二百四十六話 黒く泡立つ甘露が神の杯に満ちる時
やわやわと舌をくすぐる泡の感触が、癖になるようなカラメルの甘さをしつこくない、爽やかなものにしている。そして泡が割れる度に独特な匂いが弾けるように広がる。
今までエール等炭酸を含んだ酒を飲んだ事は幾度もあるが、この飲料はそのどれとも違っており、彼はすぐに夢中になった。意識の四分の三を持って行かれている。
『ゴクゴクゴクゴク』
『レロレロレロレロ』
『ケ~プっ。失礼、ングングング』
『これがコーラ……出現した『地球』ではピザと並んで飽食のシンボルとされる、人を堕落させる飲み物!』
四つの内、三つの頭でマイ杯を満たしているコーラを飲み、残る一つで食レポをするズルワーンの姿に、コーラの製作者であるヴァンダルーは満足気に頷いた。
『喜んでもらえたようで、良かったです。正直、『地球』のコーラよりも炭酸が弱いので心配だったのですよ』
ヴァンダルーが自作したコーラは、味や匂いは彼の記憶に辛うじて残っているコーラとほぼ同じ……いや、実際には使っている甘味料がゲヘナビーの蜂蜜であるためか、味は明らかに上だ。
しかし、作り方に問題があったらしく炭酸が弱かった。微炭酸と言う程ではないが、記憶にある炭酸飲料と比べると物足りない程度だ。
これは炭酸、つまり二酸化炭素を液体に溶かす際に『加圧』と言う工程を行えば解決できると、後になってから気がついた。
今後、樽を利用して作った試作品の装置ではなく、コーラ製造の為のゴーレムを揃えた正規のゴーレム工場を稼働させられれば、ちゃんとしたコーラを作る事が出来るだろう。
しかし、炭酸以外の味と香りは問題無しのコーラである。
カナコ達転生者やレギオンも、「『オリジン』で飲んだコーラと匂いは同じだし、味は明らかに上」と太鼓判を押してくれた。……ヴァンダルーと違い、比較対象が『地球』ではなく『オリジン』なのは、『オリジン』でコーラを何度も飲んで記憶が上書きされたからだろう。
異世界なのにコーラの存在が共通しているのは、考えてみれば奇妙な事だ。だが、魔術が存在する事と幾つかの歴史的出来事の有無以外は、『地球』と『オリジン』はよく似た世界だった。そのため暮らしている人間の嗜好や、世界に存在する材料もよく似ており、その結果似た炭酸飲料が作られ、それが世界的に流行したのだろう。
実際、コーラは同じでも作っている会社は『地球』と『オリジン』では違う。
『後、飽食のシンボルはともかく、人を堕落させる飲み物と言うのは言い過ぎだと思います。あと、ピザも具材と生地の薄さによってはヘルシーです』
『うむ、勿論ジョークだ。しかし、飽食のシンボルの方は良いの?』
『このコーラのカロリーが高いのは事実ですからね。後、原材料費も高いですし』
甘味料に使っているのは、アイゼン達スクーグクローやレーシィー、モンスタープラント、ガンテエントの花からゲヘナビー達が集めた蜂蜜。とんでもなく美味しいが、それ故にとても原価が高い。グラス一杯で百円どころか、百ルナ(約一万円)ぐらいが今は相当だ。
もしオルバウム選王国で同じ質の原材料を集めようとすれば、数千バウム(約十万)はかかるだろう。
『今後、大量生産が出来るようになれば製造コストも下がりますし、甘味料も普通の砂糖を使う一般用と、ゲヘナビーの蜂蜜を使う富裕層向けに分けるつもりです』
『それでも高そうだ。砂糖も、『地球』程安い訳ではないし』
ズルワーンが言うように、この世界の砂糖の価値は高い。紙と同じで、一般人では手が出せないと言う程ではないが、日常的に使うには懐が厳しい。それぐらいの嗜好品である。
『……その砂糖、ハイコボルト国から輸入しているランブータンのように、魔人国から輸入するつもりか?』
『戦旗の神』ゼルクスから尋ねられた、ヴァンダルーは『そのつもりです』と頷いた。
『気を使う事は無いのだぞ。汝ならサトウキビでもテンサイでも、ダンジョンなり自分自身なりを使えば、自由に栽培できるだろうに』
『それはその通りですし、既に自分達用にサトウキビを吸収しています。ですが、やはり友好国の特産品を奪うのは浅ましいと思いますし……今やる事でも無いでしょう』
『法命神』アルダや『輪廻転生の神』ロドコルテと戦っているなか、友好国と富を奪い合う意味は無いだろう。
『ふむ、あまり気にする事でも無いと思うが』
『そうだ。各国にコーラ工場を作って、その国ごとのフレーバーを作ると良いかもしれませんね。ご当地コーラ、これはいけます』
『……商売っ気があるのかないのか、どっちなのだ?』
『五頭地!? 我に何か関係が!?』
それまでズルワーン以上に夢中になってコーラを飲んでいた『五悪龍神』フィディルグが、顔を上げる。
『ご当地だ。聞き間違えるな、確かにお前が守護するリザードマン達の大沼沢地も含まれているが。……うちのグール国だと、ガンテエントフレーバーか?』
『闇の森の邪神』ゾゾガンテが、根からコーラを吸収しながら、果実のように枝に連なる眼球をうっとりとさせる。
『触手フレーバーは無いとして、米はフレーバーになるのでしょうか』
『我が子等の国の場合はどうなるだろうか。肉か、脂か……』
『武に生きる我が子等のご当地コーラ……!? これは、今までの激闘よりも厳しい難問なのでは!?』
『まさか糸や殻を混ぜる訳にもいかぬであろうし、これは御子殿達の知恵を拝借するよう、神託を出さねばならんかな?』
スキュラの守護神にして片親である『汚泥と触手の邪神』メレベベイル、ノーブルオーク王国の守護神『堕肥の悪神』ムブブジェンゲ、鬼人国の守護神『戦士の神』ガレス、アラクネとエンプーサの片親であり国名にもなっている『甲殻と複眼の邪悪神』ザナルパドナ。
幾柱もの神々がコーラを楽しんでいる。
『では、俺からドナネリス女王に伝えておきましょうか?』
『そうして貰えると助かる』
『分かりました。神託と言えば、今日はコーラの試飲会以外にもペリアからの神託について、何か話を伺えないかと思って来たのですが……』
丁度良く神託が話題に上がったので、ヴァンダルーは今日の本題を切り出した。
『その神託の意味を、汝はどう考えている?』
しかし、逆に『時と術の魔神』リクレントに問い返されてしまった。しかし、ヴァンダルーも神託の意味そのものは既に当たりを付けていた。
『アルクレム公爵領から見て、この星の反対側、異様な形か色をした谷か峰、湾等に女神が封印されている。そう言う意味だと推測しています』
『その通りだろう』
ヴァンダルーの推測に、過去、現在、未来、三つの姿を持つリクレントはその全てで即座に頷いた。
『ペリアは知識の女神だけれど、言葉遊びを使った難解な謎かけは好まないの。知識は分かり易く正確に伝えるべきだって、彼女はとても昔から口癖のように言っていたから。
教科書の中身が比喩や暗喩ばかりで暗号文みたいだったら、子供達が勉強するとき可哀そうでしょう?』
言葉の少ないリクレントに代わって、『生命と愛の女神』ヴィダがそう説明しながら補足する。
『だから、彼女の神託は受け取る側が出来るだけ分かり易いように、考えて工夫して出した物のはずよ。世界が丸い事に気がつくかは、普通なら難しかったかもしれないけれど……ユリアーナの周りにはあなたや転生者の子達が居るから、大丈夫と考えたのでしょうね』
『なるほど』
どうやら『水と知識の女神』ペリアは、ナゾナゾではなくクイズの方を好む性格のようだ。
『難しい謎を出すのが多いのは、寧ろリクレントとズルワーンの方よ。神代の時代には、難しいだけで、答えに何の意味も無い謎を出した事があるくらいだし』
『それは、この世の真理を教えて欲しいと願われたので、『そんなもの我が知るか、自分で考えろ』と出来る限り難しく伝えただけだい』
『我も似たような理由だ。我も知らぬ術に手を伸ばすのなら、我が出せる最大限の謎かけぐらい、すぐに見破れなければ話にならん』
神は偉大な力と権能を持って人間よりも先に誕生し、人を創造した。しかし、現在でも全知全能ではない彼らが生まれつき全てを知っている訳がない。
信者を教え導く神々も、時と共に学んでいるのである。
そして神々が人間を教え導くのは、自らの糧である信仰を得る為だけでは無い。それだけなら、神々にとって人間は家畜と何も変わらないという事になる。
人間を家畜とするのなら、リクレント達は人間を創る時高度な知能や成長性を与えなかった。神々を畏怖し祈るのに必要な最低限の知能のみを与え、学習能力を制限して、何時までも神々が掌の上で転がせるような生物として創っただろう。
だが、今の人間を見ればそうでない事は分かるだろう。神々は何れ自分達に並ぶ、若しくは超える可能性のある存在として人間達を創ったのだ。
『……魔術師ギルドの魔術師達が、秘伝や秘術を抱えている理由が分かった気がします』
ただ、魔術師達の秘密主義の由来はきっとリクレントとズルワーンだろうと、ヴァンダルーは思った。
『恐らくそうだろう。現代の魔術師達が信仰の対象に選ぶのは、多くの場合我かズルワーン、そして我らの従属神だと聞く。
そして我としては、神託は受け取った者達が自力で読み解くのが好ましいのだが』
神託を出した神ではないが、答えについて尋ねに来るのはズルくないか? と苦言を呈するリクレント。どうやら、彼(彼女)の口数が少なかったのはそのせいだったようだ。
『まあまあ、我々に直接聞きに来る事が出来るヴァンダルーが特別なのだ。受け取った者達が神託を解くのに、出来る事をするなと言うのも理不尽では無いかな?』
しかしズルワーンの方は寛容なようで、そうリクレントを宥める。気分屋な神でもあるので、神としての考え方の違いではなく、ただ念願のコーラを飲んで上機嫌なだけかもしれない。
『……ただ、今回は既に自分で答えを見つけていたようなので、大目に見よう。しかし、答えを見つけているのに何故神託について尋ねに来たのだ?』
『念のための確認と、そして『女神が眠る地』の現状と誰が眠っているのか知っていれば、教えてもらいたいと思いまして』
ヴァンダルーが神々の神域を手土産持参で訪ねたのは、神託の答えではなく、その先を尋ねる為だった。
既にクワトロ号達を【転移】のマーカー兼下見の為に送り込んだが、前もって情報を得られるならその方が良い。
『なるほど。そう言う事ならば、教えよう』
『……見違えるほど晴れやかになったけれど、良いの? 神に聞いても?』
ヴァンダルーには同じ無表情に見えるが、ヴィダによると劇的に機嫌が良くなったらしいリクレントは、三つの姿全てで質問に答えた。
『我が姉にして妹たるヴィダよ、我が問題視したのは『答えを直接神に訊ねる』姿勢だ。この場合は情報収集をする相手が神であるだけなので問題は感じない』
『ええ~、ずっと前からだけどあなたのそう言うところ、ちょっと分からない……』
『ヴィダ、ただの好みの問題だから難しく考えると頭が幾つあっても足りないぞ。自分の好みと自分ルールに拘らない神なんていないんだし』
そうズルワーンが困惑するヴィダの肩を尻尾で軽く叩く。その間にリクレントは何処からか、一冊の本を取り出して見せた。
『我も魔王グドゥラニス率いる魔王軍との戦いの半ばで力尽き、眠りについたため当時の詳細は知らぬ。だが目覚めてから五万年程、そして特にここ最近はズルワーンが異世界を受け持っている分、この世界の事を見て来た。
ペリアが神託で指しているのは、現在では本来の名を呼ぶものも無く、また訪ねる人も無き地、『魔王の大陸』だ』
『魔王の大陸と言うと……ザンターク達が居る魔大陸とは別の大陸の事ですか?』
『『魔王の大陸』とは、魔王グドゥラニスがこの世界に対して侵略を開始し、最初に制圧した大陸の事を指す。『獣神』ガンパプリオ、『巨人神』ゼーノ、『龍皇神』マルドゥークが滅ぼされた地であり、この世界で最も魔素に汚染された地であり、ベルウッドによってグドゥラニスが倒された地でもある』
『魔大陸は、ただ大陸とその周辺全てが魔境になっただけの大陸の事ね。魔王との戦争では激戦の舞台になって汚染が進み、魔王が倒れた後魔境の広がりを抑える余裕が私にもアルダにも無かったから、広がりきってしまったのよ。その後、ザンターク達がアルダ達に対して籠城するのに役立ったから災い転じて、という感じだけれど』
リクレントとヴィダがそう解説する。神話や伝説において、『魔王の大陸』の事は殆ど語られていない。魔王との戦いが熾烈であり、また汚染が凄まじかったため大陸本来の生態系も姿も失われてしまったためだ。
勇者ベルウッドですら、魔王の大陸の浄化を行うのは不可能だと判断したのか、魔王の欠片を回収した後は彼の伝説に登場してもいない。
アルダだけではなくヴィダ神殿でも禁断の地として伝え、魔術師ギルドの資料にも正確な位置を含めた情報が何一つ残っていない。
そのため、現在の人間の多くが存在を忘れ去ったか、魔大陸と混同している大陸である。
『そこに、我等が姉にして妹たる『大地と匠の母神』ボティンが封印されている』
『ボティンですか。やはり、ペリアではなく?』
眠っている女神は、ユリアーナに加護を与え神託を下したペリアではなく、ボティンであると告げられても、ヴァンダルーは驚かなかった。
神託に、『我が眠る』ではなく『女神が眠る』とあったので、もしかしたらペリア以外の女神かもしれないと予想していた。それを今まで口にしなかったのは、単にユリアーナが神託を受け取る際に神託の解釈を誤解したか、ペリアが伝えきれなかったため一人称が変化した可能性があったためである。
『そうだ。ペリアが眠っている地には、先日我が訪ねた。フィトゥンと同程度の若さの神々を中心とした護衛団がアルダから派遣されていた』
『それは、見張りの間違いでは?』
『当人達は護衛のつもりなのだろう』
『なるほど。では、ボティンの周りにも護衛がいるのですか?』
『以前調べた時はアルダ勢力の軍神が集まっていた。神託にある、『顎』にも。だが『魔王の大陸』には他にもいくつか封印されている神や、ガンパプリオやマルドゥーク、ゼーノの遺物、魔王軍の邪悪な神や強力な魔物が存在していると考えられるので、他の場所にも神々やその使いが配置されていた。
それに、アルダは既に我とズルワーンがヴィダに与していると知っている。我にボティンの封印の場所を知られぬよう策を巡らせているだろう』
『後、私が眠っている間に何処かから移り住んだ私の子供達が地下に住んでいるから、彼女達を探している……って可能性は低いわね。多分存在に気がついてもいないでしょうし』
どうやら、十万年前はいなかったヴィダの新種族が『魔王の大陸』の地下で暮らしているらしい。ベルウッドすら匙を投げ、人間達が存在を忘れさった大陸にすら棲みつくとは、流石ヴィダの新種族である。
『封印を直接守っている神は、『岩の巨人』ゴーン、『兵の神』ザレス等が居たが……今もそうかは不明だ。今の我では迂闊に近づく事は出来ない故に。
ここに、情報を記しておいた。【完全記録術】を獲得した今の汝なら、神域から戻っても記憶にとどめる事が出来るだろう。……ただ、あまり過信しない事だ』
『神は神の視点で物を見る。上から下を見る分には何もないように見えても、海や地面の上を進むと上からは見えなかった穴があるなんてザラだから』
『ありがとうございます』
リクレントが差出した本をありがたく受け取り、そのままのみ込むようにして体内に収納する。
そしてヴァンダルーは一礼して神域から退去しようとしたが、それまで機会を待っていたらしいフィディルグ達に引き止められてしまった。
『待ってほしい! 我等にも話がある!』
『ヴァンダルーよ、汝に我等が力を貸し与え――』
『頼みを聞いてくれっス!』
『フィディルグ、ぶっちゃけ過ぎ』
『ええっと、何でしょうか?』
困惑した様子でヴァンダルーが立ち止まると、ゾゾガンテが無数の瞳を輝かせながら言った。
『端的に言うと、ギュバルゾーの杖が羨ましい』
『え、欲しいのですか?』
『いや、杖が欲しいのではなく、杖になりたいと言う意味で羨ましい』
『……そっちですか』
樹の邪神に杖になりたいと言われて、ヴァンダルーは若干困惑した。ギュバルゾーはヴァンダルーに滅ぼされた『暗海の邪神』で、杖は彼の骨の一部を加工して作った物だ。
その経緯を考えると、杖その物を欲しがるならともかく、杖を羨む理由が分からない。
『フィディルグとリオエン、皆もですか?』
ヴァンダルーが訪ねると、二柱とも『うっス』『うむ』と頷いた。
『……そんな身体を張らなくてもいいのでは?』
ゾゾガンテは樹の神なので、丈夫な枝を一本貰えば良い。しかし、他の神は骨を使わなければならないので痛そうだ。
『ゾゾガンテもフィディルグも、まず要点を説明なさい』
メレベベイルは太い触手によるビンタでゾゾガンテとフィディルグを窘めながら、ヴァンダルーに説明を始めた。
『要は、アーティファクトを作ってもらいたいと言うお願いです。
本来アーティファクトは我々神自らの手で鍛え、分霊や御使いを宿らせ完成させてから、信者の手に与えます。ですが、貴方なら変身装具を作る要領でアーティファクトに相応しい入れ物を作る事が可能です。そこに我々が分霊を宿らせれば、それだけで完成します』
『なるほど。入れ物になる武具を俺が作れば、その分皆の負担が減ると』
『ぶっちゃけると、そうです。神にも得意不得意はあるので……大神ともなると、ある程度何でも器用にこなせるそうですが』
神になったベルウッドは、自らの名を冠した聖剣ネメシスベル等のアーティファクトを数多く残しているし、『法命神』アルダも英雄にアーティファクトを授けた逸話が幾つもある。『生命と愛の女神』ヴィダも、アーティファクトと言う訳ではないが蘇生装置やオリハルコン製のドラゴンゴーレムを残している。
だがフィディルグやゾゾガンテ、リオエンのように力の弱い神がアーティファクトを作るのはそれだけで一苦労なのだ。
それに、作れるアーティファクトも神としての権能や特性の影響を受ける。例えば、ゾゾガンテなら、木製で生命属性の力を増幅し特に植物を操る機能を付与した杖のアーティファクトなら、比較的短時間で良い物を創る事が出来る。
だが、金属製で光属性の力を増幅する機能を付与した斧のアーティファクトを創ろうとすれば、杖を創る場合の倍以上の時間と労力を費やしても、上級冒険者の収入ならもっと良い物が買えると判断される程度の、アーティファクトとは名ばかりの物しか出来ない。
だが、ヴァンダルーが分霊の入れ物に当たる武具を製作すれば、神々は分霊を負担するだけでアーティファクトを創る事が出来るのだ。
『しかし、そこまでして何故アーティファクトを創りたいのですか? 俺は助かりますが、分霊は勿論ですが、御使いを創るのも簡単ではないでしょうに』
ヴァンダルーの分霊、若しくは分身であるバンダーを創った結果、彼の魔力の総量は一億程減っている。かかったコストはそれだけだが、それは彼の魂が特異、若しくは異常な形状をしているからで、他の神が同じ事をしようとすれば魔力以外にも肉体の一部を抉り取ったようなダメージも受けるはずだ。
そこまでして何故アーティファクトを、ギュバルゾーが羨ましいと言うだけで創ろうとするものなのか? そう疑問に思うヴァンダルーに、メレベベイルは答えた。
『貴方がギュバルゾーの杖を使う事で、人々の関心がギュバルゾーに集まっているのをこの前のパレードで感じまして。信仰的に、美味しいと思いました』
どうやら、ヴァンダルーが思っているより『羨ましい』と言う動機は強かったらしい。
『これがヴィダ様達なら……グファドガーンでも納得できるのですが、魔王軍残党で我と我が子等の宿敵で、しかも既に滅ぼされ復活する芽も無いギュバルゾーでは、もったいないと言う思いを抑えがたいのです』
人魚の片親であり、人魚国の守護神でもある『海の神』トリスタンがそう言うと、他の神々も一斉に頷く。
『勿論、ヴァンダルー殿達の力になりたい気持ちもあります。と言うか、ヴァンダルー殿がアルダ達の英雄に勝つ事は、我々ヴィダ派の神々の勝利にとっても重要なので。
そう言う訳で、アーティファクトを創って頂きたいなと』
『今すぐとは言わぬ。全てのアーティファクトを自ら使う必要もない。時間のある時に、仲間の装備品としても創って頂ければ幸い』
神々はそう述べてヴァンダルーの返事を待つように、じっと彼を見つめる。それに対して、ヴァンダルーは応えた。
『どんな武具にしても、誰が使っても、変身装具にして魔法少女のコスチュームにしても構わないと言うのなら、アーティファクトの器づくりを引き受けましょう』
最後の魔法少女のコスチュームと言う部分に対しては予想していなかったのか、リオエンが呻き声を漏らし、傍で聞いていたズルワーンが面白そうだと笑い出すが、誰も否と言わなかったのでその条件で引き受ける事にした。
ヴァンダルーが神域を訪れている為瞑想していたタロスヘイムの聖域。『太陽の巨人』タロスが眠っていた、常に温かな太陽の光に満ちている場所で瞼を開くと、周囲は闇に満ちていた。そして柔らかかったりモフモフだったり冷たかったり、所によっては硬く、ぷるぷる。そして良い匂いがした。
「く~」
「ぢゅ~」
『くおおおおん』
「キシャァ」
「ブグルルル?」
『主よ、お戻りですか』
どうやら、ヴァンダルーが瞑想している間にダルシアやマロル達やクイン、クノッヘンにピートやキュール達が集まり、彼を中心に団子状に丸まっているらしい。
頭蓋骨だけ外してヴァンダルーの近くに置いて待機していた骨人によると、最初にダルシアが横に座り、次にマロル達が寄り添い、身長三メートルのクインが彼女達ごとヴァンダルーを抱え込み、更に骨の集合体アンデッドであるクノッヘンや巨大な大百足の魔物であるピート、そしてスライムのキュールが集まって来て、そのままダルシア達は眠ってしまったようだ。
「よく潰れませんね、俺達」
外からは無数の骨の山で丸くなって眠る大百足にしか見えない状態らしい。
『クノッヘンは【建築】スキルを持っていますので。それに、キュールの身体が緩衝剤になっているようです』
「そこまでしなくても……いや、皆にはこの頃寂しい思いをさせてしまいましたからね」
人間社会では災害指定種のクノッヘンは勿論、未知の魔物であるクインやキュールはおおっぴらに外に出られない。その分ヴァンダルーと一緒に居る時間が減っていた。タロスヘイムに使い魔王は幾らでも居るが、彼女達の感覚だとやはりヴァンダルー本人の方が良いのだろう。
『ヂュ、外側ではアイゼンが花の香りを送り、ファングが控え、背後にグファドガーンが控えています』
……団子の外にも居るらしい。
『それと先程カナコが来て、文字通り自分が入り込む隙が無いと知ると舌打ちと『次は負けませんからね!』と捨て台詞を残して去って行きました』
「……そうですか」
『後、ご友人のマッシュ達もブーイングをしながら戻って行きました。今頃はパウヴィナ達とルヴェズフォルで遊んでいる事でしょう。
それで主よ、早速ご報告したい事があるのです。私、つい昨日ランクアップし、種族名がエンペラーから変わったのです!』
「おお、それは良かったですね」
骨人は自分がスケルトンブレイドエンペラーである事を、ヴァンダルーに対して不遜だと常々不満そうにしていた。ヴァンダルー本人は全く気にしていなかったし、それを伝えていたのだが……本人が気にしている以上どうしようもない。
それが変わったのなら、間違いなく朗報である。
『これより私は、ランク13、スケルトンブレイドカイザーです。ヂュオォォオオオ!』
雄々しく自らの新たな種族名を名乗る骨人。……エンペラーもカイザーも、確か同じような意味ではなかったろうか?
「それは良かったですね」
しかし、ヴァンダルーは骨人が嬉しそうだったので、突っ込まないことにした。元々骨人本人しか気にしていなかった問題なので、本人が解決したと思うならそれで解決なのだ。
実際、ヴァンダルーはエンペラーだろうとカイザーだろうと気にしない。ただ仲間が強くなった事を祝うだけである。
『ヂュ、今前方からタロス殿が困った顔つきで覗き込んでいます』
「このままだと、帰って行くお客さんが増え続けますね。……って、タロス?」
『ヴァンダルー・ザッカートよ、我が子等の大恩人よ。今、儂は姿の見えないお主の心に直接呼びかけるような力は無いので、寝息を立てている者達を起こさないよう出来るだけ気を付けながら声をかけておる』
やや控えめだが十分大きい声が外から響いてくる。どうやら、タロスはダルシア達を起こさないように気を使っているらしい。
「ギシャ?」
「ちゅうぅん?」
だが巨人の声なので抑えても十分大きく、ピートやマロル達が目を瞬かせながら起き出した。
「ん~」
ダルシアに起きる様子は無かったが。
「はい、聞こえています。それで、何かご用でしょうか?」
『うむ。神域から戻ってきたばかりで、更に家族のスキンシップの時間を邪魔して悪いのだが、提案があるのだ。
中々伝える踏ん切りがつかなかったのだが……この国の国名を、タロスヘイムからヴァンダルー大帝国とか、大ヴァンダルー魔帝国とかに変えちゃ、その、ダメかなって……?』
徐々に声から力が失われていくタロスに向かって、ヴァンダルーは両手を合わせて言った。
「……頼むから、勘弁してください」
四月一日に二百四十七話を投稿する予定です。……嘘じゃありませんよ~。




