二百四十四話 増えて行く春の予定
アイザック・モークシー伯爵の演説、勲章の授与等が終わり、町は何日目かのお祭り騒ぎとなった。
ダークエルフ、そしてダンピールへの勲章授与。更に、ヴィダ派だけでなくアルダ勢力の神々も祭られている共同神殿の司祭達全員の連名で、『変身装具の守護聖人』認定。
これらの出来事は町だけではなく、オルバウム選王国全体の歴史に刻まれる出来事となるだろう。
しかし、広場に集まっている人々でそこまで考えが及んでいるものはほんの一握りだ。
「もしかしたら……私は、新たな歴史の誕生に立ち会ったのかもしれない」
補修の跡が残る安物の竪琴を抱えた吟遊詩人が、立ち尽くしてそう呟いた。
「これは……こんなのは、今まで無かったわ。これを、何と呼べばいいの?」
信じられないといった様子で、酒場で踊り子をしている女性が、広場に急いで設置された仮設のステージを見上げていた。
彼女達も、ほんの一握りではない方の人物だ。彼女達が見ているのは、ダルシア達によって行われている讃美歌の合唱である。
「「「「~♪」」」」
「あ、わ、らっ、ラァ~♪」
変身した姿で、ダルシアとザディリスとカナコ、そしてバスディアとメリッサが歌いながら踊っている。
歌詞は人々の勇気と愛を称え、『名も無き英雄達』の犠牲を悼みながらも、笑顔で見送り彼らの為にも笑顔で生きて行こうと言うもの。
伴奏は、普段歓楽街の店で演奏している吟遊詩人や専属の演奏家の寄せ集め。
それらはどれも新しい物ではない。似たような歌詞の歌は幾らでもある。楽器もリュートや竪琴等の弦楽器に、太鼓や笛、やはり何処にでもあるような物ばかりだ。奏でる腕の方も、せいぜい二流。
歌っている者の技量も、一流と言えるのは一人だけで、他は並……いや、素人同然の者が一人いる。
だから歌唱と踊り、そして演奏の総合的な技術は高くない。
しかしステージ上の五人は、今話題の『勝利の聖母』に『魔杖の君』、『変身斧人』がいる。他の二人も、名は知られていないが変身している。
ダークエルフやエルフ、そしてグールの英雄、しかも美女と美少女が歌い踊っている。多くの観客が集まっている理由は……少なくとも、きっかけはそれだ。
だが、集まった人々がステージの前から動かず、熱狂して声援を上げている理由は違う。
「軽やかな音楽に、明るい歌詞。踊りは観客を魅せつつも、色気で男を引きこむ場末の酒場の踊りとは異なる。
技術的に未熟なエルフを、あのダークエルフの少女がそれとなくフォローしているのは分かる。だが、この一体感は、どこから来ているのだ!?」
「これは……観客! 観客に合いの手を入れさせることで、ステージの一部にしているというの!?」
「そんな、観客がステージに、無償で協力するなんて事がありえるのか! これは……新しい音楽の形だ!」
ダルシア達、正確にはカナコの発案によって、集まった観客には合いの手を入れて貰っている。それも手拍子や足踏みなど簡単なものを、紛れ込んだサクラが実行して見せる事で、何も知らない観客が自然に参加できるよう仕組んでいるのだ。
モークシーの町に、新たな音楽の形……アイドルとライブコンサートが発表され、吟遊詩人や踊り子以外にも多くの者達に影響を与えた。
貴族のお抱え演奏家や、伝統的な音楽に通じている者達の中には「破廉恥」、「御遊びのような曲」だと顔を顰めて目を逸らし、所詮名を売った有名人がしているから一時的に注目を集めているだけだと関心を向けなかった者達もいた。
しかし、これは新しい音楽だと関心を持った者も確かに存在したのだ。勿論、音楽的な理由以外にも衝撃を受け感動を覚えた者達もいる。
「次もこの讃美歌をお願いしましょう!」
「ポーラ司祭、困りますな。共同神殿は全ての宗派に開かれた祈りの場。それを、幾ら町の救世主とは言えヴィダ派だけで恣意的に運営するのは」
「まあ、アルマン司祭。恣意的に運営だなんて、そんなつもりはありません。『皆様も遠慮無く加わってください、歓迎いたします』と、ダルシア様もおっしゃっていたではありませんか」
「む、むぅっ!? そ、それは確かに言われたが……!」
複数の神々の像が建立され、人々に分け隔てなく門を開くモークシーの町の共同神殿に務めるヴィダのポーラ司祭と、アルダのアルマン司祭もそうだ。
ただの説法、ただの讃美歌ではなく、聴衆も演奏に参加する事で得られる一体感は侮れない。二人とも同じ事を考えているが、しかし現実には致命的な差があった。
「だが、あの讃美歌を歌い、踊れる人材が……!」
残念な事に、この町のアルダ信者の中にはアルマン司祭を含めてもアイドルソングを歌い、振り付けが踊れる人材が居なかったのである。
いや、一応アルマン司祭も讃美歌は歌えるし、ダンスも練習すれば多少は踊れるようになるはずだ。だが、アルマン司祭は髭を蓄え、更に顎と腹のラインが緩んできたお年頃の四十代の男性。
軽やかにステップを踏み、顎と腹の肉を揺らす中年男性が野太い声で可愛らしい歌詞を歌う様子を、しかも技巧的にはそれ程高くない物を、神への賛美とすることが……いや、人間として許されるだろうか?
アルマンの価値観では、断じて否である。
だからと言って、神官や信者の若い女性の希望者を募るのも、若干以上に抵抗があった。そもそも、ダルシア達からはアルダ信者との融和を良しとしないと、はっきり告げられている。
そうである以上この讃美歌についても教示を受けられないだろうから、アルマン達が同じ事をするには彼女達のステージを見て覚え、真似するしかない。
受けているからと、すぐさま他宗派の猿真似をする。それは、この町のアルダ信仰を支える者としてあまりに軽挙ではないのか?
そんな考えが、アルダ派の神々の司祭であるアルマン達を迷わせていた。
「くっ、聖母におんぶに抱っこで、これから先やって行けると良いですな!」
そのため、押し黙ってしまったアルマンに代わって、他の司祭が口を挟んだが、下らない憎まれ口を叩くのがせいぜいだった。
「ご心配なく。この讃美歌の事を知ったのは私も今ですが、これからダルシア様に、そしてカナコ様に教わり、皆様がこの町から離れた後も続けられる体制を整えます」
しかし、ポーラ司祭も人々の間でヴィダ信仰への関心が高まっているのが、自分達では無くダルシア達の影響が大きい事は理解していた。それ故に、彼女達に学ぼうと言う熱意があった。
彼女の場合はアルマンと違って同じ宗派なので、抵抗感は覚えないらしい。
「司祭である私が先頭に立って――」
「な、何だと!?」
「いや、流石にそれは無理があるかと……」
「ポーラ司祭、『戦旗の神』ゼルクスも『負けると分かっている戦はするな、勝てる戦をするために全力を尽くせ』と言っております」
だが、流石に彼女自身がステージに立つ事は止められた。アルマンだけではなく、同じヴィダ派の神の司祭にまで。
ポーラ司祭。自分ではまだまだ行けると思っていたが、周囲の評価はそうでは無かった事を知る三十の冬であった。
(確かに、今のままだとちょっとキツイですねー。衣装と歌詞と振り付けを工夫して、若干シェイプアップすればいけると思いますけど)
そうしたやり取りをステージ上から見て、カナコは思った。音は聞こえないが、唇の動きを見ればだいたい何を言っているのかは分かる。
それに、広場に仮設で作ったステージなので集まった観客は、カナコの感覚だとそれほど多くない。それでフリに参加せず、他の観客から若干離れた所に居る司祭達はカオスエルフとなって鋭くなった視覚には目立って見えた。
(それはともかく、ヴィダの新種族だけでは無く、人間社会でもアイドルが受け入れられると分かったのは収穫でした。全ての人にと言う訳ではないようですが……それは予想通りです。讃美歌と言う形で講演を行う以上、取り締まりや弾圧はし難いでしょうから、大丈夫でしょう)
『地球』や『オリジン』では、アイドルの黎明期には破廉恥だとか何だとか言われ、思うような活動が出来なかったと聞く。この『ラムダ』世界でもそれは本来なら変わらないはずだ。未知なものに人は好奇心を刺激されると同時に、忌避感も覚えるものだから。
だが今のカナコ達は、主にダルシアのお蔭で人間社会でもヴィダの信者として認知され、今日このステージでアイドルソングはヴィダの讃美歌になった。
これを正面から弾圧しようとすると、ヴィダへの信仰を弾圧する事になってしまう。伝統的な音楽以外認めないと言う頭の固い人物が居たとしても、ヴィダ信仰を認めるオルバウム選王国でそこまで思い切るのは難しいだろう。
(神殿以外での講演とか、あたし達以外のアイドルの活動とかになると、また別の問題が出て来るでしょうけど、一先ずはこれでいいでしょう。
ヴィダ信仰が禁止されている国や、禁止されていないけれど力の弱い地域等では……まあ、今そこまであたしが考えなくて良いでしょう)
タロスヘイムがある境界山脈内部と魔大陸だけでも、十分広い。更にアミッド帝国やハートナー公爵領での展開を考えるのは、未来を見据え過ぎだ。
(とりあえず、今はなし崩し的にステージへ上げてしまったメリッサの機嫌をどう取るか考えないと)
レギュラーメンバーのザンディアや、レッスン中のレギオンが諸事情でステージに上がれなかったため、カナコはメリッサに頼み込んでステージに上がってもらっていた。
今は不慣れな歌や踊りで何か考えるどころではないようだが……。
後は、彼等に宥めるのを手伝ってもらおうとカナコは考えていた。
「オ~っ! オ~っ! オ~!」
「おー、おー、おー」
「……本当にボスって、何で声は平坦なのかしらね」
「お前さん、リズムがずれとるぞ! ほれ、儂に合わせるんじゃ! オォ~!」
腕を振り上げ声援を送る観客に混じったサクラ……なのがバレバレだが、ダグ、ヴァンダルー、そしてマイルズ。
しかし、意外と普通の観客に溶け込めているのか、近くに居た魔術師ギルドのギルドマスターが振りを乱しているマイルズに注意を飛ばしている。
ちなみに、舞台の照明と演出はザディリスがあらかじめ唱えた【光姫魔術】と、ヴァンダルーの光属性の【神霊魔術】で行われている。
『光だ! ウォレだ! 俺が光だぁぁ!』
『蝕帝の狂犬』ベールケルトが、霊体のままヴァンダルーと、自分と同じアンデッドにしか聞こえない声で叫んでいる。自分自身と光を混同して狂乱している彼だが、照明を操作する腕は確かだ。
「その、すまないのだが……」
「へい、何ですかい、騎士の旦那。今は見ての通り取り込んでいまして」
ファング達と警備員をしているサイモンに、本当にすまなそうな顔つきの騎士が話しかけてきた。
「握手とか、サインならもうちょっと待ってもらって良いかい? 待ってもらえればちゃんと順番は回って来るからさ」
ナターニャも騎士にそう言って頷きかける。この世界にも、有名人に握手やサインをもらう文化があった。やはり十万年以上前に異世界から来た勇者由来の文化である。
「いや、そうではなくて、君達の師匠に伝えて欲しい。冒険者ギルド二階の会議室に来て欲しいと。
も、勿論讃美歌が終わってからで結構だ!」
用件を告げた騎士は、途中で呼ばれている事に気がついて自分に視線を向けて来たヴァンダルーに向かって、慌ててそう付け足した。
彼は、ダルシアに対して強引に絡んだ男が、ヴァンダルーに睨まれただけで恐怖のあまり逃げ出したと言う事実に基づいた噂を聞いていたらしい。
講演が終わった後、ステージの片づけや、肉体と精神両方の疲労で真っ白に燃え尽きたメリッサの介抱を皆に任せて、ヴァンダルーは騎士に言われた通り冒険者ギルドの二階会議室に来ていた。
そこで彼を待っていたのは、この町の主だった地位にある者達だった。流石にモークシー伯爵本人は来ていないが、代理として騎士団長が、そして各ギルドのマスターが集まっていた。
「やれやれ、年甲斐も無くはしゃぎ過ぎたか」
正確には、ヴァンダルーと同じくコンサートの最前列でダルシア達に声援を送っていた魔術師ギルドのマスター、ロセルは、彼と一緒に入って来たのだが。
「全くです。夢中になる気持ちも分かりますが、自制してください」
「うむ、申し訳ない。つい、我を失ってしま――待て、儂は何もダルシア殿達の美貌やバスディア殿の肉体美、ザディリス殿の可憐さに夢中になっていた訳では無いぞ!」
無言のままじっと見上げているヴァンダルーの視線に気がついて、慌てて言い訳を口にするロセル。単に黙って前を見ていただけだったヴァンダルーは、とりあえず聞き返す事にした。
「つまり、カナコかメリッサの方が好みだと?」
「確かに興味はあるが、違う! 儂が見ていたのは貴殿が作ったと言う変身装具だ!」
ロセルが観客の最前列に居たのは、ダルシア達を少しでも近くで見る為では無く、彼女達が着ている変身装具の方に関心があったかららしい。
元々ロセルはヴァンダルーがサイモンやナターニャに、義肢を与えているのを知り、「魔術師ギルドに登録していない者が、マジックアイテムの義肢を作り渡している」と考え、圧力をかけながら彼らの動向を探っていた。
彼がいったいどうやってマジックアイテムの義肢を作っているのか、その技法に興味があったからだ。
実際には、サイモン達の義肢は最新型以外マジックアイテムでは無い、ただの金属製の義肢でしかなかったのだが。そして魔術師ギルドからの圧力は、ヴァンダルー達にとって全く障害にならなかったので気にもされていなかった。
しかし正門の戦いで変身装具が発動する様子や、サイモンやナターニャが義肢を変形させて戦う様子を見て直感的に理解した。
彼女達が持っているのは、自分の知っているマジックアイテムとは一線を画する物……最低でも伝説級マジックアイテムと呼ばれる物だと。
ロセルは【直感】スキルを持っていなかったが、長年魔術と錬金術を生業にしてきた経験がそう答えを出したのだ。
「儂はあの戦いの後、賊の検死や所持品の分析を行う傍ら、魔術師ギルドの魔術師達の技術で、変身装具を再現できないか検討してみたが、まるで話にならなかった。
魔力を流して色や形を変えるだけなら、儂でも作れる。しかし、それではただの変装用のマジックアイテムでしかない。
あの変身装具は魔術を唱える際の補助だけではなく、変身後の身体能力の向上、更には防具としても破格の性能を発揮しているようだった。しかも、見たところあれは布や魔物の素材ではなく金属を主に使っている。
儂如きでは、残りの人生を費やすどころか、何百年かけても同じ物を創る事は不可能だ」
「……それを何度か見ただけで見抜けるなら、『儂如き』ではないと思いますよ」
長々と頬を上気させて語るロセルに、ヴァンダルーはそう答えた。実際、変身装具は見た目と演出が派手なので、目を惑わされ易い。ここまで冷静に分析できたのは、モークシーの町でも彼ぐらいだろう。
しかしロセルはヴァンダルーの言葉を、そのままの形では受け取らなかったようだ。
「謙遜するだけでは無く、儂を立てるとは……組織の長と言う立場を免罪符に、傲慢な態度を取っていたのが恥ずかしい。
圧力をかけていた事、真摯にお詫び申し上げる。だが、どうか魔術師ギルドに入会してはいただけないだろうか」
ヴァンダルー達にとっては無意味だったとはいえ、圧力をかけた事実は事実。そう詫びながらも、勧誘を行うロセル。
「お、御待ちを! 謝罪すると言うのなら私の方が先です!」
しかしヴァンダルーがロセルに何か答える前に、チョビ髭を生やした男が口を挟んだ。
「元サブギルドマスターのヨゼフが失礼を働き、上司として誠に申し訳なく思っております! 改めて審査したところヴァンダルー殿の屋台経営には何の問題も無いどころか、事業として優れた物である事が明らかになりましたので、どうか商業ギルドの本登録へ手続きを勧めたいので、よろしくお願いしたします!」
チョビ髭の男、商業ギルドのギルドマスターは切羽詰まった様子でそう言うと、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
「……あの、俺が呼ばれたのは、もしかして?」
自分に向かって下げられた頭を見ながら、この場で最も立場が上の騎士団長に視線を向ける。
「うむ、ロセル殿達に先んじられたが……ヴァンダルー・ザッカート殿に、頼み込みたい事がある者が集まって、お願いをする会と言ったところだな。
私は伯爵様の代理なのだが……後日貴殿を屋敷に呼び出すのもどうかと思うし、彼らの前で伯爵様が頭を下げるのも具合が悪いので、理解してくれると助かる」
「それは構いませんが……領主様が俺に頭を下げなければならない事態とは、何か深刻な事が?」
「いや、切羽詰まった事態ではないし、深刻かと聞かれても微妙なのだが……まあ、切羽詰まっている者からいこう」
「お願いします! 登録してください! でないと、物理的にはともかく、社会的に私の首が飛ぶのです!」
切羽詰まっている者、つまりチョビ髭の商業ギルドマスターが重ねて頼み込んでくる。今現在、この中で最も追い詰められた立場に居るのは、歳が倍以上離れた大人に囲まれたヴァンダルーではなく、彼だった。
彼が追い詰められているのは、サブギルドマスターのヨゼフの件や、ゴブゴブが貧しい村を中心に広まりつつある件だけでは無い。ヴァンダルーがスラムの屋台の店主達を誘って行っている、フランチャイズ契約の件だ。
それをアルクレム公爵領商業ギルド本部に知られたのが、致命傷だった。
本部の者達はモークシーの町で起きている事について、「ギルド側に非がある事件で不利益を被った仮会員が、商業ギルドとは異なる新たな組織を作ろうとしている」と解釈したらしい。
そして現ギルドマスターの管理能力を「大いに疑わしい」と判断したようだ。そのため、彼の社会的な首が危険な状態に陥っているのである。
「なるほど、言いたい事は分かりました。でも、ヴィダ通りの屋台に関しては止めませんよ?」
「勿論です! 問題は貴方と我々商業ギルドの間に溝があるとギルド本部に思われている事ですから!」
どうやら、商業ギルドへ本登録しさえすれば問題無いらしい。正確には、ヴァンダルー側には問題は起きていないが、誤解した商業ギルドの本部が事態を何とかしようと動き出すと、色々と面倒な事になるかもしれない。
元々商業ギルドへの本登録はヨゼフの件が片付いた頃から、度々促されていた。それをしなかったのは、まだ姿を現さなかった転生者達を待ち伏せるために、町に滞在する口実を維持するためだった。
ハジメ・フィトゥン達転生者を倒した今となっては、拒否する理由は無い。……一応、まだ一人【超感覚】のカオル・ゴトウダが姿を現していないが、未だに姿を現していないという事はムラカミ達と袂を別ったか、逃げたのだろう。どちらにしても、この町に姿を現す可能性は低い。待ち構えるだけ無駄だろう。
「では……ヨゼフの件は水に流すという事で、これからは誠実な仕事に期待します」
しかし、転生者について説明する訳にはいかないので、ヨゼフの事はどうでも良かったとは言えない。なので、態度だけは渋々と言う様子で和解に応じる事にした。
「ありがたい! これで左遷されずに済みます。では、後日商業ギルドで手続きを行いますので……」
商業ギルドのマスターは安堵の溜め息をつくと、ヴァンダルーの手を取って何度も握手をし、それから「では私はこれで」と言って部屋から退出していった。
「儂の用件は、先程と同じなのだが……どうだろうか?」
商業ギルドのギルドマスターが退室すると、ロセルが再び訊ねてきた。
「魔術師ギルドの入会には、現組合員の弟子である事か、推薦状が必要なのでは?」
「推薦状は儂が書こう。
当然だが、入会したのだから変身装具の作り方を教えろと、無茶な事は言わん。魔術師ギルドは職人ギルドと違って、技巧を共有して高め合うための組織ではないからな。魔術師や錬金術師に秘伝はつきものだ」
ヴァンダルーは魔術師ギルドを魔術の専門学校、若しくは研究機関のような物だと認識していたが、実際にはそれ以上に会員間の自由度が高いらしい。
ちゃんと知識の共有は行うが、秘術や秘伝と言った事を教えるのは自分の弟子だけ。故に、他人の秘術を学びたければ見て盗むか、独自に工夫するか。それが出来ないなら取引を申し出るか、礼を尽くして弟子入りするかになる。
「それに、あの変身装具は作り方を教えられても、簡単に真似できるとは思えん。ダークエルフの長老の秘伝か、秘術が関わっているのだろう?」
ロセルは、ヴァンダルーがハジメ・フィトゥンとの戦いで目撃者と後に行う報告を誤魔化す為にでっち上げた、「ダークエルフの長老の秘伝」が、変身装具にも当てはまると誤解しているようだった。
実際、あれだけのマジックアイテムを十年と少々しか生きていない少年が開発したと言うより、千年の寿命を持つダークエルフの長老が教えた技術だと考えた方が自然である。
(それに、本当に創り方を教えたとしても……無理でしょうしね)
変身装具は液体金属の冥銅や死鉄を、ヴァンダルーが【ゴーレム創成】スキルで金属繊維にして、形状記憶の性質を付与する等様々な工程を踏んで製作している。主な材料の冥銅や死鉄が自然界に存在しない以上、創り方を聞いてもどうしようもないのだ。
「分かりました。しかし、登録する際の手続きに関して質問があるのですが」
「ギルドカードとステータスについてだな。商業ギルドのカードを基にギルドカードを作れば、誰にもステータスを見られる事は無い。安心してくれ」
魔術師ギルドと職人ギルドは、他のギルドよりも登録するまでが難しい。会員への弟子入り等をしている間に、身元は師匠に当たる人物や推薦人がしっかりと見るのが通例となっている。
「分かりました。では――」
「後は、俺達になるんだが、まあ用件は三人とも同じでな」
「……私は、冒険者登録もしてもらいたいんだが。ステータスの件は融通するから」
それまで黙っていたテイマーギルドのマスターバッヘム、そして冒険者ギルドのマスターであるベラードの言葉にヴァンダルーはいささか驚いた。
ステータスを見られる事を気にしているのが、ばれていたからだ。
「いや、誰でも気がつくさ。ここまで冒険者ギルドに登録するのを避けるという事は、そう言う事だろうなと。今までも、ステータスを見られたくないから冒険者ギルドに登録しないって、奴らは何人かいたらしいからな。
……滅多にある事じゃないから、気がつくまで時間がかかったが」
目を瞬かせたヴァンダルーに、ベラードはそう説明した。そして、こう続けた。
「ダンピールである事は明かしているから、多分厄介なユニークスキルか何かがあって、それが問題なのだろう。……っと、言うか、そうだと決めつけて思い込む事にした。これ以上は考えないし、聞かれても知らぬ存ぜぬだ」
「俺としては助かりますが、組織の支部の長としてそれで良いんですか?」
「本来なら良くない! 良くないが……俺達が知ったところでどうにか出来る程度の謎とは思えないからな。藪を突かないのも、処世術だよ」
ヴァンダルー達が抱えている謎については、この場に居ないアイザック・モークシー伯爵も含めてある程度察しがついた者達全員で「これ以上追及しない」という事で同意していた。
どう想定しても、ギルドのマスターや一介の伯爵の手には余るからだ。
勿論、それらを調べて本部なり公爵なりに伝えるのが、本来の正しい姿なのだろうが……やはり、どう考えても良い事にはなりそうにない。
世の中には知ってはならない事もあるのだと、物分かり良く納得したバッヘムは早速本題に入った。
「まあ、それで本題なんだが、アルクレム公爵領の都、アルクレムに一度足を運んでテイマーギルド本部のマスターに会ってもらいたい。これは俺も何だが……何でも、本部の次期ギルドマスターに俺を、そしてお前さんをギルドの要職に推挙したいらしい」
「……おめでたい話ですが、お断りしたいです。そもそも、何故一会員でしかない俺に突然ギルドの要職を?」
「テイムしている魔物のランクが高いからだな。新種を発見した実績もあるから、目を付けられたんだろう。
どうも最近のテイマーギルドは、強い魔物や珍しい魔物をテイムしているテイマーが偉いという、妙な主義がまかり通っていてな。たしかに、テイムしている魔物の強さは重要だ。だが、それが全てじゃない。最近の上層部は、それを見失っているんだ」
バッヘムも最近のテイマーギルドの価値観には、文句があるらしい。拳を握って唸っている。
そのバッヘムに代わって、騎士団長が微妙な顔つきで声を出した。
「後、これは伯爵様からだが……アルクレム公爵閣下から、非公式にお茶会の誘いが来ている。詳しい用件は伝えられていないが」
「ユリアーナの件ですか」
「うむ。そう、過激な話にはならないと思うのだが……無視する事は我々の立場では難しい」
そう言って公爵家の家紋ではないが、特徴的な紋が描かれた招待状を差し出された。恐らく、これを公爵家の守衛にでも見せれば、中に通してもらえるのだろう。
「アルクレム公爵は、自身がアルダ融和派である事を公言しており、公爵領でのヴィダの新種族の扱いも近年大幅に改めている。ダンピールである貴殿にも、無体な要求はしないと思われるのだが……」
「分かりました」
気を使って色々説明してくれているようだが、聞けば聞くほど逆に不安になって来る騎士団長の話を遮って、ヴァンダルーは招待状を受け取った。
元々、目的があっての滞在だったのでモークシーの町からは折を見て離れるつもりだった。ただ当初の予定よりもずっと町の人々と深く関わっていたので、簡単に離れる訳に行かなかっただけだ。
それに、離れると言っても永遠ではない。購入した家と、その地下に作ったダンジョンはそのままにしておくので、いつでも【転移】で来られる。
フランチャイズの屋台に、飢狼警備と、孤児院、そして盛り返してきたヴィダ信仰。これらを維持しなければならない。孤児院は単にタロスヘイムに移住するだけでも大丈夫だろうが。
だからアルクレム公爵領の都、アルクレムに向かうのは丁度良かった。
本来なら必要な日程の間タロスヘイムに戻ってパレードや書類仕事を熟し、アルクレムに【転移】で移動。アルクレム公爵にユリアーナの件をこれ以上気にしないよう話をつけ、テイマーギルドに謹んでお断りを申し上げる。
それだけだ。
しかし、家に戻ったヴァンダルーにユリアーナから驚きの知らせがもたらされた。
「ヴァンダルー様、神託の意味が分かりました! 『ここから北と南に等しい位置にある、なんだか気持ち悪い色の顎に、偉大な女神様が封印されている』らしいです!」
「なるほど。所々不明瞭なので、それは後で調べるとして……態々神託でそれを伝えるという事は、その封印を解けという事なのでしょうね。それで、ここから北と南に等しい位置とは?」
「分かりません!」
アルクレムに向かうよりもずっと重要な案件が判明した。
3月24日に245話を投稿する予定です。




