二百四十八話 輪廻転生の神の比較的まともな悪巧み
ヴィダル魔帝国。ヴァンダルー達が提案したこの新国名は、ほぼ全員に受け入れられた。
『巨大神像を建立する時よりも抵抗なさるだろうと予想していたのに、その日のうちに新国名への改名を了承成されるとは! さあ、陛下の気が変わらない内に手続きを進め、式典の準備を整えるのだ!』
「思ったより早かったな。俺はてっきり、暫くの間抗議活動でもするかと思ったぜ」
チェザーレとクルトが受け入れた理由は、新国名そのものに対してではなく、ヴァンダルーが自分から提案した事に対してだったようだが。
二人にとって、新国名そのものは重要ではなかったらしい。
勿論、多くの国民は新国名を正しい意味で歓迎した。やはりヴィダの名と、ヴァンダルーの名から取ったのが良かったようだ。
そして受け入れるまで多少ごねた者も、新国名に関係ない理由だった。
「何でトーナメントが無いんだ!? 儂ぁ、納得できんぞ!」
「父さん、我儘を言わないでください! しかも酔っていますね!?」
駄々をこねるゴドウィンをイリスが叱っているが、酒が入っているため効果はいまいちのようだ。
「じゃあ、代わりに皆で組手しましょう。それで納得してください」
「本当か!? よし、戦神を倒したその腕前、どれほど強くなったか興味があったのだ!」
『おお、そいつは面白そうだ!』
「うおおおお! 暇な奴は全員集まれ! ヴァンダルーと組手だ!」
何故かボークスやヴィガロも加わって行われた、バトルロイヤル組手。全員素手だが、拳と拳がぶつかる度に衝撃波が発生し、残像が観客の目を惑わす激しい戦い。
それが行われている間に改名の手続きは粛々と進み、タロスヘイムは書類上ヴィダル魔帝国首都タロスヘイムとなった。
なお、バトルロイヤルの勝者はブラガだった。
「皆、好戦的過ぎ。強い奴同士で潰し合ってたら、バトルロイヤルは勝てない。キングは、遠慮しすぎ」
「【魔王の欠片】と【魂格滅闘術】は、組手には不向きですからね」
ただし、国名を改名した事を祝う式典は後日という事になった。前日に戦勝パレードをやったばかりだった事と、どうせヴァンダルーが数か月から数年はごねるだろうと誰もが予想していたため、準備が行われていなかったのである。
そのため式典は、巨大神像完成式典と併せて行われる事となった。
ちなみにゴーレムによるコーラ製造工場の建設も、まだ企画段階だ。ゴーレムはヴァンダルーの魔力があれば動くが、機械のように増やせない。創った後、必要な動作を命令し、習熟させる必要があるのだ。
死体の代わりに鉱物の人型に霊を取りつかせるヴァンダルーのゴーレム特有の問題点である。
しかし魔術や霊を活かして、炭酸の強いコーラを創る方法が確立された。
「カナコの【ヴィーナス】で二酸化炭素については分かったが……それだけを抽出するのは中々骨が折れる」
『【流体操作】で液体を操る方が簡単かもね』
ザディリスが風属性魔術で空気中の二酸化炭素を集め、オルビアが液体を操作する。
ゴーレム工場程大量には作れないが、これで自分達が飲む分は確保する事が可能だ。
後はセリスとベストラの手術だが、当人達が手術に対して不安があるようなので今回の滞在では行わず、火傷跡の具合を見て移植する皮膚とブラッドポーションの準備だけに止める事になった。
その間二人には手術の経験者であるベルモンドではなく、深淵原種となった原種吸血鬼達から話を聞くガイダンスが行われた。
深淵種に成るのは怖くないし、決して残念になる訳ではないのだと理解してもらいたいと、エルペル達は張り切っていたが……。
後は神々の分霊を宿したアーティファクト作りだが、それには流石に時間が足りないので、一旦モークシーの町に帰り、アルクレム公爵領の領都、アルクレムに向かう準備をする事になった。
《【能力値強化:君臨】、【能力値強化:被信仰】スキルのレベルが上がりました!》
《【能力値強化:ヴィダル魔帝国】スキルを獲得しました!》
「それで馬、ですか。馬車では無く」
グファドガーンの【転移】でモークシーの町に戻ったヴァンダルー達は、その準備の為、行商人のエドモンドに「馬が欲しい」と相談を持ちかけていた。
持ちかけられたエドモンドの方は、若干戸惑った顔をしていた。彼からすると、勲章を授与された翌日と翌々日家に籠って疲れを癒していたらしいヴァンダルーが、突然やって来て彼が主に扱っている商品ではない馬を買い求めようとしたのだから、それも無理はない。
「ええ、馬を最低一頭、出来れば三頭。勿論貴方の隊商が使っている馬を寄越せと言っているのではありません」
エドモンドは固定の店を持たない行商人だが、十台程の馬車からなる隊商を率いて町から町へ移動するエドモンド商会の長だ。馬車を引く馬以外にも、護衛が乗る馬や予備の馬を含めて数十頭の馬を持っている。
しかしそれは商品ではなく、エドモンド達が商売を続けるために必要な移動手段だ。
「それは助かりますが、今から数日中に馬を揃えるのは運の問題になりますよ。来月の市まで待てばそれなりの馬が手に入る筈ですが……ご依頼の期限ではロバしか集められないかも知れません。
馬車を御者ごと雇うのでは問題があるのですか?」
テイマーギルドには、決まった雇い主を持たない御者も所属している。馬車を引くのは魔物ではなくただの馬だが、力が強くてスタミナに優れる。それに御者の腕は確かだ。ギルドの組合員のヴァンダルーならコネもあるし、金さえ出せば確実に雇えるはずだ。
しかし、ヴァンダルー達はそれを選ばないと言う。
「ええ。うちのヴァンダルーや従魔のファングは人見知りだから。それに、馬車と御者には心当たりがあるの」
優しげに微笑むダルシアの言葉に、エドモンドは張り付いたような笑みを浮かべて聞き返した。
「あなたの息子さんが人見知りで、馬車と御者に心当たりがあるのに馬は無いと?」
ダルシアの横で無表情を崩さず、淡々と落ち着いた口調でエドモンドに依頼を伝えたヴァンダルー。エドモンドには彼が人見知りのようには、とても思えなかった。
「そうなの、馬だけ持っていなくて。ファングやマロル達に馬車を引いてもらう事は出来るけど、あの子達が馬車から動けなくなってしまうと、道中の護衛役に支障が出るから」
それらしい言い訳を口にするダルシアに対して、エドモンドは胸中で「嘘だ!」と叫んだ。特に、あなたの息子が人見知りなのは絶対嘘だと。
「なるほど。道中の護衛をテイムした魔物にさせる訳ですな。それなら機動力も確保でき、馬に乗った山賊に襲われても安心だ」
しかし、エドモンドはヴァンダルーに疑念をぶつける事はしなかった。彼は商人であって、ジャーナリストでは無い。追及するのは真実ではなく、利益だ。
ヴァンダルー達の秘密を探り出せば、間違いなく利益になる。しかし、エドモンドは自分が信頼されている訳ではない事を自覚していた。今無理に探り出そうとすれば、関係を切られてしまう。
秘密は、何れ打ち明けられ共有できる信頼関係が出来るようになるまで知るべきではない。そうエドモンドは自制した。
……ヴァンダルーが人見知りであると言うのも、実は事実なのだが。
「ロバでも構いません。車を引く事が出来るよう調教されているなら、俺達が雇う御者なら問題無く動かせるでしょう」
そしてヴァンダルー達が心当たりのある馬車と御者とは、勿論馬車に霊が憑りついてアンデッド化したディメンションロードキャリッジであるサムの事だ。
アルクレムまで行くのに、いろいろと便利なサムを移動手段に使いたい。しかし、それには大きな問題がある。サムの本体は馬車そのものであり、御者台に座っている男の姿や馬車を引く三頭の馬は全てサムの一部なのだ。
御者台の男の姿は、肌が青白く血の気が無い事と紅い目以外は生前のサムの姿と変わらない。帽子を目深に被っていれば、誤魔化せるだろう。
しかし、馬の方は難しい。血のように紅い瞳をした青白い馬は、呼吸もせず、触れても体温を感じる事は出来ない。この町やアルクレムの町の門番に馬が呼吸をしていない事や、体温が無い事に気がつかれたら大問題だ。
なので、馬車を引いている振りをするために生きている馬が必要になったのである。
どんな駄馬でも、もっと言えばロバでも構わなかった。サムである馬車本体は何かに引かれなくても、自力で車輪を回す事が出来る。見かけさえ取り繕えればそれで良いのだ。
「ふーむ、その馬車がどれ程のものか私は知りませんが……幾らなんでもロバですと、重くて引けなくなるのではありませんか? 皆さんが仕入れに使っている荷車ならともかく」
しかし、エドモンドが指摘した通りロバでは体裁を繕う事そのものが無理だったようだ。考えてみれば分かるが、三頭立ての馬車が本体であるサムを、ロバが引く光景は多くの人にとって奇妙に映るはずだ。
「やはり、私の隊商の予備の馬を出しましょう。なに、あくまでもお売りするのは予備ですから、行商に影響はでないでしょうからご安心ください」
「まあ、そんな事出来ないわ。私達に予備の馬を売ったせいで、『何か』あったら悪いもの」
「いえいえ、『何があっても』お気になさらず。私どもはお客様に対して、誠心誠意、『裏表無く』商いをさせていただいておりますので」
「まあ。私に『あの話』を持ちこんでから、まだ一カ月ぐらいだったと思うけれど?」
「はっはっは。あの一件から、私も『心を入れ替えましてね』」
「それは良い事ね。でも遠慮するわ。もしもの事があったら悪いもの」
突然自分の隊商で使っている馬を融通しましょうと言い出すエドモンドと、それを固辞するダルシア。
エドモンドは自分達の馬を融通する事で、ヴァンダルーに対して貸しを作ろうと企んでいる。彼の言う『何があっても』とは、融通した馬の事ではない。馬を融通したエドモンド達が不便な思いをしても、と言う意味だ。
もしそれを後でヴァンダルーが知れば、性格上気にしないはずはないと読んでの事で、思いっきり裏がある。
『ダルシア様は、こやつのそうした思惑を読んで、固辞しているのです』
そう生者には聞こえない声で解説するチプラスに、ヴァンダルーは「なるほど」と頷いた。商人とはよく考えるものだなぁと、思って。
「病気や怪我をした馬や、歳を取った馬でも良いので探してもらえませんか? 普通の馬と同じ値段で買い取りますので」
ダルシアとエドモンドの交渉の合間に、ヴァンダルーがそう口を挟むとエドモンドは「そこまでおっしゃるなら」と自分達の馬を融通する案を引っ込めた。
「しかし、そこまで馬が必要ならいっそ山賊から馬を奪うと言う手もあるでしょうし、馬の魔物をテイムする事に挑戦されてはどうです?」
「エドモンドさん、最近この辺りでは滅多に山賊を見かけません。後、この辺りに馬の魔物はあまりいませんよ」
代わりに口にした提案に対して、それまで黙っていた彼の専属護衛である元B級冒険者のロドリゲスが口を挟む。
彼の言う通り、モークシーの町周辺の治安は最近劇的に回復していた。……ヴァンダルーの命令を受けた、ブラガ達ブラックゴブリンのニンジャ部隊の活躍によって。そのため山賊は滅多に出ない状態が続いている。
そして馬の魔物をテイムしようにも、この辺りに馬の魔物はあまり生息していなかった。いるのは、臆病だが光属性の魔力を持ち、外敵と遭遇すると光で目を眩ませてその隙に逃げ出そうとするシャインホースぐらいだ。
「そう言えば、確かに。しかしヴァンダルーさん程のテイマーなら、手懐ける事も可能なのでは?」
「いえ、難しいでしょう。テイマーは全ての魔物に好かれるわけではありません。相性の良い魔物をテイムし、その魔物と上手く付き合っているだけです。俺も例外ではありません」
そのシャインホースとは、以前串焼きの材料を狩りに魔境へ行った時に遭遇していたのだが……ヴァンダルーと絶望的な程に相性が悪かったのだ。
テイムできそうな様子は全く無かった。
「なるほど……優秀なテイマーは何種類もの魔物をテイムする者ではなく、相性の良い魔物と上手く付き合える者ですか。勉強になりました。
では、早速知り合いに声をかけてきましょう。少々お待ちください」
そしてエドモンドは市で店を開いている知り合いの商人達へ話を持って行き、ヴァンダルーが提案した条件が破格だったためか、すぐに一頭の馬を見繕って来た。
「すぐ紹介できるのは老馬です。今の商売が終わったら、手放すつもりだったそうです」
案内された厩舎の馬房に繋がれている老いた馬は、静かにヴァンダルー達を凝視している。その様子に、彼とマロル達は満足気に頷いた。
「目を逸らさず睨み返して来るとは、中々胆が据わっているようです。経験豊富な馬は流石ですね」
「「「チュチュウ」」」
「ヴァンダルー、多分、怖がっているだけだと思うの。少し鼻息が荒いし」
老馬は、魔物であるマロル達の脅威を本能的に悟り、恐怖で動けないだけだった。……ちなみに、ファングは体が大きくなったため厩舎に入らなかったので、外で待っている。
ファングまで来ていたら老馬はパニックに陥っていたかもしれない。
そんな老馬にヴァンダルーはすっと手を伸ばした。
「あっ、危ないっ、手を噛まれるぞ!」
売主の男性が声をあげるが、恐怖で凍り付いている老馬はとてもヴァンダルーの手に噛みつく余裕は無かった。
荒い息づかいを繰り返し、血走った目で自分の顎に添えられた白い手を見つめている。
「どうやら、この馬はシャインホースよりも俺と相性が良いようです。こんなに大人しいですし」
ヴァンダルーの手に撫でられるうちに、老馬の呼吸は落ち着き、眼差しも落ち着いてきた。それは肉食獣に喉笛を噛みつかれ、死の運命を悟り、生を諦めたかのようだった。
「あれ? こんな人懐っこい奴だったかな? まあ、買って貰えるなら気の合う人のところが良いだろうから、良い事だが。
ところで、本当に若い馬の相場と同じ売値で良いのかい? 見ての通り痩せているし、毛も抜けて見た目も悪い。しかも、馬力も体力も若い馬より落ちるぞ」
「ええ、大丈夫です。彼なら俺達と上手くやって行けるでしょう。名前はありますか?」
「いや、特には聞いてないな。俺も何年か前に買った馬だったから」
そう言われたヴァンダルーは、毛並みが悪く少し禿げている老馬の鬣を見上げて頷いた。
「では、メーネと名付けましょう」
『オリジン』の言葉で鬣を表す言葉を、ヴァンダルーは老馬の名とした。
気絶から目覚めたロドコルテは、エドガーの治療を再開しながら懊悩していた。
(ムラカミ達が消滅した今、私の指示に従いヴァンダルーを殺す転生者が居なくなってしまった……いったいどうすればいいのか)
ロドコルテは輪廻転生に関しては、複数の世界に跨るほど大きな力を持っている。他の世界に転生させたり、その際に大人の肉体を与えたり、特殊能力……いわゆる『チート能力』を与える事だってできる。
だが、生きている人間には手出しが出来ない。当人の意思を無視して強制的に命令に従わせる事も、不可能だ。
神託の形で命令する事は出来るが……本当に命令するだけだ。「ヴァンダルーを殺せ」と命令しても、強制力が無いので、受け取った側にその気が無ければ無視されてしまう。
ムラカミ達は報酬として四度目の転生を用意したためロドコルテの依頼に従っていたが……四度目の転生に魅力を覚えない転生者にとっては、何の意味も無い。
だから既に彼の依頼を断った、残りの転生者達をヴァンダルー抹殺の為に使う事も出来ない。
(アサギ・ミナミはヴァンダルーに対して警戒感はもっているが、抹殺するつもりはまだ無いらしい。奴の力を削ぐ事に繋がるならと思い放置したが……いや、今の彼等はムラカミより弱い。戦わせる意味は無いか)
【魔王の欠片】についての研究を行っているアサギ達は、未だ成果を出せていなかった。まあ、暴走した【魔王の欠片】を新たに封印するなど、研究以外での成果は上げているのだが、それでも今の実力はムラカミよりも下だ。
数もムラカミ達と同じく三人。ヴァンダルーと戦っても、返り討ちに遭うだけだろう。
(そうなると、新たな転生者が『オリジン』で死に、『ラムダ』に転生するのを待つしかないのだが……)
残念ながら、その気配はない。
ロドコルテには寿命を表す蝋燭の炎を吹き消す事や、トラックによる事故を起こさせて生者を強制的に殺すような力は無い。事故か病気か、それとも殺人によるものか、何でもいいが死ぬのを待つしかないのだ。
『オリジン』では現在、『ブレイバーズ』と『第八の導き』との戦いが終わり、表面上は平和な状態が続いている。【アバロン】の六道聖が死属性の研究を続けながら陰謀を巡らせているようだが、その影響が現れるのはまだ先の事だろうとロドコルテは見ていた。
転生者達が簡単に死なないように色々工夫したが、まさかそれが仇になるとは思わなかった。
『神託で殺し合うよう伝えても、恐らく誰も従うまい。自殺するように伝えても同じか……【メタモル】に自我が残っていればしたがったかもしれんが……む、僅かだが快方に向かっている? いや、今の状況では吉報では無いな』
衰弱死でもしてもらった方が助かるのだが。そう思いながら、ざっと転生者達の状況を見るが、どれもすぐには死にそうにない。
この時ロドコルテは本当にざっと調べただけだったので、【メタモル】や【ドルイド】等ヴァンダルーの加護を受けた者の状態と経緯の詳細を調べようとはしなかった。
更にロドコルテの関心は転生者にしかなかったため、雨宮博と冥の兄妹に関しては調べようとも思わなかった。
この時もし調べていれば――とてつもなく対処に困っただろう。
彼が直接手を出せないのは、『ラムダ』だけではなく『オリジン』もだからだ。
(六道聖が目障りな研究を重ねているが、奴が死属性を手に入れる事は出来まい。それは良いが、奴が動き出すまでまだ時間がある。
まさか、私が転生者同士の殺し合いとそれによって出る死者を待ち遠しく思うとは……)
転生者には神託と言う形でメッセージを送る事が出来るが、『早く死になさい』と言って死ぬ者はいない。全能の神の声を装えば上手く誘導できるのだろうが、人間の心理に疎いロドコルテにはそんな器用な事は不可能だ。
逆に不信感を持たれ、本当に転生者達が死んだ時に面倒になりかねない。
だからと言って、指をくわえて見ているだけというのも耐えがたい。そこでロドコルテは二つの策を考えた。どちらも、今の彼が実行可能なものだ。
一つは、新たな転生者を創り出す事。チート能力を新たに用意する時間は無いが、『ラムダ』を含め『地球』や『オリジン』等彼が輪廻転生を司る世界で出た、ヴァンダルーを抹殺するための戦力になりそうな死者を再び『ラムダ』へ送り込むのだ。
(しかし、雨宮寛人達のように間に別の世界を挟んで経験を積ませるような余裕は無い。一度目の人生で既にある程度強かった者でなければならない。そう考えると、『ラムダ』は厄介だ。戦闘力ばかり高い劣等世界め)
『地球』のようにステータスもスキルも、魔術も無い世界からの転生者では、ヴァンダルーにも、その配下にも勝てないだろう。
『ラムダ』は、人並みの運動神経がある人間なら誰もが努力すればランク3の魔物……『地球』のハイイログマ、いわゆるグリズリーを剣や槍など原始的な武器で倒せるようになる世界だ。『地球』のような世界の天才武術家でも、『ラムダ』では凡庸な冒険者と同じかそれ以下だ。
転生させる際に加護を与えて強化しても、ムラカミが一年以上かけてヴァンダルーに全く敵わなかった事を考えると、相当の時間をかけて修行しても無理だろう。
他の世界、魔術が存在する『オリジン』のような世界や、ステータスやスキルが存在する世界も幾つかロドコルテが輪廻転生を司っている世界にはある。それらの世界でも強い者を転生者として送り込む事が出来れば、勝機があるかもしれない。
『しかし、ヴァンダルー達に対抗できる程の強者が、頻繁に死ぬような世界がある筈もない』
その世界でも最強の人物が、都合良く死ぬはずがない。これはその時が来るまで、ひたすら待つ必要があるが、何も出来ない無力感を紛らわす事は出来る。
『だが、気晴らしでは現在の状況は変わらない。やはり、もう一つの策……アルダ勢力の神々が鍛えている英雄達に、私も加護を与え更に強化するのが現実的か』
神々の加護は、『ラムダ』ではレベルが上がり難くなる時期、いわゆる『成長の壁』の高さの緩和や時期の短縮の効果がある。ロドコルテの加護もその例外ではない。
『アルダ勢力の神々が育てる英雄達に私の加護を与える事で、英雄達は更に強化される。それで彼らに貸しを作り、近い将来『ラムダ』に送り込んだ転生者に、加護を与えるよう要求する事も出来るだろう。
チート能力とは違い、加護は神の力を与えるだけ。私なら、何十人でも加護を与える事が出来る。……ムラカミの魂を喰われた時のようにならないために、一工夫必要だが』
一度に何十人もの英雄の魂がヴァンダルーに喰われるような最悪の事態は、考えたくも無いが……無いとは言えない。
加護を与え、もしもの時にダメージを引き受ける分身の役割を果たす御使いか分霊を魔力で創っておくべきだろう。しかし、その前に踏まなければならない手順がある。
『その前に、英雄達に加護を与えるために根回し、英雄達に私の存在を知ってもらう事が必要か』
加護を与えるのは神の権能だが、神の存在を知らない人間には加護を与えられない。ロドコルテは境界山脈内部……ヴィダル魔帝国ではヴァンダルーの敵として知られているが、人間社会での知名度は無い。
加護を与えるには、アルダ勢力の神々を通じて、英雄達に存在を知ってもらう必要があるのだ。
『ハジメ・イヌイの事で何か言われるかもしれないが、あれはアルダ側の『雷雲の神』の仕業でもある。それに、何か言われても『今は過ぎた事をとやかく言っている場合では無い』、『主義主張の違いを乗り越えて、協力し合うべきだ』と言っておけば、誤魔化せるだろう。
彼らもヴァンダルーに脅威を覚え、力を欲しているはずだ』
モークシーの町からアルクレム公爵領の領都、アルクレムに向かう準備は、一つを除いて終わった。
商業ギルド、そして冒険者ギルドと魔術師ギルドの登録にも特に問題は起きなかった。ハートナー公爵領でも警戒したが、この町でもチンピラ冒険者が絡んでくるようなイベントは起きなかった。
ただ冒険者学校については保留という事になったため、冒険者ギルドの等級はF級だったが。ベラード曰く、少し大きな町の支部長では、『未成年者は冒険者学校を出ないとE級以上には昇級できない』規則は曲げられないそうだ。
「君がE級以上……もっと言えばB級以上の実力を持っている事は分かっている。分かっているのだが……組織である以上破れない規則と言うのがあるんだ。
それと、うちの冒険者学校では君はかなり手に余る。後は、アルクレムの冒険者ギルド本部のマスターと相談してくれ」
「いえ、学校は行くつもりなので別に構いませんよ。それに冒険者ギルドで危険な依頼は受けられなくても、魔境やダンジョンに入る事は出来ますし」
心苦しそうにそう告げるベラードに、ヴァンダルーはそう返した。彼も自分が冒険者学校で学ぶ事が多いとは思っていない。
だが制度上の問題なら、人間社会で活動するために入学し、単位を取って短期間で卒業してしまえば良いと思っていた。
その間は人間社会で布教活動をしたり、【転移】でこっそりヴィダル魔帝国内に戻ったり、ハインツ達が戻って来ていないか動向を探ったりと、同時進行で様々な事が出来る。
それに、冒険者学校で将来有望な人材と巡り合える可能性もある。
だから時間の無駄とは思わない。
他にもヴィダ通りの屋台店主達との打ち合わせと、ヴァンダルーが留守の間商品の仕入れを飢狼警備の社員が行う事、孤児院を含めた警備態勢を整える等、様々である。……こっそり飢狼警備の社屋や孤児院に使い魔王を設置するのも忘れない。
後は……。
「町の近くの魔境にダンジョンが出現したかどうか、出現したのなら内部の調査ですか」
「あれだけの規模の魔物の群れに襲われたら、まあダンジョンが出現したと思うのが普通でしょうけど……」
ハジメ・フィトゥンが起こしたダンジョンの暴走。それで使われたダンジョンの調査をモークシー伯爵がカナコやメリッサ、ダグ、そしてサイモンとナターニャを指名して依頼したのだ。
「普通、こういう依頼はC級か、もっと上のB級冒険者に出すものでしょう? 何でD級の私達を指名して依頼したのかしらね。まあ、答えは知っているけれど」
「ああ、俺も分かる。F級のヴァンダルーや、冒険者じゃないダルシアさんを指名する訳にはいかないから、知り合いの俺達に依頼しただけだよな」
「そう愚痴らずに。伯爵の立場では、調査依頼を出すのは仕方のない事だと思いますよ。カナコ達の実力もD級以上だと察しているでしょうし」
そうカナコ達を宥めながら、ヴァンダルー達はテイマーギルドに登録し、翌日にはランク2のレッサー魔馬になっていたメーネにサムを引かせて魔境に向かうのだった。
○スキル解説:能力値強化:ヴィダル魔帝国
ヴィダル魔帝国が管理する領域内部に存在しているときや、国民と一緒に居る時、皇帝としての政務や軍務についている時、帝国の利益や安全の為の何かをしている時に能力値が強化されるスキル。
○魔物解説:レッサー魔馬
馬が魔物化した魔物。ランクは2で、馬の中でもポニーのような小型の馬や、老いている馬の場合はこの魔物になる。
軍馬など身体能力の高い馬は、殆どランク3の魔馬になり、ときおりそれ以外の種族の馬型の魔物に変化する。
4月9日に249話を投稿する予定です。




