賊や不法奴隷を商う闇奴隷商、殺人鬼等々を殺し、生きたまま拉致し人体実験に使用した挙句最後にはアンデッドの材料や、ゴーレムの動力源に使用している。


 そのため、模倣犯が独自に悪人を殺している事には何も……いや、若干だが感心しているぐらいだ。

 勿論法律的には犯罪に当たるのだろうが、それを取り締まるのはアルクレム公爵領の騎士や衛兵、治安維持組織の仕事であり、『顔剥ぎ魔』の黒幕であるヴァンダルーの仕事ではない。


 このままなら、模倣犯は「どうでもいいか」と放置されていただろう。


「師匠、確かに殺されたのは悪人ばかりだとしても、正義や義の為じゃなくて、金や縄張りの為に起きた悪人同士の潰し合いで起きた殺しを、『顔剥ぎ魔』に濡れ衣を着させて誤魔化しているだけのような気が……。もしそうだったら、放置するのは不味くないですかね?」

「サイモンもそう思うよな!? 良かった~、オレが変な訳じゃないんだ。そうだよなー。確かに悪い事とも言えないけど。良い事じゃないよな!」


 しかし、人間社会の常識を保っているサイモンが自信無さそうに、だがしっかりとそう主張し、ナターニャも同調する。

「ヴァンダルー様、サイモンの推測以外にも、犯罪者達は顔の皮を剥いだだけで、実は生きているという事もあり得ると思います」

 更にユリアーナが、模倣犯に殺されたはずの悪人達の生存説を唱える。


「え、でも顔の皮が残ってたんでしょ?」

「確かに死体は見つかっていないが、【高速再生】スキルも無くそんな事をしたら……ダルシアやジーナのような高度な治癒魔術の術者に伝手がなければ、元にも戻らないぞ」

「そこまでするのでござるか?」

 ユリアーナの唱えた説に驚くカチアとギザニア。そして聞き返したミューゼに、彼女は頷いて答えた。


「並の治癒魔術の術でも、ある程度は治ります。上級のポーションを備蓄しているかもしれません。

 それに暗殺者の中には、変装の名人になるために自ら顔を削ぎ落とす者もいると聞きますし、生き残る為ならそこまで思い切る者が出てもおかしくはないと思います」


 ユリアーナの主張に、最近まで境界山脈内部のヴィダの新種族が治める国で、生産系の職業に従事する大人しく柔和な人間しか知らなかったギザニアとミューゼが衝撃を受けた。しかし、驚いて思わず反論するような事は無かった。

『なるほど。何にせよ、模倣犯が何故『顔剥ぎ魔』の犯行を模倣しているのか、目的を探らなければならないという事ですな』


 何故なら、境界山脈外から来た元人間のサムが、殺人馬車と化しているのだ。生きている人間の中にも、それぐらい思い切る者が存在してもおかしくない。二人はそう考えたようだ。


「分かりました。調べてみましょう……とは言っても、今日はテイマーギルドにも行かなければならないので、霊の言葉を聞くぐらいですが。グファドガーンは、ルチリアーノとアイラにまだ生きている実験体から情報を聞き出すように、伝えてください」

「畏まりました」


「俺達、情報屋のいる場所知ってる。俺達自身は、会った事がないけど」

 ブラガ達は交代制でタロスヘイムに戻りながら、アルクレムで暗躍し続けていた。しかし、ブラックゴブリンである彼らは人に姿を見られる訳にはいかないので、ひたすら暗躍していただけで情報収集は殆どしていなかったのだった。




 模倣犯について話した後、ヴァンダルーはギザニアとプリベル、カチア、ミューゼ、そして【影同化】スキルで付いて来たメーネとホーフを連れて、テイマーギルド本部に向かい……用事を終えて今出てきたところだった。

 勿論、ヴァンダルーが暴れてギルド本部が崩壊するような大惨事は起こらず、ギルドマスターとの会談は表面上だけは穏やかに終わった。


「すまんなぁ、気分のいい話じゃなかっただろう?」

 ヴァンダルーと同じく本部のギルドマスターに呼ばれていたバッヘムが、苦笑いを浮かべて尋ねた。

「はい」

 即座に、端的に「不愉快だった」と答えられたバッヘムの頬が、一層引き攣った。


「そんなに不愉快だったのでござるか。厩舎は結構快適でござったが……」

「施設の水準と長の人柄は一致しないという事か。それはともかく、良く堪えた」

「うんうん、偉い、偉い」

「あ。これあたしも撫でる流れだ! えらい、えらい」


 従魔であるためヴァンダルー達がギルドマスターと話している間、厩舎で待っていたギザニア達が順番に彼の頭を撫でる。

 彼女達が居た厩舎は、それぞれの体型に合わせ分けられていたが、十分広く、また亜人型である程度知能の高い魔物用の区画もあり、そこは簡素な部屋のようになっていた。


 そして区画ごとに数人の管理人がおり、ギザニア達にそれぞれ一人が担当として付き、コンシェルジュのように世話を焼いてくれたのである。

 飲み物を頼めば水ではなく、お茶や果汁を水で割った物が。軽食を頼めば、サンドイッチとスープが出てきた。


 厩舎ではあるが、待遇は中程度の宿よりも上である。

 ギルドの職員たちの対応は、それほど慣れていて、戸惑うようなそぶりは見せなかった。恐らくアラクネやスキュラではないだろうが、今までもヴィダの新種族をテイムした事にして連れ込んだテイマーがいたのだろう。


 勿論、ギザニア達はギルドマスターが別の町から態々招いたヴァンダルーの従魔、いわゆるVIPだからこその待遇というのもあるだろうが。


「えらい言われようだが……反論は出来んな」

「ヒヒヒン」

「ブルルル!」

 影から上半身を生やしたメーネとホーフに顔を摺り寄せられているヴァンダルーに、バッヘムは苦り切った顔で弁護を諦めてしまった。


「……まあ、テイマーとしては優秀な人なのだろうと思いますよ。ギルドの職員から、現役時代は『巨鬼使い』とか『角無き鬼将軍』とか呼ばれていたと聞きましたし。

 後、マスターとしての手腕も、問題ないと思います。俺、人物眼にはそれ程自信はないのですが」

 本来なら弁護する側であるはずのバッヘムが諦めてしまったので、ヴァンダルーは話の流れでギルドマスターをそう弁護していた。


 アルクレムのテイマーギルド本部のマスター、ペドロ・オルセン。アルクレム公爵領にある全ての支部のトップに立つ人物は顔や腕等、所々に傷跡が残る歴戦の古強者と言った容姿の人物だった。

 口調は多少粗っぽく、仕草には丁寧さが欠けるが、悪い人ではなさそうだ。……単に、ヴァンダルーとは相性が悪いだけで。


 今でもトロールやオーガー、ミノタウロスを十数匹従えており、彼とその従魔だけで騎士団一つ分の戦力になる。『アルクレム五騎士』が六騎士だったら、六人目は彼だっただろうと言われるぐらいの腕の持ち主だ。


 だが、その分テイマーの腕を、従魔の強さで測る傾向が強く、更に従魔を文字通りの意味で武器として扱う傾向がさらに強い。だからこそ彼の従魔は、訓練された軍隊のように厳しく統制されているのだが……従魔を家族や兄弟のように考えるテイマーからは酷く嫌われている。


「彼の方針が間違っているとは言いません。きっと、オーガーやトロールを従え、町中でも安全に運用できる程律するには、彼の方法が正しいのでしょう。

 でも、その方針を俺に助言として教えるのはどうかと思います」

「ペドロ爺さん、押しが強いんだよな。しかも、歳を取ってから説教臭くなって……俺も苦手だ。テイマーなんて千差万別なんだから、一番正しい方法なんて無いと思うんだがな」


 しかもギルドマスターになってから、面倒くさいタイプの老人と化していた。それでもギルドマスターを十年以上勤めていられるのは、彼に賛同しているテイマーも多い事を意味している。


「なるほど。ヴァン殿とは水と油のような人でござるな」

「ボクは、その扱い方じゃ嬉しくないなー」

 そういいながらも、ミューゼやプリベルはこの場に居ないアイラやエレオノーラ達の顔を思い出した。多分、彼女達ならそんな扱いでも喜んで……いや、何かのご褒美のようにヴァンダルーの命令を聞くだろうと。


「まあ、従魔の方針については話が長くて、それとなく七回ほど断ったら、バッヘムさんと同じように『テイマーは千差万別だ』と言って引き下がってくれましたし、ギルドに就職する話は一回断るだけで引いてくれましたし」

「おや? ヴァンをテイマーギルドで囲い込むのが目的かと思ったが、やけにあっさり諦めたな」


「それはペドロの爺さんも、本気でお前を今すぐ就職させようとは考えちゃいないって事だろう。お前さんは未成年だし。

 冒険者ギルドよりも先に唾を付けておくだけで、とりあえず満足したはずだ。……その分、俺の昇進は本気だったようだが」

 不思議がるギザニアに、バッヘムはそう説明する。ペドロの狙いは、『天才テイマー』のヴァンダルーにテイマーギルドのマスターが目をかけている事を内外に示し、冒険者ギルドをけん制する事だったらしい。


「え? 断られてるのに? テイマーギルドは袖にされたって事にはならないの?」

「それは、断られたのはまだ若くて未熟だから、現場で経験を積みたいと言われたからだと、それとなく捏造して広めるつもりだろう。時間さえ経てば、テイマーギルドに就職すると他のギルドが誤解するように」

「……ギルドマスターって、下手な貴族より考える事が貴族っぽいのね」


 そうカチアが感心と呆れ半分の視線を、遠ざかりつつあるテイマーギルド本部の建物に向ける。

「まあ、ペドロ爺さんは名誉男爵だからな。一応貴族と言えば、貴族か」

「……ああ、あの人が俺の目標だった名誉貴族……それが従魔に対する価値観が違うとはいえ、あの提案をするとは嘆かわしい」

「普通の魔物の従魔相手なら、普通の提案なんだがな……」


「ん? どんな提案をされたの?」

 言葉を濁すヴァンダルーとバッヘムを不思議に思ったカチアが尋ねたが、二人はペドロからされた提案についてはっきりと答えようとはしなかった。


「ユリアーナ達に関する事ですが、カチアとミューゼにも関係あるので、帰ってから説明します。外では話しにくい事ですし」

「ペドロの爺さんも無理強いするようなことはないだろうし、しつこく繰り返すようなこともないだろうから……穏便に頼む」


「な、何だか不吉な予感がするわね」

「ううむ、人間の町は怖いところでござるな」

 そう話しながら一行が建物と建物の間の細い路地の横を通った時、小さな何かがヴァンダルーの足元に転がって来た。


「……」

 それは紙片を括りつけた小石だった。路地にヴァンダルーが視線を向けると、暗がりに強面で実に良い筋肉をしているのが服の上から分かる男が、凄惨な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 ヴァンダルーと視線が合った瞬間笑みを深めると、男は素早く身を翻し、音も無く路地を走り去った。


「何かあったのか?」

「いえ、気のせいでした」

 ヴァンダルーは影に潜んでいるミミックスライムのキュールに取り込ませると、もろとも影に収納した。

 そして素知らぬ顔で、途中までバッヘムと話しながら帰ったのだった。




―――――――――――――――――――




・名前:ブラガ

・二つ名:【顔剥ぎ魔】(NEW!)

・ランク:9

・種族:ブラックゴブリンニンジャアブソリュートマスター

・レベル:90


・パッシブスキル

闇視

状態異常耐性:5Lv(UP!)

敏捷強化:10Lv(UP!)

直感:6Lv(UP!)

気配感知:9Lv(UP!)

忍具装備時能力値増強:中(忍具装備時能力値強化から覚醒!)

殺業回復:3Lv(NEW!)

能力値強化:任務:4Lv(NEW!)


・アクティブスキル

短剣術:10Lv(UP!)

投擲術:9Lv(UP!)

忍び足:10Lv(UP!)

罠:7Lv(UP!)

解体:7Lv(UP!)

開錠:5Lv(UP!)

限界超越:1Lv(限界突破から覚醒!)

暗殺術:7Lv(UP!)

忍具限界突破:4Lv(UP!)

連携:6Lv(UP!)

追跡:4Lv(NEW!)

拷問:3Lv(NEW!)

御使い降魔:1Lv(NEW!)


・ユニークスキル

人種殺し:7Lv(UP!)

ヴァンダルーの加護(NEW!)




○魔物解説:ブラックゴブリンニンジャアブソリュートマスター ルチリアーノ著


 ランク7のニンジャマスター、そしてランク8のニンジャハイマスター、それから更にランク9のニンジャアブソリュートマスターにランクアップしたブラガ。

 恐らく上位種では無いゴブリンの中でも、最も高ランクに達したゴブリンだろう。


 更にニンジャの業を極めた時、彼は何になるのか……。

5月7日に256話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
直感スキル優秀すぎるな 反射的にマズイ行動回避出来るの精神すり減らしそうだけど世渡り上手そう
ニヤァ
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