三十話 俺、予言の御子で良いですよ
ミルグ盾国の英雄【氷神槍】のミハエルがタロスヘイムへの攻撃に参加し、都市に攻め込んでから何があったのか、アンデッド達の記憶は穴だらけで、詳しい事は今まで分からなかった。
自分達が殺された時の出来事であり、アンデッド化する前の出来事であり、した直後の出来事だからだ。
確かだったのはタロスヘイムの滅亡、英雄たちの敗北、そのままミハエルは王城の地下に存在する女神ヴィダの遺産を破壊しようとしたが、遺産の守護者であるドラゴンゴーレムに重傷を負わされ、ミルグ盾国は撤退したという歴史だけだ。
『俺は……俺とジーナ、ザンディアの嬢ちゃんの三人は謁見の間であのクソッタレを迎え撃った。俺は当時タロスヘイムに出来た冒険者ギルドの支部から、A級冒険者だと言われてた。ジーナも戦争が始まる前にA級に昇級した、ザンディアの嬢ちゃんはまだB級だったが、将来はS級間違い無しと言われてた。
伝説級のマジックアイテムを持っていようが、奴も俺と同じA級だ。やれると思った』
A級冒険者二人とB級冒険者一人の計三人で、A級冒険者一人を迎え撃つ。戦力は明らかに前者に有利で、防衛はまず成功するはずだった。
だがと、ボークスは続けた。
『結果は、知っての通りだ。俺も【剣王】なんて呼ばれていたからな。負けるつもりは無かった。ジーナ達から魔術の援護を受けて、この魔剣で、得意技の【竜殺し】で、奴を倒そうとした。
っが、実際には俺の魔剣は……竜種の首も一撃で落した俺の魔剣は奴の槍に砕かれていた。畜生、よくもやりやがったなと叫んで、俺は奴に殴り掛かろうとした。だが、出来なかった。へへ、何の事はねぇ、利き腕も魔剣と一緒に砕かれてたのさ』
冒険者は、GからSの等級によって分けられている。それは単純な戦闘力だけでは無く、依頼の達成率や素行等も考慮されるし、ジョブや所有スキル等によって相性も変わる。しかし、等級が同じなら力量に圧倒的な差は出来ない。
しかし、A級とS級は例外だった事をその時ボークスは思い知った。
A級は超人達が至る英雄の領域。竜殺しなんて掃いて捨てるほどゴロゴロしている。だが、同じA級でも冒険者達には大きな差が存在した。
常人以上超人未満のB級から、少しはみ出ただけの者。常人寄りの超人。ここに【聖女】ジーナが。
間違いなく【超人】で英雄だが、あくまでも超【人】でしか無く、人の括りから抜け切れていない、神話に語られる邪神や悪神と戦った神の領域に手が届く人外の存在では無い者。それが【剣王】ボークス。
そして、ミハエルは実際には人外の存在、S級相当の力を持つA級だった。
『お蔭で俺は床にキスする羽目になった。そして次に気が付いた時は、アンデッドになっていた。
そして振り返れば、そこにザンディアの嬢ちゃんが居たのさ。一部だけな』
そう言いながら、ボークスは二百年守って来た謁見の間の扉を押し開いた。
扉の向こうから、寒気がするほど冷たい空気が流れてくる。
謁見の間には糸程の光も無かったが、【闇視】を持つヴァンダルーやヌアザには真昼のようにはっきりと見えた。
最初に見えたのは、謁見の間に空いた穴とその穴を塞ぐ氷の柱だ。あの穴が王城の地下にある女神の遺産へと続く入り口なのだろう。
そして、氷の柱の中に巻き込まれるような形でほそ……多分形状的には女の人のだろうなと思うが、切り落とされた手首が一本、凍り付いていた。
「これは……っ! お二人の姿もご遺体もこの二百年見なかったのは、ボークス殿が弔ったのだと思っていました。ですがこれはまさか……!」
『そう言う事だ。あの忌々しい氷の向こうに二人の死体があるんだろうさ。この手は大きさから見てザンディアの嬢ちゃんのだろう。
俺がやられた後もあの糞野郎と戦って、片手になってもジーナと一緒に地下に降りた奴を追ったに違いねぇ。それで、きっと氷の向こう側でやられたのさ』
ミハエルの異名の由来になった伝説級マジックアイテムの魔槍は、強い氷の魔力が宿っていた。その力は魂すら凍てつかせるほどだと称えられ、罪人の魂を捕えれば永久に放す事は無いと謳われていたらしい。
『この氷の向こうで何があったのか、俺には分からん。分かるのは、この氷を融かす方法が無いって事だけだ。俺が砕こうとしても罅一つ入らねぇし、脂をかけて火を付けても焦げ跡一つ付やしねぇ。
それで、お前はこの氷を融かせるのか?』
「融かせます」
ヴァンダルーは、やはりすぐ頷く。ボークスとヌアザが話している間に調べたが、やはり氷から魔力を感じる。
微妙に呪いとは違うようだが、似たようなものなので魔力を消滅させればこの氷は瞬く間に溶けて、地下への入り口が開くだろう。
『そうか、ならやってくれ。氷の向こうに在る二人の死体が、アンデッドになっているかいないかは分からんし、なっていても正気かどうかも分からん。
だが、一言謝らねェと気がすまねぇのさ』
「分りました」
魔力を吸う死属性の魔力を放出して氷を包むと、氷は高熱に晒されたように見る見るうちに融けて行く。
数分ほどで、ザンディアの片手と地下への入り口が解放された。
「どうですか、御子よ」
「……二人の霊らしい影は見えません。ちょっと待ってくださいね、この手から何かわからないか見てみますから」
『うん? ホーイガクって奴か? ザッカートが元いた世界で目指していた職業だって聞いたが』
勇者ザッカートは、地球に居た頃法医学者を目指していたらしい。中々のインテリだったようだ。
「いいえ、オカルトです」
ヴァンダルーは、よっこいせと太陽に愛された褐色の肌をした、しかし今は氷のように冷たいザンディアの手を拾い上げた。
『でかいとか、重いとか、そんな事言ったら悪いんだろうな』
【小さき天才】の手首は、大きかった。
これはヴァンダルーが幼児だからでは無く、単純にザンディアが大きかったからだろう。
勿論異名の通り彼女は小さかったのだろう。巨人種としては。
巨人種の成人男性の平均身長が二メートル七十センチで、女性でも二メートル六十センチ。ザンディアはボークスに「嬢ちゃん」と呼ばれるぐらいだからまだ少女だった可能性が高いが、多分二メートルは超えていたのではないだろうか?
なので、ヴァンダルーの基準では細いとか小さいとかは言い難い大きさだったのだ。
『まあ、それは兎も角残留思念を見てみよう』
死属性魔術は、死体の一部から残留思念を読み取る事が出来る。ただ、死体からしか読み取れないし読み取れても意味をなさないものも多いので、今まで余り使う機会が無かったのだが。
冷たいザンディアの手の平に額を押し付け、瞼を閉じる。
すると、瞼の裏に一目で業物と分かる槍を突き出す、男の姿。その後ろに、砕けた剣の柄を握ったまま血塗れで倒れている男。
倒れる。ダメ押しのつもりか、何度も槍が刺さる。かすむ視界の隅に、既に倒れている褐色の肌をした女の姿。そして闇に閉ざされる数瞬前に、地下に降りて行く男の姿。
槍を持った男がミハエルで、血塗れで倒れている男がボークス。女がジーナだろうか。
しかし、残留思念が正しいならザンディアとジーナはボークスが殺された後に、ミハエルによってこの謁見の場で殺されている。ボークスが推測したように、氷で閉ざされていた地下には降りていない。
しかし、だったら何故死体が無いのか? 単にこの手首以外氷に閉じ込められず保存されていなかったとしても骨は残るはずだ。それにボークスは白骨化するずっと前に巨人種のゾンビとして蘇っている。ザンディアとジーナの死体が在れば、気がつかないはずが無い。
誰かが持って行った? 骨も残らないように処分した? だったら何故この手首と、何よりボークスの死体を放置した?
……一人で考えても答えは出ない。
「二人はミハエルが地下に行く前に死んだように残留思念では見えました」
『何だと!? どういう事だ、じゃあ二人は地下には居ないのか!? 確かに、出て来る様子は無いが……』
「では、御二人は何処に!?」
それまで地下の穴からザンディア達が出て来ないかと覗きこんでいたボークスとヌアザが驚いて振り返るが、ヴァンダルーは「さあ、分りません」と答えた。
「俺が見たのは、この手首が切り落とされた時の残留思念ですから。手首を切り落とされた時混乱したのかもしれないし、現実では無く頭に思い浮かべた絶望的な未来の想像が焼きついただけかもしれない。
もし俺が見たのが真実だったとしても、実はあの後息を吹き返した二人がミハエルを追いかけたのかもしれないですし」
『つまり、とりあえず行ってみないと分からない訳か』
「はい。ところでこの先は――」
『知らねぇ。何せ聖域だからな』
「ですよね」
「ですが、確かめるには降りるしかありません。行きましょう、ボークス殿、御子よ」
聖域だから入る事はまかりならんとか、そういう事は無いらしい。それとも、もうミハエルが入った後だから構わないのか、それとも御子だからだろうか?
穴の淵から覗くと、そこには壁に突き立てられるように棒状の石が生えていて、螺旋階段になっていた。
レムルースを一体作って先行させてから、ヴァンダルー達は螺旋階段を下りて行った。そして下に着くと、何処か神殿の様な作りの通路が続いていた。
特段罠や試練等の障害も無かった。女神は設置したドラゴンゴーレムに余程自信があったのか、それともミハエルがドラゴンゴーレム以外の障害を全て破壊したからなのかは、分からない。
ただ、扉という扉が氷で閉ざされているのには辟易したが。
「聞いた話だと、重傷を負ったミハエルは命からがら逃げだしたそうですけど、結構余裕があったんでしょうか?」
逃げる途中で通路を氷で閉ざして行くなんて。
そう言いながら死属性の魔力で氷の魔力を抜いて融かして行く。難しい作業では無いが、それを何十回と繰り返すと、どうしても飽きが来る。
「残してきた魔槍を奪われる、若しくは自分が半ば破壊したドラゴンゴーレムに止めを刺して遺産を何者かが手に入れる事を危惧したのかもしれませんね」
『ん? そういやぁ、この氷も謁見の間の氷もあの糞野郎が逃げ出した時に作ったんだよな? どうやって作ったんだ、奴は魔槍をドラゴンゴーレムに投擲して、そのまま逃げたんだろ?』
「あ、そういえば……」
今ヴァンダルーが融かしている氷は、灼熱の業火でも溶けない魔氷とでもいうべき氷だ。とても普通の属性魔術で作れるとは思えない。
そしてこの魔氷はミルグ盾国の国宝だった魔槍を持っていたからこそ、作る事が出来た代物だ。
なのに、どうして魔槍を失って逃げ出したミハエルが魔氷で扉や入口を閉じる事が出来たのか。
『二百年以上気がつかなかった俺が言うのもなんだが、おかしいよな? どういう事だ?』
「この氷は実は魔槍の力では無く、ミハエル個人が編み出した特殊な魔術の産物と言うのはどうでしょうか?」
「あと、魔槍の所有者だけはこの氷を透過する事が可能で、進む時に背後から敵が来ない様にしていたとか?」
ヌアザやヴァンダルーは推測を口にするが、どうもしっくりこない。
「とりあえず氷が融けたので進みますよ。ちなみに、二人の霊は居ません」
『ああ。あいつ等、何処に行っちまったんだろうな』
しかし、推測や推理は兎も角三人は先に進んだ。彼らの目的は当時の真実を知る事ではなく、ザンディアとジーナのアンデッド、若しくは死体、霊を発見する事だ。
疑問は尽きないし好奇心は刺激されるが、考えるのは後でいい。
『ところで、気に入ったのか?』
ボークスはヴァンダルーが両腕で抱きかかえるようにしているザンディアの手首を見下ろして聞いた。
「気に入ったというか……上に置いておくのもなんですし」
埃やらなんやらで汚れた床に放置するのも忍びなかったし、ボークスもヌアザも受け取ろうとしなかったので魔術で腐敗を止めて、何となく持ってきただけで特に意味は無かったのだが。
しかしボークスは話を止めようとしない。
『気に入らねェのか?』
どうやら、イエスかノーか以外の選択肢が存在しないらしい事に気が付いたヴァンダルーは、ザンディアの手首を見つめ直し、改めて観察した。
褐色の肌はきめ細かく、一見たおやかな手だが指には幾つかタコが出来ている。きっと杖を携えて戦って来たから出来たものだろう。切断面から香る血の匂いが、二百年の時を超えて甘く鼻孔をくすぐる。
「気に入るかいらないかでいえば、気に入りましたけど」
『手首のあたりが気にならねェか? そこが太いだの形が悪いだのなんだの愚痴ってたんだが』
「太さ? 形?」
言われて再度手首を見てみるが……多少太かったり形が悪かったりしても、ヴァンダルーに見分けが付く訳がない。元々のサイズが異なり過ぎるのだ。
「気になりませんけど」
『おおそうか、嬢ちゃんは年上好みだったがそれを聞いたら喜ぶぜ! じゃあ、嬢ちゃんをよろしくな』
「……はい?」
何言ってるんだ、こいつ?
『おう、良い返事が聞けてうれしいぜ』
「いや、そうじゃなくて、俺はただ聞き返しただけです。宜しくなってなんですか?」
なんだかこのやり取り、前にもあった気がする。そう既視感を覚えつつ、ボークスにどういう事かと説明を求めた。
『いやな、ほれ、ここまで来ても二人の死体が無いし霊も見えないんだろ? 何かの奇跡で二人が生きて脱出したっていうなら嬉しいが、何処かの誰かが二人の死体を運び出したのかもしれねぇ』
二人は英雄で、特にザンディアは第二王女だ。ミルグ盾国軍が首を晒すために持ち帰った可能性も十分にある。カチア達の話では聞いていないが、単に今の時代に遺体を晒した事が伝わっていないだけかもしれない。
『だとするとだ、お前さんは二人の死体を探してくれるわけだよな?』
「…………まあ、時間はかなりかかると思いますよ。俺、暫くミルグ盾国に戻るつもり無いので」
ボークスからの頼みは二人を魔氷から解放する事なので、実際には魔氷を全て融かした段階で達成と見なしていい気がするが、彼は「俺はそんなんじゃ、納得しねぇ」と目で語っている。
それに、二人の英雄の遺体をミルグ盾国から取り戻すのは悪くない考えのように思えたのでそう同意すると、ボークスは半分しかない唇を釣り上げる。
『おう、それでいい。
だとしたら、追加報酬があって然るべきだろ。だからお前が嬢ちゃんとジーナの死体を取り戻したら、そのままものにしちまえばいいって話だ』
「はいぃ!? アンデッドにしろって言う事ですか!?」
そう驚くヴァンダルーの声が通路に木霊する。しかし、驚いているのは彼だけだった。
「おお、なんと素晴らしい思い付きでしょうか、流石ボークス殿」
見習いとはいえ神職に在ったはずのヌアザは、何故か感動に打ち震えていた。その体に水分が残っていたら、涙を流したに違いない。
「ザンディア様はタロスヘイムの第二王女、ジーナ様はヴィダ神殿の最高責任者。このお二人と神託の御子の結びつきは、神託の通り我々に繁栄と栄光を齎す事でしょう!」
「あの、政略結婚か何かと勘違いしていませんか?」
二人とも高い確率で死んでいるんですが、しかも今あるのはザンディアの手首だけなんですが。
『問題ネェだろ、その手首左手だし』
「おお、指輪の交換も可能ですな」
「いや、可能だからってなんだというんですか?」
結婚できますねって? 確か地球の日本には、一部だが遺族が未婚のまま死んだ親族を結婚させるという文化が存在したと覚えているが、ザッカートはそれもこの世界に導入したのだろうか?
しかしヌアザは話を聞いてくれない。
「ジーナ様とザンディア様も御子の仲間に加わり、いずれアルダ神とそれに従う者共を打倒する手伝いが出来るのなら、喜んで不死者として蘇る事でしょう」
『はっはっは、そしたらミルグ盾国と三人で再戦だな!』
「いやいや、色々混じってますし。神託の方は兎も角、吸血鬼の真祖の予言は関係無いですからね」
この二人、もしかして耳が高い場所に在るから子供の声は聞こえないとでもいうのだろうか?
「俺が聞きたいのは、死者への冒涜とか、英雄の名誉を汚すとか、そんな風に思わないんですかという事です」
法命神アルダの事は除外するにしても、地球やオリジンでは死体をアンデッドにするのは死者への冒涜、神に対する背信であるという価値観が強かった。
地球では現実にアンデッドは居ないが、宗教的なタブーとして昔からその手の神話や伝説逸話民話には事欠かない。
フィクションでもそうだ。数々の作品で死者を復活させる試みは失敗どころか、実行者も破滅して終わっている。悪役が主人公に「お前の大切な人を生き返らせてやろう」と言っても、主人公は悩んでも最終的にはその誘惑を跳ね除け、未来に進むものだ。
間違っても「マジっすか!? 是非お願いします!」とは言わない。
オリジンでは魔術が存在し、アンデッドも存在したのでよりその傾向が強い。法律でアンデッドを作ってはいけない、試みるだけでも重罪とされている程だ。
ヴァンダルーを実験動物にしていた軍事国家の研究者たちは、その辺りの倫理観が壊れていたが。
そして実際、ヴァンダルーもアンデッドを作る事に忌避感は無い。そうで無ければ母親を生き返そうとしたり、骨人達を作ったりはしない。
だが他の人なら嫌がるだろうなと、想像する感覚を忘れてはいなかった。
だから神職にあったヌアザや、生前からの仲間だったボークスの手前ジーナとザンディアをアンデッドにするのは無理だろうなと思っていたのだ。
無理にアンデッドにして今の関係を悪化させたくなかったから、考えもしなかった。二人がアンデッド化していたら、スカウトぐらいはしただろうが。
なのでボークスが全く逆の事を言い出し、更にヌアザまで同意するどころか喜んで勧める様な事をいうので驚いたのだ。
『オイオイ、アンデッドに何を言ってんだ』
「そうですよ。そもそも、女神ご自身が死した勇者ザッカートをアンデッド化させて蘇らせているではありませんか」
「あ……そういえば、そうでしたっけ」
だが確かに、神話ではそう伝わっていた。どうやら、女神ヴィダはアンデッドに関して寛容らしい。……この場にいるのがアンデッドの信者だけなので、生きている信者がどれくらい寛容なのかまでは分からないが。
しかし、そういった事はタロスヘイムから出て人間社会に出た時に、慎重に見極めればいい事だ。
「まあ、それでいいなら俺は文句ありませんけど」
【剣王】だけでなく、【聖女】や【小さき天才】のアンデッドまで味方に成ってくれるなら、頼もしい事この上ない。だから納得さえすれば二人のアンデッド化を断る理由は無かった。
『ほれ、頑張れば良い女が手に入ると思えばやる気も出るだろ。男ってのはそういうもんだ』
「俺、まだ三歳にも届かないんですが」
『三つ子の魂は百歳と変わらないって言うだろうが』
「……俺の知っていることわざの意味と違う」
「まあまあ。御子、御二人とも大変お美しい方でしたよ」
いや、いくらお美しくても今頃骨しか残ってない可能性の方が高いんですけど。
そういおうかと思ったが、この二人には何を言っても無駄だろうから黙っておく事にした。
英雄色を好むと言うが、ちょっと土気色でも色は色なのだろうか?
そんな和やかに進んで行くと、巨人種のボークスと比較しても巨大な扉が現れた。当然氷に閉ざされているが、扉の一部が砕かれていて、中を氷越しに見る事が出来た。
『あれがドラゴンゴーレムか。流石あの化け物を痛み分けとはいえ追い返しただけの事はある。こうしているだけで寒気がするぜ』
扉の向こうは、上の謁見の間がダース単位で入りそうな程大きな空間に成っていた。その中心に、巨大な黒金のドラゴンが今も立ちはだかっていた。
氷越しに見えるその姿は見るからに痛々しい。雄々しかっただろう頭部や鞭のように撓っただろう尾は、半ばで砕け床に転がりただの金属塊と成り果てている。右腕も肩から抉り取られるように捥がれ、そして胸の中心に槍が突き刺さっていた。
体中に深い罅が入り、今にも崩れそうに見える。
「ええ、中に入るのは止めた方がいい。この扉の氷を融かしたら、死にます」
しかし、それで尚あのゴーレムはまだ稼働している。そして、あの壊れかけのゴーレムは自分達を殺せる。
扉の氷を融かせば、死ぬ。ヴァンダルーの【危険感知:死】がそう伝えて来ていた。
「この向こうにお二人が居る可能性は?」
「アンデッド化していたら、ゴーレムに破壊されていると思います」
『死体なら、氷の中かもな』
あの壊れかけのゴーレムがアンデッド化した巨人種を攻撃しない可能性は低いように思えるし、部屋の中はミハエルと戦ったからか、氷だらけだ。その中のどれかにザンディアとジーナの死体が入っているのかもしれない。
「あのゴーレムに襲われずに入る方法とか、伝わっていませんか?」
「確か、国王様なら知っていたと思いますが……」
ヌアザは首を横に振った。どうやら、国王はアンデッド化しなかったか、二百年の間に塵に帰ったらしい。
ヴァンダルーも、流石に霊が存在しなければ死者の話を聞く事は出来ない。
「じゃあ、強くなってあのゴーレムを倒せるようになるまでお預けですね」
『だな。俺も利き腕と魔剣も無しじゃあ無理だ』
ゴーレムを倒しても、中に二人の死体が無い可能性も高い。しかし、有無がはっきりすれば次に探す場所を考える事が出来る。
『まあ、死体が無ければ女神の遺産で作って、前渡しするって手もあるな。魂の方は、霊媒師なら降霊術で呼び出せるんだろ?』
「俺、霊媒師じゃないので一度も見た事が無い霊は降霊術でも無理です。ところで――」
「何と、そうだったのですか! 私達の様なアンデッドに親しい様子でしたので、てっきり御子は霊媒師のジョブをお持ちなのかと思っていました」
『ああ、驚きだぜ。じゃあ、何で霊が見えたり嬢ちゃんの手首から記憶を見れたりするんだ?』
「それより! ……女神の遺産で死体を作るって、どういう事ですか?」
『何って……女神ヴィダの遺産は不完全な死者蘇生装置だからに決まってんだろ』
その昔、女神ヴィダは吸血鬼を生み出すために死した勇者ザッカートを蘇らせようとした。しかし、幾ら生命を司る女神といえど、死者を蘇らせるのは容易な事では無かった。
そのため女神はいくつかの試行錯誤を行った。その中の一つが、このタロスヘイムの地下にある遺産だ。
この蘇生装置によって新たな肉体を創り出し、ザッカートを生前の姿そのままに蘇らせようとした。だが、肉体は確かに出来たが魂の無い肉体は、生命では無くただの肉の塊でしか無く、生命の女神ヴィダの力を受け付けなかったのだ。
この装置はただ蘇生させたい者の、傷一つない死体を創り出す事しか出来ない。そう結論付けた女神はこの装置を封印した。不完全であっても将来自分の子等の役に立つかもしれない、しかし魔王の残党に悪用されない様にと自ら命を吹き込んで創ったゴーレムを番人にしたらしい。
「それが、あのドラゴンゴーレムの向こうに在る……それは素晴らしい」
蘇らせたい者の、傷一つない死体を創り出す装置。
それが本当なら、この装置で創りだした死体にヴァンダルーが霊を宿らせれば、完全な蘇生になるのではないだろうか?
「ヌアザ、俺が予言の御子でいいので、あの装置を使ってもいいですか?」
何としても、手に入れよう。
そして母さんを生き返す!
・名前:ヌアザ
・ランク:4
・種族:レッサーリッチ
・レベル:100
・パッシブスキル
闇視
怪力:2Lv
物理耐性:2Lv
霊体:1Lv
精神汚染:3Lv
耐久力増強:3Lv
・アクティブスキル
生命属性魔術:2Lv
無属性魔術:2Lv
魔術制御:1Lv
棍術:3Lv
盾術:2Lv
鎧術:2Lv
石工:2Lv
リッチとはアンデッド化した瞬間から生前同様に魔術を行使する事が出来るアンデッドの総称である。そのため、魔術の奥義を究めた魔術師が自らアンデッド化するような個体も居れば、ほぼ偶然思考能力と魔力を持ったままアンデッド化した、初心者と同程度にしか魔術が使えない個体も存在する。
ヌアザの場合は後者寄りの個体で、彼は生前神官戦士見習いで、アンデッド化した後も修行や研究に明け暮れた訳では無い。結果、生前そのままの実力となっている。
そのため、レッサーとはいえリッチでありながら武器で肉弾戦をした方が強いという妙なアンデッドになっている。
ミイラ状になっているため皺だらけでまるで老人の様だが、実は享年は若く、十代半ばの少年だった。そのためタロスヘイムのアンデッドから今でも若造と呼ばれる事がある。
因みに【石工】スキルはアンデッド化後に習得したスキル。アンデッド化後、二百年かけてミルグ盾国軍に破壊された神殿の修理をしている内に習得した。
レッサーリッチがランクアップするためには、レベル以外に4レベル以上の魔術スキルが一つ必要である。