表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十一章 アルクレム公爵領編二
302/514

閑話38 信仰とは仕事である

 セメタリービーの女王蜂が疑似転生し、クインとなった事で誕生したゲヘナビー達に昼夜の区別は無い。一日三交代制で毎日働いている。何故なら、働き蜂である彼女達の趣味は働く事であり、人生の目標はより働けるようになる事だからだ。


「キチキチィ……クキキ……」

 その外見は、一見すると蜂をモチーフにした鎧を着た女性戦士に見える。しかし、額から伸びているのは前髪ではなく、二本の触角。鎧身に見えるのは外骨格。そして肩からは合計四本の腕、背中からは透明な翼、そして尻尾のように蜂の腹部が生えている。

 そして、その目は動物の眼球では無く蟲の複眼である。エンプーサやアラクネ等、蟲の特徴を持つヴィダの新種族と並べると見分けづらくなるが、魔物の一種である。


 当然だが、この世界中でタロスヘイムにだけ存在している種で、主な住まいはタロスヘイムの王城にくっつけるようにして建っている巣である。見た目は巨大な泥団子を積み重ねた、高さ百メートル以上の異様な建造物だ。他種族からは、ゲヘナビー城と呼ばれている。

 しかし、内部は意外なほど人間の住まいに近い。


 姿形がただの巨大な蜂だったセメタリービーの時は、蜂の巣そのままだった。しかし、腕の数や触角や羽の有無などの違いはあってもゲヘナビー程人型に近くなると、蜂だった頃と同じ生活では不便を感じるようになる。

 そのため、様々な試行錯誤をしながら巣を作り替え、日々の生活に必要な雑貨を揃え、それなりに苦労しながら新しい身体に慣れてきた。


 しかし、その事をゲヘナビーは憂いてはいない。人間に近い形になった事を、心から喜んでいた。

(仕事が、捗る!)

(五本の指を使うと、顎だけだった頃よりも仕事が速い!)

(道具を使うの、気分が良い! とても楽!)

 何故なら、ゲヘナビー達は仕事が大好きだからである。以前の蜂とは異なる形になった事で、彼女達の仕事の生産性は大きく向上した。


 唾液と木屑等を混ぜ合わせた建材作り、蜜絹を使った編物、そして狩り。女王であるクインの産んだ卵から生まれた彼女達にとっては、クインに命令される全ての事が「仕事」である。

 なので、休むのも仕事だ。だから彼女達は休む時は、全力で休む。年上の同族が汗水たらして働いていようが、遠慮はしない。何故なら「休む」と言う仕事中だからだ。


「ギィ、キチキチ……チチチ(でも、出来れば汗水流して働きたい!)」

 だが、ゲヘナビー達としてはやはり、汗を流しながら働くのが理想である。だが、一日八時間を超える仕事にありつく事が出来るのは、ランクアップした個体か、ヴァンダルーの影の中に巣食っているクインの傍仕えだけだ。 


 このゲヘナビーはまだランクアップしておらず、クインの傍仕えでも無かった。夢の長時間労働を手に入れるためには、地道に働き経験値を稼ぎ、スキルを磨き、ランクアップするしかない。

「キチキキチ(花形は、ゲヘナビー・ワーカーだ)」

「クキキキィ(ゲヘナビー・ナイトも捨てがたい)」

「ギヂギヂ、キキキキ(メイジもあれはあれで、良い)」


 なので、休憩中のゲヘナビー達が集まると、だいたいランクアップ後の種族や、仕事関係の話題で盛り上がる。休憩と言う「仕事」には仕事仲間同士のコミュニケーションも含まれるので、彼女達は熱心に語り合う。

 彼女達ゲヘナビーの認識では、女王蜂であるクイン以外の全ての個体は平等に労働者である。ソルジャーは戦うという仕事を、メイジは頭脳労働を、ワーカーは巣作りや採蜜等別々の仕事をしているだけ。


 勿論、他の個体を指揮監督する個体の損失は大きいので、その個体の損傷を抑えるためにそうでない個体が犠牲になる事も必要だ。しかし、それは仕事上の問題である。

 全ての個体はクインと、あの方が居る限り必ず戻って来る事が出来るのだから。


 そしてこの日も楽しい肉体労働の時間が始まる。

「ギヂ(時間だ)」

 ゲヘナビー達は個体ごとに素質と、好む仕事が異なる。それを見極める為、繭から羽化してまだランクアップしていない個体は、日替わりで異なる仕事を割り振られる。

 この日、彼女に割り当てられた仕事は建築だ。だが、建築と言っても彼女達が暮らしている巣の拡張工事では無い。


 主に使っている材料も石材で、木や砂と唾液を混ぜた物ではない。そして建てたからと言って、誰かが住む訳でもなく、城壁のように敵から守るのに役に立つ訳でもない。

 そんな不思議な建造物だ。

 正直、彼女を含めたゲヘナビー達は、何故この建造物を建てる必要があるのか、分かっていない。しかし、女王蜂であるクインの命じる仕事であると同時に、このタロスヘイムに住む多くの者達が望む仕事であることは分かっている。自分達には理解できないが、価値のある仕事なのだろう。


 そう思いながら、彼女は仲間と共に建築現場に向かい、石材を組み上げる。

『おう、昼番のゲヘナビーか! この石材の組み立てを頼む! 場所は――』

 巨人種アンデッドの石工職人の指図に従って、約二メートル四方の石材を四人で協力して持ち上げて飛行する。そして、半ばまで組み上がった巨大ヴァンダルー神像と接合するのだ。


 接着剤はモルタル、ではなく彼女達の唾液と砂の混合物である。

 上空には、彼女達以外のゲヘナビーが何組も石材を持ち上げて飛んでいる。羽で飛行する事ができ、更に全ての個体が【怪力】スキルを持つゲヘナビー達は、高所作業員として重宝されているのだ。


 そして彼女も石材を運び、指示通りの位置に接合する。

「ギィ……?」

 そうしていると、この建造物の巨大さがよく分かる。これで高さはまだ半分だと言うから、完成時の大きさはタロスヘイムの王城や彼女達ゲヘナビーの巣である城に次ぐ大きさになるのではないだろうか?


 そのために使われる材料、そして費やされる労働力はかなりの物だろう。末端に過ぎない彼女には想像する事しか出来ないが。

 しかし、それに見合う価値がこの巨大神像にあるのだろうか?

 少なくとも、機能は無い。ゴーレムにすれば別だが、完成してもタダ巨大なだけの石像のはずだ。


 だが、その事に彼女達ゲヘナビーよりも想像力豊かなはずの他種族は誰も疑問に思わないようだ。

「石材が通るぞぉ!」

『退いておくれぇ~』

「フゴフゴ!」

 巨人種やレーシィー、オーカス等力自慢の種族が石材を運び、石工や彫像の技術を持つ者が装飾を施す。


「だんだんキングに似て来た! 目が虚ろなところとか、そっくり!」

「まだ顔は組み上がってないはずだが……」

「彼には、何が見えているのかしら?」

 ブラックゴブリンやエンプーサ、アラクネが像の表面を駆け上がって細部の仕上げを施している。


『工事は安全第一! ヘルメットの着用厳守! 怪我をしたらすぐ救護班を呼べ! アンデッドでもだぞ!』

「冬だからって水分補給を疎かにするんじゃないよ! アンデッドになりたくないなら水分補給は小まめにね!」

 そして現場の秩序を維持するために働く者や、労働者の健康状態を維持するための者もいる。


「ありがたや、ありがたや」

 そして、何故か少しだけ働いて帰って行く者。シンコウシン、と言う何かを表す為短時間だけ働いているようだ。


 こうして見ると、この国を構成する種族の多くの個体が、この像の完成を待ち望んでいるのは疑うまでもない。

 しかし、望んでいない存在もいる。それは、無言のまま建設現場に繋がる道の端に佇む者達。……ゲヘナビー達にとって父に等しき存在であるヴァンダルー、その分身である使い魔王達だ。


『巨大神像建設反対! 小さくて良いじゃないか!』

『税金の使い方を、もっと考えよう!』

『止めてください、お願いします』

 そんなメッセージが書かれた板を持って、無言無音で佇んでいる。ゲヘナビーから見ても奇怪なその姿形をしていなければ、存在を忘れそうな静かさだ。


 彼らが……というか、彼等の本体であるヴァンダルーが、このタロスヘイムで唯一巨大神像の建設に抗議する存在である。

 しかし、抗議はしていても妨害は一切しない。建設現場に石材やその他の物資を運びこむ労働者の前に立ち塞がらないし、騒音を出して集中を乱そうともしない。

 そして――。


「すみませ~ん、ちょっと手伝ってもらって良いですか~!?」

『はーい』

 そして、手伝いを頼まれると渋る事無く工事を手伝う。勿論その仕事は誠実で、二心も無い。熱心に働き、時には助言までして、仕事が終われば元の位置に戻る。

 ゲヘナビー達から見て、謎の行動である。


 しかし多くのゲヘナビーは、謎だと思いつつも、「自分達の思考では及ばない高度な判断がなされているのだ」と考えて、疑問には思わない。

 何故なら彼女達は役割を持つユニット。自分の役割は果たすが、それ以外の事は自分以外のユニットの役割なので、関心を持たないのだ。


「ギィ……」

 しかし、彼女は何故か気になった。そこに何か、この巨大神像を建造する意味を知るための重要な手掛かりがあるように思えたのだ。

 そこで、彼女は使い魔王達に話しかける事にした。この仕事が終わる約八時間後に。




 八時間後、夜番のゲヘナビー達と交代した彼女は、やはり道の端にいる使い魔王達に話しかけ、疑問をぶつけてみた。

『俺の態度が不思議、ですか。まあ、確かに不思議だろうなとは思います』

 問われた使い魔王は、自前で淡く輝いて板に描かれた文字を照らしながら触手をうねらせた。


「ギヂギヂィ クキキ(父様、反対。なのに、何故止めるよう命令しない?)」

『それはですね、俺が反対する理由は取るに足らない、ちっぽけなものだからです』

「っ!?」

 ゲヘナビーは使い魔王の返答に驚き、絶句した。何故なら、多くのゲヘナビー達が、使い魔王の行動は深い考えと高度な判断があっての事だと考えていたからだ。


『驚かせてしまいましたね。後、期待も裏切ってしまったようです。すみません』

『俺が、俺の大きな神像を建てる事に反対しているのは、恥ずかしいからです。等身大や手の平サイズの像には慣れましたが、流石に山脈の上からでも見えそうな大きさの石像はちょっと抵抗がありまして』

『そこまで自己顕示欲は強くないつもりですから。ですが、それだけと言えばそれだけです』


 彼女が愕然としている間も、使い魔王達の説明は続いた。

 タロスヘイムのほぼ全ての事業は公共事業だ。住宅の建築から新聞の発行、公共浴場や探索者ギルドの運営、武具の生産販売。その全ての頂点にヴァンダルーが存在している。例外は、飲食店や屋台、一部の服飾店だが……それも殆どの食材や布を卸しているのは、ヴァンダルーの事業である。


 だが、かかる税金も少ない。元々、タロスヘイムでは他の多くの国が取っている人頭税制ではなく、所得税制を取っている。

 更に建造物の殆どを、ヴァンダルーが【ゴーレム創成】スキルを使って建てている。一般の住宅はそうでもないが、城壁など防衛設備はヴァンダルーの手によって作られた物ばかりだ。

 更に、本来国家にとって金食い虫のはずの軍も、規模の割にかかるお金は少額だ。訓練の為に魔物を狩り、手に入れた素材で武具や食料を賄っているためだ。


 なので、ヴァンダルーの税金云々の主張はただの口実でしかない。

 本当の理由は、ただの羞恥心である。


『そんなもの、為政者になった時点でさっさと捨てるべきだとも思いますが』

『しかし、そう簡単には捨てられないのが人情です。でも、俺の個人的な羞恥心の為に、多くの国民の意思を否定する訳にはいきません』

『でも、自分の意志は表しておきたい。なので、こんな中途半端な事をしています。まあ、【ゴーレム創成】スキルを使わない時点で、妨害になっているのかもしれませんが』


 そう言いながら、使い魔王達は夜になっても建築工事が進む現場に視線を向ける。

 そこには、昼と同じように、多くの人々が働いていた。誰もが「やらされている」とは思っていない。自分の意志で集まり、やっているのだ。

 彼らの顔には、ヴァンダルーが【ゴーレム創成】スキルを使ってくれれれば楽が出来るのに、何て考えは全く浮かんでいないように、彼女には見えた。


「キチキギ……(そうか、やはり、意味は在った)」

 彼女は星空と建造途中の巨大ヴァンダルー像を見上げて、そう確信した。

 ヴァンダルーから求められた訳でもなく、機能的な意味は皆無。そんな巨大神像には、意味があった。ヴァンダルーの意思を蔑にするだけの、重要な意味が。


 自分達が考える程ヴァンダルーの思考は奥深くなく、判断も高度では無い。だが、常に見守っている。真昼の月のように、気がつかないだけでずっと見守っている。

 だが、それでは多くの人々は足らないのだ。偶像が欲しい、どこからでもヴァンダルーの存在を知り、見つめ、そして祈りを捧げられる存在が欲しいのだ。


『あなたのように、考えるゲヘナビーが出て来てくれた事はとても嬉しい。出来れば抗議活動に協力……おや?』

「ギギギギ!(そうだ、信仰は義務じゃない……仕事と同じ権利なのだ!)」

 まるで脱皮した直後のような清々しい解放感のまま、彼女は背筋と羽を伸ばし、月に向かって手を伸ばした。

 その時彼女の身体が光り、ランクアップに至った。


 ゲヘナビープリースト。ゲヘナビーに初めて現れた信仰と言う仕事を役割とする個体も加わり、工事はより捗ったと言う。

『娘に等しい存在と話をしたら、ランクアップして工事の先頭に立たれてしまいました』

『解せぬ』




 ちなみに、魔大陸ではティアマトやディアナ、ザンターク等が適当な大きさの岩を持ち寄り、日曜大工感覚で石像を彫り進めていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


●魔物解説 ゲヘナビー ルチリアーノ著


 一見すると蜂をモチーフにした鎧を着た女性に見える。大きさは人間の女性としては長身の百七十程で、四本の腕と蜂の腹部の形をした尻尾(?)が腰から伸びており、背中には蜂の羽がある。

 知能は高く人語を理解するが、喋る事は出来ず仲間同士のコミュニケーションは顎を「キリキリ」鳴らすか、「触角で触れ合う」か、「蜂のようにダンス」が主な手段となる。

 ……ちなみに、師匠はそれらの方法で彼女達とより円滑なコミュニケーションが可能である。


 その見た目は人間に近いが、思考と価値観はセメタリービーだった時に近い。彼女達は仕事を至上としており、休憩や食事でさえ、仕事だと見なしている。また個人としての認識が薄く、群れ全体で一つの生命体だと認識しているようだ。


 女王蜂であるクインの卵から産まれ、幼虫の時期を経て、ランク6の成体となる。

 上位種はランク7で、通常の個体より一回り大きいソルジャーや、外見は変わらないが魔術を操る頭脳労働担当のメイジ、巣作り等様々な生産活動を担当するワーカーが存在する。


 更に上位種で女王蜂であるクインの護衛であるナイト、他の魔物や同族のゲヘナビーに騎乗するライダー、職長であるワーカーチーフ等も存在し、セメタリービーだった頃よりも分業化が進んでいるようだ。

 また戦闘能力はランクが上がった以上に、人型になり武術系スキルを獲得し武技が使えるようになった事で格段に上昇している。


 以上の事よりも重要なのが、ゲヘナビー達が誕生してから歴史の浅い種である点だ。様々な物事に対応しながら、ゲヘナビー達は、変化と進化を繰り返していく事だろう。

 最近ゲヘナビープリーストと言う、信仰や祭事を主な仕事とする役割のゲヘナビーが誕生した事も、その一端と言える。




・名前:ギキリリヂィギーリ(人の声帯では発声不能)

・ランク:7

・種族:ゲヘナビープリースト

・レベル:0


・パッシブスキル

闇視

怪力:5Lv

高速再生:2Lv

毒分泌:針:5Lv

特殊唾液分泌:5Lv

能力値強化:仕事:5Lv

肉体強化:外骨格:4Lv

疲労耐性:3Lv

能力値強化:創造主:3Lv

能力値強化:信仰:1Lv


・アクティブスキル

高速飛行:2Lv

限界突破:5Lv

連携:5Lv

格闘術:3Lv

槍術:3Lv

鎧術:3Lv

石工:2Lv

家事:1Lv



・ユニークスキル

ヴァ■■■■の加護

すみません、書いている内に閑話になってしまいました。

3月20に244話を投稿したいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ