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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十一章 アルクレム公爵領編二
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二百五十三話 新メンバー募集中!

 エルフの吟遊詩人ルドルフと身分を偽った、『真なる』ランドルフの町への侵入はあっさりと成功した。

 吟遊詩人は特定のギルドに属する義務の無い職業で、冒険者以上の根無し草だ。だから当然賞金首や、諜報組織の工作員が身分を偽るために、吟遊詩人を名乗る事が少なくない。


 ただ、青い髪と瞳のエルフの吟遊詩人はとても目立つので、門番をしていた衛兵も賞金首の類だとは考えなかったようで、簡単に町に入る事が出来た。

 元々モークシーが交易都市で人の行き来が盛んな町であり、その中には吟遊詩人も含まれていた事が良い方向に働いたようだ。


「しかし、まいりましたね」

 だが、『ルドルフ』の口調でランドルフは苦笑いを浮かべた。

「まさか、入れ違いになっているとは。我ながら、タイミングの悪い事です」

 彼が変装までしてモークシーの町に来た目的は、ヴァンダルーに会う事だった。会って、どんな人物なのか確かめたかった。


 しかし、そのヴァンダルーが既にアルクレムに旅立っていたと、衛兵達から聞かされたのだ。

(空を飛んで移動したから、途中の村や町で拾えたはずの情報が手に入らなかったからな……まさか、そんな事になっているとは。

 だが、徒歩で旅をしていたらここまで来るのに一月近くかかる。他の旅人の目につきながら、街道を疾走する訳にはいかない以上、仕方のない事だ)


 そう考えながら、ランドルフは旅の吟遊詩人らしく安宿に部屋を取り、そのまま情報収集を始めた。

 今の彼は、ダンピールの少年を題材にした曲を作るために町に来た吟遊詩人なので、町の人間に聞き回っても不自然ではない。一仕事終えた冒険者や傭兵の昼食代を奢ったり、同じ吟遊詩人から話を聞いたりすれば、噂話は幾らでも拾える。


 結果、分かったのは驚くべき事だった。中央で聞いた噂話の幾つかは事実であり、更に歓楽街の真の支配者であり、町を守った英雄であり、ランドルフが聞いた事もないマジックアイテムを発明し、神殿から聖人認定され、領主からは勲章を授与されている。

 町の人々から少し話を聞いただけでこの多様さだ。とても一人の活躍によるものとは思えない。


 それに、彼以外の関係者の活躍もかなりのものだ。

「あの時のダルシアさん達の活躍と言ったら! ロドリゲスは流石B級って感じだったし、サイモンやナターニャも凄かったが、やっぱりダルシアさんだな!」


 酒場で声をかけた『岩鉄団』と言うパーティーのリーダー、ロックが正門で起きた戦いを熱弁し、特にダルシアの活躍を絶賛した。早朝の狩りを終えて一杯飲んでいる事もあるだろうが、それだけダルシアに心酔しているのだろう。


「【御使い降臨】に、形状が変化するマジックアイテム。そして大勢に付与魔術を唱え、前線に出て賊の首級を上げるとは……いや、素晴らしい。私もその場に立ち会いたかった!」

 そうロックに調子を合わせながら、ランドルフは頭を回転させる。


(ナターニャが立ち直ったらしいのは良い事だが、まさかヴァンダルーに弟子入りとはな。やはり、隻腕の男に彼女を預けた時、近づいて来ていたのは彼だったのか。そうなると【魔王の欠片】に影響を及ぼしたのもやはり?

 しかし、彼の関係者も尋常ではない。特に彼女だが)


 ロックが熱弁しているダルシアは勿論、どこからか連れて来た二人のグールに、『飢狼』のマイケル、カナコ達……そしてナターニャだ。

(隻腕の男もそうだが、彼女もそう強そうには見えなかった。多少出来たとしても、D級の範囲内だったはずだ。それがあの活躍。

 マジックアイテムの義肢の性能が優れていたと考えても、おかしい。成長が速すぎる)


「ロック、何言ってんだ。ルドルフさん、『巨人断ち』のバスディアさんの方が凄いんだぜ! 同じ斧使いとして、憧れずにはいられないって感じで! 俺は騎士様じゃないが、あの鼓舞の言葉には奮い立ったぜ!」

「いやいや、やっぱりザディリスちゃんだろ。確かにバスディアさんも凛々しいが、可憐さじゃザディリスちゃんだ! ステージでも練習を頑張っているんだなって感じがして、そこが良いだろ!?」


「私はカナコちゃんだな。確かに、この前の戦いでは目立った活躍は無かった。だが、可憐さと言う点では負けていないはずだ。いや、ステージでは他のメンバーをリードし、フォローもいれている甲斐甲斐しい娘だ」

「可憐って……ちょっとあざとすぎないか? それだったら、ユリアーナちゃんだろ。見ていると、姪っ子を思い出して和むんだよな」


 ロック以外のメンバーも、それぞれ別のヴァンダルーの関係者の名前を挙げて、熱弁を振るう。

「あの、ステージとは? それにユリアーナさんとはどなたの事ですか?」

 彼らの話に幾つか意味の分からない言葉と、聞くとは思っていなかった名前があるのに気がついて、ランドルフは思わず聞き返していた。


「え? 知らないのかい、ルドルフさん。ヴァンダルーに興味があってこの町に来たって言っていたから、てっきり知っているかと思ったのに」

「ええ、実は早くこの町に来たくて、途中の村や町では足を止めずに旅をしていたので」

「そうなのか。じゃあ、これが食い終わったら案内してやるよ。俺達も飯が終わったら、見に行こうと思っていたんだ」


 どうやらステージの方は、ヴァンダルーの関係者が何故か歌や踊りを披露しており、それに二人のグールが出ているらしい。単にこの辺りでは珍しいグールやダークエルフを見世物にしている……とも思えない。町の人間達のグールに対する理解を深めるのが目的なのだろうか?


 そこに行けば、町に残っているヴァンダルーの関係者を自然な形で見る事が出来るだろう。

「それで、ユリアーナと言う方については、初めて聞きましたが?」

「ああ、ヴァンダルーの従魔の一人で、ミノタウロスと人の間に生まれた変異種か何からしいけど、詳しくは知らないな」


「見た目は人種の女の子に牛の角や尻尾が生えているだけで、可愛い子だよ。まだ小さいから、正門の戦いには参加していなかったけど、ヴァンダルーの屋台を時々手伝っていて、俺達はその時会ったんだ」

 どうやら、ナターニャのようにユリアーナも立ち直った、と言う事ではないらしいとランドルフは考えた。


(しかし、どう言う事だ? 人種の女の子そっくりだと? 変異種にしても程があるだろう!?)

 冒険者として豊富な経験を持つランドルフは、内心でそう叫んでいた。

 変異種と言うのは、その種の通常の個体にはない特徴や能力を持っている個体だ。ランドルフも、これまで炎の息を吐くゴブリンや、毒牙を持つコボルト、角の生えたヒュージボア等、様々な変異種を討伐してきた。


 そもそも、ミノタウロスもオーガーの変異種が増えていったとされる種族だ。そのミノタウロスのキングがユリアーナに植え付けた、【魔王の卵管】の力で創った卵から孵化した個体が変異種でも何の不思議もない。寧ろ、納得できる。

 だが、人種の少女そっくり……存在しないはずの牛の獣人種のような姿というのはあり得ない。


「それは、ぜひ一度会ってみたいものですな」

 しかし、吟遊詩人のルドルフが魔物の生態に詳しいのは妙なので、そう言って頷くだけにした。

(まあ、人に擬態している魔物もいない訳ではない。それに、少なくとも彼らがユリアーナと同じ名前の魔物の仔と会っているのは本当だ。自分の目で見てもいないのに否定する事はないか。

 だが……もし人の方のユリアーナに似ていたとしても、母親と同じ名前を付けるのはどうなんだ? 母親と言っていいか微妙ではあるが)


 しかし、頭の中は思考でいっぱいだった。自分の経験に当て嵌まらない事を否定しようとするのを止め、生まれた魔物の仔に何故「ユリアーナ」と言う名前をヴァンダルーが付けたのか、疑問の答えを推測する。


「それが、残念だがユリアーナちゃんはヴァンダルー達とアルクレムに向かったから、今町には居ないんだ」

「そうですか、アルクレムに……」

 だが、疑問の元であるユリアーナはアルクレムに向かっているらしい。一瞬、今すぐ彼女とヴァンダルーの後を追うという考えが脳裏によぎったが、止める事にした。


 着いた当日に旅立つのは幾らなんでも目立ちすぎる。それに、この町には他の関係者が残っているし、恐らくヴァンダルーはモークシーの町に帰って来る。

 なら、それまでこの町で情報を集めていた方が良いだろう。……変装だけのつもりだった吟遊詩人の真似事を、酒場で何回か酔客相手に披露することになるだろうが。


(金はあるのに、稼いでいる様子の無い吟遊詩人は不審だろうからな)

 幸い、ランドルフは竪琴や太鼓の演奏には覚えがあり、歌にも自信があった。冒険者として経験が浅い頃は、それこそ吟遊詩人の真似事をして生活費を稼いだこともある。


 その頃……もう二百年以上昔の事を思い出し、一瞬遠い目をしたランドルフに、ロックが話しかけた。

「今から行くとステージが始まる頃に着けそうだが、どうする? 来るか?」

「ああ、そうでしたね。ご一緒しましょう」

 食堂から出て、町の広場に設置されたステージに向かう。ヴァンダルーの関係者は、ここで二日に一度歌や踊りを披露しているらしい。


 彼女達がステージに上がっていない時は、他の吟遊詩人や芸人が演奏や大道芸を披露し、劇団による演劇が催されている。しかし、一番盛り上がるのはやはりヴァンダルーの関係者達による「コンサート」だと言う。

「なるほど。確かに、これは盛り上がるのも納得です」

 その「コンサート」を見たランドルフは、ロック達の態度も当然だと理解した。


『皆、今日も儂達の為に集まってくれて感謝感激じゃ!』

『今日はあたしとザディリスとバスディアのトリオで~す! 一生懸命歌うので、よろしくお願いします♪』

『では、今日も行くぞ、変身だ!』

 ザディリス、カナコ、そしてバスディアがステージ上で挨拶すると、それぞれの変身装具を掲げて変身し、早速音楽に合わせて歌い始める。


 変身装具の物珍しさや、魔術を使った音と光の演出。そして合いの手を入れさせ、観客にも参加している雰囲気を出し、一体感を味あわせる。


 これは確かに娯楽だ。音楽はもっと、洗練されたものでなければならないと信じている者達にとっては、気に食わないだろう。

 だが、少なくともランドルフはそうした洗練された音楽よりも、目の前で繰り広げられている『コンサート』の方が好みだった。


(それはともかく、あの三人……かなりの使い手だ。特にバスディアと言う女グールの戦士は、中々の腕だな。『アルクレム五騎士』と互角……いや、それ以上か。あの変身装具と言うアイテムも、性能は噂以上と見た方がいい)


 あのバスディアと一緒に戦い、彼女以上に活躍したダルシア、そしてバスディア達をテイムしているというヴァンダルーの実力を想定すると、思わずため息が出る。

 アルクレム公爵が下手な事を考えていたら、オルバウム選王国を構成する十二の公爵家が今年で欠ける事になるかもしれない。


 そうランドルフが観察と思考をしている間に、幾つかの曲が終わり、小休止になったようだ。バスディア達が一端下がり、共同神殿のアルマン司祭達が聖歌を歌い始める。

 幸いな事に、司祭達の格好は普通のもので、踊りも無かった。


「どうだい、ルドルフさん。中々のもんだろ? 今日は三人だったけど、日によって人数が増えたり減ったりするし、前座で孤児院の子供達の従魔のショーが見られる日もあるんだぜ」

「小休止の間も、色々楽しめるぜ。今日は共同神殿の司祭様達の聖歌と、アルダのアルマン司祭の説法だが、日によっては飛び入り自由の楽器演奏の腕比べなんてのもやってる。機会があったら、ルドルフさんもやってみたらどうだ?」


 ステージに注目していたロック達が、アルマン司祭達の聖歌が始まった途端に、ランドルフに関心を戻す。中々の声量だと思うが……あの『コンサート』の後だと面白みに欠けてしまうのだろう。


「ええ、とても興味深かったです。ヴァンダルーさん達を待っている間も、退屈せずに済みそうですよ」

 吟遊詩人のルドルフとして、ランドルフはモークシーの町に滞在する事に決めた。




 モークシーの町に変装して潜入したランドルフに、ヴァンダルー達は気がつかなかった。

 町の城壁に設置したゴーレムや使い魔王を通して、青い髪のエルフが町に入るのは見ていたが、それとS級冒険者『真なる』ランドルフが結びつかなかったのだ。


 もしランドルフがヴァンダルーやその関係者を狙っていたら、微かな殺気を感知して【危険感知:死】に反応があったかもしれない。実際、それでヴァンダルーの関係者の殺害依頼を受けた殺し屋が闇に葬られている。

 しかしランドルフの目的は情報収集で、戦う気は現時点では無い。そのため、ヴァンダルーの関係者に殺気の類を向ける事はなかった。


 それに、ヴァンダルー達はモークシーの町を守った英雄で、有名人だ。彼らの事を聞いて回る冒険者や行商人、吟遊詩人は幾らでも居る。

 その中に青い髪のエルフが一人加わっても、ヴァンダルー達の監視の目には引っかからなかった。


 そしてステージ裏に張られたテントでは、休憩している三人の姿があった。勿論、彼女達はランドルフに気がついてはいない。

「ヴァンとも相談したんですが、今度、ステージに上がる人を増やそうと思うんです」

 そして、カナコはバスディアとザディリスにそう告白した。それに対してバスディアは落ち着いた様子で頷いた。


「そうか、遂にヴィガロに声をかける時が来たか」

「何であなたのお父さんに繋がるんですか!?」

 身長二メートル半、筋骨隆々として獅子の頭を持つ四本腕の男グールのヴィガロの名前が新メンバーとして出た事に驚いて、思わず聞き返すカナコ。


「いや、グールに対する町の人々の認識が『知能の高い人型の魔物』から『人』に変わりつつあるから、そろそろ男グールも見せる頃合いなのかと思ったのだが」

「儂等グールは、男と女で姿が大きく違うからの。儂とバスディアだけに慣れても、グール種族全体のイメージアップにはならんじゃろう?」


「意外と真面目な理由でしたか……でもステージデビューはちょっと。いきなりイロモノから広めるのも、どうかと思いますし」

 カナコは二人が挙げた理由に納得しつつも、脳裏に浮かんだ魔法少女姿のヴィガロを慌てて打ち消した。新しい文化を広めるなら、やはり最初はスタンダードからが良いだろう。

 ……今までのメンバーでも、『地球』や『オリジン』の常識では、スタンダードとは言えないのだが。


「じゃあ、カチアはヴァンとアルクレムに行く予定だから、ビルデに声をかけるのか?

 タレアはヴァンのアーティファクト作りを手伝っているから忙しいから無いとして……最近カオスエルフになったらしいヴァンの祖母か、元長老か?」

「どちらにしても、一度町の門から入らんといかんじゃろう。坊やが『戻ってくる頃』にならないと、難しいと思うが」


 そう心当たりや意見を挙げる二人に、カナコは首を横に振った

「いえ、町の人達から募集するつもりです。変身装具は渡しませんし、あたし達の本当の事情を話すつもりもありません。

 ただその人にあたし達で歌とダンス、振付を教えて、ステージで一緒に歌う。それだけなのです」


 ステージで大々的に見せているので、カナコ達の歌や踊りはその内広まり、コンサートの形態も真似る者が出て来るだろう。だから、それらは教えても構わないとカナコは考えていた。

 教える手間も、希望者が吟遊詩人や踊り子等なら既に基本が出来ているので、それ程ではないはずだ。


「なるほど。それで儂等と直接交流する事でヴィダの新種族への理解を深め、コンサートをヴィダの説法という事にしているため、布教活動にも役立つ。そう言って坊やを説得したのじゃな?」

「はい! あっさり了解してもらえました! ……最近信頼され過ぎている気がして、若干怖いんですよねー」


「ヴァンの感覚ではカナコ達はもう身内だろう。ダルシアを祖とする種族に変異したのだし。

 ただ、募集に応える者の中に暗殺者や、過激派のアルダ信者が紛れ込むかもしれないから、油断は禁物だぞ」

「ええ、勿論。飢狼警備の人達に協力して貰って……後、使い魔王にも頼むつもりです。吟遊詩人の中には、変装した賞金首や密偵が混じっているそうですからね」


 そう言うカナコは、先程の観客の中にいた青い髪のエルフの事を思い出していた。竪琴を持っていたから吟遊詩人だと思うが、彼は本職なのか、それとも吟遊詩人を装った何者かなのかと考え、すぐに止める。

(流石にちょっと見ただけでは分かりませんね。彼が偽物でないなら、エルフの演奏技術に興味があるので、応募してくれると嬉しいんですけどね)

 エルフに芸術面も長けた種族というイメージを持っているカナコは、そう思った。


「さて、じゃあそろそろ後半ステージです。頑張っていきましょう。集客は前半、グッズの売り上げは後半にかかっています!」

 こうしてカナコ達は戦場(ステージ)へ向かうのだった。




 アルクレム公爵領の領都、アルクレムは人口約百万人の大都市である。

 建国以来の敵国であるアミッド帝国との最前線に位置するサウロン公爵領や、鉱物資源に恵まれないハートナー公爵領を、軽く上回る公爵領の都らしく広く、人が多い。

 その規模の前には、人口約三万人のモークシーの町の繁栄も霞んでしまう。


 そのため、アルクレムの門には町に入ろうとする人々が連日長蛇の列を作っていた。

「長い列だなぁ。今日中に町に入れるのかな?」

 その列の最後尾に並んだ若者が、そう言いながら先を眺めていると、一つ前に並んでいる荷車の護衛をしている女が振り返って声をかけて来た。


「ちょっと、お兄さん」

「あ、ああ、なんだい、お嬢さん?」

 その女の紅が引かれた鮮やかな唇に思わず目を奪われた若者が、声を上ずらせた。女はそんな若者に気を良くして微笑を浮かべる。


「お嬢さんって柄じゃないけど、ありがとう。お兄さんは、アルクレムは初めて? 見たところ、冒険者らしいけど」

「ああ、初めてだよ。この前D級に昇級したんだけど、それまで組んでいたパーティーが解散してさ。折角だから、都会に出てみようと思ったんだ。

 アルクレムで、それまで芽が出ていなかった冒険者が、急に頭角を現すようになったって噂を聞いてさ。あやかろうと思って」


 若者は女慣れしていないのか、そこまで聞かれていないのに、饒舌に自分の身の上を話す。彼の言う噂は、アルダ勢力の神々がヴァンダルーと戦う戦力を育てるため、選んだ者に加護を与えている事を指している。

 実際にはアルクレムだけではなく、他の公爵領や、アミッド帝国でも起きている事だ。ただ、情報が正しく伝達されていないため、それぞれの地域で「人口の多い都会で突然頭角を現す者が多い」という噂としてしか広まっていないのだ。


 それはともかく、女の気を引こうと話し続けた若者だったが、逆効果だったらしい。

「そう……もしアルクレムの事を知っているなら、ちょっと聞きたい事があったんだけど……」

 どうやら、女は若者に情報収集のつもりで話しかけて来たらしい。若者は内心で「しまった!」と叫び、何とか会話を続けられないかと慌てるが、本当に女慣れしていないため咄嗟に言葉が出てこない。


「ま、魔物だーっ!?」

 その時、列に並んでいる人々の中から叫び声があがった。若者はその瞬間意識を切り替えると、槍と盾を構えて魔物の姿を探す。

 すると、後方数百メートル程にある森から、複数の魔物に追われている馬車の一団が出て来たのが見えた。


「……んん? 確かに魔物だけど、追われてはいない?」

 一瞬魔物に追われている馬車が森から街道に逃げて来たと誤認した若者だが、遠目で見ても馬車が走っていないのと、魔物が後ろだけではなく馬車の真横で歩いているのを見て、襲われている訳ではない事に気がついた。


「あの黒い馬車に、灰色の大きな獣型の魔物はもしかして……」

「もしかして、テイマーの従魔、なのか? でも、ここからでも見える程大きな魔物を従魔にしているテイマーなんて、いるのか?」

 女の呟きに気がつかないまま、若者は街道に合流して段々近づいてくる黒い馬車の一行を見つめていた。


「なんだ、従魔か。驚かせやがって」

「いや、もしかしたら頭の良い魔物が、従魔の振りをしているだけなんじゃ……」

「馬鹿、魔物が馬車を扱える訳がないだろ」

「で、でも一応衛兵を呼んだ方が良いんじゃないか? あんなに大きい従魔なんて初めて見たし、テイマーだからって、善人ばかりじゃないだろ!?」


 列に並んでいる人々がざわめき、何にせよ放置できないと考えたのか、門の方から数人の騎士が馬に乗って駆け出した。

 その間にも、馬車の一行は若者が並ぶ列の最後尾に近づいてくる。


 二頭の立派な馬に引かれた馬車の前に灰褐色の肌の女戦士。右に、灰色の毛並みの巨大な狼、いや、犬型の魔物。左に三匹の赤と白、そして鋼色の大きな鼠の魔物。そして後ろに巨大な蟲の魔物を連れている。姿は一部しか見えないが、馬車の側面から八本の脚が――。

「や、やっぱりテイマーじゃないじゃないか!」

 前に居るのはグールだ! それに、後ろの魔物はテイムできないはずの蟲型の魔物。それに気がついた若者は、再び武器を構えようとした。


「落ち着いて、お兄さん。あの人達は大丈夫だから」

「ああ、騒いだら後で恥をかく事になるぜ」

 しかし、女とその同僚に止められた。何故そんな事が言えるのかと思っている間に、黒い馬車から話し声が聞こえてきた。


「うわぁ、こんなに大勢の人間だけの列、初めて見たかも」

『坊ちゃん、随分並んでいますよ。やはり一日待って、明日の早朝に出直した方が良いのではないでしょうか? 坊ちゃん? 坊ちゃん~?』

「ヴァンダルーは、今ギザニアさんの背中に乗っているから聞こえないかも。でも、今から森の中に引き返すのも無理だと思うの」


 グールに御者の中年の男と、隣に座っているダークエルフの女性。その声と姿を見て、若者は再び武器を降ろした。人語を話すグールのような魔物は少なく、御者とダークエルフの女性はそれらの魔物には見えない。

 一応、アンデッドも人語を話すが……生前の恨み言を繰り返すのがせいぜいで、会話は出来ないとされている。若者もその有力な説を支持していた。


「それに、知り合いにも会えたし。こんにちわ」

 距離が縮まり、女性がかなりの美女だという事が分かり、思わず見惚れていた若者の方に美女……ダルシアが微笑みかける。


「ご無沙汰しています、聖女様!」

「聖母様達もお疲れ様です!」

 しかし、飢狼警備の警備員達がすぐ返事をしたので、若者はやや気恥ずかしい思いをしただけで、すぐに横に……ファングやマロル達の前に立つのが怖かったので、後ろに下がった。


「マイケルさんのところの人達よね。ゴブゴブとコボルトの干し肉を持ってきてくれたのね」

「はい、飢狼警備のビビです! 公爵様に献上する荷物はしっかり護衛しました!」

 マイケル……マイルズと同じ銘柄の口紅をしたビビは、鮮やかな唇で笑みを作った。


 そこに、騎士達が駆けつけてくる。

「ダークエルフのお嬢さん! その魔物達はテイマーの従魔らしいが、念のために話を聞かせてもらうぞ!」

 危機的な状況ではないと途中から分かっていた騎士達だが、念のために確認しようと話しかけてくる。


「まず、この従魔達を使役しているテイマーは……いや、後ろの魔物は何だ!? 蟲の魔物か!?」

「それは、拙者の事だろうか?」

 ひょいと馬車の後ろからアラクネ……蜘蛛の頭部から女の上半身を生やしたような、若しくは女が本来蜘蛛の頭部がある場所に腰かけているような形状の種族。その大型種であるギザニアが顔を出した。


「こいつ、人の言葉を!?」

「待て、彼女はアラクネだ! 俺も見るのは初めてだが……ヴィダの新種族、だったな?」

 思わず身構える部下を制止した騎士に、ギザニアの背に乗っているヴァンダルーが応じた。


「ええ、ギザニアはアラクネの大型種で、俺がテイムしています」

 ギザニアは、ただの大型種に見える幻を纏うマジックアイテムを身に着けている。アラクネについて深い見識を持つ者だったら大きさの違いで違和感を持つだろうが、アラクネを初めて見る騎士達は見抜く事が出来なかった。


「某も! 某もそうでござるよ~!」

 馬車の後ろから扉を開いてミューゼが姿を現す。彼女も普通のエンプーサに見えるよう、マジックアイテムで変装していた。


「うわ、何だ、この女!? お、女か!?」

 だが、エンプーサはアラクネと違って境界山脈の外では絶滅した種族。当然だが衛兵達の知識に無いため、カマキリの特徴を持つ彼女の姿に、ただひたすら狼狽していて正体を見抜くどころではない。

「女かって、それは幾らなんでもあんまりでござろう! 人間かどうかならまだしも、性別に疑いを持たれるなんて屈辱、某初めてにござるぞ!」


「ミューゼ、彼等は初めてエンプーサを見たので、狼狽えているだけですよ。広い心で対応してあげてください」

「そ、そうでござった。いや、失敬。某はヴァンダルー殿の従魔でござるよ~」

 肩から生えた鎌腕と、その下の人と同じ形の腕を「怖くないよー」と子供に言い聞かせるかのような仕草で動かす。


「と、とりあえず、従魔ならそれでいい。……『天才テイマー』の噂は聞いているが、アラクネをテイムしているとは聞いていなかったぞ。

 他にもグールの特徴が聞いていた物と異なり、噂には無かった魔物もいる。一体どう言う事だ?」

 そう訝しげに尋ねる騎士に、ヴァンダルーは淡々と答えた。


「町を出た後、森の中で出会い、テイムしました。それより、随分俺の従魔について詳しいですね?」

 ヴァンダルーの従魔達の噂には、二つ名までついたバスディアとザディリス以外は、詳細な情報まで含まれていない。マロル達に関しては、「新種の魔物」としか伝わっていないはずだ。

 逆に聞き返された騎士は言葉に詰まると、数秒の沈黙の後視線を逸らして答えた。


「……同僚があなた達のファンでしてね。

 何にせよ、ようこそアルクレムへ。正式な手続きは門で行いますが、我々は皆様を歓迎します」

 そう言って騎士達は軽く一礼し、列に並んでいる人々に心配いらないと伝えながら門に戻って行った。


「どうやら、ヴァン殿達の情報が伝わっているようでござるな」

 ミューゼが騎士達の後ろ姿を見ながら、そう静かに囁く。

「密偵を送り込んでいたみたいですから、それぐらいは調べるでしょうね。まあ、ここではフィトゥン達と戦った時ほどの騒ぎにはならないでしょう」


 何はともあれ、ヴァンダルー達はアルクレムに到着したのだった。

 ちなみに、サイモンとナターニャは訓練で疲れ果てて、サムの荷台でプリベルと雑魚寝していた。

4月29日に254話を投稿する予定です。

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