二十九話 ブラックなグールキングと隻腕の剣王
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ヴァンダルーが【剣王】ボークスのスカウトの為ヌアザと王城に向かっている間、彼をよく知るザディリスやヴィガロと言ったサム以外の主要メンバーが、タロスヘイムの建物のある一室に集まっていた。
「馬車から離れられないサム殿を除き、皆集まったようじゃな」
「それでザディリス、私達を集めて何をするつもりですの?」
「正確には、お前は呼ばれていないはずだが」
自らエントから削り出した扇で口元を上品に隠しているタレアは、半眼に成っているバスディアの視線を受けて「あら」と小さく笑う。
「だって、ヴァン様をお慰めするための作戦会議と聞いては聞き逃せませんもの」
「むー、そんな事を言った覚えは無いのじゃが、何処から聞きつけたのやら。まあ、いいわ」
ザディリスは本当ならヴァンダルーの事情……前世以前の事や神や百人の転生者について知っている者のみで議論するつもりだったが、タレアにはヴァンダルーもかなり気を許しているし、自分達が発言に気を付ければ問題無いだろうと考え、このまま会議を始める事にした。
「さて、今日集まってもらったのは坊やを休ませる必要があると知ってもらうためと、坊やを休ませるために協力して欲しいからじゃ」
ザディリスはそう議題を口にしたが、まず一堂に広がったのは困惑だった。
『休む、ですか? 坊ちゃんは毎日よく寝ていますけど』
『うん、いつも熟睡よ』
サムの代行として出席しているサリアとリタが口々にそう言う。実際、ヴァンダルーは二人の言うようによく寝ている。寝返りも打たず寝息もとても穏やかに。
思わず脈を取って死んでいないか確かめた事は、二度や三度では無い。
「そうだ、ザディリス。ヴァンダルーに疲れた様子は見られないし、そもそも疲れたのなら自分から休みたいと言うに決まっている」
「そうだな。ソース作りの時も保存食作りの時も、いつもと変わらない様子だったぞ」
ヴィガロとバスディアの言う通り、ヴァンダルーは疲れたような仕草も見せず、表情も浮かべず。そもそも「疲れた」とか「休みたい」とか口にする事も無い。
ため息をつく事も多いが、それは疲れというよりもままならない現実に対しての物の方が多いし、そもそも静かに息を吐くだけなので、溜め息を吐いた事を誰にも気がつかれない事の方が多い。
『それに皆さんヴァンダルーを大事にしてくれているもの。確かにあの子は頑張り屋さんだけど、無理はさせていないと思うわ』
この時起きていたダルシアも、サリアに通訳してもらう事で会議に参加している。
通訳越しに伝わってくるダルシアの信頼に、「む」っと小さく呻いてザディリスは首を横に振った。
「その信頼を裏切って済まぬが、儂らは坊やに無理をさせておる。
この前、ふざけ半分に坊やの肩を揉んでやったのじゃが……硬かった。その上、嫌がるどころか『極楽』と言ってそのまま眠りかけたのじゃぞ」
「何を言い出すかと思えば、肩揉みが上手い事の自慢ですの? 誰だって肩を揉まれたら思わずほっこりしますわ」
「年寄りは口を開く前に五秒考えい。思い出せ、坊やはもうすぐやっと三歳になる歳なのじゃぞ」
そうザディリスが言うと、全員がはっとした。
肩揉みが気持ち良いと感じる、つまり肩が凝っている幼児。……普通その年の子供は、肩なんて凝らないのに。
「あと、思い出してみよ。坊やは一日の間に何をどれくらいしているのか。ちなみに、一日最低でも四時間は錬金術の修行を止めようとせん」
ゴリゴリと擂鉢で素材を磨り潰し、混ぜ合わせ、捏ねて魔力を込める修業を一日四時間。
「……胡桃や香草のソースや、ドングリ等の木の実でクッキー作りを皆としているな。塩が無くなったから、代わりになる材料が無いかと悩んでいた。
石臼型や擂鉢型のゴーレムで、あまり時間や労力をかけずに作る工夫はしていたが……」
おしゃべりしながら作業してそれなりの時間。
「移動中は私達の世話をしてくれましたわ。それに、レムルースや虫アンデッドで周囲を警戒して、何より道を作ったり戻したり。
今では木から材木を作ったり、建物の壊れている部分を治したりしていますわね」
『それに、夜遅くまで無属性魔術の練習もしてるわ。【念動】で細かい作業をして、魔術制御スキルの練習も兼ねて』
『ええっ!? 坊ちゃんって朝早くから起きて死属性魔術の修行もしてるじゃない!』
『そんな、じゃあヴァンダルーはいつ寝てるの!?』
「そう言う訳じゃ。坊やは【状態異常耐性】スキルを持っておるからな、過労も睡眠不足も耐えられてしまうのじゃろう。【限界突破】まで持っているようじゃし」
ザディリスの言う通り、ヴァンダルーが持っているスキルがあれば幼児の身体でも過労に耐えられる。本人が無理をしているという自覚を、軽くしてしまう程。
耐性スキルのお蔭で疲れていても普段通り動けるので、「自分はまだ元気なんだ」と思ってしまう。そのせいで生まれてから成長に悪影響が無いようにと、普通に取っていた睡眠も眠気に耐えようと思えば耐えられてしまうので、「これぐらい寝れば十分なんだ」と次第に短くなっていく。
ただ耐性スキルはあくまでも耐えられるだけで、疲労しなかったりすぐ回復したりする訳では無い。なので実際は疲労が溜まっている。
「それに……今になって思い出したが、ヴァンは感情が表情に滅多に出ない。口調や仕草や雰囲気である程度分かるが……」
そして溜まった疲労が表情に出るという事も、バスディアが言っているように殆ど無い。それに顔色は常に白すぎるほど白いのだ。
美白とかそういう状態では無く、まるで蠟を塗ったような白さなので常に顔色が悪い。そのため顔色から健康状態を察する事が出来ない。
そしてダルシアやサム、サリアやリタもヴァンダルーの過労については気がつかなかった。彼女達は肉の身体を持たないアンデッドであり、疲労を感じないからだ。
精神的な疲労なら兎も角、肉体的な疲労はアンデッドになってまだ三年と経たないサリア達も、既にその感覚が思い出せなくなっている。
更にダルシアは一日の内半分以上を遺骨の中で眠って過ごしている。何時どれくらいヴァンダルーが休んでいるのか、把握できなくても仕方ない。
「ぬぅ、なら何故ヴァンダルーは自分から休もうとしない? 確かに旅の間はあいつが休む余裕は無かったかもしれん。だがここ数日は違う。
それに、旅の途中で余裕が無かったとしてもあいつが一日休むくらいは出来た」
ヴィガロが唸るように、ヴァンダルーは休もうと思えば休む事が出来た。皆に「今日は疲れたので休みたい」と言えばいいのだ。
何故なら彼は今や真の意味でグールのキングであり、コミュニティの頂点に存在しているからだ。
ヴィガロやザディリス、タレアにバスディアといった主だったグールは勿論、今では誰もがヴァンダルーをグールキングだと認めている。
山脈越えの旅はヴァンダルーが道を作らなければ進む事が出来ないが、魔物が比較的襲って来ない場所を選べば一日くらい休んでも問題無いし、誰からも文句も出て来ないだろう。そもそもヴァンダルーが居なければグール達が山脈を越えるのは不可能なのだから。
いや、ヴァンダルーが居なければ今でもブゴガンに囚われたままだった女や、今頃襲撃を受けて集落を滅ぼされていただろう者達が殆どなのだ。文句を言える道理はない。
しかし、ヴァンダルーの口から休みたいと言う言葉は出て来ない。
「確かに。何故じゃろう?」
その点はザディリス達には理解が及ばないところだった。それは彼女達グールが元々怠惰な性質を持つ種族だからだ。「休むな、訓練を続けろ、働け」と言う事はあっても、「そろそろ休め、一息入れろ」と言う事は殆ど無い。
グール達は言われなくても休むし、疲れたら自分から言うからだ。その点はグールが半ば魔物である証拠でもある。
『うーん、父さんが馬車になってからしばらくは昼寝もしていたんだけど……』
『やっぱり耐性スキルのせいかしら。耐性スキルを生まれつき持っている種族は、そのせいでその耐性スキルが抑える状態異常の常識が危うくなるって誰かに教えてもらったような……』
ダルシアは熟考した結果、そう推測した。
ダークエルフであるダルシアは、生まれつき【魔術耐性】スキルを持っていた。攻撃魔術から受けるダメージや、魔術由来の状態異常にかかり難く、かかっても治りやすくなる。
そのため自身の【魔術耐性】を過信して大火傷を負ったり、逆に他種族との戦いで敵を生け捕りにしようと「この程度の魔術なら直撃しても死なないだろう」と術を放ったら目標が肉片になってしまったりといった事が、少なくなかったらしい。
そのため全てのダークエルフは子供の内に【耐性スキル】について、スキルが無ければどれ程の影響を受けるのかも含めて教えられるのだ。
しかし、ヴァンダルーはそれを教えられていない。なので、【状態異常耐性】があるから耐えられているだけなのを「意外と疲れてないな」と勘違いしている可能性が高い。
『だから自分から休もうとしないのよ。
それに、もしかしたら今は緊急事態だとか非常事態だと思っているのかも。私が死んでから、色々あったから……』
母親である彼女が殺されてから生き延びるのに必死だったし、その後は復讐を実行しようとしていた。結果的にグール達と行動を共にする事になったが、ザディリス達に会った当初は目的のスキルを習得したら魔境から旅立つつもりだったので、修行を頑張った。
そしてノーブルオーク攻略に山脈越え、移住だ。確かに非常事態の連続である。
いくつかの作業では、ヴァンダルーは直接身体を動かして働いた訳では無いから、「働いた」という印象は薄いかもしれない。
しかし、魔力を使うと実際に疲労を覚える事をこの場にいる全員が知っている。
「ヴァン様が疲れているのはよく分かりましたわ。それでは休んでほしいと一言、私達の方から言えばよいのではなくて?」
ヴァンダルーに休養が必要だという認識は十分共有された。だが、そのための手段はとても簡単なのではないだろうか。そう言うタレアに、ザディリスの首は縦では無く横に振られた。
「それぐらいなら儂がもう言っておる。
しかし、あまり聞いてくれんのじゃよ」
休みを勧めるザディリスの言う通り、ヴァンダルーも「まだやれるのに」と言う感じだったが一応錬金術の修業をそこで中断する。
しかし横になりながら死属性魔術の修行をしていたり、気晴らしに散歩をしているのかと思えばタロスヘイムの壊れた建物を必要も無いのに修理していたりと、自分から進んでやる事を考えて勝手に実行しているのだ。
他にもブラックゴブリンやアヌビスの子供と遊んでいるかと思えば勉強を教えていたり、ライフデッドの世話をしていたりと、殆ど休まない。
アンデッド達の中で唯一レベルが100に到達した後ランクアップしていない骨人をどうにかして強くできないかと、妙な実験をしている事もある。
「そう言えば、私もヴァンから三歳になったら格闘術を教えて欲しいと言われていた。三つの頃から習うと達人になれるという言い伝えがあるとかなんとか」
「何っ!? 何故我では無くバスディアに言うのだ!?」
『明らかに腕の長さが違い過ぎて、ヴィガロさんの技は覚えられないからでは? グールの格闘術って、男と女で全く違うんだって教えてくれたのはヴィガロさんですよ』
「ヴィガロ、少し黙っておれ。バスディアはもし教えるのなら上手い事を言って、坊やを休ませるのじゃぞ。
そういう訳で皆よ、坊やに休みを取らせるには策を練らねばならん。若い者を如何に訓練漬けにするかで頭を悩ませた儂が、まさか休養を取らせる事にも知恵を絞らなければならんとはの」
そして、ヴァンダルーが王城に行っている間にザディリス達は、どうやってヴァンダルーを休ませるかについて話し合ったのだった。
ヴァンダルーはヌアザの案内で、王城の崩れた門をやや苦労しながら潜った。
「……階段の高さが幼児には優しくない」
男性で平均身長二メートル七十センチ、女性で平均二メートル五十センチの巨人種仕様の建物は、つくづくヴァンダルーには優しくなかった。
階段を上るだけでちょっとしたアスレチックになってしまう。
「すみません、他種族の方用の階段はご覧の通り瓦礫に埋まっていまして」
そう言うとヌアザはひょいと、骨と皮だけの腕でヴァンダルーを持ち上げる。リッチ……正確にはレッサーリッチと化した今でも、生前持っていた【筋力増強】スキルが変化した【怪力】スキルは失っていないらしい。
「今まで使わなかったから後回しにしてましたけど、王城も出来るだけ早く直した方がよいですね」
ダルシア達が聞いたら「止めて!」と止めただろう事を言い出すヴァンダルーだが、ヌアザは「御子のご都合に合わせてくだされば、何時でも構いません」と言った。
「確かに直していただければ幸いですが、武官も文官も居ない城ですから。それに、後数百年は崩れないでしょうし」
ヌアザ達タロスヘイムのアンデッドにとっては、王城は巨大な祖国の墓標という認識だった。直してくれれば嬉しいが、それはヴァンダルー達の予定に食い込む事になってまでして欲しい事では無いようだ。
激しい戦闘の後二百年が経った今も荒廃し多少崩れてはいるが、ダンジョン産の石材で作られた王城は変わらずに聳えている。ヌアザが言うように、数百年後でも今と変わらず城は在るだろう。そう思わせる存在感があった。
「……分りました。余裕が出来たらにします。
それで、ボークスさんは?」
「地下に続く隠し階段がある謁見の間へ続く扉の前に居るはずです。彼は二百年、あそこから一歩も動こうとしないのです」
スカウトに行く前に、【剣王】ボークスがどんな人物だったのかはヌアザを含めた巨人種アンデッド達から聞いておいた。
曰く、タロスヘイムの英雄たちの中で唯一アンデッド化した存在で、現在の巨人種アンデッドの中では最強の存在らしい。
その人格は――。
『仁義に厚く人情家で陽気、酒を奢りたがるくせに自分は酒に弱い。女の魅力は胸の大きさ、男の魅力は筋肉だと言って憚らない人でした』
とは、巨人種の中ではインテリ派だったらしいヌアザからの話だ。
他の情報提供者からの話は――。
『ハゲテタ!』
『強イ! 凄イ! 強イ!』
『奥さんの愚痴と娘の自慢話が長い。ウゼエ、う゛ぜえええええげどい゛い゛やずう゛ううぅっ!』
結論、良い人っぽい。
「俺、筋肉に自信ないんですけど、『一昨日来い』とは言われないでしょうか?」
「それは無いでしょう。それを言うなら、私は骨と皮だけですよ」
「それもそうですね」
そして罅割れた壁や砕かれたレリーフの欠片、折れた柱の破片が転がる城内を進むと、程なくして謁見の間に辿り着いた。
当時は重厚さと豪華さを併せ持っていただろう扉の残骸の代わりだというように、【剣王】ボークスはそこにいた。
巨人種の中でも3メートルと大柄な体は、血の気の失せた肌を内側から大きく盛り上げる筋肉で覆われ、アンデッド化した今も強烈な気配を放っている。
【氷神槍】のミハエルとの激しい戦いで右腕を失い、巨大な両手剣は半ばから折れているがそれでもボークスは強さを失っていない。
そう【鑑定】を使うまでも無くヴァンダルーは確信した。常に発動している【危険感知:死】が、彼に「こいつを怒らせるな」と警鐘を鳴らしているからだ。
『神殿の小僧かぁ……なんだ、その妙なガキは?』
頭の右半分が骨だけになっている【剣王】ボークスは、胡乱気な視線でヴァンダルーを睨みつけた。その声には警戒が強く込められていて、彼が【死属性魅了】スキルの効果に抵抗した事が分かった。
「この方は【グールキング】のヴァンダルー、神託の御子です」
『何? ぐーるきんぐだと? ダンピールじゃなくて、グールの変異種か。女でガキがキングとは、この妙な雰囲気といい、ただ者じゃないな』
「いえ、グールじゃなくてダンピールです。それに男です」
『そうかい』
急いで誤解を訂正するが、ボークスはヴァンダルーに「ただ者じゃない」と言いつつも、あまり興味は無いらしい。
『何を考えてこんな所に来たかしらねぇが、俺はお前が何をしようが興味はネェ……住みつくなり盾国の糞野郎共の取りこぼしを持って行くなり、勝手にしろ』
ガチャリと、折れた剣を左肩に担ぐようにしてヴァンダルーを見下ろすボークス。リラックスしているようにも見えるが、何かあればその剣を一瞬で振り下ろすだろう。
その態度からは、やはり【死属性魅了】の影響を受けているようには見えない。寧ろ、彼の警戒心を駆り立てているだけのようだ。
『ここまで効果が無いとは思わなかったな』
ヴァンダルーも、【死属性魅了】が全てのアンデッドに効果を発揮するとは思っていなかった。抵抗される可能性も当然考えていた。
しかし、考えてはいたがその場合どうすればいいか具体的な答えは出なかった。
敵になるなら魅了できなくても、倒す方法を考えればいい。
戦力が欲しいなら、他の方法を考えればいい。
でも、不干渉を宣言して協力を拒絶する場合はどうすればいいのか。
(普通に交渉するしかないんだろうな)
まあ、そこに行きつく。
「ボークスさん。俺は、あなたに協力して欲しい事があります」
『悪いが断る。こっちには、やる事があるんでな』
撃沈。どうやらスカウト交渉は失敗したようだ。
イヤイヤ、まだだ。諦めるには早い。
「ボークスさん、俺は死属性魔術という今までこの世界には存在しなかった魔術を使う事が出来ます。それを使ってあなたの望みを叶える事が出来るかもしれません」
交渉とは、相手が望む物を提示しそれを提供する代わりに、こちらの希望を叶えてもらう事だ。そのためにボークスの望みをまず聞き出そうと、ヴァンダルーは思った。
ミルグ盾国への復讐だろうか? それとも身体の修復? 若しくはオルバウム選王国に脱出した娘がどうなったのか知りたいのか。
『……お前みたいなガキが、そんな事出来るのか?』
「少なくとも、この世界で今までできなかった事の幾つかは出来ます」
ボークスに聞き返されても、ヴァンダルーは胸を張って答える事が出来た。これは自信の有る無しの問題では無く、これまで存在しなかった魔術が使えるのだから、これまで出来なかった事が出来て当たり前だという事を知っているからだ。
初歩の死属性魔術である【殺菌】や【殺虫】だって、他の属性魔術で再現するのは困難であるらしいし。
ボークスはその答えを聞いて、片方しか眼球の無い顔を俯かせてしばし考え込むと。顔を上げないまま言った。
『だが、伝説級マジックアイテムの呪いを解くような真似は出来ねぇだろう?』
伝説級のマジックアイテムには、一流の魔術師でも解けない呪いを対象や使用者に齎す物がある。そうした呪いを解く事が出来るのは、同じ伝説級のマジックアイテムか英雄、若しくは神々か、それに等しい存在だけだ。
それは御子とはいえ、流石に不可能なのでは。ヌアザはミイラの顔で器用に案じるような表情を、ヴァンダルーに向ける。
「呪いですか? できますよ。今日はまだ魔力を使ってませんし」
『出来んのかよ!?』
「そんな馬鹿な!?」
あっさり出来ると答えたヴァンダルーに、ヌアザまでボークスと一緒に否定していた。
『呪いだぞ、しかも伝説級マジックアイテムのだぞ!? 神殿に金貨を幾ら積んでも浄化できないぐらい強力なんだぞ!?』
「そうです! 私なんて足元にも及ばない高司祭様や神殿長様、【聖女】ジーナ様だって浄化できない代物なのですよ!? 浄化どころか、御子まで呪われたらどうするのです!」
口々にそう言うボークスとヌアザだが、彼らからすればあり得ない事をヴァンダルーが言い出しているのだから当然だ。
「ええ、前はよくやって……やらされていましたから出来ると思いますけど。だって、呪いなんでしょう?」
しかし、ヴァンダルーからしてみれば、呪いなら解除出来て当たり前という認識があるため、何故二人が狼狽しているのか、さっぱり分からない。
いや、まあ、二人の態度から「きっとこのラムダでは、簡単に呪いを解く事が出来ないんだろうな」ぐらいは察したが。
「呪いって、つまり魔力による状態異常ですよね。物によっては怨念や憎悪が核だったりしますけど、結局具体的な効果……決して治らない病を発病させるとか、不幸を呼び込むとか、特定の行動を封じるとか、そういった状態異常を起こすのには、魔力が必要です」
基本的に、呪いが具体的な効果を発揮するには魔力が必要不可欠だ。
例えば憎い相手を呪いで病気にしたい場合、ズタズタにした人形をただ送りつけただけではただの精神攻撃だ。相手が図太い神経をしていたり怖いもの知らずな性格だったら、全く効果が無い。
呪いをただのおまじないでは無く確実な効果を発揮させるには、魔力が必要なのだ。儀式を行い呪文を唱え、生贄を捧げる等して魔力を込める必要がある。所有者に不幸を齎す宝石だって、魔力が無ければただの宝石だ。
これが科学と魔術が存在する異世界オリジンにおける呪いの定義だ。
「そして俺の死属性魔術は魔力を含めたエネルギーを吸収、消滅させる事が出来ます。なので、呪いを形作る魔力を消滅させれば、呪いは解けます」
っと、当時研究者から聞かされたことをそのまま口にする。
当時のオリジンでも呪いを解くのは大変だったようで、実験が成功した時は興奮した研究者達がウザかったなと、ヴァンダルーは思い出した。
まあ、研究成果が出ても待遇が改善される訳では無かったし、何か希望が叶えられる訳でも無かったので、呪いを解く……消せる事がどれだけすごい事なのか、ヴァンダルーは今まで考えた事が無かった。
『つまり、お前は伝説級マジックアイテムの呪いを解けるんだな?』
「はい。よっぽど特殊な呪いでなければ」
そう答えながらも、ヴァンダルーは内心では首を傾げていた。何故なら、ボークスが呪われている気配が無かったからだ。……アンデッド化してしまった事を除けばだが。
『……分かった。もし、お前があいつ等を取り戻してくれるのなら、俺はお前の部下でも手下でも、何にでもなってやる。
今でも意味があるか知らねぇが、【剣王】の名に懸けて誓ってやる』
「あいつ等?」
『ああ。今でもあのクソッタレな氷槍の呪いに囚われている俺の仲間……ジーナとザンディア嬢ちゃんを解放してくれ。
頼む』
ヴァンダルーのずっと上に在ったボークスの頭が、ヴァンダルーより低い所まで降りてきた。
彼の毛の無い脳天に、「分かりました」と答えた。
・モンスター解説:ライフデッド
死後硬直前の新鮮な死体に、生命属性魔術で外部から人工的に生命力を与え、魂の無い肉体に鼓動や呼吸等の生命活動を再開させた特殊なアンデッド。
死体であり魂が無いため、ライフデッドには最低限の本能すらなくゾンビのように生者に襲い掛かるような事もしない。生前持っていたスキルも出身種族が生まれつき持っている物以外は全て失っている。(この事から、スキルは肉体では無く魂に依存するという説を唱える学者がいるが、少数である)
倒し方も簡単で、普通の人間を殺すように傷つければそのまま死ぬ。
基本的なランクは0で、そのままなら脅威度はスライムやゴブリンにも遠く及ばない。また、その性質上魔境やダンジョンで自然発生する事も無い。全てのライフデッドは魔術師が人為的に作った個体ばかりだ。
こんなただ生命活動をしているだけのアンデッドを何故魔術師が作るのかというと、魂が無いため使い魔にして術者の代わりに行動させるのに最適だからだ。
その場合ライフデッドは身体能力を限界以上に発揮する、厄介な敵になる。
また、それ以外にも過去にはある国の国王が急死したとき、ライフデッドにして死んだのではなく重病で床に伏せっているだけだと偽ったという話や、真偽は不明だが貴族家の当主が若くして死に跡継ぎがまだ居ない時に、後継者を作るためにライフデッドにしたという噂が囁かれている。
尚、生命活動が不可能な損傷を受けて死んだ死体では不可能(失血死を含む)なので、一部を除いた病死や突然死で死亡した死体でしか作れない。
また、死体に魔力が残留する魔物や、ヴィダの新種族の中でも女神が魔物と交わって誕生した種族(吸血鬼、ダンピール、グール等)の死体では、ライフデッドに出来ない。
次の更新予定は10月2日の予定です