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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十一章 アルクレム公爵領編二
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二百五十一話 すれ違う人と神と魔王

 三月に入り暦の上では既に春になったが、アルクレム公爵領はサウロン公爵領と同じく、オルバウム選王国でも北側に位置している。凍てつく北海とは山脈によって隔てられているが、その山脈の一部が魔境と化している影響なのか、この時期になっても雪が降る。


 しかし公爵領都のアルクレムは、活気のある大都市だ。それはこの日も変わらなかった。

「信じられないな。町はいつも通りなのに、魔王の脅威が近づいているなんて」

 酒場の奥の個室。そこに集まった三人の人物の一人が、壁の向こうから聞こえる酔っぱらい達の喧騒を聞きながらそう口を開いた。


「カルロス、滅多な事を言うな。幾ら他の客が騒いでいるからといって、誰かに聞かれたらどうするつもりだ?」

「心配するな、ヘンドリクセン。お前は知らないだろうが、この個室の壁は外の音は通しても中の音を外には漏らさない仕掛けが施された、マジックアイテムだ。外の酔っぱらいの歌は聞こえるが、我々が大声で合唱しようが、国家転覆を企もうが、外の連中には聞こえない」

 カルロスは自分の発言を咎める金髪の若者をヘンドリクセンと呼び、そう言った後「試しに一曲歌ってやろうか?」と笑いかけた。


「遠慮する。エディリア嬢の耳を汚すつもりか?」

「汚れるとまでは思わないけれど、あなたの喉を披露するのはまたの機会にして。それより本題に入りましょう」

 三人組の最後の一人、栗色の髪を肩まで伸ばした女魔術師がそう言って、話題を本題に戻すよう促す。


「そうだな。じゃあ、早速だが……今朝、神託を受け取った」

「またか。貴殿の神は、随分過保護なようだな……と言いたいところだが、私もだ」

「奇遇、と言うにはおかしいわね。私も同じよ」


 カルロス、ヘンドリクセン、そしてエディリア。この三人はアルクレムで活動している冒険者であり、それぞれ別の神から加護を与えられた英雄候補だった。


 カルロスは、ザンタークの従属神であった『陽炎の神』ルビカンテ。

 ヘンドリクセンは、アルダの従属神でベルウッドに見出されたとされる『聖槍の女神』エルク。

 エディリアはナインロードの従属神である『弦の神』ヒルシェム。

 三人はそれぞれ加護を与えられているが、同じ冒険者パーティーの仲間ではない。こうして集まるようになったのは、偶然だ。


 競い合ってはいるが、敵対はしていない。神々が警告する魔王に対抗すべく、腕を磨く者と言う意味なら同志だ。

 しかし、性格は相性が良いとは言い難い。戦友にはなれても、友人にはなれないタイプだ。しかし、三人は情報を共有する為にこの会合を行っていた。


「三人がほぼ同時に。……内容は、やっぱりここから暫く離れろ、そしてロドなんとかって言う神に祈れ、だったか?」

 カルロスがそう尋ねると、ヘンドリクセンとエディリアは頷いた。


「私は、仲間を率いて『ある場所』に向かえ、そして聞いた事もない神らしい存在の名を唱え、祈れ。しかし誰にもその事は言うなと神託にあった。

 本当に名を聞いた覚えもない神の名だったので、どうしたものかと困惑している。それと、『ある場所』についても教えられん」


「私も似たようなものよ」

 実はアルクレムには彼ら以外にも、神々から加護を受けているらしい者達がいた。しかし、この三人以外の英雄候補達は去年の年末から今年の年始にかけて、それぞれの仲間を引き連れてアルクレムから旅だっていた。

 三人も、その頃神から離れるよう神託を授かっている。


 しかし、三人はその神託に逆らった。抱えている依頼を放り出すわけにはいかなかったり、神の加護を受けた自分が逃げ出すなんてプライドが許さないと拒否したり、理由は異なる。

 それから一カ月がたち、二カ月が経ち、三カ月目で神々も待ちきれなくなったのか、二度目の神託を下したと言う訳だ。


「そうか。ロドコルテという、神については棚に上げるとして、今回は俺達のパーティーも逃げる事にした。

 神託の内容を吟味した結果、魔王の脅威が迫っているのは町じゃなくて俺達個人に対してらしいと推測できたからな」


「ロドコルテについては、神である事が分かったわ。私は神託にあったように、その名を唱えながら祈ったの。そしたら加護を頂いたわ。尤も、結局何の神なのかは分からなかったけど。

 それと……皆にアルクレムから離れる事を促されたので、私も今回は従うつもり」

 カルロスとエディリアの話を聞いたヘンドリクセンも頷いた。


「私も、今回は戦略的撤退を行うつもりだ。……残念ながらこの会合も、これが最後になりそうだな」

 脅威が迫っているのなら、何も知らない人々の為に立ち上がり、戦うのが神々の加護を受けた自分達の役目だ。そんな想いがあったからこそ、何かと理由を付けてカルロス達はアルクレムに残った。


 だが、三人が想像した『魔王の脅威』が迫って来る様子は、一向にない。モークシーの町では魔物の暴走が起こったらしいが、既に討伐されている。

 それでも町の危機だろうが、『魔王の脅威』には程遠い。


 しかし、神々からは二度目の神託が下された。どうやら本当に『魔王の脅威』が迫っているらしいが、脅威とは、恐らく自分達神々の加護を持っている者達に対してのみなのだろうと推測し、今回は三人とも逃げる事にしたのだ。


「そう言えば、最近冒険者ギルドを騒がせている例の四人組についてどう思う? 見るからに怪しいし、目立っていたし、何組かの冒険者パーティーと揉め事を起こしているそうだけど」

「ああ、あの数日前に登録した癖に、妙に強い上に見た目が怪しげな四人組……いや、三人と一人か。たしか、リーダーはアーサーって、奴だっけ?」


 エディリアが話題に乗せた、最近冒険者ギルドを賑わせている噂の三人組と一人のパーティーの事を、カルロスは記憶から引っ張り出した。

 噂になっているのは、強面の剣士アーサーと、美人だが暗くて目つきが鋭い女神官のカリニア、そして不気味なドワーフの魔術師ボルゾフォイ。そして、振り回されている純朴そうな少女のパーティーである。


 田舎から出て来たそうで、冒険者ギルドに登録したその日に絡んできた冒険者パーティーと揉め、新人が狩れるはずのない高ランクの魔物を何匹も狩って来て驚かせるなどして、噂になっている。


「関係無いだろう。

 見た目が怪しく、冒険者ギルドに登録する前から力を持っていた田舎者達と、それに振り回されている少女。それだけだ」

「そうだな。他の冒険者と揉めたって言っても、ゴロツキ同然の奴に絡まれただけのようだし」


 しかし別に悪事を働いている訳ではなく、素行にも怪しいところはない。また、確かに並よりも抜きんでた実力を持っているようだが、神々が魔王と呼び恐れるような存在には程遠い。


「そうね。私も彼等が魔王とか、魔王の手先だと思っているわけではないの。ただ、私達と同じように神の加護を受けているんじゃないかと思って」

「加護か……確かに、その可能性はあるとは思うが……」


 神が加護を与える基準は、賜る側にとってはよくわからないと言うしかない。ヘンドリクセンもそうだ。自分より敬虔な信者や、実力を持つ信者は幾らでもいたはずだ。なのに、何故彼等ではなく自分がエルクの加護を賜ったのか? 彼には女神の御心が分からない。


 加護を与える神々の側にははっきりとした理由があるようだが……結局人の身では理解の及ばない領域だ。

 だから、やや見目が悪い田舎者であるアーサーが神の加護を賜ってもおかしくない。


「俺はその可能性は小さいと見るぜ。俺達を含めて、神々からアルクレムから去るように促されている今、連中はアルクレムに来た。神託を受け取っているとしたら、かなりの問題児だ」

「それは……たしかに」

 だが、現在の状況が状況なので、カルロスの主張に思わずエディリアとヘンドリクセンが頷く。


「どの道、私達が彼らと直接会う事は無いわ。明日中には町から出ているのだから。

 あなた達は何処へ行くの? 私はモークシーで最近新しい音楽が発表されたらしいから、それを見に行くつもりだけど」


「奇遇だな。俺もモークシーだ。新しいダンジョンが出来たらしいって噂を聞いたから、物見遊山がてらそれを見に行くつもりだ。後、ゴブゴブの元祖の屋台に関心がある!」

「……相変わらずの物好きだな。飢えてもいないのに、ゴブリンを食いに行くとは」


 今頃、ヴァンダルーを避けるために神託を与えたルビカンテとヒルシェムは、「違う! そうじゃない!」と叫んでいるだろうが、エディリアとカルロスにはその叫びは届かないのだった。




 『ガレス古戦場』と名付けられたダンジョンから戻ってきたヴァンダルー達はギルドに報告を済ませ、カナコやサイモン達のC級への昇級を済ませた次の日には、アルクレムへ向かって旅立つ事にした。

「なんだか、感慨深いな」

 門で手続きを執り行った衛兵は、狼系獣人種の新米衛兵、ケストだった。


 正門で行われた戦いに参加した衛兵や騎士全員がジョブチェンジに至ったので、「全員が等しく活躍した」と言う状態だ。そのため、特定の人物が大きく出世するという事はなかったらしい。

 だがケストは例外で、「新米」の文字が取れて正規の衛兵として扱われるようになったそうだ。少し給与が上がり、衛兵隊の中で下に見られる事が無くなっただけで、細やかなものだ。だが、ケスト本人にとっては大きな変化なのだろう。


 ヴァンダルー達の身分証を確認して書類に記入する姿にも、自信が感じられる。


「アルクレムまでは片道十日ぐらいか。道中気をつけるんだよ、この町周辺では最近出なくなったけれど、山賊も……出ても別に平気か」

「まあ、気を付けるに越した事はありませんが……」

 ヴァンダルーはケストに、そう言いながら視線を逸らした。何故なら初めて会った時、「山賊に襲われて一人生き残った」と嘘の経緯を彼に話したからだ。


「ケスト、確かに出て来ても大丈夫だろうが……山賊も避けると思うぞ。この一団は」

 門番の片割れ、先輩衛兵がヴァンダルーの挙動に気がつかずにそう評する。山賊から見れば、ダルシアとヴァンダルー、ユリアーナにナターニャ、サイモンの一団は、確かにカモに思えるだろう。サイモンと御者のサム以外大人の男が居ない、女子供の集団に見えるからだ。


 だが、その馬車は漆黒で所々スパイクが取り付けられているし、馬車を引く馬はよく見れば二頭とも魔物だ。

「ウォン」

 そして極めつけが、先輩衛兵の言葉に頷く代わりに短く鳴き声をあげたファングである。遠目から見てもはっきり分かる巨体は、山賊たちにしてみれば悪夢以外のなにものでもないだろう。


 山賊達が魔物について詳しいとは限らないが、馬より大きい魔物に襲いかかるような身の程知らずではない。

「「「チュー!」」」

「はいはい、分かってるよ。お前さん達もいるよな」

 マロル達がアピールするが、やはり迫力ではファングの方が上だろう。魔物に詳しい者以外には、やはり見た目と大きさが物を言うのだ。


「まあ、途中で街道から出て間道を進む予定なので、やはり山賊には遭遇しないでしょう」

「間道を? 一体何故? ここからアルクレムまでは街道を外れても、道が険しいだけで近道でもなんでもないぞ」


 街道は整備され、警備隊が巡回してある程度の治安を維持している。だが間道は街道ではないので食料を補給し、宿を取れる村や町、そして警備隊の巡回も無い。そのため野宿で山賊や魔物を警戒しながらの旅になる。

 麻薬や盗品の運び屋でもないなら、まず通らない道だ。


「道中、薬草の採取やこの辺りにはいない魔物のテイムを試してみたいと思いまして」

「そうか、なるほど」

 しかし、冒険者やテイマーの場合はそうした理由で間道を通ることがある。先輩衛兵も納得したようだ。


「では、そろそろ行きますので」

「分かった。行ってらっしゃい、良い旅を」

 初めて出会った時よりも大分逞しくなった様子のケストに見送られ、ヴァンダルー達はモークシーの町から旅立った。


 そして数時間後、モークシーの町も見えなくなり、街道を行く人もまばらになった頃にヴァンダルー達はケスト達に言った通り道から外れて間道に入った。

 ここからさらにしばらく歩いてから、ヴィダル魔帝国に【転移】するつもりだった。そして十日……いや、整備されていない森や草原を通って旅をしたのだから、十数日後にアルクレムに転移する。これで旅をした事になる。


 【転移】する先は既に蟲アンデッドを飛ばし、アルクレムの都から数時間ほどの距離にある適当な森を見繕ってある。

 問題は無い。


「残してきたザディリスとバスディアが若干不安ですが」

 ヴァンダルー達は、全員でアルクレムに旅だった訳ではなく、ザディリスとバスディア、それにカナコ達三人とマイルズを残していた。


 何故かと言うと、神々がヴァンダルー達の居なくなったモークシーの町を襲撃する可能性があるから、ではない。ヴァンダルー達が居ないモークシーの町を、アルダに従う神々が襲うメリットが無いからだ。

 神々が直接地上に影響を及ぼすには、多大な力を消費しなければならない。ちょっとした奇跡……枯れた花を再び咲かせる程度ならそうでもないが、町を一つ滅ぼすとなると何百年もの間眠らなければならない危険を冒さなければならない。


 そこまでの危険を冒してモークシーの町を更地にしても、ヴァンダルー達は拠点になりうる町を一つ失うだけだ。ヴァンダルー達本人が受ける、精神的ショックと抱く怒りを考慮に入れなければ。

 しかし、モークシーの町と同じようにヴァンダルー達に都合が良い町は、彼等が存在する限り幾らでも作れる。


 間違いなく不幸な事だが……ヴァンダルーに魅了される程絶望している人々は、どの町にでも一定数存在する。

 更に、オルバウム選王国にはヴィダ信者がアルクレム公爵領よりも多いビルギット公爵領や、サウロン公爵領が存在する。


 そのため、アルダ勢力の神々が直接動く事はない。それに……そうした性急な手段を取り過ぎると、逆にオルバウム選王国全体から「法命神アルダは、人類をアミッド帝国に統一させるつもりだ。そのために我が国を滅ぼそうとしている」と敵視されかねない。

 既に『雷雲の神』フィトゥンの消滅で、事態の鎮静化を図っている最中だろうアルダ勢力の神々が、その危険を冒す事は無いだろう。恐らくは。


「理屈では大丈夫だと思っていても、伯爵さん達も不安だろうから仕方ないわよね」

 では、何故カナコ達が町に残っているのかと言うと、飢狼警備の経営と指揮をしているマイルズ以外は、モークシー伯爵からの非公式の依頼だった。


『すまないが、若干戦力を町に残してくれないか』

 町の近くには、B級ダンジョン『ガレス古戦場』。一度暴走を起こした後は、再び暴走するまで相当の年月がかかる事は分かっている。しかし、先日起きた暴走では町に向かってこなかった魔物もいる。


 ジョブチェンジを経て一段と強くなったとはいえ、自前の騎士団と衛兵隊だけではランク7や8の魔物が現れたら防衛に不安が残る。

 そのため、アルクレム公爵からの意向なので、ヴァンダルーとダルシアを引き止める事は出来ないが、それ以外の戦力になる者を町に残して欲しいと非公式に依頼されたのである。


 そのため、町の広場でのコンサート講演の許可等を依頼料として提供されたカナコ達と、ザディリスとバスディアが残る事になった。

「それに、伯爵さんが二人はグールで法的にはヴァンダルーの従魔だって事を、もう気にしない事にしたのなら良い事だわ」

 モークシーの町からグールが魔物ではなく人であるという認知と、地位向上が図られるのなら良い傾向だと喜ぶダルシア。


「しかし、俺がいない間に二人を手に入れようと企むゴードンのような人が現れ、二人がやり過ぎないかと思うと少し心配です。二人とも魅力的ですからね」

「ああ、心配ってそう言う類の……大丈夫だと思うぜ、師匠。そう言う事がないように、護衛が出るって話だったじゃないか」


 ヴァンダルーと同様の心配を伯爵もしたらしく、トラブル防止の為に不埒な輩が近づかないよう騎士団からの護衛がつく手筈になっている。その護衛もバスディアとザディリスのファンなので、人間関係的なトラブルを起こす事もないだろう。


「そうですね。バスディアには暇な仕事になると思いますが、不快な仕事にはならないなら安心です」

 町に向かってこなかった魔物の内、ヴァンダルーの『鱗帝』や『龍帝』の二つ名の影響を受けたサンダードラゴンは、既に対処済み。


 その他の魔物は、レギオンが偽モークシーの町のダンジョンに【転移】させ、ユリアーナやカシム達が倒しているので、実は町の周囲に脅威は存在しない。

 なので、カナコ達は存在しない脅威に備えている事になる。一応、アルダ勢力の神々が育てている英雄達や、ヴァンダルー達に反感を抱いている人々等も人間社会には存在するので、完全に安全と言う訳でもないが。


「地下室のダンジョンにはジャダルちゃんがいるし、ザディリスさんはコンサートもあるから大丈夫よ、きっと」

「そうですね……ザディリスは暇な方が良いと言うかもしれませんが」

「ところでヴァンダルー様、カナコさん達には心配しないのですか? カナコさん達も魅力的だと思いますが」

 サムの幌から顔を出したユリアーナに尋ねられたヴァンダルーは、少し考えた後答えた。


「カナコは、手慣れているので大丈夫でしょう。メリッサは、俺では無くダグが心配すればそれで良いのです。

 でもジェシーさんの事は分からないので、町に引き返しても良いですよ、サイモン」

「突然なんですかい、師匠!? 俺と彼女は、たしかに親しくさせて貰っちゃいますが……今は、もう一度ボークスの旦那に訓練を付けてもらって、腕を上げるのが先決ってもんです」


 そう弟子をからかっている内に街道から離れたので、ヴァンダルー達はヴィダル魔帝国へ【転移】した。




 十数日の間の時間、ヴァンダルー達には様々なやる事がある。

 その一つが、外交的な仕事である。

「お連れしました」

 グファドガーンの【転移門】が開き、向こうから『暴虐の嵐』のメンバーと、ダークエルフの一団がやってくる。


 今日は、バーンガイア大陸西部のダークエルフ族の訪問団との顔合わせと、移住に関する話のすり合わせと町の視察である。

 その訪問団の長であるが、穏やかな顔つきの青年……最長老であるダンガルは、出迎えたヴァンダルーに対して礼を取った。


「皇帝直々の出迎え、恐れ入ります。私は、先代よりつい先日ダークエルフ族の最長老の座を引き継いだダンガルと申します。お会いできて光栄です」

「こちらこそ最長老をお迎えできて光栄です。ヴィダル魔帝国皇帝、ヴァンダルー・ザッカートと申します。

 早速ですが、これから暫くの間仕事は中断してプライベートという事で良いでしょうか?」

「それは、願ってもない事です。私の方から頼もうと思っていました」


 お互いに軽く礼をして、手を取り合う。そして振り返ったヴァンダルーは、涙を堪えている様子のダルシアに頷きかけた。

「お父さんっ、お母さん!」

 その途端ダルシアは駆け出し、ヴァンダルーとダンガルの横を通り過ぎた。そして、ダルシアと同じように目に涙を溜めた一組の男女も彼女に駆け寄った。


「ダルシアっ! うおおおおおっ!」

「ダルシア、ダルシアなのね!」

 ダルシアに少し似た雰囲気がある男性が彼女を受け止め、そして姉妹のように似ている女性が抱きしめる。二人はダルシアの両親、ヴァンダルーにとって祖父母に当たる人物だ。


「ダルシアっ! お前が死んだと聞いて、お前が里を出るのをもっと強く止めれば良かったと後悔しなかった日は無かったが! だがドルトン殿から、霊として地上に留まり、息子と共にいると聞いて……!」

「そして生き返ったなんて、すぐには信じられなかったけれど、良かった! もう二度と会えないと思っていたあなたを、こうして抱きしめられて!」


「お父さん、お母さんっ、ごめんなさい! 私……私っ、父さん達を嫌いになった訳じゃないのっ、ただ、どうしても――」

「いいのよ、ダルシア。もういいの。こうして会えただけで、もういいのよ。だけど、そろそろお父さんが苦しそうだから、一旦力を緩めてあげて」

 普段は力加減もしっかりしているダルシアだが、両親との再会に感極まって加減が疎かになっていたらしい。


「ご、ごめんなさい、私ったらつい力が入っちゃって!」

 慌てて父親を抱擁から解放するダルシア。酸欠と圧殺の危機との戦いから脱した彼女の父親は、息を整えそれまでとは違う落ちついた口調で「ダルシア、すっかり逞しくなって……」と娘の成長を多分喜んでいる。


「くぅっ、泣かせるぜ……」

「こういう場面を見る度に、魔王を裏切ってよかったってしみじみ思うわ」

 シュナイダー達は、親子の再会の邪魔をしないよう他のダークエルフ達と静かに感動していた。


「お父さん、お母さん、紹介するわ。この子がヴァンダルー。私と、私を愛してくれた人の間に出来た自慢の息子よ」

 そしてヴァンダルーは無表情のまま、緊張していた。彼にとって初めての経験なのだから。


「初めまして、俺がダルシアの父のゼーレシアだ。君の、祖父だな。なんだか、不思議な気がするが」

「私があなたの祖母の、フィダリルよ。ふふ、本当に不思議だわ。大きくなった孫に、こうして自己紹介するなんて」

 二人は、ドルトンからヴァンダルーの身の上についてだいたい聞かされていた。彼が転生者である事や、死属性魔術の使い手である事等、ヴィダル魔帝国の国民と同程度の事は知っている。


 ヴァンダルー自身も、それは了解していた。

「ヴァンダルー・ザッカートです。俺も、不思議な気がします。ですが、普通に初対面の孫だと思ってもらえれば幸いです。

 何分、三度の人生で祖父母が出来るのは初めてなので」


 一度目の『地球』の時は、実の両親が結婚する前に亡くなっていて、叔父の家では写真も見た事がない。

 二度目の『オリジン』の時は、そもそも両親の顔を直接見た事もない。

 現世である三度目の『ラムダ』で、今初めて祖父母が出来たのだ。普通はどうするのかなど、感覚的に分からない。


「そうか……君は私達の愛する娘と、娘を愛して命がけで守ってくれた男との間に出来た孫だ。祖父として、これからよろしく頼む」

「それに、娘を生き返らせてくれたのよね。恩人と言うのも変な気がするけれど、貴方は自慢の孫よ。うちのお転婆娘の所に生まれて来てくれて、ありがとう」


 ヴァンダルーと祖父母には、血が繋がっている事を本能的に察したとか、目があった瞬間心が通じ合ったとか、そうした特殊な出来事は無かった。

 しかし、この日肉親が二人増えた事は確かだった。

4月21日に252話を投稿する予定です。

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