二百四十七話 新国名決定
『法命神』アルダの神域には、彼に仕える存在だけではなく他の神々から遣わされた御使い達が次々に訪れては、報告をもたらしていた。
その多くがヴァンダルーに関するものだった。
『我が主よりアルダ様へ。フィトゥンを倒した魔王ヴァンダルーとその配下達は、己の都で贅を凝らした祭を催し、士気を高めております』
『祭りには民草から搾り取った税、そしてモークシーの町に存在した犯罪組織を乗っ取り不正に稼いだ富が使われたのだろうと、我が主『兵の神』ザレスは申しております』
『己の巨大な像を創らせるに飽き足らず、何と傲慢で虚栄心に満ちた人物でしょう。伝説にある初代魔王、グドゥラニスそのものです』
伝令等の役割を担う御使いは、主である神の魔力によって創造された存在だ。そのため彼等の言動は、そのまま創造主である神のものだ。つまり、境界山脈内部をはるか上空から見張っている神々が、タロスヘイムで暮らす人々の正確な実情を知らないままそう思える程、強い敵意を持っているという事だ。
暴走し神として相応しくない行いをした結果とは言え、ラムダの神であるフィトゥンが滅ぼされた直後だ。若い神々がヴァンダルーに対して敵意を滾らせるのも、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
『御使い達よ、汝らの主である若き神々に伝えよ。冷静さを保つのだ。かの魔王ヴァンダルーの厄介さは、初代魔王グドゥラニスには無かった、他者への情けを持ち合わせている事にある事を忘れるな』
だからアルダにそう叱責されると、御使い達は揃って困惑した様子を見せた。
『ヴァンダルーが邪悪である事は確かだ。我々が唱え、人間達がそうあるべきである正しい秩序と相反する、歪んだ教えを唱え人々を惑わしている事は間違いない。
傲慢であろうし、虚栄心も持ち合わせているだろう。だが、慈悲の心が無いわけではない』
『アルダ様は、奴が邪悪ではないと言うのですか!?』
『そうではない。法を破り、罪を犯す悪人にも善の心はある。それだけの事だ』
悪人にも善の部分はある。善人の心にも黒い部分があるのと同じように。
モークシーの町でヴァンダルーが行った事の多くは、自身とヴィダ信仰の勢力を増すためのものだろう。だが、全てが打算によるものではないはずだ。
アルダの知るヴィダは、狂っていたとしても『生命と愛の女神』だった。自ら産みだした、世界の理を危うくする新種族達を我が子として愛し、彼等にグドゥラニスが現れる前と同じ教えを説いていた。
恐らく、それはアルダ自身に『法の杭』を打たれ、ヴァンダルーによって解放された後も変わらないだろう。
なら、ヴィダはヴァンダルーにも教えを説いたはずだ。そしてヴァンダルーも、その教えに従っているはずだ。
そして、だからこそヴァンダルーは厄介なのだ。もし彼がグドゥラニスと同じ人格の持ち主なら、傲慢で虚栄心に満ちた言動を取らなければならなかった。力と恐怖のみで君臨する者の支配は強固だが、ふとしたことで亀裂が入る。
常に舐められないように振る舞うには、自らを必要以上に大きく見せ続けなければならない。
それならアルダ達は十万年前、勇者ザッカートが行ったよりも簡単に、ヴァンダルーの配下を裏切らせる事ができただろう。異世界からきた邪神悪神ばかりの魔王軍と違い、ヴァンダルーの配下にはこの世界の人間も多いのだから。
しかし、ヴァンダルーは力と恐怖以外のもので配下を従えている。アルダから見てそれは歪で、悍ましく、この世界の今までの秩序を否定するため、絶対に認められないものだったが。
『ヴァンダルーを弁護する訳ではない。だが、二代目魔王であっても憎むばかりで見誤ってしまえば、足元を掬われる事になる。注意せよと、己の主に伝えよ』
『は、畏まりました』
御使い達はアルダの言葉を伝えるべく、主である神の元に戻って行く。その後も、魔大陸やアルクレム公爵領を見張る神や、魔王の大陸やある海域でボティンやペリアの護衛を行っている神から派遣された御使いがやって来ては報告を行う。
多くの場合は「異常無し」の報告だったが、そうでない報告もあった。
『我が主、『晴天の神』アルカム様のタロスヘイムの監視の任を解き、暇を頂けますようお願いいたします』
『アルカムがか。如何にした? まさか攻撃を受けたのか?』
『晴天の神』アルカムは天候を司る、光属性の神だ。アルダの従属神の中では若い方で、それだけに熱心に務めていたのだが……。
『いえ、攻撃は受けておりません。おりませんが、タロスヘイムの建造物の屋根に描かれた悍ましい、言葉に出来ない程冒涜的な模様が、我が主アルカムの精神を苛んでいるのです。
今では殆ど他の方に役目を代わって頂いている状態で、このままではあまりに迷惑をかけてしまうので、任務を辞したいと』
『そうか。奴が人間の精神を蝕むモノリスや絵画を創り出せる事は知っていたが、まさか神の精神を蝕む程とは。
恐らく、相性の問題もあるのだろう。アルカムには暫く任務から離れ、己の英雄の育成を行うよう伝えよ。
ところで、アルカムに代わって見張りを行っている神とは?』
その神はヴァンダルーの精神攻撃に対して、相性が良いのかもしれない。そう考えて尋ねると、御使いは答えた。
『はい、ナインロード様の従属神が一柱、『雨雲の女神』バシャス様です』
正直、アルダにはその名前に、あまり聞き覚えが無かった。確か、天候の予想や占いで活躍したが若くして亡くなった女性が、神に至った存在だった事は記憶している。
フィトゥンと違い大人しく、決して邪悪では無い。特に問題も起こさず、関わらないためアルダの記憶にはあまり残っていなかったのだ。
ただその性質上、凶兆を伝える神として人間達にはあまり表だって信仰されていない女神だ。神像も清らかさよりも、おどろおどろしく恐ろしげな物が殆どだ。
それに、精神的な強さや勇ましさなどとは無縁の女神だったように思える。
(やはり、精神力ではなく相性の問題なのか? 我が従属神達の中でも、『陽光の神』や、ベルウッドから預かった『破邪の神』は精神攻撃の影響を受け眩暈や頭痛を訴えていたが、『闇夜の女神』や『影の神』は影響を受けていなかった)
『闇夜の女神』や『影の神』は字面が悪いが、二柱とも光属性の神である。この世界では闇は単一の属性ではなく、「光が無い状態、若しくは空間」を指すので光属性の一部と言う解釈がなされている。
光属性魔術の【闇】も、周囲の光を操って光が差し込まない空間、闇を創り出す魔術だ。
それと同じように、闇の深い夜や、光があれば出来る影を司る神も光属性の神とされていた。
『……いや、大丈夫なのか?』
そこまで考えた時、アルダはふと思った。導士の中にはその影響力を人間だけではなく、神々にも及ぼせる者がいる。かつて、彼と世界の正しい在り方について語り合った勇者ベルウッドが、そして魔王軍から邪悪な神々を幾柱も寝返らせ、ヴィダを狂わせた『堕ちた勇者』ザッカートがそうであったように。
ヴァンダルーもそうではないのか? ザッカートが狂わせたヴィダや邪悪な神々だけではなく、リクレントやズルワーンも惑わしたかの二代目魔王の導きは、神にも影響を及ぼすのではないか?
ならば、精神攻撃を受けていないと見られているバシャスや『闇夜の女神』、『影の神』は、実際には精神攻撃ではなく導きの影響を受けているのではないのか?
(我の考え過ぎか? 実際に、彼女達は我等を裏切る動きを見せてはいない。それに、導きを受けているか否かなど、人ならともかく神の胸の内は読めるものでも無い。具体的な動きを見せていない以上、見分けはつかない。
だが、念のために彼女達の英雄の様子を調べておくか。ヴァンダルーと接触するなら、神である彼女達自身ではなく、信者達を使って試みるはずだ)
そう考えてバシャス達の英雄の所在地を知る者はいないかとアルダは尋ねたが、何とバシャス達が育てている英雄の事を知っている御使いは一柱も居なかった。
何故ならバシャスは自分が凶兆の神として恐れられている事を知っているため、加護を与えた英雄候補達に「自分の加護を得ている事は、暫く秘密にするように」と命じたからだ。
『闇夜の女神』や『影の神』に至っては、英雄を本当に育てているのかもわからない。あの二柱はバシャス以上に他の神々との接触を避けているため、誰も知らなかったからだ。
他の英雄達が神々に見守られながら華々しい活躍をしている間も、バシャスの英雄達は、今も何処かで密やかに活動している。
『……急ぎ補充の神を選び、派遣しなければ。そして、一旦彼女達から話を聞いた方が良いな』
無暗に仲間を疑う事は組織の瓦解を促すが、放置も出来ない。アルダはそう考えていた。
タロスヘイムの国名を改名する。正確には、タロスヘイムと言う名前はそのまま使われるが、以前のような国名では無く都市の名前として扱われる事になる。
新しく付けるのは、タロスヘイムだけではなく魔大陸や旧スキュラ自治区、そして境界山脈内部全体を含むヴァンダルーが影響力を持つ地域全域を表す国名である。
この大プロジェクトは、皇帝であるヴァンダルーに知らされる事なく、水面下で進められていた。
将軍兼宰相であるチェザーレ、その副官であるクルト・レッグストンや、部下のクオーコ・ラグジュ等武官と文官は勿論、飛び地である魔大陸の主だった人物、そして境界山脈内部の神々や国々の主だった人物達にも。
まるでイジメのように、徹底してヴァンダルーには知られないように根回しを進めていた。
巨大ヴァンダルー神像の建設は、偶然だがプロジェクトからヴァンダルーの眼を逸らす格好の隠れ蓑だった。
「でもさ、大ヴァンダルー魔帝国は無いと思うぜ。もっと他にあるよな」
だが、タロスが提案した新国名を聞かされたマッシュはそう言った。
「ですよね」
その答えに、ヴァンダルーは我が意を得たと普段よりも早い仕草で頷いた。そんな彼の態度を見たマッシュが、ふっと苦笑いを浮かべて問いかけた。
ちなみに、マッシュ達孤児院のメンバーはタロスヘイムに将来的に移住する事になるので、その予行演習。そしてパレードやお祭りに参加する行楽の為、そしてセリスとベストラの手術の下準備の為に来ていた。
「それで、俺に話す前に何人に同じ話をしたんだ?」
「……十人以上ですね。半分は既に国名の改名について知っていて、残り半分は知りませんでしたが予想外の答えばかりでした」
タロスが改名を提案したその場に居たグファドガーンは、ヴァンダルーが何を問題にしているのか全く理解できなかったらしい。彼女は『迷宮の邪神』で、境界山脈内部にはザナルパドナのように守護神の名前をそのまま国名にしている国があるからだろう。
「私如きには理解が及びませんが、私は常に偉大なるヴァンダルーの僕です」と心強い言葉を貰ったが、何か違う気がする。
ダルシアは、「そうね、もう少しもじってもらった方が良いわよね」と微調整を加えるのを推奨しつつも、改名自体には賛成のようだった。
モークシーの町に連れて行った者達以外は、改名について大体知っていた。食事以外は地下工房に籠っているルチリアーノや、ヴァンダルーの友人ではあるが本人は一介の探索者であるカシム達は知らなかったが。
そのルチリアーノは「そんな事より師匠、そろそろ例の研究を人体実験へ段階を進めるべきだと思うのだが」と軽く流し、カシム達は「本当か!? 良かったな、おめでとう!」と祝ってくれた。気持ちは嬉しかったが望んでいた反応やリアクションとは異なる。
そのためヴァンダルーは、もしかして自分の名前を国名にされる事を厭う自分の感性の方が変なのではないかと思い、パレードに参加する為モークシーからこっそり連れて来たマッシュ達の意見を聞くためにこの広場に来たのである。
『ちょ、丁度良いところに来てくれた! ヴァンダルー殿、いや、ヴァンダルー様! このクソガキ共をどうにかしてくれぃっ!』
今広場では、パウヴィナ監修によるルヴェズフォルで学ぶ従魔との触れあい方教室が行われている。
しかし二人はルヴェズフォルの訴えを無視して、会話を続けた。
「でも、何で俺? 弟子のサイモンのおっさんとか、ナターニャの姉ちゃんとかの方が良いんじゃないのかよ?」
「サイモンとナターニャは、今とても疲れて寝ています。ボークスとヴィガロが訓練ではしゃぎ過ぎたようです」
新入りを効率良く鍛えてやろうと、ボークスとヴィガロが訓練用の武器で本気のサイモンとナターニャと戦うという、かなり実戦に近い訓練が実行された。
受肉した英霊に勝るとも劣らない実力と迫力の二人、特に自分と同じ【霊体】使いが現れた事にヴィガロが張りきって、サイモンとナターニャにとって充実した訓練になったようだ。……その代償に、疲れて泥のように眠っている。
「そっか……でも、この国ってお前が初代王様なんだろ? だったら、ヴァンダルーじゃなくて、ザッカート帝国って名前になるのが普通なんじゃないか?」
マッシュがそう言うように、この世界に現存する人間社会の国の名前は殆どが建国者の姓名から取られている。
アミッド帝国やその属国であるミルグ盾国がそうだ。オルバウム選王国は若干異なる。オルバウムは人の姓ではなく、選王制度を提案し、当時独立国だった十二の国を纏めた人物がいた自由都市オルバウム……現在の選王領の中心にあった都市の名前である。
ただ、その自由都市オルバウムの名も元は五人の創始者の名前から一文字ずつ取ったものではあるのだが。
その慣習に従えば、ヴァンダルーの姓を国名にしても何もおかしくはない。
「でも、それも微妙なのですよ。俺にザッカートの姓が付いたのは、国王に就任し、帝国になった後の事ですし。後……今後姓が増えないとも限りませんから」
「……姓って、増えるんだ。まあ、そうだよな。
でも意外だ。お前にも恥ずかしいって思う事があるなんて」
しみじみとそう言うマッシュに、ヴァンダルーは何度か瞬きを繰り返した後答えた。
「当然ですが、俺にも羞恥心はありますよ。寧ろ、何故マッシュにそう思われたのかが、分かりません」
記憶を探ってみたが、全く心当たりが……いや、昔を顧みるとそれなりに在るような気がする。
「これまで殺し合いで毒や病原菌を使うとか、敵軍との戦いに罠を仕掛けるとか、正々堂々や清廉潔白とは言えないやり方で生き抜いてきましたが、まさかそれを見抜いて!?」
「見抜いてねぇよ! 恥知らずって、そう言う意味で思った訳じゃねぇし!」
何と言う眼力だと驚くヴァンダルーの誤解を、マッシュは全力で否定した。
「そうじゃなくて、町で結構ベタベタしてただろ、ダルシアさんとか、エレオノーラやベルモンド、バスディアの姉ちゃんとか、ザディリスとかと。いつも後ろにはグファドガーンが居たし」
ダルシア達はとても気軽にヴァンダルーの頭を撫でたり、持ち上げたり、抱きしめたりする。マッシュはそれを見ても最初は違和感を覚えなかったが、ヴァンダルーが実は年上だと知ってからは少し変に思った。
普通、それぐらいの年齢になったら人前でそんな風に、子供として扱われたら恥ずかしがったり、照れくさかったりするのではないかと思うからだ。
タロスヘイムに来てからは、それが更に顕著になった。……異性だけではなく同性の人物もヴァンダルーを掴み上げるし、巨大な肉塊が押しつぶすようにして飲み込むし、空飛ぶ骨が掻っ攫う等羞恥心より恐怖心の方が刺激されそうな事も多かったが。
更にこれは孤児であるマッシュではピンと来なかったが、自分の母親を含め知り合いの異性にアイドル衣装に変化する変身装具を渡し、ステージでも最前列で応援し親子である事を隠そうともしない。この点でも、ヴァンダルーの感覚は普通とは異なるかもしれない。
しかし、ヴァンダルーの反応からはそれが見られない。マッシュはそんな友人を、「こいつ、もしかして感情が無いんじゃないか?」と実は心配していた。
そんな彼に、ヴァンダルーは応えた。
「マッシュ……それは俺がスキンシップによって心の平安を得る寂しがり屋で、甘えん坊だからです。更に言うと、国中の皆が知っていますが、俺は度の強いマザコンでもあります」
「そ、そうか」
「俺には羞恥心が無いわけではありません。今気がつきましたが、羞恥心を刺激されるポイントがちょっとずれているだけなのでしょう。
自分の巨大な神像を彫られるとか」
ヴァンダルーが最近で最も羞恥心を刺激されたのは、自分の巨大神像建築プロジェクトが始まった事だった。これまでの経験から等身大までなら平気になっていた彼だが、流石に全長百メートルの像は抵抗を覚えた。
「それは、俺には分からない感覚だよなー。って、言うか誰にも分からないって。公爵様どころか、選王様やアミッド帝国の皇帝だってそんな大きな像を建てた事ないぜ。
でも、国名を早くどうにかした方が良いってのは分かるな。まだ、全員が知っている訳じゃないんだろ?」
「ええ、まだ主だった人物しか知りません」
「だったら、大ヴァンダルー魔帝国以外の名前を提案した方が良いぜ。だって、お前の事だからこの国の奴らが皆で『大ヴァンダルー魔帝国に改名したい!』って言い出したら、あの神像みたいに押し切られそうだろ?」
「っ!? た、たしかにその通りです」
マッシュの指摘に、ヴァンダルーははっとした。神像も最初は強く主張しているのがヌアザだけだったので強硬に断っていたが、全国民による行動に成ると「これも国民の声なら仕方がない」と抵抗を諦め、反対の意思を表明するだけになってしまった。
同じ事が国名改名でも起こらないとは限らない。
「じゃあ、早速候補を考えましょう……何が良いと思います?」
「そこまで俺に聞くなよー。関係無いだろ、俺には」
「いいえ、マッシュも将来うちの国で暮らすのですから、関係ありますよ」
「えっ? 俺達も住んでいいのか!? 言っとくけど、俺達まだテイマーとして半人前だから、稼げないぞ! それともセリス姉ちゃんやベストラ姉ちゃんの身体が目当てか!?」
「いや、今すぐ稼ぎを当てにはしませんから。それと、セリスとベストラとマッシュの身体だけが目当てではありません。心も下さい」
「俺のも!?」
「マッシュ兄ちゃんモテる~」
「ヒューヒュー」
「ふしまつなマッシュ兄ちゃんだけどよろしくおねがいします、ヴァンダルー兄ちゃん」
「それを言うなら不勉強な、じゃなかったっけ?」
マッシュが叫ぶので、面白そうな事を話していると思った子供達がわらわらと二人の周りにやってきて、耳年増なのか、口で口笛を吹いている真似をしたり、微妙に間違っている事を言ったりする。
「皆も俺に身体と心を寄越して、うちの国民になりなさーい」
その子供達に対して、両手を前に突き出して「お化けだぞ」と脅かすようにして追いかける仕草を見せるヴァンダルー。
「きゃーっ、わたしの心が目的だったのね~!」
「マーシャ、それって良い事じゃないかな?」
そのヴァンダルーから楽しそうに逃げる子供達。
「お、おいっ、良いのか!? 俺達きっと迷惑かけるぞ! まだ全然強くないし!」
「普通、子供に強さは期待しません。大人になりながら、ゆっくり強くなってくれればそれで良いかと思います」
武の国である鬼人国だって、子供の内からいきなり大人並みに強くなる事を求めはしない。大人になった時、大人並みに強ければそれで十分だ。
「大人になっても恩なんて返すか分からないぞ!」
「そう言うもので良いと思いますよ。マッシュの自主性に任せますが、恩返しをしようとするよりもマッシュ自身の幸福を追求してくれた方が、俺としては嬉しいです」
ヴァンダルーはマッシュ達を、国家に忠実な工作員として育成するつもりは毛頭ない。希望されればペットを魔物化させたりはするが、将来の職業選択の幅を広げるとか、情操教育の一環以上の事をしたつもりは無い。
とりあえずは、友だちが健やかに育ってくれればそれで良い。
「ヴァン~、皆のタイケンガクシュウの邪魔しちゃダメだよ。メッ」
「すみません、つい楽しくて」
猫の子のようにパウヴィナに抓みあげられたヴァンダルーをマッシュは暫く見上げていたが、目元をごしごしと袖で拭いてから、言った。
「よ、よ~し! じゃあ、お前が恥ずかしがらないでもすむ国名を考えるの手伝ってやるよ! 俺もこの国の国民だからな!」
「何? 何するの?」
「ぼくもやる~」
「皆、ホリー院長がお茶を淹れたから――」
「セリス姉ちゃんとベストラ姉ちゃん達も、一緒に考えようぜ! 院長先生も呼んでさ!」
『考えるぅ』
『『『るるるる~』』』
『では、我は隅で休ませてもらおう』
『…………』
『ぬっ、我をそんな複眼で見るな! 分かった、知恵を貸せばよいのだろう。ふん、リオエンやティアマトが我の意見も取り入れた名の国の一部と化すのなら、それはそれで愉快だろうよ』
こうして新しい国の名前を考える会が始まった。後日、セリス達は「あの時は、まさか本気に国名を決めるなんて、思わなかった。冗談だと思った」と口を揃えて語ったと言う。
「まずはヴィダの名前を頂きましょう。ヴィダ派で纏まっている国なのですし」
「神様から一字貰うのは、良い事よね」
「それと、ヴァンの字も皆欲しがると思う」
「じゃあ、ヴィヴァ国!」
『……むやみやたらと明るそうな国名だな』
「頭文字以外にしたらどうだ。ンかダ、ルーで」
「後、リクレントとズルワーンの名前も貰ったらどうかしら?」
『我々の味方をしてくれている大神だものね。グファドガーンの名前も入れたら?』
「では、ヴィリズグルー国?」
『語感が最悪ね』
いつの間にかエレオノーラやアイラ、ベルモンド等が続々と集まって話に加わって行く。
「良しっ! これからトーナメントをして勝ち残った奴が命名権を得ると言うのはどうだ!? 儂はトーナメントを戦えればそれだけで満足だが!」
「父さん!? 馬鹿な事を言わないでください!」
『じゃあ、くじ引きで決めようぜ。それで百年ぐらい試してみて、気に入らなかったらまた改名すれば良いじゃねぇか』
「なかなか決まらないですね~。この際なので、もっとシンプルな名前にしたらどうです? リクレントやズルワーンの名前は、将来新しく作る事になるだろうダンジョンや町、村の名前につければ良いと思います。
王侯貴族は正妻や愛人の名前を町や橋につけるそうですし」
「その例はどうかと思うが……シンプルな方が呼びやすいとは思うぜ」
そしてカナコの意見を取り入れて、複雑怪奇になりかけていた国名候補は破棄され、シンプルなものへと考え直された。
『ガルトヘイムやヘルヘイムと言った、異世界の名前なんてどうです?』
レギオンはそう勧めたが、やはりこの世界の名前にする事になった。
そして最終的に、ヴィダから一文字半、ヴァンダルーから二文字取った名前になった。偶然だが、通貨であるルナも一文字入っている。
「では、ヴィダル魔帝国とし、この案を推薦するとチェザーレやタロスに報告しましょう」
しかし、何故か「魔」の文字は取れなかったのだった。
4月5日に248話を投稿する予定です。




