二百四十三話 偽りのパレードと名も無き英雄達
大変遅くなり、すみません。
魔物の暴走によって起きた魔物の群れと、謎の賊との戦いに勝利した日から二日後、記念のパレードが行われる事となった。
通常ならその日の内に行うが、あの戦いは『通常』の範囲から逸脱していた。モークシーの町にとって、それだけ大きな戦いだったのである。
結果的には死人は賊と、森から逃げ遅れた者が数名だけ。怪我人は大勢出たが取り返しがつかない障害を負った者は一人もいなかった。敵にランク8のサンダードラゴンやマウンテンジャイアントがいた事を考えると、歴史に残るほど軽微な損害の勝ち戦だ。
しかし、魔物の群れの規模とその戦力を聞いた時は領主のアイザック・モークシー伯爵を含めて、誰もが町は滅びると確信していた。そのため、戦いが始まる前に早馬がアルクレム公爵と周辺の領地を治める貴族に向けて出されていた。
町を強力な魔物で構成された群れが襲った事、恐らく町は滅亡する事、そして魔物の群れに対して早急に対策を取り、被害を食い止めて欲しい。そして出来れば避難する民達に手厚い保護を願う事を記した手紙を携えて。
更に、早馬に乗った者達はすれ違う商人や旅人達に対して、すれ違う時にモークシーの町が魔物の群れに襲われている事を叫んで警告する。彼等が何も知らず町に向かい、魔物に襲われる事を防ぐために。
伯爵と同じように商業や魔術師、冒険者、そしてテイマーギルドもそれぞれの手段で他の支部に連絡を取っている。
伯爵と各ギルドの長は戦いの後、町が無事である事を知らせる連絡を各地に回す為に忙殺される事になったのだった。
同時に、賊の死体の検死と所持品の検分も行われた。
賊とは、正門に現れた二人とヴァンダルーを襲撃した約十人、そして森の中で『飢狼』のマイケルことマイルズと戦った一人の事だ。
普通なら賊の調査にそこまで力が入れられる事は無い。賞金首ではないか、他に仲間がいないか、顔や所持品、そして本人を尋問して吐かせるぐらいだ。死体を解剖して調べるような事はしない。
しかし、伯爵たちにとってその賊達……ハジメ・フィトゥンとその配下、そしてムラカミ達は普通の賊ではなかった。
行動の奇妙さは改めて言うまでもないが、最もおかしいのはその実力である。
正門に現れたテイマーの女と魔術師の青年の実力は、ただの犯罪者と考えるには高すぎた。そして物見の塔から目撃され、正門からでも伺う事ができた、ヴァンダルーらを襲った賊達。マイルズが森の中で倒した一人も、現場を見ればB級……いやA級冒険者並の実力の持ち主だったかもしれない。
草原の一部は焼け野原になっていたし、マイルズ達の戦いの余波で樹木が倒れた事で、森にはちょっとした広場が出来上がっていた。
どう考えても、賊の類が持っていい力の大きさでは無い。彼らの言動の奇妙さもそうだが、得体の知れない大きな力が働いているのではないかと疑うには、十分すぎる。
そんな賊を撃退したヴァンダルー達やマイルズの実力も、常識から大きく逸脱しているが……彼らに関して伯爵は以前から尋常な存在ではないだろうと察していたし、何より彼らは賊に襲われ町を守るために戦った側だ。
そのため伯爵はヴァンダルー達の事はとりあえず置いて、賊の詳しい調査を行う事を優先した。
本来なら尋問も行いたかったが、賊は全員死亡しているため死体の検死のみ行われた。
執り行ったのは伯爵家のお抱え魔術師、そして魔術師ギルドの魔術師や錬金術師、そして共同神殿の司祭の中から選ばれた者達だ。
『地球』や『オリジン』の法医学とは異なるが、全員が人体の構造に精通した者達である。
「おかしい、これは本当に賊の死体なのか? まるで死にかけの傷病者か、老人のようだ。だと言うのに、組織に大量の魔力が残存している。魔術師だけではなく、魔力が少ない傾向にあるはずの前衛職や盾職の賊からもだ」
「筋肉や筋がボロボロで、骨も脆く、軟骨は摩耗していて、臓器の幾つかは崩れる寸前。そして、頭蓋の中は細い血管が破裂したのか血まみれになっている。
これでは半死人ではなく、ほぼ死人です」
解剖した結果。賊の内殆どの者が、死ぬ前から既に死にかけていた状態だったと明らかになった。
「この状態は、【限界突破】や【限界超越】を繰り返し発動させた狂戦士の死体を解剖した記録に酷似している。だが前衛職はともかく、何故後衛職の魔術師の死体まで?」
「……たしか、昔聞いた事があります。ある神に愛された英雄が、強力な魔人族を倒す為に死を覚悟で神に祈ったそうです。己の力に余る存在を肉体に降ろして欲しいと。
その英雄の肉体に降りたのが英霊か、神の分霊かは記録に残っておりません。しかし、この死体の状態はその英雄と同じ物です」
ポーラ司祭のその証言に、解剖を執り行った者達は注目した。彼らの多くは正門での戦いに加わっており、そこでテイマーの女や魔術師の青年の身体が、淡く輝いていたのを見ていたからである。
御使いや英霊が降臨した時天から降りてくる光の柱は、モークシーの町周辺ではダルシアが【御使い降臨】を使った時以外目撃されていない。しかし、賊の実力を考えると身体に神の眷属を降ろしていたとしても、不思議はないと考えたのだ。
それに賊の一人、C級冒険者で元『剛腕』のゴードンは暫く前に町で目撃されている。その際はC級冒険者として相応の力しか持っていなかったはずだ。短期間でB級やA級冒険者に匹敵する程高い力を得られるとは考えにくいので、彼がゴードン本人なら何らかの存在が力を貸していたとしか思えない。
ムラカミとアキラの死体は致命傷以外の損傷は軽微だったが、それでも賊の殆どに同じ痕跡が出ている事は無視できなかった。
そしてポーラ司祭達の推測を裏付ける報告を、賊の所持品を調べていた錬金術師がもたらした。
「オリハルコン! オリハルコンが賊の武器に使われておるぞ! 特に興味深いのは、このオリハルコンのメッキが施されているミスリルやアダマンタイトの武器だ!
どれもこれも新しい……一年以内に作られた物ばかりだ!」
まず、賊の装備品にオリハルコン製の武器が含まれている事が分かった。それも、作られて一年以内だと言う。
オリハルコンは自然には見つからず、神々しか精製できず加工できないとされている魔導金属の頂点に位置する金属だ。
だからこの武器を創ったのも、そして賊に与えたのも神々という事になる。彼らの背後に神が存在している事の証拠である。
「ま、ま、魔王の装具じゃ! 間違いない! 儂は三十年前一度【魔王の欠片】を封印する方法について研究していたが、その時本物の魔王の装具を見た事がある!その時見た装具とは違うが、これは魔王の装具じゃ!」
だが、続く報告に司祭達だけでは無く同席していた騎士達も度肝を抜かれ、冷静さを失いかけた。
「何度折っても柄から新しい刃が生えてくる不思議な魔剣だと報告されていたが、まさか魔王の装具だったなんて!」
「司祭様! 早くっ! 早く封印してくだされぇ!」
封印されている【魔王の欠片】を使い、武器として使えるよう加工した魔王の装具。その性質上、加工前よりも封印の効力が弱まっている。
だからと言って簡単に壊れる事も無いはずだが……【魔王の欠片】の恐ろしさはよく知られている。幾つか欠片の封印が解け、暴走する事件が起きている最近では特に。
「封印と言われても、装具に使われている欠片は既に封印されています! これ以上の措置は私達でも簡単には出来ません」
「通常なら神々に祝福された部屋に、オリハルコン製か、オリハルコンの金属板を張り巡らせた箱に入れて保管するしかない。
ですが、共同神殿ではそのような本格的な設備は無く、不可能だ」
「それでは、何処なら可能なのです!?」
「確か、最も近いのはアルクレムシティのアルダ神殿、とフィトゥン神殿、リクレント神殿ですが……」
「その内、フィトゥン神殿は今頃どうなっているか分かりませんね」
モークシーの共同神殿で祭られているフィトゥンの神像は、魔物の群れとの戦いの最中、突然割れた。そしてポーラ司祭達と共に将兵の援護を行っていたフィトゥンの司祭も、魔力が枯渇した訳でもないのに昏倒し、今もまだ目を覚ましていない。
司祭が昏倒しただけなら個人の問題だが……神像も同時期に割れている。共同神殿の関係者と伯爵達がつい先月に起こった、アルダ神像が携えている書物の崩壊と司祭が気絶した事件と結びつけるのは当然だった。
「分かりました。とりあえずアルクレム公爵に装具発見の報告と、安全に保管するための援助を乞いましょう。それまでは我が騎士団がこの装具に誰も近づかないよう、二十四時間体制で警備します」
「では、我々は装具の出所を探りましょう。魔王の装具は、封印を人の手で加工して作ります。その性質上ダンジョンで発見される事は無い。
オリハルコンの武具以上に希少な物です。各神殿や魔術師ギルドに問い合わせれば、何処から持ちだされたのか判明するでしょう」
「遺跡で眠っていた物を賊が発掘した可能性や、どこかの秘密部隊や邪悪な神の教団が所有していた可能性もありますが、だとしても確認は必要ですからね」
「分かった。後は彼等と戦った者達からの事情聴取だが……伯爵様も同席し、限られた人員で行われる予定なので、後日となる」
一般的には衛兵や冒険者ギルドの職員が行う事情聴取に町の最高権力者が同席し、関わる人員を制限する。
ヴァンダルー達の口から公には出来ない重要な真実が述べられる事を、伯爵達が考えている証拠であった。
ミノタウロスキングの巣で手に入れた魔王の欠片をリクレント神殿に預けた『真なる』ランドルフは、そのままアルクレム公爵領を出てオルバウムの中央、選王領に戻っていた。
十年に一度行われる選挙で各公爵領から選ばれる選王の直轄地だが、実際は選王に仕える侯爵や伯爵達の領地である。
宰相のテルカタニスや軍務卿のドルマドなど、警戒すべき貴族も多いが現選王出身の公爵家以外の公爵の力が及びにくい地でもある。そのためランドルフは、ここ数年選王領に隠れ家を設置していた。
……辺境の田舎の方が貴族からの干渉を避けられるが、それだと情報が手に入り難い。気がついた時には国が滅亡の危機に瀕している、なんてこともあり得る。
国難に際して立ち上がり、災禍を避けて逃げるためには情報が必要なのだ。それに、早く気がつけば自分だけでは無く友人知人を助ける程度の余裕もあるだろう。
そして彼は適当な酒場で食事をとっていた。
「『記録の神』に続いて、『雷雲の神』もか。邪神派吸血鬼の組織も壊滅状態のようだから、『悦命の邪神』もどうなったか怪しい。
……選王国の滅亡より先に神々の方がどうにかなりかねないとは、どうしろと言うのだ」
だが、とても穏やかに食事を楽しむ気分では無くなっていた。
ランドルフは神に祈るのを止めて久しい。久しいが神像が砕け散り、フィトゥン神殿の高司祭が説法の途中で昏倒し、更に倒れる司祭や神官が続出するような事件が起これば、耳に入る。
耳に入るが、正確に事態を把握できているとは言い難い。自分の手の及ばない所で、重大な事件が立て続けに起きている事は分かるが。
選王国が滅亡するような事になっても生き残る自信が、ランドルフにはある。しかし、神々がどうにかなるような未曾有の事件……それこそ魔王グドゥラニス率いる魔王軍との戦争や、アルダとヴィダの戦いのような世界規模の危機が起きたら、対処できる自信は流石に無い。
バーンガイア大陸から脱出する事は出来ても、この世界から脱出する事は出来ないからだ。
中途半端に事態の深刻さを想像できる自分が恨めしい。
「あの高司祭様も歳だったからな」とか「いやいや、きっと神殿の厨房で腐った材料を使ったんだろう」「へぇ、じゃあ神像が砕けたのは、お供え物が腐っていたからか!」等と酒場で騒いでいる能天気な酔客を羨む日が来るとは思わなかった。
「……あの町に残っていれば、何か分かったかもしれないな」
彼はモークシーの町に立ち寄らずナターニャとユリアーナの二人を、ヘルハウンドをテイムしている隻腕の男に預けて、騒ぎ出した【魔王の欠片】の封印を持って立ち去った。
その後の出来事は、詳しくは知らないが……聞こえて来るのは与太話としか思えない噂ばかりだ。
曰く、アルクレム公爵領のモークシーという町で、ダークエルフの女司祭がヴィダの御使いを降臨させた。
曰く、商業ギルドのサブマスターがそのダークエルフを毒牙にかけようと汚職衛兵を使って罠にかけようとしたが、領主に仕える騎士が成敗した。
曰く、モークシーの町の屋台ではダンピールの店主がゴブリンやコボルトの肉を出していて、信じ難い事に飛ぶように売れている。
曰く、ダンピールの凄腕テイマーがいて、希少な種族や新種の魔物を次々にテイムしている。
これらの噂の半分は嘘だろうとランドルフは思っている。しかし、残りの半分は真実だろうとも思っていた。特に、最後の噂に関しては。
「モークシーにダンピールが居る事は事実らしい。そして俺が見たヘルハウンド……あの時見た男はダンピールでは無く人種だったが、あれは俺の早合点だったかもしれない」
あの隻腕の男はテイマーでは無く、その関係者。そして本当のテイマーは、その場を離れていたダンピールだったかもしれない。
ただ、だとしても最近起きた事件にそのダンピールが関わっている根拠は無い。希少な種族出身の、才覚に恵まれた人物だからと言って、世界の中心に居る訳ではないのだ。
しかし、ランドルフには確信があった。
「今考えてみれば【魔王の欠片】が騒ぎ出したのは、そのダンピールが従魔の元に戻ろうと近づいて来たからかもしれない」
あの時、町から遠ざかった途端【魔王の欠片】は大人しくなった。そして、それからリクレント神殿に預けるまで封印が破れそうになる事も、【魔王の欠片】が騒ぎ出す事も無かった。
あれは封印が弱まっていたからではない。あの町に何かが……【魔王の欠片】が封印に影響を与える程渇望する何かがあるのではないか。
それが、噂になっているダンピールかもしれない。そして、昔は数百年に一度あるか無いか程度だったのに、最近は度々暴走している【魔王の欠片】の目的。
そんなものは復活以外にあり得ない。
「考えられるのは、そのダンピールが【魔王の核】だとか、本体かそれに類する欠片を身体に寄生させている事。そんな聞いた事も無い欠片が存在するならだが」
【魔王の欠片】は同じ欠片を探し、融合して復活しようとする。それがランドルフの産まれる何万年も前から伝えられてきた話だ。同じ欠片なら、どんな部位の欠片でも関係無い。
心臓だろうが、小指だろうが、欠片にとっての重要度は変わらない。特定の欠片を目指して集まるなんて、聞いた事が無い。
だから【核】と言う欠片は存在しない確率が高い。したとしても、神殿では無く神々が直接封印しているはずだ。魔王の魂同様に。
「だとすると、こっちの方が突拍子は無いが……」
(ダンピールそのものが魔王の本体なのかもしれない)
後半は声に出さず、胸の中だけで呟く。この推測が当たりでも外れでも、精霊魔術で自分の声が周囲に聞こえないようにしていたとしても、軽々しく口に出して良い事では無いからだ。
「幸い欠片はもう手元に無い。直接調べてみるか」
流石に世界の危機は放置できない。ランドルフはテーブルに代金を置くと、旅支度をするために席を立った。
パレードは盛大に行われた。楽団が楽器を奏でる中、先頭を歩くのはヴァンダルー……では無くダルシアである。
そしてザディリスとバスディアが続き、ヴァンダルーはマイルズと更にその後ろを、サイモンやナターニャ、カナコ達三人組、そしてファングやマロル達と一緒に歩いている。
「おお、『勝利の聖母』様だ!」
「聖母様ーっ! お蔭でうちの人が助かりました! ありがとうございます!」
「あれが噂の『勝利の聖母』様か。一部じゃ鋼母様とか、猛母様とか呼ばれているらしいから、どんな女傑かと思ったが……」
「何だ、お前さん、今朝町に来たばかりなのか? 歓楽街の店に行けば、聖母様はいつでも微笑んでくださるぜ」
「へぇ……そいつはいいな。それで、店の名前は? あと一晩でどれくらいかかるんだ?」
「屋台に店名なんてあるかい。串焼きに使う肉は毎日変わるから、値段は自分で聞くんだな」
「は、屋台? 串焼き?」
一部に妙な勘違いをした者もいるが、町の人々からの注目はダルシアが最も高い。何故なら町を守るため正門に集まった全ての将兵と冒険者、傭兵、魔術師の前で大活躍したからだ。
ただ魔物と戦うだけではなく同時に付与魔術で味方を強化し、回復魔術で怪我人を癒し続けたからだ。
「『巨人断ち』もいるわよ!」
「『魔杖の君』もだ! パレードに参加させる事だけじゃなく、先頭グループで歩く事を許すなんて、伯爵様も粋な事をするじゃないか!」
そしてダルシアと同じく正門で戦いに参加し、騎士や冒険者を奮起させたバスディアとザディリスが続く。
魔術師ギルドの魔術師達よりも巧みな術で魔物を倒し、味方を援護したザディリス、そして賊の一人が魔術で創り上げた巨人を斬り倒した、バスディア。
二人とダルシアの活躍は、戦いに参加していた者達だけではなくモークシーの町で暮らす者のほぼ全員が伝え聞いていた。
既に吟遊詩人が歌の題材にしているほどである。
勿論、ダークエルフであるダルシアとグールであるザディリスとバスディアにパレードの先頭を歩かせる事に、難色を示す者はいた。
正確には、ダルシアは仕方ないにしても、あのグール達はパレードのもっと目立たない所を歩かせればいいのではないか。少なくとも、騎士団より前に歩かせるべきではない。そう伯爵家の家臣が何人かが主張したのだ。
モークシー伯爵にも、政敵が存在する。その政敵にオルバウム選王国で魔物とされるグールを、己の家に仕える騎士団よりも高く評価するのを見せるのは、隙になるのではないか。
そう危惧したのである。
しかし、その他ならぬ騎士達が「彼女達の前を歩くような恥知らずな真似は、騎士の誇りにかけてできません。どうしても歩けと言うのなら、我々はパレードが終わるまで健康上の理由で暇を頂きます!」と主張したため、反対した家臣たちも黙るしかなかった。
「『飛剣』のサイモンや『鉄猫』のナターニャもいるな。俺、あのサイモンと依頼で組んだ事があるんだぜ」
「はいはい、去年草むしりの日雇い仕事で一緒だったってオチの話でしょ。知ってるわよ」
「ナターニャのあの走り、人間業じゃなかったね。ネズミの魔物との連携は痺れたぜ」
「おい、あのヘルハウンド、なんだかデカくなってないか? ネズミの魔物も様子が前と違っているような?」
「ランクアップしたんだろ。激戦だったらしいし。何でも、戦いに参加した連中は全員ジョブチェンジしたらしいぞ」
「そんなに経験値を!?」
「ああ、俺の知り合いも成長の壁を越えたって喜んでたよ。何しろ、ランク5や6の魔物が数え切れない程いて、ドラゴンやジャイアントも居たからな」
「そりゃ凄いな。この町からD級冒険者が居なくなるんじゃないか? 昇級で」
「いや、幾らなんでもそれは無いと思うが……C級冒険者が増えるかもな」
少なくとも、町の防衛力は数割上がったと言われている。特に、それまではあまり精強では無かった騎士団や衛兵が一段強くなったのが大きい。
とは言っても、流石にまた同じ質と規模の魔物の暴走が起こっても騎士団と衛兵だけで対応できる程ではないが。
一方、それ以外の先頭グループを行く者達に対する町の者達の印象は、やや薄かった。
「なあ、あの男、『飢狼』のマイケルだよな? 何でパレードの前の方にいるんだ? 飢狼警備の活躍は知っているが、それを表彰するにしてもそんな前じゃなくても……」
「それとあのダンピールの、確かヴァンダルーって言ったっけ。聖母様が活躍したからって、親の七光りが過ぎるんじゃないか?」
「それ以外のあのダークエルフとエルフ、それにあの褐色の少年は誰だ?」
ヴァンダルー達は正門の戦いに参加しておらず、戦いを目撃したのも物見の塔の衛兵が二人、それも遠目からなので、一般人にとっては活躍した印象が薄かったのだ。
そのため、実際には敵方の首領であるハジメ・フィトゥンを倒したヴァンダルーよりも、ダルシア達の活躍の方が知れ渡り、評価されていた。
「母さんとザディリス、バスディア、弟子に仲間が評価されて誇らしい」
ヴァンダルー自身は、それを全く気にしていなかったが。寧ろ誇らしげですらある。
「……まあ、お前の事だから細かいこだわりは無いだろうと思っていたけど、気にならないのか? 俺は若干気になるぞ。出来れば、こそっと抜け出たい」
観衆に「誰だ、あいつ」扱いされているダグは、歩きながらそうヴァンダルーに話しかけた。
手柄に関してヴァンダルーが気にしない事については、ダグも疑問に思わない。ハジメ・フィトゥンがただの賊では無く、受肉した『雷雲の神』本人である事を黙っていた時点で、世間からの評価がどうなるかは想定出来たからだ。
それに、ヴァンダルーなら手柄を立てたければ幾らでも立てることが出来る。オルバウム選王国の港から出航し、とっくに到達している魔大陸と往復して見せたり、選王領にあるA級ダンジョンを一人で攻略して見せたり……近場で良いなら、森の中に在るだろう魔物の暴走を引き起こしたダンジョンを探して攻略すれば、簡単に歴史に残る上に派手な偉業を打ち立てられるからだ。
ダグが気になったのは、他人からの視線に晒される事である。悪意は無いが困惑の視線を向けられる事は、あまり心地良い物では無い。
「大丈夫ですよ、時間と共に評価はされます」
しかし、ヴァンダルーはそう言って、観衆の方を見るよう視線で促す。
「知らないのか? 正門に現れた賊が居ただろ。その賊の仲間が他にも町の外に居て、彼等はそれと戦ったんだぞ」
「俺の弟が衛兵をやっているんだが、凄かったらしいぜ。賊が町に向かって放った武技や魔術を防いだって話だ」
賊の強さに関しては、大体がB級、若しくはA級冒険者に匹敵すると言う事が既に知れ渡っている。正門の前に現れた二人がA級相当で、他がB級相当だろうと。
伯爵達が流した誤情報が、B級冒険者相当でもかなりの脅威なのは変わりない。
「あの子供がか!?」
「いや、聞いた話だと防戦一方だったらしいけどな。距離をおいて何か投げたり、マジックアイテムから光線を放ったりしたらしい」
「主に戦ったのは、きっとあの三人さ。特にあの御嬢さん方は、聖母様と同じ『あれ』が出来るらしい」
「本当か!? 実は娘が『あれ』を見たいって夢中なんだ! 今日もやってくれないかな~」
「うちの息子もだぜ。それに聞いた話じゃ、領主様のご子息もファンらしい。きっと中央広場でやってくれるさ」
「それより、その『あれ』に必要な杖や斧は、あの『屋台王』ヴァンダルーしか作れないらしいぜ。噂じゃ、秘伝の製法がどうとか、ユニークスキルがなんたらって話で」
「……要領を得ない話だが、確かに『天才テイマー』の周りの奴らは大体持ってるな」
「他にも、町に向かってくるドラゴンやジャイアントの内、何匹かを毒か何かで混乱させて、攪乱したらしいわよ。確かに戦ってはいないけど、町を守った立役者には違いないわ」
「そもそも、『巨人断ち』と『魔杖の君』をテイムしているのはあの少年だしな。『鉄腕』と『鉄猫』を鍛えたのも彼だそうだし」
観衆のそこかしこで、ヴァンダルー達を評価する声が聞こえる。それに続く形でダグ、そしてカナコやメリッサ、マイケル(マイルズ)を称える声も。
「……SNSやテレビが無くても、情報ってのは広まるもんだな」
「当たり前です。一昨日は特別に広場で、そして昨日からは歓楽街でお店を開いて、あたし達がどれだけ話を広めたと思っているんですか」
「結局変身までしたものね……お蔭でお客さんに何度同じ質問をされたか、もう覚えてないわ」
ダグの呟きに観衆に向かって笑顔で手を振るのを止めずに、口だけでそうカナコが返した。メリッサも、疲れた声でそう続ける。
カナコ達は別に狙って情報操作をしたわけではない。ただ話題の人物が気軽に行ける場所で店を開いており、話しかけやすそうな店員が居たので、集まった客達が好奇心のまま質問をした。それに答えていただけである。
そしてパレードは中央広場に着き、そこでアイザック・モークシー伯爵や町の高官や各ギルドマスターたちに出迎えられる。
「じゃあ、皆行くわよ!」
「……うむ、仕方あるまい」
「憂鬱だわ」
「……肩身が狭いったらねぇんですが」
「オレ達、ちょっと毛色が違うんじゃないかな?」
「いいから、タイミングを合わせて行きますよ!」
「「「「「変身!!」」」」」
ダルシア達が羽織っていた上着を脱ぎ、一斉に装具を掲げて変身する。装具から液体金属がスライム状になって離れ、サイモンとナターニャの義肢も同じく形を変える。
観衆からは割れんばかりの歓声が響き、騎士や兵士達も彼女達の勇姿を熱狂的に称える。
「……凄い光景よね。『地球』や『オリジン』でも、こうなの?」
「子供はそうだが、大人はここまでじゃないと思うぜ」
「装具の製造者として、とても誇らしい」
マイルズ達がそれぞれ所感を述べる。
変身はしたが、流石にこのまま説法をする事は無く、観衆が鎮まるのを待って領主であるモークシー伯爵が演説を始めた。
パレードの一日前。
アイザック・モークシー伯爵と騎士団長、そして数名の高官によって行われた事情聴取は、一人一人では無く全員揃って行われた。
それは聴取側である伯爵達に、無理に情報を聞き出そうという意図は無いと言う無言の宣言であった。
それに対してヴァンダルーは、話して構わない事は大体話している。
転生者や受肉していた英霊、神について。そして自分達の正体については話さない。
物見の塔から見えたヴァンダルー達の奇行……爆発は錬金術で作ったマジックアイテム、怪光線は杖の機能の一種、鞭状の物を振り回していたように見えたのは、袖に隠していた鞭を使っただけ。高度な武技を使い、賊に何度も斬られたように見えたが、服以外無傷に見えるのは目の錯覚。
カナコの【ヴィーナス】は気がつかれていなかったのでしらばっくれ、ダグの【ヘカトンケイル】は「【念動】の効率の良い使い方を先祖代々研究しています」と、メリッサの【アイギス】は「魔術で創った結界です」と嘘をついた。
ジャイアントに潰されたように見えたのに無傷で戻ってきたイシスは、運良く巨人に直撃する事は無かったが、衝撃で気絶して倒れていただけ。物見の塔から見えなかったのは、何かの影になっていたからだろうと説明した。
尚、彼女達の身分は、既に一度町の門を出入りしているため深くは疑われなかった。カナコ達は冒険者で、イシスはただの旅人で、全員ヴァンダルー、そしてダルシアの知人と言う扱いである。
……門番をしていた衛兵から詳しく聞きとれば、当日正門を出入りしていない事が分かるはずだ。しかし、カナコが魔物の群れが迫っていると知って、門が混乱している内にヴァンダルーを迎えに行くために外に出たと言ったため疑われる事は無かった。
そしてキンバリーについては、「通りすがりに助太刀してくれた冒険者で、風属性の付与魔術を使っていた。町に入らず何処か行ってしまいました」とだけ答えた。一瞬姿を現したオルビアに関しては予定通り「ダークエルフの隠れ里の大長老が施してくれた秘術です。詳細は分かりません」と述べた。
ほぼ嘘だが、賊に関してはそれなりに答えている。敵がフィトゥンの英霊の名を名乗っていた事や、英霊を降臨させていた事。使用していた武技や魔術の名称まで正確に答えた。
その狙いが、ヴァンダルーの首だった事も。
「なるほど……どうやら賊は、『雷雲の神』フィトゥンが選び、加護や英霊を貸し与えた英雄達だったようだ。魔物の暴走に関しても、もしかしたらかの神の意思が働いていたのかもしれないが……そこまでは分からん」
全てを聞き終えた伯爵は、疲れた表情でそう纏めた。
「各地でフィトゥン神の像が割れ、聖職者が倒れているらしい事が耳に入っている。恐らく、この件でアルダから罰を受けたか、それとも英雄が倒された事でフィトゥン神本体に何かあったのか……それはともかく、僅かな時間でC級冒険者だったゴードンや、D級の『炎の刃』達を、英霊をその身に降ろせるほどの英雄にする事が出来るとは。最終的には肉体が耐えきれず死んだとしても、恐ろしい話だ」
賊の内身元が分かっているのは町に来た事があるゴードンと近くの町で活動していた『炎の刃』のみで、それ以外の賊の身元はまだ判明していない。
ハジメやムラカミ達は冒険者ギルドのカードを何処かに置いて来たのか持っておらず、正門に現れた二人とキゼルバインが受肉した身体の持ち主は、ヴァンダルー達も知らない。
しかし、ハジメ達は冒険者ギルドに登録していたので、身元はいつか判明するだろう。……【シルフィード】で体が気体になっていた為最初から誰にも目撃されず、死体も残さなかったミサ・アンダーソンは難しいだろう。しかし、そもそも伯爵達は彼女の存在を知らないので特に問題にはならないはずだ。
「もう同じ事は出来ないと思います、領主様」
深く溜め息をつくアイザックに、ヴァンダルーは偉い人に話す時の口調でそう述べた。
「何か根拠があるのかね?」
「私が戦った賊のハジメと言う人物が、ゴードン達が強くなったのは自分のお蔭だと言っていました。これは推測ですが、彼は特殊なユニークスキルか何かを持っており、それでゴードン達を短期間で成長させたのではないでしょうか」
【マリオネッター】の事を黙ったまま、特殊なユニークスキルとして説明するヴァンダルー。
伯爵は「なるほど、ユニークスキルか」と言って頷くと、とりあえず納得したようだ。
「少なくとも、今日明日同じ事が起こる事は無いか。……ではヴァンダルー・ザッカートと皆よ、貴重な証言と情報の提供に感謝する。
これからも、よろしく頼む」
伯爵はそう言って、ヴァンダルーに握手を求めた。
昨日の事を思い出して、マイルズは演説を続ける伯爵を見ながら呟いた。
「てっきりワタシ達に町から出て行くように言うかと思ったけど、宜しく頼む、ねぇ」
賊……フィトゥンの英雄達だろうとほぼ固まった者達の狙いが、ヴァンダルーの首だった。つまり、先日の事件はヴァンダルーが町に居るから起こされたようなものだと、伯爵は知ったのだ。
そうである以上、伯爵は自分達を町から追放しようとするだろうとマイルズは推測していたのだが、それは見事に外れた。
「それも考えなかった訳では無いのじゃろうが、意味が無いと思ったのじゃろう」
「もうこの町は、ヴァンに対して人質として使えると知られている。なら、我々を追放しても『敵』が町を狙わない保証は無い」
「だから、師匠達を追い出すんじゃなくて、味方で居続けて貰おうって事か。……お貴族様の考える事はややこしいなぁ」
マイルズに、ザディリスとバスディアがそう伯爵の考えを推測して聞かせ、最後にナターニャがそう言って顔を顰めた。
「後、町の人達の事も考えたと思うのよ。それで私達が居なくても、もう関係無いと思ったのかもしれないわ」
襲われる前からヴァンダルー達は、モークシーの町に受け入れられていた。歓楽街での商売やスラムでの事業、共同神殿でダルシアが見せた【御使い降臨】。
真実を知らない民草からの名声が既にあり、魔物の暴走を鎮めた事で更に高まっている。
町のヴィダ信者は増え、冒険者ギルドでは冒険者や一般市民からの声に応えてグールの討伐依頼をボードから外している。
ここまで人気と名声があるのなら、ヴァンダルー達が追放されたとしても『敵』は町から狙いを逸らす為に、ヴァンダルー達が自ら町を離れただけだと考えるかもしれない。その場合、結局『敵』から狙われる事になる。
だったら、追放してもヴァンダルーとの関係と民草の自分の領政に対する感情が悪化するだけで、良い事は何も無い。
「しかし……どうにも慣れないッスね。俺には過分な名誉だと思うんでけどね」
そう口元を引き攣らせるサイモンに、ヴァンダルーは囁いた。
「サイモン、俺が治める帝国に戻ったら、またパレードです。今のうちに慣れた方が良いですよ」
サイモンは事件の後、真実を全てヴァンダルーから聞かされていた。それは彼の想像を超えており、まさか自分が皇帝に弟子入りしていたとは夢にも思わなかった。だが、今更「俺は何も知りません」なんて恩知らずな真似が出来るはずが無い。
「……それ、俺が出る必要は無いんじゃないですかね? 道の脇で歓声をあげてるんで、お構いなく……」
「抵抗すると爵位を与え、サー・サイモンにしますよ。養子にして、プリンス・サイモンと呼んでも構いません」
「勘弁してください、師匠」
そんな心温まる師弟の囁き合いが終わる頃、伯爵の演説も終わりが見えてきた。
「では、これより我がモークシー伯爵家より功績を称えて勲章を与えるものとする」
オルバウム選王国では、爵位を贈る権限を持つのは公爵以上の者だけだ。世襲できない一代限りの名誉貴族位でもそれは変わらない。
ちなみに、与えられる勲章の格についても規則があり、最上級の白金勲章を与えられるのは選王のみ、黄金勲章は十二の公爵家の当主、そして侯爵から男爵までの領主が与えられるのは銀勲章までだ。
「『勝利の聖母』ダルシア・ザッカート、『変身装具の守護聖人』ヴァンダルー・ザッカート、そして名も無き英雄達に銀勲章を授けるものとする」
伯爵から発せられた、『名も無き英雄達』と言う正体不明な言葉に、聴衆がどよめく。
そしてカナコやダグは口元を押さえ、メリッサは溜息をつく。
「魔物の群れが町に迫る時、逃げ遅れた者達が居た。その者達が町へ逃げる時間を稼ぐため、我が身を犠牲にした者達が居る。それは少年少女や老いた老人達であった。
彼らの遺体は発見されず、また名を誰も知らない。恐らく、生活に困窮したスラムの住人だったはずだ。彼らの勇気、そして良心を称えたい、彼らこそ、真の英雄であると! そしてここに儂は宣言しよう。スラムの貧困対策により力を入れて取り組み、儂の代の内に解決して見せると!」
聴衆から歓声があがる。その中には、謎の老婆に助けられた少年少女達が目に涙を浮かべているのが見えた。
ちなみに、『名も無き英雄達』の石像が建立予定である。
伯爵としては、純粋に彼らの行為に感動したと言う思い以外にもダルシアに向き過ぎている領民の心を自分に取り戻す事や、貧民対策を行う事に対して反対意見が出ないよう支持を得る事、そしてフィトゥンの英雄を差し向けただろう『敵』……神に対して、「真の英雄は彼等だ」と言うため。複数の狙いがあるはずだ。
「イシスというか、レギオンも大変ね」
しかし称えられるレギオンとしては、罪悪感に耐えかねたらしい。イシスがパレードにいないのは、活躍しているところを目撃されなかったのと……そう言う訳である。
一方、ダンジョンで英霊達と戦った者達は家で留守番をしているか、タロスヘイムで行われるパレードや……その後ヴァンダルーに打ち明けられる国名の改名について準備する為、国に戻っていた。
『坊ちゃん達の晴れ姿、見たかったですねー』
『何度も見ているから、一度くらいいいじゃないですか。タロスヘイムのパレードは、もっと盛大ですよ』
リタとサリアがそう話している横で、ふとユリアーナが口を開いた。
「あの、今神託の意味が分かりました。多分、女神様が居る場所についてだと思います」
すみませんが一度お休みを頂、次は28日に閑話36 3月4日に閑話37 を投稿しようと思います。




